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長編小説のページ4(第十三話から第十七話)

◆第十三話  さらば妖精の村!◆

人々の凍りついた視線は、ナイフを突き立てられた少年の上に注がれていた。一体、何が?何故、シルフィーは?様々な疑問が脳裏を過ぎる。だが、誰もそれを口にすることができない。動くこともできず、ただ呆然と見つめているだけであった。
 「かっ……母ちゃん……」
 「ユーリー……!」

 我が子の声にシルフィーは正気を取り戻す。自分は今まで何をしていたのだろうか?キラたちを追って、森の中まで走ったところまでは覚えている。だが、その後は……?

 「そう言えば、白銀の長い髪の女が……」

 思い出した。あの時、突然現れた白銀の髪の美しい女。彼女の薄紫色の瞳に見つめられて……それから後は……。何も覚えていない……。

 「母ちゃん……」

 再び我が子の声。シルフィーは視線を落とし、愕然となった。己の手に握られている短剣が、深々と息子の胸に突き刺さっているのだ。何故?どうして、どうして、自分はユーリーに短剣を刺しているのだ?

 「……」
 「ユーリー!」 ガックリと膝をつこうとする我が子の身体を抱き留め、絶叫した。

 「ユーリーはぼくを庇って……」

 青ざめた顔でキラがつぶやく。突如、豹変した母を見て、咄嗟にユーリーは盾となったのだ。母親の短剣は、狙いが反れて、深々と息子の胸を貫いた。

 「ユーリー」

 シルフィーの腕の中の少年の顔を覗き込む。どくどくと血が流れ出し、顔色は紙よりも白く変わっていた。

 「キラ様、よかったご無事で……」

 弱々しく妖精の子供は笑みを浮かべる。

 「しゃべらないで!今、傷を治して上げるから」

 キラは掌を少年の傷口に向ける。

 「だめだよ、キラ様。力を使ったら、追っ手に……」
 「そんなこと言ってる場合じゃないだろう。放っていたら死んじゃうじゃないか!」
 「いえ、いけません。キラ様は、これから、アモン様をお助けに行かなくてはならない身、敵を呼び寄せるようなことはなりません。それに、これは私の罰です。大切なアモン様の御子を殺そうとするなんて……。ユーリーを看取ったら、私も……」
 「シルフィー……」

 驚いて風の妖精を見る。彼女の顔には、キッパリとした決意が浮かんでいた。その瞳は雄弁に語っている。

 「ユーリーを死なせて、パパを助けに行っても、パパは喜ばないよ!それに、シルフィーが死んでしまったら、ぼくは悲しくて死んでしまうよ」
 「キラ様……」

 キラは決然と言うと、掌から光を放つ。柔らかな輝きが少年の傷を癒して行く。やがて、血は泊まり、傷口も閉じて行った。

 「もう大丈夫だよ。少しおとなしくしていれば、すぐに元気になれるよ。」

 キラはにっこりと微笑む。シルフィーとユーリーはなんとも言えない表情で互いを見つめていた。

 「キラ様、申し訳ありません!私はなんてことを……。でも、何故、そんなことをしようとしたのか訳が分からないんです。森で白銀の髪の美しい女にであって、薄紫色の瞳に見つめられている間に意識が遠くなって……」
 「母ちゃん、白銀の髪の美しい女って、そいつは悪魔だよ。オレを操り、結界石を破壊させた奴と同じ奴に違いないよ!」
 「お前を操っていた悪魔が……。今度は私を操って、キラ様を殺させようとしたの……」

 シルフィーは呆然と立ち尽くす。

 「あの野郎、生きていやがったか……」

 ゴールズが口惜しそうに呻いた。確か射黒鉄の矢が心臓を貫いたと思ったのだが……。恐らく、危険を避けるために、心臓を何かの形に変えて、隠していたに違いない。なんて用心深い悪魔なのであろうか。

 「よかった!シルフィーには罪はないんだよ。悪い悪魔に操られていただけなんだ。だからもう、謝る必要はない。ごめんね、ぼくたちのために、辛い思いをさせてしまって……」
 「キラ様……」

 シルフィーはユーリーの身体を抱きしめたまま、小さな魔天使を見つめた。なんとも優しい笑みを浮かべた少年なのであろうか。自然、両眼から涙がこぼれ落ちてきた。

 「キラ、早くここから立ち去らないと、追っ手がくるよ。」
 「そうだ、早くここを離れよう」

 ナナとゴールズが口々に叫ぶ。そうであった、先程の治癒のために力を使ってしまった。それは、地獄中に、彼がそこにいると大声で叫んだと同じことなのだ。光とも、闇ともつかない魔天使の力は、異質であり、使った途端、それと知れてしまうのだ。それを使ったからには、すぐに追っ手がかかるに違いない。

 「ユーリー、シルフィー、行くよ。二人共、仲良くね!ユーリー、ママを……シルフィーを困らせちゃあだめだよ」
 「キラ様……必ず……」

 キラはにっこりと微笑むと、ナナ、ゴールズを促して駆け出した。シルフィー、ユーリーと村人たちは深く頭を下げて三人を見送る。


 三人が森を出、かつて結界石のあったところまでくると、不意にナナがたちどまった。不信げに見つめるキラとゴールズを後目に、破壊された結界石へと近づいて行く。

 「ナナ、一体何を……?」
 「えいっ!」 ナナは掌に力を集中すると、気合いを込めて結界石に光を放った。キラキラと輝く光の渦は、破壊された石を優しく包む。そして、光が消えた時、真っ二つに割れていた結界石が元のようにくっついていた。続いて、ナナが呪文を唱えると、石は強い光を発し、妖精の森を覆い始める。やがて、完全に森が光に覆われた時、森の姿は何処にも見えなくなっていた。

 「これで、妖精たちは、前のように安全に暮らせるよ。」
 「ナナ……ありがとう」
 「結界がなくなった妖精に何かあったら、泣き虫坊主がまた大雨を降らせるからねえ。」

 ナナがニヤリと笑って見せる。

 「ぼっ、ぼくは泣き虫じゃないよ!」

 キラが憮然と反論する。だが、ナナは大声で笑いながら、走り始める。

 「まてよ、ナナ!訂正しろ!ぼくは泣き虫じゃないって!」

 キラは拳を振り回しながら、後を追いかける。ゴールズはそんな姉弟を苦笑しながら見つめていた。

 「ふふ、魔天使姉弟か……。不思議な連中だ。」

 魔戦士は今まで出会ったことのない親しみを強大に感じていた。何故かは判らない。だが、どうしようもなく強い思いであった。守ってやりたい。地獄の最下層に捕らえられている父、アモンを助け出したいと願う幼い姉弟が何ともいじらしく、同情しているのかも知れない。同情など、自分には関わり合いのない感情だと思っていたのだが……。あの少年、キラのあどけなく純真な瞳に見つめられると、どうしようもなく庇ってやりたくなるのだ。

 「オレもボケたか……」 今度は自嘲の笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと姉弟の後を追い始める。


 三人が行ってしまった草原に一陣の竜巻が起こる。やがて収まった時、美しい白銀の髪の男が現れた。薄紫の瞳、紅の唇には冷酷な笑みを浮かべている。

 「魔天使姉弟め、全く運の良い連中だ。忌々しい!だが、魔の山を無事に越えられると思うなよ。今に思い知らせてやる。裏切り者ゴールズ、あんたもね」

 シュールは高笑いすると、再び旋風を起こして消えてしまった。残るは風に舞う、木の葉のみであった。

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◆第十四話  魔竜山!◆

あともう少しで父に会える。目の前にそびえ立つ魔竜の山を越えれば、地獄の最下層だ。魔天使姉弟の心ははやる。一刻も早く会いたい。そして、共に母を救うため、天国へ行きたい。今や母の命の灯火は消えかかっていた。一分でも、一秒でも早く天国へ向かわなくてはならないのだ。
 「ここからは魔竜の山だ。気をつけろ。何が出てくるか判らん。油断するな」

 双角の戦士、ゴールズが姉弟の注意をうながした。キラとナナはギュッと唇を噛みしめ、うなずく。

 シュルルルルルルルルーッ!

