トップページ>みんなの広場>長編小説 目次>デュオの青い虹>第二章
デュオの青い虹 文:カメ仙人
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リーナの子供はどうなったのだろうか?ドルトイは、その子が今どうしているのか知らない。もしも、無事でいるのなら一度でいい、会って抱きしめてやりたい。だが、それはかなわぬ望みであった。 |
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ウッズマン議員の秘書という男を追い返しはしたが、ジュリアの心には一抹の不安が残っていた。アスランのことを疑うわけではないのだが、父 親に逆らってまで自分を通すことが果たしてできるのだろうか? 議員の息子と大切に守られ、ゲルマンの正当な血筋を尊ぶ家系に育てられた彼。 物にも、金にも、尊敬と愛情にも満たされている彼が、何もかも棄ててしまうことができるのだろうか? いや、一時の感情で飛び込むかも知れな い。しかし、それが一生続いたら、彼は後悔するのではないだろうか? そんなことはないと思いたい。でも…… 「ぐぇっへへへへへ」 「誰?」 不意に不気味な笑い声が聞こえたような気がして、ジュリアは室内を見回す。しかし、研究室内には、彼女意外の人間の姿は見えない。気のせい だったのかと、再び物思いに沈もうと、視線を机の上に落とす。だが、やはり何かの視線を感じて後ろを振り向いた。するとその目が、何かもやも やした黒い物を捕らえる。それは見る間に膨れ上がり、やがて人型を現わした。ピッタリとした緑色のタイツを着た、目の異様に大きい、額のない 珍妙な面相をした男である。床に這いつくばった姿は蝦蟇蛙そのものであった。 「だっ、誰? 何者なの?」 あまりの不気味さにジュリアは思わず後ず去る。 「ぐぇっへへへへへ! 怖いか? 怖いだろう? だが、すぐに怖さなんかなくなるぜ。どうしてかって? それは、あんたが死ぬからだよ」 叫ぶなり、カエル男が跳んでいた。ジュリアは逃げようと背を向ける。そして、出口へと駆けようとした。だが、カエル男に進路を阻まれ、逃げ 場を失う。咄嗟にもう一つのドアへと踵を返した。懸命に走り、ドアに手を伸ばす。しかし、取っ手に触れようとした瞬間、何か長い鞭のような物 がノブにからみついた。一体何だろうと視線を動かしたジュリアの身体が硬直する。鞭の元には大きく開かれたカエル男の口があったのである。鞭 に見えた物。それは、なんと男の舌であったのである。 「ひーっ!」 全身の体毛が総毛立つ。化け物か? 喉の置くから絶叫が迸った。同時に、一旦口中に戻った舌が再び伸びて、首に巻きついた。 絶叫は校舎の入り口で言い争っていた二人の耳にも聞こえた。会話を中断し、声の方を振り向く。聞こえたのは、研究室のある上の階。まさか ジュリアに? 思わず二人は走り出していた。あの悲鳴はただ事ではない。もしかして、ジュリアに何か起こったのではないか。焦る気持ちは、ア スランを一気に階段を四階まで駆けあがらせた。研究室は校舎のほぼ中央。全力で駆け抜け、体当たりで中へ飛び込んだ。 「ジュリア、大丈夫かーっ?!」 飛び込むと同時に護身用のレーザーを構える。途端、目に飛び込むのは倒れているジュリアの姿。首筋にクッキリと残る柵状痕。誰かに殺された ? 「ジュリア! ジュリア! ジュリア! しっかりしろ!」 片手で抱き起こし、懸命に呼びかける。まさか死んでいるのか? 恐ろしい予感に背筋が凍りついた。 「……うっ……うーん……」 「ジュリア!」 ふーっと唇から呻き声がもれる。生きていた? 思わず彼女の身体を大きく揺さぶった。静かに押し上げられる瞼のしたから現れたアクアマリン の瞳。始めはボンヤリと焦点を失っていたが、アスランの姿を捉えた途端、大きく見開かれた。 「アスラン! 化け物が! カエルのような顔をした化け物が突然現れて、私を殺そうと、舌を長く伸ばして……思い出してもおぞましい……」 「化け物? カエルのような顔をした化け物?」 驚いて聞き直すアスラン。そして、言葉の意味を悟った時、顔色が蒼ざめた。カエルのような珍妙な面相をした化け物? 見たことがある。父、 ゲリオールの部下だ。身体の色を自由に変化させ、何処にでも現れる妖怪のような不気味な男だ。 「父の仕業だ。オレがジュリアと結婚したいって言ったから……」 「アスランそんな、お父様を疑ってはいけないわ。連邦議員をなされているような立派な方が、私のような小娘を本気で殺そうとするなんて信じ られない。きっと誤解よ」 「ジュリア……」 庇おうとしている。彼女には判っているはずだ。ゲリオール・ウッズマンがゲルマン以外の有色人種に対してどのように思っているかを。ただひ たすら、アスランが傷つくことを恐れているのだろう。それが判るが故に、ますます彼女が愛しく思えてくる。 「ジュリア、逃げよう! このままでは殺されてしまう。君を守りたいんだ。父の手の届かない遠くへ! そうだ、デュオに行こう! あそこな ら、父の眼も届かないはずだ」 「アスラン様、デュオはだめです。デュオは現在、お父上が最も力を入れておられる惑星なのです」 「何だって? ドルトイ、それはどういうことだ?」 一時、存在を忘れていたドルトイの言葉に二人は呆然と振り返る。だが、秘書はそれ以上話すつもりはないらしく、硬く口を閉じたまま若い恋人 たちを見つめているだけであった。 ドルトイの説得もあって、取りあえずジュリアは寮に戻ることにした。あそこならば、多くの寮生がいる。いくら神出鬼没のカエル男といえど、 滅多に手を出せないだろうと思ったからである。心配ではあったが、アスランは彼女を送った後、ドルトイと共に帰宅した。 「ドルトイ、さっき言った言葉の意味は何だ? デュオは父が特に力を入れている惑星とは、何のことだ?」 ジッとエメラルド色の瞳に見つめられ、秘書はあきらめて語り始めた。 「もはや、アスラン様も少年ではありません。そろそろウッズマン家の影の部分も知らなくてはならないお年だと思います」 「ウッズマン家の影の部分?」 思わず身体が硬直する。名門と呼ばれるウッズマン家ではあったが、長い年月には汚いこともやってきたに違いないとは感じていた。そうでなけ れば、このような名家にのし上がることができないことも理解しているつもりではあった。だが、面と向かって影の部分と言われると、緊張せずに はいられなかった。 「ウッズマン家の表向きの顔はご存知の通り、金融、重工業、薬品、貿易まで様々でございます。しかし、それだけではありません。裏の仕事も あるのでございます。例えば、木星麻薬です」 「木星麻薬だって?!」 愕然と目の前の男を見つめる。それはかつてよく見知った父の秘書ではなく、恐ろしいシンジケートの一員であった。木星麻薬、それはかつて人 類が発見したどのような麻薬よりも恐ろしい魔の薬であった。最初は使用すれば、頭がすっきりし、疲れも恐怖も忘れ、気分が高揚した。仕事も勉 強も驚くほど捗るようになり、幸せの薬だと信じられた。しかし、続けるにしたがって習慣になり、副作用が現れるようになる。そして、止めよう とすると、恐ろしい禁断症状が現れてくる。世界が暗黒に包まれたように恐ろしい幻覚と、激烈な痛みが全身を襲う。筋肉という筋肉、神経という 神経、骨という骨が悲鳴をあげ、日夜を問わず襲ってくるのである。そのような悪魔の薬で世界を魔の領域に堕とすシンジケートと父親が関わりを 持っていると知らされたのだ。まだ若く正義感に溢れている青年にとって、その事実は自分が悪魔の申し子だと宣告されたような衝撃があった。 「ウッズマン議員は木星麻薬シンジケートの幹部なのです。後継者であるアスラン様も、いずれはソレも継承なされなくてはならないお方なので す」 「オッ……オレがシンジケートの幹部……?」 自分でも顔から血の気が引いて行くのが判った。今まで信じていた大地がガラガラと音を立てて崩落して行く。 「そして、現在デュオでお父上が最も力を入れておられるのは、木星麻薬の原料、ゴールデンポピーの栽培なのです。もちろん、デュオの主要産 業である希少金属の発掘も重要でありますが、花園を確保することは、シンジケートにとって最大の関心事なのです。だから、連邦の眼をデュオか ら遠ざけなくてはなりません。デュオの解放などという戯言など許されないことなのです」 「……」 初めて明かされた事実はアスランの心を麻痺させた。ジュリアとのことは、有色人種との確執だけではなかった。デュオの人々を救いたいとい う、彼らの夢もまた、父にとっては許されないことであったのである。 「オレは人々の苦しみを糧にして大学に通っていたのか。この大きな屋敷も、服も、食べ物も、全てが虐げられた人々の涙でできあがっていたの か……」 堪え難い苦悩にアスランの瞳が曇る。父の言う高貴な血統。しかし、それは醜い悪魔の血筋であった。人々の血肉を貪るハイエナの血であった。 なんと呪わしい一族なのであろうか。 「あはははは、美しく、優秀な人種が笑わせるぜ! ありがたくて涙が出る!」 