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デュオの青い虹 文:カメ仙人
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地球人の造った華やかな都市、アルカディアの見える丘の上で、ジッとにらみつけている少年が一人。歳の頃は十三、四。デュオ人の特徴である青い髪、真っ赤な瞳には、怒りと憎しみが込められていた。痩せた手足はむき出しで、身に着けている物と言えば、腰に巻いた布切れ一枚だけである。華麗なる衣装で着飾った地球人とは大きな違いであった。 「フェリオ、また、地球人の街を見ているの?」 不意に女の子の声がする。振り返ると、彼と同じように青い髪の少女が近づいてきていた。少年は唇を歪め、視線を街に戻す。 「ライヤ、ぼくは善神アルディオンの名において、いつかあいつらを追い出す。デュオは、ぼくたちの星なのに、あいつらは我が物顔で侵略してくる。許せない。絶対に許せないよ」 フェリオは隣に立った少女に誓う。彼らこそ、デュオの正当な持ち主なのに、迫害されるのが口惜しくて堪らないのだ。地球人こそは、彼らの平和な生活を犯す悪魔。人々から土地と資源を奪う侵略者なのであった。 「そんなこと、無理だわ。彼らは強力な武器を持っているし、知識だって、私たちとは比べ物にならない。いくら、フェリオが頑張ったって……。善神アルディオンの神子様(みこさま)ならいざ知らず、子供の私たちにはどうしようもないわ……」 「黙れ! ライヤ、口惜しくないのか?! あいつらは、お前の父さんを連れ去り、鉱山で無理矢理働かせて、殺したんだぞ。それに、ぼくの父さんだって、おかしげな薬を飲まされて……」 ギュッと唇を噛む。彼の父や、他の大人たちは地球人に連れ去られ、妙な薬を飲まされ鉱山で働かされていた。薬を飲まされると、気分は高揚し、辛い作業でも楽にこなすことができる。だが、薬が切れると、地獄の苦しみが襲ってくる。初めは、嫌々働いていた男たちも、薬の禁断症状の苦しさに、耐えきれず、逃げ出すこともできなくなってしまう。そして、ついには廃人となるまで働かされるのだ。だから、連れ去られた大人が帰ってくるのは、死んだ時か、廃人になった時だけだった。 フェリオは、廃人となり、毎晩のようにうなり声を上げ、狂ったように壁をかきむしっていた父を思いだして、拳を握り締めた。父親の死に様は壮絶なものであった。骸骨のように痩せ衰え、苦痛のため掻きむしった指の皮膚は破れ、白い骨が露出して、それは恐ろしい死に様であった。 「私だって、悔しいわ。でも、彼らは強すぎるのよ。私たちにはとても勝てない相手だわ」 目を伏せ、悲しげにつぶやく少女。フェリオはそんな彼女に腹を立てたのか、自分自身の無力さに腹を立てたのか、苛立たしげに足下の石を蹴っ飛ばした。 「へへ、威勢のいいガキだなあ」 突然、背後から男の声がする。 「はっ?!」 二人は同時に振り返る。そこには三人の地球人がいた。彼らは口元に嫌らしい笑みを浮かべ、近づいてくる。フェリオは少女の身体を庇うように仁王立ちになる。 「ふふ、そのお嬢ちゃん、野蛮人にしては結構可愛い顔をしてるじゃねえか」 男の一人がニヤニヤ笑いを浮かべる。 「オレたちがいい所へ連れってやるぜ。きれいな服も着れるし、うまい物も食えるぜ」 「おう、これだけ可愛ければ、総督府の奴隷市でいい値で売れるだろう」 男たちは勝手なことを言い始める。少女を奴隷に売るつもりなのだ。 「お前たち、ライヤに手を出したら許さないぞ!」 フェリオが怒鳴る。子供であっても、彼らが何を話しているのか理解できた。ライヤを誘拐し、奴隷市で売ろうと言うのである。地球人にとって、デュオの住民など人ではない。動物、いや、それ以下の奴隷としか思っていなかった。 「やかましーっ、このガキ!」 男の拳が、フェリオの顔面に炸裂する。だが、負けじとばかりに、腕に噛みつく。 「このクソガキ!」 怒りに任せた蹴りが少年の腹を襲う。そして、裏拳がこめかみに突き刺さる。勢いよく吹っ飛んで地面に転がった。そして、容赦なく踵で踏みつけた。 「フェリオ!」 思わず助けようと駆け寄るライヤ。だが、別の男の腕が少女の細い肩を掴む。 「お嬢ちゃんはオレたちと来るんだ」 「やめてーっ! 離してーっ!」 必死に抵抗しようとする。しかし、力強い男の腕はびくともしない。首を振り、助けを求める。だが、フェリオは男の靴底に踏みつけられたまま動けずにいた。 「さあ、こい」 男は少女の身体を抱え上げ、歩き出す。いくら暴れても、それは虚しい抵抗だった。 「フェリオ! 助けて!」 「ライヤーッ! ライヤーッ!」 フェリオの声はライヤの耳に遠くなって行く。地球人に連れ去られたデュオの女の運命は噂で知っていた。散々弄ばれ、薬に犯され、廃人になるか、もしくは地球へ連れて行かれ、二度と帰ってこれなくなるかだ。絶望に打ちのめされ、少女の目から涙が溢れだしていた。 「畜生、地球人め! 許さない。ぼくの父さんだけでなく、ライヤまで……」 フェリオはフラフラと立ち上がり、男たちの後を追って歩き始めた。行き先は判っている。どうせ、アルカディアの総督府だ。そこで、人買いの市が開かれている。奴らはそこへライヤを売りに行くに違いないのだ。 誘拐され、総督府に連れ込まれたライヤは、奴隷市で競りにかけられるのを怯えながら待っていた。彼女よりも若い娘も泣きながら売られて行く。好色な男たちがジロジロと嘗めるような視線を送ってくるのがおぞましく、少女の心を痛めつける。一人、また一人と売られて行く度に、恐怖が少女を震撼させる。 「おいっ」 いきなり肩を叩かれ、ビクッと身体を凍りつかせる。恐る恐る振り向くと、彼女を誘拐した奴隷商人であった。憎んでも憎み足りない相手。大事な幼なじみを乱暴に傷つけた憎むべき男だ。ライヤは奥歯を噛みしめ、にらみつける。 「ふふ、オレが憎いか? だが、すぐにオレに感謝するようになるぜ。何しろ、お前は上玉だ。きっと金持ちの旦那が可愛がってくれるさ。きれいなベベ着て、美味しい物を食べられる、極楽の生活が待ってるんだ」 ヒヒと嫌らしい笑みを浮かべ、男はライヤの腰を撫でた。おぞましい手の感触で鳥肌が立つ。手を避けてやりたいが、両手を縛られていてはそれもできない。口惜しさと恥ずかしさで顔が赤くなった。 「なかなか上玉の娘だな」 不意に彼らの背後から声がする。驚いて顔を上げると、若い男が立っていた。金髪碧眼の美青年と呼んでもよい、美しい若者であった。 「こっ、これは、ウッズマン閣下」 奴隷商人たちに緊張が走る。一体何者? ライヤは顔を強張らせ、男をにらみつけた。どうせ、奴隷商人の仲間、誰であろうと敵なのだ。 「ふふ、私が嫌いか? そんなに怖い顔をして」 男は楽しげに笑みを浮かべていた。今、自分が誰とも判らぬ人間に売られてしまうかも知れないという時なのに、ライヤは男のきれいな顔に思わず見とれてしまっていた。だが、すぐに目の前の男が憎い地球人であることを思いだし、奥歯を堅く噛みしめる。 「名は?」 ウッズマンは少女の顎を軽く持ち上げ問う。碧の瞳から目を離すことができない。美しい瞳。魅入られたように見つめていた。 「一千万クレジット」 「えっ?!」 出し抜けにウッズマンが言う。驚く奴隷商人。 「この娘の値だ。足りぬか?」 「いっ、いえ……」 一千万クレジットといえば、宇宙船が買える値である。断る理由などなかった。商人は籾手をしながら愛想笑いを浮かべる。金髪の青年は沈黙したままチェックを手渡した。 「へっへ、確かに一千万クレジットで」 チェックに書き込まれた数字を確認すると、満面の笑みを浮かべた商人はライヤを渡す。ウッズマンは無表情に受け取り、奥の部屋へと消えて行った。恐らくは、司令塔に連れて行くのであろう。商人たちは後ろ姿をニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて眺めていた。 そんな総督の行動をジッと物陰から見つめている人物がいた。副官のドルトイである。やはり、あの人はライヤに近づいて行った。あの娘に何をさせようというのだ? あの後、自分でも調べて見た。ライヤが生まれた時、同時に生まれた男の子がいたと判った。その子を産んだのがミリー。親友のフィルの子供だった。だが、その子は生まれると同時に、ミリーは殺され、子供は姿の見えない化け物に誘拐されてしまったらしい。その前に、ミリーはカエルのような珍妙な顔をした男に襲われていたという。こんな特徴のある男は二人とはいない。ダストルだ。あの化け物がミリーを殺し、子供をさらった張本人だ。 「そして、あの少年…」 どうしても気になっていた少年フェリオのことも調べて見た。だがどうしても判らなかった。村人たちは、今、彼が一緒にすんでいる母親、シルビアが本当の母親だと信じている。だとしたら、ただの思い違いだったのだろうか?実は、ライヤがミリーの娘で、フェリオがリーナの息子だと直感したのは勘違いだったのだろうか? だが、どうしてもドルトイには信じられなかった。あの少年の顔、あまりにもリーナに瓜二つなのだ。もう少しくわしく調べてみる必要がある。 アルカディアの近くまできた時、フェリオは途方に暮れることになった。街の周囲は高いコンクリートの塀が取り囲んでいた。そして、いくつかある門には、武装した兵士たちが警備している。恐らくは、デュオ人を近づけないためだ。これでは、総督府どころか、街の中にも入ることはできない。 「くそっ、どうしよう」 迷っている間にも時はドンドン過ぎて行く。頭上には、地球へ行く宇宙船が一隻、通り過ぎて行った。物陰に隠れ、少しずつ近づいて行くが、なかなか門の中へは入るチャンスが見つからない。気持ちは焦るばかりだった。 「あっ、あれは……?」 少年の目に、門からこちらへ向かってくる車が写る。それは、何が目的なのか、彼が隠れている岩の近くで停止した。 「出てくる」 慌てて、頭を引っ込める。車から出てきたのは、若い黒髪の女性だった。彼女は物珍しげに辺りの景色を見回していた。そして、再び車に乗り込もうとドアを開ける。 「よしっ!」 フェリオは心を決めた。そして、岩陰から飛び出す。 「えっ?」 少年の接近に気づいた女が振り返る。 「畜生、地球人めーっ!」 力一杯体当たりしようとする。だが、女は思ったよりも素早く、あっさりとかわされてしまった。そして、バーンと開いていたドアに激突する。彼は仰向けに倒れ、うめき声を上げた。 「あなた、何してるの?」 女が呆れ顔で尋ねる。フェリオはしたたか打った鼻を押さえ、唸っていた。 「あらっ、鼻血が出てるわ。バカね、自分でドアに体当たりなんかするからよ」 苦笑すると、バッグからティッシュを取り出し、少年の血を拭き取る。 「ほら、これを鼻に詰めて」 両方の鼻にティッシュを詰め込まれる。フェリオは何か不思議な物でも見るような思いで彼女を見つめた。何故、この地球人は親切にしてくれるのだろうか? 今まで出会った地球の奴らは、皆、デュオ人を蔑み、虐待し、迫害する奴らばかりだった。だが、目の前にいる女は……。 「騙されるものかーっ!」 女の手を払い除け、立ち上がる。そうだった、地球人は全て敵だ。この女だって、親切そうにはしているが、何を考えているのか判ったものではない。油断させ、彼を殺す気かも知れないのだ。 「どうかしたの坊や?」 女は不思議そうに少年を見つめる。 「地球人は敵だ! 父さんを廃人にし、ライヤを連れ去った」 怒鳴りながら、女に飛びかかる。何が何でも車を手に入れ、総督府まで突っ込むのだ。そうしなければ、ライヤが危ない。幼い時からズッと好きだった女の子。地球人なんかに奪われてなるものか。フェリオは必死で闘おうとした。しかし、女は以外にも手強かった。