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デュオの青い虹 文:カメ仙人
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わずかなきっかけだけでよかった。それほどデュオの民たちの中にはデュオ政府への不信と不満が充満していたのだ。デュオが独立して、人々の生活は良くなると信じられていた。しかし、相変わらず娘たちの行方不明事件はなくならず、鉱山から男たちが帰って来たのは、ほんの一部でしかなかった。そして、以前よりも悪くなったのは、怪しげな男たちによる子供たちへの薬の蔓延であった。元気になるから、力がつくから、楽しい気分になれるからと、様々な心をくすぐる言葉で子供たちを薬漬けにし、廃人にしてしまっている。禁断症状に苦しむ我が子を目の当たりに見た親の中には、堪りかねて自らの手で愛児の命を断った者さえいた。 何処へぶつけたらよいか判らない怒りが惑星中に満ち溢れていた。そこへ、善神アルディオンの神子を守護しているはずの神殿兵士は、恨み重なる地球人が化けていたと知らされ、デュオ人の怒りが爆発した。正門からゾロゾロと侵入する巨大原生動物グリズドーが触手を伸ばし、次々と神殿兵士を喰らう。飲み込まれた兵士たちは、半透明の原生動物の中で不気味な死の踊りを踊り、生き残った仲間たちを恐怖させた。人々は手に手に武器を取り、兵士を袋叩きにする。道化と笑い仮面は、ブラスターと剣で兵士を次々となぎ倒して行く。目標はアルディオンの塔。女王ライヤであった。 「フェリオ、大丈夫か?」 「ああっ、僕はライヤを助け出すまでは絶対に死なない!」 「その意気だ!」 道化がニヤリと笑う。その隙を突いて兵士が銃で狙う。だが、素早く構えたブラスターが火を吐き、火ダルマにしてしまう。続いて反対側から飛び出した奴は、笑い仮面の剣が喉を突き刺す。バッと血飛沫が飛び、視界を真紅に変えた。次の瞬間には、骸が横たわっていた。二人は敵を振り返りもせず、ひたすら塔の入り口へと突進する。ブラスターの銃口は真っ赤に焼けただれ、剣は敵の血潮に染まって行く。 「うわーっ?!」 不意に塔の上方で爆発音がした。反乱軍も、神殿兵士も、一瞬、我を忘れた。一体何が起こったのか? 「あれは女王室のある最上階だ!」 神殿兵士の一人が叫ぶ。それは恐ろしい悪心ドードの羽音にも似て、デュオ人たちの心を凍結させた。女王室が爆発? まさか……アルディオンの神子の身に何か…… 「ライヤーッ! ライヤーッ!」 笑い仮面が絶叫する。今、誰よりも衝撃を受けたのは、この少年であった。 「よくもライヤを!」 仮面を脱ぎ捨てると、下から現れたのは、蒼ざめたフェリオの顔であった。いまだ呆然としている人々をかき分け、玄関ロビーへと飛び込んだ。エレベーターは今の爆発で使えなくなっている。咄嗟に脇から現れた衛兵をブラスターで討ち抜くと、階段を駆け上って行く。背後から追いかけてくるのは道化姿のダンとドルベ爺であった。三人はブラスターと剣を握り締めたままひたすら階段を駆け上がる。時折鉢合わせする兵士をなぎ倒し、鮮血に塗れた姿は、悪鬼そのものであった。 「ライヤーッ! ライヤーッ!」 悲痛な絶叫が塔内にこだまする。命よりも大切な幼馴染み。ずっと好きだった女の子。例え、善神アルディオンの神子となろうとも、愛しいと思う気持ちは変わらない。彼女を騙した金髪の地球人は許せない。もしも、彼女に何かあったら、絶対に殺してやる。フェリオの頭の中は、不安と怒りで一杯であった。階段を駆け上がり、次々と襲ってくる不安と妄想を振り払うように、ブラスターを撃ちまくり、剣を振るった。倒した神殿兵士は全て地球人が化けたものであった。やはり、ライヤは騙されていたのだ。こんな、異星人ばかりに囲まれて、さぞや心細く、不安だったに違いない。今まで何もできなかった自分が口惜しく、情けなかった。もしも、自分がもっと大人で、もっと強くて、もっと彼女を愛せていれば、こんなことにはならなかったのだ。 「畜生ーっ! 畜生ーっ! 畜生ーっ!」 やり場のない怒りが全身を包む。金髪の地球人も、神殿兵士に化けていた地球人も許せない。そして、自分自身すら許せないフェリオであった。 「きゃーっ!」 最上階へと続く階段を駆け上がろうとするフェリオは、突然現れた少女と正面衝突した。勢いに負けて、転がる小さな身体。年は十二歳ぐらいの幼さだ。驚愕のため大きく見開かれた目は、デュオ人特有のルビー色で、髪も青であった。アルディオンの塔に侵入して初めて見るデュオ人かも知れない。 「おっ、お助けを……。私は、神子様の単なる侍女でございます! ど、どうか命ばかりは……」 少女は懸命に命乞いをする。血まみれの剣を握り締めたフェリオの姿は、血に飢えた殺人鬼か、人肉を喰らうと言われる、悪神ドードに見えたのかもしれない。怯え、震え上がっている小さな少女は顔も上げられずにいた。 「神子の侍女? じゃあ、ライヤの侍女か?」 「はっ、はい」 ライヤの侍女なら、彼女が無事かどうか知っているはずだ。わずかな期待を込めてフェリオは尋ねた。 「ライヤは無事なのか?!」 思わず少女の襟首を掴み、詰問していた。返り血を浴びたフェリオの顔は、世にも恐ろしげに少女には見えた。ヒクヒクと喉を痙攣させ、言葉を発することができず、ただ判らないと首を横に振る。 「判らないって、どういうことだ?! お前はライヤの侍女なんだろう。だったら、どうして判らないんだよ!」 「わっ、私は、爆発が起こった時、神子様に言いつけられて、飲み物を取りに下に降りておりましたので……。神子様がどうなったのか知らないんです。私も、神子様が心配で、今上がって行こうとしていたところなんです……」 「ライヤは爆発の時、上にいたのか?」 