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デュオの青い虹 文:カメ仙人
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スパイ衛星から送られてくるデータを食い入るようにキヨネは見つめていた。先ほど見た車の轍(わだち)を辿って行ったのだが、山の麓でいきなり立ち消えていたのだ。これは一体どういうことなのだろう? ジッとモニタを睨みつけながら頭の中で思考がメマグルシク回転していた。 「キヨネ、こいつはカルディア山だよな。デュオ人たちの古い伝説の神都があったという」 「伝説の山……。デュオの人たちは神の呪いを恐れて近づかない山。これはうってつけの場所だわ。こんな場所なら、秘密を保持できる。狡猾なあの男なら、決して見逃さない場所だわ」 「お前もそう思うか?」 「モルグも?」 キヨネはキッと振り返ると、星間警察の警部に切れ長の黒い瞳を向けた。美しい黒曜石の輝きを持つ瞳に見つめられ、モルグは一瞬、ゴクリと唾を飲み込んだ。いい女だと思う。東洋的な細面の顔、漆黒の髪は細絹のように滑らかな輝きがある。そして、長いまつ毛に縁取られた切れ長の瞳は神秘的でさえあった。これがもし、銀河パトロールの特級航宙士でなかったら、ただちに迫っていたかも知れない。だが、モルグは銀河パトロールと双璧をなす星間警察の人間であった。二つの組織は共に宇宙を取り締まる責務を負った組織である。そのため、両方の組織の人間が近づき過ぎることは極力避けなくてはならなかったのだ。協力捜査は行うが、個人的に深いつながりを持ってはならない。そうしなければ、秩序を保つことが困難になってしまうのだ。それが、銀河パトロールと星間警察の間にある暗黙の了解であった。 「どうかしたの?」 ジッと見つめる男を訝り、キヨネが問う。モルグは慌てて首を横に振り、一つ咳払いをした。 「考えられるのは一つだな。そこに何かがある。全て閉鎖されたと報告されている鉱山か、もしくは、黄金の花園……」 予想はしていた。よく考えてみると、それもありうることではないか。鉱山で働かされていたデュオ人のほとんどは、明らかに木星麻薬の中毒症状を示していた。それは密かに出回っていたという。決して地球人が無理矢理与えたものではなかったと、救出された人々は証言していたらしい。では誰が……? 木星麻薬の原料であるゴールデン・ポピーは絶対にデュオで自生する植物ではない。もし生えていたとしたら、何者かが持ち込んだものに違いない。 「やはり、ウッズマンの背後にはシンジケートが……?」 「いくら奴がデュオ総督だったとしても、あの独立劇はでき過ぎだった。銀河パトロールと星間警察の合同部隊が突撃を開始した途端の独立宣言だ。ご丁寧なことに、銀河連邦の承認も官僚していた。何者か、連邦政府を抱き込む程の大物が背後にいると考えた方が自然だろう」 「連邦を動かせる程の大物……? それがシンジケートだと言うの……?」 「ああ、そういうことだ。奴の父親、ゲリオール・ウッズマン議員は何かと噂の多い男だ。例えば、多額の賄賂をシンジケートから受け取っているのではないかというような……」 「なるほど……。ゲリオールがからんでいるとすれば全てが納得できるわ……」 キヨネは深く頷いた。そして、再びモニタに視線をもどす。 「モルグ、すぐに星間警察武装部隊を結集させて! 私も銀河パトロール機動戦隊の出動を申請するわ。目標は……」 「カルディア山の隠し鉱山だな」 二人は慌しく連絡を始めた。モルグは星間警察の精鋭部隊である武装部隊へ、キヨネは銀河パトロールの最強機械化兵団、起動戦隊へ。突入開始は明日の早朝。今度こそウッズマンの尻尾を掴んでやる。鉱山であれ、ゴールデン・ポピーの栽培場であれ、奴の最大の弱点を握ることになる。逮捕する口実さえあれば、デュオ大使という特権など恐れるに足らない。鉱山での強制労働も、ゴールデン・ポピーの栽培も著しく人権を無視した違法行為だ。どんな言い逃れも許されはしない。ましてや、いたいけな少年を誘拐して、そこで働かせるなど絶対に許されざる所業であった。 「ウッズマン、覚悟しておきなさい。今に連邦裁判にかけてあげるから……」 キヨネの黒曜石の瞳が決意に光る。いたいけな少年少女の運命を弄ぶ冷血非道な美しい悪魔、ウッズマンを必ず追い詰めてやる。憧れだった先輩、ジュリアの死の謎も必ず解明してやる。密かな決意に、彼女の感情は否が応でも高まって行った。 今やアルディオンの塔と呼ばれる、元総督府の司令塔の地下三階に、密かに作られた部屋。そこには、インタープラネット(星間連絡網)や全デュオを監視するスパイ衛星からの情報を全て掌握できる、 「ホルスの眼」と呼ばれる通信施設があった。その存在は、元総督であったウッズマンと二、三の忠実な部下にしか知られてはいない。そして、部屋に入るためのキーワードは、ウッズマンのみが知っていた。その 「ホルスの眼」で金髪の青年大使は、ジッと送られてくる惑星上の様様な情報を確認していた。さすがに、銀河パトロールのデュオ支部の中までは覗くことはできないが、その周辺の状況は把握することができる。彼らに何らかの動きがあれば、ただちに察知できるはずであった。 「おかしい……」 ふと疑惑がウッズマンの唇から漏れた。いつになく銀河パトロールの動きが活発なのである。次々に隊員が集結し、装甲車やトレーラーなどが引き出されていた。これは何らかの作戦の準備を始めている証拠だ。一体、何処へ出動しようというのか……? まさか、生まれたばかりのデュオ政府を打倒しようというのではあるまい。そんなことをすれば、宇宙の法を守護する銀河パトロールが自ら法を犯すことになってしまう。そんな愚かな行為を銀河パトロールが、いや、あの切れ者のキヨネが決断するはずがない。では、一体何を? 「うん?」 ふと浮かんだ疑惑に応えるかのように、一つのパイロットランプが点滅を始めた。各組織に侵入させた密偵からの緊急連絡である。ウッズマンは秀麗な眉をピクリと動かせ、モニタを切り替える。途端、額のないギョロリと大きな目を剥いたカエルのような風貌の男の顔がモニタから飛び出してきた。腹心の部下の一人、ダストルである。 「閣下、大変です。銀河パトロールと星間警察の合同部隊が楽園を襲撃すると、奴らの中に放っておいた密偵から報告してまいりました」 「なるほど……、それで、この慌しさなのだな……」 思わず美麗な唇に笑みが浮かんだ。カエル男は、唖然と主人を見つめる。このような際に瀕して、笑っていられる人間を見たことがなかった。それにしても、美しい! 同じ男にも関わらず、思わず主人の顔を魅入ってしまっていた。 「爆破せよ」 「はあ? 奴らをですか? そりゃ危険ですぜ。そんなことをしたら、星間戦争になってしまいますぜ」 「愚か者! 誰が奴らを攻撃しろと命令した?! 爆破するのは楽園のことだ。発見されたのなら、あそこはもう不要だ! 直ちに爆破だ」 「はっ、全員をただちに退去させるよう命令します」 「そのような暇はない。今すぐ爆破だ!」 「へっ?! 仲間もろともですか?」 「その通りだ。そのために、あそこにはデュオ人だけを配置してあるのだ」 「なっ、なるほど……」 「ふふ、それにしてもあの小僧、運がなかったな。せっかく命だけは助けてやろうと思っていたのだが……。まあ、事故で死んだのなら、ライヤも諦めるだろう……」 すでにカエル男の姿が消えてしまったモニタに向かい、一人独語する美青年の顔にはなんとも表現し難い表情が浮かんでいた。だが、そんな表情をしていてすら、彼の美しさは微塵も損なわれてはいなかった。 集合命令を発してから三時間後、二つの警察機構の精鋭部隊は、カルディア山の麓へ集結しつつある。