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デュオの青い虹 文:カメ仙人
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アルディオンの塔の最上階、最も奥まった豪奢な一室に、ライヤはまるで囚われ人のように閉じ込められていた。銃を持った衛兵が室の内外に大勢立ち、厳重に監視をしている。 「不穏分子がアルディオンの神子に危害を加えようとしている」 それが大義名分であった。しかし、デュオにおいて、善神アルディオンは絶対の信仰の対象であり、その神子を自称するライヤを傷つけようとする者がデュオ人の中にいるはずがないのだ。もしあるとすれば、それはライヤが偽者と知れた時だけである。ウッズマンにそそのかされ、惑星デュオの解放のために、人々を騙し、銀河連邦を騙し、愛しい幼馴染をも騙して、アルディオンの神子を演じた。全てはデュオのため、虐げられた同胞のためだと信じていた。自分さえ犠牲になれば、デュオは救われると信じ、アルディオンの神罰も堪える覚悟で、神子を演じる約束をしたのであった。それは美しい自己犠牲であった。 だが、本当にそうだったのであろうか? 苦しみに歪む少女の脳裏に浮かぶのは、豪奢な金髪を持つ美しい青年の姿であった。奴隷に売られようとした彼女を商人から高額で買い取って助けてくれた青年総督、ウッズマン。深い海の底を思わせる碧眼に見つめられると、逆らえられなくなってしまう。見つめられるだけで鼓動が早まり、頬が火照ってくる。まともに正視できないほどの恥ずかしさがこみ上げてくるのだ。しかし、その胸に抱かれると、何もかも忘れしがみついてしまう。一時でも、一分でも、一秒でも離れていたくない。そんな彼にそそのかされたから、アルディオンの神子になりすましたのではなかったのか? 美しい地球人に身も心も奪われ、嘘と知りつつ騙されたのではではないのか? 「そんなはずはない」 ライヤは大きく頭を振った。そんなはずはない。そんなはずはない。そんな……。でも、もしかしたら……。どんなに隠そうとしても、噂は耳に入ってくる。ウッズマンの悪い噂。解放されたと信じていたデュオであったが、いまだ家に戻らぬ者が多いという。解放され、戻ってきた男たちは僅かで、まだほとんどは行方不明のままだという。誘拐された女子供も、一部しか戻っていないという噂だ。ほとんどの人々はいまだ鉱山で働かされ、奴隷として売られているというのだ。ウッズマンは全員が家に戻ったと言った。そして、喜んだ人々は善神アルディオンの神殿を建設しているという。一体どちらが正しいのか? 噂か、ウッズマンか。ウッズマンが正しいのだと信じたい。あの美しい青年は、心までも美しいと信じたかった。でも、幼馴染のフェリオは…… 「ああーっ、フェリオ、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! あなたが迎えにきてくれた時、一緒に行っていたら、あなたは死ななくてよかったかも知れない。でも、私は行けなかった……。デュオを解放するために……。いえ、本当はウッズマンの傍を離れられなかったの……。ごめんなさい、フェリオ……」 狂おしいほどの葛藤が少女の中で激しく戦っていた。顔は苦痛に歪み、唇はワナワナと苦悩に震えていた。 「女王様、ライヤ様、一体どうしたのですか? お顔が真っ青でございますよ。医師をお呼びいたしましょうか?」 ただならぬライヤの様子に、侍女のミーシャが不安げに覗き込んでいる。 「だっ、大丈夫です。少し気分がすぐれないだけで……」 と、ライヤの言葉が途切れた。視線が入り口から入ってきた人間を捕らえたのだ。豪奢な金髪が太陽のように輝いている。碧の瞳は深い海のように美しい青年であった。 「アスラン! きてくれたのですね」 苦悩に沈んでいた少女の紅の瞳がパッと輝いた。蒼ざめていた頬にも、ポッと朱をさしたように赤みがともる。 「神子様、お久しぶりでございます」 青年大使は恭しく典雅な礼を行って見せる。それは計算し尽くされた美の結晶であった。少女の心からいままでの懊悩が一気に取り払われてしまうほどの優雅さである。 「アスラン、またそのような他人行儀な挨拶を……。どうしてもっと打ち解けてくれないのです? 私はただの……」 「女王ライヤ、それ以上は」 サッと差し伸べられた手が少女の華奢な手首を掴む。 そして、そっと唇に当てられた細い指。それ以上はしゃべってはならぬという静かな制止であった。室には彼らだけではなく、衛兵もいる、侍女のミーシャも。 「ごめんなさい、ウッズマン大使……」 「私のことはアスランとお呼びください、女王陛下」 「では、私のこともライヤと……」 「それはできません。独立惑星の女王様を呼び捨てなど。せめてライヤ様と」 「アスラン……」 少女は悲しげな瞳を青年に向ける。どうしても打ち解けてはくれない美しき青年大使。何故胸の内を理解してくれないの。いつも彼の姿だけを求めているというのに。豪奢な金髪も、深い海色の瞳も、薄く紅の唇も、細くて長い白魚のような指も……全てが愛しいというのに……。 「ライヤ様、今日は素晴らしい贈り物を持ってまいりましたよ」 「贈り物?」 「はい、その通りでございます。女王さまのご機嫌が一遍に治ってしまうような素晴らしい贈り物でございます」 「まあ、何かしら?」 無邪気な女の子の顔に戻ったライヤをウッズマンは唇の端を吊り上げて微笑んだ。そして、恭しい典雅な礼で入り口を指し示した。つられて視線を動かした少女の顔がパッと喜色に輝く。そこには懐かしい女の姿があった。ずっと会いたいと願っていた女性。この塔に連れてこられた時に勇気づけてくれた人。 「マーム! あなた、無事だったのね」 ある日、突然いなくなってしまって以来、行方が判らなくなっていた侍女であった。いなくなった日、中庭に血染めのショールを残していたとの噂を聞き、もうこの世にはいないものと思っていた。だが、目の前に無事な姿を見せてくれた。喜びが少女の身体を弾ませ、マームに抱きつかせていた。 「マーム、マーム、マーム! よかった、本当によかった!」 「神子様、ご心配をおかけしました。家族が急な病で、神子様に何もご挨拶ができなくて……」 「おおっ、マーム。いいのよ、いいの。こうやって無事な姿を見せてくれただけでいいの」 幼子のように泣きじゃくるライヤを中年のデュオ人の女は優しく抱く。唇には笑みを、だが心なしか目は遠くを見ているように、側で見ていたミーシャには感じられた。 神子の御前から下がったミーシャは、何か判らない違和感を先輩の侍女に感じていた。それは何処がどうとい言葉には表せないものであった。姿も声も以前と寸分違わない。だが、何かが違う。立ち居振る舞いも、言葉使いも、癖も、彼女が行方不明になる前と異なってはいない。しかし、何故かわざとらしさを感じてしまうのだ。きっと気のせいだとは思う。しかし…… 「マームさん、一体何処にいらっしたのですか? 神子様は本当に心配なさっておられたのですよ」 ミーシャは片づけものをしている先輩の侍女の背後から声をかけた。 「家族に不幸があったって言っただろう? それで、挨拶もせずに、出て行っちまったんだ。」 「でも……マームさんには家族はいないって以前に言ってたじゃないの?」 「……弟がいるんだよ。母親の違う。そんな恥かきっ子のことなんて家族とは認めてはいなかったから、家族はもういないって言ったんだよ」 「えっ……? 母親の違う弟? そうだったんですか……」 眼を大きく開いてミーシャは先輩の侍女を見つめた。そんな話、一度も聞いたことがない。恥じだというのなら、それも頷けるのだが……。しかし、マームがそんな異母姉弟を差別するような女性とは思えなかった。デュオの民の中でも、特に貧しい村から連れてこられた幼いミーシャにマームは本当に優しかった。 「善神アルディオンの御前に、貧富も貴賎も関係ないわ。アルディオンは全てのデュオ人に平等なのよ」 と、いつも慰めてくれていたのに……? どうして、半分とはいえ、血の繋がった弟をそんなに落としめるのだろう? 「まだ何か言いたいのかい? ったく、仕事もしないでくだらないことばかり聞いて。だから、スドラ村の出身の女は嫌いなんだよ」 額に筋を立てて、後輩の娘を睨みつける。ミーシャは唖然と見知っているはずの先輩侍女を見つめた。そんなことを言う人じゃなかった。この女は一体……? 「ごっ、ごめんなさい、マームさん。私、あなたが行方不明になって、とっても心配だったから……。それで、急に現れたから……。神子様があんなに喜んでおられたから……」 幼い少女は何が何だか判らなくなっていた。侍女の仲間の中では、比較的好きだった女性の変貌は何を意味するのだろう? 「何をわけの判らないことを言ってるんだい? ったく、だからデュオ人は……」 ピクリとミーシャの頬が痙攣した。 「だから、デュオ人は……」 とは、どういう意味? 自分もデュオ人のくせに、同星の人間を侮蔑するの? 少女はジッと穴の開くほど先輩侍女を見つめた。青い髪、紅の瞳、間違いなくデュオ人の特徴を備えた女性である。だが、髪の毛の色と艶には何かわざとらしいものがないか? 瞳の紅も、何処かガラスのようなよそよそしさがあるのは何故? 強張った顔でマームを見つめていた少女の顔がサッと蒼ざめた。まさか……まさか……そんなことが……。 「わっ、私、神子様に頼まれたことがあったのを忘れてたわ。はっ、早く行かなくちゃ! しっ、失礼します、マームさん」 クルリと背を向けたミーシャは逃げるように室を飛び出して行った。後に残された中年の侍女の視線は冷たく少女の後ろ姿を見つめている。 高い塀を乗り越えた二人の男女はサッと身構え、周囲に警戒の視線を送った。どうやら誰にも気づかれてはいないようだ。キヨネとモルグは互いの顔を見合わせ、ホッとため息をつく。そして、目の前にそそり立つアルディオンの塔に向かって、密やかに歩き始めた。二人は木の陰、建物のかげを幽鬼のように渡り、着実に近づいて行く。 「ふっ、もっと警戒が厳重かと思ったが、なんてことはないようだな」 モルグが周囲を見回し、軽蔑の笑みを浮かべた。そして、何気なく脇に立っている石像を触れようとした。 「動かないで!」 小さいが鋭い制止に、モルグはビクッと身体を堅くする。一体、何事と、不信げにキヨネを見た。銀河パトロールの特急航宙士は黙ったまま石像の中央を指差す。はっとして動かした視線の先に、何か光る物が写った。思わず飛び退いて、周囲を観察すると、真っ二つに切り裂かれたガウル(黒狼)の死骸が転がっていた。レーザー光線の発射口に違いない。どおりで警備兵の姿も、番犬の姿も見えないはずだ。全く油断も隙もない。 「おいっ、どうやって塔に侵入する気だ? これじゃあ近づけもしないぜ」 「慌てないで。レーザーにも隙間はあるわ。触れないように気をつけて歩けばいいのよ」 「ったって、どうやってその隙間を見つけるんだよ?」 不服そうに下唇を突き出した警部を苦笑すると、キヨネはポケットからゴーグルを取り出した。 「それは?」 「特殊スコープよ」これを着けていれば、レーザーも赤外線もはっきり見えるわ」 「まさか、それもDr.真木の発明か?」 「いえ、これは我が銀河パトロール技術班が開発した代物よ。心配はいらないわ」 あからさまにホッとした表情する星間警察の警部に、キヨネは笑いを殺してうつむく。どんな凶悪な犯人に対しても恐れを見せない警部であったが、真木の発明だけは苦手のようだ。キヨネはゴーグルを装着すると、用心深く進み始める。モルグはその後を忠実に追った。 まさか、まさか、まさか……。