アスランの中で何かが切れた。真実とはこんなに滑稽なものであったのか。表面は立派な尊敬を集めるような存在でありながら、裏はなんと醜い ことか。それが世界の真実とは、笑わせてくれる。そして思い知らされたのは、自分の無力さであった。父は偉大なる獅子だと信じ、その子として 懸命に越えようと努力した。結局は大仏の手の内で暴れる猿だったのだ。 アスランと別れ、寮の自室にもどったジュリアは不安でしかたがなかった。カエル男が再び襲ってくるのではないかということも原因の一つで あったが、それよりも自分を殺そうとしてまでアスランとの仲を裂こうとするウッズマン家がとてつもなく不気味な存在に思えてきた。たかだか皮 一枚の色が白いか黒いかで人間の価値を決定する、何て愚かなことであろう。そのようなことでは地球人同士団結など不可能だ。そのうち見つかる であろう他星人と仲良くやって行けるはずがない。今回初めて発見されたデュオは、地球よりも文明の若い惑星だった。それをよいことに、地球人 は傍若無人に侵略を繰り返しているらしい。そのようなことが平気でできるのも、自分たちだけが優秀な人類だと思い上がっているからである。そ んなことでは、宇宙に本当の平和はこない。憎しみ合いだけが宇宙を支配することになってしまう。そんなことになったら…… 「アスランが希望なのよ……」 > ジュリアの様子が普通と違うと心配したキヨネにジュリアは寂しげに応えただけであった。なんと生気のない顔だろう? そんな先輩が不安でキ ヨネは傍を離れることができずにいた。それに、スカーフで隠していたが、ジュリアの首には何かで絞めたような痕がわずかに見えている。それは どうしたのかと尋ねても、何も返事はなかった。 「ジュリア、もしかしてウッズマンの取り巻き連中に襲われたのでは?」 カッと黒曜石の瞳を怒らせ、ジュリアに詰め寄る。だが、静かに首を横に振るだけであった。 「ジュリア、私、ズッと傍にいます。無事に卒業式が終わるまで!」 キッパリと宣言するキヨネをジュリアは寂しげに見つめるだけであった。 ウッズマン家の秘密を知らされた、アスランの心は重く沈んでいた。栄光のゲルマン。美しく優秀な選ばれた種族。地位も名誉も有る恵まれた家 庭に育てられ、それなりに自負も誇りもあった。だが、だからと言って他を見下したりしていたつもりはないと思う。しかし…… 「アスラン、ドルトイから聞いたらしいな?」 不意に訪れた父の顔はいつもより穏やかに見えた。もはや裏の顔を隠さなくてもよいという心安さがあるのかも知れない。普段から決して善人と はかけ離れた男だとは思っていた。しかし、本当に恐ろしい麻薬シンジケートの幹部であったとは……。まるで、知らない他人を見るようであっ た。 「どうやらずいぶん驚いてるようだな?」 ニンマリと口の端を吊り上げ、笑う男を、空虚な瞳で見つめていた。と不意に、父の目が真剣な光をおびる。それは、冷たい北極の氷のような冷 たさであった。 「卒業後は、宇宙省に行け。それが望みなのだろう?」 「父さん……?」 驚いて父の顔を見つめ直す。宇宙省に入りたいと言うのは本音であった。ジュリアと共にデュオに赴き、虐げられている人々を救いたいと願って いた。しかし、きっと反対されると思っていたのだ。 「わしの力ならば、五年後には、お前をデュオ総督にできる。そうしたら、デュオに赴任し、デュオを独立させろ」 「えっ?」 ますます理解できなかった。デュオを独立させたら、せっかく木星麻薬シンジケートが開拓しているというゴールデンポピーの栽培もできなく なってしまうではないか。それに、今は好きほうだいしている地球人も星から追い出されてしまうに違いない。そんなことをしても、父には何の利 益ももたらさないはずだ。まさか、自分は汚い闇の世界に君臨する人間であるが、子供には太陽の下で正々堂々と生きよというのだろうか? それが、 父としての愛情とでも思っているのだろうか? こんな男にも、多少の人間らしさが残っているのかも知れない。ほんのわずかではあったが、アス ランは父に近しいものを感じた。 「どうしたアスラン? 何を驚いておる?」 ゲリオールの瞳に邪悪な笑みが浮かぶ。それは世にも禍々しい悪魔の微小であった。アスランは思わず一歩退く。そして、自分が大きな勘違いを していることに気づかされた。目の前にいる男は人間ではない。今まで獅子だと信じていた者が実は、もっと恐ろしい地獄の番犬ケルベロスであっ たのだ。 「お前が後見人になって、デュオの女王を擁立し、背後から操るのだ。デュオの娘なら誰でも良い。できるだけ若い娘にしろ。そうだなあ……十 四か十五ぐらいのきれいな娘だ。それならば、自由に動かすことができるだろう。お前の美貌を十分に生かすがいい。そうすれば、うるさい銀河パ トロールも星間警察も手出しができぬ。全て、わしら、木星麻薬シンジケートの思うがままよ!」 くっくっくっくっと楽しげに笑う父を呆然と見つめるアスランであった。 青ざめた顔の息子を残し、ゲリオールは室を出る。ドアを閉める時、チラと見えたアスランは誠に頼りなく、不安定な存在に見えた。あの様子で は、思い通りの働きを期待することはできないかも知れない。彼の中途半端な正義感が判断を鈍らせるに違いない。 「やはり、あの娘は邪魔だ……」 つと廊下の一面を凝視したウッズマンが何気につぶやく。そして暫時、返事でもマツように腕組みをして眼を閉じた。やがて一つうなずくと、自 室へと悠然と歩み出す。人気のなくなった廊下に、ふっと黒い靄のような物が一瞬現れたが、それはすぐに消滅し、完璧な静寂が訪れた。 いよいよ明日は卒業式。キヨネに守られたジュリアは、襲撃者に狙われることもなく卒業生総代の準備を整えることができた。キヨネも実に優秀 な娘で、二年後の卒業生総代は彼女に決まるに違いないと噂されているだけあって、なすことに隙がない。お蔭で準備は思ったよりも捗り、もはや 当日を待つばかりになっていた。心配した襲撃もなく、夜の九時には二人は寮でのんびりとくつろぐことができた。 「ありがとうキヨネ。お蔭ですっかり落ち着いたわ。お茶でも入れましょう。ダージリんの良いのがあるのよ」 「お茶なんか私が入れます。ジュリアはもう一度、スピーチの見直しをしていてください」 キヨネは素早く立ちあがると、給湯室へと出て行った。本当によく動く娘。ジュリアはふっと頼もしげに微笑んだ。彼女は数年前に行方不明に なった弟を探すため、銀河パトロールに入るのが夢だという。だから、自分勝手な人間なのだと自己判断している。しかし、そうではないことは誰 もが知っていた。正義感が強く、弱いものが苦しんでいるのを見ていられない性格は、宇宙の平和を守護する銀河パトロールには本当に求めて止ま ない人材だと、銀河パトロール月面隊長のジュリアの父が語っていたし、彼女自身も同じ意見だった。 「キヨネが銀河パトロールとして活躍するのを見るのが本当に楽しみだわ」 ジュリアは数年後の凛々しいキヨネの姿を想像して、思わず微笑んでいた。そして、テーブルの上に並べている原稿をまとめようとして、ふと動 きを止めた。今、何か物音を聞いたような気がしたのだ。キヨネだろうか? それにしては早すぎる。では何か忘れ物でもしたのか? まるで無防 備に視線を動かす。しかし、人の姿は何処にも見えない。気のせい? 「グェッヘヘヘヘ! やっと一人になってくれたなあ」 突如、何もない空間から声がする。思わずビクンと身体が凍りついた。この声、聞き覚えがある。あの嫌らしいカエル男の声だ。悟った瞬間、 ジュリアはドアに向かって走り出していた。逃げなくては。あの化け物が室にいる。恐怖で心臓が飛び出しそうに打つ。全身の毛が総毛立ち、声に ならない悲鳴が喉をつまらせた。細くしなやかな脚が床を蹴り、全身の筋肉が敏感に反応した。ジュリアは決して賢いだけの娘ではない。広大なア フリカの大草原を野生動物を追いかけ、勇猛に狩っていたアフリカ人の血を継承した素晴らしい筋肉と運動神経を持つ娘であった。脱兎のごとく走 る姿は草原を駆る黒ヒョウそのものであった。前回は油断をして不覚を取ってしまった。しかし、今回は多少の警戒をしていたのだ、決してむざむ ざと殺されはしない。それに、室外に出ればキヨネもいる。ほんのわずかの時間かせぎだけでよいのだ。両足に力を込め、懸命に前後させた。もう 少し! 後一歩でドアに手が届く。 「グェッヘヘヘーッ! 逃がしはしねえぜ!」 「ひっ!」 あっと思った瞬間、目の前に黒いもやもやが現れ、実体化した。それは忘れもしない、カエル男であった。思わず身をよじり避けようとした。し かし、腕を掴まれ、引き戻される。ハッと振り向いた眼前には、おぞましい蝦蟇蛙の顔があった。 一体どうすればいい? 父とジュリア、どちらも裏切ることはできない。正義派ジュリアのものだ。しかし、父は父。如何に悪魔のような人間だ としても裏切ることはできない。その狭間に立たされ、アスランの心は嵐の仲の木の葉のように動揺していた。デュオを独立させる。それは二人共 共通の願いだ。しかし、目的が180度違う。片や完全なる支配。片や、自由と解放。全く相反する目的なのだ。 