一人旅 文:利sea
一人旅・目次
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彼女が新横浜駅の新幹線のホームに立ったのは、その年のゴールデンウィークもちかい、4月の27日の金曜日の午前10時30分であった。
彼女の乗る電車は、午前11時3分新横浜発の広島行きであったから、時間はたっぷりとあった。彼女の行き先は、どこにするかは余り決定的ではなかったが、心の内ではある程度予定ができていて、米原駅には、彼女の文通相手の仲の良い友人が、迎えにきているはずであった。そもそもこの彼女というのは、未だ若い頃から雑誌を読むのが好きで、この友人と知り合ったのも、有る雑誌の文通相手を捜すという記事から出した、一通の郵便がそのきっかけとなったのである。 彼女の年齢は23歳であり、その横顔には、何故か幼い印象が残っていた。彼女は、ホームに立っていても心がウキウキするのか、とっても明るい表情をしているのである。しばらく、ホームの白線の一歩前に立っていたが、いつしかうしろにあるベンチというか、長椅子に座って詩集をよみはじめていた。そしてしばらくすると、ほかの乗客達もぞろぞろと階段を上ってきて、かなりの数 ホームに並び始めた。彼女はと見ると、まだ詩集を読みふけっているようであったが、やがてそれを閉じて、鞄の外ポケットに入れ、乗客達の間を通り抜け、グリーン車のデッキのところで立ち止まった。 それでも、電車がホームに入ってくるまでには、数分間という間があった。でもその数分間は、このホームで待つ人々にとって、まるで嘘のような短い時間に感じられていた。と言うのは、駅構内のアナウンスが、かなりしつこく放送しているせいもあって、そう感じたのであろう。そうこうするうちに、午前11時3分発の電車が、ホームに音もなく滑り込んできた。そして、彼女の前のドアが、これまた音もなく開き、ここでは勿論と言って良いほど降りる客はないので彼女一人が乗り、指定券を確認してからそ の席に座ったのである。 彼女の席は5列目のA席であり、窓際であった。彼女が座ってホームに目をやると、電車は今 動き始めるところだった。車内放送では、「名古屋駅には13時00分着」と報じていて、まだ出発して間がないというのに、車内検札に車掌がにこにこしながら一人一人に挨拶をし、言葉を交わしてきていたが、グリーン車にはさすがに通過していってしまった。彼女はと見ると、もはや旅慣れたものか、先程 読み始めた詩集を読み始めていた。彼女の胸のうちには、まだ見ぬ初めての人に会うために、どきどきしていたというのが本音ではなかったろうか?彼女は「詩集を読む」と言うよりは、「ただ眺めていた」と言ったほうが良かったのでは……と言うのは、すぐにそれを閉じて窓外をのぞいているほうが多かったように思われたのである。 かなり走ったと思ったところで、車内放送で「ただいまこの電車は小田原を通過中でございます」と告げていて、このグリーン車の中の乗客も、そのほうを眺めている人も多かった。そしてもうしばらくすると、「進行方向右側に富士山が見えてきます」と告げてアナウンスは終わった。富士山と聞き「ほおーっ」と溜息が聞こえてきた。彼女のいでたちは、と見ると、背が高いせいか、黒でまとめているブラウスとスラックスそして靴と、とてもシックにまとめていたのである。さっき、新横浜で立っていた姿から、身長は170センチはあったように思われたのである。 さて、電車はいよいよ、富士山を仰ぎ見る場所まで近づきつつあった。乗客達は、再び車内放送で「まもなく、富士山が進行方向右側に見えてきます」と告げているので、その方向を皆溜息をつきながら見た、というわけである。子連れの親たちは口々に、 「ほら坊やあれが富士山よ早く見てごらん」などとそこここで声がしていた。 彼女はそれとなく見ていて、あきることなくいつまでもいつまでも見つめ続けていたので、いささか首が痛くなり、視線を元に戻してしばらく目を閉じていた。その頃になるとお互い退屈をしはじめるのか、隣席の婦人がにこやかに話しかけてきた。 この婦人は上品な白髪の婦人で、言葉使いも丁寧で、彼女とも話が合うのか、ここから彼女の降りる駅まですっかりうち解けて話題が進み、お互い にアドレスをかわすまでになり、「一度京都のほうだから遊びにいらっしゃい」とまで言われた仲になっていた。電車は何事もなく、一路浜名湖を眼下にしながら静岡をめざし、名古屋へとひたすら走っているのであった。この婦人と彼女は、あれこれ屈託のない話題で盛り上がっていて、今 浜名湖を通過しているのも気づかないふうであった。 その話題はと言うと…… |