己の胸中に沸きあがった疑惑は、まだ幼い少女には堪えがたい恐怖としてのしかかってきた。こんな疑惑、誰が信じてくれよう? 見た目もソックリ、声も仕草も寸分違わない先輩侍女が偽者だなんて……。だが、あの眼、ガラス玉のように無機質な恐ろしさがあった。アレは一体何? ミーシャは恐ろしくて、恐ろしくて、室に戻ることができなかった。でも、いつまでも隠れているわけには行かない。もしも自分が室に戻っていないと判ったら、きっと正体がバレたと察知されてしまうに違いない。だが、だからといって、何者とも判らない女のいる室には戻れない。もしかしたら、マームを殺して、彼女に化けているのかも知れない相手なのだ。 「そうだ、神子様に……」 ただ一人、頼れる人がいるとしたら、善神アルディオンの神子、ライヤ女王だけしかいなかった。彼女なら、こんな話にも耳を傾けてくれるに違いない。何しろ、神に選ばれたお方なのだ。何もかもお見透しに違いない。と、少女の足はアルディオンの塔に向かいかけた。が、ふとその足が止まる。いや、神子様は何もご存知ない。だって、マームが再び姿を現わした時、心から無事を喜んでおられたのだ。もし、こんな疑惑を神子様にお伝えしたとしても、在らぬ疑いを先輩侍女に向けたとお怒りになられるかも知れない。そうなったら…… 「虹に会いに行こう」 少女の脳裏に浮かんだのは、最近噂に上っていた反乱の旗手。 「デュオの青い虹」 のことであった。神話にも出てくる英雄、青い虹は善神アルディオンの神子を守る英雄、その彼なら自分のような人間の言葉も聞いてくれるに違いない。そして、神子様を悪者から守ってくれるに違いない。そう想い当たると、ミーシャはクルリと踵を返した。 「あっ?!」 後ろを振り向いた途端、少女の身体が凍りついた。誰もいないと思っていた廊下に、何者かの気配を感じたからである。 「だっ、誰?」 小さな悲鳴のような声で尋ねる。だが、応えはない。ただ不気味な静けさだけが返ってくるだけであった。 「ひっ!」 不意に冷たい感触が喉元に当たり、飛び上がりそうになる。が、大声を上げようとした口に手が当てられてしまった。必死に逃れようともがくが、力強い手は、益々締め上げてくるだけであった。 「じたばたと動くんじゃあないよ。ジッとしてな」 はっとして、身体が凍りついた。この声、聞いたことがある。 「……」 ぐるりと首を回転させ、相手を確かめる。やはりそうか……。 「……」 絶望的に相手を見つめる少女の視線に、銀色に輝く鋭いナイフの切っ先が写る。そして、振り下ろされた。 元総督府、現アルディオン仮宮の裏庭に影が二つ、塔に向かって忍び寄っていた。一つは若く美しい女性。もう一つは中年のいかつい男であった。先に歩く女性は巧みに仕掛けられたレーザー光線を避けて塔へと近づいて行った。男は忠実に女の後を追いかけている。所々に転がっている切り裂かれた動物の死骸がレーザーの強力さをも物語っていた。 「おいっ、レーザーの茂みはまだ抜けないのかよう?」 「後、一メートル。それで終わりよ」 「ふっ、後一メートルか……」 中年の男、星間警察のモルグ警部があからさまに安堵のため息をついた。銀河パトロール、特級航宙士、キヨネ山本は、クスリと笑みをこぼす。いくら勇猛果敢な敏腕警部も、レーザーの仕掛けられた裏庭を突っ切るのは骨が折れたらしい。 「きゃーっ!」 「ん?」 不意に女の悲鳴が聞こえたような気がして、モルグが前方の特級航宙士を見た。彼女も聞こえたのか、鋭い視線を左右に走らせている。と、アルディオンの塔に隣接する建物の裏口当たりで何者かが争っている姿が目に入った。二人とも侍女のようだ。片や中年の女、もう一人は十二、三才ぐらいの女の子であった。一体何故? 二人は用心深く忍び寄ると、様子を探る。中年の女は少女の背後から口を抑え、何か光る物を喉元に押し当てていた。 「おいっ、あれはナイフだぜ」 「何か痴話げんかかしら……?」 「いや、そんな雰囲気はないぜ。どう見ても、あのオバハン、娘を殺そうとしとる」 「やっぱり、そう見える?」 「ここからじゃあ少し遠いぜ」 モルグが懐から銃を取り出し、狙いをつけた。 「まって、今銃を撃ったら、何のために忍び込んだかわからないわ」 「うっ……、そうか、そうだったな……。じゃあどうしろってんだ? あのまま、娘を見殺しにしろってか?」 「こっちを使って。レーザーなら音はしないわ」 「ちっ、レーザーかよ。こんなおもちゃじゃあ撃った気がしねえんだがなあ……」 キヨネからレーザー銃を受け取ったモルグは、ブツブツ文句を言いながら狙いを中年女のナイフに集中した。 グイグイと押し付けられる口に当てられた手、反対の手には鋭い銀光を放つナイフが握られていた。どうあがいても逃げられない。小さな少女は観念して目を閉じる。なんて短い生命だったのか。善神アルディオンの神子に仕え、奉仕してきた。美しい女王に魅了され、その優しさにもう一度魅せられて、使えることに無上の喜びを感じていた。そして、その敬愛する神子を騙している相手のことも告げられずに殺されてしまうのだけが無念であった。 「神子様……」 小さなミーシャの目から一筋、銀の糸が頬を伝った。 「ぎゃーっ!」 裏庭に女の絶叫が轟く。小さなミーシャの目が驚愕のために大きく見開かれた。ドロリと溶けたナイフの刃。怒りに満ちた女の顔が周囲をキョロキョロと見回す。そして、はたと停まった視線の先には、二人連れの地球人の姿があった。男の方にはレーザーが握られている。もう少しで少女に止めを刺せたのに……。女の口が怒りにワナワナと震えていた。それにしても、なんて銃の腕だろう。射手と自分たちとは優に五百メートルは離れていたはずだ。それなのに、きっちりとナイフだけを溶かすとは……。 「ぎゃーっ!」 再び女が悲鳴を上げた。二人の地球人に気を取られ、ミーシャの口を抑えていた手に油断があったのだ。そこを見逃さず、噛み付かれたのである。 「たっ、助けて! この人はマームさんじゃない! 偽者なの!」 相手が怯んだ隙をついて、ミーシャが飛び出した。そして、命の恩人に向かって駆け出そうとして、一瞬ためらう。助けてくれたのは地球人だ。もしかして、ウッズマンの仲間かも知れない。が、女の方の顔には見覚えがあった。たしか銀河パトロールのキヨネ山本とかいう名の女性だ。神子の幼馴染を助けたと聞いたことがある。彼女なら、同じ地球人でも、助けてくれるかも知れない。ミーシャは咄嗟に決断すると、一気に側へ駆け寄った。 「偽者?」 恩人の女の方が鋭い目つきになる。 「なっ、何を言い出すんだよ、この娘は? 私は間違いなく神子様の侍女のマームじゃあないの」 相手が地球人だと判ると、少々安堵したのか、女がうそぶく。だが、ミーシャは恩人の陰に隠れて身をすくめていた。そんな白々しい言い訳など通用はしない。実際に少女は殺されかけたのだから。 「助けてください! あの人はマームさんじゃありません。誰かが化けているんです。顔も声もソックリだけれど、偽者なんです」 ミーシャは必死で訴えた。本物ソックリに化けた偽者の侍女……。しかし、そんな魔法みたいな話を誰が信じてくれるだろうか? 「本物ソックリの偽者?」 二人の地球人がスッと目を細める。マームソックリの女は唇に卑屈な笑みを浮かべながら近づいてくる。ミーシャはギュッと手を握りしめ、女の影に身を隠していた。 「地球の刑事さん、どうかその娘を渡してくださいませ。その娘は、少し気が変になっているのですわ」 「この娘は病気ですの?」 「ええ、その通りなんです。見えない物が見えると言ったり、聞こえない音が聞こえると言って周囲を混乱させるのです。それに、気に入らない人間がいると、偽者だとか、悪魔が憑依しているとか喚いて私たちを困らせるのです。それで、医師に診せようとしていたところなんです」 娘が病気であると信じ込ませられそうだと踏んだ侍女はここぞとばかりに言いわけを始めた。ミーシャは蒼ざめ、キヨネにすがるような視線を送っている。もしも、マームの偽者の言うことを信じ、彼女の身柄を渡されてしまったら…… 「そう、病気ならしかたがないわね……」 中年女の唇に笑みが浮かぶ。ミーシャは絶望的にうなだれた。 「私、良い医師を知っていますの。そこへ連れて行きましょう」 「なっ……」 ニッコリと微笑む銀河パトロール特級航宙士の顔を呆然と侍女の偽者が見つめる。少女はパッと眼を輝かせて、顔を上げた。 「わっ、私、この地球の女(ひと)と病院に行きます!」 「そっ、そんなことは……」 「そう、良い娘(こ)ね。私が信頼のおける立派なお医者さんに診せてあげるから安心してね」 キヨネは嫣然と微笑んだ。そして、少女を促して去ろうとした。 「そうはさせない!」 三人が背を向けた途端、侍女が躍りかかる。手には、溶かされたナイフとは異なる、短剣が握られていた。狙いは間違うことなく、ミーシャの首筋である。キラリと一条の弧を描いて皮膚を切り裂いた。 「ぎゃーっ!」 恐ろしい悲鳴が夜気を震撼させる。少女の瞳は恐怖のため、大きく見開かれたまま微動もしない。キヨネは眉をキッと寄せ、少女の身体を庇うように抱きしめた。 「とうとう正体を現わしたな」 唇の片隅を歪め、モルグがニヤリと笑う。その手は、短剣を握った女の手首が握られていた。グイッと逆手に捻ると、ポロリと短剣が地面の上に落ちる。苦痛に歪む侍女の顔。キヨネの手がスッと伸び、青い髪に迫る。 「なっ、何をする?! 私の髪に触れるな!」 血相を変えたマームが怒気をはらんだ瞳でにらむ。だが、特級航宙士は歯牙にも止めぬ。白い指は無造作に髪を掴み、思いっきり引っ張った。 「ああーっ?!」 驚嘆の悲鳴がミーシャの口から飛び出す。侍女の見事な青い頭がズルリと抜けたのである。いや、抜けたのは髪だけであり、その下からは短い黒髪が逆立っていた。 「やっぱり、入れ替わっていたのね。いえ……もしかして、始めから地球人だったのかしら?」 「くっ……」 口惜しげに正体を暴かれた偽者は唇を噛む。どうやら、相手は髪だけでなく、顔にも変装マスクのような物をかぶっていたらしく、忠実な神子の侍女、マームのマスクが外れかかっていた。 「あなたの正体は何? ウッズマンの配下? アルディオンの神子の侍女に化けて、何を企んでいたの?」 キヨネは腕をねじ上げ、詰問する。だが、ソッポを向いたまま何も答えようとはしない。 「おいっ、こいつは男だぜ。ほれっ、胸に詰め物をしてやがる」 何か正体を知る証拠はないかと、侍女の身体を探っていたモルグが驚嘆の声を上げた。 「ちくしょーっ!」 不意に正体を知られてしまった偽者が、ねじ上げられていた腕を力任せに振る。信じられないほどの馬鹿力であった。油断していたわけではないにも関わらず、キヨネの身体はゴムマリのように跳ね飛ばされてしまった。なんという馬鹿力だろうか? 思わず疑惑が胸に沸く。 「この化け物め!」 モルグのレーザーが侍女の足を狙う。ナイフを一瞬にして溶かしてしまうほどの威力を持つ銃だ、瞬時に足は切断されてしまう。……はずであった。だが、ポッと黒い筋をつけただけで、勢いは止まらなかった。キヨネを弾き飛ばした後、今度はモルグに向かって突進してくる。鈎状に曲げられた指が喉を狙って突き出された。咄嗟にレーザーを投げ捨て、避けたが、スッと爪で傷つけられた喉に赤い糸が筋を引く。モルグは躊躇うことなく、目の前をかすめ、戻ってこようとする腕を掴み、逆手に捻り上げる。これで、相手は痛みに堪えかねて、動けなくなるはずであった。が、男は顔を顰めるでもなく、腕を動かそうと暴れる。 「無駄な抵抗だ。無茶をすると、肩が外れるぞ」 あまりにも激しい抵抗に、モルグが額に汗を浮かべながら言う。しかし、抵抗は収まるどころか、ますます激しさを増すばかりであった。