 途端、何かが土の中から延びてきた。触手だ。咄嗟に避けるナナ。だが、キラの反応が少し遅れる。ビシッとソレは少年の足を捕らえた。

 「ああーっ?!」 振り払おうとするが、逆に地面に倒れてしまう。そこへ、新手が巻き付く。

 「くっ、ドルだ!今、注意しろと言ったばかりだろーが!」

 ゴールズが剣で触手を断ち切った。途端、自由になったキラの身体が地面を転がる。着られた触手はスルスルと地中に戻って行く。闘い慣れた戦士は、素早く剣を地面に突き立てる。

 グオオオオオオオオーン!

 地面が弾け、無数の触手が吹き出してくる。ゴールズはそれを剣で薙ぎ払い、中心へと近づいて行く。やがて触手の群の中に赤く蠢くブヨブヨした物が現れた。これがドルの核である。

 「喰らえ!」 気合いと同時に剣を核に叩きつける。瞬間、核は張りつめた風船が弾けるように爆発した。戦士は核の残骸の飛沫を避け、後ろへ飛び去る。触手はザワザワと獲物を求め四方へと延びて行く。だが、何も掴むことができず、一つ、また一つと地上へと落ちて行った。

 「あーっ、驚いたなあ……」

 キラが自分の足に巻き付いたママの触手の残骸を剥ぎ取る。と、赤く腫れ上がった足が目に入った。毒でも含んでいたのか、触手が触れていた形のまま、赤くただれているのである。

 「馬鹿者が。だから注意しろと言ったのだ。これで、足を洗え。さもなくば、足が腐ってしまうぞ」

 戦士は腰の水筒を投げてよこす。キラはそれを受け取ると、中の水で足を洗い始めた。

 「痛っ!」 水をかけると同時に、強烈な痛みが走る。ジワッと蒸気が上がった。見る見る腫れが酷くなる。

 「なっ、なんだよ?余計に酷くなっちまったじゃないか。何を渡したんだよ?」

 ナナが思わずゴールズを振り向いた。しかし、無表情に見返すだけである。

 「ドルの毒は肉を腐らせ、骨までも浸食する恐ろしい毒だ。足が腫れ上がるぐらい辛抱しろ。すぐに水で洗ったから、ソレぐらいで済んでいるのだ」

 ゴールズは憮然と言うと、水筒を取り上げ、一口飲む。それをナナは呆気に取られて見つめていた。飲んだと言うことは、やはりただの水だったのか……。

 「ごめんなさい。あたい……まだ、あんたを信用できなくて……」
 「ふん、当然だ。オレはサーザの部下だった戦士だ。信用されているなどとは思っていない」

 低くつぶやくと、小さな少年の身体を持ち上げ、自分の肩に乗せた。そして、黙って歩き出す。ナナは暫く後ろ姿を見送っていたが、やがて小走りに追い始めた。

 「あんたって妙な奴だねえ。なんで、あたいたちについてくるんだよ?あたいたちは敵じゃないのかい?サーザって、あたいたちのパパの敵なんだろう?それなのに、どうしてだよ?」

 ナナが疑問を投げかける。敵であるはずなのに、何故か自分たちを守るようについてくる魔戦士。一体、何の目的があるのだ。捕らえるなら早く捕らえればいいのに。それもしようとはしない。全く理解できない男であった。

 「ふっ」 ゴールズは苦笑する。何故、魔天使姉弟と離れられないのか……。それは、彼自身にも判らないのだ。ただ、彼らと一緒にいれば安心できる。今まで彼のいた環境は、周囲は全て敵。油断すれば、主人であるサーザでさえ何時、命を狙ってくるか判らない。まして、使用人は食事に毒を盛ることなど、日常茶飯事であったし、枕を共にした女は、眠っていると見るやナイフを心臓に突き立てようとする。それが地獄では当たり前だった。しかし、何故か、この二人にはそう言う心配はないと確信できた。たった数日しか共にいなかったが、心から安心できる相手なのだ。

 「ミューッ」 翼竜が心配げにキラの隣に降り立つ。

 「エリオス、大丈夫だよ。少し痛むけど、おじさんが肩に乗せてくれたから、もう痛くないよ」

 「ミューッ!」 エリオスは、腫れ上がっている少年の足を柔らかい舌でペロペロと舐める。すると、不思議に痛みが収まって行くように思えた。


 魔竜の山の頂上は、濃い霧がかかり、近づく者を迷わせ、畏怖させる雰囲気があった。そこかしこには、臼状に窪んだ大小様々な噴火口があり、時折何百度もの高熱のガスや水蒸気を噴出させていた。頂上に近づくに連れ、霧は益々重みを増して行くように感じられる。足を一歩前に踏み出す度に、重力が増してくるようだ。その重い重力と闘い、更に頂上を目指すと、不意に巨大な壁に前進を阻まれてしまった。どうしたものかと、周囲を見回すが、濃い霧に囲まれ、はっきりとは見えないが遙か彼方まで延々と続いているように思われた。

 「ふーっ、まいったわねえ。この壁を登るのは、ちょっとむずかしそうだわ」

 たった一人、この魔竜の山まで登ってきた、白銀の髪の美しい女がため息をつく。薄紫色の瞳は、困惑のため、虚しく宙を見つめていた。

 「何者ぞ?」 不意に、頭上から恐ろしい怒声が轟く。女は驚いて顔を真上に向けた。しかし、霧のため、何も見えない。が、待つほどに、ゆっくりと霧が晴れて行った。徐々に現れる二つの巨大な金色の光の玉。しかし、更に霧が薄れて行くに従い、それが何か生き物の双眼であることが判ってくる。女は息を止め、その巨大な顔を凝視したまま動けずにいた。

 「ここは、我、竜王の聖地なるぞ。おのれのような下っ端悪魔ごときがくるような場所ではない!立ち去れ!」

 カッとにらみつける瞳が燃え上がる。ただの女であれば、その一にらみで恐れおののき、失神していたであろう。しかし、白銀の髪の美女は、怯むことなく、竜王を見返していた。

 「竜王ガーリオン、私は地獄の第一王位継承者であり、暗黒大公サーザ様のお使いで参りました、シュールと申す者でございます」

 女は優雅に一例する。竜の王は、うさん臭げに目をスッと窄めた。第一王位継承者、暗黒大公サーザは色々と噂のある男。かつての王位継承者を陰謀によって葬り去ったとも言われるそんな悪魔がどのような用事があると言うのだろうか?薄汚い陰謀の片棒を担がされるのは御免こうむりたかった。