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実は、隣席の白髪(はくはつ)の上品な婦人は、東京駅から乗ってきたのであった。彼女と話し始めたのは、ちょうど小田原あたりを通過している頃、と言った方がむしろ正しいであろう。婦人は伏し目がちに、今 彼女が鞄のポケットにしまいこもうとした詩集を先ほどからみていたようで、 「失礼ですが……今 貴方のしまわれた詩集は、ハイネの全集では」と聞いてきたのである。 彼女は「はいそうです」と答えて、「お好きなんですか?」と問い返したのである。これがきっかけとなって、話題が進み始めたと言うわけである。 「ところで貴方はどちらまで?」婦人はそう聞き返してきたので、 「はい、私は北陸福井から加賀温泉を巡って、富山から長野を経て横浜に帰るコースを、ほとんど一人で旅に出るところです」と答えている。 婦人は、「そうなのそれはお楽しみね」 「でも疲れるわぁ」と目を細めながらそう言った。 そしてこんなことを言ってきたのである。 「北陸福井ですとね、あのあたりの海岸が、とっても風景が宜しいのョ」と言い、なお続けて、 「福井駅にはどなたかお迎えにお見えになって?」 「ええ! 福井駅ではなく、米原で会うことになっています」と答えている。 「そうですか?それはお楽しみね」 「ところで、貴方はハイネの詩はどの詩がおすきですか?」と聞いてきたので、 「ええ、だいたいどれも好きですが……」 「そうですか? 私も若い頃には、そんな詩集を良く読んだものですわ」 「そうですか? それで、今は何かお読みでいらっしゃいましょうか?」 「いやあ、もう今ではね、目も遠くなってね。読むのはほとんどないわね」 そこで彼女は、「じゃあ、今までお読みになられたもので、何か印象に残っておられるものはありますか?」と問うてみると、 「そうね、私はハイネのものはすっかり忘れてしまったけれど、カールフッセだったかしら? ほらあれですよ」と懐かしそうに、その詩の一節を口ずさんでくれた。 「山のかなたの空遠く 幸いすむと人の言う……」と最後まで歌ってくれてから、 「貴方は何かおありでしょう」と言ってきて、延々そんな話題で、すっかり盛り上がってしまったのである。 そして彼女が気づくと、もはや名古屋駅へと電車は入っていき、静かに停止したのだった。 彼女はホームを見ていたが、そこには見送る人や見送られる人々でごった返していた。 そうこうしているうちに、ホームに人々が少なくなったと思ったら、電車は静かに動き始め、車内放送で 「この電車は、名古屋駅を13時04分に定刻通り発車しました。次の米原駅には13時34分に到着予定です」と報じていた。 「さて貴方ともお別れね」と婦人がそう言ってから、 「では、貴方のお名前だけでも教えて頂けないかしら?」 そう言ってきたので、彼女は 「そうですね! それじゃあ、奥様もお名前を教えて頂けません」と言いつつ、ではね、と婦人は隣席の紳士に声をおかけになってから、 「はい、これが私達夫婦の名刺なのよ」とわたしてくれてから、 「一度京都だからお遊びにいらしてね」と言ってくれたので、彼女は 「それでは、これが私の名刺です」と可愛いハート形の名刺をわたして、 「必ず、お邪魔させて頂きますわ」と言って、丁寧にお別れとお礼を告げて、そこを立ち去って、デッキへと歩を進めていったのであった。 つまり、そんなことをかわしているうちに、電車は米原駅へのホームへと滑り込んだ。 彼女はホームへ降り立ってから、さっきまで話していた婦人に、窓からのぞき込むようにして、大きく手を振って別れを告げたのであるが、それと 同時に電車は走り始めていて、中の婦人の手の振るのがすぐに視野からきえさってしまった。 彼女はそのホームで、淡い思い出の余韻を楽しんでいた。 しばらくすると、これまた身長の高い女性が近寄ってきて、 「すみませんが、新横浜からいらした○○さんですね?」と話しかけてきた女性がいた。 「はい、そうですが……」 ここで、お互いに文通でしか知り合っていない二人は、初めて会ったのだった。 |
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米原駅で落ち合った二人だったが、ここで初めて身分が明らかになった。つまり、文通ではお互いに「ハンドルネーム」というか「ペンネーム」を使っていて、本名を名のりあうのはこれが初めてだった。まず、こちらでは挨拶だけ交わして、二人は8番ホームに行くこととして、改札口から階段を降りて、まっすぐ8番ホームへと歩いていった。