「ドルトイ、オレはどうしたらいいんだ?」 身を切る思いで、問うていた。 「アスラン様はお父上に逆らってはなりません。それが、アスラン様の愛した方にとっても良いことなのです」 「ジュリアにとっても? どういう意味だ? まさか、また父さんはジュリアの命を狙うってこと?」 愕然と秘書の顔を見つめる。ドルトイは何も応えず、眼を伏せた。冷たい沈黙が室内に充満する。それは、どうしようもないアスランの未来を暗 示させる冷たさであった。 「この世に正義はないのか?」 「この世の正義とは、勝者なのです。敗者は悪。それが、過去何千年にも渡る人類の歴史の答えです」 「じゃあ、どんなことをしたって、勝てば正義と言いたいのか? そんなの悪魔の理屈じゃないか! 他人を傷つけ、陥れて手に入れた勝利に価 値があるのか? 自分に恥じない生き方をしてこそ人間じゃないのか?!」 「ふっ……」 アスランの必死な様子に、ドルトイの表情に自嘲の笑みが浮かんだ。うらやましいような若さだ。正義を貫くことこそ正しい道だと信じている。 そんな時代が彼にもあった。ドルトイの眼が遠い過去を見つめる。はるかかなたの若い惑星。青い髪、ルビーのような美しい瞳の女性だった。異星 間の恋愛であったが、二人の気持ちさえしっかりしていれば結ばれると信じていた。しかし、それは許されない愛であった。恋人ができたと上司に 報告し、婚姻の許可をもらおうと報告した途端、 「君は宇宙省の人間として、将来を棒に振るつもりか? そんな未開の星の娘などにうつつをぬかしておるようでは、未来派いらないと覚悟して おるのだな?」 冷たい上司の言葉は覚悟の上であった。地位も名誉も要らない。ただ愛だけがあれば、他に必要な物は何も要らないと信じていた。彼のポケット には退職願が既に用意されていた。断られた時、それを叩きつけ、宇宙証を辞めるつもりであったのだ。だが、退職願は提出されることはなかっ た。決意が固いと悟った上司は、彼をそのまま拘禁したのである。懸命に出してくれるように懇願した。しかし、願いは全く無視されたままだっ た。そして、あの事件…… 「何がおかしい?」 「私の同僚にデュオ人の娘を愛した男がおりました」 「なっ?」 「彼は本気で異星人を愛し、周囲の猛反対にもめげず、愛を貫こうとしました。しかし、その結果は……」 ドルトイの眼がスッと糸のように細くなる。アスランはギクリと身体を硬直させた。 「その娘は……死にました。異星人との交際を許さない彼の家族によって殺されたのです。その事実を知った男もまた自殺してしまいました」 ドルトイは坦々と語る。あの時の衝撃は、ドルトイに悲壮な決断を強いた。上司は決してデュオ人との交際を許さない。それが身にしみて判った のである。そして、確信しているのは、デュオ人の娘を殺したのは、男の家族などではなく、上司であること。このままでは彼の愛した娘もいずれ は殺されてしまう。それに、まだ地位にも未練があった。考えた挙げ句、彼は上司と取引をした。デュオ人の恋人をあきらめる代わりに、地位を望 むと。思った通り、上司は喜んで彼を昇格させてくれた。そして、直ちにデュオからプロメテウスへと転属が決定したのであった。その後、連邦議 員となった上司に求められ、秘書となったのである。彼は今もその上司、ゲリオール・ウッズマンに忠実に従っている。今、その息子に対して、禁 断の恋いの結末を語った。もちろん、彼をあきらめさせるために。 「オレにジュリアをあきらめろと言うのか?」 瞳に暗い怒りの炎を隠し、ドルトイをにらみつける。しかし、視線はそらされることなく真っすぐに返された。そんなことが許されていいのか? 人は自由に愛し合えないのか? どうして、自分だけが……。いや、自分だけではないのかも知れないが…… 「判った……。オレはジュリアに生きていて欲しい……。たとえ一緒になれなくても、この宇宙の何処かに生きていてさえくれたら……い い……。しかし、デュオには絶対に行かない! ジュリアと共に救いたいと願った星を蹂躙することだけは死んでもやらない!」 搾り出すように言葉をつむぐアスランの唇は口惜しさで震えていた。もう誰も愛さない。愛せば、ジュリアを裏切ることになる。もうこれ以上彼 女を裏切ることだけはしたくはない。そして、一生孤独でいることが自分にできる唯一の償いだと思った。 給湯室でお茶の準備をしていたキヨネの目の前で、パンと音を立てて棚のグラスが不意に弾けた。思わずティーポットを持つ手が止まった。何て 不吉な! 同時にジュリアの姿が閃く。もしや! ポットを放り出すが早いか、飛び出していた。なんて迂闊だったのだ。明日は卒業式、最も気を つけなくてはならない時だった。それなのに、ジュリアの傍を離れるなんて…… 「ジュリアーッ!」 室に駆け込むと同時に叫んでいた。が、室の持ち主の姿は何処にも見えない。そんなはずはない! 彼女が勝手に一人で室外に出るなんて考えら れないことだ。素早く手がかりを求めて視線を動かす。テーブルの上が乱雑に乱れ、椅子も転がっていた。ドアの近くでは、引きちぎられたスカー フが落ちている。何者かに襲われたことは明白であった。では何処に? 外に出たのか? いや、そんなはずはない。外に出る階段は給湯室の前を 通らなくては行けない。たとえ相手が透明人間だろうと、ジュリアの姿まで消すことはできないに違いない。だとすれば、道は一つしかない。ベラ ンダだ。とっさに判断すると、駆け出す。 「ジュリアーッ!」 いた。ベランダの手すりのところにジュリアは立っていた。よかった、無事だった。安堵のため息がキヨネの口から出る。 「キヨネ、アスランに伝えて。私たちの夢を託しますって……」 「なっ、何を……?」 一瞬、呆然となるキヨネ。何なのだ、今の言葉は? まるで遺言のような……? 恐ろしい予感に背筋に冷たいものが走った。そして、改めて目 の前の先輩を見つめる。乱れた髪。破けた衣服の隙間から覗く傷ついた乳房。これではまるで何者かに…… 「ジュリア、まさか……?」 恐ろしい想像にキヨネの全身が凍りついた。女性が最も大切にしていたものを、卑劣な手段で奪われたのか? なんて卑怯な! 激しい怒りに黒 曜石の瞳が燃え上がる。 「ウッズマンの仕業ね! ジュリアが卒業生総代になるのが許せなくて、そんな汚い手段を……。警察に連絡してやる! こんな卑劣なこと、絶 対に許さない!」 「キヨネ、警察はだめ! 私は晒し者になるのは耐えられない。それに、アスランは関係ない! これは決して彼の意思じゃないわ!」 「ジュリア、まだそんなことを! どうして、あんな男を信じられるのよ?! あんな、エリート意識の塊のような奴、人間じゃない! 絶対に 許さない! 今度こそ、あいつに思い知らせてやるわ!」 「だめ、キヨネ! アスランを傷つけないで! あの人には未来があるの。警察なんか呼んで、あの人の未来を消さないで!」 「ジュリア、どうして判らないの? あいつは、ウッズマンはジュリアが思っているような人間じゃないのよ! さあ、警察にはっきり言うの! 私をこんな眼に遭わせたのはウッズマンだって!」 キヨネは無理やりジュリアの腕を取ろうと手を伸ばす。しかし、虚しく空を掴んだだけであった。ハッと顔を上げると、闇の中に舞う純白の薔薇 が眼に飛び込んでくる。思わず息を止めて、眼を大きく見開いた。一瞬、薔薇に見えたのは引き裂かれたジュリアの衣服。それが空中に咲き、静か に落下して行く。警察を呼んで、恋人の名を告げることができなかったのである。そのようなことをするくらいならと身を躍らせたのだ。 「ジュリアーッ! ジュリアーッ! ジュリアーッ!」 キヨネの絶叫が夜気を震撼させる。続いて階下から轟く寮生の悲鳴。驚愕と恐怖の入混じったざわめきが寮全体を侵食する。各室のベランダから 下を覗き、気を失う女の子たち。奇妙な姿勢に横たわるジュリアの傍に集まる野次馬たち。それらを凍りついた姿勢のまま、キヨネは空虚な瞳で見 つめていた。 「ウッズマン、許さない! あなただけは、絶対に許さない!」 硬く握った震える拳をベランダにたたきつけるキヨネであった。黒曜石の瞳は、鮮血で紅に染まった薔薇を眼底に焼き付けるように凝視し続け た。 もはや何も失うものは何もない。ただ一人愛した女性をあきらめたアスランは、抜け殻のように窓外を見つめていた。卒業後は地球(した)に でも降りようかと考えていた。もう父の思い通りにはなりたくない。そして、宇宙(空)とも関わりたくなかった。人類の故郷ともいえる地球に降 り、静かな暮らしがしたいと思う。そうすることが、唯一できる父への抵抗であると信じていた。 「アスラン、明日の卒業生総代のスピーチの準備をしておけ」 「なっ?」 不意にドアが開き、父の命令が耳を激しく打った。驚愕で眼が大きく見開かれる。今のはどういう意味だ? 卒業生総代はジュリアに決まってい る。それなのに何故? まさか、無理やり力を行使して、ジュリアを引き摺り下ろしたのか? なんという暴挙! いくら連邦議員だといえど、そ んなことは許されないはずだ。 「総代に決まっていた黒い女は自殺した。