殴ろうとする拳は全てかわされ、掴もうとした手は空を掴むだけだ。 「畜生! 畜生!」 必死で攻撃を加える。だが、どれも満足に敵を捕らえることができない。息を切らせ、肩で大きく息をする。しかし、女は平然と呼吸一つ乱していなかった。 「坊や、何が目的なの? お金が欲しいのならあげるわよ」 「金なんかいるかーっ! ライヤを返せーっ! この泥棒地球人め!」 憎しみのこもった目でにらみつける。女は首を傾げ、少年を見つめる。 「ライヤって誰なの? あなたの妹?」 「違う、ライヤはライヤだ。お前たち地球人にさらわれた女の子だ!」 フェリオは女の首を絞めようと、両手を伸ばした。しかし、逆に手首を捕まれ、ねじ上げられる。 「彼女、あなたのガールフレンドなのね。可愛い娘?」 「ライヤとはそんなんじゃない。もっと、ずっと大切な友達だ。畜生、離せ!」 腕を後ろに回され、ジタバタともがくが、どうしても逃れることができない。 「ライヤを連れ去ったのは、どんな連中なの?」 「地球人だ。お前と同じ地球人だ! 地球人は皆、ぼくたちに酷いことをする。父さんを無理矢理連れて行き、薬で廃人にした。ライヤの父さんだって、地球人に鉱山で無理矢理働かされて、殺された。今度は、ライヤを誘拐して、総督府の奴隷市で売る……。そんなこと、絶対に許さない。ライヤだけは、守るんだーっ!」 今まで貯まっていた地球人への憎しみが一度に溢れ出す。父の恨み、ライヤの恨み、自分自身の恨みが口をついて出る。大声で叫き、呪詛の言葉が洪水のように吐き出された。 「……判ったわ。ライヤを救いに行きましょう」 不意に女は手を離す。驚いて相手を見る少年。彼女は黙ってうなずき、車に乗り込んだ。フェリオは、それを呆然と見つめていた。 「坊や、何してるの?! 早く乗りなさい。恋人を助けに行くんでしょう」 「うっ、うん」 慌てて助手席に乗り込む。女は、フェリオがドアを閉めたのを確認すると、猛スピードで車を発進させた。 自分を高値で奴隷商人から買い取った青年は一体何を考えているのであろうか。いくら見目麗しい青年だとしても、相手は地球人、デュオ人であるライヤを人間だとは考えてなどいないはず。弄ばれ、辱められた挙げ句、殺されてしまうに違いない。ライヤは絶望的な気分で青年の後からついて行った。 「ここが君の部屋だ」 司令塔の最上階の一室の前で立ち止まると、デュオ総督、アスラン・ウッズマンが示した。ドアが開かれると、中は美しい装飾を施された見事な部屋であった。しかし、何故このような部屋を奴隷であるライヤに与えると言うのだ? 不信と疑惑の視線を青年に向ける。 「ふふ、不満そうだな。もっと、大きな部屋が欲しいのか?」 驚いて相手の顔を見つめる。奴隷に部屋の不満などない。犬や猫のような小屋が与えられたとしても、不満など言えるはずもないはずなのに……。 「心配するな。そのうち、もっと大きな部屋を用意させる。なにしろ、君はデュオの女王になるのだからな」 「デュオの女王?」 目を大きく見開き、相手を見つめる。何を言っているのか意味が理解できない。デュオの女王? 何のことだ? 「驚いたか? デュオの女王とは、惑星デュオを支配する者だ」 「デュオの支配者は善神アルディオンです」 「ふっ、善神アルディオンか……。デュオの民間信仰の神だな」 ウッズマンは苦笑を浮かべる。デュオ人は善神アルディオンを神と崇め、救済を信じて止まなかった。いつの日にか、善神アルディオンの神子が現れ、侵略者を滅ぼしてくれると信じているのである。そんな神など存在するはずがないのは判っている。だが、彼らはそれをひたすら信じ、祈りを捧げていた。 「……ならば、君は善神アルディオンが選んだ神子(みこ)になれ。神が君を地上代行者として選んだのだ」 「えっ?」 「いいか、デュオが侵略者の地球人に勝手放題にされてしまったのは、デュオが強い統率力を持った支配者がいなかったせいだ。小さな村単位で科学力のはるかに勝っている地球人と戦うというのは、子供が大人を相手にするようなものだ。実際、地球人はそうやって、デュオ人を捕らえては、君のように奴隷にしたり、鉱山で家畜のように働かせている。それもこれも、デュオに支配者がいないせいなのだ。星を統治する支配者が強い指導力でデュオの独立を指示すれば、いくら科学力の勝っている地球人といえど、易々とはデュオを侵略することは困難なはずだ」 そうなのかも知れない。皆で戦おうという意見は村の中でも起こっていた。だが、誰が全デュオ人を統率するのか? それでいつももめていた。隣村の村長は老齢過ぎる。かと言って、自分たちの村長は臆病過ぎて、話にならない。山向こうの村長は、かつての村敵である……。そうやって、いつも話し合いは堂々巡りを続け、結局は村単位で戦ってしまうことになってしまうのであった。もし、誰かが星全体を統一して地球人に抵抗したならば、勝てるかも知れない。しかし……。 「君がアルディオンの代弁をし、全星に号令を発すれば、星が動く。そうは思わないか」 「でも……。私にはアルディオンの声を聞くことはできません。神の声を聞くことができるのは、選ばれた神子だけ。純粋に善神を崇め、神に愛された者のみです」 「その通り。だが、君がアルディオンの声を聞いたと言えば、君が神子だ。誰にも文句は言わせない。そうして、デュオ人を統率し、惑星を独立させ、地球人を追い払うのだ。どうだ、良い考えだろう」 それならうまく行くかも知れない。しかし、何故にウッズマンはそのような知恵をライヤに授けるのだ? もしも、デュオが独立を果たし、地球人を惑星から全て追い出してしまったら、彼も出て行かなくてはならないはず。そんなことをして何の得があるのだろうか? 益々不信感を募らせる。 「私は、惑星デュオが好きなのだ。豊富な緑、豊かな自然、そして、美しいデュオの人間たち。そんなデュオを自然のまま残しておきたい。地球人の暴虐が許せない。だから、私はライヤにデュオの女王になって、星を独立させて欲しいのだ。そのためなら、私はいくらでも力を貸そう」 熱っぽく語る青年。信じていいのだろうか。もしかしたら、彼は本気でデュオを救おうとしてくれているのかも知れない。でも、地球人はいつも彼らを騙してきた。迂闊には信じることはできない。しかし、彼の美しい髪、瞳、整った顔立ちを見ていると、疑う気持ちがどんどん萎えて行く。 「ライヤ、君は美しい。私が今まで出会ったどんな女性よりも美しい。君のためなら、私はどんな助力も惜しいとは思わない」 「……」 ジッと見つめてくる美しい青年。そんな彼の口から賛辞の言葉を聞くと、ライヤの心は千々に乱れる。体中がかっと暑くなるようだ。頬が赤らみ、火照ってくる。呼吸は乱れ、心臓の鼓動が早鐘のように打つ。どうして、こんなに胸が苦しくなってくるのだろう。 「私の言ったことをよく考えて欲しい。そして、私が決して嘘を言っているのではないことを信じてくれ」 美貌の青年はそれだけ言うと、きびすを返して出て行く。ただ一人残されたライヤは、ウッズマンの去ったドアを呆然と見つめていた。何処まで彼の言うことを信じたらよいのだろうか? 真剣な目、優しい仕草……。信じたい。しかし……。 「フェリオ、迎えにきて。早く、迎えにきて。そうしないと……」 妄想を振り払うように頭を二度、三度強く振る。そして、幼なじみの名前をつぶやく。敵である地球人に惹かれて行く自分が怖い。このままでは、あの男に惹かれてしまう。だめだ。そんなこと、許されるはずがない。地球人など信じてはならない。今まで、地球人を信じて酷い目に遭ったデュオ人のどんなに多いことか。騙されてはならない。いくら、優しくされても、地球人は地球人だ。デュオ人のライヤなど本気で愛してくれるはずなど……。 「馬鹿! 何を考えているのよライヤ。地球人と愛し合うなんて……そんなこと……誰も許してくれるはずないわ……。でも……」 髪をかきむしり、ベットの上に倒れ込む、考えたくない。何も考えたくない。考えれば、あの男の顔が浮かんでくる。嫌だ。嫌だ。地球人に惹かれて行く自分がたまらなく嫌だった。 室から廊下に出た途端、黄金の髪をした青年総督は棲隅にひっそりと佇んでいる人影に眉を動かす。それは副官ドルトイであった。まだ幼い少女を大金をはたいて買い求め、司令塔の一室にかこってどうしようとしているのだと問いたいのであろう。そのような顔をしていた。 「アスラン様、あの娘をどうしようというのです? まさか……」 「馬鹿な想像は止めたまえ。私はデュオのために良いことをしようとしているのだ」 「嘘です! あなたはデュオを我が物にしようとしている。幼い娘を女王に仕立て、背後からデュオを支配しようとしている。違いますか?」 ドルトイが厳しい目つきで黄金の総督を見つめる。しかし、何も答えは返ってはこなかった。ただ、唇の端に薄い笑みを浮かべるだけである。暫く二人はにらみ合ったまま廊下に立ちつくしていたが、やがて、どちらともなく視線を外し、左右に分かれて歩き出した。 この女は信じられるのだろうか? もしかしたら、騙されているのではないか。ライヤを誘拐され、助けに行こうとアルカディアの外で街の様子を探っていた時、車で現れた女。彼女を襲い、車を奪って総督府に乗り込もうとしたが、逆にやられてしまった。そして、フェリオが誘拐された恋人、ライヤを助けに行くところだったことを知ると、一緒に総督府へ行こうと車に彼を乗せたのだった。一度はライヤを助けに行くと言われて、車に乗り込んだのだが、信じてよいものだろうか? 親切そうに言ってはいても、地球人だ。もしかしたら、騙されているのかもしれない。地球人がデュオ人をまともに扱ってくれるはずがない。 「どうかしたの坊や?」 女が不安げに身体を堅くしている少年に尋ねる。 「どうして?」 「えっ? 何が?」 「どうして、ぼくを助けてくれるの? どうして、ライヤを一緒に助けに行こうとするの?」 「私が信じられない?」 「信じられないよ。だって、地球人は皆、酷い奴らばかりだ。ぼくらを騙し、利用し、迫害した。多くの仲間を廃人にし、殺した。女たちは陵辱され、人買いに売られ、最後には廃人にされるか殺されるかだ。地球人は悪魔だ。ぼくは絶対に地球人を許さない!」 「……そう……」 少年の憎しみのこもった言葉を聞いて、女が悲しげにうつむいた。 「でも、坊や、これだけは信じて。地球人全てが悪い人間ばかりじゃないって。地球人の中にも、良い人がいるわ。いいえ、むしろ、良い人の方が多いのよ。でも、良い人たちは臆病で、進んで悪い人間をどうにかしようと動けないの。あなたたち、デュオの人たちが酷い目に遭わされているのは知っているけれど……、どうにかして上げたいとは思っているけれど……。悪い連中の方がずる賢くて、おまけに力もあって……。ごめんなさい、私たちに力がなくて……」 フェリオは呆然と女の顔を見つめた。信じられないことに、彼女は謝った。デュオの人々を救えないと謝ったのだ。どうして? 地球人は皆、悪魔だと思っていたのに。皆、敵だと思っていたのに……。彼女は違うというのだろうか。 「坊や、名前をまだ聞いてないわね。私はキヨネ山本。地球の日本という国からきたのよ」 「ぼ、ぼくはフェリオ」 「そう、フェリオ……。良い名だわ。昔、同じ名の素晴らしい歌手がいたわ」 「かしゅ?」 「歌を歌う人のことよ」 「歌なら、ぼくだって歌えるよ」 「そう……、いつかフェリオの歌を聴かせてね」 「うん」 何故だか判らないが、この女性は信じられるような気がしてきた。強い人なのだが、優しい目をしている。決して、デュオ人を蔑みの目で見ていないように思えた。信じてみようか? ふっと、そんな気になる。 「フェリオ、隠れて! 門をくぐるわよ」 咄嗟に座席の下に隠れる。途端、上から毛布がかけられた。車はそのまま走り、門をくぐり抜ける。