しかたなく、全体重をかけ、動きを封じようとした。と、グキッと嫌な音がして肩関節が外れる。 「だから、言わんこっちゃない。肩が外れちまったじゃねえか」 モルグが舌打ちをして、腕を捻り上げていた力を緩める。 「うがーっ!」 途端、男の反対側の腕が跳ね上がり、モルグの身体を跳ね飛ばしてしまった。地面に転がる星間刑事。 「なんて奴だ?! 痛みを感じねえのか、手前は?」 驚愕の表情でモルグが立ち上がる。相手をと見れば、外された片腕はダランとぶら下がったままだ。男は外れた関節を治すでもなく、残された腕を伸ばして、突き進んでくる。 「こいつ、痛みを感じねえのか?!」 突進してくる侍女の腕を危うく避け、拳銃を懐からとりだした。先刻、ミーシャに噛み付かれた時は、人間並みに痛みを感じていたはずなのに、肩関節を外されても平気とは、今までは芝居をしていたということか? 「モルグ、だめ! 発砲したら、警備兵に気づかれてしまうわ」 「ちっ! 面倒な! なら、これでどうだ!」 咄嗟に銃身を返し、グリップを相手の肩口に叩きつける。グシャッと嫌な音がして、骨が砕けた。もはや両腕は使えない。もう戦意は喪失したはず…… 「ウググググググ……」 だが、両腕をブランとさせたまま、再び襲ってくる。腕がだめなら、足というわけだ。 「くっそーっ! こいつ、化け物か?!」 さすがの星間刑事も弱音を吐く。腕を失ってさえ、少しも戦意が衰えない。それどころか、益々激しく襲ってくるのだ。右、左と踵、膝、爪先が襲いかかってくる。それを紙一重でかわしながら敵の隙を突こうとする。だが、両腕を失っているにも関わらず、全くつけいる隙がない。それに、相手は痛みを感じない化け物ときていた。 「モルグ、どいて!」 「キヨネ?!」 攻撃を避けながら振り向いたモルグは唖然とした。なんとキヨネは、先刻、彼が投げ棄てたレーザーでこちらを狙っているのだ。 「おい、そいつは効果がない! さっきオレが試して……」 が、銀河パトロール、特級航宙士は少しも躊躇うことなく真っすぐに腕を伸ばして、トリガーに指をかける。侍女はキヨネの行動に気づき、阻止しようと突進を開始した。一瞬の閃光が閃き、光線が侍女の額を貫く。ポッカリと第三の目のように額に空洞が現れた。身体は慣性の法則によってそのまま突進を続け、やがてレーザーの林に突っ込んで行った。同時に無数の光の槍が侍女の身体を貫く。切り裂かれる衣装が燃え上がる。黒焦げになった皮膚の下から現れたのは金属製の機械であった。 「アンドロイドだ。これも、金髪野郎の仕業に違いねえ! それにしても、何故だ? そのレーザー、さっきオレが使った時は焦げ眼をつけるしかできなかった役立たずだったんだぜ? それが、なんでお前が使うと、こうもあっさりと額を貫けるんだ?」 「レイガンだって、美女には弱いのよ。むさくるしいオジサンに使われるより、私に使われる時の方がしっかりと働いてくれるのよ」 「お・ま・え・な・あーっ!」 おかしそうに笑うキヨネを睨みつけるモルグ警部。 「うふふ、嘘よ。レイガンの出力を最大にしたのよ。モルグに渡した時は出力は標準になっていたの」 「出力……?」 「やっぱり知らなかったのね。今でも、拳銃なんて古臭い武器を使ってるような人だから、もしかしてと思ったけれど……」 「ふん、ほっとけ! オレはレーザーなんて怪しげな武器、性に合わんのだ!」 「おーっほほほほほほほーっ!」 やっと助かった。小さなミーシャは、漫才にふけっている二人の地球人を呆然と見つめていた。 「ウガーッ!」 「何?!」 ホッと安堵した三人の耳が不気味な咆哮を捕らえ、ギョッとして振り返った。 「マームさん……」 ミーシャが思わず逃げ出そうとあとずさりする。たった今、レーザーの林に突っ込み、黒焦げ死体と化した侍女が起き上がろうとしていたのだ。キヨネとモルグが咄嗟に身構える。何としぶとい相手なのだろうか? 「ラ……イ……ヤ……」 ボロボロになった身体を持ち上げ、神子の名を絶叫する侍女。唖然と見つめる三人を無視してマームは駆け出した。行く先はアルディオンの塔。 「み……神子様が危ない!」 不意に塔に住む主を思い出したミーシャが後を追いかけた。 「行くわよ!」 「おうっ!」 一瞬送れてキヨネとモルグも走り出す。あの狂ったアンドロイドは一体何をしようとしているのか?不安が三人を突き上げていた。 何か胸騒ぎがする。背筋がザワザワするような、頭の中で警報が鳴り響いているような、不快さだ。一体何が起ころうとしているのであろうか? ライヤはベッドの天蓋をジッと見つめていた。夜気がフワリと天蓋のカーテンを揺らす。窓は閉めたはずなのに……? 訝しげに半身を起し、視線を窓に向けた。開いている。でも、何故? 夕べ眠る前、侍女マームが夜気は身体に悪いからと言って、閉めてくれたはずなのに……。冷や汗が背中を伝う。と、青白い手が窓の外に現れた。 「だっ、誰?」 少女王の目が大きく見開かれ、窓を凝視する。手は、窓枠を掴みグイッと指が食い込んだ。やがて、もう一つ手が現れ、窓枠を掴む。何者かが壁を伝い、この部屋へ忍び込もうとしているのであった。女王と呼ばれても、ライヤは一介のデュオ人の娘。侵入者の存在に気づいても、ただひたすら怯えるだけしかできなかった。 「……誰か助けて……」 言葉にならない悲鳴がライヤの喉元で詰まる。怖い! 怖い! 怖い! 誰でもいい、誰か助けて! 侍女たちは何をしている? 警備兵は? どうしてウッズマンはここにいない? 言い知れぬ恐怖で身体が竦みあがり、歯がガチガチと震えた。 しかし、視線は窓にかかった青白い手から離すことができない。シーツを握る手に力がこもる。やがて焼け焦げた頭部が暗闇の中に浮かび上がった。乱れた黒髪、死人のような土色の顔の中央には、ポカリと焼け焦げた空洞が開いていた。 「ひっ!」 あまりのおぞましさにライヤが悲鳴を上げる。 「ラ……イ……ヤ……様……」 ノロノロとした動きで窓枠をはい登ってきた侵入者がぎこちなく口を動かした。何処かで聞いたことのある声音。もしやと、幽鬼のような侵入者の顔を見つめ直す。 「マッ……マーム……なの……?」 なんと変わり果てた姿であろう。全身が焼け焦げ、切り刻まれてはいたが、確かにライヤの侍女マームであった。 「どうして、そんな姿に……」 驚愕のあまりライヤがベッドから転がり落ちた。侍女はギクシャクと近づいてくる。そして、操り人形でもあるかのような不自然な動きで腕を伸ばしてくる。何かが変だ。ライヤは腕を避けるようにジリジリと後ず去った。だが、すぐにベッドに突き当たり、それ以上下がれなくなる。 「ラ……イ……ヤ……さ……ま……」 ニッとマームの唇が半月に開き、おぞましい笑みを浮かべる。口端からは赤い血が筋を引いて流れ落ちていた。ポッカリと開いた瞳は空虚で何も観てはいない。だが、手はライヤの首筋を狙って伸びてくる。 「いやああああーっ!」 思わず手を払いのけようとつかんでいたシーツを相手に向かって投げつけた。一瞬、ひるむマーム。その隙をついて、四つん這いになって床を這って行こうとした。だが、グイッと足首を捕まれ、引き戻された。 「たっ……助けて……」 「ラ……イ……ヤ……」 カタカタとぎこちなく顎が上下する。目には全く生気がない。顔の表情はまるで人形のようだ。ただ、グイグイとライヤを引き寄せる腕だけが力を感じさせた。侍女マームは、己の主人を手元に引き寄せ、愛ししげに抱きしめようとする。 「いや! 止めて!」 あまりの不気味さに、思わずマームの顔を払う。侍女は、それを避けようともせず顔面で受けた。その時、黒焦げになった頭がズルリと外れる。中から現れたのは彼女の全く知らない金属質の顔であった。ピカピカと点滅する両眼。鼻腔は不可解な機械仕掛けの空洞を形成し、顎は鋭い牙のような歯列が並んでいる。一体何物? 問おうと口を開きかけた時、黒焦げの指が細い少女の首にかかった。グイグイと締めつけてくる指の圧迫に呼吸が苦しくなる。このまま殺されてしまうのか? もしかしたら、これが善神アルディオンの裁きなのかも知れない。神の言葉など聞いてもいない自分が、神の神子を名乗り、デュオを治めようとした罪を神が死刑を宣告したのかも知れない。同朋騙し、幼馴染さえも偽った自分に対する、これが神の裁きならば、甘んじて受けよう。幼い少女はふっと全身の力を抜いた。 「フェリオ……ごめんなさい……」 声にならない声がライヤの口からこぼれ落ちた。いつかはこんな日がくると覚悟はしていた。ただ心残りなのは、同い年の少年であった。命がけで地球人に誘拐された自分を助けにきてくれたのに、裏切ってしまった。デュオを解放するためと自分自身を偽り、美貌の地球人の言いなりにアルディオンの神子を称してしまった。そうと知った時の、怒りと悲しみに満ちた瞳を忘れることができない。謝りたかった。いつかは真実を告げて、昔のように笑いあいたかった。だが、それはもうできない。フェリオは鉱山の事故で死んでしまったのだ。 「フェリオ……もうすぐ会えるわ……」 もう、誰も騙さなくていい。これで、ただの女の子に戻れる。アルディオンの神子でもない。デュオの女王でも、ウッズマンの傀儡でもない、普通の女の子だ。苦痛に満ちた少女の口元に笑みが浮かんだ。 不吉な予感に小さな少女が神殿を駈ける。敬愛する善神アルディオンの神子に何かが起こっているかも知れない。逸る心を抑え切れず、ミーシャはアルディオンの塔の回廊を駈けた。後を追うのは二人の地球人、銀河パトロール特級航宙士キヨネ山本と、星間警察モルグ警部である。エレベーターの到着するのも待ち遠しく、足を踏み鳴らす。やっと女王室の前にたどり着いた時は、かなり呼吸も乱れていた。 「神子様! 神子様! ご無事でしょうか?」 入り口で安否を尋ねる。だが、変じは戻ってはこなかった。益々、不安が高まって行く。もちろん、こんな深夜だ、もしかしたら眠っているのかも知れない。しかし、どうしても嫌な胸騒ぎが収まらなかった。 「神子様、ご無礼をお許しください!」 叱咤を覚悟の上でドアを押し開く。 「きゃーっ!」 途端、少女の口から悲鳴が迸り出た。中へ飛び込んだ瞬間、目に入ったのは黒焦げの死体。そして、グッタリとしたライヤの身体を抱く黄金の髪の青年大使、ウッズマンであった。青年大使の片手にはブラスターが握られ、少女王の首筋にはクッキリと圧迫痕が残っている。 「ウッズマン、ライヤを絞め殺したのか?!」 思わず、モルグが銃を握り締めた。何の関わりもない少女を神子に仕立て、デュオを解放すると称して惑星を独立させ、ついには邪魔になり殺したのか? 許せない。いたいけな少女を己の野望のために利用し、邪魔になった途端、殺してしまうとは……。 「私ではない。そこに転がっているアンドロイドがライヤを殺そうとしていた。だから、私がブラスターで破壊したのだ」 「アンドロイド……?」 転がっている黒焦げ死体をチラッと観察する。 「モルグ、変わり果てた姿にはなっているけれど、これは間違いなくさっきの……」 「マームさん……」 三人は唖然と動かなくなった侍女に化けていたアンドロイドの残骸を見つめた。 「どういうことだ? そのアンドロイドを神子の傍に置いたのは貴様ではないのか? いや、そいつだけじゃない。地球人をデュオ人に化けさせ、デュオ人をコントロールしていたのだろう? 今さら、何故その少女を助けた? 殺して、その侍女と同じように偽者のアンドロイドを仕立てればよいものを」 モルグが興奮のあまり次々と質問を発した。キヨネは思わず頭を抱える。まだ何も確固とした証を掴んでいるわけではない。ただ心象だけの疑惑だ。もう少し証拠を集めてから突きつけようとしていたキヨネの計画がおじゃんになってしまった。 