トップページみんなの広場長編小説 目次>長編小説「雑賀のフクロウ」

雑賀のフクロウ  文:林 克之


雑賀のフクロウ・目次

第一話

第三話

第五話

第七話

第二話

第四話

第六話

 

 

◆第一話◆

 紀州の山々を夕日が赤く染めようとしていた。
 二人の男が獣道を下ってきた。
 周囲をさぐるような眼であたりをみまわしながら、里につづく道を歩き始める。

「あっ」
 一人が小さく声を発した。突然眼の前にふたつの影。男たちはさっと身構える。

「な、なんだ。小娘か」
 それはまだ5、6歳ほどに見える少女だった。そして黒い大きな犬。娘は走る犬をおいかけるように突然男たちの目の前に飛び出してきた。

「グウウウウ」
 犬が男たちにむかって牙をむく。低くうなり声をあげる。

「こら!クロ。だめよ!!」
 娘の叱責に、クロは矛をおさめた。
 男たちは犬の様子を気にしながらも少女に話しかける。

「娘、雑賀の里のものか?」
「うん。おじさんたちは?」
 少女は丸い大きな瞳を輝かせて興味深深に男たちを見上げる。

「わしらか。わしらは旅のものだ。熊野詣での道中だ」
「へええ」
 たしかに男たちのそれは貧しい旅姿だった。

「娘。わしらは今夜の宿を探している。どこか泊めてもらえそうなところはあるか」
「泊まるところ…」
 少女は小首をかしげて考える。

「うちにくる?おばあに聞いてみないとわかんないけど」
「おばあ?」
「うん、あたしとおばあだけで住んでる。おかあは死んでいないし、おとうは大阪の戦にいってる」
「ほう、大阪の戦か。お前の父親は雑賀衆か」
「うん。みんなはフクロウって読んでる。おとうはすごい鉄砲打ちなんだよ」
 少女が自慢げに胸をはってみせる。

 二人の男は顔を見合わせ、密かに眼でやりとりをする。そして密かにうなずきあった。

「娘、すまんがお前のうちにつれてってくれるか。おばあにはわしらから頼んでみよう」
「うん!すぐそこだよ」
 にっこりと笑って少女が歩き出した。黒犬がシッポをふってそれに続く。用心深げに二人の男が後をおう。

 ほんの5分ほど山道を下ると、いまにもくずれおちそうな小さな小屋が見えた。

「あそこ!あれがあたしのお家」
 少女が小屋に向かって駆け出した。

「おばあ、ただいまあ!」
「おお!あかねかあ!おそいおそい。心配しとったぞお。もう外は暗かろう!」
 年老いた声が小屋からひびく。しわがれてはいるが力強い声だった。

「まだ明るいよ。それより旅の人をつれてきた」
 少女、あかねはこわれかけた木戸をあけた。男たちが後ろから中の様子をうかがう。

 炉辺に白髪の老婆がひとりすわっている。炉にかけた鍋の具合をみていたようだ。
顔をあげ木戸のほうを見ている。
 老婆はどうやら盲目のようだった。両の眼が堅くとだされている。

「旅のお人?」
「突然おしかけてもうしわけございません。わたしどもは熊野にむかう遍路のものです。今夜の宿をさがしております」
「ほう。この戦乱の世に、ご信心とは。よい心がけじゃ。さあ、お入りなされ。むさいところじゃが」
「茶がゆはもうできてる?」
 あかねが炉のそばに駆け寄り鍋の中をのぞきこむ。

「もうできとるぞ。さあさあ旅の人、遠慮なさらずに」
「かたじけない。お邪魔いたしまする」
 男たちは遠慮がちに小屋に入った。

「さあさあ、ここにおすわりなされ。紀州の茶がゆは食べたことはおありかな」
「い、いいえ。ございません」
「どちらからおいでじゃ」
「尾張でございます」
「ほほう尾張。それはまた遠方から。これあかね。椀の用意をしなさい。どこぞそこらににあるじゃろ」
 炉をかこんでささやかな夕飯がはじまった。