恐る恐る顔を出そうとした。 「そのまま動かないで」 キヨネが頭を軽く押さえる。慌てて毛布の下に隠れた。車は減速し、建物の中へ入って行くような音がする。総督府に着いたのだろうか? いよいよ、敵地だ。少年の心臓が早鐘のように高鳴る。 「お待たせ」 車が停止し、キヨネが言う。フェリオは毛布をはね除け、顔を上げた。 「遅いぞ。何処で油を売っていた?」 人相の悪い男がドアを開ける。そして、フェリオと真正面で、顔を合わせた。 「なっ、なんじゃあ、このガキはーっ?!」 男が頓狂な声を上げる。フェリオも、驚いて身構えた。総督府に連れて行ってやると言ったのに、何故、こんな男が? もしかして、騙されたのか? 迂闊に地球人なんか信じるんじゃなかった。後悔が心中に沸き起こる。 「モルグ、早く乗って。総督府へ行くわよ。この子の恋人が誘拐されて、奴隷市で売られてしまうのよ」 「なっ? 奴隷市だって? くそっ、やっぱり、この星の連中はそんなことをしていたのか……」 「ボンヤリと考えている暇なんかないわよ。早く行って、現場を押さえないと」 「おうっ、そうだな」 男は急いで乗り込む。キヨネは、ドアが閉まると同時に車を急発進させた。何が何だか理解できず、フェリオは呆然と二人を交互に見る。 何時間経ったのだろうか。それとも、数分しか過ぎてはいないのだろうか。妄想を振り払うように身悶えていたライヤの耳にドアをノックする音が聞こえた。緊張し、身体を硬くする。あの男が戻ってきたのか。 「ライヤ様、入ってもよろしいでしょうか?」 女の声だ。あの男ではない。ライヤは安堵のため息をつく。今は彼の顔を見たくはなかった。 「ライヤ様、お着替えを持ってまいりました」 「あっ、あなたは……?」 両手に真新しいドレスを持った女を見て、目を大きく見開いた。なんと、デュオ人なのだ。地球人と同じような服を着てはいても、青い髪、真っ赤な瞳は間違いなくデュオ人のものである。こんな所で同星の人間に会うとは……。 「私はマーム。ウッズマン様のご命令で、ライヤ様のお世話をさせていただく者でございます」 恭しく礼をするデュオ人の女。何故、自分と同じデュオ人がこのような慇懃な挨拶をするのだろうか? 彼女の知っているデュオ人の女は決して年下の娘に敬語などは使わない。 「あのー、何か私がそそうをいたしましたでしょうか?」 ライヤの視線をどう誤解したのか、マームが訝しげに尋ねる。 「マームさん、どうして私なんかに敬語を使うのですか? 私は年下、それにウッズマンに買われた女です。私はあなたと同じ奴隷のはず。だったら、私を呼び捨てにするのが道理なのではありませんか?」 「とっ、とんでもない! ライヤ様は善神アルディオンが選んだ神子。私などとは身分が異なります」 「私が善神アルディオンの神子? 馬鹿な……」 驚愕のため、ライヤの顔色が変わる。 「判っております。まだ秘密にしておかなくてはならないのでしょう。もしも、ライヤ様がアルディオンの神子だと知れたら、命を狙う者が現れないとも限りません。私は決して口外はいたしません。どうかご安心ください」 「ちっ、違う……」 何か言おうとしたが言葉が出てこない。マームが言ったことの意味が理解できないのだ。善神アルディオンの神子? まさか……。 「ウッズマン閣下がおっしゃっておられたのです。ライヤ様は善神アルディオンの声を聞いたのだと。そして、デュオ人を地球人の迫害から救う救世主だと。だから、大切に扱うようにと」 「ウッズマンが……」 思い出した。先程のウッズマンの言っていた言葉。しかし、あれはただの戯れ言ではなかったのか。まさか本気で全デュオ人を騙そうと言うのか? そんな無謀な企みが成功するとは考えられない。 「ライヤ様、私たちは命をかけてあなた様をお守りいたします。どうかデュオをお救いください」 女はその場に跪き、誓う。ライヤは何も言えず立ち尽くしていた。これはウッズマンの企みだ。彼女を偽物の救世主にしたて、デュオ人を動かさせる気であろう。しかし、何故? 本気でデュオ人を解放してくれるつもりなのか? 信じられない……。だが…… 車は真っすぐに街の中心部にある巨大な建物へと進んだ。そして、高い塀に囲まれた門へと近づく。前には数十人の武装した兵士たちが警護していた。キヨネは門の手前で車を停止させる。すると、兵士が一人近づいてくる。 「何処へ行く?」 兵士は居丈高に問う。 「奴隷市に」 キヨネがフェリオを目で示しながら答えた。ギクリと身を堅くする少年。まさか? 「こいつを売るのか? 男の子じゃあねえか。こんなガキ、買う奴はいねえよ」 「そうかしら? でも、可愛い顔してるし、ご婦人方の愛玩用に売れると思うわ。それに、その趣味の殿方にだって……、ね!」 キヨネはウィンクしてみせる。兵士は不快げに肩をすくめた。彼にはそんな趣味はないようだ。 「ふん、まあいいか。通れ。市はあの建物の三階だ」 兵士は、ブツブツと口の中で何かつぶやきながら立ち去って行った。 「キヨネ、お前は……。よくもまあ、あんなことを言えたなあ……」 モルグが呆れ顔になる。だが、彼女は平然と微笑んでいるだけだった。 「お前たち、まさか……騙しているんじゃないだろうな?」 フェリオがひきつった顔で言う。 「うふふ、信じる信じないは勝手よ。でも、ライヤを助けたかったら、信じることね」 曖昧に答える女。果たして、信じて良いものだろうか? もしかしたら、とんでもない悪女なのかも知れない。でも……。先程の言葉……。デュオ人を助けられないことを詫びる言葉を言ってくれた。あれは嘘とは思えない。しかし……でも……だが……。何が何だか判らなくなる。 車は兵士が示した建物の前で停車した。すると、再び武装した男たちが取り囲む。なかなか厳重な警備だ。彼らは何を警戒しているのか、念の入った厳しさである。 「奴隷市だな。三階だぞ、余計なより道はするなよ。さもないと、命の保証はしない」 「まあ、何故? 何か、見られてはまずい物でも隠してあるの?」 「余計なことは言うな!」 兵士はギラリと鋭い視線を向ける。 「判ったわよ。そんなににらまなくたって、より道なんかしないから、心配しないでよ」 キヨネは肩をすくめると、フェリオの腕を掴んで歩き出す。モルグは沈黙したまま後ろからついて行く。 「随分と厳重な警備だな。まさか、アレに気づいているんじゃあないだろうなあ?」 兵士の姿が見えなくなると、モルグがボソリと言った。キヨネは何も答えず、エレベーターに乗り込む。そして、黙って天井を見上げた。つられて見上げると、一角にキラリと光る物が見える。レンズだ。 「なるほどな……」 モルグは忌々しげにつぶやく。フェリオは何も理解できず、二人を交互に見ていた。 マームはライヤを風呂に入れ、体中の垢を洗い流し、全身に香油を塗り、神を美しく結い上げた。そして、用意してくれたドレスを着せると、鏡の前に立たせる。 「これが私……?」 鏡の中には美しい少女が写し出されていた。青い髪には豪華な宝石がちりばめられた飾りがとりつけられ、王族のような貴賓を醸し出している。白を基調としたドレスも、少女の清純さを一層引き立てていた。 「美しゅうございます。正に、デュオの女王様」 マームもウットリとライヤを見つめていた。悪い気はしない。ライヤとて、女、美しく着飾るのは気持ちの良いものであった。だが、不安は拭い去れない。ウッズマンの本意が判らない今、美しく着飾ったことを単純には喜べないのだ。 「マーム、ウッズマンとはどのような人なのですか?」 「えっ?」 驚いたようにライヤを見る。 「ご存知ないのですか? あの方は若いけれど、デュオ総督。つい一カ月前に、地球から赴任してこられたのです。そして、私たちデュオ人の災難をお知りになられ、何とか手助けができないものかと画策してくださっておられるのです。この私も、奴隷に売られ、酷い目に遭っている処を閣下に助けていただいたのです。他にも、閣下に救われたデュオ人はたくさんいます。あの方は唯一信じられる地球人です」 「あなたもウッズマンに助けられたのですか?」 「はい」 マームはきっぱりと応える。本当に彼は信じられる地球人なのであろうか? しかし……。ライヤは迷っていた。彼女を善神アルディオンの神子(みこ)に仕立て上げ、何を企んでいるのか……。それが判らない以上単純に信じるわけには行かない。だが、本気でデュオ人を助けようとしているのなら……。 「マーム、ライヤ様のご用意はできたのか?」 不意に男の声がして、振り返る。が、相手の顔を見て、再び愕然となった。兵士だ。だが、彼もまた、青い髪、赤い瞳の人間、デュオ人だったのだ。 「おおっ、なんとお美しい……」 兵士はライヤの顔を見るなり、賞賛の声を漏らした。そして、慌てて跪き、深々と礼をとる。 「どうも、失礼いたしました。善神アルディオンの神子様、ウッズマン閣下がお待ちかねでございます」 慇懃に言う兵士。ライヤは何が何でも、ウッズマンに会わなくてはならないと思った。会って、真意を確かめなくてはならない。このままでは、ズルズルと善神アルディオンの神子に祭り上げられ、身動きできなくなってしまう。そうなってしまったら……。どうなってしまうのか、年若い少女には想像もつかなかった。 「あの中にライヤはいる?」 三階に到着すると、ホールの中は奴隷を連れた人買いたちで一杯だった。フェリオは懸命に目で恋人の姿を探したが、発見できない。 「いないみたいだ」 「そう……」 キヨネはうなずくと、近くにいる奴隷商人に近ずく。 「ねえ、デュオ人の女の子だけど、もう売れちゃったのかしら?」 「女の子? それなら、良い子がいるぜ。ほれ、この娘だ。どうだ、きれいな娘だろう?」 商人は自分の連れている二十歳ぐらいの娘を示す。 「本当、きれいな娘ね。でも、私が探しているのは、十三、四才ぐらいの可愛い娘なのよ」 「十三、四才ぐらいの娘?」 「そうなの、ロリコンのオヤジに頼まれて、探しているんだけど……」 そう言いながら、モルグを目で示す。商人はチラリと眺め、納得したようにうなずいた。そして、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。 「知らねえな、それよりもあんたが連れている少年、いくらだ? 何ならわしが買ってやってもいいぜ。丁度、頼まれていたところなんだ」 「一千万クレジット」 「おい、それは無茶苦茶だ。男の子なんて、せいぜい一万クレジットだ。女の子だって、せいぜい五十万クレジットが相場だ。いくら何でも高過ぎるぞ。一千万クレジットも出すくらいなら、宇宙船を買う」 「ならいいわよ。別にあんたに売らなくても、他に買い手はいるわ」 キヨネはツンと顎をしゃくると、背を向ける。男はブツブツと何か言っていたが、やがて諦めたのか、他の奴隷商人と商談を始めた。 「キヨネ、どうやらここにはいないようだな」 「そうね、もしかしたら売れてしまったのかも知れないわね。どうしようかしら?」 「とにかく、奴隷市の現場は押さえたんだ。これで捜査の名文は立つ」 モルグはポケットの中の小さな箱のボタンを押した。 「おい、お前ら、何をこそこそ話してる? 怪しい奴らだ。奴隷市にきたというのに、商売もしないし、こそこそ何を調べ回っている?」 武装した兵士が銃を突きつける。どうやら不振な行動を取っている彼らを怪しんだようだ。だが、キヨネは平然と微笑んでいた。 「あら、商売はしてるわよ。兵士さん、どう? よかったら、この子を買わない? あなたになら、安く売って上げてもいいわよ」 「ばっ、馬鹿言え! オレは男の子なんかに興味はない!」 兵士は顔を真っ赤にして怒鳴ると、立ち去って行った。 「お前、相当いい根性してるなあ」 モルグが呆れ顔で言う。 「何言ってんのよ。どうして、こんな可愛い子を買ってくれないのかしらねえ?」 