「ふっ……、なかなか面白いことを言う警部さんだ」 秀麗な唇に皮肉な笑みが浮かぶ。ウッズマンは、ライヤの身体をそっと寝台の上に降ろすと、ついとモルグに向かい直った。右手に握られているブラスターの銃口はピタリと頭を狙っている。ハッと緊張する星間警察警部。だが、金髪の美青年は、スルリとブラスターを胸のポケットに収めた。ホッと己の銃を降ろすモルグ。 「私は、仮にも連邦から派遣された大使ですよ。そのような誹謗中傷を言われるのなら、何かちゃんとした証拠があるのでしょうね」 静かな問いが、形の良い唇から流れ出る。長い睫毛に縁取られた碧眼には畏れは全く見られない。むしろ、面白がっているようにさえ見えた。完全に己自身の計画に確信があるのであろう。 「しょっ、証拠はきっと見つけてやる! 首を洗って待ってろ!」 「いいでしょう。しかし、あまり長くは待てませんよ。もうじき私は連邦大使を辞任します。そして、デュオ宰相に正式に就任いたしますので」 「なっ……」 全員が絶句する。もちろん大使を辞任するということに驚愕したわけではない。その後語られた”宰相就任”の言葉に驚愕したのである。正式なデュオ宰相ともなれば銀河パトロール、星間警察といえど迂闊には手を出せなくなってしまうのだ。連邦大使であれば、まだ連邦政府の一 官僚にすぎない。だが、独立惑星の宰相ともなれば、例え明らかな証拠を示したとしても、デュオ政府の承認なしに逮捕も処分もできなくなってしまうのだ。それどころか…… 「どうやら名実共にデュオの支配権を手に入れたというわけね」 キヨネが冷たい視線を向ける。だがウッズマンは更に冷たい視線で応じた。 「そんなことより、戒厳令の中、神殿に不法侵入するとは、違法行為とは言わないのかねキヨネ山本特級航宙士?」 「そうとも言うわね」 「では、早々に神殿から退去していただこうか」 「ちっ、忌々しい金髪の悪魔め! 覚えていやがれ、きっと貴様の尻尾を掴んでやるからな! 行こうぜ、キヨネ」 モルグは吐き棄てるように言うと、キヨネの腕を揺すった。 「待って」 不承不承頷き、出て行こうとした二人の背後から声がする。弱々しいが、はっきりとした声音だ。 「神子様!」 呆然とことの成り行きを見守っていたミーシャが弾かれたように寝台に駆け寄る。いつの間にか正気を取り戻したライヤが身体を起そうとしていた。それを小さな少女が支える。 「キヨネさん、何か私にお話があってこられたのでしょう? どうか……それを……話してください」 躊躇いがちにライヤが問う。言葉は切れ切れであったが、視線は真っすぐにキヨネに向けられていた。不思議と迷いは見られない。今までの彼女に見られた怯えや戸惑いのようなものが消失していたのだ。姿も声も元の”善神アルディオンの神子”ライヤであった。だが、何処かが違う。この違和感は何なのだろう? 「デュオ女王陛下、勝手に神殿内に侵入しましたご無礼をお許しください」 キヨネが深々と元首に対する礼をとった。モルグは唖然と見つめている。 「よろしくてよ、キヨネさん。あなたは私たちデュオ人のためによかれとおいでになられたのでしょう? 是非とも、お話を聞かせてください」 ライヤは嫣然と唇に笑みを浮かべた。たった今、殺されそうになった少女とは思えない落ち着いた物腰である。 「……ライヤ陛下……」 思わず息を呑んでしまった。こんな話し方をする少女ではなかったはずだ。もっと、気弱で、頼りなげな、可憐な雰囲気を持つ少女だった。しかしいま、目の前にいる少女は違う。まるで生まれながらの女王だ。何が彼女をこんな風に変えてしまったのか? 「女王陛下、デュオは独立したとはいえ、いまだ完全に解放されたとは言えない状態であります。いいえ、むしろ悪が地下に潜ってしまったため、以前よりもデュオの人たちの不安と不満は深刻になっているとさえ言える状態であります」 「独立前よりも悪い状態になって……?」 ライヤの瞳が大きく見開かれた。地球人の横暴を抑えるため、デュオの人々の自由と権利のため、己を偽り、幼馴染を騙して、青春も愛も、恋も諦めて神子となったというのに、それが全て無駄だったと言うのか? それでは、何故、フェリオは死ななくてはならなかった? 自分は神を偽り、全ての罪を受け入れなくてはならなかった? 「そっ、そんなはずはありません! デュオからほとんどの地球人は去ってしまったではありませんか?! この神殿にだって地球人はウッズマンとあなた方しかおりません。もしも、デュオが以前よりも悪くなったとしたら、それはデュオ人自身の罪。ならば、わたくしたちデュオ人自身で解決すれば良いことです。決して以前よりも悪くなったとは言えません」 「本当に地球人がデュオから退星しているのでしたら」 「本当に退星していたら……?」 サッと蒼ざめるライヤ。キヨネは堅く口を閉ざしたまま金髪の大使をチラと見た。やがて視線を戻すと、静かに礼をとる。 「陛下を襲ったもの。あれは精巧なアンドロイド、つまりは機械人形です。そのような物、デュオの科学力で作ることができますか?」 「機械人形……? そのような物、かつてデュオ人が作ったという話は聞いたことがありませんが……」 「地球人には作ることができます」 「……」 「陛下の侍女マームに化けておりました、このアンドロイドですが、陛下を襲おうとした直前、そこの可愛らしい少女を殺そうとしておりました」 「えっ?」 ライヤは弾かれたように、傍らに寄り添う小さな少女を見た。 「その通りでございます、神子様。わたしがマームさんの様子がおかしいと感づいたため、殺そうとしたのでございます。本当に危ういところでした。首をこう絞められて……」 ミーシャは自分の手で自分の首を絞めて見せる。ライヤは、己自身もたった今、同じように殺されようとしたことを思い出し、ブルッと身体を震わせた。 「もうだめかと思いました。それを助けてくださったのが、このお二人です。でも、まさかマームさんが、こんな化け物になっていたなんて……」 少女は恐ろしげに黒焦げの機械人形を見つめた。 「お判りいただけますか? デュオはまだ本当には解放などされてはおりません。まだ地球人の手の内にあるのです。恐らくは、デュオ人だけと思われている神殿兵士の中にも地球人が多く紛れ込んでいるものと思われます。いえ、本当に人間ならばまだしも、マームのように機械人形もいるかもしれません」 「……マームのような機械人形がまだ潜んでいると?」 「間違いなく」 きっぱりとキヨネは言い切った。考えてもみなかった事実である。すっかり憎い地球人は退星してしまったと信じていたのに、いまだに多くが残っているとは。そんな馬鹿なことがと、否定してしまいたい。だが、実際に偽マームという証拠を見せ付けられては、反論のしようがなかった。
第十章 ライヤに忍び寄る魔手! ---了---
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古の神都アルカディータがあったと言われる禁断の山、カルディア山。そこはデュオの民が畏れ、崇拝してやまない聖地であった。だが、畏れを知らない地球人は、デュオ人を非道な手段で集め、希少金属の採掘を強要させていた。それは非合法的な鉱山であり、働かされていたデュオ人たちは、囚人よりも奴隷よりも惨い労働を課せられていた。そして、それに気づいた銀河パトロールが強制捜査をしようとした矢先、爆破されてしまった。残されたのは、無残に破壊された鉱山のみである。もはや何者の姿も、この聖地にはない。いや、ないはずであった。 だが、その廃坑の反対側に当たるディーン峡谷に向かう山麓に蠢く人影がある。地球人ではない。それは純然たるデュオ人であった。男、それも酷く老いぼれた白髪の老人のように見える。だが、足取りは意外に軽やかで、皺だらけの顔をしているにも関わらず、長い長衣からはみ出した首、手足ははち切れそうな若さに溢れていた。一体、この老人は何者であろうか?もしも、最初の反乱が起こった広場にいた者がここにいたならば、その反乱のきっかけを作った謎の老人であることが判ったであろう。また、ディーン峡谷の木星麻薬の栽培場に現れた”デュオの青い虹”と名乗った老人だとも。彼は注意深く周囲を見回すと、蔓草に覆われた崖の前に立った。そして、不意に姿を消す。いや、消えたように見えたのは錯覚で、草に隠されていた洞窟の中へ身体を滑り込ませたのであった。 「遅いぞ!」 暗闇に慣れていない老人は、いきなり話しかけられ、ドキリと立ち止まった。やがて慣れてきた目が二メートルを越す巨人の黒い姿を捕らえ、ホッとため息をつく。 「ダンか、脅かすなよ」 ニヤリと老人が笑みを浮かべた。現れたのはダン、かつてこの山にあった隠し鉱山の監視長であった男である。 「準備は出来てるの?」 「完了だ。後は”青い虹”の命令を待つばかりだ」 「判った」 老人は大きく頷く。大男はクルリと背を向け、奥へと歩いて行った。老人も後に続く。ほどなく二人は洞窟の大きく開けた場所に出た。中央には大きな篝火が灯され、周囲を何十人ものデュオ人の男たちが取り巻いていた。全員が武装している。ダンと老人が入って来ると、一斉に視線が向けられた。 「虹よ、待ちかねたぞ」 神殿兵士姿の男、ハルクが分厚い掌を老人の肩の上に乗せる。 「そうだ、待ちかねたぞ。早く出撃の命令を出してくれ」 銃と大剣で武装した兵士、バーンが不敵な笑みを浮かべた。全員が全員、闘いの予感に興奮し、全身から闘志をたぎらせていた。 「みんな……」 ギュッと唇を噛み、一同を見回す。誰もが彼の命令を待っていた。 「本当にいいの?アルカディアを攻撃するってことは、敵の本拠地を攻めるってことだよ。それは、地球人だけじゃなくて、善神アルディオンの神子を信じる人たちをも敵に回して戦うってことだ。もし勝つことが出来ても、アルディオンに対する背信者として罰せられるかも知れないんだ。それでも……?」 老人は苦い物を噛み潰すような表情で戦おうとする戦士を見つめた。 「アルディオンは正義の神だ。決して悪者を許しはしない。そして、善き者を罰することもしない」 ダンが力強く断言した。他の者もしっかりと頷く。 「オレたちは、お前が気に入ってんだよ。地球人の傀儡にされた幼馴染を助けたいって一人で立ち向かおうとする、無鉄砲な奴がな」 「バーンさん……」 「おうっ、その通りだぜ、フェリオ!もう、その不細工な爺(じじい)のマスクなんか脱いじまえ!」 ハルクがガッと老人の顔面に巨大な手を押し当て、引きちぎるように顔の皮をむしり取った。下から現れたのは、まだ幼い少年の顔。たった一人でライヤを助けようと総督府に乗り込んだ少年。そして、カルディア山の隠し鉱山で死んだと思われていたフェリオであった。 あの時、フェリオはカルディア鉱山の監視の妄執の餌食になろうとしていた。なんとか逃れようと、思わず手に触れたレーザーソードのボタンを押した。途端、迸り出る閃光。次の瞬間には、監視の首から上は消失していた。初めて殺人を犯してしまった少年は呆然と座り込んだ。だが、隣室のドルベ爺さんに励まされ、レーザーソードで隣室への壁を溶かす。そして、爺さんたちが密かに作った抜け穴の存在を知った。共に逃亡しようとしたその時、穴に飛び込もうとしたフェリオの身体が凍りつく。二メートルを越す巨漢の監視長がドアの前に立ちはだかっていたのだ。おまけに、手にはエルフォン(斑竜)をも倒せるような大剣が握られている。 「畜生!」 フェリオはレーザーソードを敵に向ける。同時に指をボタンの上に乗せた。だが、ボタンを押そうとするよりも早く、ダンの大剣がソードを叩き落としていた。 「くそーっ!」 痺れる右手を庇いながらも、フェリオは大男の監視長に躍りかかる。が、軽くいなされ、逆手に腕をねじ上げられてしまった。 