真っ青な顔でフェリオは尋ねる。少女は黙ってうなずいた。 「よしっ、案内しろ! ライヤの部屋は何処だ?」 命じられ、少女は恐怖でふらつく足で、最上階へと上がって行く。その後ろをフェリオ、ダン、ドルベが続いた。もしかしたら生きているかも知れないという希望は、最上階に到着した途端、粉砕された。そこは惨状を極め、動くものは、チョロ(黒ネズミ)一匹も見当たらない。瓦礫の下には、所々肉片が見え隠れしているが、どれも原状を止めないバラバラの塊でしかなかった。 「ライヤ……」 フェリオの全身から力が抜けてしまい、その場に崩れ落ちるように跪く。せっかくここまできたというのに、どうして……? 「ライヤ、どうして待っていてくれなかったんだよ……」 涙が頬を伝わり、床の上を濡らす。彼女さえ生きていてくれるのなら、自分は死んでもいいと思ってた。ダンやドルベたちに助けてもらい、アルディオンの塔に侵入さえすれば、助けられると思っていた。それなのに、死んでしまうなんて……。 「善神アルディオン、これが神のなさる業なのですか? ライヤは普通の娘で、優しい娘で、とっても思いやりのある娘だったのに……。こんな最後を迎えるような女の子じゃないのに……。残酷です! これではあまりにも無慈悲ではありませんか……」 拳を握り締め、血を吐くような言葉をつむぎ出した。そんな様子を侍女は黙って見つめていた。 「……もしかして、フェリオ様なんですか?」 不意に、侍女の娘が弾かれたように叫ぶ。神子をライヤと呼び棄てる少年。命がけで塔に乗り込んでくる無鉄砲さ。そして、何よりもライヤの死を嘆き悲しんでいる。いつも神子から聞かされていた、幼馴染みそのものであった。だが、確か、神子の幼馴染みは死んだと聞かされていたのだが…… 「何故、僕の名前を知っている?」 グイと手の甲で涙を拭った少年が侍女に向き直った。 「やっ、やはりそうでしたか! 神子様はいつもフェリオ様のお話をしておられました。ちょっと乱暴で、無鉄砲だけれど、本当はとっても優しい男の子だったって。神子が地球人に誘拐された時も、たった一人で壁をよじ登って助けにきてくれたって。それなのに、裏切ってしまったって……悲しそうに話しておられました。そして、フェリオ様が鉱山の事故で亡くなったって知らされた時は、一晩中ずっと声を殺して泣いておられました。生きておられることをお知りになられたら、どんなにかお喜びになられますことか……」 小さな少女は、激情に耐え切れず、嗚咽を漏らした。 「何を嘆いておる、ミーシャ」 不意に戸口から声がして、少女が顔を上げる。がその途端、表情が凍りついた。驚愕と恐怖で呼吸が止まっている。 「ほほほ、何を驚いているのです、ミーシャ」 優しく微笑む、アルディオンの神子がそこにいた。傍らには金髪の美青年が立っている。 「神子様!」 「ライヤ!」 ミーシャとフェリオが同時に叫んだ。 「ライヤ、よかった生きていたんだ」 フェリオが立ち上がり、思わず駆け寄ろうとした。だが、傍らに立っていたウッズマンの手にレーザーが握られているのを見て、剣を持ち直す。 「ライヤ、助けにきたよ。早くこんなところから逃げよう。ここは、アルディオンの聖地なんかじゃない。地球人の巣窟だ! こんなところにいたら、利用されるだけ利用され、最後には殺されてしまうよ!」 必死で幼馴染みを説得しようとするフェリオ。しかし、ライヤの表情は氷のように冷たかった。そして、フッと嘲りの笑みを浮かべる。 「お前は何者です? 私をアルディオンの神子と知っての暴言ですか?」 「えっ?」 思わず棒立ちになる。彼女は何を言っているのだ? 何者って、幼馴染みを知らないと言うつもりなのか? 「ウッズマン、この狼藉者を逮捕してください。恐らく、私の室に爆弾を仕掛けたのも彼らの仕業に違い有りません。これは善神アルディオンに対する反逆です」 「ラッ、ライヤ……一体何を言っている?」 今、ライヤが言った言葉が信じられなくて、フェリオは唖然となった。しかし、期待する応えは返ってこない。彼女は、まるで虫けらでも見るかのように、フェリオたちを見下していた。威厳に満ちた尊大さで、侵入者を無視し、ついとベランダへと歩み出す。残されたフェリオたちは、後からやってきた神殿兵士に取り囲まれ身動きできない。いや、兵士たちの数に畏れをなしたわけではなかった。ライヤの毒のある言葉に、全員が戦意を喪失してしまっていたのだ。 「吾が兵団は苦戦しておるようですね、ウッズマン」 「はっ、女王陛下。畏れながら、デュオ市民を巻き込んだ反乱軍の数は圧倒的で、通常兵器では勝ち目はないかと……」 「通常兵器では勝てない? では、通常ではない兵器を使えば勝てるのですか?」 「はい、勝てまする。例えば、ネオサリンと呼ばれる毒ガスを使えば、わずか数ミリグラムで敵も味方も皆殺しにすることができます」 「敵も味方も……」 静かに言葉を繰り返すライヤ。フェリオはギクリと顔を上げた。そんなものを使えば、とんでもないことになる。恐らく、この当たりの人間という人間、いや動物でさえガスの影響を受けて死滅してしまうに違いないのだ。 「よいでしょう。ネオサリンをお使いなさい。善神アルディオンに反逆する者など生きている価値はありません。それに、神殿を守護する神殿兵士ならば、神子である私を護るために、死したとしても本望でありましょう。デュオには私とウッズマンさえ生き残っておればよいのです」 「ライヤ……?」 血も凍りつくような台詞を眉一つ動かさず話す幼馴染み。こんな女の子ではなかった。いつも優しくて、可愛らしい少女だった。それがどうして、こんな恐ろしい言葉を平然と話せるのだろう? すっかり、金髪の地球人、ウッズマンに洗脳されてしまったのだろうか? 「ライヤ、止めてくれ! そんなことをしたら、アルディオンの神子どころか、悪神ドードの使徒だ! ライヤにそんなことは似合わない。