 「実は、地獄界を滅ぼそうとする輩が、この山に潜入したようなのであります。」

 「なにーっ?!」 ガーリオンの巨大な目がスッと細められる。地獄を破壊しようとは、サーザのことではないのか?疑わしげに銀髪の女を見た。

 「地獄を我が物とせんがため、先ずは竜王、あなた様を倒そうとの魂胆でございましょう。何しろ、竜王ガーリオンは地獄一の実力者、魔王ブラス様も一目置くと言われる強者でございますれば……倒したとなれば、逆らう者とてなくなりましょう。それで、お命を狙って……」

 「黙れーっ!このわしが易々と倒されると思うてかーっ!」

 竜の口がグワッと開き、怒りのために、暑くなった吐息が女を襲う。思わず飛び退いたシュールは、青ざめた顔で怒気で溶かされた地面を見つめた。まだ本気ではないと言うのに、この竜王の力の恐ろしさはどうだ。これは、まず敵には回したくない相手である。

 「しっ、しかし……相手は恐ろしく悪知恵の働く奴らでして、我が主、サーザ様の腹心の部下であったゴールズでさえ、たぶらかされてしまったほどに……」

 女は蒼白になりつつも、言上した。途端、竜王の瞳が更に大きく見開かれる。サーザの腹心の部下、魔戦士ゴールズと言えば、地獄でも一、二を争う戦士である。その戦士がまんまと誑かされてしまったと言うのか?竜は下ろしていた首をもたげ、ジッと気配を探る。すると、たしかに強大な戦士のものと思える強い波動が感じられた。しかし、その周囲にある波動は何だ?悪魔のものとは異なる波動を持つ二つの気配。そんなに強くは感じられない弱いものであった。もしかして、あれが地獄一の実力者と謳われる竜王ガーリオンを倒そうと言う輩なのだろうか?

 「何だ、あの連中は?妙な波動を感じるが……」

 再び目を開き、女に問う。

 「光と闇を纏いし者、現れし時、天と地の境は崩壊し、天は闇に閉ざされ、地は光に溢るる。」

 不意に女が一編の叙情詩を口ずさむ。ガーリオンはギクリと片目をつり上げた。それは、地獄界に密かに伝えられる予言の一説であった。それは、天と地獄を破滅に導くと言われる呪われし子の出現を予言したものであると信じられていた。この一説を知る者は地獄界でも僅かしかいない筈。それを何故この女は口にしているのだろうか?戸惑いと疑惑が竜王の胸に去来する。

 「ゴールズを誑かし、恐れ多くも竜王を倒そうと企む者、それが光と闇を纏し者たちでございます。」
 「あれが、天と地獄の破壊者の波動なのか……?あの異質な波動が……」

 ガーリオンは思わず呻いた。そして、改めてゴールズの側にある二つの波動を心に刻みつける。異質であるが、それ程強いものとは思われぬ。しかし、あれが光と闇を纏いし者だと言うのであれば、まだ隠された力があるのかも知れない。油断はできぬ。

 「あの者たちはまだ己本来の力に目覚めてはおりませぬ。だから今の間に……」
 「ふん、まだ力に目覚めてはおらぬのか……。それで、あのように弱々しい波動しか出してはおらなかったのか……」

 やっと胸落ちすると、竜王は低く笑い声を立てた。

 「ならば、わしが行くまでもあるまい。我が眷属を遣わせてやる」
 「しかし、油断はなりませんぞ。あやつらには、魔戦士ゴールズがついております。波のお仲間では……」
 「黙れ!我が眷属を愚弄するかーっ!たかが戦士の一人や二人、恐るる者などおらぬわ!」
 「ひーっ!」

 竜王の口から炎が吐き出され、白銀の髪の女を襲う。シュールは慌てふためき、転がるように避けた。

 「マリオス、い出よ!」

 呼び声に呼応し、目の前に赤い炎が巻き起こった。中から現れたのは、炎の竜、マリオスである。彼は恭しく一例すると、竜王を見上げた。竜王の眷属とは言え、姿は人と同じような姿をしている。真っ赤な燃えるような赤い髪、瞳も赤くルビーの輝きを持つ青年戦士。しかし、ただの人間ではない証拠に、両の額に捻れた竜の角が生えている。そして、内から伝わってくる、強烈なオーラ。それが、強力無双の竜の一族であることを示していた。

 「話は聞いておりました」 と、見上げてくる。小憎らしい程の自信に満ちた態度であった。しかし、竜王はそれを咎めるでもなく見下ろしていた。

 「ならば、行け!吾と地獄に仇なす者共を始末しろ!」
 「承知!」 一礼する間もなく、マリオスの姿は消えていた。

 「相変わらず小癪な奴じゃ」 竜王はクックッと苦笑した。

 「あやつに任せておけば、もう心配はない。とっととサーザの元へ帰るがいい」

 ガーリオンは言い放つと、長い身体をとぐろ巻きにして目を閉じた。白銀の髪の女、シュールは口元に冷酷な笑みを浮かべ、竜王を見上げる。

 「うふふ、これで、あの憎たらしい魔天使共とゴールズに復讐してやれるよ……」

 小さくつぶやくと、霧の中へと消えて行った。


 魔竜の山を越えるのは、思った程簡単ではなかった。傾斜の険しさもさることながら、次々と襲撃してくる魔物たちの多さ。ゴールズが次々と大剣で薙ぎ払うが、息つく間もなく襲ってこられるのには、ホトホト閉口させられる。キラたちが魔力を使えれば、容易に越えられるのかも知れないが、それでは地獄中に彼らがそこにいるとふれ回っているのと同じ。直ぐさま、地獄の番人共が駆けつけてくるに違いないのだ。それでは、父を闇牢獄から助け出すことが困難になってしまう。ここは、辛くとも魔力に頼らず足を使って越えなくてはならなかった。

 「しかし、次から次へとよく出てくるねえ!この山は魔物だらけなのかねえ?」
 「その通りだ。ここは、竜王の支配する地、魔物の棲む場所だ」
 「えーっ!」

 あっさりと言うゴールズの顔を呆然と見つめる。そんな所へ押し入ったと言うのに平然としている魔戦士。この男の器量は並大抵のものではないと言うことか……?そんな戦士を敵にしていたとは……。知らぬこととは言え、あの時、無事に逃げおおせたことは奇跡に近いことだ。いや、あの時、偶然現れた男のお蔭なのであるが……。魔王親衛隊長ルークと名乗っていたが……。あの男も並ではないのか……。あの時は助けてくれたが、この次会った時は、恐らくは敵だろう。何しろ、彼らは地獄を追放された

 「呪われし者」 魔天使なのだから……。

 「何を考えている?」 不意に黙り込んだナナを訝り、ゴールズは顔を覗き込む。

 「なっ、何でもないよ。ただ何故あんたが、あたいたちを助けてくれるのだろうと不思議だったんだよ」
 「何故か……。それはオレにも判らん。ただ、お前たちといると、心が安まるのだ」
 「ふーん」