「殺せ!僕は命なんか惜しくなんかない!地球人の奴隷にされるぐらいなら死んだ方がましだーっ!」 もう、何もかも絶望的であった。監視長の大剣は暴れる少年の頭上へと落ちて行く。思わずフェリオは目を閉じた。 「……」 観念して閉じた目を上目づかいに開ける。目の前には大剣の刃がピタリと停止していた。 「動くな。動けば刃がお前の顔を切り裂く」 「殺せ!どうせ生きてたってしかたがないんだ」 途端、巨大な拳が少年の頬にめり込んだ。 「ウワーッ!」 吹っ飛ぶ身体。起き上がろうとする肩にブーツの踵が落ちてくる。身動きできなくなったフェリオはグッと憎しみのこもった瞳を向けた。 「生きていて仕方が無い命などこの世には存在しない!」 燃えるような咆哮が大男の口から迸り出た。ビクリと身体を凍りつかせる一同。フェリオも大きく目を見開いたまま動けずにいた。 「ダン、そう子供にムキになるなよ。気持ちは解るがのう」 更に拳を叩き付けようとした大男の腕を老人が抑えた。 「ドルベ爺」 監視長ダンはスッと目をすぼめると、肩からふっと力を抜き、踵をフェリオの肩から退けた。 「フェリオ、大丈夫か?」 ドルベの問いに少年は黙って頷いた。だが、目は用心深く大男を睨んでいる。ゆっくりと起き上がり、肩に付着した踵の痕を手で払う。 「ガルスのクソ野郎、死にやがったのか」 チラと首のない骸に視線をやり、ダンが唾を吐いた。 「ああ、この坊やに淫行しようとして、逆に殺られちまったんだ。馬鹿な男だ。悪神ドードの下僕に成り下がりやがって。殺されて当然の男だ」 「だが、放ってはおけん。監視を殺したとなると、地球の奴らの思うままだ。何しろ“アルディオンの神子”の命令で密かにフェリオを殺せと言ってきたんだからな」 「なっ……」 放心して立っていたフェリオの顔に驚愕が走る。やはりガルスの言っていたことは本当だったのか。ライヤが幼馴染の自分を殺せと命令したのだとガルスに聞かされた時は、もしかして何かの間違いかも知れないと僅かな願いをかけていた。だが、監視長であるダンも同じことを言っている。それでは、やはり本当に…… 「小僧、何故だ?アルディオンの神子が何故お前のような子供の命を欲しがる?」 ダンの問いに室内の視線がフェリオに注がれた。皆、好奇の表情になっている。アルディオンの神子、それは惑星デュオを地球人の手から解放し、独立させた女王のこと。信心深いデュオの住民は、諸手を挙げて神子を崇拝している。そんな神子が何故に、こんな子供を殺そうというのか、理解できないのだ。 「僕だって判らないよ。ライヤとは幼馴染で、いつも一緒だったのに……。地球人に誘拐されて、命がけで助けに行ったのに……。やっと見つけた時、ライヤは“善神アルディオンの神子”になっていた。アルディオンの声を聞いたって。『金髪の地球人と共にデュオを解放しろ』と神のお告げを聞いたって言うんだ……。僕には信じられない。ライヤはきれいな娘(こ)で本当に優しかった。でも、普通の女の子だった。アルディオンの声を聞くような特別な娘じゃなかったんだ。それなのに……」 「神子の幼馴染か……」 厳しい顔でドルベが腕を組んだ。ダンも同じように固い表情で何かを考えているようだ。 「なるほどな」 「うむ」 ドルベとダンが納得したように頷いた。だが、フェリオには判らない。二人は何が判ったというのだ? 「つまり、アルディオンの神子の正体を知っている幼馴染が邪魔だったということだ」 「正体?」 フェリオは聞き返したが、答えは返ってはこなかった。 「とにかく、このままではフェリオは殺されてしまう」 「うむ」 ドルベに肩を押され、フェリオは室の片隅に掘られた穴へと歩かされた。 「オレも一緒に行こう」 全員が穴に入り、最後に残されたダンが後に続いた。もしも追っ手がかかった時のためにしんがりを努めるつもりだったのだ。だが、その心配は杞憂に過ぎなかった。地下道を抜けて行く間、誰も追ってくる者はいなかった。 無事に外へ出た時、外は満天の星空であった。一体何日ぶりの星空であろうか。フェリオは思わず天空に瞬いている星の群れを見つめた。誘拐され、鉱山に連れてこられた時、必ず脱走して、ライヤを助けに行くと堅く心に誓っていた。何よりも大切な幼馴染を助けたい。その一心で懸命に重い荷物を運び、鞭を耐えてきた。だが、そんな幼馴染に裏切られたと知った時、自由を取り戻した。一体何のために苦しみを耐えてきたのだろう。少年の心には、自由になれたという喜びよりも、虚しさだけが大きく広がるばかりだった。 「どうしたフェリオ?しょ僕れた顔をして?やっと自由になれたんだぞ!やっと、お前の幼馴染を助けに行くことが出来るんだぞ!」 訝るようにドルベが少年の肩を叩く。しかし、俯いたまま返事は返ってこない。 「自由になったって……」 不意に顔を上げたフェリオが大きく頭を振る。もう何もかも虚しい。生きていることさえ煩わしく思えるのだ。こんな思いをするくらいなら、ガルスに殺されていた方がマシだったとさえ思えた。 「小僧!何を甘えていやがる!もう一度殴られたいのか?ええっ?!」 大男の手が襟首を掴み、フェリオの身体を吊り上げた。ジタバタともがくがダンの手は容赦がない。喉が詰まり、呼吸が苦しくなる。顔が真っ赤に紅潮し、目が充血してきた。意識がボーッとなり始めた頃、ようやく解放された。 「お前の幼馴染、ライヤという娘は、そんなにつまらない女なのか?人々を誑かし、わざわざ敵地に乗り込んでまで助けようとした幼馴染を平気で殺そうとするような冷酷で身勝手な人間なのか?」 燃えるようなルビーの眼がフェリオの心臓を貫いた。 「ちっ、違う!ライヤはそんな娘(こ)じゃない!誰かが傷つくよりも自分が傷つくことを望むような娘(こ)なんだ!例え自分が死にそうにお腹が空いていても、ニッコリと微笑んで最後の食べ物を上げちゃうような優しい人なんだ。絶対に冷酷でも身勝手でもない!」 言葉が勝手に口をついて出ていた。同時に大好きだった少女との思い出が心の中に蘇る。子供の頃、転んで怪我をしたフェリオを見て、自分が怪我したみたいに大声で泣いた少女。お蔭でフェリオは怪我の痛みを忘れてライヤを慰めたのだった。いたずらをして叱られ、食事をもらえず、外に放り出された彼に、自分の食べ物を我慢して持ってきてくれた優しい少女。悪い奴から護ってやるって言っていたくせに、本当はいつもライヤに護られていた。そんな思い出が次々と溢れ出すのである。 「ふっ、判ってるじゃねえか」 「えっ?」 「お前、ずっと一緒だった恋人と、地球人の言ったことのどちらを信じるんだ?」 「そっ、それは……」 「確かに、オレはお前を連れてきたトルク(赤カエル)のような地球人から『アルディオンの神子が殺せと命令した。』と聞かされた。だが、それはあくまでも地球人が言った言葉だ。本当に神子がそう言ったかどうかは判らないんだぞ」 「そうかーっ!そうだよ。ライヤが僕を殺せだなんて命令するはずない!きっとあの金髪の地球人が命令したんだ!そうだ、間違いない!ライヤ、待ってて、きっと助けてやるからな!」 今までシュンとしていた少年が突如、目を輝かせて叫ぶ。何故、今まで気づかなかったのだろう。ライヤが変わるはずない。あの優しい少女が自己保身のために他人を殺せと命令なんかしてたまるものか。絶対に、あの金髪の悪魔の差し金だ。間違いない。沈んでいた気持ちが闘士に変わった。絶対に悪魔の手から、大切な幼馴染を助けてやるんだ。 「ほほーっ!途端に元気になりよって。いいのう、若者は……」 「ふん!」 そんなフェリオをドルベとダンはそれぞれの思惑で見つめていた。 鉱山から逃げ出したフェリオたちは、密かにカルディア山を越え、反対側のディン峡谷に落ちのびた。驚いたことに、そこには多くの脱走者が隠れ潜んでいた。フェリオと同じくカルディア山の鉱山で無理矢理働かされていた者、峡谷の向こう側に密かに作られた麻薬の栽培場から逃げ出してきた者、ナリス山の秘密工場で怪しげな物を作らされていた者もいた。中には、ライヤの時と同じように誘拐され、地球へ売られる寸前に助け出された女たちもいた。彼らは誰よりもウッズマンを憎み、地球人を恨んでいた。そんな彼らは、フェリオの話を聞いて、甚く同情してくれた。そして、ライヤを助け出すのに手を貸してくれると約束してくれたのである。 「でも、どうして? アルディオンの塔を攻撃するのはとても危険なのに。命だって亡くすかも知れないんだよ」 驚いたフェリオが不思議そうに尋ねると、彼らはニッコリと応えた。 「デュオはオレたちの星だ。それに、アルディオンの神子を名乗る女の子を地球人なんかに利用されてたまるか! それこそ、善神アルディオンの神罰が下るってもんだ」 全員がその通りだと頷いた。 「よーし、これからはフェリオがオレたちのリーダーだ!」 最初は冗談だったのかも知れない。誰ともなく叫び声が上がった。フェリオは驚いて何か言おうとドルベを見る。だが、老人はニヤリと笑って、少年の肩を強く叩いた。 「その通りじゃ! フェリオこそ、デュオの救世主、善神アルディオンの神子を助ける英雄、青い虹だ!」 「おーっ! フェリオこそ、善神アルディオンの神子を解放する救世主、虹だ!」 「青い虹、ばんざーい!」 「アルディオンの神子、ばんざーい!」 人々の怒号が大地を揺るがす。だがフェリオは戸惑うばかりであった。伝説の英雄、デュオの青い虹。自分はそのような立派な人間ではない。まだ子供だし、勇気だって、知恵だって、力だって大人には到底及ばない。期待されたって、応えられるはずないのだ。それに、ライヤを助け出すなんて危険なことに巻き込んだりして、皆を傷つけたり死なせたりなんかできっこない。そんなことになるくらいなら…… 「まっ、待ってくれ! ぼっ、僕はそんな大それた英雄じゃない! 僕はただの子供だし、何もできない弱虫だし……それに、見てくれ」 フェリオは指を自分の目の仲に突っ込んだ。唖然と見守る人々の前で、瞳の上にカブセテいたタルク(赤カエル)の瞼を取り去って見せた。下から現れたのは、デュオ人特有のルビーのような赤い瞳ではなく、深い湖を思わせるエメラルド色の瞳であった。一瞬、息を呑む人々。ずっと隠していたフェリオの秘密は、ついに人々の前に晒されたのである。きっと、皆は軽蔑するに違いない。こんな普通のデュオ人と異なる目の色をした自分なんて、仲間、いやデュオ人とさえ思ってはくれないだろう。失望し、去ってしまうに違いないのだ。でも、皆を危険なことに巻き込むよりはましだ。フェリオはまるで真っ裸で人前に立ったような恥ずかしさと、惨めさで逃げ出したい思いだった。 「瞳の色が異なるからどうしたというのだ? オレはお前がエメラルド色の瞳をしていることはとうに知っていた」 「おうっ、わしも知っておったぞ! フェリオが鉱山にやってきた日、偶然、フェリオが目に入れていたタルク(赤カエル)の瞼を外しているところを見ておったのじゃ」 ダンの言葉を続けるようにドルベが答えた。 「だって……、こんな地球人みたいな瞳の色をしたデュオ人なんて……」 「だが、お前はデュオ人だろう? それとも地球人なのか? お前の両親は立派なデュオ人なのだろう? それならば、何も恥じることも、卑屈になることもない」 「そっ、それは……判らないんだ。僕はデュオ人の両親に育てられたのだけれど、捨子だったんだ。十四年前、父さんがこのカルディア山で偶然拾った子供なんだ……。だから……」 「なっ……」 ずっと無表情だった大男が、驚愕のために目を大きく開いた。それほど衝撃的な事実なのかと、改めてフェリオは傷ついた。自ら暴露した事実であったが、こうもハッキリと態度を変えられると、やはり己の出生を呪わずにはいられなかった。 