たった今、学長から連絡があり、次席だったお前に代役を頼みたいそうだ」 「……?」 父の言葉が頭の中で空回りする。今のはどういう意味? ジュリアが自殺? 自殺って何? 自らの命を絶ったってこと? 何故? どうして? 呆然と見つめる父の口元には薄い笑みが浮かんでいる。目も満足げな光が宿っていた。そうか、この男が…… 「栄光のウッズマン家の後継ぎとして恥ずかしくない挨拶をするのだぞ」 それだけを言い放つとゲリオールは室を出て行った。残されたアスランは呆然と閉じられたドアを見つめる。あの向こうには地獄がある。悪魔と 妖怪の跋扈するおぞましき世界があるのだ。その世界には正義など存在しない。勝ち続ける者だけが生き残る世界。どのような手段を行使してでも 勝利しなくてはならない。たとえ悪魔と呼ばれようと。空虚だったエメラルド色の瞳に光が蘇る。奥に潜むのは怒りか? 恨み? 強い意志の力を 持った瞳は世界を破壊しつくすほどの力が込められていた。顔色は蒼ざめ、唇は硬く閉じられ、表情を失っている。黄金の前髪が額にかかり、その 美貌に凄みを加えていた。 「ジュリア、約束は守る。たとえ、悪魔との謗りを受けようと」 アスランはつと立ちあがると、机に向かう。まずは、明日の卒業生総代のスピーチ。そして、次は宇宙省。最後はデュオだ。見ているがいい、ゲ リオール・ウッズマン。お前の息子が何をするか。 ジュリアの死を境に、アスランの躍進には眼を見張るものがあった。冷徹な決断で敵をことごとく排除し、徹底的に発展途上星に対する資金援助 の切捨て。落ちる星は落ちろという氷の決断力。そして、価値ありと認めた星に対しては、彼への完璧な服従を条件に、あらゆる手段をこうじて優 遇した。そして、確実に自分自身の地盤を固めて行った。五年後、人々は恐れを込めてこう呼ぶ。 「黄金の悪魔、アスラン・ウッズマン」 と。デュオ総督としてプロメテウス宇宙港を離れようとするエメラルド色の瞳は人口衛星都市、プロメテウスの外壁のバリアに当たっては落ちる 宇宙塵が起こす光を見つめていた。それは見る人間によっては衛星が涙を流しているように見えることから 「プロメテウスの涙」と呼ばれていた。 「ついに、この日がきた」 長いまつ毛に縁取られたエメラルド色の瞳が、小さく光る。黄金の悪魔、アスラン・ウッズマン、お前の心は何処にある? 傍らで密やかに見つ める副官、ドルトイの眼は、複雑にさざめいていた。 |
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惑星デュオは人類が初めて遭遇した、地球型の惑星であった。六十万光年も隔ててやってきた飛行士は、デュオを発見した時、思わず地球へ戻っ
てきたのではないかと錯覚したという。地表に降り立った時、飛行士の驚愕は更に大きくなった。大気の組成はほぼ地球と同じ、その上に動植物の
形態までも酷似していたのである。おまけに、地球人類と全く同じ形状の人類まで存在していた。彼らの文化レベルはほぼ地球人の四世紀か五世紀
ぐらいで、機械文明は皆無であったが、豊富な農作物と鉱物に恵まれ、豊かな暮らしをしていた。このニュースを聞いた地球はコロンブスのアメリ
カ大陸発見以来の大発見だと賞賛し、驚喜した。人々はわれもわれもと新天地デュオへと旅だって行った。そして、惑星上を開拓し、都市を造り上げ
た。だが、デュオの星の先住民たちは、この地球人たちの侵入によって、生活圏を奪われ、奥へ奥へと追いやられて行くことになってしまった。 地球人は、デュオでも最も美しい地、アルカディアに総督府を造り、デュオの住民たちを奴隷のように使役した。それは銀河連邦法では許されな い行為であったが、地球から遠く離れた辺境の惑星では銀河連邦の力も及ばない。いや、むしろ連邦も、あえて見て見ぬ振りをしているようであっ た。デュオから送られてくる豊富な資源が彼らを黙らせてしまったのだ。資源のほとんどを掘りつくしてしまった地球では、デュオの資源無しでは 豊かな生活を保てない。だから、他の惑星の住民がどのような目に遭わされているのか、知ろうともしなかったのである。 十四年ぶりのデュオの大地は相変わらず美しかった。大気は澄み、川の流れも地球のようにけがれてはいない。アルカディアの外壁を抜け、草原に 足を踏み入れたアスラン・ウッズマン総督の副官・ジョン・ドルトイは大きく深呼吸をした。懐かしい匂いがする。まだ若かった頃、今の総督の父 親、ゲリオールにつき従い赴任した。表向きは連邦に派遣された総督ということになっていたが、ゲリオールにはもう一つの顔があった。 木星麻薬シンジケートの幹部という顔である。就任と同時に、麻薬の原料となるゴールデン・ポピーの栽培場となるべき土地を物色し、いくつかの 花園を作り上げた。ドルトイも、ゲリオールの腹心の部下として、それらにも手を汚した。だが、ゲリオールには悪辣とも呼ぶべき趣味があった。 ”人間狩り”がそれである。デュオの若い娘をスタンガンを槍の先につけ、バイクで追いまわし、いたぶった挙句、悪魔のように犯し、飽きれば 犬猫のように山の中に捨てさせるのだ。ジョンの役目は、そんな娘たちを捨てに行くというものであった。それは吐き気をもよおすような役目である。 だが、部下である以上、命令は実行されなくてはならない。 そんな娘の中の一人にリーナという娘がいた。可憐で美しく、守ってやらなくてはという 思いにさせる娘であった。ゲリオールに悪魔のような仕打ちを受け、屈辱と悲しみのため、死のうとした。それを必死で止め、慰めてやっている間に 心を奪われて行った。本気で結婚さえ考えた。だが、それは許されない恋であった。事務官であった彼が退任を申し出た途端、彼は拘束されてしまっ たのである。そして、聞いた噂。同じようにデュオ人と恋に落ち、駆け落ちした同僚が恋人もろとも殺されてしまったのだ。己の命は惜しいとは 思わなかった。だが、リーナと彼女の腹の子の命は守らなくてはならない。心を鬼にして、リーナへの思いを断ち切った。その後、直ちに転属させ られた。リーナに一目会いたかった。しかし、その余裕はなく、心をデュオに残したまま惑星から離れた。 「リーナ、君は今、幸せだろうか?そして、君の子供は無事に育っているだろうか?」 ドルトイの目は、自然に村の方へと向けられる。今でも愛しく思う女性(ひと)。別れも告げず去ってしまった男を恨んでいるに違いない。今さ ら、会いに行けはしない。しかし、もしも、今、不幸であったら……。 「リーナ」 草原を渡る風にドルトイの言葉が虚しく消える。そして、彼女がどうしているのか知りたいという思いが、どうしようもなく高まって行った。幸 せならいい。不幸であったなら、なんとしても助けてやりたい。だが今、彼が姿を現せば、現在幸せな彼女の家庭を壊してしまうかも知れない。そ うなったら……。そうなったら、彼が幸せにしてやれるかも。いや、それはあまりにも身勝手だ。現在の彼女の幸せを壊して、自分のものにしたい なんて……。恋心と、善意と、悪意がドルトイの中で浮かんでは消え、消えてはまた浮かんだ。 「ドルトイ、何を浮かぬ顔をしている?」 事務机に向かって、ボンヤリと考え事をしていたドルトイは、いきなり話しかけられてギクリと顔を上げた。途端、豪奢な黄金の光の束が目に飛 び込んできた。いや、そう感じたのは錯覚で、黄金の光をまとったような金髪の青年が立っていたのだ。美の女神が心を込めて造形した最高傑作と も言える、整った目鼻立ち、そして、均整の取れた肢体、女性ならずとも思わず見とれてしまう青年総督、アスラン・ウッズマンであった。 「こっ、これは、アスラン様、いつおいでになられたので?ちっとも気づきませんで、申し訳ありません」 慌てて立ち上がろうとするのを、手で止め、アスランはエメラルド色の瞳で副官を見つめた。この目に見つめられると、心の底まで見透かされる ようだ。とても、秘密を隠しおおせることはできないように感じさせる眼差しであった。 「もしかして、以前話してくれた、デュオの恋人のことを考えていたのか?」 「そっ……それは……」 やはり見透かされていた。ドルトイの額から冷や汗が噴出してくる。 「彼女がどうなったか、探しに行きたいのか?だったら、行けばいい。私は別に止めはしない」 形の良い唇に皮肉な笑みを浮かべると、アスランはグッと顔を近づける。驚いて目を大きく見開いた副官に、スッと真剣な眼差しを向けた。 「その女に子供がいるのだな」 「なっ、何を……?」 恐ろしい程の洞察力に、ドルトイは恐怖を覚えた。彼に語ったのは、デュオ人の娘と愛し合ったことがあるということ、そして口には出さなかっ たが、彼の父、ゲリオールの魔の手から守るため、あきらめたということだけであったはずだ。彼女に子供がいたとは一度も口にしたことがない。 それも、ゲリオールの血を引く子が……。蒼ざめた顔でゲリオールの御曹子を見つめる。 「その子供を捜したまえ」 「えっ……?」 不可解な命令に唖然と青年総督を見上げる。リーナの子供をどうしようというのだ?まさか、父、ゲリオールのように、劣等種族の血を引いた混 血児を許さない。