キヨネはすました顔で言う。モルグは頭を抱え込んでいた。フェリオは益々彼女が判らなくなっていた。 フェリオたちが奴隷市でライヤの消息を調べている頃、正体不明の集団が総督府の四つの門へと集合しつつあった。彼らは普通の市民を装ってはいたが、ただならぬ雰囲気を持っている。何処か張りつめたような殺気をはらんでいた。 「隊長、警部から連絡が入りました」 門から少し離れた所に停車した車の中から双眼鏡で塀の内側を探っていた男へ、部下らしき男が報告する。隊長と呼ばれた男は、双眼鏡を下ろし、黙ってうなずいた。 「どうやら、何か重要な手がかりを掴んだらしいな。ベルグ副長、全軍に攻撃開始命令を!」 「はっ!」 ベルグ副長は敬礼をすると、足早に立ち去って行く。隊長はギュッと唇を引き締め、総督府の高い建物を見上げた。 キヨネという女を信じて良いものかどうか迷い始めていた。デュオ人を救えなくてすまないと言った彼女。だが、どう見ても彼を奴隷に売りにきたとしか思えない行動。それに、人相の悪い男、モルグ。一体、何者なのだろうか? 正体不明の女についてきた自分は、もしかしたら、とんでもない愚者なのではなかろうか? 「フェリオ、これが判る?」 突然、人目を避けて、キヨネが囁く。見ると、手に何か握っている。それは小さな棒状の物であった。 「知らない」 首を横に振る。 「そう……、じゃあ、簡単だから覚えて。これはレーザーソード。武器よ」 「えっ、武器?」 「しっ! 声を出さないで」 キヨネはチラリと兵士を見る。特に気づかれた様子はない。安堵のため息をつくと、少年に向き直った。 「今から騒ぎが起こるわ。私たちは忙しくなるから、恐らくフェリオを守って上げられない。だから、自分の身は自分で守って。いい、このボタンを押すと光の刃が出てくる。それはほとんどの物を切り裂く強力な武器。これで、自分の身を守って。そして、できるだけ私の側を離れないで。危険だから」 「ええっ?」 呆然と女を見た。だが、彼女はそれ以上何も語らず、視線を武装した兵士たちに向ける。何が起こるのか。少年には何も理解できなかった。 デュオ人の女、マームと、これまたデュオ人の男、バルサに両側から挟まれた形でライヤは司令塔の最上階の廊下を歩いていた。彼女を奴隷市から一千万クレジットという大金で買ったウッズマン総督、彼が呼んでいるというのである。彼には聞きたいことが沢山あった。何故、デュオ人を助けようとするのか。何故、ライヤを善神アルディオンの神子に仕立て上げようとするのか。何故、デュオを独立させて、地球人をデュオから追放しようとしているのか。地球人である彼が本気でデュオ人のために働こうとしているとは、とても信じられない。きっと何かあるはずだ。それが何かが判らない。奇妙な苛立ちが少女を苦しめていた。 長い廊下を渡り、一つの扉が現れる。バルサが小走りに駆け寄り、扉を押し開いた。明るい室内に目をやったライヤは驚愕のため、目を大きく見開く。長く伸びた赤い絨毯の両側には、数十人、いや数百人のデュオ人が両側にズラリと並んで彼女を待ちかまえていたのである。 「おーっ、ライヤ様だーっ!」 ドアが開かれると同時に、どよめきが沸き上がる。両側に待ち受けていたデュオ人たちが一斉にライヤに向かって歓喜の声を張り上げたのだ。熱狂的な讃歌と敬愛の言葉の渦。思わず後ずさろうとするが、マームとバルサに押し止められ、前へと歩かされる。 「ライヤ様、皆、あなた様を歓迎しているのです。どうか、応えてやってください」 傍らのバルサが囁く。人々に応えよと言われても、困ってしまう。恐らく彼らが歓迎しているのは、善神アルディオンの神子。しかし、ライヤは神子などではない。ウッズマンが勝手に言いふらしているにすぎないのだ。彼女にはアルディオンの声など聞くことはできない。それは自分自身が一番よく知っている。偽りの神子など、いつまでも演じられるものではない。 「違う! みんな聞いて。私は……」 神子ではないと叫ぼうとしたライヤの視野に金髪の青年の姿が入る。 「ウッズマン!」 恨みがましい視線で青年をにらみつける。だが、彼は平然と笑ってみせた。そして、ゆっくりと近づいてくる。 「善神アルディオンの神子。さあ、玉座へ」 恭しく礼をとると、前方の輝く玉座を指し示す。あそこへ座れと言うのか? 「私をどうするつもり? いいえ、私だけでなく、デュオ人全体をどうするつもりなのよ?」 怒りに任せて、青年の胸ぐらを掴もうとする。だが、軽くいなされ、逆に手を捕まれてしまった。そして、群衆には気づかれないよう逆手に捻られてしまう。 「離して!」 思わず叫ぶ。だが、その声は、人々の歓声でかき消されてしまった。群衆の目には、ライヤとウッズマンが仲良く歩いているようにしか見えない。 「神子様、どうかお座りを」 慇懃な礼と共に、無理矢理玉座に座らせられてしまった。唇を噛み、怒鳴ろうと顔を横に向けた。 「ライヤ様、万歳!」 「善神アルディオンの神子様、万歳!」 怒濤のような賞賛の声が沸き起こり、ライヤは人々に向き直った。すると一層、どよめきが大きくなり、圧倒されてしまった。 「皆、君に期待しているんだ。善神アルディオンの声を聞いたかどうかは関係ない。君が先頭に立ち、人々を解放してくれると信じているのだ。誰でもいい。ただ、崇拝し、追従する旗印が欲しいだけなのだ」 「そんな……。私にはそんな力は有りません。私はただの十三才の娘。人々を指示し導く力なんて……」 「私が力を貸す。君は象徴なのだ。君はただ玉座の前に座り、人々に勇気を与えるだけでいいんだ。武器も、作戦も、政治も、私が肩代わりする。そして、必ずデュオを地球人の手から取り返してやる」 人々の熱気と、ウッズマンの熱く語る言葉が少女の心を酔わせてしまった。デュオの独立と解放のための象徴。それを果たすことによって、全デュオ人が救われるのならば……。青年総督の真意は判らない。しかし、もしかしたら……。 ライヤを救うため、奴隷市に潜入したフェリオだったが、突然、謎の女、キヨネに武器を渡され、身を守れと言われた。一体、何が起こるというのだろうか? 不安で渡された武器を握り締めている手が汗ばんでくる。 突如、ドカーンという爆発音が轟いた。フロアに緊張が走る。キヨネは素早くエレベータの前に移動する。フェリオもその後に続いた。チラリとモルグを 見ると、非常階段の方へと走っている。 「一体何事だ?」 「銀河パトロールだ!」 「逃げろーっ!」 人々はどよめき、脱出しようと出口に殺到する。だが、突如起こった銃声に動きが止まる。息を呑み、階段の前に銃を構えている男を見る。モルグだ。 「貴様、何をしてる? そこを退け! 銀河パトロールが襲撃してきたんだぞ。もたもたしてると、貴様も逮捕されるんだぞ」 武器を持った兵士が怒鳴る。 「うわーっ!?」 モルグの銃が火を吐き、兵士の銃を弾き飛ばす。 「なっ……?」 別の兵士が銃を構えた。サッとキヨネがレーザーを放つ。 「うわーっ!」 銃が蒸発してしまう。驚いて振り返る他の兵士の銃も根本から消失していた。 「女ーっ、お前は……?」 先程、キヨネに不信を抱いて近づいてきた兵士が、憎しみのこもった目でにらみつける。 「銀河パトロール特級航宙士、キヨネ山もと」 IDを示す。驚愕がフロアに広がった。特級航宙士と言えば、銀河パトロールの中でもエリート中のエリートである。それが、彼女のような若くて美しい女性だとは、すぐには信じられない思いであった。 「そして、オレは、星間警察のモルグ警部だ」 階段の前を占拠しているモルグが、襟の裏に隠した星間警察の七つ星のバッチを示す。 「銀河パトロールに星間警察だと?」 人々の顔色が変わる。銀河パトロールと星間警察と言えば、宇宙の正義を守る二大勢力である。その二つが乗り込んできたとなると、観念するしかない。 「人身売買は銀河連邦法第百六十五条第三項で厳しく禁止されています。あなた方全員を逮捕します」 キヨネが凛とした声で宣言する。あちこちから絶望のため息が聞こえた。フェリオは、まだ何が起こったのか理解できずポカンと口を開けていた。 「くっ、このままみすみす捕まって堪るかーっ!」 往生際の悪い兵士の一人が銃を向ける。キヨネは素早くレーザーを放った。途端、蒸発する銃。が、その時、別の兵士が彼女を狙う。 「キヨネ、油断するな!」 モルグの銃がそれを阻止する。 「あっ、あいつら!」 フェリオが奴隷商人たちの中に例の男たちの姿を見つけて叫び声を上げた。 「お前ら、ライヤをどうしたーっ?」 飛び出し、男の一人に食い下がる。 「なっ? 何だ、お前は……あの時のガキじゃあねえか……?」 奴隷商人が引きつった顔で応える。フェリオは憎しみのこもった目で男をにらみつけていた。何気なく棒のボタンを押す。すると、光の刃が出現した。先程、キヨネにもらったレーザーソードである。 「言え、ライヤは何処だ?」 ソードの切っ先を男に向ける。男は青ざめた。地球人である彼はフェリオよりもその恐ろしさを知っていた。レーザーの刃は皮膚に僅かに触れただけで首でも胴でも切り落としてしまうのだ。 「やっ、止めろ。そいつをオレに向けるな」 震える声で言う男。 「ライヤは何処だ? 無事なのか? ライヤにもしものことがあったら、お前を殺す!」 狂気の光が少年の目に漂っている。 「お前の女は売れた」 「売れた? 誰に売ったんだ?」 「ウッズマン総督だ。総督があの娘を高値で買ってくれたんだ。あいつはロリコンだから、あの娘が至極気に入って、自分の司令塔に連れて行ったんだ」 「司令塔だと? それは何処だ?」 「あっ、あそこだ」 男は窓から見える高い建物を震える指で示す。それは、総督府の中心にある堅固で巨大な塔であった。 「あそこか」 フェリオはうなずくと、窓へ向かって突進する。 「フェリオ、待ちなさい。ここは三階よ。それに、下では銀河パトロールと兵士たちが戦っていて危険よ」 キヨネが制止する。だが、フェリオは窓を破り、外へ飛び出した。 「あーっ、ばか!」 慌ててキヨネが窓の下を見る。少年はソードを口にくわえ、建物の外壁の出っ張りに手をかけ、起用に降りて行く。 「まるでサルだわ」 キヨネがボソリとつぶやく。あの様子では墜落する心配はなさそうだ。だが、少年一人で司令塔に行かせるのは危険だ。 「モルグ、後は頼んだわよ」 「何?」 モルグが驚きの声を上げる。しかし、その時はもう、キヨネの姿はエレベーターの中へと消えていた。 建物の外は、銀河パトロールと総督府に雇われた傭兵たちとが激しい攻防戦を繰り広げていた。双方とも銃器を抱え、相手を狙う。一人、二人と犠牲者が倒れて行くが、実力は互角で、一進一退の状態であった。たまりかねた銀河パトロール隊長は搭乗型戦闘ロボットの使用を決意する。直ちに五台の搭乗型ロボットが戦闘に加わる。しかし、敵も同じようにロボットを出動させてきた。 「くそっ、こいつはなかなか手強いぞ。たかが移民団の集まりだと油断はできん」 戦況を見つめていた黒人の隊長の顔に焦りが現れ始める。双方のロボット部隊の実力はほぼ同じ。苦戦するのは目に見えていた。 「ブレイン隊長、苦戦してますわね」 突如、背後から声がした。驚いて振り返ると黒髪の美しい女性が立っている。 「山本特級航宙士」 隊長の顔に安堵の表情が現れた。若いとは言え、今まで数々の功績を挙げてきた彼女なら、この状況を何とかしてくれるかも知れない。そんな期待が心中に起こる。 「もう少し、敵の注意をこちらに集中させておいてください。その間に、私が司令塔に潜入して、ウッズマン総督を押さえます」 「あんた一人でか?」 「いえ、もう一人、心強い味方が、すでに敵司令塔に潜入中です」 「心強い味方?」 「はい、ほら、あそこ」 キヨネが指さす方向を見ると、一人のデュオ人の少年が司令塔の外壁を登って行くのが目に映る。