「明日は早くにおたちかな」
「はい、夜明けにはたちたいと思っております」
「それはそれは。ではあまり遅くまでおつきあいは願えませんな。まだまだ旅のお話、尾張のお話を聞きたいところじゃが。あかね。奥の部屋に布団を用意しなさい」
「もうしわけございません」
「いやいや、布団といってもぼろぎれのようなものです。それでも床よりは旅の疲れもとれるでしょう」

 話に花が咲いて、気がつけばすっかり夜はふけてしまっている。
 薦められるままに男たちが奥の部屋に足を運ぶ。部屋といってもほんの4畳ほどの物置のようなところだった。

「わしはちょっと用がありまして、外に出ますので。何かございましたらこのあかねにいいつけてくだされ」
「えっ、外に?お一人でですか」
 男たちはおどろいて盲目の老婆を見る。

「わあっはっは。おどろかれるのも無理はない。めしいのばばが一人でどうする。そう思われるのは当たり前。クロ!おいで!」
 部屋の片隅で丸くなっていた黒犬がダッと立ち上がって老婆の足元に飛んできた。

「クロが手を引いてくれます。かしこい犬でしてな」
 男たちにはまだその意味がわからない。

 老婆は犬の首に縄をまいた。

「さあ、いこうかい。クロ」
 クロは老婆を誘導しながら木戸にむかって歩きはじめた。

「ね!すごいでしょ。クロもばばあも!」
「あ、ああ…」
 二人の旅人は呆気にとられてそれをただ見送っていた。



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◆第二話◆

「間違いない。あれは間違いなく織田方のものじゃ」
 白髪の老婆が熱っぽく語る。傍らには黒い犬が座っている。

「なるほど。里の様子をさぐりにきたか。いよいよここを攻めるつもりじゃろう」
 向かい合ってすわる白ヒゲの老人が腕をくんだまま吐き捨てるようにそういった。

「おそらく」
 盲目の老婆は床に置かれた湯飲みを右手で探り当て、口に運びながら答える。

「とにかく。これは急いで親方さまに知らせねばならんな」
「いま石山本願寺においでですか」
「いや、堺におられる。そこが雑賀の拠点、隠れ本陣になっておるらしい」
「なるほど」
 老婆が大きくうなずく。

「堺にはいますぐだれかを走らせよう。それはそれとして、織田方の動きをもう少し調べねばならんな」
「あの男どもを締め上げますか」
「それはまずかろう。だれかを見張りにつけるのがよかろうて」
「だれに?」
 長老はしばらく腕をくんで考える。そしてつぶやくようにいった。

「根来のものを10人ばかりこうておる。その者たちに探らせよう」
「なるほど…餅は餅屋…ですわな」
 老婆が犬の頭をなぜながら小さく笑った。

 長老が大きくパンパンと両手を打ち合わせる。

「お呼びにございますか」
 どこからか、押し殺したような男の声がそれに答える。

「おばばのところに男が二人泊まっておる。見張れ」
「承知いたしました」
「それと」
 部屋の隅の闇に黒い影がいつの間にかひかえていた。

「織田方の軍勢がこの里に迫っているらしい。いますぐ調べて来い。どれほどの人数がどこまできておるのか。もしかするとわれわれの気づかぬうちに陣を攻めているやもしれん」
「承知」
 影は消えた。

 闇はまた沈黙の闇となった。

「いよいよ。いよいよこの里も戦ですか」
 老婆が湯のみをぐいと飲み干す。

「信長め。手薄となったこの里を一気にたたく腹積もりのようだ。そういう話は数日前から耳に入ってはいた」
「迎え撃てますか…いまの里の人数で」
「大阪のものをいそいで里に呼びもどすしかあるまい」
「石山もなかなかたいへんだと聞いております」
「そのようじゃ。だが、里は守らねばならぬ。なんとしても守らねば。里は雑賀の城じゃからな。この野山そのものがわれらが城」
「本願寺がどれほどの雑賀を手放すか…」
「…多くはのぞめまい。時間もなさそうじゃ…」
 二人は向かい合って沈黙した。