ライヤは本当は優しい、虫も殺せない女の子のはずだ。目を覚まして! 僕と一緒に駆け回った草原を思い出して。あそこで、ライヤは傷ついたエルフォンの子供を助けたじゃないか。あんな恐ろしい巨大竜の子供だったのに、優しく話し掛けながら、傷の手当てをしてやった、あの時の優しいライヤに戻ってくれ!」 フェリオは懸命に呼びかける。しかし、氷のように冷たい表情は変わらない。 「ウッズマン、ネオサリンを!」 「はっ」 典雅な礼を見せ、金髪の大使がチラと視線を部下に向ける。兵士は黙ったまま一礼すると、室から出て行こうとした。 「そうはさせるかーっ!」 今まで黙って立ち尽くしていたドルベ爺が、老齢には信じられない敏捷な動きで、長剣を振りかぶって、躍りかかる。仲間が、同星人が虐殺されるのを見過ごすことができなかったのである。 「このくたばりぞこないがーっ!」 意表を突かれた形で唖然と振り返った兵士を庇って、もう一人がレーザーを放つ。 シャーッ! 「なっ?」 振り下ろそうとした長剣が、柄の部分から真っ二つに切断され、一瞬の逡巡があった。だが、すぐに切断された剣を放り投げ、躍りかかる。皺だらけの指が首に食い込み、兵士は苦しげにもがく。老人とはいえ、ドルベの力は強く、爪が喉の皮膚を破り、血に染まった。 「この野蛮人めーっ!」 「デュオの蛮族め、死ね!」 他の兵士たちも、我に返ると同時にレーザーを放っていた。こめかみ、後頭部、背中に黒焦げの穴が瞬時に出現する。 「貴様ら……」 ギョロリとドルベの目玉が一見デュオ人に見える兵士をにらみつける。眼は血走り、憎しみに燃え立っていた。レーザーを放った兵士たちは、老人の炎を宿したような瞳に射すくめられ、思わずたじろいでいた。 「デュオを貴様ら地球人などに渡すものか……」 しめつけていた手を兵士の首から離すと、ドルベはクルリとウッズマンをにらみつけた。途端、白目を剥いた兵士の身体が床に崩れ落ちる。しかし、誰もそれに注意を向ける者はいない。ひたすら、目を大きく見開いて、老人を見つめていた。 「善神アルディオンに栄光あれ! 青い虹に光を!」 急所にレーザーを受けているというにもかかわらず、老人は力強い叫びを上げ、金髪の地球人目がけて突進する。 「打て! 撃ち殺せ!」 ウッズマンが叫ぶ。 「爺さん!」 フェリオの絶叫! 眩しいレーザーの光の矢が次々と老人の身体を貫く。しかし、突進は止まらない。肉と髪の毛が焦げる匂いが質中に溢れた。 アルディオンの塔の周囲は、怒り狂ったデュオ人たちで溢れていた。サーカスに化けた反乱軍は原生動物グリズドーを操り、正体を現わした地球人の神殿兵士に襲い掛かる。襲われた者は無数の触手にからめ取られ、ブヨブヨした半透明の身体の中へと取り込まれた。そして、死のダンスを踊る。それは悪夢にも似た、おぞましい光景であった。デュオ政府軍は、恐慌をきたし、逃げ惑う。そこへ、更に武器を持った反乱兵士がブラスターと剣で襲い掛かる。武器を持たない者たちは、手に手に石や棍棒を探しあてて数人がかりで、一人の兵士を襲っていた。時折、政府軍兵士が放つレーザーが市民を倒したが、圧倒的数の群衆は仲間の死体を乗り越え、次々と獲物を求めて前進してくる。 「地球人を皆殺しにしろ!」 「金髪の悪魔を殺せ!」 「善神アルディオンの神子を救い出せ!」 市民の群れは口々に叫びながら塔へと流れ込んで行く。もはや、デュオ政府が転覆するのは時間の問題のように見えた。 「殺せ! 殺せ! 地球人を殺せ!」 「神子を救え!」 「善神アルディオンの御名を汚す金髪の悪魔を倒せ!」 津波のように怒号が塔を包む。切り取られた神殿兵士の首が棒に刺し貫かれ、高々と空にかざされる。その頭に被せてあった、変装ようの青い髪の鬘はすでに剥ぎ取られていた。塔前の広場には、そうした生首が無数に飛び交っている。 「他の門の守りについている連中は何をしている! 早く正門へ応援にくるようにと言え! さもないと、ウッズマン閣下のところまで、デュオ人が攻め入ってしまうぞ!」 正門の責任者、ドルトイ司令が部下に怒鳴る。 「だめです、ドルトイ司令! 北からも、東からも、西からも、革命軍が攻め入っているらしいのです!」 だが、部下の返答は絶望的なものであった。北からは巨大なエルフォン(斑竜)の群れが押し寄せ、西と東からは武装した反乱兵士が乱入してきているのである。更に悪いことには、独立以来、不満を募らせていた一般市民も、手に手に武器とも呼べぬ、得物を持って、襲撃に参加していたのだ。いくら地球人が優れた科学兵器を持っていようと、圧倒的な数の反乱軍相手では、とても抑えきれるものではなかった。 「こうなったら、ネオサリンを使うしかない! 閣下に許可を頂いてこい!」 「えっ?! ネオサリン……ですか?」 命令を聞いた部下の顔がサッと蒼ざめる。それは、わずか数ミリグラムで何百万人の人間を殺すことができる毒ガスの名前であった。しかし、それは銀河連邦法で禁止されている化学兵器だ。それに、今、そんな物をこの状況で使用すれば、敵も味方も全滅である。それが分かっているのだろうか? 部下は問いたげに上司の顔を見つめる。 「何をグズグズしておる! 早く行け!」 呆然と見つめる兵士を怒鳴りつけるドルトイ司令。部下は仕方なく塔の階段へと走り去った。こうなることは判っていたはずだ。だから、あれほど無茶はしないで欲しいと懇願してきたのに。例え、文明の遅れた惑星の住人といえど、度重なる迫害で、地球人への憎しみは臨界点に達していたのだ。それも理解せず、神聖な山を破壊したりするから、人々を立ち上がらせてしまったのだ。 「なんてことだ! リーナと同じデュオ人にネオサリンなど使用しなくてはならんとは、なんと言ってリーナに詫びたらいいんだ! リーナ許してくれ! それに、君の子供も守ってやることができなかった……」 ドルトイは思わず天を仰いだ。