抹殺しろとでも言うつもりなのだろうか? 「何を見ている?君の愛した女と子供を捜せと言っているだけだ。別に他意はない」 「判りました。総督がお許しくださるのなら、喜んで探させていただきます」 直立不動でドルトイは応えた。これはプライベートな探索ではない。アスランは総督として、探せと命令しているのだと感じた。彼には逆らえな い。しかたなく、そう応えるしかなかった。 「ドルトイ、何を勘違いしている?私は総督として命令したのではないつもりだ。君が父のため、失った青春を取り戻すチャンスを与えようと思っ ただけだ」 「はあ……?」 だが、信じることはできない。彼の言葉を真に受けて、信用し、落ちて行った人々の苦悶と恨みのこもった叫びを、この五年というもの何度聞いた ことか。己が出世するためには手段を選ばぬ”黄金の悪魔”それが宇宙省に入ってからの呼び名であった。 「君は勘違いをしているかも知れないが、私は悪人ではないつもりだ。ただ、目的を果たすためには、手段を選ばないだけだ」 ドキリと心臓が跳ねた。目的のためには手段を選ばない。では、彼の目的を達成するためにはリーナの子供も利用すると言うことだ。一体どうす るつもりだ。恐ろしい予感で、ドルトイの顔面は蒼白になっていた。 「そうだ、捜索はダストルにやらせるがいい。奴なら、姿を見られず、相手を探し出すことができる」 ますますドルトイは蒼ざめた。ダストル、カエルのような珍妙な顔であるが、滑稽な風体には似合わぬ、残忍な男である。人を殺すことも、女を 襲うことも、平然とやってのける、ウッズマン家の闇の始末やとでも呼ぶべき存在であった。そのような男が関ってくるとなると、リーナも、その 子も、どのような目に遭わされるか知れたものではない。それだけは、絶対に阻止しなくてはならない。 > 「アスラン様、あの男を使うことだけは……どうか……」 「心配はいらぬ。ダストルには女にも、子供にも手を出さぬように命じておく」 「……」 そう言われては、黙ってうなずくしかなかった。しかし、何もかもあきらめるわけには行かない。自分のせいで泣かせてしまった女だけは、なん としても助ける。部屋から出て行こうとする黄金の後姿を、ドルトイは堅い決意で見送っていた。 「女の名は、リーナだったな?どうやら、父にも何か関りがあったとか」 「アッ……アスラン様……」 ふと振り返ったアスランが、何気に言う。それは、副官、ドルトイには死刑の宣告をする裁判官の声のように響いた。何もかも知られている。も しかしたら、子供の父親の名も、彼は知っているのかも知れない。いや、あの口ぶりでは知っているに違いない。どうしたらいい?リーナと子供を 守るため、何をしたらいいのだ?凍りつくような恐怖で、ドルトイの身体はブルブルと振るえていた。 草原を跳ねるように疾駆するラビ(兎)。草むらから草むらへと姿を見せては消す。そして、時々、耳をピクピクと動かしては、周囲の敵を探る。 用心深く、臆病な獣は、餌の草の実を口に頬張り、またくるくると辺りの様子を探っていた。 「フェリオ、逃がしちゃだめだよ!」 「しっ、気づかれる。黙ってろ」 二人の少年が岩陰から息を殺して、ラビの動きを目で追っていた。大きい方はフェリオ、小さいのはクルト、幼なじみである。フェリオが二つの 石を革で結んだ武器、スラムを構え、クルトは棍棒を握って攻撃の態勢になっていた。 「キキーッ!」 突如、二人の気配に気づいたラビが悲鳴を上げ、跳躍した。 「今だ!」 フェリオがスラムを思いっきり投げる。二つの石が革紐を中心にクルクルと回転しながら飛んで行く。小さな草食動物は必死で後ろ足の筋肉を収 縮伸展させて草原を駆ける。が、次の瞬間、石の片方が命中し、革紐が胴体に巻きついた。地面に転がる小さな身体。紐から逃れようと、ジタバタ もがく。そこへ、クルトの棍棒が打ちつけられた。グッタリと倒れるラビ。 「やったーっ!今晩のおかずを捕まえたぞ!」 二人はラビの大きな耳をひっ捕まえ、歓声を上げていた。 「二人共、凄いわ!見事なラビよ!きっと、母さんたちも喜ぶわよ」 邪魔にならないように、岩陰に隠れて見ていた少女が拍手をしながら出てきた。クルトの姉、ライヤである。三人は獲物を嬉しそうに眺め、互い の手を交互に叩いて、喜びを分かち合っていた。 「ねえ、姉さん。ちょっと相談なんだけどさあ……」 ちょっとズルそうな目つきで、フェリオとライヤを見上げる。二人は、くびをかしげて、小さなクルトを見つめた。 「こいつをしとめたことは誰も知らないんだし、三人で食べちゃおうよ!」 「まあ、クルトったら……」 「だってえ、こんなちっちゃなラビ、二つの家族で食べたら、ほんのチョッピリしか口に入らないじゃないか。三人でだったらさ、一杯食べれるん だよ」 「クルトの食いしん坊!そんなの絶対にだめ!父さんが死んでしまって、母さんだって苦労しているのよ。フェリオの母さんだって同じ、おじさん が病気で死んじゃって、大変なの。それなのに、私たちだけおいしい物を食べられるはずないでしょう」 姉にキッパリと言われて、クルトはションボリとうなだれてしまった。こんな食べ盛りの少年が食欲を十分に満たされず、こっそりとつまみ食い したい気持ちは痛い程判る。だが、そんな勝手なことは一人で苦労している母のことを考えると、とてもできることではなかった。 「クルト、こいつはお前ん家で食べるといい。ぼくは、もう一匹捕まえて、家に持って帰るから」 「フェリオ……」 驚いて幼なじみの顔を見つめるライヤ。フェリオはニッコリと片目をつぶって見せた。 「大丈夫!大丈夫!ぼくはこいつよりも大きいラビを捕まえるから、心配すんな!」 ポンポンとクルトの肩を叩き、少年はライヤに笑いかける。 「よーしっ、捕まえるぞ!ラビめ、覚悟しろよ!」 フェリオはスラムを肩にかけ、草原の奥へと歩いて行く。ライヤはそんな幼なじみを眩しそうに見送る。そして、弟を促すと、家に向かって歩き 始めた。がすぐに立ち止まる。 「クルト、ラビを持って、先に帰ってて!姉さんは、ちょっと用事を思い出したから、後から帰るわ」 そう言い放つと、クルトを残して、フェリオの後を追いかけ始めた。一人残されたクルトはポカンと姉の後姿を見送り、ニヤリと悪戯っ子の笑み を浮かべた。 「恋しい恋しい幼なじみ!私はいつだって、あなたの傍にいたいのよーッ!」 ヒョイとラビを肩にかけ、クルトは調子外れの歌を歌いながらスキップする。二人が好き合っていることは、とっくにお見通しだった。ただ、気 づいていないのは当人たちだけであることも。クルトは姉も大好きであったが、兄のように守ってくれるフェリオのことも大好きだった。二人がこ のまま一緒になってくれれば、いいのに。 「おいっ、小僧!」 「うわっ?!」 不意に肩をつかまれ、クルトは飛び上がった。草原でたった一人しかいないはずだった。それが、いきなり声をかけられたのだ。まさか、こんな 真昼間から幽霊だろうか?恐る恐る、顔を横に向ける。だが、人の姿は見えない。やっぱり、幽霊化? 「ぐぇっへへへへへ!どうした小僧、怖いのか?じゃあ、姿を見せてやる」 声が聞こえた途端、何もなかった空間に黒いモヤモヤが現れ、やがて人型を現した。そして、額のない、異様に目の大きな男が姿を見せた。ぴっ たりとした緑色のタイツのようなものをきていて、地面に這いつくばっていれば、タルク(赤蛙)そのものであった。 「ばっ、バケモノ!」 クルトは怯え、悲鳴を上げて、逃げようとした。だが、カエル男に腕をつかまれ、動けない。もしかしたら、草原に棲む妖怪変化かも知れない。 幼い少年は足がガタガタと振るえ、泣き出しそうな顔になっていた。 「ぐぇっへへへ、そんなに怖がらなくても喰ったりはしねえ。ただ、質問に答えてくれればいいんだよ」 ゾッとするような笑い声を立て、カエル男は顔を近づけてきた。クルトは恐ろしさに避けようと顔を背ける。 「村にリーナという女がいるな?」 「リーナ?そっ、そんな人、村にはいないよ!」 「いない?そんなはずはない。隠すとためにならんぞ!」 「うっ、嘘なんか言ってないよ!本当に、そんな人、いないんだから!」 真っ青になって応える少年をカエル男はジッとにらみつけていた。が不意に、手を離し、考え込むようなしぐさになる。 「お前、いくつだ?」 「はっ、8才……」 「こいつが嘘を言ってないとすれば、女は八年以上前にいなくなったってことか……」 ブツブツと独り言を言うカエル男をくるとは恐怖の眼差しで見つめていた。この化け物は何を探しているのだ?リーナという女はどういう人なの だろう?恐怖で心臓が壊れそうになりながら、くるとは必死で考えていた。と不意に、カエル男が黒いモヤモヤに包まれた。そして、次の瞬間、全 く見えなくなってしまう。夢でも見たのだろうか?ふと、自分の頬をつねってみる。やっぱり、痛い。夢ではなかったのだ。クルトはラビを持った 手を堅く握り、家に向かって一目散に駆け出して行った。 草原で出会ったカエルの化け物。あんな恐ろしい目に遭ったのは生まれて初めてだった。クルトは、心臓が爆発しそうになるのも構わず、懸命に 駆けた。ハアハアと聞こえる自分の荒い息さえ、化け物の呼吸に聞こえる。