「それこそ青い虹の証拠! アルディオンが遣わせた英雄じゃ! その瞳の色がなによりの証。それに、聖なる山カルディァで拾われたということも因縁を示しておる!」 「そっ、そうだ! フェリオこそ、虹だ!」 「青い虹、ばんざーい!」 「ばんざーい! 善神アルディオンに栄光あれ!」 ドルベ爺の叫びに、全員が呼応した。拒絶されると思っていた瞳の色が虹の証だという。彼が拾われたカルディア山は神聖な神の山だから、神の子が降臨するのにふさわしい場所なのだという。そして、皆はそれを納得した。 「みんな……」 間違いなく拒絶されると思っていたのに。英雄なんてとんでもない。地球人の仲間かも知れないと疑われると思っていたのに。皆はそれでも助けてくれるという。フェリオは嬉しくて、涙がこぼれてきそうだった。 「おいっ、どうした? ボケーッとして? それとも、これから出撃って時にビビリやがったのか?」 不意に野太い声がして、フェリオは思索を断ち切った。振り向くと、ダンが厳しい顔で見つめている。この大男、無愛想で乱暴だが、不思議と頼りになる。青い虹のリーダーと祭り上げられてはいるが、実際のところ本当の指揮者は彼なのだ。あらゆる計画を草案し、実行の準備をする。実際の行動も地味で、目立たないが、重要なポイントは押さえている。彼がいなければ、反乱軍など直ちに撃滅されていたにちがいない。 「ダン、一つだけ聞きたいんだけれど、どうして、僕なんかに力を貸してくれるんだ? それに、僕なんかをリーダーにしなくても、ダン自身が虹を名乗った方が皆も安心すると思うのに」 「反乱軍のリーダーは、捕まれば必ず死刑になる。それが怖いからさ。オレは臆病者なんだ」 全くの無表情で大男は答えた。臆病などと、この男には全くの無縁だ。どんなに大勢の兵士がいても平然と大剣とブラスターで突撃していくような男が、死刑になるのが怖いとは到底思えない。ならば何故? 「そんなことより、出撃の時間だ。急げ!」 更に何か問おうとする少年に背を向け、大男は悠然と歩き始めた。 「青い虹の最後の戦いだ! 皆、心してかかれよーー!」 ドルベ爺が皺だらけの腕に抜き身の剣をさし上げ、大声で叫んだ。一同は一斉に歓呼の声を唱和する。そして、ゆるゆると洞窟から抜け出して行った。 革命の勇士たちが整然と隊列を組んで洞窟から出て行く。ドルベは、それを感慨深気に見つめていた。そして思い出すのは十四年前。 「ミリー、お前の息子は生きていたぞ。あんなに立派になって……」 老人はそっとフェリオの後姿を眩し気に見つめた。 一体、今までの苦労は何だったんだろう? 幼馴染をも偽り、失った。同星人に善神アルディオンの声を聞いたと虚言を弄して神子を名乗ったのは何のためだったのか……? もしかして、これが神の御名(みな)を弄んだ罰なのか? だとしたらあまりにも悲しい。青春の夢も、恋も、自由も全て棄てて、デュオ人の自由と解放のために捧げた自分の苦労は一体何だったのだ? 善神アルディオンは虚言を弄した人間を許せないというのだろうか? だとしたら、なんと罪深い身なのだろう。ライヤは、キヨネから教えられた真実のデュオの姿に打ちのめされていた。 「陛下、どうかご理解ください。私は陛下が憎くてこんなことを申し上げておるのではございません。デュオの本当の独立を願えばこその苦言でございます」 キヨネは熱心に説いた。今、彼女が真実に目覚めることが大切なのだ。そして、無知な少女を偽っているウッズマンを排除しなくてはならないのだ。 「ウッ、ウッズマン、彼女の言っていることは本当なのですか? 本当にまだ、地球人はデュオから出て行っていないのですか? そして、神殿兵士のほとんどが実は地球人だというのも本当なのですか?」 蒼ざめた唇がワナワナと振るえていた。美しく、優しいこの男はずっと自分を騙していたとは信じたくはない。だが、キヨネの言うことも色々と思い当たる節があるのも事実だ。まるで閉じ込められているかのように自室から外へ出ることを禁じられ、見覚えのない兵士たちに監視されているかのように見張られていると感じたのは一度や二度ではない。しかし、そんなこと考えたくはなかった。ただ美しい黄金の髪を持ち、神秘的な碧色の瞳を持つ青年だけを信じたかった。 「残念ながら、陛下のご身辺にこのような者がおりましたること、私の不注意でございました。しかし、それだからと言って陛下のデュオがまだ地球人に支配されておるという証というのは、ちと乱暴な結論ではと……」 慇懃に答えるデュオ大使の口ぶりには、何の澱みも感じはさせなかった。 「そっ、そうですよね。たかが一つの機械人形が私を襲ったからといって、それがまだデュオが地球の支配下にあるという証拠だなんて言うのは、乱暴な話ですわよね」 聞きたかったのはこの言葉。ウッズマンはいつでも彼女を安心させてくれる。彼が大丈夫というのならば、大丈夫に違いないのだ。それに、あの機械人形に殺されそうになった時、助けてくれたのは、目の前にいる金髪の美青年だった。それだけで、信頼できると思った。彼だけを信じよう。ライヤは熱い視線で青年大使を見つめた。 「だが……」 静かにライヤの視線を外すと、ウッズマンはキヨネに向かい直る。ギクリと警戒する銀河パトロール。今度は何を企んでいるのか? 「デュオ女王陛下の身が危険にさらされているのは事実だ。このアンドロイドが陛下を暗殺しようとしたことでも判る」 「何が言いたい?」 いかにも、女王の身を案じているかの口ぶりに、モルグがあんぐりと口を開けた。キヨネは疑惑に満ちた瞳で、ウッズマンを見つめている。 「そこで、銀河パトロール特級航宙士殿に女王陛下の身辺警護をお願いしたい」 「えっ……? ?」 あまりにも意外な要請に、キヨネもモルグも唖然となった。デュオを闇から支配しようと企むウッズマンにとって、二人は何よりも増して、邪魔な存在のはずである。だから、二人を遠ざけようとするのが自然なはずだ。それなのに、ライヤの身辺警護を依頼するとは……? 「判りました。デュオ女王陛下の身辺警護をお引き受けしましょう。陛下、それでよろしゅうございますか?」 一瞬の躊躇いの後、キヨネはきっぱりと言った。そして、戸惑い顔のライヤに向かって軽く会釈する。 「ウッズマン大使……?」 どう応えてよいものか、ライヤは不安げに金髪の青年を見た。そして、フワリと黄金の髪が前後に揺れるのを見て、小さく頷く。 「キヨネさん、お願いします」 少女は教えられた作法通りの女王としての礼をとった。キヨネとモルグも正式に国家元首に対する礼を返した。かくして、思わぬ展開ではあったが、ライヤに接近する事が出来た。だが、金髪の麗人の真意は何処にあるのだろうか。キヨネは黒曜石の瞳を伏せた瞼の横から観察する。しかし、何も読み取ることができなかった。 「それでは陛下、私はまだ済ませなければならない用事がございますので、これにて失礼させていただきます」 ウッズマンは優雅に臣下の礼を取ると、豪奢な黄金の髪をなびかせてドアへと歩き始めた。歩みはあくまでも優美であり、何処にも隙のない動きである。そして、キヨネの傍に近づいた。そこで、つと振り返ると、誰にも聞こえない囁き声で耳打ちする。 「ライヤを、ジュリアと同じ目に遭わさせないでくれよ」 「な?」 キッと厳しい顔で振り向いた時には、もう金髪の後姿はドアの外に消えてしまっていた。 「脅しだ。オレたちに手出しをするなという脅しに違いない。オレたちが下手な動きをしたら、ライヤを殺すぞと、脅しをかけているのだ」 後で、キヨネにウッズマンの言葉を伝え聞いたモルグが確信を込めて結論した。恐らくそうに違いないとキヨネは思う。だが、心の何処かで引っかかるものを感じていたのも事実であった。 玉座を退室したウッズマンは、真っすぐに自室に向かっていた。善神アルディオンの神子を演出し、惑星デュオを独立させた。もう、デュオはほとんど彼の手中にあると言っていい。たった一つの憂いは銀河パトロール特級航宙士、キヨネ山本だけだ。彼女は何かと邪魔をしてくる。何度も危うい思いをさせられてきた、天敵とも呼べる相手であった。だからこそ、適任だとも言えた。ライヤを守護する者として。 「ん?」 自室のドアに手をかけようとした手が止まる。そして、素早くブラスターを引き抜いた。何かがいる。意識を集中し、気配を探った。壁、天井、床…… 「そこか?!」 振り向きざま、ブラスターを向ける。そこには何もない空間があるだけであった。だが、銃口はピッタリと一点に停止している。やがて空間にモヤモヤした物が現れたと思うと、それは実態化した。緑色のピッタリとしたタイツのような服を着た、異様に目が大きく、額の狭い、カエルを思わせる小男だ。カメレオンのように自由に身体の色を変化させることのできる、ウッズマンの腹心の部下、ダストルであった。 「へへへ、どうも物騒ですな、ウッズマン閣下」 ニヤニヤと嫌らしい卑屈な笑みを浮かべ、ダストルがもみ手をする。いつ見ても不快な男だと思う。ウッズマンは、眉を寄せ、苦々しい表情でブラスターを収めた。 「何故、ライヤを殺そうとした?」 「へっ? 何を怒っておられるので? あれは、お父君のご命令ですぜ。お知りにならなかったので?」 「父の……?」 「あの小娘の代理のアンドロイドが完成した、もう不要だと」 「なっ……」 不敵な笑みを浮かべるカエルそっくりの男を、ウッズマンは呆然と見つめていた。 「まさか閣下、あのようなデュオの血の混じった小娘に、情を移されたのではありますまいな? 正当なアングロサクソンの血を継ぐウッズマン家の総領たる血筋のお方が?」 ギョロリとした目が半眼に閉じられ、金髪の青年を見つめる。返答次第では……と言いたげな目つきであった。 「戯れ言を申すか? 誰があのような未開人の血の混じった小娘など……ウッズマン家の恥なだけだ。私が怒っているのは、デュオ大使たる私を無視して物事が進められていることに対してだけだ」 「ほう、それなら結構ですが……」 まだ、疑わしげな視線を送ることを止めようとはせず、ダストルが言葉を続ける。今や、主従の関係が逆転したように、主導権を握っているのは、カエル男の方であった。 「ウッズマン閣下には珍しく手間取っておられますので、お父君がお手を貸してくださったのですぜ。あんな未開人の小娘に気を使うことなんかない。さっさと思い通りになるアンドロイドとすり替えてしまえ!」 「何?!」 すっと、ウッズマンの顔色が変わる。だが、ダストルは平然とうそぶいた。 「と、お父君が申されておりました」 「うむ……判った。お前に任せる。勝手にライヤを始末しろ!」 一瞬現れた戸惑いを碧色の瞳の奥に隠し、ウッズマンが頷く。すでに、いつもの氷のような平静さを取り戻していた。カエル男はヒヒッと野卑な笑い声を残し、姿を消す。廊下から気配が消えたのを確かめると、金髪の麗人は自室へのドアを開いた。 新王都、アルカディアに向かって行軍する“青い虹”の軍勢は三々五々と四方から迫りつつあった。軍とはいえ、反乱の徒の集団である、揃いの鎧などもちろん持ち合わせてはいず、事情を知らぬ者の目には、ただの烏合の衆としか写らないよう、四、五人単位で移動していた。ある集団は徒歩で如何にも行商人と見えるように背負った籠の中に武器を隠しのんびりとした風情であった。また別の集団は、エルフォン(まだら竜)に騎乗し、堂々と行軍する。だが、四、五人の少人数の集団であるため、さして人目を惹くことはない。 逆に大いに人目を集めたのは、無数のグリズドウ(巨大原生動物)を檻に入れ、エルフォンに引かせるサーカスの一行であった。先頭を行くエルフォンの背には、道化に扮した大男が努め、横にはバズー(赤毛熊)にまたがった笑い仮面の少年がいた。そして、それぞれの檻の横には艶やかな衣装を着た男女が道行く人々に愛嬌を振りまいている。