その時、一瞬の隙が生まれた。 「死ね! 地球人め!」 不意に脇から現れたデュオ人が、剣を構えたまま体当たりしてきた。驚いてブラスターを構えようとしたが、突っ込んでくる剣に弾かれ、手から離してしまった。しまったと思う暇もない。次の瞬間には、ズブリと胸に突き刺さる剣の感触があった。 「リーナは許してくれるだろうか……」 常にエリートと呼ばれたドルトイの脳裏に、輝かしい生涯が走馬灯のように 浮かんでは消えた。だが、本当に輝かしい人生だったのだろうか?初めて愛したデュオの娘と無理矢理引き離され、汚い仕事をもさせられた。若い頃は、ゲリオールに付随わされ、最近では息子の無謀な侵略に心を痛めつけられて……。リーナの故郷の星を土足で踏みにじる手伝いをさせられ…… 「……これで本当に自由になれた……」 ニッと微笑んだドルトイの口から、大量の鮮血が吐き出される。見開かれたままの目は何を見つめているのか、静かに命の灯りを消して行く。やがて手に手に武器を持った反乱軍の無数の靴に踏みにじられて、誰とも判別できない肉の塊と化した。 「アルディオンの神子を助け出せ!」 「金髪の悪魔を倒せ!」 「地球人を皆殺しにしろ!」 踏みにじられていた人々の怒号が神都を揺るがす。憎しみと恨みの象徴であった塔の周囲は、血に狂った群衆が取り囲み、まだ動いている神殿兵士をなぶり殺しにしていた。阿鼻叫喚と、勝利に沸き立つ市民の歓呼の声がアルディオンの塔を中心に吹き荒れる。金髪の麗人と善神アルディオンの神子が作り上げたデュオ政府は今まさに風前のともし火と化していた。 同胞を見殺しにはできない。汚い地球人の殺人兵器の餌食になどさせてはならない。執念だけが老人の身体を突き動かせていた。もはや全身に打ち込まれたレーザーの痛みも感じない。ただ目指すは金髪の悪魔だけであった。 「神の名を汚す悪魔め……」 唸るような声がドルベの口から絞り出された。もはや眼は金髪の地球人しか捕らえてはいない。全デュオ人の敵、善神アルディオンの御名を汚す悪神ドードの手先、ウッズマンがそこにいた。 「死にぞこないが!」 鈎爪のように折れ曲がった指が金髪に触れようとした瞬間、ウッズマンのブラスターが火を噴いた。老人の頭部が燃え上がり、瞬く間に炎は全身を包む。 「爺さん!」 「ドルベ爺!」 フェリオとダンが金縛りから解けて絶叫した。だが、時はすでに遅く、火炎の塊となった老人は床の上で絶命していた。 「畜生ーっ! この人殺しの悪魔めーっ!」 フェリオは剣を投げ捨て、ブラスターを両手で構えた。この男だけは許さない。大切な幼馴染みを騙し、デュオ人全員を地獄に落とす。このまま生かしておくことなんか絶対にできない。必殺の気合を込めて、トリガーに指をかけた。 「ウッズマンを殺すことは許しません」 引き金を引こうとしたフェリオとウッズマンの間にライヤが滑り込んだ。そして、庇うように立ちはだかった。思わず息を呑むフェリオ。何故、そんな男を庇う? それほど、その男を愛しているというのか? 「ライヤ、どいてくれ! そいつは悪魔だ! 僕たちの星をだめにする、悪神ドードの僕に違いない! 生かしておいてはためにならない奴なんだ!」 懸命に説得しようとする。しかし、ライヤはジッと動こうとはしなかった。 「ウッズマンはデュオを悪い地球人から護るために日夜を惜しんで働いてくれている、いわばデュオの恩人です。例え、今は苦しくとも、耐えなくてはなりません。それが善神アルディオンの意思なのです。金髪の地球人と共にデュオを護るべしと私はアルディオンの啓示を受けました。あなたはアルディオンの言葉を疑うのですか?」 「うっ……」 フェリオは思わず言葉に詰まってしまった。デュオの人々は、子供の頃から良き神アルディオンを信仰し、その言葉に従ってきた。起床の祈りに始まり、食膳の感謝、狩の成功を祈り、獲物を感謝と共に捧げる。アルディオンの意思に逆らって生きることなど考えもつかないことであった。それは理屈ではなく、身体に染みついた本能のようなものである。アルディオンの名を出された途端、フェリオの意気は消沈してしまった。そして、目の前の地球人はもしかして、本当は悪い人間ではないのかも知れないと感じ初めていた。動揺が少年の動きを止める。それを見た護衛兵士二人が互いに目配せを交わしているのにも気づかず、すがるように幼馴染みを見つめていた。しかし、ライヤの表情は冷たい。 「うわーっ!」 「ぎゃーっ!」 突如、護衛兵士二人が悲鳴を上げて倒れた。驚いて振り返るフェリオ。 「フェリオ、騙されるな! 善神アルディオンの啓示などとは嘘だ! そのような啓示、アルディオンが示すはずない!」 「ダン?」 フェリオが呆然と立ち尽くしている隙に、レーザーを放とうとした兵士をあっという間にダンが大剣を振るって倒していた。 「その通り! そんな金髪の悪魔の虚言に騙されてはいけないわ、フェリオ」 「えっ?」 「何者だ?」 不意に聞こえた女の声に、一同が驚愕する。フェリオはキョロキョロと視線を室中に向ける。ダンも用心深く気配を探っていた。 「その声はキヨネか?」 一瞬の躊躇いから立ち直ったウッズマンが、静かに問う。眼は鋭く室の一点を見つめていた。それは、かつてバスルームの存在した場所。今は、ドアが破壊され、浴槽の上には瓦礫が山積していた。フェリオも思わずそちらに視線を向ける。と突然、瓦礫が盛り上がってきた。ガラガラと崩れ落ちるコンクリート片が大理石の床に落ちる。続いてニュッと現れる白い手。一同は息を呑んでそれを見つめた。もう一つの手が出てきたと思うと、バッと瓦礫が弾き飛び、女の上半身が姿を見せた。それは長い黒髪の美しい女性。 「キヨネ!」 「キヨネさん?」 ウッズマンとフェリオが同時に叫ぶ。