実に機敏な動きであった。如何なる組織であろうと、彼らに狙われたのなら、決して逃れることは難しいと思われた。例え情報が漏れていようと、こんな短時間の間に、逃れるなど不可能だ。成功は間違いない。これで、あの秀麗な悪魔を追い詰めてやることができる。どの隊員の表情にも確信が表れていた。 「さあ、目的地は間近だ! 悪党どもを一匹も逃すなよ!」 星間警察武装部隊を指揮するモルグの命令が大気を震撼させる。 「隊長、今度こそジュリアの仇を討つことができます。あのウッズマンに手錠をかける日がついにやってきましたのよ」 「ありがとう、キヨネ! これで愛しい娘に報告ができるよ」 銀河パトロール機動部隊の隊長、ブレインが敬礼する。キヨネも微笑んでそれに返礼した。いよいよクライマックスだ。誰もがそう信じていた。 「ジュリア、見てて。すぐに悪魔を地獄に叩き落してあげる。そうしたら、思い切り文句を言ってやりなさい」 聡明で優しかった、敬愛する先輩にもらったペンダントをギュッと握り締める。輝くような黒い肌、深遠な優しさを湛えたグリーンの瞳、そして、野生動物を思わせるしなやかな肢体を持つ少女だった。全てが憧憬の対象だった先輩。そんな彼女を自殺に追いやった、憎き悪魔。今こそ尻尾を掴み、その罪を暴いてやれる。 「総員攻撃……」 合同部隊総指揮官、銀河パトロール特級航宙士、キヨネ山本の手が高々と天を指す。全員が神経を緊張させて、命令を待つ。今まさに、手が振り下ろされようとした瞬間、 「なっ、何だ?!」 ゴーッと風の唸りのような轟音が迫る。次いで大地が波打った。跳ね飛ばされる人々の間から悲鳴が撒き起こる。 「うわーっ! 地震か?!」 「違う! 噴火だ! 見ろ、山腹が光っている!」 「危険だ、伏せろーっ!」 部隊の間に恐慌が起こる。慌てふためいて伏せる者、装甲車の陰に隠れる者、そして武器を放り出して逃げ出す者。鍛え抜かれ、訓練された隊員全員が狼狽を隠そうとはしなかった。それほど、鳴動は凄まじいものであった。 「皆、落ち着いて! 慌ててはかえって混乱するだけよ!」 必死で逃げようとする隊員たちを懸命に落ち着かせようとする。しかし、振動は益々強くなって行くだけであった。 「この振動は爆発事故かも知れん。いや、それよりも……考えられるのは、奴ら、ここを発見されたと察知して、鉱山を爆破したのかも知れん……」 「ブレイン隊長……まさか……?」 「危ない、キヨネ! 伏せるんだ―っ!」 ついに内圧に耐えかねた山の中腹から炎が噴出した。同時に熱気が竜巻と化し、岩石を弾丸と部隊を襲う。 「うわーっ!」 「ああーっ!」 さすがの装甲を誇る精鋭部隊の中にも犠牲者が現れた。強力なレーザーをも跳ね返す特殊鋼も、巨大な岩石に次々と降り注がれてはひとたまりもない。押し潰され、無残に埋もれてしまった。 「なんてことなの?!」 キヨネが口惜しげに火を噴く山腹をにらむ。がその時、再び爆発が起こった。 「キヨネ、危ない!」 炎と共に岩石の雨が頭上から振ってきた。思わず避けようとした時、何者かに押し倒された。慌てて立とうとするが、立て続けに襲ってくる衝撃で動くことができない。ドスドスと岩石が覆い被さっている人物を通して伝わってくる。そんなことをしたら命が危うい。早く逃げて! しかし、しっかりと彼女をガードしたまま、彼は逃げようとはしなかった。やがて、第二の爆発が収まってきた。 「キヨネ、大丈夫か?」 「ブレイン隊長!」 呻くような声で問う相手の顔を確認して、キヨネは思わず悲鳴を上げた。それはブレイン隊長。尊敬する先輩、ジュリアの父であった。 「どうやら無事だったようだな。娘が妹のように可愛がっていた君を見殺しにしたら、天国でジュリアに合わせる顔がなかったところだ」 鮮血にまみれた顔に笑みが浮かぶ。 「隊長……」 驚いて起きあがるキヨネであったが、彼の背中に突き刺さる無数の岩石の惨さに思わず絶句する。あるものは背骨を砕き、あるものは肩に食い込んでいた。それはとうてい助かるような傷ではない。 「キヨネ、ジュリアの仇を……」 ブレインの頭がガックリと落ちる。慌てて身体を揺するが、もはや何の反応も返ってはこなかった。 「だめだ! 引けーっ! 危険だ、全員退避!」 各部隊の隊長の悲鳴に近い命令が飛ぶ。このままでは合同部隊が全滅してしまう。慌てふためいて逃げ惑う精鋭部隊。 「キヨネ、君も逃げるんだ!」 呆然とブレインの死体を抱いている、特級航宙士を引きずるように装甲車に押し込むモルグ。途端、先ほどまでキヨネが座っていた場所に岩石が轟音を立てて落下した。ガーンと装甲車が大きく揺らぐ。 「早く出せ!」 モルグの命令が飛ぶと同時に、装甲車が走り出す。ガンガンと硬質ガラスに岩石が降り注ぐ。それを無視して、装甲車は後退を始めた。 「……ウッズマン、許さない……、仲間ですら平気で殺す悪魔……絶対に許さない!」 ジュリアの仇だけではなくなった。尊敬するジュリアの父、ブレイン隊長の恨みも果たさなくてはならない。この惨劇を忘れない。あの美しき悪魔、ウッズマンの暴虐を決して許しておくものか。改めて心に誓うキヨネであった。 「カルディア山が爆発」 の噂は瞬く間にデュオ中に激流のように流れた。不可侵の神聖な山に起こった異変は一体何を示すものか? 様々な憶測が飛び交っていた。噂はアルディオンの塔にも届いていた。迷信深いデュオ人たちは、神の怒りに触れたのだと噂し合う。多少事情を知る地球人たちは、金髪の悪魔の仕業だと信じていた。 「神子様、どうかされました?」 侍女のミーシャが心配げに顔を見上げている。しかし、相変わらず彼女の敬愛する女王からは何の反応も得られなかった。 「もしかしたら、カルディア山の隠し鉱山にフェリオがいたかも知れない」 今朝、訪ねてきた銀河パトロール特級航宙士が密かに送ってきた書状には、そう書かれていたのだった。数百人もいた、鉱山の労働者の中で生き残ったのは、わずか三名。そのうち二人は意識不明の重態。残る一人が昏睡に陥る前に、 「鉱山で働かされている仲間の中にフェリオという名の少年がいた」 と証言したというのだ。少年は最も過酷な作業場で働かされていたという。そして、彼をそこへ送り込んだのは 「アルディオンの神子」 だと聞かされていたらしい。 「違う、フェリオ! 私はそんなこと命じてはいない。誰かが神子の名を騙ったのよ! 信じて……」 何度も心の中で繰り返しフェリオに訴えた。しかし、もう遅い。そんな言い訳を聞いてくれる幼なじみはもういない。何を言っても、死んでしまった者には届かない。そして、もう自分を虚構の世界から助け出してくれる者はいなくなってしまったのだ。 「フェリオ……私を許して……」 再び、思い出したように涙が溢れてきた。朝から泣きどおしで、枯れ果てたと思っていたのだが、……。 「神子様、お願いです、どうか泣き止んでください。でないと、私まで……」 小さな侍女は困惑し、敬愛する神子の手を取り涙ぐんでいる。どう慰めたらよいのか判らない。ただ一緒になって泣くことしかできなかった。 「ああっ、ミーシャも泣いてくれるのね。ありがとう、優しい娘(こ)ね……」 ライヤは小さな侍女を抱きしめた。もう救いの主は現れない。これからは、自分だけの力で切り抜けて行くしかない。偽りの神子として……。そして、金髪の美青年の愛の虜囚として、全ての自由を失い、陰謀の渦に巻き込まれて行くことしかできない少女の苦しみは、いつ果てるのか…… カルディア山が爆発! そのニュースは、ドルトイの耳にも達していた。愛するリーナの息子だったかも知れぬ少年、フェリオがカルディア山の鉱山で囚人のように囚われ、過酷な労働を強いられていたことは、ウッズマンたちの話を立ち聞きして、薄々は知っていた。だから、一日も早く、助け出して欲しいと、星間警察に匿名のメールを密かに送りつけたのに……。間に合わなかった。 「リーナ、許してくれ! 君の大切な息子を助けることができなかった……」 何故、主人を裏切ってでも、少年を助けに行かなかったのだろう。キヨネやモルグに期待して、傍観を決め付けていた自分はなんて卑怯な人間だったのだろうか?許せない。自分自身がとても許せなかった。だが、ドルトイは己が本当に無力な人間であることをよく知っていた。ウッズマンのような銀河をも動かすほどの権力を持った人間に敵う人間ではないと。ただ、できることといえば、少しずつ、ウッズマンの企みをそれとなくデュオ人たちにリークすることぐらいであった。噂が噂を呼び、デュオ人たちに浸透して行けば、いつかは大河となり、デュオ全体を飲み込むほどの力となるかも知れない。それだけが希望であった。