足音に驚いて飛び立つ鳥の羽音も、カエル男かと、ますます足を速め た。やっと家にたどり着いた時には、息も絶え絶えであった。 「どうしたの、クルト?まるで化け物にでも遭ったみたいな顔をして?」 土間に座り込み、ゼエゼエと息をしている息子を、あきれ顔でフィリアは見下ろした。一体この子は何を見たっていうのだろう?こんなに蒼ざめ たクルトは初めてである。 「母さん、化け物だよ!化け物が草原に現れて、リーナという女を知らないかって聞くんだ!怖かった!いきなり、目の前に現れて……、タルク (赤蛙)みたいな顔をした奴で、知らないって言ったら、また消えて……」 喚くようにオルトは訴えた。しかし、フィリアには何が何だかさっぱり理解できない。だが、リーナという名前には聞き覚えがあった。彼女の亡 くなった夫、オルトの姉がリーナという名前だった。オルトが生まれる前のことだから、知らないのは無理もない。しかし…… 「落ち着いて、クルトその化け物は突然現れたり、消えたりしたんだね?」 「うっ、うん!こーんなスゲエ目でにらむんだ。本当に怖かったよ」 ギュッと両目を押し広げ、カエル男の顔を表現しようとする。しかし、フィリアの注意はそこにはなかった。姿が見えない化け物のことはオルト から聞いたことがあった。ライヤが産婆の家で産まれた時、現れたという殺人者。突如、何もない空間から声がして、ライヤと同じ時に生まれた男 の子をさらい、助けようとした母親を冷酷にも殺してしまったという話だった。その化け物がまた現れたのだろうか?しかし、何故?どうして、義 姉を探している?そいつは、無残にも誘拐された子供の両親を殺してしまったと言う。さらわれた赤ん坊も、きっと殺されたに違いないとオルトは 語っていた。まさか、今度はライヤの命を狙っているのではないだろうか?ふとそんな予感がして、フィリアは身震いした。 「クルト、いいかい、今の話は絶対にライヤにしてはだめだよ。いいえ、ライヤだけじゃなくて、誰にも言っちゃあいけないよ。判ったね?」 「ええっ、どうして?なんでだよ?」 「理由は言えない。でも、これにはライヤの命がかかっているかも知れないんだ。姉さんを殺されたくないだろう?だったら、しっかりと口をルー タン(毒カメ)のようにしっかりと閉じておくんだよ」 「うっ、うん」 母親の勢いに負けて、クルトは思わずうなずいていた。しかし、心の中は不安で一杯だ。もしかしたら、大好きな姉が殺されてしまうかも知れな い。それは絶対に嫌だった。誰かに相談したい。でも、母さんは誰にも言っちゃいけないと言った。本当にどうしたらいいのだろう……? フェリオの後を追ったライヤは、すぐに彼の後姿を見つけることができた。腰を屈め、ジッと草原の向こう側を見つめている。きっと、獲物を見 つけたのであろう。ライヤは邪魔をしてはいけないと、離れたところから、幼なじみの狩りを見つめていた。少年らしい細い手足、他の男の子に比 べ、白い肌をしている。だが、決して軟弱そうに見えないのは、精悍な眼差しのせいであろう。何処かくすんで見える、紅の瞳。しかし、真っ直ぐ で、けがれを知らぬ、涼やかさがある。はにかみやで無口だが、言わなくてはならないことははっきりという男らしさも、ライヤは好きだった。彼と いる時が一番落ち着く。だから、いつも一緒にいたい。 「ハッ?」 不意にフェリオが動いた。ライヤは、声を出さないように口を抑え、息を殺して見つめる。視線の先にあるのは、小型のトンク(野豚)だ。小型 とは言っても、大きさは人間の大人よりも一回りも大きな獣である。下手に近づこうとすれば、頭から突進して、跳ね飛ばされてしまう。運の悪い 時には、大の大人でも殺されてしまうことがあった。気をつけて!ライヤは心の中で必死に念じる。 「ブヒッ?!」 今まで花先を土の中に突っ込み、えさをあさっていたトンクが気配に気づき顔を上げる。だが、少年猟師はすでにスラムを振り回し、投げの体勢 に入っていた。野生の豚は、鼻に詰まっていた泥を荒い鼻息で噴出し、遁走に入る。そこへ、ビュンとスラムが回転しながら飛んでくる。逃げるト ンク。背後から迫るスラム。息詰まる瞬間にライヤは呼吸をするのも忘れて立ち尽くしていた。ガツンと巨大なトンクの後頭部に石が命中する。グ ラッとよろめいた前脚に革紐が巻きついた。ドッと音を立てて倒れる巨体。 「キーッ!ブヒーッ!キキキキーッ!」 からんだ革紐を解こうと必死でもがくが、焦っているために、思うように外れない。その時、スラムを投げると同時に駆け出していたフェリオが 馬乗りになった。右手には大振りな狩猟ナイフが握られている。暴れる豚の首筋に向かってナイフを振り下ろす。だが、必死の抵抗に狙いが狂っ た。グサリと前脚の付け根に突き刺さってしまう。痛みのため、抵抗はますます激しく、跳ね飛ばされそうになりながら、フェリオは、再びナイフ を持つ手に力を込めた。両足でトンクの胴をしっかりとはさみ、落ちないように用心しながら両手で頚動脈に向かって振り下ろした。グサリと音を 立てて刃が筋肉の中へと沈み込んだ。 「ブヒーッ!」 断末魔の悲鳴が野豚の口から迸り出る。同時に激しく痙攣し、大きく飛び跳ねた。放り出される少年の身体。フェリオは一瞬、目の前に火花が散 り、意識が薄れそうに鳴った。 「フェリオーッ!」 ライヤが恐怖を忘れて、飛び出してくる。 「ライヤ?どうして?危険だ、近づくな!」 幼なじみの声に、正気に返ったフェリオが痛む身体を懸命に起こし、怒鳴った。まだトンクは死んではいない。むしろ、傷ついている今が一番危 険なのだ。フェリオの剣幕に、ライヤは思わず立ち止まる。その目がヨロヨロと立ち上がる獣を見た。傷口からドクドクと流れ出す鮮血で染まった 目が怒りに燃え上がっている。突然、自分を襲った人間は何処だ?赤く染まった視界にボンヤリと立ち尽くす人間の姿が移った。こいつが自分を殺 そうとした人間化?トンクは最後の力を振り絞って突進する。 「ライヤーッ!」 野豚の目標がライヤに向かっていることに気づいたフェリオが渾身の力で跳躍する。ライヤは恐怖のため、動けずにいた。怒涛のように迫るトン ク。ぶっつかる!思わず目を閉じた少女の身体を何者かが押し倒した。地面に転がる二つの体。その脇を地響きを立てて傷ついた獣が通り過ぎて行 き、バタリと倒れる音が聞こえる。助かった。 「ライヤ、無事か?」 耳元で聞きなれた声がする。ソッと目を開くと、少年の顔がまじかに迫っていた。フェリオが守ってくれたのだ。ホッと安心した途端、涙が溢れ てくる。 「ライヤ?どうした?何処か痛むのか?」 フェリオがあわてて、尋ねる。しかし、ライヤはそうではないと首を横に振る。そして、わっと胸に飛び込んで泣き出した。 「おい、ライヤ、泣くなよ……」 フェリオが困った顔になる。トンクに飛び乗って振り落とされまいとしていた時も、恐怖はなかったが、泣きじゃくる女の子を前にしては、本当 に情けないフェリオであった。 「ごめんなさい、フェリオ。クルトがあんなことを言ったから、無理してトンクを捕まえようとしたのね。私ったらそんなことも気がつかなくて、 フェリオに、こんな危ない思いをさせて……」 「ちっ、違うよライヤ。たまたまトンクを見つけたから、捕まえようとしたんだ。クルトやライヤのせいじゃない」 頭をかきながら、懸命に言い分けをするフェリオであった。 村の少年に尋ねてみたが、リーナという名前の女はいないと言う。子供が嘘を言っているようには思えない。だとしたら、女は何処へ消えたとい うのだろうか?もっと年取った大人に聞いてみなければならない。ダストルは、姿を隠したまま村の中へと忍び込んで行った。人ごみを避け、一人 でいる人間を捜す。不意に声をかけ、騒がれては面倒だ。幽鬼のように村の中を彷徨い、適当な人間を物色する。ポツンと一つだけ離れた大きな家 があった。ふと、家を見上げ、ダストルは首をかしげた。ここは一度きたことのあるところだ。十四年前、裏切り者のフィルの女と子供を始末した 産婆の家だ。 「ぐぇっへへへ!そうか、産婆なら、リーナのことも、子供のことも知っているはずだ」 カエル男は見えない顔をニンマリと歪め、産婆の家の中へと忍び込んで行った。今は出産間近の妊婦はいないとみえて、中は静かなものであっ た。待合室には人の姿はない。ダストルはユルユルと家の中を探索する。分娩室、病室、そして産婆の居間。しかし、何処にも婆の姿は見えなかっ た。留守なのであろうか?舌打ちしたい気分で、もう一度中を見回した。と、先ほどは化づ気づかなかった隅のドアが目に入る。納戸か何かだろう か?ふと気になって静かに開く。 「誰だい?マーサかい?だったら、用事はないから、台所でも片づけておくれ」 戸の開く音を聞きつけてか、中から老婆のしわがれ声がした。一瞬、ダストルは逡巡したが、思い切って中へ入って行った。中をグルリと見回す と、ほとんど何もない部屋に、ポツンと寝台がある。寝ているのは、ミイラのように干からびた老婆であった。病だろうか、目を閉じたまま、苦しそ うな息をしている。 「あんた、産婆のアルマさんだね?」 