自爆したカエル男、ダストルと共に爆死したはずの銀河パトロール特級航宙士であった。 「生きていたのか……」 ウッズマンの眼がスッと細くなる。 「残念だったわね、私が死んでなくて。敵地に乗り込んだ時は、何かあった時、何処が安全かちゃんと調べておくのが私の趣味なの。毒ガスが換気口から送り込まれたら、窓ガラスをどうやって破壊するか考えておいたり、銃を持った人間が乗り込んできたらどうするかとか、爆弾が投げ込まれたら、何処が一番安全かとか……」 「ふっ、全くいい趣味だ。君のような美しい女性にはとても似合わないけれどね。私の好みとしては、美しい女性には、おとなしく家でピアノでも弾いていて欲しいものだ」 「あらっ、それって大昔の考え方だわ。今の魅力的な女性は、強くて、賢くて、美しいものよ」 キヨネは嫣然と微笑む。それは、どんな大輪の薔薇も恥らうほどの美しい微笑みであった。 「フェリオ、やっぱり生きていたのね。わたし、信じていたわ。あなたはライヤを助けるまでは絶対に死なないってね」 まだ何か言いたげなウッズマンを無視して、キヨネは少年を見つめた。一心に幼馴染みを愛し、ひたすら助けようとする少年フェリオ。彼がここまでやってくるまでには様々な苦難があったはずだ。 「……でも……ライヤは変わってしまった……」 フェリオは悲しげに瞼を伏せる。たった今の出来事である。反乱を収めるため、敵も味方も皆殺しにしてしまうような兵器を平然と使おうとした。そして、またも金髪の地球人を護ろうとする。どれほどデュオ人がウッズマンに苦しめられているのか知らないとでも言いたいのか? やはり、鉱山で彼を苦しめ、殺すようにと指示したのもライヤだったのかもしれない。 「フェリオ……」 ゆっくりと瓦礫の山を避けながら、キヨネは少年に近づく。そして、優しい瞳で見つめた。 「ライヤは決して変わってはいないわ。昔のままの優しい少女よ。信じてあげなさい。でないと、何もかも棄てて、神子となった彼女があまりにも可哀想よ」 そう語りかける美しい地球人の女性をフェリオは戸惑いの視線で見つめる。黒曜石の瞳は不思議な光を宿していた。 「ウッズマン、もう観念するのね。やっと尻尾を掴んだわよ」 クルッと振り向いた黒曜石の瞳は、厳しいものへと変化していた。真っすぐに見つめるキヨネの目は、銀河パトロール特級航宙士のものである。 「……」 何も応えない金髪の大使にキヨネは一歩足を踏み出す。と、ウッズマンの前にかばうように立っていたライヤが警戒して全身を緊張させた。 「ウッズマンに危害を与えることは、アルディオンの神子が許しません。それ以上近づかないで!」 ライヤが厳しい口調で命令した。だが、キヨネの足は歩調を緩まない。息をのんで見つめる一同の視線は女王ライヤとキヨネの間を間断なく行き来している。あと一歩で手が届く距離にくると、キヨネはピタリと足を止めた。そして、視線はライヤに注いだまま、フェリオに問いかける。 「この少女をよく見て。本当に幼馴染みのライヤかどうか」 「えっ?」 意外な問いに、フェリオは眼を瞬かせる。本物のライヤ? どういう意味? 彼女は一体、何を言っているのだろうか? 何処からどう見ても、目の前にいる少女は幼馴染みのライヤだ。眼も、口も、鼻も、まだ幼い肢体も……全て、彼が知っているライヤそのものである。そう答えようとして、フェリオは思わず口をつぐむ。本当にそうだろうか? 先ほど、ライヤは地球人の作った恐ろしい殺人兵器を平気で使うようにと命令していた。彼の知っているライヤは、そんなことできる少女では決してなかった。どんなに小さな生き物にも、優しい女の子だった。 かつて彼女をいじめていた男の子をフェリオが殴ろうとした時だって、可哀想って泣いて止めさせた。そんな彼女だったから、ずっと好きだったのだ。そう思って見直すと、何処か違和感がある。肌の感じも、髪の色も、そっくり同じようだが、微妙に違っているように見える。初めは、野で育った彼女が、ずっと室内にいたせいかと思っていた。でも…… 「もしも本物のライヤなら、これが何だか判るはずだ」 フェリオは思いつめた表情で、懐から小さな光る小石を取り出した。そして、ジッとライヤの瞳を見つめる。 「青水晶だよ、覚えているだろう。これはライヤの父さんの形見だけれど、僕に持ってて欲しいって、僕に預けたライヤの宝物だよ」 ライヤは戸惑った顔でそれを見つめていたが、コクンとウッズマンがうなずいたのを確認すると、口元に笑みを浮かべた。 「ええ、覚えているわ。それは大事な物だったから、信頼できるフェリオに預けたのよ。どうして忘れるものですか」 「ライヤ、本当に覚えているの? これは、ライヤの父さんが死ぬ前に、渡してくれた大切な形見だよ?」 「もちろん、お父様が亡くなった時は本当に悲しかったけれど、そのことはしっかりと覚えているわ」 「……」 少し悲しげな表情を作ったライヤを、フェリオは更に悲しげな顔で見つめていた。そして、ゆっくりと青水晶を懐にしまい込む。そして、ポツリとつぶやくように言葉をつむぎ出す。 「……ライヤ……。この青水晶は、僕がエルフォンの谷で見つけたものだ。今度のライヤの誕生日にプレゼントするつもりで内緒にしていたものだった……」 室内はシーンと静まり返る。ダンはハッと息を呑み、ウッズマンは何を考えているのか、全く表情を変えない。ライヤの唇には、うっすらと笑みが浮かんでいた。 「しかたがないねえ、そんなこと気づかなければ、長生きできたものを……」 秀麗な細い指がパチンと鳴る。途端、護衛兵士の銃がフェリオたち侵入者に向けられた。 アルディオンの神子、女王ライヤは偽者であった。そのことを見破った幼馴染みの少年フェリオと、彼を助けて反乱軍を指揮して、女王ライヤを悪の地球人から救い出すために乗り込んできたダン、そして銀河パトロール特級航宙士キヨネ山本はジッと、金髪の大使を睨んでいた。