「8番」と書いてあるところの階段を左側からおりてホームに出た。そこで、二人は長椅子に座り、名刺交換をしてから名前を紹介しあって、13時55分発の特急を待っているのだった。 ところで、この二人の名前は、と名刺を見ると、今もらった横浜の彼女の名は、「高橋ルミコ」といい、福井から迎えにきた彼女は「加藤栄子」というのであった。電車を待ってるうちに、ルミコから栄子に尋ねていたのは、 「何時頃にこちらにお着きになりました?」であった。栄子は、 「そうです。私は13時20分に着きましたのよ」と答えていた。 その間にも、米原駅で電車を待っている間、ホームを吹き抜ける風のさわやかさは、彼女の住む横浜とは違い、その気持ちよいのに驚いていた。そんなこととは知らない栄子は、いろいろ話してくったくなく笑うのだった。そうこうしているうちに、米原(まいばら)発 金沢行きの特急○○号が滑り込んできた。この電車はここから出るので、降りる客は一人もいなかったので、乗降口のドアが開くと、みんなはそれぞれに順序よく乗り込んで、指定席へと歩を進めていたのであった。 例により、彼女たちもその電車に乗り込み、さっさと指定席へ行き、ゆっくりと座って発車時刻を静かに待っていたのであった。車内放送では、この電車の運転手や車掌の名前を紹介したあと、停車駅と時刻とを知らせていたが、「福井駅には15時15分着」と知らせていた。二人はこの時間を聞くと、どちらからともなく話しかけてきたのだった。 ルミコが、 「栄子さんは、今日は何時頃お家を出られたのですか?」と聞いてきた。栄子は、 「そうね、今日は、11時30分には家を母の車で送られてきましたのよ」と答えていた。すると、ルミ子は 「あら、そうなの」と不思議そうに返事をしていたが……> 栄子「おかしいでしょう? 私の家では、何かって言うと私を車で送ってくれますわ」 ルミ子「そうなの! いいわね」とうらやましそうに言った。 すると、栄子からはこんなことを言って来たのであった。 「じつはね、私は昨夜から貴方に会えるのが嬉しくてね。余り眠っていないのを、母親に見抜かれていたみたいなのね」と話が進み始めたその時にちょうど、この電車が音もなく静かに、米原駅を金沢に向かって出発したのであった。 二人は楽しそうに話し込んでいて、いつ出発したかは気づかなかったが、ふと ルミ子が窓をのぞいてそれを知ったのだった。でも、栄子の話はまだ続くのだが、ルミ子はその話し方の面白さにつられて、どんどん引き込まれていくのだった。そして、栄子の話が一段落したときに、電車は鶴が駅へと入っていくところだった。ルミ子は「なんと田舎だろう?」と思ったが、福井県の松原海岸のことは、何かで読んでいて、いつか行きたいところの一つにしていた。勿論今回はここへはよらないから、駅だけでもその雰囲気を見ておこうと窓からホームをじっくりと見ていたのであった。 栄子はと言うと、そんなルミ子の姿に、何か不思議なものを感じていたところで「あと少しで北陸トンネルに入るわよ」とルミ子に告げていた。 ルミ子はそれら一つ一つが珍しく写っているらしく、そんな風景の変化にも大喜びをしていた。 そして、そんな二人を乗せている電車は、いつしか北陸トンネルへと入っていったのであった。 ここでは、電車の騒音がこだましてか、隣同士の話し声でも聞き取りにくいくらい、やかましい感じがしていた。 このトンネルをぬけると、福井県の嶺北地方に入り、空はますます青くきれいになるのであるが…… |
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北陸トンネルをぬけた電車は、いよいよ武生に向かって、ひたすら走っていたのである。ところがルミ子は、このトンネルの長さに驚嘆していたが、栄子にこんな事を言ったのだった。 「北陸トンネルが長いと言うことは話には聞いていたけれど、これほど長いとは思わなかったわ」と言ってきたのである。 栄子は「それはそうでしょうね」といわんばかりにこういったのだった。 「このトンネルを通り抜けるまでに、15分間はかかっているのよ」と言ったのである。それを聞くとルミ子は、 「時速はどれくらいでているの?」と聞いてきた。栄子は 「そうね、私が聞いているのは、トンネル内では、時速120キロから130キロは出ていると聞いているわ」と言ってきたのである。ルミ子は、 「そう!そうなの!へえええ?」と言って感心していたが、そのうち二人とも気づかなかったが、湯尾トンネルを抜け、そんな話をしているうちに武生駅のホームへと電車は滑り込み、静かに停車していた。 ここでは既に、福井行きの各駅停車の電車が時間待ちをしていて、特急電車が入ってくると、みんなの瞳がこちらに注がれていた。電車はすぐに発車して、「次は福井……福井……」と駅の拡声機で告げていた。栄子は、 「ほら、あそこに見えるのが福武線(ふくぶせん)と言ってね。武生と福井駅前とを結んでいる電車なのよ」と言って説明をしてくれていた。 ルミ子と言ったら、あまりの違いに驚きの目であたりを見ていた。そうしているうち、栄子は 「今渡っている鉄橋が、福井県では三大河川の一つ、日野川の鉄橋なのよ」と言い、 「ここはとまらないけれど、この鉄橋を渡るとまもなく鯖江駅を通過するのよ」といちいち説明をしてくれるのであった。 