ブレイン隊長は知らないが、フェリオである。彼はライヤを救うため、必死で登っていたのだ。 「何て危険なことを……」 「でも、惑星デュオを守るのは、デュオ人でなければなりません。私たちは力を貸すだけ。悪徳商人たちを倒し、正当なデュオ政府もデュオの人々によって作られなくてはなりません。違いますか?」 「それはそうだが……。彼らには科学力が……」 「だから、彼らの科学兵器は私たちが抑えるんです。後はデュオの人々に任せましょう」 「判った。全ては君の判断に任せる」 「ありがとうございます、ブレイン隊長。それでは、援護をお願いします。私も今から敵司令塔に潜入します」 キヨネはきびすを返すと、銃弾を避け、司令塔に向かって走りだした。ブレインは後ろ姿を厳しい目で見送る。敵も味方もロボット戦に気を取られていて、密かに潜入しようとする彼女には気づいていない。 「無事に任務を果たして欲しい。何しろ、あんな美人、死なせるには惜しいからな」 隊長はボソリとつぶやいた。 人々との謁見を終えたライヤは再び自室に戻っていた。ウッズマン総督も一緒だ。何も説明も受けず、いきなりデュオ人たちの目の前に引きずり出され、熱狂的な歓迎を受けた。もちろん、人々は彼女を善神アルディオンの神子(みこ)だと信じての歓迎である。そのような者ではないと、絶叫したかった。そんな期待をされても、苦しいだけだ。しかし、人々の一途な思い込みの崇拝を目の当たりにしては、それもできなかった。彼女を救世主だと信じ、立ち上がろうとしている民衆を絶望させるのが怖かったのだ。もしかしたら、偽物だと知った途端、怒った彼らに殺されてしまうかも知れない。 「ウッズマン、何が目的なのよ。私なんかを神子に仕立てて、デュオの人たちをどうする気なの?」 二人きりになると、猛然と青年総督に抗議する。今まで抑えていた感情が、一気に吹き上がってきた。人々を騙していると言う、罪悪感が一層怒りに拍車をかけているようだ。 「私はデュオの人々を救いたいだけだ。虐げられた人々を自由に開放し、デュオ人の手でデュオの政治が行われるように力を貸したいと思っているだけだ。信じられぬか?」 「信じられないわ。地球人は、いつだって私たちを騙してきた。私の父さんだって、母さんの病気を治す薬をくれる代わりに鉱山で働かされ、殺されたのよ。フェリオの父さんだって、鉱山で妙な薬を飲まされて、無理矢理働かされ、気が変になって帰ってきた……」 ライヤは、無惨な死体になって帰ってきた父の姿を思い出し、思わず顔を覆う。嗚咽が漏れ、両肩がヒクヒクと上下する。 「ライヤ、すまない。同じ地球人として、君に謝る。いや、君にだけでなく、全てのデュオ人に詫びる。この通りだ」 深々と頭を下げるウッズマン。そんな彼の姿を、驚愕の瞳で凝視する。こんな地球人がかつていたであろうか。口先だけで、同情めいたことを言った者はいた。だが、その舌の根が乾かぬ間に、騙し裏切って行った。父を騙した地球人もそうだった。 「あんたの奥さんは病気だって? 可哀想になあ。だが、良い薬があるんだ。あんたが鉱山で働いてくれたら、その薬をあんたにやろう。なーに、鉱山の仕事なんて、簡単で楽な仕事だよ。半年も働いたら、家に帰してやるよ」 そう言われて、父は薬と交換に鉱山に行った。だが、約束の半年になっても帰ってこなかった。帰ってきたのは、一年も過ぎた頃。落盤事故に遭遇し、滅茶苦茶になった姿であった。騙した地球人は詫びるでもなく 「ここまで骸を運んでやったんだ、有り難く思え」 と憎々しげに言葉を吐いただけであった。あの恨みは忘れられない。今でも耳に残っている。デュオ人など人とは思ってもいないような態度であった。地球人など、皆同じだ。どんなにきれいごとを並べようと、ライヤたち、デュオ人を蔑んでいるに違いない……はず……。 「信じられない……。でも……」 しかし……。もしかして、彼は他の地球人とは違うかも知れない。こんなきれいな目をした人間が悪いことをするはずがない。 「と、とりあえず、あなたを信じます。デュオから地球人を追い出せるのなら、協力します。でも、もしも私を騙していると判ったら、あなたを殺す」 「ありがとう、ライヤ。今はその言葉だけでいい。君も、きっと判ってくれるだろう」 ウッズマンは、にこやかな笑みを浮かべて、手を握った。熱い手、ライヤは思わず顔を赤らめる。美しい青年。心臓の鼓動が早鐘のように波打ち始めた。悟られないだろうか。手を振りほどくと、雲の上を歩くようなおぼつかない足取りで部屋の奥へと歩いて行った。 「ふっ」 青年総督は、そんな少女の後ろ姿を見送りながら、不思議な笑みを浮かべる。そして、ゆっくりとした足取りで立ち去ろうとした。 「アスラン様」 不意に呼び止められ、黄金の総督が立ち止まる。 「ドルトイか?」 振り返ると、副官が鋭い視線を主に向かって投げつけていた。あのような純真な少女に何をさせるつもりなのだ? と問いたげな表情である。 「アスラン様、どうかデュオを……」 「君は何を勘違いしている? 私はデュオを独立させ、地球人から守ってやりたいだけなんだよ」 「信じられません! それに、何故あの少女なんです? あなたはダストルの報告で、彼女の正体を知っているはずです。それなのに、どうして、あなたの陰謀に巻き込むことができるんですか? あなたはそれでも人間なのですか?」 火を噴くような鋭い瞳を向ける副官から眼を反らし、青年総督は唇の端にわずかな笑みを浮かべた。 「全く、君は何も解ってはいないんだね。私は君が思っているほど悪人ではないんだよ。本気でデュオのためを思っているんだけどね……」 「ジュリアさんは本当に素晴らしい人でした。あの女性(ひと)さえ生きていてくれたら……」 「……」 苦しそうにつぶやくドルトイ。ふとアスランの瞳がわずかに動揺したように見えた。だが、それはほんの一瞬で、目の前にいた副官でさえ、それと気づかない。 「ドルトイ、私は忙しいんだ。君の繰言につきあっている暇はない」 瞼を伏せ、黄金の青年は身を翻して歩き去って行った。ドルトイはため息をついて、後姿を見送っていた。 パトロールと総督府兵士たちの戦いをよそに、キヨネは司令塔へと近づく。意外にも敵の姿は見えない。恐らくはパトロールとの戦いに総動員しているのであろう。彼女は優々と建物の中へ入ることができた。が、安堵したのも束の間、エレベーターと階段の前には兵士が二人づつ立っている。ここで騒ぎを起こすのはまずい。下手をすれば、彼女だけでなく、壁を猿のようによじ登っている少年にも危険が及ぶ恐れがあるのだ。 「おいっ、女! そんな所で何をしている?」 躊躇っている暇はなかった。玄関から入ってきた不審な女を目ざとく発見した正面の兵士が、厳しい口調で詰問してきたのだ。他の兵士たちも警戒して、銃を持ち直している。下手に動けば、一斉射撃で蜂の巣だ。 「こんにちは、兵士さん」 唇に飛びっ切りの笑みを浮かべ、媚態を作る。 「はあん?」 呆気に取られた兵士がポカンと口を開ける。キヨネは長い睫毛の下にある黒曜石の瞳で、誘うような視線を送った。ただでさえ美しい彼女が一層妖艶に見える。 「私、総督閣下に呼ばれたのよ。通してくれるでしょう」 甘い吐息混じりに、兵士の耳元で囁く。ゴクリという、唾を呑み込む音が聞こえた。 「わっ、判った。総督は最上階だ」 若い兵士は顔を真っ赤に染め、うわずった声で応える。そして、エレベーターのドアを開いてくれた。キヨネはにっこりと微笑み、中へ入ろうとする。 「待て、女」 しかし、もう一人の兵士が鋭い声で制止した。気づかれたのか? 冷や汗が脇の下に流れる。慌ててはいけない。まだ、正体がバレたと決まったわけではないのだ。ゆっくりと振り返る。 「貴様の名は? 行かせる前に、ウッズマン閣下に確認を取る」 兵士はエレベータ脇にあるフォンに手をかけながら訊。まずい状況だ。キヨネは素早く考えを巡らせた。 「連絡するのは勝手だけれど、いいのかしら?」 「何?」 「だって、私、呼ばれてきたのよ。それなのに、わざわざ連絡なんかするような無粋な真似をしたら、閣下はどう思うかしら?」 「うっ……」 一瞬、考え込む兵士。彼女の馴れ馴れしさは、ウッズマンとの仲を十分に示唆しているように思える。そんな女が訪ねてきているがと、確認を取れば……。不興を買うかも知れない。そうなると……。 「判った。行け!」 兵士は憮然と言う。ややこしいことには関わりたくないという態度がありありと見えていた。キヨネはにっこりと会釈すると、エレベーターに乗り込んだ。少し考えれば、こんな戦いの最中に女を呼ぶ愚か者などいないはずなのだが……。 「うふふ、美人はやっぱり得ね」 ドアが閉まると、ニッコリと微笑むキヨネであった。 戦いの最中、パトロール隊員の一人が、ふと司令塔のバルコニーを見上げた。 「うん? 誰かいる」 不審げに首を傾げる。こんな危険な戦いをしているというのに、相手は武装もしていない。それどころか、女も一緒だ。 「おいっ、一人はウッズマン総督だぞ!」 「なっ……。本当か?」 パトロール隊員だけでなく、総督府の兵士たちも彼らを認め動揺していた。一体、何をする気なのだろうか? まさか、女連れで戦闘見学でもあるまいが……。 「ブレイン隊長、どうしましょうか? 狙撃の得意な隊員に狙わせましょうか? 総督さえ倒せば、戦いは終了しますが……」 「うむ、ダラスを呼んでくれ」 隊長は暫く迷った後、隊の中でも一、二の射撃の名手の名を告げた。副官は一礼すると、他の隊員に命令を伝える。 「ウッズマンめ、何が目的だ?」 苦々しげにブレインはつぶやく。あの狡猾な狐が、何の意味もなく無防備にベランダに現れるはずがない。きっと、何か企んでいるに違いないのだ。脳裏に、あの五年前の苦い思い出が蘇る。 ウッズマンは銀河学院の在学中、高級官僚試験に合格すると言う秀才で将来を有望視されていた。生来のの美貌と優雅な物腰、そして優秀な頭脳を持ち合わせた彼に群がる女の子は多数いた。その中でも特に積極的に接近していたのは、ジュリアと言う黒人の娘であった。彼女もまた、優秀な女性で、成績をウッズマンと張り合っていた。そして、卒業式の生徒総代は僅かに成績の勝っていたジュリアに決定し、明日は卒業式と言う時、彼女は自殺してしまったのだ。 「何故、ジュリアは?」 様々な噂が飛び交った。生徒総代を務められるかも知れないという時に、何故と? これ以上の名誉は他にはないというのに、信じられぬことであった。だが、例え彼女が死んだとしても、卒業式は行われなくてはならない。ウッズマンはまんまと卒業生総代の名誉を手に入れたのであった。 「黒人の女などに卒業生総代など努めさせられるか」 卒業式のパーティでウッズマンが思わず漏らした言葉をブレインは聞き逃さなかった。そして、沸き上がった疑惑。もしかしたら、ジュリアの自殺には、何か裏が有るのではあるまいか? 密かに調査を始めたブレインは、娘の死が自殺ではないことを発見した。そして、疑惑の中心に彼がいることもつきとめた。更に調査を続けようとした時、パトロールの上層部から圧力がかかったのだ。ウッズマンは将来の銀河連邦の幹部になる男。これ以上の詮索は無用であると。それは、ウッズマンの父、銀河連邦議員、ゲリオール・ウッズマンからの圧力であった。後、もう少しだったのに……。口惜しさに我を忘れて上層部に食ってかかったが、答えは辺境の星間への左遷であった。それが、こんな辺境の星で旧敵に出会うとは……。何と言う運命の悪戯であろうか。 「今度こそ、逃がさんぞ!」 胸に下がっているロケットを握りしめる。中にはジュリア、彼の娘の写真が収まっていた。 唖然と人々が見つめる中、バルコニーの少女はゆっくりと手すりに近づいて行く。美しく着飾ってはいるが、どう見てもデュオ人の少女である。動揺が群衆を襲う。 