ウッズマンを護衛する兵士三人の銃口はピッタリと侵入者の心臓を狙っている。しかし、キヨネたち三人もそれぞれの武器を構えていた。どちらも引き金を引くことができずジッと睨み合っている。 「ウッズマン閣下!」 室内の緊張を破ったのは、ドルトイ司令の指示によって、ネオサリンの使用許可を尋ねにきた伝令兵士であった。 「フェリオ、伏せろ!」 咄嗟にダンがフェリオの身体を突き飛ばした。同時に大剣で兵士二人を叩き切り、ブラスターで伝令を打つ。キヨネはレーザーを金髪の男に向かって放つ。それは決して狙いを外すことのない距離であった。煌く閃光! 切り裂かれる麗しい顔面。 「ばかな!」 思わずフェリオが絶叫する。なんと、レーザーがウッズマンの顔面を貫こうとした瞬間、ライヤが身を躍らせたのである。細くか細い腕が金髪の大使を抱くと同時に、レーザーが背中を貫いたのであった。ポッカリと開いた黒焦げの穴からは血は出てはいない。だが、焦げた衣装の下に見えるのは、無機質な機械。 「やはりアンドロイド。神子の侍女長と同じように、身代わりのアンドロイドを使っていたというわけね。本物のアルディオンの神子を亡き者にし、偽者に支配させる。そうすれば、デュオはウッズマン、あなたの思うがままって筋書き通り。でも、残念だったわね、ライヤの幼馴染みが偽者を見破ってしまった」 勝ち誇ったキヨネがウッズマンの奸智を看破する。もはや言い逃れることはできない。言葉だけでなく、ライヤの身代わりアンドロイドという確かな物的証拠があるのだ。 「これは私の仕業ではない。女王ライヤが望んだことだ。もしも自分に何事か起こったならば、このアンドロイドを身代わりにデュオを守って欲しいと……」 言いかけたウッズマンの言葉が途切れる。そして大きく見開かれた瞳は、ジッと一点を見つめていた。気づいたフェリオとダンもその視線を追い、アッと小さな叫び声を上げる。 「ライヤ?!」 「アルディオンの神子……?」 先程、キヨネが現れたと同じ浴槽の中から少女が静かに立ち上がる。多少瓦礫の埃にまみれてはいるが、それは紛うことなく、アルディオンの神子、女王ライヤであった。 「くっ、私としたことが迂闊だったよ。キヨネが、あの爆発を逃れていたのだ、一緒にいたライヤが生存している可能性は高かったのだ……」 金髪がさざなみのように揺れる。少女王のルビー色の瞳は、悲しげに伏せられていた。 「アスラン、私はあなたを信じていました。ずっと、ずっと……」 ライヤの表情は深く悲しみに沈んでいる。今まで信頼しきっていたウッズマンに騙されていたのだと初めて悟ったのであろう。 「ライヤ! フェリオだ! 帰ろう、僕たちの村へ! 僕たちの育ったあの山へ!」 「フェリオ……生きていたのね……」 少女の唇に喜色が浮かぶ。自分のために死んだと思っていた幼馴染み。命がけで助けにきてくれた頼もしい男の子。しかし、裏切ってしまった。もう許してはもらえないと思っていたのに……。また助けにきてくれた。それも、こんな一番苦しい時に。嬉しかった。ありがとうって叫びながら、あの胸に飛び込みたかった。 「キヨネさん、私はアルディオンの神子ではありません。善神アルディオンの神託を受けたというのは嘘です。アスランに唆されて、皆を騙していたのです。デュオを悪い地球人から取り戻すには、そうしなければならないと言われて……。私はデュオの人々を騙しました。そして、善神アルディオンをおとしめた罪人(つみびと)です。どうか私を裁いてください」 「ライヤ……」 フェリオが呆然と幼馴染みを見つめる。ダンは何も語らない。キヨネも黙って少女を見つめていた。そして、ウッズマンは…… 「ライヤ、そんな戯言を! お前はアルディオンの神子だ! そして、デュオ女王ライヤだ!」 だが、誰も応える者はいない。ただ冷然と黄金に縁取られた秀麗な顔を見つめているだけであった。ここまで追い詰められても、まだ白を切ろうというのか。 「本人が知らないだけだ。間違いなくライヤはアルディオンの神子なのだ。それを私は利用した。思い通りにデュオを支配するために。馬鹿な小娘だ。ちょっと優しい言葉をかけるだけで、何もかも私の言いなりになった。きっと、私の美貌の虜になったのだろうな。蛮族の娘を、正当なゲルマンの血を継ぐ私が本気で愛するとでも勘違いしたのか?」 「アスラン……」 冷笑を浮かべる金髪の地球人を少女は呆然と見つめた。何故、今、この場でそのようなことを告白する? もしかしたら愛されていないのかも知れないとは感じていた。優しく髪に触れる手に不自然さを感じることもあった。形の良い唇からつむぎ出される賛美の言葉にも、何処か空々しいものを感じないわけではなかった。でも、信じたかった。愛されていると信じ込むことで、人々を騙しているという重圧から逃れることができたのだ。愛する男のため、何もかも犠牲にする。それは、彼女を苦しめた。しかし、その苦しみに耐えることが愛なのだと思っていた。共犯者だから、強い絆に結ばれている。決して裏切られることのない愛だと信じていた。 「アスラン……」 縋るように男を見つめる。しかし、それは冷たい嘲笑で跳ね返されてしまった。 「この悪魔め! よくも大切なライヤをーっ!」 激烈な怒りに、フェリオが躍りかかる。 「この猪小僧! 体当たりで飛び込むだけが愛情ではない! 時には、そっと見守ってやるのが本当の愛情であることもあるのだ」 襲い掛かる少年の手を、軽くいなすと、足を払う。途端、床に倒れるフェリオ。慌てて起き上がろうとするこめかみに、ブラスターの銃口が突きつけられた。 「全員動くな! 動けば、小僧の命はない」 ウッズマンは、グルリと室内にいる人間をねめつけ、左腕で、ライヤの偽者アンドロイドを抱き寄せた。 「キヨネさん、撃って! デュオのため、ライヤのため、こいつだけは生かしてはおけないんだ! 