ルミ子は、それを楽しそうに聞きながら時々メモっていたが、栄子はそれには気づかなかった。そうしている間にも電車は走り続け、いよいよ高架線に入り、足羽川の鉄橋にかかってきたとき、 「ルミ子、福井に入ったわよ」といい、 「この川が、市内を東から西に流れている足羽川で、この鉄橋はその名が付いているの」と言ってまた軽く口を結び、そのあと数分してから席を立ち、降り口へと二人は向かっていったのであった。そして、二人がデッキに立ったときに、福井駅のホームへ電車はゆっくりと滑り込んだのであった。 二人は駅に降り立ち、「ホームに誰も迎えに来ていないか?」と見回しているところに、 「まあー、こんにちは」と言いながらお母様が近づいてきて、ルミ子に挨拶をしていた。 栄子はそれをめざとくみつけてから、 「来て頂いたの?」とにこにこしながら言ってきたのだった。 続いて、栄子がお母様に 「この方が高橋ルミ子さんと言い、ペンフレンドなの」と紹介してから、 「私の母です」とルミ子に紹介したのだった。 そんなことをしている間に、先ほど追い越してきた各駅停車の電車が、この駅の4番ホームへ入ってきたのであった。その頃になって、ようやく三人は福井駅を出て、お母様の車で我が家へとルミ子を案内したのであった。彼女の家は、横浜のルミ子の家に比べてもひけを取るものではなかった。栄子の家は大きな商売をしているので、その家もそれなりに立派なものであったのだった。そして、今夜はこの家でルミ子と栄子は過ごすことになるのであるが…… これからルミ子と栄子とは、驚くべき事件となるのであるが…… |
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その夜の夕食はとてもにぎやかで、いつもはいないお父さんまでが家にいて、ルミ子とよく話すので、家族じゅうがびっくりするほどであった。栄子は、 「お父さん、ルミ子さんは疲れているのだから、そんなに話し込んじゃあいけないわ」と言ったが、そんなことはいっこうに気にならない様子だった。 そこで、ルミ子はと栄子がそおっとのぞき込むと、 「この家のお父様って、お話のお好きなようね」と言って、ほろほろと良く笑ったのである。 そしてこのルミ子は、我が家で出されたものを、何一つ残さずにすっかり食べているので、栄子は「ああ、良かった」と一安心していたのであった。 そして、夕食はみんなでビールを飲んだせいもあって、この夜はいつもより盛り上がっていたのであった。 そして、栄子が台所に立っていった際に、母親から 「後で酔いが覚めたら、貴方と一緒にお風呂に入って頂きなさいね」と言われて「了解」と言ってから、 「もしかして、明日もここに泊まって頂いて宜しいかしら?」と切り出したら、 「そうよ。芦原も良いけれど、もう一泊してから、貴方と芦原温泉にでも行きなさい」と言ってくれていた。 そこで彼女はルミ子に、 「ねえ明日もう一泊ここでしたら?」と切り出したところ、 「でも、それじゃあ約束が違うから、いけないわ」と言い出したが、 「ホントはね、実は父も母も『そうするように』と私に話されているのよ」と切り出したところ、ルミ子は 「じゃあ、そうさせていただくわ」とこの話はすぐに決まり、栄子は車でルミ子を、まずは風景の美しくて波も荒い日本海に案内することを予定していた。 そして、彼女と栄子はビールの酔いも覚めたので、そろって入浴をさっさとすませてからベッドに入り、いろいろと話し込んでいてなかなか眠れず、翌日目がさめたときには7時過ぎであった。家族の人たちも、珍しくゆっくりとした朝を過ごしていて、二人がおきてきてルミ子が遠慮がちに挨拶をすると、みんなは異口同音に 「やあ、お早うさん。もっとごゆっくりなされば良かったのに」と、いたってこの家の人々は親切だった。 それを聞いていた栄子は、 「ほらね、みんなしてあんなこと言ってるでしょう」と言ってから、更に 「いそがしいときは、そりゃあ猫の手も借りたいくらいだけれどね。今のところは時間があるから、のんきなこと言ってるのよ」と言って笑ったのだった。 「さて、今日は朝食後、ゆっくりしてからでかけなさい」と母が栄子に言ってから、 「ルミ子さんも、そうなさるといいわ」と言ってきたのである。 「はい、そうさせて頂きます」と言ってから、遅い朝食となったのだった。 この日の朝は、海の物シリーズと言ったふうだった。 ここ福井の空の色は、ルミ子のみているその色よりも美しい青色で、ルミ子は食後の後かたづけを、栄子と手伝いながらそれを終えて、栄子の部屋の窓からあきることなくいつまでもみているのだった。そうしているうちにお出かけの時刻になってくるのだが…… |