「何故、デュオ人の少女が」 ブレインの口からつぶやきが漏れる。ウッズマンとデュオ人の娘。どう考えても不釣り合いな組み合わせなのだ。白人至上主義の男と、迫害されている星の娘とは……。 「銀河パトロールとデュオ総督府の兵士の皆さん、双方共、武器を収めてください。私は、惑星デュオの代表、善神アルディオンの神子、ライヤです」 「なっ……? 惑星デュオの代表だって?」 目玉が飛び出る程の驚愕が双方に起こる。そんな者がこの星に存在していたのか? 聞いたこともない話だ。 「諸君、私はデュオ総督、ウッズマンだ。彼女は善神アルディオンの選んだ神子、ライヤ殿である。私は彼女がデュオを代表する女王であると認め、惑星の指導者だと認定した。そして、連邦政府に独立宣言書を送った。既に、連邦からの返信は受け取った。惑星デュオはたった今を持って独立惑星として承認されたのだ」 ウッズマンは、手にした書簡を広げて見せる。それは、正式な連邦政府から発布された、独立認定証であった。 「ブレイン隊長、どうやら正式な書簡のようです」 双眼鏡を覗いていた副官がため息混じりに報告する。 「隊長、たった今、銀河パトロール本部から通信が入りました。惑星デュオは正式に独立を認められた国家になったと……。そして、無用な摩擦は避けるようにと……」 口惜しげに報告をする隊員の顔を呆然と眺めていた。やっと、娘の仇をとれると思っていたのに……。またも先手を取られてしまったとは……。 「我が星デュオは全ての地球人に星から出て行くことを望みます」 誕生したばかりの女王、ライヤははっきりとした声で宣言した。何時の間に現れたのか、彼女の周囲には大勢のデュオ人が取り囲んでいる。そして、巻き起こる拍手と歓声! デュオ人たちが自分たちの自由と独立を勝ち取った喜びで沸き返っていた。
第四章 引き裂かれた二人! ---了---
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ついに始まった。全デュオ人と地球人を騙す大芝居だ。善神アルディオンの声など聞いたことなどないライヤであったが、それがデュオの人々を救うためならば、例え神の怒りを受け、地獄の業火に焼かれようと、神子(みこ)の役を演じようと決意した。そして、賽は投げられた。もう後戻りはできない。わき起こる拍手の中、善神アルディオンの神子、惑星デュオの女王に祭り上げられた少女は悲壮な決意で人々を眺めていた。 「ライヤ!」 突如、呼ぶ声に顔を上げる。それは懐かしい声。別れてまだ半日も経ってはいないというのに、何て懐かしい声。 「フェリオ……」 視線を転がし、バルコニーの端を見つめる。そこには、頼もしい幼なじみの姿があった。彼は素手で塔の壁をよじ登り、バルコニーから現れたのである。今まで張りつめていた緊張の糸が切れ、床に倒れそうになる。抱きしめて欲しい。このまま連れ去って、神子としての重圧から解放して欲しい。フラリと足を一歩進めようとした。だが、何者かが、それを押しとどめた。 「ライヤ、何処へ行くつもりだ? ことはまだ始まったばかりだ。今、君が全てを放り出したら、デュオの独立は水泡に帰すんだぞ。それでもいいのか?」 隣にいた、金髪の美青年が小さな声で囁く。ドキリとして振り返ると、真摯な眼差しが帰ってきた。ここで逃げたら、何もならない。やっとデュオの独立を勝ち得たというのに……。 「ライヤ、何なんだよ、その男は?!」 意味ありげに見つめ合う二人を見て、フェリオの顔色が変わる。ずっと好きだった幼なじみが、美麗の男と寄り添っている。それも、地球人だ。少年の心に嫉妬が小さな炎を点けた。 「待って、誤解しないで。彼はそんなんじゃない。彼は地球人だけれど、本当に良い人なのよ。デュオ人を助けようとしてくれているの」 「何言ってんだよ。そいつは地球人だろ。地球人に良い人なんかいるものか! 騙されるんじゃない! 迎えにきた、早く逃げよう」 レーザー・ソードを固く握りしめ、駆け出すフェリオ。だが、金髪の地球人が行く手を遮る。 「退け、邪魔だ! ライヤを返せ! さもなくば……」 ソードのボタンを押す。直ちに光るレーザーの刃が現れた。それを振り上げ、男の頭に叩きつけようとする。 「待って、彼を傷つけないで」 振り下ろそうとするフェリオの眼前にライヤが立ちふさがる。 「何故? どうして、そんな男を庇うんだ?」 驚愕で青ざめた少年が問う。憎い地球人を庇う彼女が理解できない。 「彼は悪い人じゃない。私たち、デュオ人を本気で助けようとしてくれているのよ。だから傷つけないで」 真剣な眼差しで訴える幼なじみ。命がけで男を守ろうとしていた。こんな彼女は今まで見たことがない。まさか…… 「ライヤ、その男が好きなのか?」 震える唇で訊。幼い頃から、兄妹のようにして育った少女。いつの間にか好きになっていた娘だったのに……。裏切られたように感じた。少年の心に嫉妬の炎が大きく燃え上がる。 「フェリオ、何を馬鹿なことを……。彼は、そんなんじゃ……」 言いかけて、言葉が止まる。本当に、何とも思っていないのか? 彼のきれいな瞳に見つめられるとドキドキしたのではなかったか? 彼が美麗な青年だったから、信じようと思ったのではないのか? 彼の輝く髪が美しかったから、計略に荷担しようとしたのではなかったのか? そうは思いたくなかった。でも……。 「フェリオ、私は善神アルディオンの掲示を受けたの。金髪の青年と共に全デュオ人を解放しろと」 「なっ……? 善神アルディオンの掲示? まさか……」 「本当よ。私はアルディオンの神子になったの。だから、もう私はアルディオン神しか愛せない。だから、私のことは諦めて」 「そんな……」 呆然と立ち尽くすフェリオ。そんな彼を見ていられなくて、顔を伏せるライヤ。ウッズマンの唇には、薄い笑みが浮かんでいる。だが、心の葛藤に身を震わせている若い二人には、それに気づく余裕さえなかった。 「嘘だ! そんなの嘘だ! ライヤが善神アルディオンの神子に選ばれるなんて……。う……そ……だ……」 フェリオの手から、ソードが落ちる。善神アルディオンの神子に選ばれたなんて嘘かも知れない。でも、それは、ライヤが地球人の青年総督を庇ってのことであろう。いや、それに違いない。そうやって、自分を避けようとしているのだ。彼女はもう昔の彼女ではない。わずか半日のことなのに、もう心が判らなくなっている。もう、彼女の心は、彼の手の届かない所に行ってしまったのだ。 「女王ライヤ、中へ入りましょう。ここは危険だ。善神アルディオンの神子にもしものことがあったら、デュオは再び地球人の思い通りにされてしまいます」 ウッズマンに軽く肩を抱かれ、ライヤは小さくうなずいた。もう後には戻れない。幼なじみまで騙したのだ。もう、アルディオンの神子として生きるしか道は残されていないのだ。いまだ成人にはほど遠い少女は、今度こそ覚悟を決めたのであった。 「はっ……」 不意に総督の動きが止まった。いぶかしげに顔を上げると、長い黒髪の女性が二人を見つめているのが目に映る。美しい切れ長の瞳、きりっと引き締められた唇が凄味を感じさせた。 「キヨネ……か……」 ウッズマンの唇からつぶやきが漏れる。 「随分と出世したものね。デュオ総督とはねえ……」 皮肉な笑みがキヨネの唇に浮かぶ。ウッズマンの手に僅かに力がこもる。目の前の女は何者? 敵か? 味方か? ライヤはウッズマンの腕を強く握りしめる。 「……いや、総督府はたった今、解散した。惑星デュオは独立した。今から、私はデュオ駐在大使だ」 「一体、何を企んでいるの?」 「企むなんて人聞きの悪い。私は虐げられているデュオの人々に自由と平等、そして平和をもたらしたいだけだ。あくまでも、ボランティアだ」 「ボランティアですって、ふざけないでよ! あなたがジュリアにしたことを忘れたって言うの?」 「ジュリア……」 二人の地球人の間を重苦しい沈黙が包む。ライヤとフェリオは一体何が語られているのかが理解できず、キョロキョロと二人を交互に見つめていた。 「ジュリアは私たち女子全員の憧れだった。女の身で生徒総代の座を射止めた彼女は、私たちの自慢の先輩だった……。それなのに、あなたは、彼女を……」 「ジュリアは自殺したんだ」 「いいえ、殺したのは、あなたよ。ウ・ズ・マ・ン! 必ず証拠を掴んで上げるわ。首を洗って待ってらっしゃい。フェリオ、行きましょう、今日のところは、私たちの負けよ」 キヨネは、呆然と立ち尽くしている少年の手を掴むと、ベランダから出て行ってしまった。 「フェリオ……、ごめんなさい、さようなら……」 ライヤは立ち去って行く幼なじみの後ろ姿を見つめながら、そっと心の中で別れを告げていた。もう自分は昔の自分ではない。偽りとはいえ、善神アルディオンの神子となってしまった今、彼とは一緒にはいられない。彼を偽りの世界へ巻き込んではならないのだ。大好きな幼なじみだからこそ、彼を苦しめたくはなかった。神を欺いた罪を犯すのは自分だけでいい。地獄の業火に焼かれるのは、罪人たる自分だけで十分だ。悲壮な決意が少女を強く支えていた。 短い戦闘であった。銀河パトロールと星間警察の合同軍と、デュオ総督府の傭兵は互いに武器を下ろし、休戦状態に入った。宿敵ウッズマンを目の前にしながら逮捕できなかった口惜しさは計り知れぬものがあったが、とにかく人買い商人たちと、麻薬を使用してデュオ人たちを操っていた者たちは捕らえることができた。だが、その連中とても、ただのトカゲの尻尾、彼らを影で操っていた張本人は無傷のままだ。 「今回は我々の負けだな」 銀河パトロールに与えられた司令塔の一室で、隊長のブレインが苦々しげな表情でつぶやく。目の前に座っていたキヨネは沈黙したまま紅茶をすすっていた。隣には沈痛な面もちのフェリオがいる。 「今回は我々の完敗だ。ウッズマンめ、周到に準備をしていたに違いない。そうでなければ、今日出会った少女を神子に仕立て上げるなんてできない。恐らく、何らかの方法で我々が手入れをすることを知り、あの少女を使って伝説をでっち上げたのだろう。全くずる賢いキツネだ」 「隊長、戦いは今、始まったばかりですわ。あの男がこのままで終わるはずがありません。そのうち馬脚を現してきますよ」 カップを下ろすと、キヨネは静かに言った。そして、優しく少年に微笑みかける。 「フェリオもその時のために、しっかりと自分を磨いておかなくてはならないわよ」 「えっ?」 不意に自分の名が出た少年は驚いて黒髪の女性を見る。美しい切れ長の瞳が姉のような優しさで見つめ返してくる。 「ライヤを助けたいんでしょう。だったら、男を磨かなくてはいけないわ。いざと言う時、闘えなくてはいけないし、勝つための知識も必要でしょう。それを学ばなくてはいけないってこと」 「そうだな、デュオを救うのはデュオ人でなくてはならない。この少年なら適任かも知れん」 「でしょう?」 キヨネはニッコリと微笑むと、ブレインを見つめた。フェリオは何が語られているのかサッパリ理解できずにいる。ただ、パチパチと目をしばたたかせているだけであった。 司令塔の最上階にしつらえられた最高の室には、暗い表情の若き女王が窓の外を眺めている。眼下に広がる庭には、行き交うパトロール隊員と星間警察が罪人を護送し、様々な証拠の品を段ボールに積めて運び出していた。彼女と同じデュオ人を苦しめていた人買いと麻薬はこれで一掃されるであろう。だが、デュオはまだ独立したばかりの若い国家、これから如何にして他の惑星と渡り合って行けばよいのか、幼い彼女には皆目検討がつかなかった。ただ頼るは、美麗の金髪の青年だけ。連邦大使となったウッズマンだけであった。彼を信じてよいものかどうか、まだ判らない。しかし、彼しかいないのだ。幼なじみのフェリオは、彼女が善神アルディオンの神子となったことを知ると、去ってしまった。