 ナナは小首をかしげる。そうやって見ると、実に可愛らしい少女だ。懸命に突っ張ってはいるが、普通の少女にしか見えない。地獄界を破滅に導く呪われし者とはとても思えなかった。

 「ん?」 不意にゴールズの閉じられていた額の第三の目が大きく見開かれる。緊張のため、全身が総毛立っている。

 「ミューッ!」 エリオスも何か感じたのか、ソワソワと落ち着かない。

 「おじちゃん、どうかしたの?」

 キラが心配そうに顔を見つめる。しかし、戦士は何も答えない。静かな静寂が魔竜の山を包み込んでいた。あれ程、激しく襲ってきていた魔物たちもなりを潜めている。だが、気配はそこにあった。ジッと見られている視線を感じる。今までとは違った、高い知能を持つ相手。今までの、下等な、ただ残忍な悪意と食欲だけの魔物ではない者の気配であった。魔戦士の全身から激しい闘気が空気をビリビリと振るわせる。敵も姿を隠したまま激しく応戦した。凄まじい闘気同士のぶつかり合いで、空間が捻れて見えるような錯覚さえ覚えさせる。キラは黙ったまま、ゴールズの首にしがみついていた。ナナも懐の短剣を握りしめている。どうしようもない程の緊張で、誰もがジットリと汗ばんでいた。

 「ミューッ!」 不意に緊張に絶えかねたエリオスが飛び上がる。同時にゴールズの巨体が動いた。目にも留まらぬ早業と言うのはこうゆうものか、電光のように短剣が空気を切り裂いて飛ぶ。それが、フッと空中に停止した。と、見るや、切っ先を変じ、魔戦士に向かって戻ってくる。

 「こざかしい真似を!」

 ゴールズは忌々しげに素手で短剣をたたき落とす。カランと乾いた音を立てて短剣は地面に落ちた。その僅かな隙をついて、鞭が魔戦士の大剣に巻き付く。あわや剣を取られそうになるのを、渾身の力で踏みとどまる。盛り上がる筋肉、にじみ出る汗が、闘いの凄まじさを示していた。

 「おじちゃん、大丈夫?」

 青ざめたキラが心配げに尋ねる。しかし、戦士はジッと鞭の延びている空間をにらみつけたまま応えようとはしなかった。僅かな油断さえも命取りになってしまう。それ程、敵は手強い。第三の目がカッと開き、燃え上がる。同時に、大剣を振りかざし、大地を蹴る。

 「でえーい!」

 飛び上がりざま、大剣で空を切った。肩に少年を乗せたままだと言うのに、電光石火の動きである。鍛え抜かれた肉体と精神だけが為し得る技だ。切り裂かれた空間がボンヤリと捻れ、何者かが姿を現す。魔戦士は油断泣く身構え、新たなる攻撃に備えた。やがて鮮明になってくる敵の姿。燃える炎の髪と瞳、額に生えた二つの竜の捻れた角。竜族の戦士だ。それも、最強と呼ばれる、赤竜の戦士であった。

 「キラ、オレの肩から降りろ。こいつは、並の敵ではない。ナナと共に安全な所で隠れているんだ」

 ゴールズが静かな声で言う。キラはうなずき、スルリと地上へ降りる。ナナとエリオスが駆け寄り、共に岩陰へと身を隠した。

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◆第十五話  竜騎士マリオス!◆

それはあたかも紅蓮の炎と漆黒の旋風の闘いのようであった。赤く燃え上がる竜戦士の長剣は燃えさかる炎の勢いで襲いかかる。それを受ける魔戦士の大剣は猛火を切り裂く旋風であった。一合、二合、三合と剣が火花を散らす。しかし、どちらの剣も相手を決定的に傷つけることができない。腕は互角か?双方の戦士の顔に笑みが浮かぶ。どうしようもない程、彼らは戦士であった。好敵手に出会うと、心が浮き立ってくるのである。それが手強い敵であればある程、全身に歓喜がこみ上げてくるのだ。
 「なかなかやるな、お主の名を聞こうか?」
 「マリオス、赤竜隊長だ」地獄一、二の魔戦士と呼ばれるだけのことはあるな、ゴールズ、貴様も大した戦士だ」

 二人の戦士はハッと飛び下がると、互いの顔を尊敬の混じった瞳で見つめる。これ程の敵と巡り会えた幸運に心から感謝していた。油断なく敵の動きを探りつつ、言葉を続ける。

 「貴様程の戦士が何故、地獄の破壊者の手助けなどする?」
 「なっ?地獄の破壊者……だと?一体何のことだ?」

 思わずゴールズの目が大きく見開かれる。地獄の破壊社の手助け?

 「『光と闇を纏し者』と共にいるではないか。」
 「『光と闇を纏し者』だと?」

 益々戸惑いの表情が深くなる。

 「貴様が連れている子供たちだ。あれこそは、悪魔と天使の間に生まれた呪われし子。魔天使ではないか」
 「……」

 ゴールズは沈黙した。今まで考えてもいなかった事実。天使と悪魔の間に生まれた子、魔天使。ならば、光の力と闇力を持っている者と呼べよう。それが光と闇を纏し者。

 「光と闇を纏し者現れし時……」

 魔戦士ゴールズも、一度は耳にしたことのある密かに地獄界に囁かれる秘文の一節であった。しかし、そのような予言、取るに足らぬ流言に過ぎぬと思っていた。だが、実際に 「光と闇を纏し者」が出現していたとは……。裏切り者アモンの罪とは、魔天使を生んだと言う罪であった。そして、魔天使とは、光と闇の力を持つ存在。追放された子供たちとは、つまり、そのような運命を持った破壊者……

 「どうやら得心がいったようだな。ならば、邪魔だてせずに、忌み子をこちらに渡すのだ。オレが災いの種を屠ってやる。」

 不適な笑みを浮かべ、マリオスは子供たちに近づこうとする。岩陰のキラとナナは緊張した。今まで頼りにしていたゴールズが自分たちの正体に気づき、保護者たることを放棄したのである。

 「ナナ、逃げてーっ!ぼくが時間をかせぐから!」

 キラは懐から母の白羽を取り出し構える。途端、白羽は七色に輝く剣へと変化した。

 「ふっ、かなりの魔力を秘めた剣だな。」

 マリオスが皮肉な笑みを浮かべる。そして、ついと足を進めた。あっ、と叫ぶ間もない。気づいた時は、目の前に剣を突きつけられていた。

 「いくら立派な剣を持っていようと、腕がなければただのなまくらだ」
 「あーっ!」

 カシンと竜戦士の剣が、七光剣をうち払う。剣はキラの手を離れ、宙に舞った。地上に落ちた剣は元の白羽に変化し、少年の手に戻ってくる。途端、剣が出現した。

 「ふふん、どうやらその剣はお前を守護しているようだな。しかし、持ち主が未熟ではどうしようもない。観念しろ、一太刀で殺してやる!」

 竜戦士が冷酷な笑みを浮かべ、剣を振り上げた。キラは剣を構え、身構える。力の差は歴然で、マリオスの長剣は次の一振りで少年の身体を切り裂いてしまうに違いない。

 「死ね!」 長剣が電工のように振り下ろされた。

 カシーン!
「うわーっ!」

 金属の触れ合う音。続いて起こる悲鳴。手を離れた剣がクルクルと円を描きながら空を飛ぶ。ごくりと唾を飲み込むナナ。エリオスは目を大きく見開いて見つめていた。

 「貴様、どうして……?」

 大きく飛び下がり、宙を舞う剣を片手で受け止めた竜戦士が怒鳴る。視線の先には、漆黒の鎧を身につけた魔戦士がいた。長剣が少年の身体を切り裂くよりも早く、ゴールズの剣が跳ね返したのである。