第八章 紅蓮の鉱山! ---了---
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突如、爆発を起したカルディア山はデュオ中の迷信深い人々の心中に様々な波紋を投げかけた。善神アルディオンが鎮座し賜う聖なる御山。かつて、繁栄を極めたと言われる、神都の異変は一体何を示すのだろうか? これは神の怒りに違いない。だが、神は何をお怒りになられているのか? 「もしや、アルディオンの神子に何かあったのではなかろうか……?」 「そうだ、あの金髪の悪魔が何か……」 「おおっ、なんて恐ろしいことだ……。神の御使いである神子様を……」 「許せない! 銀河連邦大使ウッズマンめ、今に思い知らせてやる!」 「だが、神子様はその連邦大使に護られているのだろう? だったら、神子様も……」 「止めろ! 神子様の悪口を言うと、神罰が下るぞ!」 「神罰か。確かに罰が当たるかも知れん。もしも、神子様が本物だったらな……」 「なっ? 本物って……?」 「まさか、神子様が偽者ってか?」 「馬鹿なことを言うな! 神子様のお蔭でデュオは救われたんだぞ。憎い地球人を追い出し、我々を自由にして下された。そんな神子様が偽者だなど、口が裂けても言ってはならん!」 人々の憎悪は金髪の悪魔、銀河連邦大使に対して激しく膨張して行く。そして、ササヤカではあるが、善神アルディオンの神子に対しても疑惑の芽が育ちつつあった。 そして、密かにささやかれ始めた小さな噂…… 「また、虹が現れたそうだ」 「ああ、聞いた聞いた。東のサンポー山の秘密鉱山が襲われたって話だろう? いい気味だぜ。金髪の悪魔の手下が十名ほど殺されたってことだ」 「そして、無理矢理働かされていたデュオ人三百人が開放されたってか」 「おうよ、デュオの青い虹、アルディオン伝説の英雄が復活したんだって、町中の噂だ!」 「しっ、静かに! 神殿兵士共だ奴ら、虹に散々振り回されて気が立っているから、虹の噂をしているところを見られたら何をされるか……」 広場で惑星中に広まりつつある噂話をささやき合っていた人々の口が瞬間閉じられる。そして、無言の中傷を禍々しく光る武器を腰に吊し、白銀の甲冑を纏ったデュオ人の兵士たちに向けた。同じデュオ人であるにも関わらず、異星の悪魔に使える裏切り者。見つめる視線はそう雄弁に語っている。しかし、そのような非難など歯牙にも掛けぬ様子で集まっている人々の方へと近づいてくる。 「お前たち、何か青い虹の情報を知らんか? もしも有益な情報を知っているなら話せ。そうしたら、神子様が多大なご褒美を賜るぞ」 「……」 兵士たちの質問に対して答える者はなかった。例え神子様に褒美を賜るとしても、デュオ人を虐げる地球人を退治してくれる英雄を売る気などさらさらないのだ。 「何もしゃべらん気か? いいだろう、だが、もしも何か知っていて黙っていたら、善神アルディオンの神罰が下ることになるだろうよ。その時、後悔しても遅いからな」 「アルディオンの罰……」 一瞬、人々の顔色が変わる。それほど、アルディオンへの信仰は根深くデュオの人々の魂に刻み込まれているのである。 「しかし、青い虹とは、善神アルディオンの神子を助ける英雄ではないのか? 金髪の悪魔に騙されている神子様を助け出す勇者だ」 人々の傍らで蹲っていたボロを纏った老人がボソリと言う。一同はギョッと振り返った。兵士は顔色を変え、老人を睨みつける。 「爺ーっ! 何とぬかした?! 貴様、神子様を愚弄する気か?!」 腰の武器に手をかけ、兵士が怒号を発した。だが、爺は臆することなく平然と見返す。 「ほほほーっ! これは面白いことを言う。わしは神子様の悪口など一言も言っとらんぞ。わしが言ったのは、金髪の地球人の悪口じゃ」 「ウッズマン様を愚弄することは、神子様を侮辱するのと同じことだ。あの方がおられればこそ、デュオは解放されたのだ。あの方がおられてこその神子さまだ!」 兵士の恫喝に沈黙が訪れる。だが、それを納得している者も、理解している者も誰もいなかった。ウッズマン、元デュオ総督、金髪の悪魔、彼が独立前に人々に対して何をしたか人々は忘れてはいない。例え、アルディオンの神子が信頼し、独立を助けた立役者だったとしても、とても気を許す気にはなれなかったのである。 「ふん、デュオの独立を助けたのは、我らデュオ人を助けるためなどではない。あの悪魔は、己自身の利益のために、デュオを独立させたのじゃ。惑星デュオから産出される資源を独り占めにできるよう、他の地球人を惑星から追い出すのが目的だったのじゃ。お主らも知らんとは言わせぬぞ。デュオから追い出された地球人共が、再び利権を得るために、ウッズマンに多額の賄賂を支払っていることを!」 再び爺が語り始める。人々はギョッとして注目した。一体何を言っているのだろう? デュオの資源? 他の地球人を追い出す? そのための独立? 「貴様ーっ! 許さぬぞ! 皆、こやつをひっ捕らえろ! 神子様に対する反逆罪だ!」 兵士長が怒鳴ると同時に、部下が周囲を囲む。爺は不適な笑みを浮かべたまま杖を握っていた。 「お主らもデュオ人であろう。ならば何故、デュオに仇する金髪の悪魔を信仰する? 目を覚ますがいい!」 「だっ黙れーっ! 貴様こそデュオの平和を乱す反逆者であろうがーっ!」 「ほっほっほっほーっ! デュオの平和じゃと? そんな嘘で塗り固められた平和に何の価値がある? 独立した後でも、相変わらずデュオ人の暮らしは地球人共に牛耳られておるではないか? 減少したとはいえ、男たちは誘拐され、秘密鉱山で働かされ、怪しい薬漬けにされておる。女子供も人買いによって売買されておることはデュオ人なら誰でも知っておることじゃ。それでも守るべき平和だと豪語するか?」 「そっ、それは……」 思わず口篭もる兵士たち。それを人々は冷たい視線で見つめている。老人は皮肉な笑みを浮かべたまま腕組みをしていた。 「だっ、騙されるな! こやつは神子様を愚弄し、惑星上に戦乱を起そうとする謀反人だ! 捕らえよ! 抵抗するようならば殺してもかまわぬ!」 兵士長が抜刀し、部下に命令する。だが、躊躇っているのか、兵士たちは動こうとはしなかった。 「ええーい! 腰抜け共が! ならばわし自らがひっ捕らえてやるわ!」 怒声と共に爺に切りかかる兵士長。長剣は真っ向から頭部に切り下ろされる。人々は叩き割られる爺の頭を想像して、思わず目を反らした。 「ぎゃーっ!」 鋭い悲鳴がこだました。人々は恐る恐る視線を戻す。同時に音をを立てて落ちる長剣。そして、滴り落ちる鮮血がその周囲を赤く染めて行く。驚愕が人々の顔面に貼りついた。 「おのれーっ、誰だ!」 憎しみに燃え上がった兵士長の口から怒号が迸り出た。そして、歯を食いしばり、己の右腕に突き刺さった短剣を引き抜く。爺を斬ろうとする一瞬前、何処からともなく飛んできて、突き刺さった短剣であった。一体何物が? 一同はキョロキョロと周囲を見回す。