 老婆が大きくうなずく。そして突然に高笑いをはじめる。

「心配いりませぬ。戦国一の雑賀党じゃ。雑賀の里じゃ。信長ごときは屁でもないわい。いざとなればこのおばばが首をかききってくれようぞ。なあクロ。わあっはっは」
 老婆のやせこけた手で背中をポンとたたかれると、黒犬はバッと立ち上がった。



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◆第三話◆

「じい!遅うなった!今着いたぞ!!」
 ドカドカと大きな音をたてながら、埃だらけの男が無遠慮にはいってきた。

「おお!親方さま。まさか来るとは思っておりませんでした」
「何をいう。里の一大事を聞いて、このワシが来ぬはずはないだろう!」
 真っ黒に日焼けした不精ヒゲの男がドカッと長老の前にあぐらで座る。

「だれか水を一杯くれ。山の中を走ってきたので喉がカラカラじゃ」
 男は吹きでる額の汗を手ぬぐいでぬぐいながらいった。鈴木孫一。この男こそ最強の鉄砲軍団、雑賀党をたばねる戦乱の世が生み出した風雲児だった。

「大阪は。石山本願寺はだいじょうぶでございますか」
 孫一は小物があわてて運んできた器の水を一気にのみほすと

「ぷはああ」
と長老に唾をとばす。口元を拳でぬぐいながらしわだらけの老人をまっすぐに見る。

「きびしい。正直きびしいぞ。多勢に無勢。信長のやつ、石山がなかなか落ちぬので相当にいらだっていると見える。どんどん兵が増えている」
「親方がこちらに来てしまって大丈夫なのですか。石山が…」
「ははは、心にもないことを申すな。わしが飛んで来ないわけがないだろう。来ぬわけにはいくまい。里を守らねばならん。なんとしても守らねば。この里あっての雑賀ではないか。そうだろう、じい。じいはわしがとんでくることはわかっていたはず」
「お、おおせのとおり」
 ひょいと首を曲げて庭のほうを見る。

「桜が今年もきれい咲いたのお」
「え?あっ、はい。咲きました」
 庭とは名ばかりのせまい空間に一本の桜が植えられていた。たったいまのぼりはじめた旭に薄桃色の花びらを誇っている。

「この美しい桜をわれらの里を信長なんぞにふみにじられてなるものか。そうだろう、じい」
 長老は深々と頭をさげた。

「状況はどうだ。信長軍はどんな動きだ。くわしく教えてくれ」
「かしこまりました」
 パンパンと手を打つと、縁側の向こうに一人の男がすっと現れた。

「根来の小兵太にございます」
 黒ずくめの男が庭の砂利の上で深ぶかと平伏する。

「根来…忍びか」
「はずかしながら」
「はずかしいことはあるまい。わしとてやとわれの鉄砲打ちだぞ。戦乱の世だ。おたがい胸をはって生きていい。そうだろう。わしはそう思っているぞ」
「おそれいりまする」
「教えてくれ。織田は。織田軍はどうなっているか。里にせまる危機は」
 孫一が庭の方向に体を向け、正座して訪ねる。

「どれほどの兵だ」
「ざっと5000」
「…5000か。大将はだれだ」
「豊臣秀吉」
「…サルめか」
 孫一は腕組みをして顔をしかめる。

「鉄砲はどれほどか」
「およそ500」
「500か…」
「およそにございます」
「どこまできている。秀吉軍はどのあたりまで迫っている」
「4里ほどのところで野営をはっております。戦の準備はすでに万端の様子。今日にも動くやもしれません」
 孫一は大きくうなずく。

「ありがとう。よくわかりました」
「おそれいりまする」
 根来の忍びは深々と頭をさげ、そして消えた。

「親方、勝てますか。里を守れますか」
「わからん。じい、いま里に鉄砲衆は何人残っている」
「100人ほど」
「そうか。思っていたより少ないな。。いま100の鉄砲衆が大阪からこちらにむかっている。それがいっぱいだ。それ以上は動かせなんだ」
「鉄砲だけなら200対500...」
「…兵の数でいえば200対5000...」
 孫一は目を閉じて深く思案する。