 「おじちゃん!」 キラが驚いて叫ぶ。魔戦士はニヤリと片目をつぶって見せた。

 「ゴールズ、正気か?地獄を破滅に導く気か?」

 マリオスが厳しい目でにらむ。しかし、ゴールズは超然と相手を見返していた。

 「正気かとは、お前のことだ。」
 「なっ?」
 「赤竜騎士隊長ともあろう男が、このような幼気な意子供に剣を振り上げるとは……。恥を知れ!」
 「そっ、それは……」

 思わず息を呑む。地獄を破滅に追いやる呪われし子を倒せと命じられ、何の疑いもなく屠ろうとした。しかし、よく見ればほんの幼い子供ではないか。自分は何を血迷っていたのであろう……。躊躇いが竜戦士の心に浮かぶ。

 「ならば、貴様を先ず倒し、そやつらを封印するまでよ!」

 竜戦士の長剣が一文字に振り下ろされた。それを大剣が軽々と受け止める。

 「おじちゃん……」 キラが不安げに魔戦士を見つめる

 「心配するな。オレは負けぬ。それに、お前たちが地獄の破壊者などとは信じてはおらぬ」

 長剣を弾き飛ばしざま、拳を敵の鳩尾にたたき込む。相手が革一枚の差で避けたところへ、すかさず大剣を撃ち込んだ。頭蓋を叩き割る一瞬、長剣が受け止める。先程までは互角と見えていた二人だったが、いつの間にか、ゴールズの一方的な闘いとなっていた。

 「おじちゃん、頑張って!」
 「ミューッ!ミューッ!」

 キラとエリオスが声援を送る。ナナもジッと息を呑んで見つめていた。魔戦士はそれに応えるかのように、大剣を次々に送り出す。マリオスは次第に圧され、ジリジリと後ずさって行った。

 「おじちゃーん!もう少し……」

 懸命に応援していたキラの言葉が途切れる。訝って弟を見たナナの顔が凍りつく。いつの間に出現したのか、白銀の髪の女が短剣を少年の喉元に突きつけていたのだ。

 「あっ、あんた……生きてたの……?」

 強ばったナナの唇から言葉が漏れる。それは、かつて風の妖精の村に現れた、謎の美女。毒蜘蛛を操り、村を襲わせたサーザの手先。そして、風の妖精シルフィーとユーリーを操りキラたちを殺そうとした悪魔、シュールであった。

 「近づくんじゃあないよ。さもないと、この子の命はないからね」
 「卑怯者!」  ナナが口惜しげに呻いた。

 「ゴールズ!無駄な抵抗はお止し。さもないと、この子を殺すよ。さあ、剣を捨てるんだよ。マリオス、今だよ、ゴールズにとどめを!」
 「お前はっ……シュール。生きていたのか……」
 「貴様は……」

 壮絶な闘いをしていた戦士二人の動きが停止する。そして、白銀の髪の女とキラを見た。シュールは勝ち誇った笑みを浮かべ、男二人を見つめている。

 「裏切り者ゴールズ、さあ、早く剣を捨てるんだよ!」

 女の鋭い命令が飛ぶ。ゴールズは唇をグッと噛み、大剣を投げた。乾いた音を立て、剣が地面に落ちる。

 「ふん、所詮は竜か……。騎士と名乗るとはおこがましい、こんな奴を使って卑怯な真似をするとは……」

 ゴールズが吐き捨てるように言う。マリオスは無表情に立っていた。

 「さあさあ、マリオス、その憎たらしい魔戦士をやっつけちまいな」

 白銀の髪の女は薄紫色の瞳を輝かせた。幼い少年を人質にとれば、ゴールズは観念する。そう目論んでの奇襲であった。それが思惑通りにうまく行ったのである。シュールは勝ち誇った笑みを浮かべていた。後はマリオスがゴールズのとどめを刺し、子供たちを始末するだけだ。

 「ミューッ!」
 「きゃーっ!」

 皆の視線が白銀の髪の女に集中しているのを幸い、幼竜が気配を忍ばせ、ジリジリと背後に回り込んでいた。そして、手足を十分に縮め、思いっ切り跳躍する。狙いは白銀の髪の女の腕。カッと口を大きく開け、勢いよく噛みついたのだ。思わず手を離れる剣。その機を逃さず、キラは地面を転がって逃れた。

 「お待ち、小僧!」

 慌てて捕らえようとする女。だが、その眼前に長剣の切っ先が突きつけられた。ギクリとして立ち尽くす。

 「あっ、あんた……マリオス?」 驚いて竜戦士を見つめる。

 「オレの顔に泥を塗る気か?!貴様のような下司の悪魔の手助けなどいらぬわ!余計なまねをするな!」

 吐き捨てるように言うと、掌を向ける。途端、紅蓮の炎が女を包んだ。

 「ぎゃーっ!」 火だるまになった女は火炎ダンスを踊る。飛びはね、転がり、やがては空を飛翔して消えてしまった。

 「お兄さん、ありがとう」
 「えっ?」 少年がニッコリと笑みを浮かべる。マリオスは驚いて棒立ちになった。何て無防備に自分を見るのだろう。あどけない瞳は何の恐れも抱いてはいない。 むしろ抱きしめたくなるような愛おしさがあった。

 「なっ、何故、礼を言う?オレは貴様たちを殺そうとする者だぞ。まさか、それが判っていないと言うのではないだろうな?」
 「判ってるよ。でも、おじちゃんが、地獄一の戦士と呼ばれる悪魔が、正々堂々とした闘いでなくて、ぼくを助けるために殺されてしまうのは絶えられなかったもの。例え、負けようと力を尽くして倒れたのなら、戦士として本望だと思う。でも、卑怯な手段で倒されたのだったら……。きっと、とても悔しいと思う。ぼくだって、そんなの嫌だもの。だから、ぼく、お兄ちゃんにお礼が言いたかったんだよ」

 竜戦士は言葉を失った。こんな幼い子供に戦士の誇りが理解できると言うのだろうか?闘って負けるのなら、我慢もできる。しかし、卑怯な手段で倒されるのは我慢できないと……?呆然と見つめる竜戦士に向かってキラはニッコリと微笑んだ。これが破壊者の笑みなのか?何の気負いもない。邪心のかけらも感じさせない無垢な笑顔。とても、何かを企んでいるようには見えない。本当に心から感謝しているのか?そんな悪魔が存在するのだろうか?いや、この子は悪魔と天使の混血児。それでは、この無邪気な笑みは天使の血か?