用心深く言葉を選びながら話かける。老婆はビクッとしたように侵入者に目を閉じたまま顔を向けた。 「おやまあ……、マーサじゃなかったのかい?こりゃ失礼したよ。で、あんたは誰だい?」 「……」 どうやら老婆は死にかけているらしい。もう目を開く元気もなさそうだ。しばらく、ダストルは黙ったまま生けるミイラのような老婆を見つめて いた。そして、思い切って質問した。 「婆さん、リーナって女を知らねえか?十四年前に、子供を産んだはずなんだ。もしかしたら、婆さんが取り上げたんじゃあないか?」 「……リーナ……」 アルマは目を閉じたまま、天井を見上げ、しばらく沈黙する。もしかしたら、眠ってしまったのだろうかと思い始めた時、再び口を開いた。 「覚えているとも。リーナ……。もう十四年前になるんだねえ……」 老婆の顔に昔を懐かしむような笑みが浮かんだ。そして、苦痛の表情に変わる。 「可哀想なリーナ。生まれたばかりの子供を見えない化け物にさらわれて……」 「見えない化け物にさらわれた?」 「ああ、そうさ、あの娘は知らなかったけれど……。本当の子供はさらわれてしまったんだよ」 何を言っているのだろう?理由が判らずダストルは呆然と老婆を見つめる。それに、見えない化け物というのが気にかかる。何かが頭の隅に引っ かかり、ひたすら次の言葉を待った。 「あの日は忙しい日だったよ。村にやってきたサーカス小屋から火が出て、産気づいた妊婦が二人も同時に飛び込んできてさ。あたしゃ、あんなの 初めてだったよ。一人はサーカスの娘で……そうさなあ、名前はミリーと言ったような。そして、もう一人がリーナだった。二人は同時に赤ん坊を 産んでねえ。そりゃあ大変だったよ」 「あっ、あの時の!」 今まで頭の隅でもやもやしていたものが、ハッキリと見えた。十四年前、ゲリオール・ウッズマン総督に命じられ、裏切り者フィルを殺した後、 恋人だった女と子供を始末した時、やはり同じように子供を産んだ女がいた。それがリーナだったのだ。 「リーナが産んだのは男の子、ミリーは女の子だった……。同時に二人を取り上げて疲れきっていたあたしは、どっちがどっちの子とも説明せずに 眠り込んでしまって、気づいた時は……」 「……」 ダストルは息を殺して聞き耳を立てる。あの時、ダストルがさらったのは、男の子の方だった。ミリーの父親が産湯につけていたのと、デュオ人 とは異なる目の色をしていたので、それがミリーの子供だと信じたのだ。 「ミリーは殺され、リーナの息子はさらわれてしまった後だった。自分の子供が無事だったと喜んでいるリーナには本当のことは言えなんだ。それ に、母親を失った子供には母親が必要だった……」 「……」 それっきり老婆は沈黙してしまった。ダストルも頭の中が混乱し、何を尋ねたらよいのか判らなくなっている。 「こっ、子供の名は?そのリーナが我が子だと信じた娘の名前はなんという?」 「ああっ、可哀想なリーナ。村長(むらおさ)の求婚も拒み、必死で育てていたのに……。一年も経たない間に死んでしまうなんて……」 アルマの閉じた両眼から涙がこぼれ落ちる。我が子のため、懸命に働き、倒れた女はあまりにも不憫であった。知らぬこととはいえ、他人の子を 育てるために、自らの命を縮めてしまったリーナ。望まれて、村長の求婚を受ければ、もう少し長生きできたかも知れない。いや、子供さえいなけ れば、もしかしたら嫁に行っていたかも知れない。そう思うと、子供の取り違えを黙っていた我が身が呪わしく思えた。リーナを殺したのは、もし かしたら自分かも知れない。罪悪感に苛まれた十数年……。やっと真実を告白することができたという、悔恨の涙だった。 「婆さん、その子の名前は?その子は今何処にいるんだ?」 ダストルは聞きたくてウズウズしていた質問を繰り返した。 「娘の名前は……」 婆は言葉をと切らせる。そして、何かブツブツと口の中でつぶやくと、ガックリと力なく首を振った。いつの間にか、苦しそうな呼吸音も聞こえ なくなっている。 「おいっ、婆!婆!どうした?肝心の娘の名前を言ってねえぞ!娘の名前を教えてくれーっ!」 あわててアルマの身体を揺さぶる。だが、力なく動くだけで、何の反応も見られなかった。まさか、この大事な一言をしゃべらずに逝ってしまう とは……。 「畜生ーッ!なんてこったい!こんなこと……こんなこと……」 カエル男、ダストルは狼狽していた。十四年前、ガウル(黒狼)に横取りされ、死んだと思っていたミリーの子供は実はリーナの娘であった。そ して、ミリーの子はリーナが育てていた。そんな偶然があっていいものか。冗談ではない。あの恐ろしいゲリオール・ウッズマンに、ミリーの子供 が死んだと報告したのは間違いでした。死んだと思っていたのは、実はリーナの息子でした、などと報告したら……。あの残酷な男のことだ、無能 な人間だと判断され、消されてしまうかも知れない。それだけは避けなくてはならない。他人を殺すことは平気であるが、自分が殺されてしまうの は嫌だ。何とかしなくては。幸い、真実を知っているのは、死んだリーナと婆だけのようだ。それならば……。何も、自らの落ち度を報告する必要 もあるまい。そうだ、自分さえ黙っていれば、秘密は守られる。 「ぐぇっへへへ!そうさ、オレは間違いなんか犯しちゃあいねえ!十四年前に死んだのは、ミリーの産んだ息子だ。それが真実なのだ」 室内に笑い声が響く。聞いているのはミイラのように干からびたアルマ婆のみ。やがて、姿の見えない男はドアを開き、出て行く。そして、室内 には静寂だけが残された。 ダストルからの報告を待つ間、ドルトイは落ち着かなかった。あの血も涙もない男のことだ、リーナや子供にどのような惨いことをするか知れた ものではない。それに、黄金の悪魔と呼ばれる、アスラン・ウッズマンが陰でどのような命令をしているのかも心配であった。あの青年総督は一体 何を企んでいるのだろう?もしかして、なにもかも知った上で、リーナと子供を利用しようとしているのだろうか?しかし、何を?あの計算高い男 のことだ、ドルトイを苦しめるだけのために、何かをするとは思えない。もっと、何か恐ろしいことを考えているに違いないのだ。それが何なのか 判らないだけに、不安はつのるばかりであった。 「副官、どうした?浮かぬ顔をして」 「アッ、アスラン様?」 不意に話しかけられ、思わず立ち上がる。そんな部下をエメラルド色の瞳が無表情に見つめていた。それに気づき、ドルトイは額の汗を拭いなが ら何か言おうと口を開きかける。だが、言葉が出てこない。問いたいことはたくさんあった。しかし、それを口にすることが恐ろしくて、言い出せ ないのだ。 「昔の女が心配なのだろう?私が彼女に何かするのではないかと?」 「そっ、それは……」 また見透かされていた。何故、この人は他人の心をこうも容易く読み取ってしまうのだろうか?ドルトイは目の前の青年総特が恐ろしくてしかた がなかった。昔は、こんな人ではなかった。思いやりがあって、正義感の強い人間だったのに、こんな風に変わってしまうなんて……。 「そんなに私が悪人に見えるかい?」 「そっ、そんなことは……」 「君は嘘が下手だ。“あなたなんか髪の毛一筋も信用できない”と顔に書いてある」 アスランは黄金の髪を揺らして、クスクスと笑う。その笑みは、まるで天使のようなあどけない、人を魅了する輝く笑みであったが、ドルトイに は、悪徳を楽しむ悪魔の嘲笑にしか見えない。 「ダストルが報告してきたよ。君のリーナの消息だ」 「えっ?」 思わず息を呑む。ついに、リーナの居所が知れてしまった。この悪魔に。顔が蒼ざめ、呼吸が早くなる。ドキドキと脈打つ心臓の音が室内に響き 渡るのではないかと思えるほど、早く打ち初めていた。 「……」 アスランはジッと部下の表情を楽しそうに観察していた。蒼ざめ、呼吸を乱し、額から噴出している汗を拭おうともしない副官。自分の次の言葉 を畏れながらも、聞かずにはおれない恐慌寸前の状態だ。 「リーナは子供を産んで、一年後に死んでしまったそうだ」 「死んだ?リーナは死んでいた?」 ポカンと口を開いたまま自分の上司を見つめた。不思議なことに、あれほど愛しいと思っていた女が死んだと聞かされても、悲しみは訪れてこな かった。ただ、これでリーナは黄金の悪魔に利用されることはなくなったという安堵感だけしか心には浮かんではこなかった。 「どうした?恋しい女性が死んだというのに、悲しくはないのか?」 またも、嘲笑うかのように、エメラルド色の瞳が見つめてくる。この人は、自分をからかって楽しんでいるのだ。判ってはいても、ドルトイにはど うすることもできない。まるで蜘蛛の糸にからめとられた蛾のように、アガケバあがくほど、地獄に近づいて行く。憎い。この金髪の美しい悪魔! 殺してやりたいと心底感じていた。もしも、にらみつけることで相手を殺せるならば、何度でも殺せそうな憎しみを込めて、自分の上司をにらみつ けていた。 「リーナの娘は彼女の弟の嫁、フィリアが自分の娘として育てているそうだ。名をライヤという。君にも、私にも似てはいないが、きれいな娘だそ うだ。わずか二日で調べてくれたよ。