「なにをいわらっしゃる!!」
 大きなしわがれ声が孫一の背中をうった。

「おお!おばば、おったのか」
 孫一はふりかえると、にこにこしながら老婆と犬を見る。

「ふん。さっきからここにおりましたわい。親方は大阪の戦でぼけなすったか」
「な、なにをそんなに怒っておるのか?」
「里におるのは鉄砲衆だけではないわい。このおばばもおる。雑賀の里には2000の熱き同士がおるではないか!!」
 老婆がバンと床を打ち鳴らして抗議する。

「あっ。なるほどお。これはすまなんだ。おばばもおる。クロもおるではないか。これは勝てる。うん、じい、これは必ず勝てるぞ。里には心強い見方がわんさとおるではないか。わあっはっは」
 孫一は膝をたたいて笑いだす。風雲児の高笑いが朝日に輝き始めた紀の国の山々に遠くこだました。



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◆第四話◆

「あれが本当に雑賀の里か」
 豊臣秀吉は山の上から眼下に広がる景色を眺めながら傍らの武将にもう一度尋ねた。

「さようにございます。雑賀一族の土地というのは実際はもっと広範囲にわたりますが、あそこが本拠地。まちがいございません」
「本拠地。雑賀党の本拠地か。あの雑賀一族の…」
 どう見てものぞかな農村の風景。天下統一を目の前にした織田信長を悩ます最強の鉄砲隊、雑賀党の本拠とはとても思えなかった。

「雑賀のものたちは普段は田畑を耕しております。戦がはじまると鉄砲をかついで出稼ぎにでるのです」
「出稼ぎ?雑賀は武士なのか?それとも」
「やつらは主君を持ちません。金で雇われて戦うのです。とても武士などとは…」
「石山の戦。今回も本願寺に雇われているのか」 「今回だけは別です。雑賀は熱心な浄土の信者。本願寺法主の求めにこたえての出陣と聞いております」
「…」
 秀吉には理解できなかった。雑賀一族。プロの戦闘舞台。そして今回は信仰心のみで命をかけて織田軍にはむかう。

「どれほどの戦力だ。里には兵隊はどれほど残っている」
「よくわかりません。ほとんどが石山本願寺にたてこもっていると思われますが…。のこっているのはたかだか2.300かと…」
「頼りない話だな。調べにはやったんだろう」
 秀吉は厳しい目で武将をにらみ付ける。

「申し訳ございません。もうすこし調べさせましょうか」
「まあいい。こんな戦に時間はかけられん。いずれにしても兵力の格差は明白。5000の兵を見せ付けてやろうではないか。勝ち目がないとわかれば降伏してくるだろう。 つまらん殺し合いは秀吉の好まぬところだ。鈴木孫一はいまここにおるのか」
「いないと思います。大阪の守りに精一杯かと」
「なおさらじゃ。よし!準備が整い次第、兵を押し出す。夕刻までに決着はつくだろう」
「ははあ」
「飯だ飯だ。しっかりと昼飯をくわせておけ。鉄砲は早めに前に集めておけよ。雑賀の里は鉄砲なしでは落とせまい」
 秀吉はもう一度眼下を見た。やはりなんの変哲もない貧しい村の風景だった。

「雑賀一族…。会って見たいものだ、鈴木孫一という男」



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◆第五話◆

突然に小屋の木戸が開かれた。男が立っていた。鉄砲を肩にかついでいる。がっしりとした肩幅の、逞しい男だった。

「あ!おとう!!」
 思ってもいなかった父親の帰宅に、あかねは飛び上がっておどろいた。そしてダッと駆け寄り飛びついた。
「おお、あかねえ。元気だったかあ。また大きくなったみたいだな」
 男は軽々とあかねを抱き上げ、満面の笑みでわが娘を丸ごとうけとめる。

「戦はおわったの?大阪の戦」
「いやいやまだだ。おばあはどうした」
「長老さまのところ」
「そうか。なるほど。すまんがあかね、水を一杯くんできてくれ。もう喉がカラカラだ」
「うん」
 あかねはいそいで水がめにむかって走る。