しかし、それらしき姿は見えない。 「貴様か? それとも、貴様か?」 長剣を左手で取り上げると、ギラつく眼光を群衆に向ける。だが、皆怯えた顔で首を横に振るだけであった。しかし、それで諦めるわけはない。長剣を振りかざし、柄で一人ずつ殴り倒して行く。歯を折られ口から血を吐く者、鼻骨を砕かれて這いつくばる者、剣の腹で肩を打たれ倒れる者、被害者は次々と路上に折り重なって行った。 「ええーい、忌々しい奴らめ。全員死刑にしてやる!」 長剣を逆手に持ち直し、地面に転がっている市民に向けて振り下ろそうとする。 「止めんかーっ! この外道め! それでも同じデュオ人か?」 爺の怒鳴り声が耳を貫く。兵士長のギョロリと充血した眼が残忍に光った。血に飢えた獣は、新しい犠牲者を見つけた。残酷な笑みを浮かべ、長剣を振りかざしながら跳躍する。今度こそ殺してやる。必殺の気合で剣を振り下ろした。が、長剣が切り裂こうとした瞬間、爺の姿が消滅する。目標を失った剣は虚しく空を斬り、堅い金属音を立てて地面に突き立てられた。 「ほっほっほっほっほーっ! 間抜けな兵士長さん、何処を狙っとるんじゃあ?」 「爺ーッ貴様、何物だーっ! ただ者ではあるまい?!」 突き立った長剣を抜き取り、ブワリと空中から舞い降りる怪しい老人を睨みつけた。だが、相手は飄々と笑みを浮かべているだけである。逆上した剣が再び襲う。しかし、またも貫いたと思った瞬間、小柄な姿はかき消える。 「よーっ、いいぞ爺さん!」 「やれやれーっ、そんな裏切り者なんかやっつけちまえーっ!」 あまりにも見事に剣を避け続ける老人に、群衆が喝采を送り始めた。今まで抑えつけられていた不満が一気に噴出し始めたのだ。 「貴様らーっ!」 赤尾にのように顔を真っ赤にした兵士長が群衆を睨みつける。しかし、一瞬黙り込むが、すぐに野次はもっと大きく広がる。今や、人々の声援はたった一人神殿兵士に立ち向かっている老人に集中していた。このままではまずいことになる。兵士長の顔に焦燥が浮かぶ。何が何でも老人を黙らせないと自分自身が危うくなる。長剣を握り直し、用心深く身構えた。相手も、敵が真剣になったことを悟り、眼光がきつくなる。 「うおーっ!」 「これまでじゃーっ!」 兵士長が長剣を真横に薙ぎ払う。同時に小柄な老人がとんぼを切った。剣は、またも虚しく空を斬り兵士長の身体は大きくよろめいた。そこへ老人の手刀が手首を襲う。全く年寄りとは思えぬ俊敏さであった。長剣がスローモーションのように地面に落ちて行く間に、蹴りが顎を砕き、肘が鳩尾を貫いていた。 剣が乾いた金属音を立てた時、持ち主も同時に地面に崩れ落ちていた。 「わーっ! すげえぞ、爺さん!」 「おおーっ! 見事な技だ!」 「くたばれーっ! 悪魔の手先めーっ!」 「善神アルディオン、万歳!」 歓呼の声が空気を震わせる。独立後も苦しめられていた人々の 憎しみの象徴とも呼べる神殿兵士の長がいとも簡単に倒され、興奮は絶頂の域に達そうとしていた。 「皆の者、見るがよい! こやつの正体を!」 老人が、群衆に向かって大声で叫ぶ。それは巻き起こっている歓呼の声をも上回る叫びであった。一瞬、沈黙が訪れる。爺はついと倒れている兵士長に近づき、足で頭部を蹴り飛ばした。と、兜が外れ、同時に頭髪がズルリと抜け落ちる。 「なっ……?」 「まさか……?」 驚愕が群衆から言葉を奪う。なんと、デュオ人だとばかり信じていた兵士長の青い髪の下から現れたのは、デュオ人のものとは全く異なる、赤い頭髪だったのだ。 「……畜生、くそ爺! よくもやりやがったな。おいっ、兵士共、その爺をひっ捕らえろーっ! 神子様への反逆罪だ!」 己の正体が知れたと気づかないのか、失神から目覚めた兵士長が命令を飛ばす。しかし、群衆はおろか、部下の兵士の誰一人として動こうとする者はいなかった。かっと見開かれた瞳が激怒する。だが、その右の虹彩は紅、がもう片方はデュオ人には決して在り得ない闇のような漆黒であった。 「見たか皆の衆、奴こそが我らデュオ人を騙していた証じゃ!」 老人がピシャリと決め付ける。だが、当の本人は何が起こっているのか理解できずにいる。ただ子供のように手玉に取られたことへの怒りで全身をワナワナと震わせているだけであった。 「者ども、何をぼんやりと見ている? 早く爺を捕らえぬかーっ!」 苛々と足を踏み鳴らし、兵士に命ずる。だが、堅い表情をしたまま動こうとはしない。その時になって、兵士長は己の手の甲に何か赤い光る物があることに気づいた。ギクリとソレをつまみ上げる。赤い半透明のレンズ……? まさか……? 慌てて両眼を確かめた。右には彼の求めていた物はあった。だが、左の眼には……。 「ラング兵士長、あんたはデュオ人ではなかったんですね」 一際背の高い兵士、ハルクが、乾いた声でつぶやくように言う。兵士長はギクリと身体を強張らせた。いつの間にか周囲にはデュオ人が集まってきている。全員が黙したまま冷たい視線を送っていた。 「オレたちはあんたに騙されていたのか……?」 「なっ、何を馬鹿な……」 「あんたは言った。ウッズマンはデュオの独立を助けてくれたデュオの恩人だって。アルディオンの神子様を支えるデュオの守護神だって。あれも全て嘘なのか? そのあんたの青いカツラや、紅のガラス板のように?」 「ちっ、違う……。騙すつもりはなかったんだ。閣下がデュオ人の振りをしていた方が受け入れられ易いからと……」 「ほう、デュオ人に化けていたのは、ウッズマンの命令か……?」 「うっ……それは……」 「かたるに落ちるとはこのことだな。ラング兵士長。いや、ラング、ウッズマンの命令で仲間のフリをして、オレたちデュオ人の動向を探っていた間諜! そして、さも金髪の悪魔がオレたちの守護神であるかのように信じ込ませようとした腐れトンク(野豚)!」 痛烈な非難が浴びせ掛けられる。 「貴様、それが上官に対して言うべき言葉か?」 ラング兵士長は顔色を変じ、長剣を振り上げた。だがその時、サッと数人のデュオ人兵士が庇うように立ちはだかる。もはや忠実な神殿兵士の顔はしていない。憎悪と憎しみを真っすぐに向けてくる、敵と化していた。 「薄汚らしいトンク! もうオレたちは騙されないぞ!」 「なっ、何を……」 兵士たちの手が各々の腰に吊るされた長剣に伸びる。ラングは怯え、一歩後ズ去った。が、すぐ後ろにも怒りに燃えた群衆が壁と立ちはだかっていた。 炎が立ち上がる。黒煙を吐いて、デュオの街から紅蓮の炎が目覚めた火竜のごとく暴れ始めた。それは、始めささやかなものに見えた。群衆によって殺されたラング兵士長の仇を討とうと押し寄せた神殿兵士は、真実に目覚めたデュオ人の怒りの渦に巻き込まれ、瞬時にして全滅してしまった。暴徒の中には、かつて志願し、兵士になったデュオ人たちも混じっている。武器を所持し、圧倒的だと思われた兵士の集団は、瞬く間に形勢を逆転させられてしまう。少数のデュオ人に化けた地球人に操られていた軍隊は、明かされた真実に脆くも崩れ去ってしまったのだ。小さな炎は瞬く間に周囲に飛び火し、次々と村や町を飲み込んで行く。 「金髪の悪魔を打倒しろ!」 「悪神ドードの使い、ウッズマンを殺せ!」 「偽者の神子を火あぶりにするんだ!」 騙され、虐げられ続けた人々の怒りがついに爆発した。反乱?革命?ひたひた、ひたひたと激動の嵐はアルディオンの塔へと近づきつつあった。 暴動勃発! カルディア山の爆発に続き、惑星デュオは打ち続く不吉な知らせに、震撼した。女子供は家とは呼べぬ、木造の小屋で息を潜め、男たちは武器を集め、今から起こるであろう戦乱に備えた。その中でも、血気盛んな若者は、年長者の制止にも関わらず、家宝の剣を持ち出したり、狩猟用の山刀を片手に暴動へと加担した。最初は数人で始まった暴動は、徐々に数を増やし、今や数十万人の大暴動へと育っている。