 「お兄ちゃん、一つだけお願いを聞いて」
 「えっ?」

 いきなり言われて、マリオスは戸惑った。が、すぐに思い当たる。何のかんのと言いつつ、命乞いをする気に違いない。わざとにこやかに微笑みかけ、油断させて、許しを願う気なのだ。戦士の誇りがどうのと言いつつ、やはり己自信の命が惜しいだけなのだ。マリオスの唇に冷笑が浮かぶ。

 「おじちゃんがもし負けて、ぼくたちが殺されることになったら、エリオスのお父さんを捜して上げて欲しいんだ。この子、ママが地獄狼に殺されちゃって、独りぼっちだから……。お兄ちゃんも、竜の仲間なんだから、同じ仲間の子供を助けて上げて」
 「ミューッ!」 エリオスが驚いてキラにしがみつく。そして、いやいやをするように首を振っていた。

 「そっ、それは赤竜の子ではないか……?今まで気づかなかったが……」
 「赤竜って……?でも、エリオスは緑色をしているけれど……?」
 「ああっ、竜の子供は最初はどの種族でも、緑色の皮膚をしているのだ。しかし、成長して行くに従い、それぞれの種の色に変わって行くんだ。それにしても、何処で見つけた?地獄狼に母竜が殺されたと言っていたようだが……もしや、群狼の谷か?」

 マリオスの表情が真剣なものに変わる。同じ赤竜の仲間の子であるからには、あだや疎かにはできないと思っているのかも知れなかった。

 「ぼく、地獄には初めてきたから、谷の名前は判らない。でも、たくさんの狼がいたよ。そいつらに、エリオスのママは殺されたんだ。その時、エリオスはまだ卵だったから、守るためにママは空へ逃げることもできなかったんだ。」
 「……そうか……。それは礼を言わねばならんな。我が種族の女と子供を助けてくれたんだから……。しかし、願いと言うのはそれだけか?」
 「うん!ぼく、エリオスのママから卵だったエリオスを頼まれたんだもの。だから、責任をちゃんと果たしたかったから……。でも、お兄ちゃんが約束してくれたら、ぼく、安心だから……」
 「ミュー!ミュー!」

 笑顔で言うキラに、 エリオスは離れたくないと言うようにしがみついている。マリオスは戸惑うばかりであった。それに、群狼の谷で殺されたと言う母竜……。

 「おいっ、キラ!それはあんまりだぞ。オレがそいつに負けるとでも思っているのか?オレは地獄一の魔戦士、ゴールズだぞ。たかが竜戦士になどむざむざとやられはせん」
 「おじちゃん……」

 キラは大きく目を開いて魔戦士を見上げる。そして、相手がニヤリと笑みを浮かべるのを見て、ニッコリと微笑み返した。

 「えへへ、そうだった、おじちゃんが負けるはずないよね」
 「おうっ!」

 マリオスはそんな二人を半ば唖然として見つめていた。相手を好敵手だと感じ、懸命に闘っていたつもりだったのだが……。相手はすっかり勝つつもりでいる。いやそれも無理からぬこと。ゴールズの剣はたしかに彼よりも勝っていた。しかし、勝負は時の運。それに、ここは彼のテリトリーの中、剣技の劣勢は十分に補えるはずであった。

 「やれやれ……」 マリオスは苦笑すると、剣を収める。あんな下劣な悪魔の口車に乗ったことが馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。

 「勝負はお預けだ。魔戦士ゴールズ、どうやら私の負けのようだ。剣の腕も、子供を見る目も」
 「マリオス……?」
 「しかし、竜王様には会ってもらう。竜王様に直に会って、判断してもらう。よいか?もしも、お主らが本当に破壊者でないのならば、竜王様は力を貸してくださるであろう。しかし、私がまんまと騙されておるのならば、直ちに竜王様に見抜かれ、屠られるであろう」
 「よかろう、竜王に会わせてもらおう。どうせ、魔竜の山を越えるには、竜王の玉座を抜けねばならぬ」

 ゴールズも剣を収めた。そして、キラとナナを両方の肩に乗せる。

 「エリオス、おいで!」
 「ミューッ」 幼竜が飛ぼうと羽ばたく。

 シュルルルルルーッ!

 「ミューッ!」
 「エリオス?」

 突如、地面が弾け、半透明の白い触手が出現した。驚いて見つめる一同の目の前で、今まさに飛翔しようとしたエリオスの身体に絡みつく。幼竜は触手に引きずられ、地面に落ちた。懸命に逃れようともがくが、更に別の触手が小石を弾き飛ばして伸びてきた。それが合図なのか、次々と触手が噴出してくる。ザワザワザワと白い半透明の紐は不気味な踊りを踊りながら、獲物を求めて揺らめく。

 「ドルだ!」 ゴールズが咄嗟に絡みつこうとする長虫を大剣でなぎ払う。ピクリとザワめいていた長虫の動きが停正した。が、次の瞬間、白い半透明の紐たちは狂ったように狂騒した。鞭のようにしなり、辺り構わず絡みつく。無数の触手が怒涛のように魔戦士を襲うが大剣がそれらを次々となぎ払った。

 「ミューッ!」
 「あっ、エリオス!」

 幼竜の悲鳴が壮絶な闘いを呆然と見つめていたキラの意識を我に返す。思わず視線を向けると、無数の長虫に絡みつかれ、引きずられる姿が目に飛び込んできた。四方から伸びた触手は、幼竜の四肢を引き千切ろうとグイグイと引く。メリメリと四肢が悲鳴を上げる音が聞こえるようだ。触手は、翼にもマトワリつき、引き裂こうとしていた。助けなくては。キラは白羽をとりだした。途端、七色の光を放つ剣へと変じる。

 「エリオス、今、助けてあげるからね!」
 「キラ、余計な手出しはするな!お前が天使の力を使えば、地獄中にそれと知られてしまう!」
 「判ってる。でも、エリオスの命の方が大切だもの」

 言うなり、翼を生やし、宙を飛ぶ。それを目指し、白い半透明の触手が伸びた。ザワと風にソヨグススキのように無数の白い紐が揺れる。

 シュルルルルルーッ!

 「キラ、危ない!」

 群がる長虫の一つがシュッと音を立てて、空中の魔天使をつかもうとする。だが、キラの神経は幼竜に注がれ、気づかない。ナナはゴールズの肩の上で立ち上がり、両手で印を結ぶ。刹那、少女の黒髪が逆立ち、目から光芒が一閃した。一瞬にして、触手が炎に包まれ、焼け落ちる。

 「ナナ……」
 「ボヤボヤするんじゃないよ。早く、エリオスを助けるんだよ!」
 「あっ、うん」

 ナナに促され、キラは七光剣を握りなおし、幼竜を見た。無数の触手に絡め取られ、てはいたが、懸命に抗おうとしている。幼いながらも、牙で長虫を食い千切ろうとし、逆鱗を逆立て、爪でかきむしるのだが、ヌメヌメした触手は一向に応えたようには見えない。それどころか、絡みつく触手の数は益々増えて行った。

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◆第十六話  魔獣ドル!◆

エリオスに絡みついたドルの触手は、ギリギリと幼い身体を締め上げ、八つ裂きにしようと万力を込めてくる。苦しげにもがく幼竜は、懸命に牙を立て触手を食い千切ろうとするが、ヌメヌメと粘液を滴らせ、グニャグニャしていて噛み切ることができない。爪で引っかくが、やはり効果がなかった。
 「ミューッ!」
 「エリオスーッ!」