どう見ても、旅のサーカス団としか見えない連中であった。だが、注意して観察したならば、少々おかしなところがあることが判ったであろう。エルフォン、グリズドー、バズーといった大型の動物たちはいるのだが、子供たちに最も人気のあるキキ(縞猿)が一匹も見当たらないのだ。それを訝る者もいることはいたのだが、口に出して責める者はいなかった。 「もうすぐ王都だ。真っすぐにアルディオンの塔に向かうぞ」 大男が少年に向かって小声で囁いた。 「皆は大丈夫だろうか?」 糸のように細い仮面の内側から心配そうな声が漏れた。道化の真っ赤な唇が大きく裂け、頷く。笑い仮面も、それを見て安心したのか、前方に視線を固定した。 やがて、サーカスの一段は王都の門をくぐり、アルカディアへと足を踏み込んだ。市民は、風変わりな一団を目にすると、楽しげに後を追いかけ始めた。手を叩き、大声で囃し立てる者もいる。ついて行こうとする子供たちは、大きく膨らませた風船をもらい、さよならと手を振って家に戻された。大人は浮かれた足取りで後を追い続ける。そのうち集まった人々の数は道路に溢れんばかりになっていた。 「なんだあ、あの連中は?」 アルディオンの塔を警護する神殿兵士の口から間の抜けた叫び声が上がる。彼らはまだ、何事が起こっているのかまるで理解していなかった。 ウッズマンが退室した後、残されたキヨネとモルグは互いに顔を見合わせた。あの金髪の青年大使の真意が測れない。何を企み、彼らにアルディオンの神子の護衛をさせるのだろうか? 決してライヤを護って欲しいなどと言う事は本意ではないはずだ。だとしたら、何処にどんな罠を仕掛けているというのだ? 二人は用心深く室内をくまなく捜索した。いくつにも別れた女王室はベッドルームが三部屋、リビングルームと応接室そして、バスルームが備わっていた。彼らはそれを隅から隅まで何か仕掛けがないかと念入りにチェックした結果、七個の盗聴器、三つの隠しカメラを発見し、破壊した。 「あの……キヨネさん、お茶でもいかがですか? そちらの男の方も、どうぞテーブルにおつきください」 室内の捜索が一段落ち着いた時、ライヤが恐る恐る二人に尋ねた。キヨネが頷くのを見ると、ホッとしたような表情になり、小さな侍女に振り向く。 「ミーシャ、お二人に何か飲み物を用意して」 「はっ、はい」 呆然とことの成り行きを見守っていた小さな少女は、敬愛する神子に用事を言いつかって、いそいそと室を出て行く。 「ジュリアとはどなたのことですの?」 キヨネたちがテーブルに着くや否や、静かな声音でライヤが尋ねた。 「聞こえていたのですか?」 多少戸惑いながらキヨネは目の前の少女を見た。女王然とした落ち着いた態度で、少しも動揺した様子は見られない。これならば話してもいいかも知れない。 「ジュリアというのは……」 キヨネはユックリと語り始めた。大学の先輩で、優秀な黒人女性だったこと。彼女に憧れていたこと。その頃のウッズマンとジュリアとは付き合っていたこと。そして、謎の自殺……。出来るだけ個人的な意見が入り込まないように事実だけを話そうと努力したつもりであった。だが、大いなる疑惑がウッズマンにかけられていることと、彼が人種差別的発言を公言していたことだけは、付け加えずにはいられなかった。 「そう……でしたか……」 ライヤは静かに頷く。その表情は驚くと言うよりは、悲しげに見えた。ルビー色の瞳は輝きを失い、小さな手は強く握り締められている。 「ライヤ……いえ、女王陛下、いかがなされたので?」 不意に沈黙した少女を、キヨネは心配そうに見つめた。もしや、今の話が彼女を傷つけてしまったのかも知れない。たった一人、信頼していた地球人が、差別主義者であったことを聞かされたのだ、不安にならずにはいられないのであろう。 「可哀想な方……」 ライヤの頬を一筋の涙が伝う。キヨネはハッと息を呑んだ。やはり、少女を傷つけてしまったのだ。だがなんとしてもあの金髪の悪魔からいたいけな少女を引き離さなくてはならない。そうしなければ、ジュリアの二の舞になってしまう。いみじくも、ウッズマン自身が耳打ちしたように。 「愛する人を失った悲しみは、誰にも慰めることはできません。キヨネさんの話を聞いてやっと理解できました。あの人が……アスラン……、いえ、ウッズマンが時々見せる悲しそうな表情、それは愛する人を失った心の傷のせいだったのですね。あの人は、まだジュリアさんを愛している。だから……」 「違う! あいつは、あの男はそんな人間じゃない!」 「いいえ、私には判ります。あの人の心には、誰か他の人が住んでいます。だから、決して他人には心を開こうとはしないのです。一度、愛する人を失った心の傷が癒えていないから、また失うのではないかと畏れるあまり、誰も本気で愛そうとはしないんです。あの人が私を女王としてしか見てくれないのは、そう言うことだったのですね……」 もはや、ライヤは泣いてはいなかった。何か今までの鬱屈していた感情が氷解したとでもいうように、晴れ晴れとさえしていた。 「ライヤ、あなたはもしかして……?」 キヨネは信じられない気分で女王ライヤを見つめた。こうなることは予期すべきであった。ウッズマンの傑出した美貌が少女を惑わす可能性があることを。いや、命がけで助けにきた幼馴染よりも、ウッズマンを選んだ時、すでに彼女は金髪の地球人に心を奪われてしまっていたに違いない。それに気づかなかったとは、キヨネの大きな誤算であった。まだ子供だという思いが、彼女の勘を狂わせてしまったのだ。それに、自分自身が仇と憎む相手を、本気で愛する者がいるということを信じたくなかったのかも知れない。 「キヨネさん、あなたはウッズマンを誤解しています。あの人は決して悪い人ではありません」 「ライヤ……いえ、神子様……」 「ライヤと呼んでください。あなたとはお友達でいたいのです。あの人はデュオを悪い地球人から解放してくれました。デュオを独立させ、銀河連邦に対して、恥ずかしくない惑星にしようとしてくれているのです。私はウッズマンを信じます。何があっても……」 「ライヤ……」 少女の瞳には何の迷いもなかった。ただひたすら、金髪の地球人を信じようとしているのだ。 「だって、本当にあの人がデュオを私物化しようと企む悪人だったのなら、私が邪魔なはずです。先ほどの刺客から私を守ってくれたはずはありません。それに、キヨネさんを私の護衛につけたのだって、私のことを大切に思っていてくれたからに違いないのです。違いますか?」 「……」 真っすぐにルビー色の瞳を向けられ、キヨネは何も応えられなかった。そんなはずは絶対にないと言いたかった。だが、彼女を護衛につけた本意が判らない以上、ライヤの言葉を否定して、納得させるだけの証がないのだ。 「キヨネさん、ウッズマンを信じて上げて。そして、デュオを助けてください」 「……判りました、陛下。出来るだけの事はさせていただきます」 暫くの沈黙の後、キヨネはきっぱりと決意を込めた眼差しで答えた。何がなんでも、この少女を守り抜こう。それだけが、あの金髪の悪魔を追い詰める唯一の方法に違いない。傍にいれば、きっと正体を掴む事が出来るはずだ。目の前の純真な少女をジュリアと同じ目に遭わせてはならない。絶対に守らなくては。 そう心に誓うキヨネであった。 派手なコスチュームで着飾ったサーカスの行進は、少しずつ群集を引っ張りながら、アルディオンの塔の南に位置する正門へと近づきつつあった。このように人目を引く一団とは別に、密やかにエルホンに騎乗した一隊も反対側の北門へと集まりつつある。また、西門にも、一見ただの行商人や旅人にしか見えない小粒な集団が急に増加していたし、東門の衛兵は、いつになく傭兵の姿が多く見られることに首を傾げていた。だが、この時はまだ、いつもの街の賑わいが多少甚だしいぐらいにしか感じてはいなかった。 「フェリオ、行くぞ」 巨大なエルフォンに騎乗した道化がバズーの上の笑い仮面に向かって小声で囁いた。如何なる表情も覆い隠してしまう笑い仮面の下の目が判ったっとばかりに二、三度瞬きを返す。アルディオンの塔の正門についと進んだエルフォンが衛兵の直前に迫る。いまだ、何の疑惑も持たぬ彼らは、ヒョウキンな仕草の道化をニヤニヤと見つめていた。 「ホッホッホッホッホーッ! 善神アルディオンの塔を守護する偉大なる兵隊様、わたくし共、ご当所お初にお目見えいたしましたる、レインボー・サーカス団でござりますっ! どうかお見知りおきを!」 「レインボー・サーカス団? 聞かぬ名だな?」 「へえへえ、わたくし共はずっと西の田舎物ぞろいでございまするーっ! しっかしながら、エルフォンとグリズドーの曲芸は天下一品、空前絶後、抱腹絶倒の面白さでござーいまするーっ!」 「ほう」 衛兵の目は好奇心で一杯に輝いている。それをさらに煽るように、バズーの背に乗っていた笑い仮面の少年が、ピョンとその場でトンボを切って見せた。ワーッと歓声が群集の中から起こり、おどけた仕草で少年が深々とおじぎをした。 「よーしっ、グリズドーを檻から出せ!」 道化の一声で、群集がシーンと静まり返った。誰しもが巨大原生動物の恐ろしさを知っている。どんな物でも触手で捉え、喰らってしまう恐ろしい生き物なのだ。それが檻から出される……。よく慣らされているのではあろうが、生理的恐怖は抑え切れないものがあった。 「そーれ! グリズドーのグリちゃん、皆様にご挨拶ご挨拶!」 ヌメヌメした粘液を滴らせながら、下腹部のヒダをうねらせ、巨大原生動物が檻から這い出てくる。それは半透明の身体を波打たせスライムのように形を変化させベッタリと地面に降り立った。 「ほーれ、グリちゃん、餌だよーん!」 道化はヘラヘラ笑いながら、手に持っていた大きなパロル(大きなメロンのような果物)をグリちゃんに向かって放り投げた。すると、触手がシュルルと伸び、パッと受け止める。次にもう一つ投げてやると、別の触手が、これも見事にキャッチした。 「ほう!」 「すげえぞ! こんな化け物をうまく調教したもんだ!」 固唾を呑んで見つめていた観衆がヤンヤの喝采を送る。道化は大仰な礼を衛兵に、観客に送った。 「さーて、お次の曲芸は」 笑い仮面の少年がバズーの背の上で逆立ちしながら口上を述べる。観客は期待のこもった視線を向けた。不気味な笑みを浮かべた仮面が太陽の光に反射してキラリと光る。 「さーさ、グリちゃん、お次の芸を見せておくれ!」 シュッと鞭を原生動物の触手に当てる。と、今までヒラヒラしていたヒモ状の物が、ピンと逆立った。そこへ第二の鞭が飛ぶ。 シュルルルルルーッ! 触手が少年めがけて伸びた。それを鞭で払い、ピョンと地上に降り立つ。長虫のように触手は少年を追いかけて伸びて行った。右へ左へと触手のひもを避ける。それが偶然なのか、故意なのか、、いつの間にか、少年は正門の衛兵のすぐ傍まで移動していた。 「おいおい、あまりこちらに近づくなよ。下手をして、お前のグリちゃんの触手がおれに巻きついたらどうする気だよ?」 衛兵がニヤニヤ笑いながら言う。この時はまだ、彼らは何の不信感も抱いてはいなかった。 「ウワーッ!?」 と、次の瞬間、触手が衛兵の顔面を襲った。思わず避ける兵士。だが、触手は衛兵の帽子ごと髪の毛をつかんでいた。 「こりゃ大変だーっ! 兵隊さん、早く逃げておくれ!」 少年が叫ぶ。だが、そんなこと言われなくても、兵士は地面を転がって巻き込まれるのを避けていた。 「いやあ、どうも申し……」 道化が、エルフォンの上から深いお辞儀をしようとして動きを止めた。何事かと観客もいぶかしげに道化と衛兵を見比べた。 「あいつ、デュオ人じゃねえ!」 帽子を取られた衛兵の頭部には、赤い頭髪があった。