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そしていよいよ外出の支度となり二人はあれこれと準備をしていた。 時計をみるとかれこれ10時に迫っていたが未だ彼女たちは出られそうになかった。 しかしこの家の人々は、決して「あわてなさい」とは言わなくて用意ができて家を出て行くまでは黙って見ているだけであった。 このことに気づいたルミ子はちょっとした違和感を感じていて、これは後で栄子に聞いてみようと思っていた。 「では、これから車の準備をしてくるわ」と部屋を出て行ってからしばらくして、彼女はルミ子を呼びに来たのである。 「ルミ子さん、では行きましょう」と呼びに来てくれて「はあい」と一緒にそこから駐車場へと出て行った。 ルミ子の眼は、その駐車場の周囲に咲いている花や名もない草木にも感心を示してから車に乗り込んだ。 外は未だ4月というのにとても暖かく、その空の美しさは横浜ではとても見られない透き通った青さであった。 さて家を出発したのは10時を20分程過ぎていて、今から彼女たちの行こうとしている日本海の名勝「越前海岸から東尋坊」までは おそらくは車や観光客で混雑しているであろうと、心中穏やかならざるものを感じていた。 さてそんなことを思いつつも、車は157号線を西へと順調に走っていた。 そしていよいよ国道305号線えはいると、俄然車が多くなってきて進むのがおそくなり始めてきた。 しかし幸いなことに彼女たちは、越廼村(こしのむら)の方に向かったので、それからはスムーズに走っていけた。 そしてそこで冷凍物であろうが、越前ガニのフルコースを昼食に食べてから「これからが楽しいのよ」と栄子が言ってきた。 彼女は「そう」と言いつつ、よほど空の色が気になっているのか? 栄子の話は上の空であった。 ところが二人が車に乗って「東尋坊の方に行くのだが、その前にこの観光道を行くからね」 と言いながら栄子は車を走らせ始めたのであった。 ルミ子は「先程頂いた越前ガニはとってもおいしかったわ」とその話で絶え間がなかった。 しかしそうしながらも突然歓声を上げたのであった。 「ああっきれいね!!!なんて美しいの!!まるで海のなかに飛び込んで行くみたい。」と言い続けながら、しっかりと周囲の風景も見ていた 栄子も「ちょっと 車を止めてみるわね」と傍らに車を寄せて止めてからゆっくりと景色を眺めたのであった。 冬の日本海の波と言ったら恐ろしく白い牙を剥き出しにして岸壁や道路まで洗い流しにくるのだけれど、この時期の波は なんと穏やかで青い空の色を写しつつ光線を反射していてその青さと言ったら言葉では言い尽くせないくらいであった。 そして周囲の山々の木々の葉や草の深緑色がとても鮮やかでこの海の色にうってつけであったのである。 そこに見とれてばかりもいられず、二人はそこから仕方なく車を東尋坊えと走らせたのであった。 その途中で栄子が東尋坊という名の由来みたいなものを語り始めたのであった。 |
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栄子の、話によると、この東尋坊は、こんな言われがあるのよと、言い始めたのである。 それによると、その昔、その村の荒くれ男が、この断崖絶壁のところを通りかかると東尋坊という坊さんが通りかかったのでした。 そこにその荒くれ男が、その坊さんに喧嘩をふっかけて、やがてそれが大喧嘩となったのでした。 そして、くんずほぐれつしているうちに、その坊さんが敗れてその断崖絶壁に飛び込んでしまったというわけです。 そこで、それ以来この場所が、東尋坊と言うことに誰からともなく言い始めたと、言うわけでした。 それを、聞いていたルミ子は「ふうううん」と言って感心していたのでした。 そうするうちに、車は海岸沿いのところから、なかに入り、山沿いの通りにさしかかっていたのだった。 そして再び栄子は「これから、まっすぐに行くと北潟湖という所に行き、それから吉崎御坊に行き、加賀へと抜けられるのだが、今日は左折して東 尋坊へ行くわね」と言ってきたのだった。 そして、やっと東尋坊へ着いたのであるが、観光客とそのバスや自家用車また営業車などでごった返していたのである。 幸い、二人の車は駐車場が空いていたのを見つけ、そこに入れてから東尋坊へと向かったのであった。 ここは岩がゴツゴツしていて、歩くのに歩きにくいばかりか深い断崖が下の方までまっすぐに切れ込んでいるので、誰もが怖くなりそれ以上は前に は行けなかったのである。 そこで、「東尋坊を、一巡りする観光船が出ているので、船着き場に行こう」と栄子に誘われるままにルミ子も従ったのであった。 二人が乗り込むと、船は、待っていたように船着き場を、離れ先ずは、東尋坊へと向かったのである。 二人は、波の静かなのに気をよくして、船べりで海を見ていたが、東尋坊に近づき、船頭が竿で深さを計ったり、岩の高さを見るように言ったので した。 