僕一人の犠牲でデュオを再び地獄にしてはだめだ!」 カッと見開かれた眼で、宿敵ウッズマンをにらみつける。幼馴染みを騙し、デュオの人々を地獄に落とした極悪人、この男だけは絶対に許すものか。逃がすことはできない。やっとここまで追い詰めたのだ。多くの犠牲者が出た。恐らく同志の多くが傷つき倒れた。彼を地獄のような鉱山から逃がしてくれたドルベ爺も、目の前で殺されてしまった。そんな犠牲を無駄にしてはならない。 「フェリオを殺さないで。アスラン、殺すなら私を殺して! お願い……。私はアルディオンをも偽った罪深き身です。例え殺されてもしかたがない人間なのです。でも、フェリオには罪はありません。ただ私を助けにきてくれただけなんです」 ライヤはついと身体を投げ出す。全くの無防備な少女は、自らの命を投げ出し、幼馴染みを助けようとした。そう、彼が命がけでここまで来てくれたように。 「ライヤは罪人(つみびと)ではないと言っている。私に利用されただけの飾り人形だと言ったはずだ。お前のような小娘が惑星全体の運命を左右できるような企みに加担していたなどと思うのは、自惚れもはなはだしい! 厚かましいのもいい加減にしろ! 蛮族の娘なら娘らしく、馬鹿でいた方が可愛げがあるというものだ」 ウッズマンが冷たく言い放つ。ライヤは愚かでどうしようもない娘だと。言葉は氷の刃のように少女の胸を抉った。 「……本当に馬鹿だったわ……少しは愛されていると信じていたのに……心の中で、そんなに蔑まれていたのにも気づかなかったなんて……」 ライヤの両眼から涙がこぼれ落ちる。初めての恋に破れた悲しみで胸は張り裂けそうであった。悲しくて、悲しくて、自分が可哀想で、惨めで……このまま死んでしまいたい気分だった。 「アスラン、私を殺してーっ!」 「ライヤ!」 「ライヤ?!」 不意にウッズマンに飛びついた少女に、悲鳴のような叫びが上がる。無茶だと、キヨネは咄嗟にレーザーの引き金に指をかけた。だが、ライヤの身体が邪魔で、撃つことができない。と、その目がブラスターの銃口が動くのを捕らえた。ライヤが撃たれる! 一か八かレーザーの引き金を引くべきだろうか。一瞬の逡巡がキヨネの指を硬直させた。 ズドーン! 「きゃーっ!」 刹那、室内に銃声が轟く。ライヤの悲鳴。驚愕で大きく見開かれるフェリオの瞳。キヨネの表情も驚きに満ちていた。 「ポロリと手を離れ、ブラスターが床の上に落ちた。そこにいた全員が煌く黄金の蝶を見たと錯覚した。フワリと蝶は黄金の羽を羽ばたかせて床の上に降り立つ。 「アスラン?!」 ライヤの悲鳴が静寂を破る。皆がハッと我に返った時、黄金の髪を持つ美麗な大使が床の上に倒れていた。 「へへへ、オレ様の存在を忘れてもらっては困るぜ」 浴槽の瓦礫の中から現れた、中年の男が嘯く。手にはまだ白煙を昇らせている拳銃が握られていた。星間警察警部、モルグであった。爆発の時、キヨネやライヤと共に浴槽に飛び込み、命拾いをした彼は、二人が出て行った後も、ジッと身を隠し、狙撃の機会を狙っていた。そして、ウッズマンがライヤに注意を向けた瞬間、撃ったのであった。 「デュオ駐在大使アスラン・ウッズマン、あなたを惑星デュオの元首暗殺未遂と、木星麻薬取引法違反、それに人身売買、その他諸々の罪状により逮捕します。もう観念するのね。今度こそ、ジュリアの死の真相も白状させて上げるわよ」 つかつかと近づいたキヨネが轟然と言った。 「それはどうかな?」 撃たれた右肩を左手で押さえて身体を起したウッズマンが黄金の髪を震わせて、くっくっと笑う。こんな状況に陥ってもまだ逃げられると思っているのだろうか? それとも、もし逮捕されたとしても、銀河連邦議長である父親、ゲリオール・ウッズマンが助けてくれると信じているのか? 「私は決して逮捕などされない……」 血の気を失った唇から血を滴らせ、壮絶な笑みをうかべる黄金の大使。思わず息を呑んで見つめる一同。 「げほっ!」 不意にむせたようにウッズマンが大量の鮮血を吐き出した。ハッと顔を見合わせるキヨネとモルグ。撃たれたのは肩口。大量の血を吐くような傷ではない。では何故? 「ウッズマン、まさか毒を?」 蒼ざめて問うキヨネにウッズマンはフッと微笑む。 「私は絶対に逮捕などされぬ……」 再び、鮮血で唇を染めたウッズマンの身体が床の上に崩れた。 「……ジュリア……」 最後の、つぶやきのような声がキヨネにだけには聞こえた。ジュリア、それはかつてウッズマンを愛し、自殺したとされた女性の名であった。すべては謎のままデュオの動乱は収集した。 「ライヤ、僕たちの村へ帰ろう」 呆然と立ち尽くす幼馴染みの肩をフェリオが優しく触れた。 「フェリオ! 私は、私は、私は……」 優しく包み込もうとする手を離れ、ライヤは幼馴染みを振り向いた。そこには昔と同じ幼い笑顔がある。どんなにこの笑顔を求めただろうか? 人々を騙し、アルディオンを偽っているという重圧に苦しめられている時、どんなに傍にいて欲しいと願ったか。そして、キヨネの報によって死んでしまったと聞かされた時、どんなに悲しかったか……。 「フェリオ、ごめんなさい! 私、私、私……帰れない! 帰れないのよーっ!」 ライヤはクルリと身を翻すと駆け出す。愛されていると信じていた自分が恥ずかしくて。そして、そんな自分なのに、まだ優しくしてくれるフェリオに会わせる顔がなくて、逃げ出したのである。こんなあさましい自分が嫌いで、馬鹿だったことに腹が立って、こんな女の子なのにまだ優しいフェリオが許せなくて…… 「ライヤ?! どうしたって言うんだよ?!」 フェリオは慌てて後を追う。モルグとキヨネは顔を見合わせる。 「フェリオに任せておきましょう」 「しかし、あいつはまだガキだからなあ……」 モルグは心配げにドアの方へ視線を向ける。