ハッとグリズドーの触手の先端を見ると、帽子と共に、青髪のかつらがユラユラと揺れている。 「神子様を守る神殿兵士に地球人がいる!」 「おいっ、あっちの兵士はどうなんだ?」 意外なことの成り行きに呆然と立ち尽くしていた、もう一人の衛兵に視線が集中した。 「まっ、待て! オレはれっきとしたデュオ人だ……」 逃げ腰になっている衛兵が絶叫する。だが、疑惑を抱いた群衆は納得できないと言うようにジリジリと迫ってくる。 「捕らえて、調べるんだ!」 誰かの叫び声。同時に前後を群集に取り囲まれ、衛兵は腰のブラスターに手をかけた。 「あいつ、オレたちを撃つつもりだ!」 「やっぱり、地球人の片割れか?!」 怒号が起こり、背後にいた男が衛兵の髪を強引につかんだ。 「ああっ!」 ズルリと抜けた青髪の下から現れたのは、金色の髪の毛であった。 「おいっ、こいつの瞳の上には赤い膜がかぶせてある。おっ、下の瞳の色は青だ! やっぱり、こいつらオレたちの仲間なんかじゃねえ!」 「こっちのやつも、膜をかぶせてやがった。うえっ、こっちは碧だ」 群集は、そこにいた兵士に手当たり次第に襲いかかり、その正体を次々と暴いて行った。そして、発見したのは、神殿兵士の中には一人もデュオ人はいないと言う事実であった。 「許せねえ! 地球人め、我らの神子様を虜にしていたんだな!」 「神子様の命令だと言って、おかしなことをさせていたのも、地球人に違いねえ!」 「神子様を救い出せ!」 「地球人を皆殺しに!」 今まで抑えつけられていた不満が一気に爆発した。アルディオンの神子からの神示だと信じて理不尽な命令にも従っていた。だが、それは全て地球人の策略だったのだ。不満と疑惑が一度に怒りへと転換した。デュオ革命最大の戦いの火蓋は切って落とされた。 一体どう言ったら、判ってもらえるのだろうか? 何を言っても、ライヤはウッズマンを信じて疑わない。しかし、あの男は彼女が信じているような善人では絶対にありえないのだ。なんとしても、操り人形にされている少女を救いたい。だが、虚しく時は過ぎて行った。焦る気持ちは高まるばかりである。 「キヨネ、何を考え込んでいる?」 不意に話しかけられ、ハッと顔を上げると、星間警察の警部、モルグがタバコを指で弄びながら見つめているのが目に入った。 「私たち、もう三日も経つのに何をしてるのかしらねえ? こんな敵の真ただ中で……」 「デュオ女王であり、善神アルディオンの神子、ライヤ陛下をお守りしているんじゃねえか。それ以外にあるか?」 「でも、私たちがここに乗り込んできたのは、ライヤにウッズマンの不正を訴え、デュオの本当の独立をしなくてはならないってことを説得にきたはずなのよ。それなのに……」 「慌てるなって。今に何かが起こる。そうしたら、彼女だって、嫌でも理解するさ。悪事は必ず露見する」 「でも、ウッズマンの場合、今までどんな捜査にも決して尻尾を出さなかったわ」 「それは、オレたちじゃなかったからさ。キヨネとオレが手を組めば必ず尻尾を掴めるさ」 「私とあなたでねえ……」 キヨネはフーッとため息をついた。確かにモルグは一見ボンヤリとした風体の男ではあるが、優秀な刑事である。しかし、ウッズマン相手ではいささか役不足のような気がするのは気のせいではないと思う。 「ああっ、ここにダイアナがいてくれたらなあ……」 思わず、かつて共に木星麻薬シンジケートをぶっ潰したブロンドの美女を思い出していた。彼女の助力さえあれば、もっと楽に捜査ができるはず。しかし、今いない者を頼りにしても仕方が無い。キヨネは深いため息をつくと、チラッとライヤの方へ視線を向けた。神子は何を思っているのか、窓際に置かれた椅子に座り、はるか彼方に視線をさまよわせている。 「可哀想な娘(こ)……」 言葉にならない言葉がキヨネの口の中で消えた。このまま利用されるだけされて、用済みになったと解釈したら、あの男はライヤをどうするつもりか? 結果は判り切っているだけに、少女が哀れで仕方がなかった。 「ん?」 不意にタバコをくゆらせていたモルグの眼が半眼に閉じられた。息を殺し、耳をそばだてる。同時に誰にも気づかれないように、懐に手を突っ込んだ。 「……」 モルグの様子に何かを察したキヨネも、行動を起す。静かに立ち上がり、何気ない体を装い、ライヤの傍らに近づいた。 「キヨネ!」 「ライヤ!」 モルグの叫びと共に、キヨネがライヤを引き倒す。呆気に取られて何か言おうとした少女の耳に銃声が飛び込む。ガシャーンという窓ガラスが壊れる音がして、バラバラとライヤを押さえているキヨネの上に落ちてくる。 「椅子の陰に隠れていて!」 厳しく言い渡すと、キヨネはレーザーを構え、視線を広い女王室内を用心深く這わせる。だが、敵の姿は何処にも見えない。 「どうやら、敵さんは透明人間らしいぜ」 モルグがキヨネの背後に回り、ライヤを護るように立ちはだかった。姿の見えない敵? では、どうやって倒せばよいのだ? キヨネは唇を舌で湿す。そして、用心深く左のイヤリングに触れた。途端、今まで聞こえなかったあらゆる音が流れ込んでくる。銀河パトロール技術部ご自慢の、イヤリング型集音機である。風の音、ライヤ、モルグの呼吸音、トクトクという心臓の鼓動までがはっきりと聞き取れた。その各種の音の中に、密やかな呼吸音がある。気をつけているのであろうが、心臓の音と合わさった奇妙な機械音は隠しようがない。音の主は、ジワジワと移動していたが、靴がサラサラと絨毯を擦る音はハッキリと聞こえていた。 「そこね!」 レーザーを相手のいると思しき空間へと放つ。刹那、相手の呼吸が止まる。が、次の瞬間、荒いものへと変化した。手応えはあった。続けて、二射、三射と同じ空間へと打ち込んだ。すると、今まで何もなかった空間にジワジワとシミのようなモヤモヤした物が現れてきた。それは、次第に実体化し、やがては緑色のタイツのようなものを着た、額の異様に狭い、目玉のギョロリとした男の姿へとなる。ガックリと四つん這いになった姿は、カエルそのものであった。 「何故、オレがいる場所が判った?」 口惜しげにカエル男が唸り声を上げた。絶対に、相手に自分の居場所を知られることはないと自負していただけに、あっさりと打ち抜かれてしまったことが信じられないのだ。 「貴様もサイボーグなのか?」 ギョロリと目玉を上目づかいにする。目の前の美女に簡単にしてやられたことがどうしても納得が行かないのである。それも、己と同じサイボーグであったなら、納得できると思ったのだ。だが、キヨネの返事は、 「私がサイボーグ? そうねえ、本当にそうだったら、もっと楽に活動ができたでしょうねえ……」 というものであった。 「……」 カエル男、ダストルの眼が疑惑と嫌悪に揺れ動いていた。サイボーグではない、とすれば何者? ただのパトロール隊員に、あっさりとやられてしまったのでは、カメレオン手術を受けてまで、肉体強化したことが無駄になってしまう。 「うふふ、どうして居場所が分ったのかって顔ね。このイヤリングよ。高性能集音機、吾が銀河パトロール技術部のご自慢の秘密兵器よ」 「くっ……」 口惜しげにキヨネをにらみつけるダストルである。そんな物を身につけているとは、誤算であった。そのことが分ってさえいれば、もっと気をつけていたのだ。 「で、誰に命令されたの? 目標は私たち?」 「……」 カエル男はプイと横を向く。あくまで惚けるつもりらしい。 「見えれば、こちらのものだ。とっとと白状しな、カエル野郎!」 モルグが拳銃を男の額に向け、用心深く歩み寄った。 「クェーッ!」 「あっ!」 観念しきっていると見えたカエル男の身体が、バネのように跳ね上がった。不意を突かれたモルグの手から拳銃が叩き落される。しかし、戦いなれた星間刑事の動きも早かった。咄嗟に正拳を相手の顔面に叩き込もうとした。それを紙一重で避けられると、右足を軸に、回し蹴りが飛び出す。同時に肘と頭突きが猛烈な勢いで繰り出されて行った。 「結構やるじゃない」 普段、無口な刑事であったが、いざとなるとかなりの格闘術を見せるものだと、キヨネは改めて感心していた。モルグはフンと鼻を鳴らすと、カエル男の左手を掴み、クルリと体を落とすと、一本背負いに床の上に叩きつけた。ウッと呻き声を上げて立ち上がろうとする敵の上に熨しかかり、腕を首に回し、裸締めにした。 「さあ、誰に命令されて女王の命を狙った?」 グイッと腕に力を込める。ダストルはグェッとカエルが潰されたような声を吐く。わずかに力を緩めてやると、ゼーゼーと荒い息をした。 「命令したのはウッズマンだな?」 「えっ?」 モルグの問いに、ライヤが思わず眼を見張る。しかし、カエル男が首を縦に動かすのを見ると、愕然と立ち尽くしてしまった。あのウッズマンが自分の命を狙う? そんな事あり得ない。これは何かの夢なのだ。どんなに辛くても、ウッズマンのきれいな指が大丈夫と、頬を撫でてくれるだけで安心できた。形の良い唇が、自分のものと合わさると、この上もなく幸せな気分にさせてくれる。碧色の瞳に見つめられるだけで…… 「嘘よ! 信じられない! アスランが、あの人が私を殺そうとするなんて、嘘に決まってる!」 真っ青な顔でライヤはその場に座り込んでしまった。 「ケケケッ、神子様よ、あんたはもう用済みなんだよ。どうせ、あんたは操り人形だったんだが、どうせなら本物の人形と入れ替えした方がいいってことさ」 「それはどういう意味だ?」 「さあな」 カエル男は、ケケッと嫌らしい笑みを浮かべる。 「と、言いたいところだが、どうせ、お前らは全員死ぬんだ。教えてやろう。神子の身代わりアンドロイドが完成したのだ」 「なっ……?」 思わず絶句する一同であった。身代わりのアンドロイドが完成? とすれば、今いる神子は不要、いや、それどころか邪魔なだけなのである。 「アスランには私が不要……」 力なく呟くライヤ。それを痛ましげにキヨネは見つめる。哀れな少女。しかし、これでウッズマンとの絆は崩壊するに違いない。真実を知ったからには、自らの手で操り糸を断ち切ることができるはずだ。 「何か妙な感じがしねえか?」 「妙な感じ?」 キヨネが訝しげにイヤリングに触れた。だが、彼らの呼吸音と心音意外に物音は聞こえない。 「何も妙な音はしないわよ」 「何も?」 「ええ、何も……」 そこまで言ったところで、キヨネはハッとモルグの顔を見た。そんなはずはないのだ。女王室の外には兵士が数人巡回しているはずだし、下の階にも、誰かがいるはずなのだ。その音も聞こえない。キヨネとモルグは互いの顔を見合わせる。そして、先ほど、カエル男が言った言葉を反芻した。 「どうせお前たちは死ぬんだ……」 どういう意味だ? 「キヨネ!」 「モルグ!」 その理由に思い当たった時、二人は行動を起していた。モルグはカエル男の身体を突き飛ばす。キヨネはライヤの身体を抱きかかえ、バスルームへと飛び込んだ。 一瞬、ダストルの身体が光る。次の瞬間には、耳をつんざく爆発音と閃光が室内を満たした。自爆。改造手術を受けたカエル男の身体には、自爆装置が仕掛けられていたのだ。正体を悟られ、捕縛された時、自動的に働く、自爆装置が発動したのであった。爆風が収まった時、室内は瓦礫の山と化していた。美しく飾り立てられていた壁も窓も無残に破壊され、優雅な白絹のカーテンに包まれていた女王の寝台も完膚なきまでに砕け散っていた。動く物はチョロ(黒ネズミ)一匹も見えない。静かな死の世界がそこにあった。その何処かで笑うウッズマンの声が風の中で舞っている。それは勝利の笑い。完全に惑星の主導権を握った、黄金の悪魔の哄笑であった。
第十一章 炎の玉座! ---了---
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