金子みすずの詩

花のたましい
                                                         金子 みすゞ
   散ったお花のたましいは、
   み仏さまの花ぞのに、
   ひとつ残らず生まれるの。

   だって、お花はやさしくて、
   おてんとさまが呼ぶときに、
   ぱっとひらいて、ほほえんで、
   蝶々にあまい蜜をやり、
   人にゃ匂いをみなくれて、

   風がおいでとよぶときに、
   やはりすなおについてゆき、

   なきがらさえも、ままごとの
   御飯になってくれるから。

私と小鳥とすずと

   わたしが両手を広げても
   お空はちっとも飛べないが

   飛べる小鳥はわたしのように
   地べたを早くは走れない


   わたしが体をゆすっても
   きれいな音は出ないけれど

   あの鳴る鈴はわたしのように
   たくさんな歌は知らないよ


   鈴と小鳥と それからわたし
   みんな違って みんないい


お仏壇

   お背戸でもいだ橙(だいだい)も、
   町のみやげの花菓子も、
   仏さまのをあげなけりゃ、
   私たちにはとれないの。

   だけど、やさしい仏さま、
   じきにみんなに下さるの。
   だから私はていねいに、
   両手かさねていただくの。

   家(うち)にゃお庭はないけれど、
   お仏壇にはいつだって、
   きれいな花が咲いてるの。
   それでうち中あかるいの。

   そしてやさしい仏さま、
   それも私にくださるの。
   だけどこぼれた花びらを、
   踏んだりしてはいけないの。

   朝と晩とにおばあさま、
   いつも灯明(あかり)あげるのよ。
   なかはすっかり黄金(きん)だから、
   御殿(ごてん)のように、かがやくの。

   朝と晩とに忘れずに、
   私もお礼をあげるのよ。
   そしてそのとき思うのよ、
    いちんち忘れていたことを。

   忘れていても、仏さま、
   いつもみていてくださるの。
   だから、私はそういうの、
   「ありがと、ありがと、仏さま」

   黄金(きん)の御殿のようだけど、
   これは、ちいさな御門(ごもん)なの。
   いつも私がいい子なら、
   いつか通ってゆけるのよ。


不思議

   わたしは不思議でたまらない
   黒い雲から降る雨が
   銀に光っていることが

   わたしは不思議でたまらない
   青いクワの葉食べている
   蚕が白くなることが

   わたしは不思議でたまらない
   たれもいじらぬ夕顔が
   一人でパラリと開くのが

   わたしは不思議でたまらない
   たれに聞いても笑ってて
   あたりまえだということが



星とタンポポ

   青いお空のそこ深く
   海の小石のそのように
   夜がくるまで沈んでる
   昼のお星は目に見えぬ

   見えぬけれどもあるんだよ
   見えぬものでもあるんだよ


   散ってすがれたタンポポの
   川原のすきにだぁまって
   春のくるまで隠れてる
   強いその根は目に見えぬ

   見えぬけれどもあるんだよ
   見えぬものでもあるんだよ



鯨法会

   鯨法会は春のくれ、
   海にとびうおとれるころ。

   はまのお寺が鳴るかねが、
   ゆれて水面(みのも)をわたるとき、

   村のりょうしがはおり着て、
   はまのお寺へいそぐとき、

   おきでくじらの子がひとり、
   その鳴るかねをききながら、

   死んだ父さま、母さまを、
   こいし、こいしとないてます。

   海のおもてを、かねの音は、
   海のどこまで、ひびくやら。



大漁

   朝焼け小焼けだ大漁だ
   オオバいわしの大漁だ

   浜は祭りのようだけど
   海の中では何万の
   いわしの弔いするだろう



お魚

   海の魚はかはいそう

   お米は人に作られる、
   牛は牧場で飼はれてる、
   鯉もお池で麩(ふ)を貰(もら)ふ。

   けれども海のお魚は
   なんにも世話にならないし
   いたづら一つしないのに
   かうして私に食べられる。

   ほんとに魚はかはいさう。