神政デュオ政府は次々と軍隊を送りだしたが、逆に部隊の指揮官に返送した地球人が存在することが露見し、寝返った下級兵士が暴動に加わってしまうという逆転劇に畏れをなし、後続部隊を導入できずにいた。 ウッズマンは懸命に情報を隠蔽しようと画策したが、疑惑の噂はアルディオンの塔にまで徐々に伝わりつつあった。不安はどす黒いコールタールのように人々の精神を重苦しく汚染して行く。そして、徐々ではあるが、確実に塔にいた人間の顔ぶれが変化して行った。アルディオンの神子、ライヤの周辺からも、ただ一人、幼い侍女のミーシャを除いて、見知った召使や護衛兵士の姿が消え、見知らぬ者に変わっていた。 「一体、どうしたことなのかしら……」 何も知らされていないライヤは、思わずつぶやく。そうしなければ、胸を圧迫する不安に押し潰されそうであった。ウッズマンは、もう三日も姿を見せない。何か聞こうとしても、見知らぬ侍従や衛兵は何も答えてはくれない。ただ一人顔見知りのミーシャも、まるで部屋に閉じ込められたのではないかと思えるほど、自由に外へ出れないとこぼしていた。もちろん、ライヤも同様で、外の空気を吸おうと部屋を出た途端、危険だからと慇懃に部屋に押し戻されてしまうのだ。 「神子様、私たち監禁されているのでしょうか? ちっとも外へ出してもらえないし……、外から訪ねてくる人もいないし……。私、ニースに会いたいのに……」 幼い侍女がションボリと言う。 「まあ、ミーシャ、ニースって誰なの? もしかして、好きな男の子?」 どうかすると落ち込んでしまいそうな気分を盛り立てようと、ライヤが無理に話題を変える。 「えっ、神子様……そんな……ニースはただの幼なじみ……」 懸命に誤魔化そうとするが、少女の紅潮した顔が、それを裏切る。なんて可愛らしい。思わずライヤの顔に笑みが浮かんだ。 「私にもいたわ。とっても大切な幼なじみ……」 気分を盛り立てようと始めた話題だったのだが、幼なじみという言葉に思い出してしまった。ずっと一緒だった男の子。いつだってキラキラと眼を輝かせ夢を語ってくれた彼。地球人に誘拐され、奴隷として売られそうになった彼女を単身総督府に乗り込み助けようとしてくれた幼なじみ。それなのに、選んだのは金髪の地球人。惑星デュオのためとはいえ、裏切ってしまった。ずっと謝りたかった。会って、本当のことを言いたかったのに……。もう少年は何処にもいない。どんな理由があったのかは判らないけれど、隠し鉱山で働かされていた彼は、事故に巻き込まれて死んでしまったのだ。もうどんな詫びも謝罪も届かない。どう誤ろうと、許してはくれないのだ。 「神子様……?」 ミーシャが驚いて敬愛する神子の手を握る。無理に微笑もうとしていた頬に光る涙を発見したからであった。 「ミーシャ、なんでもないのよ……。あなたは間違えないでね。誰が本当に自分を幸せにしてくれる人なのかを……」 「えっ?」 小さな少女はライヤの言葉の意味を図りかねて顔を上げる。だが、それ以上何も聞けないと判ると、静かに頷いた。 最初の暴動の直後、デュオ人に化けていた兵士長の正体を暴いた老人は、暴徒の群れからいつの間にか離れ、人気の無い村はずれを歩いていた。足取りは年寄りとは思えない、軽快なものである。やがて人家が切れ、草原へと出ると、今まで虚ろに見えていた瞳が、キッと鋭いものに変わった。そして、ふと立ち止まると、顔を目の前の泉に移す。大きく枝を伸ばしたオスク(マングローブに似た植物)が高く聳えるように立っていた。蛸足のような根は、地面からはみ出し、半分は泉の中へと足を伸ばしている。その根元に眼をやると、なにやら蠢く影が見えた。老人の身体がピクリと硬直する。 「どうやらうまく行ったようだな」 根元から現れた影が爺を見てにやりと笑う。老人もホッとため息をつき、肩の力を抜く。そして、つかつかと近づいて行った。現れたのは二メートルを越す巨漢、太太しさと周囲を圧倒する殺気を感じさせる。 「ダンか、脅かすなよ。てっきりウッズマンの手下かと思ったよ」 意外に老人は若い声で答えた。現れたのはダン。かつてカルディア山の隠し鉱山の監視長であった男だ。しかし何故、ここにいるのであろうか? 鉱山の爆発に巻き込まれ死んでしまったのではなかったのか? 一体どうやって助かったのだろう? 「くっくっく、何が脅かすなよだ、デュオの青い虹ともあろう者が!」 不適な笑みを浮かべ、男が爺の背中を思いっきり叩く。途端、老人の白髪頭が宙を飛ぶ。そして、外れた白髪頭の下からは、若々しく輝く青い髪が流れ出していた。 「おっと、こいつは失敗だぜ。鬘が外れちまった」 ダンは飛んだ白髪を器用に空中でキャッチすると、爺の頭にポンと置く。爺は苦笑いを浮かべ、鬘をかぶり直した。 「じゃあ次へ行こうか?」 「うむ、次はナビスの町へ行くか」 「それよりも、リーンの山裾に何かあるらしいよ。さっきの町で噂に聞いたんだ。あそこへ行った人間が帰ってこないって。きっと、あそこにも何かあるんだよ。隠し鉱山かなにかが」 「隠し鉱山か……。久々に暴れられそうだな。仲間を集めるとするか」 山のような巨漢、ダンは軽々と小柄な老人の身体を肩に乗せると、悠然と歩き出した。 いよいよ始まったデュオの反乱。今まで抑えつけられていた人々の怒りがついに爆発したのだ。ジッとモニタに送られてくる暴動の映像を見つめ、キヨネは唇を堅く噛み締めた。確かにこの瞬間を待っていた。しかし、今は優勢に見えてはいても、デュオ人と地球人とでは科学力に差が有り過ぎた。ウッズマンが本気になりさえすれば、デュオ人の暴徒など赤子の手を捻るがごとく簡単に滅ぼすことができる。それが分かっているだけに、この無謀ともいえる反乱は諸刃の刃であった。 何故なら、まだ未開の地とも呼べるデュオを、地球の進んだ科学力を行使して暴動を沈めたとすれば、銀河連邦諸星からの非難を一斉に受けるのは必至である。如何な巧妙術策に長けたウッズマンといえど、そのような無謀は避けたいところであろうと思われた。とすれば、あくまでも事件をデュオ星内の問題としてだけで解決しようと図るであろう。それならば反乱軍にも勝算はある。なんとしても、科学兵器の使用を止めさせ、デュオ人のためのデュオ政府を成立させなくてはならない。そのためにはどうしたらよいのか……? 「ライヤに会いに行こう」 モニタから視線を外すと、キヨネは立ち上がった。途端、何者かが肩を叩く。驚いて振り返ると、タバコを銜えた男を認める。 「キヨネ、アルディオンの塔へ行くんだろう? オレもつきあうぜ」 「モルグ……」 いつの間に現れたのか、星間警察のモルグ警部が、すでに出かける用意をして立っていたのである。キヨネは黙って頷くと、厳しい表情で歩き始めた。 「それにしても、『青い虹』ってのは何者なんだろうなあ? あちこちに出没して、デュオ人たちを煽動しているらしいが、その正体が判然としないんだよなあ。デプス鉱山に現れた虹は少年の姿をしていたらしいが、先日、ユーローの町に現れたのは、なんと老人だったらしい。また二メートルはある大男だったという話もあるし……?」 キヨネの後を追いながらモルグが疑問を口にする。 「そんなの簡単なことよ。虹は一人ではないってこと」 「ほう……。では虹とは個人の名前じゃなくて、グループのことか?」 「さあね……」 あっさりと応えると、キヨネは車に乗り込む。モルグも、当然のように助手席に乗り込んだ。 「しっかし、一つだけキヨネの見込み違いがあったな」 「えっ?」 「あのガキさ。キヨネは、あのデュオ人のガキが『デュオの青い虹』だって言っていたじゃねえか。残念だったな。あいつはもう死んじまったんだぜ。とんだ勘違いだ」 「本当にそうかしら? 私、どうしてもフェリオが死んだって信じられない。