 母竜から預かった大切な卵から孵った幼竜。いやそんなことより、もっと、もっと、大切な友達。助けなくては!キラは七光剣を振るいながら、懸命に近づこうとするが、無数の長虫のような触手に阻まれ、近づくことができずにいた。迫りくる長虫を剣で払い、薙ぎ倒す。しかし、切っても切っても、際限なく襲ってくる。

 「ミューッ!ミューッ!」 幼竜の鳴き声が次第に弱まって行く。無数に絡まった半透明の蜘蛛の糸に絡め取られた蝶のようにジタバタもがけばもがく程、糸は絡まり、自由を奪い取られて行くようであった。

 「エリオスーッ!」

 焦燥でキらの顔が青ざめて行く。だめだ、直ぐ助けなくては、エリオスが危ない。しかし、助けようとする自分自身ですら、触手の攻撃を避けるのが精一杯なのだ。どうすれば?唇を噛み、助けを求めるようにゴールズを見た。しかし、さしもの屈強な魔戦士も、次から次へと津波のように襲ってくる長虫の群れを大剣で払うので手一杯のようであった。

 「だめだ、エリオスはぼくが助けなくちゃー……」

 救援を魔戦士に頼むのは無理だと悟ったキラは、剣を振るいながら、思案を巡らせる。禁断の魔力を使うにしても、触手の中に埋もれてしまったエリオスに危害が及ばないように助け出すのは難しい。

 「そういえば……核……」

 この山に入った時、ドルに襲われたキラを助けるため、ゴールズは核を叩き潰してドルを倒したことがあった。そうか、弱点は中心核。次々と襲撃してくる半透明の長虫の群れから逃れ、多角舞い上がる。そして、目を凝らして赤く蠢く核を探した。だが、無数の触手に覆われて発見することができない。もしかしたら、一匹のドルではないのかも知れない。無数のドルが集まり、彼らを襲っているのかも知れなかった。だとしたら、たった一つだけ核を潰しても無駄かも知れない。しかし、このまま手をコマネイテいるわけには行かない。なんとしても友達を助けなくてはならないのだ。焦る気持ちを抑えつつ、懸命に核を探した。

 「あった!」

 蠢く触手の群れの中に、チラリと不気味な赤い核が見えたような気がする。気のせい?ジッと凝視するが、二度と現れてはこなかった。どうしよう、もしもあれが見間違いだったら……。しかし、迷っている暇はない。今直ぐ倒さないと、エリオスの命が危うい。

 「ママ、ぼくの友達を助けて……」 ギュッと七光剣を握り締め、ソッとつぶやいた。

 「うわあああああああああーっ!」

 大声で叫びながら、核に向かって急降下する。もしも、見間違いだったら、最後かも知れない。しかし、迷ってはいられない。もう、幼竜は触手の山の中に隠れてしまい、姿は見えなくなっている。一刻も早く助けなくてはならない。猛スピードで落下して行く少年の身体を長虫の束が阻もうと伸びてくる。だが、それらを一切無視して、超スピードで突っ込んで行った。それは一つの弾丸のごとく触手を跳ね飛ばし、中心へと落ちて行く。剣から放たれる七色の光が少年の身体を包み込んで、流れ星のように見える。長虫たちは、その光を畏れるかのようにザワッと避けた。真下に現れたのは、おぞましく蠢く赤い核。その中心へと、光球が突っ込んで行く。

 「ええええーい!」

 掛け声と共に光り球が核に飛び込んだ。途端、全ての触手が凍りついたように動きを止める。堅く地上から突き出た氷柱のように垂直に天を向く長虫の群。やがて、長虫たちは断末魔の身震いをすると、一つ、二つと地上へと落ちて行く。

 「キラやったね!」

 ゴールズの肩の上でナナが叫ぶ。キラは呆然と核に剣を突き立てたまま座り込んでいた。

 「……なんて小僧だ……。なんて無茶なことを……。あんなドルの触手の群れているど真ん中に突っ込むとは……。馬鹿か?それとも……」

 竜戦士が呆れたように少年を見つめていた。命を捨てて敵の真っ直中へ飛び込んで行く無鉄砲さは、とうてい理解できない業であったのだ。

 「ミューッ!」
 「はっ、エリオス!」

 幼竜の切れ切れの鳴き声に、キラは我に返った。どこだ?ヌメヌメした長虫の山の中に姿を探す。しかし、すっかり埋もれていて、小さな竜の姿は見つけることができない。

 「はあっ!」 不意にマリオスが腕を十字に組み、気合いもろとも気効弾を触手の山に放った。バッと飛び散る長虫の死骸。

 「何をするんだ?!あの中には、エリオスがいたんだぞ!お前たちの仲間の幼竜を殺す気か?」

 思わずゴールズが怒鳴る。しかし、竜戦士は平然と腕組みをしていた。

 「たかがあの程度の気効弾でどうにかなるような竜の仲間はおらぬわ。ほれ、あれを見てみろ」
 「なっ?」

 指で指し示された場所を見て、目が大きく見開かれる。そこには、高く積もった触手の山が吹き飛ばされ、ポツンと小さな緑の塊が転がっていたのだ。

 「エリオス!」

 キラの顔が恐怖に歪む。ピクリとも動かないエリオスの身体。もしかしたら、もう……?冷や汗が額から一筋流れ落ちた。確かめなくては。しかし、怖くて足がガタガタ震えて動くことができなかった。

 「しっかりしろ!お前も竜族なら、ドルごときの攻撃にへばっているんじゃない」

 マリオスがついと近づき、片手でエリオスの身体を持ち上げた。

 「ミューッ!」 幼竜がうっすらと目を開く。まだ寝惚けたような目の光りをたたえていたが、自分をつり下げているのが、マリオスだと判ると、目大きく見開く。そして、懸命に逃げようともがき始めた。

 「ふん、やっと気づいたか?どうやらけがはしてないようだな。さすがは竜族の子供だ。しかし、たかだかドルごときにこうまでやられるとは、情けない奴だ」
 「ミューッ!」

 だが、言葉とは裏腹に、マリオスは幼竜の身体に付着していた、ドルのネバネバの粘液を拭き取ってやっている。

 「おいっ、小僧。お前も身体についた粘液を拭き取らないと、酷いことになるぞ」
 「えっ?」

 プイと振り返った竜戦士に言われ、始めて自分の身体にドルの毒粘液が付着しているのに気づく。途端、激しい痛みが全身を襲った。無数のミミズ腫れが手足にできているのだ。今までは、闘いに集中していて気づかなかったのだが……

 「いっ、痛いーっ!」 気づいた途端、キラは悲鳴を上げた。

 「キラ、動かないで!」 ナナがサッと手をかざす。刹那、雨雲が出現し、ザーッと少年の頭上から雨を降らせた。

 「痛い!痛いよ!雨が傷口に触れて痛いよーっ!」
 「ジッとしてなさい!じゃないと、どんどん腫れが広がって行くんだよ!」
 「でも……」
 「ほらっ、あんた男の子でしょう?我慢しな!」

 泣き言を言う弟に、ナナは容赦なく雨を降らせる。痛みに耐えかね、逃げ回るが、雨雲は執拗に追いかけ毒粘液を洗い流して行った。ゴールズとマリオスはそんな姉弟を苦笑しながら見つめている。