だが、キヨネに腕をつかまれ、渋々うなずいた。そして、タバコをくわえると、カチリとライターで火を点ける。 「ライヤ、待って!」 フェリオの叫び声を後ろに聞きながら、外に飛び出したライヤは廊下の向こうにある階段に向かって走った。それは屋上へと続く階段。何も考えられず、足は自然に段を駆け上がって行く。何もかも自分のせいだ。デュオの人たちを苦しめるつもりはなかったのに。ただ悪い地球人を星から追い出せると信じ、ウッズマンの口車に乗ってしまっただけ。あさはかだった自分が呪わしい。彼の美貌に騙され、愛されていると勝手に思い込み、彼の言いなりになってしまった自分は、なんて愚かだったのだろう。そのために、多くの犠牲者が出てしまった。全ては、自分が愚かだったから。 「ライヤ! だめだ! それ以上行ったら死んでしまう!」 フェリオの絶叫に我に帰る。ハッと足下を見ると、いつの間にか屋上の端に立っていた。 「近づかないで! 私を放っておいてよーっ!」 ライヤは嫌々をするように頭を激しく振る。きれいに束ねていた髪が支えを失って、ハラリと宙を舞う。本当にどうしていいのか判らない。ウッズマンに騙されていたとも知らず、思うように操られ、デュオの人々を苦しめてしまった。愛されていると勘違いしていた愚かな自分自身が恥ずかしくて堪らない。本当に馬鹿で、愚かで、恥知らずで、傲慢で、嘘つきで……。こんな自分が嫌で堪らなかった。 「死んでしまいたい! こんな馬鹿な私、死んだ方がいいのよ!」 屋上の縁へと後図去って行く。その足がコンクリートに当たり、腰に手すりが触れた。これさえ乗り越えれば、死ねる。上体を乗り出し、飛ぼうと腕に力を込める。 「ライヤ、止めろ!」 だが、強い力で引き戻されてしまった。振り返ると、泣きそうなフェリオの顔が目の前にあった。 「ライヤ、死んじゃだめだ。ライヤがいなければ、僕は生きて行けない。ライヤがいてくれたから、僕はどんなに苦しくたって生きていられたんだ。鉱山で鞭打たれたって、ライヤを助けなくっちゃって必死で頑張れたし、アルディオンの塔に皆と攻め込む時だって、本当は凄く怖かったけれど、ライヤを助けるんだって思うと、勇気が出たんだ。僕はライヤがいなければだめなんだ。僕のために生きて!」 フェリオは力一杯ライヤを抱きしめると、懸命に訴えた。そして、いつの間にかライヤの抵抗は止んでいた。塔の下では人々の歓呼の声が沸きあがっている。ウッズマンの死の報を聞いて勝利の声に沸きあがる。今度こそ、デュオは解放された。今度こそ、アルディオンの神子を中心にした国家を築くのだ。 「アルディオンの神子、ライヤバンザイ!」 「デュオの青い虹、フェリオバンザイ!」 「善神アルディオンに栄光あれ!」 神都アルカディアから、民衆の独立を喜ぶ歓声は惑星全体へと伝わって行った。本当の自由と解放。真の平和な星を作るのはデュオ星人自身。これからが星としての出発の第一歩。どんな政治がなされようと、自分たちの責任である。もしも悪辣な政府に苦しめられようと、自分たちの責。しかし、それこそが自分たちの選んだ道なのだと後悔はしないだろう。何故なら、デュオ人のデュオ政府なのだから。 金髪のデュオ駐在大使ウッズマンの死によってデュオ政府から地球人は一掃された。ウッズマンの最後の言葉により、ライヤがアルディオンの神子で間違いないと、フェリオとダンが人々に証明し、ライヤ自身が偽り神子だということは否定された。そして、キヨネの進言により、デュオには中心となる人物が必至であり、当分の間は人々から崇められるアルディオンの神子がそれに相応しいということで、便宜上の代表者として元通りらいやが女王を務めることとなった。新たな政治体系が整うまでは、ダンが宰相として政務を代行することも決し、若い惑星政府は粛々と歩み始めた。ようやく動乱の収まり、政情も落ち着いたのを見届けると、キヨネは惑星を離れることにし、若い女王と幼馴染みに別れを告げた。 「オレは納得が行かねえんだがなあ……」 「何?」 遠くなって行く惑星を宇宙船の窓から見つめながら、星間警察の警部がタバコの白煙と共に疑問を吐き出した。黒髪の特級航宙士は黒曜石の瞳を上げる。 「あいつ、どうしてライヤはアルディオンの神子だと言い張ったのだ? あの状況で、そんなことを言い張る必要はなかったと思うのだが? それに、最後とはいえ、ライヤをあのように罵倒したのは何故だ? まあ、お蔭でライヤを救うことができたのだが……」 「ウッズマンはライヤを本物のアルディオンの神子だと言い張ることでライヤを助けた。そして、ライヤを罵ることによって、自分自身を最も憎むべき悪役に仕立てた。それは、ライヤを騙され、利用されただけの被害者にするため。あの金髪の大使が守りたかったのは、純真なデュオの少女であり、自分自身ではなかった。ライヤの護衛に私たちをつけたのは、私たちもろともライヤを爆死させようとしたのではなく、優秀な星間警察警部と銀河パトロール特級航宙士なら、なんとしてもライヤを救ってくれると信じたから」 「な……?」 思わぬ答えにモルグは絶句した。そして、キヨネの顔を見る。 「そんなことあるわけないでしょう。あいつは憎むべきジュリアの仇。デュオ人の少女を思いやるなんてできるわけないわ。そうでなかったら……」 キヨネはふと口を閉じると、静かに窓外を見る。そこには地球に酷似した美しい惑星デュオがドンドンと小さくなって行く姿が写っていた。 全てが若く希望に満ちた星。これからどんな道をたどるのだろうか? それは彼らしだいである。ライヤとフェリオ、若い恋人たちにも試練は続くだろう。しかし、彼らはきっと乗り越えて行くに違いないとキヨネは思う。
最終章 勝利への讃歌! ---了---
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