「もう行かなくていいの、大阪」
「いや、また戻らねばなるまい。だが、まずは里を守らねばならん。あかね、いよいよ織田がここに攻めて来るぞ」
「えっ」
「戦がはじまる。この里で戦が。こわいか、あかね」
 あかねは水のはいった器を手渡しながら、すこしだけ考えてすぐに答えた。

「こわくない!だって雑賀は強いもん。そうでしょ、おとう」
「ははは。そうだ。雑賀は日本一強い」
「おとうは雑賀一強い!」
「わあっはっは。そうだそうだ」
 フクロウと呼ばれるこの男、雑賀の仲でも五本の指に入るとうわさされる鉄砲の名手だった。

「あかね。茶がゆをたいてくれ。まずは腹ごしらえだ。すこし休んだら長老のところにいかねばならん。親方さまに会いに行く」
「親方さまがきてるの!」
「そうだ。親方さまが戦の指揮をとってくださる。ひさしぶりにわしもやりがいがある。大阪の戦はつまらん」
 炉に火がはいり、かゆが用意された。

 ひさしぶりの親子水入らずの食事だった。

「ねえおとう、聞いてもいい?」
「なんだ。何が聞きたい」
「さっきおとうは大阪の戦がつまらないっていったけど、戦にもそういうのがあるの?面白いとか面白くないとか」
「わっはっは。あるんだあかね。これは内緒だぞ」
 あかねは姿勢を正して父親にむかいあう。

「わしらは雇われの兵隊だ。戦って手柄を立てれば金がもらえる。わかるか」
「うん」
「だがな。本願寺からは何ももらえない。なにもくれない」
「そうなの」
 あかねは小首をかしげてあれこれ考える。

「だったらなぜ戦にいくの」
「…そうだな…」
 フクロウは苦笑いして言葉をさがす。

「仏敵信長を迎え撃て。それが本願寺顕如上人さまのご意思、ご命令」
 あかねはますます首をかしげる。

「あかねにはわかるまいなあ。…いや…じつはおとうにもわからん」
「そうなの?」
「長老たちは阿弥陀さまに命を投げ出すのは雑賀衆の当たり前という。おばあもそういう」
「おとうは?」
「わしか…。わからん」
「わかんないの?それでも戦うの?」
「そう…わからんのだ。おとうは信心がない。極楽浄土にいきたいとも思わん。だが、戦わねばならん。それがいまの世の中だからだ」
「あたしにはよくわかんない」
「そうだろうよ。おとうにもわからんのだからな」

 フクロウはそういうとあらためてあかねをまじまじと見た。いま眼の前にいとおしい娘が座っている。あどけない瞳を輝かせている。

「なああかね。お前は極楽に行きたいか」
「極楽に??そこっていいところなの?」
「そうらしい。きれいで楽しくて。いい香りがして、琵琶の音が聞こえて…。どうだ、行きたいか」
「おとうは行かないの?行きたくないの?」
「おとうは行かない。行けないと思う。だが、おかあはきっといるぞ。あかねを待ってるかもしれないぞ。どうだ」
 あかねは一生懸命に考える。

「…あたし、おとうもおかあもいるならいってもいいかな。あっ、おばあも」
「ははは」
 フクロウはわらいながら娘の頭をなぜた。

 もう一度。もう一度まじまじとその顔をその眼を見る。あかねはきょとんとした顔でキラキラと瞳を輝かせている。
「守ってやる。必ず守ってやる。この命をかけて。お前を守るためにおとうは戦う」



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◆第六話◆

 豊臣秀吉5000の兵がゆっくりと里に迫っていた。

「よおし!止まれえ!!」
 眼の前に小さな森が見える。これを超えれば雑賀の里だ。

「どうだ。動きはあるか」
「なにも…」
「まだ気づかんのか。そんなはずはあるまいこんなに派手に動けば、気づかぬはずはない。もう一度ほら貝を吹かせろ。旗をもっと高くあげさせろ」
 だが
 雑賀の里からはなんの反応も返ってはこなかった。