あの子なら、どんな災厄も避けてしまうような気がするのよ」 「ふっ……また始まったな。可愛い男の子を見たら、すぐに肩入れしてしまうのは、キヨネの悪い癖だ。諦めな。生き残りのデュオ人が言っていたじゃねえか、フェリオは死んだって」 「いいえ、そうは言っていなかったわ。フェリオは鉱山で働かされていたって言っただけよ。爆発に巻き込まれて死んだといっても、死体を確認したわけじゃない。犠牲者のほとんどは瓦礫の下に埋まったままなのよ」 「ふん、諦めの悪い女だな、キヨネは」 「そうよ、私は諦めの悪い女。絶対にあの子が死んだなんて信じない」 「勝手にしやがれ!」 二人が無駄話をしている間に、車の前方にアルディオンの塔が見えてくる。以前きた時よりも警戒は厳重になっているようであった。武器を携えた神殿兵士が何人も歩哨に立ち、門の内側には、戦車、高射砲、が積まれた土嚢の背後に配置されているのが眼に入った。 「随分と警戒しているようだぜ。さすがのウッズマン閣下も、暴徒が攻め寄せてくるのは恐ろしいようだ」 モルグが唇の端を歪めて皮肉な笑みを浮かべた。だが、キヨネの表情は益々厳しいものへと変化している。 「警戒が厳しいってことは、私たちもおいそれとは中へ入れてはもらえないってことよ」 「まさか、銀河パトロール特級航宙士には外交官特権があるだろう?」 「でも、戒厳令が出ていたら?」 「まさか」 「モルグ、まさかまさかってオームみたいに繰り返さないでよ。相手は金髪の悪魔と呼ばれるウッズマンなのよ。何をしてもおかしくはないわ」 キヨネにピシャリと決め付けられ、中年の警部は沈黙した。相手は何度も辛酸を舐めさせられた悪魔の知恵を持つ男である。常に先回りして用意を整えていることは注意しておかなくてはならなかったのだ。それを忘れていたわけではなかったのだが、暴動から反乱へと高まったデュオ人の気運に冷静さを失っていたらしい。 「停まれ!」 車が門に近づいた途端、デュオ人の神殿兵士によって前方を塞がれてしまった。キヨネは仕方なく停車させる。 「銀河パトロール特級航宙士、キヨネ山本よ。デュオ女王に謁見します。門を通しなさい」 キヨネは高圧的に命令する。だが、兵士は道を開けようとはしなかった。 「惑星全土で暴動が勃発し始めたため、先ほど、戒厳令が発令されました。女王はどなたとも謁見はされません。どうか、お帰りください」 「なっ……」 やはりと二人は顔を見合わせる。しかし、このまま引き下がるわけには行かない。 「女王様と謁見できないのならば、ウッズマン大使に合わせなさい」 「ウッズマン閣下は、暴徒鎮圧でお忙しくて、どなたともお会いにはなれません。申し訳ありませんが、今日はお引取りください」 慇懃に兵士は応えるが、少しも譲歩はみせない。あくまでも、キヨネたちの侵入を拒むつもりらしいのが判った。 「ところで、あなたは本当にデュオ人なの?」 「えっ?」 意表を突かれた質問に、兵士は思わず狼狽した。 「わっ、私はれっきとしたデュオ人だ。何を妙なことを言われる?」 明らかに動揺のこもった声音であった。 「そう? でも、変ねえ。ライヤ女王は呼び捨てにしたくせに、ウッズマンの名を語る時、閣下と敬称を使ったのはどういう理由? もしも、あなたがデュオ人なら、アルディオンの神子である、ライヤ女王は神にも等しい存在のはずよ。だったら、女王様とか、陛下と敬称をつけるのが本当でしょう? 違う?」 「そっ、それは……」 無表情だった兵士の額に汗がにじんでくる。どうやら図星だったらしい。 「この不敬者! 貴様のような礼儀知らずがおるから、神子様を疑う民衆が現れるのだ!」 「あっ!」 背後にいた地球人の上官が、いきなり殴りつけた。そして、二人に向き直る。兵士は殴られた顔から鼻血を流し、隠れるように装甲車の陰に入った。 「どうも失礼しました、特級航宙士。あやつは田舎者でして、ものの言い方を知らなくて、誤解させてしまいました。しかし、あやつは間違いなくデュオ人であります。これからは気をつけさせますので、どうかお許しください」 慇懃な礼を見せて、上官が謝罪した。だが、彼の表情にはかたくなな拒絶が見える。 「女王陛下は、現在どなたとも謁見なされません。どうかお引取りください。反乱が収まり、惑星に平和が訪れたあかつきには、喜んでお姿をお見せになられると思います。どうかそれまでは……」 モルグがくわえていたタバコを灰皿でもみ消す。眼は怒りに燃え、剣呑な光を発していた。 「デュオは、銀河連邦にも認められた独立惑星です。そして、ライヤ女王陛下は、元首であらせられます」 「そっ、それがどうした?」 「銀河パトロール特級航宙士は、全ての外交官特権を有しておられますが、それはあくまでも、惑星政府が認めた範囲内でしかないはずです。もしも、それが不当だと思われるのならば、銀河連邦最高裁判所の裁断を仰いでからにしなくてはならない。銀河連邦法にそれは明記してあるはずですが……?」 「そっ……そうなのか?」 サラリと言いのけられ、モルグはキヨネを見る。 「間違いないわ。でも、あなた、連邦法をよく勉強しているのね。たいしたものだわ。惑星独立から、わずか半年にもならないのに、そんな隅っこの、連邦司法官ですら覚えている者はほとんどいないといる連邦法第四十六条第七項の三、特級航宙士の外交官特権に関する例外をご存知とはね。まるで、老獪な連邦弁護人だわ」 「ふっ、それは誉め言葉でしょうか?」 「もちろん、誉めているのよ。全く、こんな偏狭の星の護衛兵士長なんかにしておくのはもったいない人材だわ」 「どうも、過分なお言葉、ありがたく頂戴しておきます。しかし、私は、兵士長ではなく、デュオ軍総司令、ドルトイです。どうかお見知りおきください。キヨネ山本特級航宙士」 「総司令ドルトイ……。覚えておくわ」 「それは光栄の至りです」 あくまでも慇懃な司令官であった。それにしても、ドルトイ……。何処カで聞いたような名だ。ジッと睨み合ったまま、キヨネは過去の記憶をまさぐって行く。ドルトイ……、そうだ!思い出した。かつて、ジュリアから聞いた名であった。アスランと別れてくれるようにと、高額の小切手を渡そうとしたゲリオール・ウッズマンの秘書だった男だ。あの直後、ジュリアは襲われた。あの事件に関りのある男が、ここにも一人いた。あの時は父親のゲリオールの秘書、今回は息子のアスランの副官。まるであの時と同じだ。今度こそ、負けられない。同じ悲劇を繰り返させてはならない。 「モルグ、ここは私たちの負けよ。諦めて帰りましょう」 「しかし……」 キヨネに促され、モルグは不平そうに口を歪めた。しかし、連邦法を盾に取られては手も足も出ない。車をバックさせるキヨネを恨めしげに睨んでいるだけであった。 戒厳令を楯に取られ、女王ライヤとの謁見を拒否されたキヨネは、アルディオンの塔を少し離れた所で、車を停止させた。 「おいっ、どうしてこんなとこで停まっるんだ? 銀河パトロール支部はまだだぞ」 何も言わず、車を停車させた特級航宙士に、モルグは不満げに尋ねた。ただでさえ門前払いをくらって不機嫌な彼は、一層苦虫を潰したような顔になっている。だが、美しい銀河パトロールは切れ長の視線をチラリと向けただけで、沈黙を守っていた。長いまつ毛の下では黒曜石の瞳が静かな光をたたえている。これは、彼女が何かを深く考えている時の表情だ。モルグは邪魔にならないよう、口を閉ざしたまま、瞑目した。どれほどの時間が経ったろう、不意にキヨネの動く気配がした。 「行くわよ」 「うむ」 モルグはパッと瞼を開き、黙って頷いた。キヨネは静かにキーを回し、車を発進させた。行き先は再びアルディオンの塔。だが、今回は正門を遠く避けた裏手の高い壁の横であった。降車した二人は、五メートルはある高い塀を見上げる。とても普通の人間に越えられる高さではない。 