心を打ち明けられる相手は、もうウッズマンしかないのだ。 「力が欲しい。皆を助けられる程の強い力が……。善神アルディオン、私に力をお貸しください」 少女は目を閉じ、心の中で強く念じた。アルディオンの声を聞いたと、人々を騙した彼女ではあったが、アルディオンに対する畏怖と畏敬の心は失われてはいない。神の名を偽った罪に恐れつつも救済を求めていた。決して許されない罪を犯したのに、神が彼女を救済してくれるとは思えない。それでも祈らずにはいられなかった。強く閉じていた目を開き、何気なく窓の下に視線を落とした。玄関から人買い商人たちを連行して行くパトロールの中に青い髪の少年の姿があった。側には黒髪の美女が付き添っている。幼なじみのフェリオだ。思わず身を乗り出す。 「待て、自殺する気か?」 不意に強く腕を掴まれた。振り返ると、金髪の青年が立っている。 「ウッズマン……?」 思わず身体を緊張させる。ウッズマンはチラリと窓の下を一瞥した。同時に振り返るデュオ人の少年。二人の男の視線が激しく交差する。唇を噛みしめたフェリオがライヤを見る。ピクリと頬がけいれんしたように見えた。だが、それは一瞬で、すぐに顔を背けてしまう。やはり、もう嫌われてしまったのか? 判ってはいても、辛い衝撃であった。 「あの少年、フェリオと言ったな。彼は地球へ行くそうだ」 「えっ?」 驚いてウッズマンを振り返る。 「ああ、彼はもうデュオには戻ってこないつもりだろうな。好きな女に裏切られ、故郷を捨てるんだ」 「そんな……」 ライヤの顔から血の気が引いて行く。確かに、フェリオにしてみれば裏切ったように見えたかも知れない。しかし、彼を好きなことは今でも変わらない。変わったのは、彼女が善神アルディオンの神子と偽ったことだけだ。いや、そのことだけで十分裏切ったことになるのかも知れない。彼でなく、デュオの人々も、神自信も全てを騙しているのだ。これが、裏切りと呼ばず、何を裏切りと呼ぶのか……。でも、側にいて欲しかった。会えなくてもいい。顔を見れなくても、同じ大地、同じ空気を感じていると思うだけで心が安らぐと思っていたのに……。遙か彼方に行ってしまうとは……。 「フェリオ……」 ライヤはグッとカーテンを握りしめ、肩を振るわせていた。これで本当に……。もう、絶対に……。 離ればなれになって行く恋人たちのことなど知らぬ風に、デュオの太陽は満天に光を投げかけていた。惑星デュオはまだ独立したばかりの若い国家、ウッズマンの策謀によって生まれた若き女王ライヤには、これからの未来に何が起ころうとしているのか何も見えてはいなかった。 愛おしい幼なじみに裏切られた。いつかは共に生きたいと思っていた少女だったのに……。善神アルディオンの神子と偽るなんて……。恐らくはあの金髪の美青年総督、いや、今や善神アルディオンの神子、ライヤを自由に操るデュオ駐在大使、ウッズマンに騙されているに違いない。あの男の美貌に囚われ、そして……恋して、言いなりになっているのだろう。もう、大好きだった幼なじみの少女は何処にもいない。いるのは、憎い地球人の傀儡の女王だけ……。 「何、暗い顔をしてるのよーっ!」 「うわーっ!」 ボンヤリとデュオ総督府の建物を見つめていたフェリオの背中を誰かが思いっ切り叩いた。驚いて振り返ると、キヨネが微笑んでいるのが目に入る。 「君は男の子なんでしょう。いつまでもジメジメジトジトしてちゃだめよ。そんな顔をしてたら、好きな女の子を振り返らせることなんかできないわよ」 「好きな女の子……」 脳裏に浮かぶ、ライヤの笑顔。いつも明るく笑っていた少女の面影。再び、胸がキュンと痛んだ。 「ホラホラ、そんなネクラな目をして……。ライヤを助けるんだって、総督府に乗り込んだ時の勢いはどうしたの? あの時の君はかっこよかったわ。でも、今の君は、全然魅力的じゃない。ただのネ・ク・ラよ。いじけ虫なんてちっとも魅力的じゃないわ」 「どっ、どうせ、ぼくはライヤに振られた負け犬だよ! 放っておいてくれ!」 フェリオは唇をジュッと噛みしめ、キヨネをにらみつける。デュオ人の特徴である、真っ赤な瞳が炎のように燃え上がっていた。 「あらあら、負け犬にしては威勢がいいわね。その分だと、地球へ行っても大丈夫みたいね」 「えっ?」 驚いて地球人の女を見る。濡れたようにしっとりとした長い黒髪、長い睫に縁取られた切れ長の目、唇には笑みを浮かべている。あれ程、厳しい言葉を吐いたとは思えない優しい瞳をしていた。 「この前も言ったと思うけれど、君は地球でたくさんのことを学ばないといけないわ。そうしないと、ウッズマンには勝てない。科学知識も、法律も、政治も、色々なことを知らなければ、彼には勝てないわ。彼以上の知識を得、彼以上の力を持たなくては、ライヤを取り戻すことはできないわ」 「ライヤを取り戻す? そんなことができるの?」 「できるわよ。だって、女の子は強くて賢い男の子が好きなんですもの。フェリオがウッズマン以上の男の子になれば、きっとライヤは君を見直すわ。そうしたら……」 「判った! ぼく、地球へ行く。そして、地球人なんかに負けない男になる」 「そうよ、頑張りなさい! デュオの未来は君の肩にかかっているのよ。ウッズマンの思い通りにさせないためにも、君のような少年が必要なのよ」 フェリオは強くうなずく。そして、今度は強い信念のこもった瞳を総督府に向けた。必ず帰ってくる。きっと、ウッズマン以上の男になって、ライヤを取り戻す。 「じゃあ、用意してきて。地球へ行く船は明日の朝出発するわ。それまでに必要なことを済ませておいて。家族に別れを言うことも忘れないで」 「うん」 少年は強くうなずくと、自分の村の方へ向かって走りだした。キヨネは目を細め、後ろ姿を見送っていた。 「あんたもなかなかやるねえ」 「なっ、何よ? モルグ警部、何か文句でもあるの?」 不意に声をかけられ、キヨネは眉を顰めて相手をにらみつける。だが、モルグはそんなこと一向に構わず、ニヤニヤ笑いを浮かべていた。 「いや、男を奮い立たせるのは、美女の励ましが一番だと、つくづく感じたよ」 「あらっ、それは誉めてもらってるのかしら?」 「その通りだ。あんなに落ち込んでいた少年をたった一言で元気づかせるなんて、たいしたもんだよ。全く美女と言うのは男にとって、猛毒にも、カンフルにもなるって思い知らされたよ」 「それは、どうも」 キヨネは機嫌良く微笑んだ。 総督府から十キロ程離れた所に、小さな村落がある。人々の暮らしは貧しく、木を組み合わせただけの家と呼ぶにはあまりにも貧相な家々が点在していた。服装も男は腰布一枚だけ、女も袋状に縫った物をスッポリとかぶり、腰を紐で結んでいるだけと言うものであった。そして、よく観察すると、村人のほとんどは女たちであり、男は小さな子供と老人だけだと言うことが判ってくる。それは、男たちが地球人によって騙され、鉱山へと連れて行かれたせいであった。ある者は、病の家族に薬を手に入れるため。またある者は、贅沢な暮らしを夢見て甘言に乗ってしまったのだ。そして、いざ鉱山へ行って見れば、そこはあまりにも危険で辛い作業を強いられる所であった。 帰ろうにも、すでに多額の借金をしてしまっていて帰ることもできない。おまけに、辛い作業を絶え忍ぶために覚えた怪しい薬。それを使用すると、疲れも知らずに働くことができる。一刻も早く借金を返済して、家に戻りたい男たちは競って薬を使用した。しかし、その薬とは恐ろしい麻薬であった。何度も使用している間、薬なくしては絶えられなくなってしまう。中毒になってしまった男たちは薬を手に入れるため、更に借金を重ねてしまうのだ。気づいた時はどうしようもない程借金を抱えてしまい、おまけに麻薬中毒のため、逃げるに逃げられない、どうすることもできない状況に陥ってしまっていた。 そのため、鉱山から戻ってくる男たちは、廃人か死者だけであった。皆、地球人に騙された結果である。フェリオの父も、鉱山から帰ってきた時はすでに、麻薬のために廃人となっていた。朝な夕な、唸り声を発し、獣のように咆吼をする様は、地獄へ堕ちた餓鬼そのもののようであった。男たちの消えた村は火の消えたように静まり返っていた。……はずなのだが……。足を一歩踏み入れた途端、フェリオは戸惑いの表情になる。何処か雰囲気が異なるのだ。彼が村を出た時の村は悲しみに沈み、陰鬱な死人の国のようであったのだが……? 何となく村中に活気があるように思えた。気のせいだろうか? 不信げに視線を泳がせる。 「あっ、フェリオ!」 小屋の前で彼らの主食である米に似た植物、レイチを櫛状の器具で梳っていた女が驚いて顔を上げた。 「あっ、サミヤおばさん……どうかしたの? なんだか村が騒がしいようだけれど……」 「おやっ、あんた知らないのかい? そういやあ、フェリオとライヤの姿が見えないってあんたたちの母さんたちが心配して探していたみたいだったけれど……。まあ、あんたたちももう十四だからねえ……、一晩や二晩帰らなくてもねえ……」 サミヤは、ふと意味ありげな視線を向ける。 「なっ、何を考えているんだよ! ぼっ、ぼくたちはそんな……」 目の前の女が何を考えていたのか思い当たった時、不覚にもフェリオは顔を赤らめてしまった。ライヤが地球人に誘拐され、助けに向かって総督府に忍び込んでからもう三日が過ぎていた。ライヤが善神アルディオンの神子となり、総督、ウッズマンの力を借りて惑星デュオが独立した。そして、闘いの後始末……。気づかない間にもう三日が過ぎていたのだ。 「そっ、そんなことより、何が起こったんだよ?」 「そうだった! あんた、良い知らせだよ! 男たちが戻ってくるんだよ。あたいの亭主も戻ってくるって、知らせが入ったんだ。何でも、善神アルディオンの神子様が現れて、地球人を追っ払ってくれたんだそうだ。よかったじゃないか、もうデュオ人は地球人に泣かされることがないんだよ。でゅおはデュオ人の手に戻ったんだ。アルディオンの神子 様、万歳! だよ」 サミヤは嬉しそうに目を輝かせる。今まで虐げられていたデュオは地球人の弾圧から解放されたと単純に喜んでいるのであった。 「アルディオンの神子様が、地球人を追い出したって……? じゃあ、ライヤが言ったことは本当だったのか……?」 チクリと心に痛みを感じながら言葉が漏れた。愛しい幼なじみは、憎い地球人の美麗な男と共にいる。あいつはライヤを騙して善神アルディオンの神子に仕立て上げた。惑星デュオを自軍の物にするために……のはずだ……。しかし、地球人に連れ去られた男たちは帰ってくると言う。それでは、あの男はデュオ人の見方だったのであろうか? 本当に虐げられた人々のため、惑星を独立させてくれたと言うのだろうか? あの男は身も心も美しくあると言うのだろうか? だとしたら、チッポケで汚らしいデュオ人の子供である自分にはとうてい敵わない相手ではないか。キヨネはライヤを取り戻すため、地球で知識と力を得ろと言った。しかし、もしもウッズマンがそのように身も心も美しい青年だったとしたら……。勝てない。あの男には絶対に勝てないではないか。ライヤ、ライヤ、ライヤ……。愛しい幼なじみ……は、もう手の届かない所へ行ってしまったのか…… 「どうかしたのかいフェリオ? 顔色が青いよ?」 呆然と立ち尽くす少年を心配げにサミヤは見つめる。しかし、彼の目には何も写らず、耳は如何なる音も伝えなかった。 デュオ総督府の司令塔、いや今は善神アルディオンの神子の住まう王宮のアルディオンの塔と名前を変えた高い塔の最上階は典雅な部屋がしつらえてあった。床は豪華な毛足の長い絨毯が敷き詰められ、そこここには、名のある者の作であろう彫刻がさりげなく置いてある。中へ一歩踏み入れると、ほのかにたかれた香が鼻孔を快くくすぐってくれる。中央には、天蓋のついたベッドが置かれてあり、静やかにうつむいて座る少女の姿があった。