二人も船からその岩の立ち姿を見て、その岩の一枚一枚が、まっすぐに上まで並び立つ姿は見事なものであった。 そこを離れて渡島へと向かったのであるが、今度は朱塗りの欄干を見ると、それは今見たそれとは全く異なって、きれいに見え、島の緑が鮮やかに 見えてきたのだった。 そこを一巡りして、船は船着き場にもどってきたのだった。 二人はそのまま口数も少なく車に戻り、これから家に向かうのだった。 二人が口を開いたのは車を発進させるちょっと前であった。 さて、「怖かったのう」と栄子が言い、ルミ子は未だにその怖さから充分には口が聞けなかったようであった。 しかし、ルミ子が帰り道は、「ここから右の方に行くと、何処に行くの?」と聞いてきたのだった。 栄子は「そうね、ここを右 つまり東へと行きぐるうっと右にハンドルを切ると南に行き、海水浴場の砂浜を右に見ながら福井に帰れるのよ」と 言ってきたのである。 そう言いながら、車はそちらに向かって既に走り始めていたのだった。 そしてルミ子は、またすっとんきょうな声で、「あああっきれい」と夕焼けを指さして、言ったのであった。 栄子もそれを横目で見ながら、近くの駐車場に車を止めて砂浜へと行き、その美しさにいつまでも見ていてルミ子などは我を忘れていたようであっ た。 そして、ふと我に返って、「遅くなると、家族の人たちが、心配するからそろそろ帰りましょう」と栄子に言ってきたのである。 結局、栄子も我を忘れたのかも知れないと、後で苦笑したのである。 そして、二人は車上の人となり福井へと車を走らせたのであった。 そして家に着いたのは、まだ明るい午後の7時を少し過ぎた頃でした。 家に着くと家族じゅうが待っていて、そのなかでも母が、一番安心したように安堵の顔をして、二人を迎え入れたのだった。 「お帰りなさい」と、言ってきたのはみんなだったけれど…… やはり、母の声が二人には、一番良く聞こえていたのであった。 そして、その夜の食事は、みんなで外食となり車はお酒を飲めない母と長男が担当したのだった。 会場は、普段から良く行きつけの料理屋さんで、ここは家族みんなの顔なじみでもあったのだった。 今日は、新顔が一枚加わったので、ここのおかみがいぶかしげに、のぞき込んできたが…… |
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この料理店は、家族みんなが来ているので顔なじみではあったけれど、何せ福井はまだ田舎者でちょっとでも変わったことがあると、もはや噂にな
るのは必定であった。 ところが、この家族の噂はほとんど出ず、又そんなことをしようなら後の始末が怖いことを知っていたのである。 だから、ここの家族の噂話と言えば何一つ流れては来ないのであった。 ところで、ル子はここの料理を食べながらこんな話を、し始めたのであった。 それは、先ほど見てきた三国の砂浜で水平線に沈む夕日のあまりの美しさを、とうとうと述べ始めたのであった。 目の前には八寸膳が出て来て、次から次と運ばれてくるのを見ながら話し始め、栄子達家族はそれらを食べながら聞いていたのだった。 それによると、ダークブルーの空のちょうどその空と海の重なるように見える、そのあたりに大きな真っ赤に燃え上がる太陽が沈み行く、そのあ たり一面の海面に黄金い色に染められた水面がきらきらして、そこに立つ波頭がそれはオパールのように光っているのよ。 と話がそこまで来たときに、皆はそれじゃあその、続きは帰ってからね……と 目の前にある料理を食べるように栄子に促され、皆で楽しく過ごした後に そこを退却したのだった。 それでも彼女は、未だあきらめきれず家の者を捕まえては、その話題をするのだったが結局は、栄子がその一番の相手となったようであった。 そして、翌日はハーモニーホールでモーツアルトのフィガロの結婚のなかからの抜粋曲とヨハンシュトラウスのワルツ集を東京交響楽団で、 指揮が小林健一であったのを聞きに行き、それがすんでから芦原温泉に二人は行く予定をしていた。 栄子の母はこの人達が帰宅してくる翌々日は、もう一泊して頂いて別のところに案内予定をしているのであった。 勿論、二人はそんなことは、全く知らずにその夜も遅く眠ったようだった。 そして家の外は、車の通る音と、犬の遠吠えが時折、聞こえてきて明るい月夜は静かにでも、蛙の合唱とともにふけてゆくのだった。 そして、草木も早苗もすこぶる静かに夜を耐えて明るい陽射しを、待っているところであった。 |