 秀吉は決断した。

「よし!少しおどかしてやれ。鉄砲隊前へ!森にむかって一発かましてやれ!!」
 定石通り500の鉄砲隊は三組にわかれていた。第一組が火縄に火をつける。

「かまええ!うてえ!」
 武将の号令がひびいた。

バババババーン。

 数え切れないほどの銃弾が森に向かって飛んだ。あたりに硝煙がたちこめる。
 すさまじい轟音の後、また静けさがもどる。

「どうだ。なにか動いたか」
「…いいえ。何も」
「そうか。面倒だがこのまま押しつぶすしかないな」
 5000の兵で里を蹂躙する。あまり美しいとはいえないがしかたがない。秀吉はそれもまたやむをえまいと思った。

 その時

 ダダダダダ
 バババババ
 ダダーン

「うわああ」
「ぐえええ」
「ひいいい」
 先ほどの何倍もの銃声。そして悲鳴。

 秀吉軍の最前線で血しぶきがあがった。バタバタと何人もの兵が死骸となってころがる。

「あっ!」
 秀吉は思わず声をあげた。だが、何がおこったのか理解できない。

「撃てえ。撃ち返せえ!」
 ただ本能がそう叫ばせていた。

 バババババ
 ダダダダダ
 バンバンバン
 銃撃戦がはじまった。

「撃て撃て。撃ち返せえ。何をぐずぐずしておるかあ!騎馬隊!すきを見てつっこめえ。足軽も続けえ!一気にけちらしてしまええ!敵は小人数ぞ!」
 だが
 すきがない。

 銃弾は絶え間なく飛んでくる。そして、的確に秀吉兵を射抜いていく。

「どういうことだ。いったい何人いるんだ。1000丁もの鉄砲があるというのか」
 わからない。まったくわからない。だが玉は飛んでくる。撃ち返せない。数が違いすぎる。
 ダダダダダ
 バババババ

「ひ、引けえ。ひとまず退却う!!」
 秀吉は馬首をひるがえして退却するしかなかった。

 あっという間の出来事だった。



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◆第七話◆

「親方さまあ!秀吉は逃げましたあ、シッポをまいて!!」
 木の上からフクロウが叫んだ。

「そうか!サルがシッポをまいたか。わあっはっは」
 鈴木孫一はカラカラと笑った。

「いかがいたします」
「追撃する。ほおっておけばすぐ体制を立て直して攻めて来るだろう。むこうは5000。まともにぶつかればつぶされる。どっちに走った」
「東の峠に向かいました」
「よし。相手は大群だ。そう機敏には動けまい。先回りして峠で叩く」
「わかりました。ものどもお。聞こえたかあ!!」
「おおお!!」
 森のあちこちで雄たけびがあがった。

「いくぞおお!」
 孫一が再度号令をかける。

 雑賀200の鉄砲軍団が走った。抜け道近道は一人ひとりの頭にはいっている。それぞれがそれぞれの判断で動く。変幻自在のゲリラ戦術。それこそが雑賀の真骨頂。

「くそう。どういうことだ。いったい何人いるんだ。1000、いや2000かもしれん」
 豊臣秀吉は馬上であれこれと思案をめぐらせた。

「いずれにしてもこのまま退却などできん。すぐに体制を立て直して圧倒的な人数で おしつぶす。太陽はまだ沈んではいない。必ず暗くなるまでに決着をつける」
 武将のひとりが秀吉に追いすがる。

「殿。もうしわけございません」
「ばかものめが。あれが300の鉄砲の攻めか!」
「もうしわけござりません」
「もういい。すぐに攻め返すぞ。いずれにしてもこちらのほうが何倍もの勢力。ひねりつぶしてくれる。全軍にそう伝えろ!」
「ははあ」
 突然の猛襲に度肝を抜かれた秀吉群も、今は冷静さを取り戻しつつあった。ゆっくりと峠にさしかかった。