「おいっ、一体どうする気だ? こんな高い塀をよじ登るつもりか?」 遥か上方にある塀の天辺を見上げてモルグが不安げに尋ねた。 「そのつもりよ」 「へっ? オレたちはヤモリじゃねえんだぞ! こんな高い塀をどうやってのぼるってんだ?」 「デュオにはヤモリは生息していないわ。よく似たスコーンという爬虫類はいますけれどね」 キヨネはニコリともせず、ポケットから小さな箱を取り出した。モルグは黙ってそれを見つめる。と、彼女は手を差し上げ、側面に付いている小さなボタンの一つを押した。シュッと何か白い糸のような物が飛び出し、塀の頂上へへばりついた。 「なんだあ、それは?」 「Dr.真木の発明よ」 「げっ、あのマッド野郎の発明か? そんなもん使って大丈夫かよ?」 モルグが凄く嫌な顔をするのを見て、キヨネは苦笑した。真木の発明といえば、はた迷惑で有名であったのだ。果たして本当に役に立つのだろうか? 不審で一杯の表情であった。 「いくら私でも、Dr.真木の発明を何の試験もなしに使ったりはしないわ。銀河パトロールの技術部が慎重に検査をした品物よ。心配しないで」 説明を聞いて、ややホッとした顔のモルグであった。箱から飛び出した糸状のものは、二つに分かれ、中央に足掛けを持ったはしごへと変化した。これならばいとも簡単に塀をよじ登ることができるであろう。 「ほう、たまにはマッド野郎も役に立つものを発明するんだなあ」 それが感想であった。 ディーン峡谷、東にカルディア山、南にナリス山、西にドード山、そして北にゼルディザードに囲まれた盆地である。デュオの人々はかつて善神アルディオンを奉じて栄えたと呼ばれるカルディア山とともに、暗黒神ドードを奉り、メギトの炎と共に滅びた伝説を持つ東のドード山、美神ナリスがこよなく愛したという南のナリス山、そして遥か地獄ゲルへと繋がっているといわれるゲルディザート、それらはデュオの人々の信仰の対象となり、畏れられている禁断の聖地であった。 人々は伝説の神々をこよなく畏れ、決してこれらの聖地に近づこうとはしなかった。だが、禁断の聖地の一つ、ナリス山に、一つの異変が生じていた。美しく輝くナリス湖の辺に、幾人かの動く人間の姿が見られるのである。彼らは武装してはいたが、それがなんらかの軍隊ではないことは、各が異なった武器を携えていることで判断できた。年齢もまだ子供と思えるような少年から、白髭の老人まで様々であったし、男も女も混じっていた。中でも際だっていたのは、二メートルは越すであろう巨漢であった。彼の肩には、これまた細い体躯の老人が座っている。カルディア山鉱山の監士長ダンと暴動勃発の原因を作った例の老人の二人である。 「皆、準備はいいか?」 「おーっ! 全員、準備OKだぜ!」 ダンの問いに、前歯の欠けた男が銃を振り上げ、ニヤリと笑みを浮かべた。他の連中もそれぞれの武器を携え、威勢良く頷いている。 「では、ディーンに囚われている我らが同朋を救出に行くぞ! 作戦は判っているな?」 全員が頷くのを確認すると、ダンは自らの肩に座っている小柄な老人を振り返る。そして、彼が頷くのを見ると、再び人々の方へ視線を戻した。 「デュオ人を騙し、平気で殺し、娘たちを奴隷として売買して恥じない地球人を許すな! そして、ディーンで無理矢理働かされている同胞を助け出すんだ! それが善神アルディオンに選ばれ死 「虹の軍団』の指名だ! 我らが『青い虹』に栄光あれ!」 軍団に向かって拳を振り上げ、それを高く空へ突き出す。 「おーっ! 我らが『青い虹』に栄光あれ!」 「アルディオンの祝福を我が上に!」 「同朋を悪魔の手から救いだせ!」 「地球人を倒せ!」 人々の怒号が湖の空気を震撼させた。興奮した集団は己の武器を高々とかざし、地球人への復讐を誓っていた。そして、互いの肩を叩き、新たなる新世界設立への誓いを新たにしていた。 「ダン、いよいよだね」 「フッ、青い虹よ、怖くなったか?」 以外に若い少年のような声をした老人にダンがニヤリと笑みを向ける。だが、老人は怒った風も見せず、遠くを見つめるような視線を遥かアルカディアの方角へ向けた。 「まさか? そうじゃなくて、ワクワクしているんだ。やっとライヤを救い出せるんだ。あの金髪の悪魔からアルディオンの神子を僕たちの手に取り戻せるんだ」 「その通りだ。そして、我らデュオ人の本当の自由を勝取るのだ」 力強く語る巨人の上で、老人は深く頷いていた。本当の戦いはこれからだ。侵略者、地球人はデュオ人よりも遥かに優れた科学力を持った敵である。彼らに対抗するのは、もしかしたら無謀なことかも知れない。しかし、このまま侵略者の為すがままにされていては、いずれデュオは滅ぼされてしまうに違いない。そのようなこと決して許すわけには行かない。例え、わずかしか望みはなくても、自由のため、そして善神アルディオンの神子のため、戦うしかないのだ。 「先ず、ヤコブ隊はカルディア山へ向かい、東で集めたエルフォン(斑竜)を奴らの中へ暴走させる。エルフォンは興奮させると、向かうところ敵なしの巨大トカゲだ。間違いなく奴らは恐慌状態に陥る。同時にオレたち、本隊が西のドード山から狩り出したグリズドウ(巨大原生動物)を追い立てる。そうして更に恐慌状態に陥った兵士の目を盗んで、同胞を助け出すのは青い虹の仕事だ。みんな判ったか?」 ダンの問いに全員が勢いよく応える。そして、各の指揮官に従いバラバラと別れて行った。 神聖なる神の三山と死の砂漠に囲まれている盆地。かつては古き神の時代には、善神アルディオンと美神ナリスとの悲恋の舞台ともなった伝説の地であり、デュオ人の畏怖すべき聖地であるディーン。だが、今はそんな静かなる聖地には似つかわしくない無粋な武装した軍団に取り囲まれていた。彼らは明らかにデュオ人ではない。高度な科学力を示す武器を携え、揃いの軍服を着用していた。油断のない視線は、外からの攻撃というよりは、内側に向けられている。 厳しい囲いの中に視線を移すと、粗末な小屋が建てられ、内外に疲れ切った表情のデュオ人たちが使役を強いられていた。銃で厳重な監視を受けつつ奴隷たちが引き立てられて行くのは、花園である。盆地の中央で栽培されている美しい花々。その花弁はキラキラと黄金に輝き、さながら陽日に照り映える大海のようであった。だが、この美しき花が結ぶ種は、恐ろしい麻薬、木星麻薬の原料であった。少量を服用すれば、瞬く間に全身に活力が蘇り、恐怖も疲れも忘れて働くことができるようになる。だが、服用を続けると、肉体も精神も侵食され、最後は廃人となってしまう恐ろしい麻薬の原料なのである。また、この花は…… 「うわーっ!」 不意に、花園の傍で作業をしていたデュオ人の奴隷が悲鳴を上げた。ギクリと銃を向ける兵士。その眼に映ったのは、花園から伸びた蔓にからまれたデュオ人の姿であった。蔓は花園から次々と襲いかかり、ジリジリと中へ引きずり込もうとしていた。懸命に逃れようともがくが、蔓の力は強力で、からみつく数もも瞬く間に増え、全身を包み込んでしまった。 「ウォーリ、今助けてやるぞ!」 仲間を助けようと、デュオ人たちが手に手に棍棒や石を持って駆けつけた。だが、ウォーリと呼ばれたデュオ人はズルズルと花の海の中へと引きずり込まれて行く。これでは救助しようとしていたデュオ人たちでさえ危険だ。迂闊に近づけば、蔓が襲い、ウォーリと同じ運命に陥ってしまうのは目に見えていた。 「火だ! 誰か火を持ってこい! 花を燃やしてしまうんだ!」 誰かの叫びに応じ、数人のデュオ人たちがたき火の火を持って駆けつけてきた。 「よしっ、投げろ! 花を燃やしてしまうんだ!」 火を持った男たちが大きくバックスイングし、投げようと身構えた。 「止めんかーっ!」 怒声と共に、銃声が轟く。呆気に取られたデュオ人たちの目に映ったのは、銃を構えた兵士たちの姿であった。 