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さて、ここではルミ子の泊まっている、福井の夜をちょっと散歩してみましょう。 まず、駅前と言えども午後の遅くても八時前には各店舗も閉まってしまい、街灯はついているものの店の明かりは一軒もついていないと言う有様 で、 そこを通る人もあまりないので、それは静かなものでした。 駅前で、このようすですから、いまルミ子の泊まっている家の近くでは、もっと静かで特に月明かりのきれいな晴れている夜などは、 道も白く輝き、道の草も山や森などの木々も黄緑色に染まり、田に植えてある早苗も黄緑に染まり、そこにはられている水にうつる満月が波にゆら ゆらと揺れて、それはきれいである。 そして、水の中ではおたまじゃくしや小さな魚たちが泳ぎ回り、時々水面が「ポチャン」とか「バチャバチャ」と言った音が聞こえてくるぐらいで す。 さてルミ子の泊まっているところも車の音もその他の雑音も聞こえてこない静かな田舎と言った感じでした。 こんな事は、横浜に住むルミ子には、とても考えられないことでした。 この夜は、そう言ったわけで眠るのがちょっと遅れたようでしたが……それでもいつしか、すやすやと眠っていったようでした。 そして、いつしかしらじらと夜が明けてきて、この家のお母様が5時半過ぎに起きてこられたようでした。 ルミ子と栄子は、未だ睡眠を楽しんでいる真っ最中でした。 しかし、ルミ子の方は6時過ぎに目をさまし、横にいる栄子をと見ると未だ目覚めていないようでした。 そこでルミ子は、階下に降りていって台所にいるお母さんに手伝いを申し込み自分から進んで始めてしまいました。 それはこのルミ子には、目的があり味付けの、コツなるものを教えていただくつもりがあったのでした。 そして、この家の母親と二人が厨房でいろいろ教えながら、教えられながら朝の用意をしているのでした。 そうこうしているうちに、栄子が起きてきて、目をまん丸くしてルミ子に「お早う」と、言い挨拶を交わした後、「いつから手伝っているの?」 と、言いつつ手伝いを栄子も始めました。 ところがその頃になると、家族皆も起きてきてそこらあたりが賑やかになってきたのでした。 そして朝食が、家族そろってそれにルミ子が一枚くわわっていつもよりも一層にぎやかに始まりました。 そして、栄子とルミ子は午後からのコンサートを聞きに行く時間などを話していましたが、栄子の方から、『今日のコンサートは、とても良いわ よ』と言いましたが、 ルミ子は、「そうですよね、モーツアルトと、ベートーベンの交響曲ですからね」と言ってきました。 それを、聞いていたお父さんが、「そうかあ?それはすごいやあ」と言いながら、「それで曲目は?」と聞いてこられたのでした。 そこで、栄子が「確か、交響曲はジュピターで、もう一曲は田園だったかしら?」と言い、 ついでルミ子が『演奏がね、東京フィルハーモニー交響楽団で、指揮者が斉藤洋一郎氏だったかしら』と言ってきました。 それを聴くと、お父さんは、「それはいいやあ」と言いました。ついで、「何時から、でかけるのか?」と、聞いてきました。 栄子が「13時半開場で14時から開演よ」と言っていました。 すると、「ここからなら、ゆっくり行っても30分あれば行けるから、12時40分頃に出かければいいなあ」と、独り言のように言ってそこから 立ち去られて行かれました。 彼女たちとお母さんは、朝食の後始末をした後に、栄子に今夜の芦原で温泉での予約したホテルの名前と、そこに行くルートを書いた紙を渡しなが ら、 気を付けて行くように小声で言われた後、そこから、庭のほうえと出て行かれました。 そして、ひとあし先に二階に上がっていたルミ子のところに、ニコニコしながらあがってきたのでした。 そして、いよいよ外出の用意と宿泊の用意とを準備した後、しばらくの間テレビでの園芸番組を見ていましたが、 そのうち下から母親が二人を呼ばれて、昼食を勧められて、二人もそれを感謝しながら頂いて、「もう間もなく行かないとね」って、促されて家を 出ました。 今日は、営業車でコンサートホールえと出て行ったのでした。 それで、二人は、「まだまだ早いわねえ」と、言い合っていたのでしたが……何のことはない、この二人がそこについたときには、もはや50人ほ どの人たちが並んでいるのでした。 その一番うしろについた二人は、「もはや、こんなにたくさん並んでいらっしゃるのね」と、話しているうちに開場となり、二人はゆっくりとした 歩調で指定席へと行きました。 そして、しばらく待つうちに演奏会は、始まりました。 会場がザワザワしていたのが、まるで嘘みたいに静かになり美しい音の調べが、広がっていくのでした。 そして、約2時間半ほどして16時半過ぎにそれが終わり、二人がそこを出たところで両親が待っていたのでした。 二人は、何も知らされてはいなかったのでしたが、このご両親も聞きに来ていたのでした。 そして、二人はご両親のうち、お父さんの運転する車で芦原温泉の某ホテルまで送って行ってくださったのでした。 その途中で、コンサートの話題は誰もしようとはしませんでした。 さて、いよいよホテルに着いたのですが……ここから次回に譲りましょう。 |