青い髪を長く背に流し、伏せた睫毛の下から覗くルビー色の瞳が彼女をデュオ人だと言うことを示していた。表情は暗く沈み、深く思い悩んでいる聖女のようである。それが、この美しい少女を更に美しく際だたせていた。 「女王ライヤ、またそのように暗く沈んでおられるのか?」 「ウッズマン様!」 不意に少女は弾かれたように振り返る。見ると、美麗な金髪の青年が唇に薄い笑みを浮かべて立っていた。ウッズマン、現在連邦のデュオ駐在大使であった。彼の助力を受け、デュオは地球人の侵略の魔手から逃れ、独立を勝ち得ることができたのだ。幼い、まだ十四才の少女を 「善神アルディオンの神子」と祭り上げ、女王として独立を宣言させたのであった。 「ライヤ様、地球人に騙され、鉱山で働かされていたデュオの男たちは全て解放され、自分たちの村へと戻り始めておるとの報告がありました」 青年大使は恭しく礼をする。洗練された動きは、蝶のように軽やかで、大輪の薔薇のごとく華麗であった。美しい。まだ完全に信じたわけではないのだが、彼の目の覚めるような秀麗な面差しを見つめていると、どうしても心を奪われてしまう。ライヤはポッと頬を薄紅色に染めた。 「ウッズマン、そんな他人行儀な言葉遣いは止めて! お願いよ。あなたまで、そんなだと、私、私……」 ホロリと涙が頬を伝え降りる。孤独な少女には、彼だけが本心を偽らずに接せられるただ一人の相手なのだ。善神アルディオンの言葉なんか聞いたことなどない。自分は神子などではない。まして、女王など……。全ては目の前の美麗な青年の策謀であったのだ。惑星デュオを悪魔のような地球人から解放するため、あえて人々を騙し、幼なじみを騙し、神をも騙したのである。何度、 「私は善神アルディオンの神子ではない!」 と、叫びたかったか……。その度に、デュオを救うためと思い留まった。そんな心の苦しみを判ってくれるのは、目の前の美青年だけだった。 「ライヤ、何をそんなに狼狽えているのだ? 神子の秘密を知る者などこの世には私以外にはいないし、私は決して真実を語ることはない。だから、安心するんだ」 そっと、少女の長い蒼髪に手を触れる。女のように細く長い指が優雅な動きで髪を弄ぶのが心地よく少女の心を騒がせた。 「君は神子なんだよ。自分を信じるんだ。神の言葉を聞いたことがなくとも、君は全デュオ人を悪魔の手から救い出したのだ。もう、地球人に苦しめられているデュオ人はいない。男たちは全て家に戻る。娘たちも、これからは誘拐され、人買いに売られてしまうこともない。全て、君のやったことだ。君が女王となり、デュオを独立させたお蔭で、人々は救われたんだよ。だから、誰が何と言おうと、君は善神アルディオンの神子だ。自信を持て。もっと堂々と神子として振る舞うんだ。それが、惑星デュオのためであり、君のためなんだ」 「でも、でも、でも……私がやったんじゃない! 何もかもあなたがやってくれた。デュオを独立させたのも、地球人を追い出してくれたのも、囚われていた人たちを救い出してくれたのも、みんな、アスラン、あなたがやったこと。私がやったんじゃない! 私はただの飾り物のお人形だった……。だから、神子と崇められることが苦痛なの。女王なんて資格は私にはないのよ……」 「そんなことはないさ。君がいたから、こんなに簡単にデュオは独立できたんだ。君がいたから、地球人を追い出すことができた。君がいたから、囚われの人々を助け出すことができたんだ。私はそれに力を貸しただけだ。女王ライヤ、君こそが惑星デュオの光なんだよ」 細く華奢な白い指が少女の頬をとらえ、ついと上を向けさせる。ピクンと小さな唇が震えた。ジッと見つめる蒼い瞳から視線を外すことができない。全身から力が抜けてしまい、倒れてしまいそうだ。 「ライヤ、可愛い私の女王様……」 「あっ!」 小さな悲鳴が零れそうになるのを、青年の唇がそれを止める。重ねられた唇の感触……。赤い矢が背筋を駆け上ってくる。力が抜け、完全に男に身体を預けてしまった。華奢だと思っていた男の腕であったが、以外に強い力で抱きしめられる。このままずっと抱いていて欲しい。裏切り者の汚名を受けても、彼の腕さえあれば絶えられる。彼の腕だけが確かな温もりとして感じられる。彼さえいれば…… 誰もいない長い回廊を美麗な金髪の青年大使は自室へと歩を進める。張り番の小姓もすでに眠りについたのか、人の呼吸音さえも聞こえてはこなかった。 「ん?」 不意に足を止め、鋭く視線を動かす青年。何も聞こえないし、誰の姿も見えない。しかし、何かの気配がする。ジッと耳をそばだてた。僅かだが、ブーンと言うハム音がする。 「ダストルか?」 「は」 返事と共に壁から黒いシミが現れる。それは徐々に人の姿を取り始めた。緑色のタイツのようなピッタリとした服を着た、小男である。目が異様に大きくて額が狭い、鼻はなく口が大きい、珍妙な面相をしていて、平伏している姿は、正にガマガエルそのものであった。 「全くウッズマン様のお手並みは見事なもので……」 「何のことだ?」 薄ら笑いを浮かべているカエル男にピクリと眉を顰めた。 「アレのことを言っているのか? アレはまだ子供だ」 「くっくっくっく、そのようなご趣味をちまたではロリータなんとかと申しますのでは……? もうあの少女はウッズマン閣下に夢中ですぞ」 「汚らわしい想像をするな! 私は子供などに興味はないわーっ! アレはただの手駒にすぎぬ。それに、神子は純血でなければならんのだ。そのような女に手を出す程女に不自由はしておらぬし、まして異母妹かも知れぬ娘に、どんな気持ちを抱けというのだ」 「へへーっ、そんなものですかねえ……? 可哀想に、あの娘、すっかり閣下に心を奪われているというのに、じつは、お兄様だったと知ったら……どんな反応をするか……」 なおも嫌らしい笑みをうかべて見上げるカエル男をねめつける。が、すぐに表情を平静に戻した。 「つまらぬことを言って時間を無駄にするな。私の命令通り実行したのか?」 「もちろん、全て閣下のご命令通りにいたしました。連邦に知られておると思われる鉱山全てのデュオ人を解放し、各の家に戻させました。無論、『善神アルディオンの神子様のお力』でと、間違いなく伝わるように工作も忘れずに」 「間違いなく『連邦に知られている鉱山全て』だな?」 「はっ、それは漏れなく」 不可解な沈黙が回廊に訪れる。暫く、美しき青年大使は考えを巡らせるように目を閉じていたが、フッと笑みを浮かべると、カエル男を見下ろした。 「神子の幼なじみの少年はどうした? キヨネが地球に連れて行くと言っていた少年だ。今もキヨネと一緒か?」 「はあ……? あの少年ですか? 確か、フェリオとか言う名前の少年だったと思いますが……、それがどうかいたしましたか?」 思わずギクリとするカエル男。どうして、あの少年に興味を抱く。まさか、真実に気づいているのではないだろうか? かつて、彼が犯した失敗。ミリーとその子を殺せと命じられて、母親を殺し、その子を野に放置した。だが、どういう加減か生きていた子供。それがフェリオだった。初めは気づかなかった。だが、見てしまった。少年が自分の瞳の上に被せていた膜を外した瞳の色を。美しいエメラルドの瞳。それは紛れもなく、あの日、デュオの狼(ガウル)が加えて行ってしまった赤子の瞳の色だった。そんなに多くの地球人との混血が存在するとは思えない。だとしたら、あの少年こそが…… 「始末しろ。彼は危険だ。神子に恋している。あのような少年は何をするか判らない。それだけに、放っておくわけには行かぬ」 「 はあ……? あのような小僧がですか? 愚かしくも総督府に乗り込んで、神子を取り戻そうとするような馬鹿な小僧ですよ。何も恐れることは……」 「だから、危険なのだ。若さ故の無鉄砲さで、何をするか予測ができぬ。それに、神子も、彼を決して嫌ってはおらぬから、いつ我々を裏切って逃げてしまうかも知れぬ」 「ほう、銀河一の美麗なウッズマン閣下を裏切る女性がこの世にいるとは思えませんがねえ……」 ダストルはケケと下卑た笑い声を立てる。始末しろとは、願ってもない命令だった。あの少年さえ殺してしまえば、過去の失敗が知られてしまう恐れもなくなる。まさに、小躍りしたい気分であった。青年大使は、スッと瞼を伏せ、長い睫毛に蒼い瞳を隠した。 「女など信じられる生き物ではない。その時の感情によっていくらでも平気で裏切る。例え、今は心を完全に奪われておろうと、次の瞬間には、違う男に心変わりをする。そういう生き物だ」 「おやまあ、ひでえ言い草だ。そんな言葉を聞いたら、華麗なる貴公子、ウッズマン閣下に心を寄せている女性たちはずいぶんと傷つくことでありましょうなあ!」 クックックッとカエル男は卑屈な笑い声を上げた。 「それでは、ご命令通り例の少年を始末して参りましょう。あの可愛らしい顔を十分にいたぶってから心臓をえぐり出してやりますよ」 ニタニタと残忍な笑みを浮かべ、ダストルがペロリと舌なめずりをする。 「殺さず? “楽園”に送り込め。それも、“善神アルディオンの神子”のご命令だと信じ込ませてな。そうすれば、いざという時、何かに利用できるかも知れぬ」 「グエッヘヘヘ! そりゃいい! さすがは若様だ! お父上にも負けない残酷なお方だ!」 カエル男は卑屈な恵美を残し、消えて行った。ウッズマンは男の気配が完全に消えたのを確かめると、再び歩き出そうとした。と、その足が止まる。 「ドルトイか?」 金髪の青年は振り向きもせずに、背後に隠れていた男に話し掛けた。廊下に面したドアの中から暗い表情の男が出てくる。副官のドルトイであった。 「聞いていました。アスラン様。」 悲しみを湛えた瞳がジッと主人を見つめる。かつては高潔で、この上もなく優しい青年だった。そんな主人に仕えることが自慢でもあった。それなのに、この数年の変わり様はどうしたことだ。冷血漢。血も涙も無い、金髪の悪魔とさえ陰で呼ぶものがいる。徹底した権力主義の権化と化し、赴任地の惑星の住民を苦しめることなど毛ほども厭わぬ非道な人間と成り下がってしまっていた。それも、ダストルの報告で異母妹だと知っている少女を騙して。この人にとって、血の通った親兄弟など何の意味も持たないのか? いや、それどころか、便利に使える道具の一つぐらいにしか考えていない? だとしたら鬼だ。 「蛮族の子供一人のことで、目くじらを立てることもあるまい」 「蛮族の子供……。なんてことを! あの少年は……」 「まさか、あの少年こそが異母弟……」 「えっ?」 ギクリとドルトイの表情が強張る。この人はライヤが父親ゲリオールとリーナの間にできた娘だと信じているはずなのに、どうしてそんなことを言う? まさか、気づいているのか?そんな…… 「なんて冗談は止めてくれよ。」 ニヤリと微笑すると、金髪をフワリとなびかせ、歩み去ってしまった。 「アスラン様、今のあなたを見てジュリア様がどう思われるか考えたことがあるのですか?」 思わず大声で叫んでいた。一瞬、青年の足が止まったように感じたのは気のせい? ドルトイは、廊下の向こうに消えて行く若き主の後姿を、ただ見送ることしかできなかった。異母妹の少女を騙し、デュオを征服しただけでなく、その幼なじみの少年をも地獄のような場所に送り込もうとしている。それも、リーナの息子かも知れない少年をだ。あの人は本当に気づいていないのか? 本当はフェリオの方が真の異母兄弟だということを。もしかしたら、鋭すぎるあの人のことだ、気づいていて知らない振りをしているのかも知れない。そして、そのことを告げられず苦悩している自分を嘲弄して楽しんでいるのではないだろうか? 「こうしてはいられない……」 暫く考え込んでいた副官は、唇をギュッと噛み、何かを決意した表情で主とは反対の方向に向かって歩き出した。 |