ダストルは優秀な諜報員だ」 「……娘……が……見つかった……」 安堵したのも束の間、リーナの娘は発見されていた。再び、恐ろしい予感で、血の気が引いて行く。どうしたらいい?アスランにリーナと子供の ことを尋ねられて以来、何度も繰り返した自問自答が再び頭の中で繰り返された。 草原を渡る風が少女の青い髪をなびく。輝くルビー色の瞳は、川面ではしゃぐ二人の少年を見つめている。一人は弟のクルト、もう一人は幼なじ みのフェリオ。どちらも大切な存在であった。小さいクルトが上流から水飛沫を上げて、魚を追い込むと、下流で待ち構えていたフェリオが矛で突 き刺す。二人の呼吸は絶妙で、フェリオは次々と獲物を仕留めていた。 「そらっ、ライヤ!」 今も、捕らえた三十センチもあるカプル(水鱒)を矛から抜き、川原のライヤに向かって投げてよこす。それを受け取り、笹にエラを突き刺した。 今日は大漁で、少年たちは機嫌がいい。ライヤも内心嬉しかった。もしも、また獲物が少なくて、大好きなフェリオが危険な狩をすることになった ら……と思うと、心配でならなかったからである。この前のトンク(野豚)は結局二つの家族の食卓に上ることになったが、もしも、あの時、フェ リオがケガでもしていたらと思うと、泣きたくなってくるのだ。 「よーし、これぐらいでいいだろう?いくら食いしん坊のクルトだって、カプルを3匹も食べれば満足するだろうからな」 「フェリオ、ひどいよ!ぼくは食いしん坊なんかじゃない!ただ、ちょっとだけ、たくさん食べたいだけだよ!」 「それが、食いしん坊っていうんだ」 プッと膨れたクルトの頬をチョンチョンと指先で突っつき、フェリオは楽しげに笑った。ライヤもクスクスと肩を揺らしている。 「なあ、ライヤ、今日は大漁だし、少しだけ焼いて食べちゃおうか?」 「そうねえ……」 「あっ、ずるい!姉さんったら、ぼくが言った時は、すぐにだめって反対したくせに、フェリオだとその気になるのかよ!」 「じゃあ、クルトは食べないんだな?」 「あったり前だ!食べるに決まってるだろ!」 「よーしっ、じゃあ、決まりだ!」 「ばんざーい!」 三人は笑いながら、焚き木を集め始めた。フェリオが火を起し、ライヤが魚を竹で串刺しにして、火の周りに突き立てる。時々、魚をひっくり返 してやっていると、香ばしい匂いがしてきた。クルトは涎が出そうな顔で、焼けて行くカプルを見つめている。フェリオとライヤは、微笑みながら 見つめていた。 「やあ、いい匂いだなあ!」 不意に声がして、三人はギョッとして振り返った。他には誰もいないと思っていた川原だったのに、一体誰だ?フェリオは要人するように、矛に 手を伸ばす。 「あはは、ごめんよ。そこで昼寝をしていたんだが、いい匂いがして目が覚めちまって……」 岩陰から見慣れぬ男が頭をかきながら出てきた。青い髪、ルビー色の瞳、汚れた衣服のデュオ人の男であった。フェリオとライヤは互いの顔を見 る。果たしてどうしたものだろう? 「なあ、こいつをやるから、魚をオレにも分けてくれないか?」 男は懐から銀色に光るナイフを差し出した。見たこともない形のもので、鞘はない。どう見てもデュオの物ではない。 「こいつは地球人からかっぱらった物だ。珍しいナイフだろう?ほれ、切れ味は最高だぜ」 言うなり、ナイフを一閃させた。と、フェリオの髪の一筋がハラリと風に舞う。 「凄いや!」> クルトが目を輝かせる。木や肉のようにある程度重さがある物を切るのは簡単だが、風に揺らいでいる髪の毛一本を抵抗なく切るには、相当の切 れ味が必要である。それをいとも容易くやってのけた男の腕前も恐るべきものであるが、ナイフの切れ味も相当なものであった。 「どうだい、坊や、欲しいかい?」 「うん!」 目の前にナイフをちらつかされ、クルトは目を輝かせた。しかし、ライヤとフェリオの表情は硬い。何者か判らない男から物をもらうことに抵抗 があったし、ナイフを自在に操る男に油断ならないものを感じたからである。 「おやおや、どうもお姉さんやお兄さんには信用されてないみたいだな。まあ、しかたがないか。じゃあ、魚はあきらめるとするか」 肩をすくめ、男はナイフを懐にしまおうとした。クルトは惜しげな瞳で見つめている。フェリオは相変わらず矛を握り締めていた。 「動くな!」 「なっ?」 不意に男がしまおうとしていたナイフを投げた。やはり、何か企んでいたのだ。フェリオは素早く矛を持ち直す。 「危なかったな」 ニヤリと笑みを浮かべ、男はライヤの足元を指さす。つられて目を動かすと、ナイフに串刺しにされたスカル(青蠍)が口惜しげに毒の尻尾を蠢 かせていた。こいつに刺されれば、数秒で死んでしまう、恐るべき毒虫であった。 「あっ……ありがとう……」 ライヤが蒼ざめた唇で礼を言った。男は手を横に振り、気にするなという仕草を見せる。 「じゃあな」 男はスコルからナイフを引抜き、汚れを草の葉で拭き取ると、今度こそ懐にしまい、背を向けた。 「喰ってけよ」 「はん?」 「魚はタップリある。一緒に喰ってってくれ」 「いいのか?そりゃ助かるぜ!」 男はニヤリと笑うと、戻ってきた。フェリオは黙って焼けた魚を串ごと差し出す。 「こりゃうまそうだ!ありがとよ!」 うまそうに魚を喰らう男を無言で見詰める三人であったが、やがて自分たちもそれぞれ食べ始めた。焼きたてのカプルはどんなご馳走よりもおい しかった。 「オレの名前はジョニー、旅をしている」 「旅人?何処に行くんだい?」 クルトが興味深々という目で旅人を見つめる。 「さあな。足の向くまま、気の向くままって旅だ。暑くなれば北へ、寒くなれば南へって感じかな」 「ふーん」 それっきり会話は途切れてしまった。クルトは食べ終わった串を名残惜しそうに舐めている。男は焚き火の残り火を何気に見つめていた。しか し、時折、上目づかいにライヤとフェリオを交互に見つめている。そして、ふと遠くを見る目で、炎を見つめていた。 「じゃあ、オレは行くぜ。どうもご馳走さん」 やおら立ち上がったジョニーは元きた方角へと歩き去って行った。本当に妙な男だ。旅人だと言ったくせに、ろくに荷物も持っていない。それ に、ライヤとフェリオを見つめる目は何か普通ではなかった。そして、不思議だったのは、それが決して不愉快なものではなかったということで あった。あの男の視線は、まるで長い間、離れていた懐かしい人にでもあったかのような優しさがあったように感じられてしかたがなかった。 立ち去ったジョニーは、ある程度まで離れると、ユックリと振り返った。もう子供たちの姿は見えない。しかし、彼の瞳はしっかりと奥にライヤ とフェリオの姿を焼き付けていた。 「ライヤ……きれいな娘だ。それに、フェリオもいい少年だ……」 静かに目を閉じ、昔を思い出す表情になる。次に目を開いた時、男は自分の目に指を突っ込んで何かを剥ぎ取る。と現れたのはエメラルド色の 瞳。次に頭に手をやると、青髪を毟り取った。途端、光輝く黄金の滝のような髪の毛がこぼれ落ちてくる。顔の汚れを拭き取ると、どのような美の 女神が創造したのであろうかと、誰しもがため息をつく美しい青年の顔が現れた。デュオ総督、アスラン・ウッズマンだ。 「ドルトイ、お前も見ていたのだろう?どうだ感想は?」 不意に振り返る。そこには、事務官の制服を着た男が恨めしげな顔で佇んでいた。アスランの副官、ドルトイである。アスランはそんな男をエメ ラルド色の瞳で、嘲笑うように見つめている。 「総督、あの娘は本当にリーナの子なのでしょうか?私には信じられないのですが……」 「君は私があの娘に何かをすると思って、そんなことを言っているのかね?」 「……」 「私が血の通わない人間だと思っているのか?もしかしたら、自分の妹かも知れない娘の不孝を願っているとでも?」 「……やはり、知っておられたのですね。リーナの子は……」 口にしかけて、ドルトイは止めにした。今さら何を言っても遅過ぎる。彼にしろ、父親のゲリオールにしろ、血族はただの証にしかならない。例 え、親兄弟と言えど、利用できる者は利用する。それが彼らだった。だから、心に浮かんだ疑問をそれ以上口にしなかった。一応、疑問は投げかけ た。それを陰謀からライヤを守るための疑問だと信じたのは、アスランその人だ。だから、決して隠し事をしたわけでも、裏切ったわけでもない。 ドルトイはそう自分自身を納得させた。確かに、ライヤは美しい娘だ。他のデュオ人に比べ、顔立ちも整い、肌の色も白く見える。だが、似ていな いのだ。リーナにも、ゲリオールにも。そして、驚いたことに、隣にいた少年、フェリオ……。なんということであろう、まるでリーナに生き写し だったのである。何故かは判らない。しかし、彼こそがリーナの子に違いない。何も確証があるわけでもなかったが、ドルトイは確信していた。 フェリオこそが、リーナの子供だと。 「吾がウッズマン家の血を継ぐものならば、デュオの指導者としてふさわしいとは思わないかね?」 「はあ」 一体、この人は何を言っているのだろう?思わずエメラルド色の瞳を見つめる。しかし、そこからは何も窺うことはできなかった。ただ、ひたす ら襲ってくる悪寒にドルトイは懸命に耐えていた。 |