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その夜、彼女たち二人は久しぶりにこのホテルでゆっくりとした楽しいひとときを過ごしました。 彼女は入浴も済ませ、豪華な夕食の時の会話も それは止まることを知らないくらいにはずみました。 その間に、このホテルの近くを三国(みくに)行きの電車が走っていったんですが、それには全く気づきませんでした。 そして、話題は自然に今日聞いてきたコンサートの話題に移ろうとしていましたが、二人とも「良かったね」と言ってその話題も終わり、 再び大浴場に行って自室に帰ってきたのは、午前も零時に少し前でした。 そして、眠りに入ったのが午前1時前で、目覚めたのが翌朝7時半過ぎでした。 彼女たちはゆっくりと起きて、そのままバイキングの朝食に食堂に行き、そこで軽い朝食を取った後に部屋へ戻り、 帰宅の準備を、すっかり整えて階下に行き迎えを待っていたのが9時半過ぎでした。 そして、10時ぴったりにお母様が二人を迎えに来たのでした。 二人はその車に乗ろうとしたのでしたが、ルミ子は軽く会釈をしてから、乗り込みました。 「そんなに、堅いことせずに早くお乗りなさいよ。」と、栄子が言ってきました。 ルミ子は、「そうじゃあないわよ。」と、言い更に続けて 「親しき仲にも、何とか?でショ」そう言ってホロホロと笑うのでした。 そして、お母さんがこの二人の話を聞いていて「栄子さん、貴方はまだまだいけない子ね。」と、ほほえみながら言いました。 栄子は、それを聞いていて 「そうね。でももうとっても仲良しになれたのだからね……」と言いながら続けて、 「でも、そんなものかしらね」と「すみません。」とルミ子に、軽く頭をペコリと下げました。 ルミ子は、「いやあね。そんなことしなくても」と言いつつ顔は、やや赤く染まっていました。 車は、芦原街道を福井へと走っていましたが、福井に近づいてきた時に お母さんから、 「今から、ルミ子さんにも栄子にも、良いところに案内するからね。」 そう言って国道158号線を東に向かい、北陸線の高架下をくぐり しばらく走ってから、右に曲がり同じく157号線に出て 左に曲がり、堤防沿いをしばらく走って、Y字のところを通過して、その後どういったのか? 知らぬ間に何か古いたたずまいのある所に着いたのでした。 そして、お母さんが、「さあつきましたよ。」そう言って眠り込んでいる二人を起こしながら、 「あなた達は、夕べは寝ていなかったのでしょう?」と、あきれ顔でおっしゃいながら笑っていました。 栄子が、「そうよ。だってやっと二人っきりに なれたのですもの」そう言ってから、 「ねえ、ルミ子さん」と、同意を求めてきました。 ルミ子は、「そうね。」そう言ってから 「じゃあ、降りましょう」と言いなガら、車から降り立ちました。 二人は、お母様に「いったいここは、何処なのでしょう」とルミ子が、聞いてきました。 お母さんは、「ここがね、“朝倉義景(あさくらよしかげ)”の住んでいたと言う一乗谷遺跡なのよ。」 そう言ってそこを、案内してくれたのでした。 でも、歩を進めていくうちに、こんなところにもと思うくらいの人ごみで、そこから家に帰るのにも予定時刻をかなり過ぎていたのでした。 でもこの家の人は、誰一人そのことで攻めることはありませんでした。 それは攻めていても、何ひとつ解決ができないばかりか、どんどん険悪な雰囲気になっていくのが煩わしいのでした。 そして、この夜の夕食は時間どおり始まるのでした。 そして、ルミ子は、「長々と、お世話になりありがとうございました。」そう言ってから、 「明日は、加賀から金沢に向かい加賀温泉で一泊した後、富山に向かいます。」とそう言ってからもう一度、丁寧にお礼を言いました。 家族の人たちは、[それじゃあ、栄子が明日とその次の日は送ってあげなさい]と言いながら、 [ルミこさんは、加賀温泉には 何処かに予約してありますか?]と聞いてきたのは、お兄ちゃんでした。 ルミコは、「いやあ、それは未だですけれど……」と言いました。 でなお続けて、「おそらく何とかなるとは、思います」とのんきなことを、言いながら笑っていました。 ところが、そこえ栄子が「お兄ちゃん、何ともないのよ。ルミ子のお父様が 加賀の方にもう予約済みなのよ」とそう言って家族じゅうを、笑わ せたのでした。 その辺の事は内緒で、彼女の家族と栄子のお父様がいつのまにか連絡済みだったようで、 「何処のお宅に、娘一人を、何もかまわずに旅行に出すものかね」と笑いながら言いました。 そんな夜を楽しく、すごした後、二人とその家族は、深い眠りに入るのでした。 窓の外では蛙の合唱が子守歌のように静かに 静かに、聞こえてくる夜でした。 |