「花を燃やすことは許さん! こうなったのは、あいつがぼやぼやしていたからだ。助ける必要などない」 「仲間を見殺しになんか……」 仲間を見殺しにすることはできないと、命令を無視して火を投げようとした男の胸に赤い花が咲いた。どっと崩れる身体。兵士の銃口からは白い煙が上がっていた。 「撃ちやがった……」 「撃ちやがった! ウォーリを助けようとした、ランドーを撃ちやがった!」 「このトンク(野豚)野郎!」 「この人でなしのルータン(毒亀)!」 奴隷たちの瞳に憎悪が燃え上がる。今まで虐げられていた者の怒りが仲間を殺されたことによって呼び起こされたのだ。誰も何も言わない。だが、誰もが手にしていた棍棒や石を握り直していた。激情の矛先は目の前の兵士に向けられている。平和だったデュオにウンカのごとく現れ、男たちは鉱山やここのような危険な花園で牛馬のようにこき使われ、女子供は奴隷として売られ、地球人の慰みものにされている。仲間の中には、怪しげな薬を飲まされ、一見元気になったように見えるが、わずかの間に身体と精神を侵食され、最後には世にも恐ろしい最後を迎えさせられている者も大勢いた。全ての現況は目の前にいる兵士と同じ地球人だ。彼らにとって地球人は憎むべき悪魔でしかなかった。 「なっ、なんだあきさまら……」 異様な雰囲気の奴隷たちに、兵士たちが鼻白む。今まで逆らうことなく従順であった奴隷が反感を剥き出しにしているのだ。たかが未開の星の住人と侮っていた連中だ。よもや暴動になどなるはずがない。まだ、兵士たちの心には余裕があった。 「とっとと作業に戻れ。言うことを聞かないか! 早くしろ!」 銃を撃った兵士がヒステリックに怒鳴る。だが一人として命令を聞く者はいなかった。 「悪魔め……」 不意に何者かの声。兵士はギクリとして声の主を捜した。しかし、何者かは判らない。全員が憤怒に満ちた紅の瞳をしていた。誰が言ったとしても納得できる状況である。 「いっ、言うことを聞け! 聞かぬと……うっ、撃つぞ!」 強張った顔で兵士が怒鳴る。緊張のため、顔色が青ざめていた。すでに花園の中に引きずり込まれたウォーリの姿は、覆い被さった黄金の花々によってすっかり見えなくなっていた。だがもう、そんな彼を返り見る者は誰もいない。ただひたすら目の前の敵を睨みつけているだけであった。 「ひっ! 近づくなーっ!」 ユラリとデュオ人の一人が動いた。ビクッと兵士は銃を構え直す。だが刹那、別の男が兵士に飛びかかっていた。 「倒せ! 地球人を殺せ!」 「ウォーリとランドーの仇を討つんだ!」 一斉に巻き起こるデュオ人たちの怒号! 同時に、ワーッと身近にいた兵士に飛びかかっていた。武器は棍棒と石ころだけ。だが、兵士に比べて、奴隷たちは圧倒的な数を誇っていた。一人の兵士に、五、六人のデュオ人が襲いかかる。懸命に銃で応戦しようとするが、倒しても、倒しても畏れを知らぬげに、襲い掛かってくる虐げられた人々。兵士たちの表情に恐怖が走った。滅茶苦茶に銃を乱射し、襲いかかってくる連中に浴びせかける。しかし、数で勝っているデュオ人たちは確実に兵士を倒して行った。 「戦車だ! 戦車で奴らを殲滅しろ!」 ついに指揮官が戦車の使用を命じた。たかが武器を持たぬ人間相手に戦車を繰り出さなくてはならないとは、数々の戦を戦い抜いてきた兵士にとっては屈辱的なこういであった。だが、たかが未開の星の住人、戦車の数台も見れば、おとなしくなるであろうと思われた。ドーン! ドーンドーン! と砲弾が炸裂した。同時に、巨大な鉄の塊が奴隷たちを踏みつぶそうと迫ってきた。 「うわーっ! 戦車だ! トンクめ、あんな物を持ち出しやがった!」 「気をつけろ! あいつに轢かれたら、一たまりもないぞ!」 「逃げろーーっ! 逃げろーっ!」 指揮官の思った通りであった。数発の砲弾を放っただけで、愚かなる未開の星の住人は蜘蛛の子を散らすように逃げ始めたのである。しかし、奴隷を逃がすわけには行かない。命令一下、再び元気を取り戻した兵士たちがデュオ人たちを取り囲んだ。やはり、ただの賎民、どれほどの数をたのもうと畏るるに足りなかったのだ。未開の星の住人に対する軽蔑と侮りが兵士たちの顔に戻っていた。巨大な鉄の箱はジリジリと奴隷たちを追い詰め、逃げ場を奪って行く。三方からは重戦車、そして背後には凶悪な悪魔の花園。追い詰められた人々は神の名を叫んでいた。 「善神アルディオン、我らを救いたまえ!」 「アルディオンの神子よ、今こそ奇跡を!」 もはや降伏することなど心中にはなかった。悪魔のような敵の手によって死ぬか、美しい黄金の海に飲まれるかであった。むざむざ敵に殺されるのならば、黄金の花々の餌に。人々の決意が実行に移されようとした瞬間、兵士の一人が何気なく東の山に向けられた。 「なっ、なんだ?あれは?」 悲鳴ともつかない絶叫を放った兵士の視線が捕らえたのは、もうもうと上がる砂煙と巨大な斑トカゲの群れであった。 「エルフォンだ! エルフォンがこちらに向かって突進してくるぞ!」 武器を携えている兵士たちですら驚愕で立ち尽くしていた。斑竜エルフォン、身長十メートルを越す巨大な体躯、背中に赤と黒の斑模様があり、その表皮は全身鱗におおわれていて、弾丸や剣などは軽く弾き返されてしまう。装甲車ですら一匹のエルフォンに潰されてしまったという逸話も密かにささやかれている、デュオ最強の大トカゲであった。ただの一匹ですら装甲車を破壊してしまうだけの獰猛な竜が群れをなして押し寄せてくるのだ、地球人の兵士でなくとも、恐れたに違いなかった。 「皆、避けるんだーっ! 踏み潰されてしまうぞーっ!」 呆然と立ち尽くしている兵士たちを尻目に、デュオ人たちの中から叫び声が上がる。彼らは、誰よりもエルフォンの恐ろしさを知り尽くしていたのだ。こんな時は逃げるしかない。 「まっ、待てーっ!」 恐慌の隙を突いて逃げ出そうとする奴隷たちに気づいた兵士が制止をかける。だが、そんな命令を聞く者は一人もいなかった。 「うわーっ! なんだ、あの化け物は?」 ふと脇見をした兵士が悲鳴を上げた。今度は一体何が? 懸命にエルフォンに向かって銃を発砲していた仲間がそちらを仰ぎ見た。途端、ヒョロリと延びてきた触手に捕らえられてしまった。グニョグニョしたゼリーのような生き物の本体から伸びる無数の触手が、次々と兵士たちを襲い始める。それはなんというおぞましい生き物であったろう。飲み込まれた兵士の姿は、半透明のゼリーの中で死の踊りを踊り狂っていた。顔は恐怖に引き攣り、やがてそれは醜く爛れて行き、筋肉が剥き出しになる。それも束の間で、すぐに骨だけになってしまった。だが、死のダンスは続けられ、不気味な骸骨だけがゼリーの中で踊り狂っている。これはドード山に生息するデュオの原生動物、グリズドーであった。 「ばっ、化け物ーっ!」 兵士たちは、迫りくるエルフォンの群れの恐怖を忘れ、ゼリー状の原生動物に向かって狂ったように銃を乱射した。だが、弾丸はブスブスとゼリーの中へめり込んで行くだけで、少しも相手にダメージを与えることができない。いや、むしろ相手を刺激したことにより、ヌメヌメした無数の触手に襲撃されてしまうという結果に終わるだけであった。 「さあ、皆、こっちだ!」 バラバラに逃げ出そうとしていたデュオ人たちに向かって手を振る老人の姿があった。 「僕は『青い虹』だ。僕を信じてこっちへくるんだ!」 老人の呼びかけに、デュオ人たちは素直に頷き、従った。すでに『青い虹』の噂は彼らの耳にまで達していたのだ。いつかは、助けにきてくれるはずの救世主。虐げられていた人々は歓喜と共に死の花園から脱走して行った。
第九章 革命への足音! ---了---
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