バアーン

 秀吉の後方で馬上の武将がもんどりうった。

「あっ」

バン
バン
バン

あちこちから銃弾がとんでくる。

「ば、ばかな。火縄は上から下はねらえぬはず」
 たしかに銃弾は上からふってくる。秀吉はまた混乱するしかなかった。

「あっ」
 秀吉の陣羽織の肩口を玉がかすめた。

「くそう。なんてことだ」
 馬の腹を思い切りけった。ダッと走り出す。

「つ、続けえ!」

バン
バン
ダダーン

 秀吉軍は銃弾の雨の中をただがむしゃらにつききるばかりだった。

「くそう。このままでは、このままではすまさんぞ。雑賀一族!かならずこのお返しはしてみせる。地獄を見せてやる!地獄の底をはいつくばらせてやる。必ず。必ずだ!」
 はじめて味わう敗北感をふりはらうかのように、秀吉は振り返ることなくただただ馬を走らせた。

「おとう、おかえりい」
 あかねが父親の姿を見つけてクロといっしょにかけよってきた。

「よお、あかね!勝ったぞお。敵はシッポをまいて退散しおった!!」
「やったあ」
 あかねが小躍りして手をたたく。

「ごくろう。ごくろうじゃった」
 老婆がにっこりと息子を迎える。

「腹がへった。茶がゆはできてるか。酒もほしいなあ」
「お酒、あるよ。親方がとどけてくれた」
「そうか。ひさしぶりにおばあと飲もう」
 炉をかこんで祝宴がはじまった。

「ようやったようやった。さすがわが息子じゃ」
「わっはっは。おばあの出番はなかったなあ。雑賀には敵はない。文字通り無敵の鉄砲隊だ」
「わあっはっは。そのとおりじゃあ」
 盲目の老婆はひさしぶりの酒に上機嫌だ。

「ねえ、おとう。どうして雑賀衆は強いの?織田の方が大勢だったんでしょ」
 あかねが尋ねる。

「鉄砲だ。鉄砲の使い方が違う」
「使い方が?」
 フクロウはまだ熱い鉄砲をとりあげた。

「火縄はな、玉をこめて火をつけて。一発うつのに時間がかかる」
 当時の火縄銃は普通の使い方では玉をうつのに3分の時間を要した。織田信長はこの欠点をおぎなうために舞台を三組に分けることを考えた。第一組が撃つ間に、ほかの組が準備をする。天才信長の画期的な戦術だった。
 だが
 雑賀一族はまったく常識をこえていた。
 火縄を短くするなどの工夫を重ね、修練を重ね。
 1分間に10発の射撃を可能にしていた。それはだれもまねのできない雑賀衆だけの技だった。
 銃身に紙をつめて、玉がころげおちない秘術もあみだされた。不可能とされていた「上から下にむかって打つ」ことも、雑賀の得意技となっていた。

「だがおばあ、豊臣秀吉という男、やはりただ者ではない」
「なんじゃと。どういうことじゃ」
「狙いをはずしたことのないワシが射止められなかった。おそろしい強運の持ち主だ」
「ううむ」
 老婆はうなり声をあげる。

「ねえおとう、また大阪に戻るの」
 あかねがさびしそうな顔でそう訪ねる。

「うむ、戻らんわけにはいくまいな」
「そうかあ。やっぱり…」
 あかねは今にも泣きそうに眼をふせる。

「わっはっは。心配するな。おとうは大阪では死なん。きっと戻ってくる」
「ほんと?」
「ほんとうだとも。きっと戻る。なあおばあ。それでいいよなあ」
 老婆は一瞬言葉につまったが、すぐににっこりと笑った。

「ああ、それでええ。それでええよ」
「わあい。ねえねえ、もうお酒はいいでしょ。クロといっしょにお散歩しよ」
 あかねとクロがフクロウにまとわりついた。

「よし!ぶらっと行くか」
 ゆらりと立ち上がる。

 木戸をあけると外はもう真っ暗だった。

「やっぱり雑賀の里が一番だ」
 フクロウは思い切り深呼吸をした。酔いがなんとも心地よかった。

「さあ、行こう行こう」
 娘が父の手をひっぱる。黒犬がシッポをふりまわして二人のまわりをグルグルまわる。

「わあっっはっは。よしよし、こうなったらどこまでも歩くかあ」
 のどかな里の夜道をユラユラと歩きながらフクロウは思った。

「守ろう。この里を守ろう。そして…」
 雑賀の里。見上げるとそこには満点の星があった。


 

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