 「ああー、酷い目に遭ったなあ……」

 やっとの思いで毒粘液を洗い流してもらった、キラがホッとため息をつく。まだ、触手が触れた場所は赤く腫れ上がってはいたが、痛みは随分と治まっていた。

 「それにしても、エリオスは平気なの?あんなにたくさんのドルに絡まれていたのに?」
 「ミューッ!」 幼竜はキョトンと首をかしげている。どうやら、全く平気なように見えた。

 「ふふ、竜族の皮膚は丈夫な鱗で覆われているから、ドルごときの毒にはやられはせぬ」
 「ええーっ?!じゃあ、ぼくは何のために命がけでドルの核に突っ込んで行ったの?そんなことをしなくても、エリオスは平気だったなんて……」
 「ミューミュー」

 意外な答えにキラは膨れっ面になる。エリオスは、申し訳なさそうに上目遣いで見つめていた。

 「はは、そう怒るな。ドルの毒にはやられずとも、あのまま触手に絡まれたままでは、いずれは窒息しておったかも知れぬ。お前の無鉄砲な行動のお蔭で、エリオスは助かったのだ。ありがとうよ」
 「ミュー」

 聞くなり、幼竜が少年の胸に頭を擦り付ける。恐らくは礼を言っているつもりなのであろう。キラは目を細め、小さな頭を撫でてやった。

 「しかし、ドルの奴、何故、襲ってきたのだ?私が傍にいたのに。こやつらは、竜族を恐れて、決して襲ってはこないはずなのに……?」

 不信げに竜戦士は巨大なドルの死骸を見つめる。この辺りに生息する中でも、最大級の奴に違いない。それにしてさえも、竜を襲うとは信じられないできごとであった。

 「そうなの?ドルは竜を襲わないの?」
 「ああ、特にこの辺りは竜王の聖地だ。だから、竜に逆らう生き物はいないはずなのだが、不思議だ……?まあよい、後で部下に調べさせよう。とにかく、お前たちを竜王様に会わせなくてはならぬ」

 マリオスはチラとドルの巨大な死骸に視線を向けると、キラたちを促して歩き始めた。一同が死骸に背を向けて歩き出す。もう誰もドルには注意を向けてはいなかった。

 ピクッ! わずかだが、だらりと伸びた触手の一本が動く。しかし、キラたちは何も気づいてはいない。ジワジワと蠢き、切っ先をくねらせる。

 シュルルルルルルルルーッ!

 「うわーっ!」

 鞭のようにしなった触手がキラの足に絡みつく。驚いて振りほどこうとしたが、逆に地面に引き倒されてしまった。

 「どうしたキラ?」 異変に気づいたゴールズが、咄嗟に大剣を掴む。

 「畜生ーっ!こいつ、まだ生きてる!」

 ナナが短剣を振るって断ち切ろうとした。しかし、その腕にも、別の長虫が襲ってくる。思わず飛び下がりざま、短剣で打ち払った。切り落とされた触手の先端は、ヒクヒクとネバネバの粘液を撒き散らしながら、断末魔の死のダンスを踊る。だが、ホッとしている暇はなかった。第弐の触手が迫ってくる。慌てて、返す剣で切り裂いた。もう、弟を助けるどころではない。

 「おのれーっ!核を潰したはずなのに、何故だ?」

 すでに死んでいるはずのドルの攻撃に、さすがの魔戦士も驚愕の色を隠せずにいた。次々と襲ってくる長虫のような触手を大剣でたたき切りながら、チラッと潰れた核を見る。たしかに、キラの剣で突き刺された痕がありありと残っている。毒々しい赤い莟であった核は、今は死を示す紫に変色していた。死んでいるのだ。ドルは間違いなく死んでいる。ならば、何故?

 シュルルルルルルーッ!

 長虫の束は、仁王立ちになっている竜戦士の手足にも巻きついて行く。ネバネバした粘液を滴らせ、グイグイと万力で引き倒そうとしていた。だが、マリオスの身体は、まるで地に根を生やしたごとく、ピクリとも動かない。触手はピンと張り詰めた琴の弦のようにビーンビーンと震えていた。

 シュルルルルルルーッ! 長虫の一匹が竜戦士の顔を襲う。

 「おのれーっ!たかだか長虫の分際で竜戦士の顔に汚らわしい粘液を!」

 カッとマリオスの瞳が燃え上がる。同時に全身の筋肉が一気に盛り上がった。巻きついている触手がブチブチと音を立てて千切れて行く。全てのドルの触手が吹っ飛んでも、竜戦士の筋肉の盛り上がりは収まらず、膨れ上がって行った。燃える赤い髪も大火のように逆立ちながら伸びて行く。口は大きく裂け、目がランプのように炎を発していた。胴と首が長く伸び、手足の爪は鈎のように鋭く強固に変貌して行く。

 「ぐおおおおおおおおおおーっ!」

 猛々しい咆哮が周囲の空気を震撼させる。

 「ああーっ!竜だ!」
 「ふっ、怒りに我を忘れて、正体を現わしたか……」

 人型を取っていたのは、仮の姿。竜戦士の本体は全身に炎を纏った赤竜であった。赤々と燃え上がる炎の玉がポツリポツリと周囲に浮かび上がっているのは、竜の発する瘴気である。爛々と輝く炎の目がカッとドルの核をにらみつける。そして、とぐろを巻き、クワッと口を開いたかと思うと、バリバリと音を立てて核を貪り食い始めた。ドロドロとした赤黒い体液が食い千切られたドルから迸り出る。鋭い鈎爪で引き裂き内容物を撒き散らし、ジュルジュルとまるでソーメンでもすするように長虫をすすり上げていた。

 「うえーっ!あいつ、ドルを食ってるよ……。気色悪い……」

 ナナが顔をひきつらせて、捕食する竜を見つめていた。キラも驚いたように、呆然と立ち尽くしている。

 「ミュー!」 エリオスは何を思ったのか、足元に落ちていた触手に噛みつく。

 「あっ、エリオス!そんなもん食べたら、お腹こわしちゃうよ!」

 キラが慌てて幼竜を止めさせようとする。しかし、エリオスは止めようとはしない。逆に、意地になったのか、ズルズルと勢い欲触手をすすり上げ始めた。

 「ふっ、どうやらドルは竜の餌らしいな……。だから、ドルは竜を襲わないと言っていたのか……」

 おぞましげにゴールズが言う。とてもではないが、あのような気色の悪い物を食らう気にはなれないのだが……。それにしても、竜の圧倒的な強さには恐るべきものがある。先ほど闘った時には、力は互角。いや、ゴールズの方が勝っているようにさえ感じられたが、本来の姿、竜方に変化したマリオスは、恐るべきパワーを感じさせる。もし、この姿で闘ったとしたら、勝てただろうか……。一抹の不安が地獄一の戦士と呼ばれた男の胸に去来する。しかし、炎の竜は、そんな魔戦士の憂慮など歯牙にもかけぬ様子で、ひたすらバリバリと音を立てながら長虫の本体を齧り、ジュルジュルと体液をすすっていた。

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◆第十七話  闇の牢獄!◆

地獄の魔天使     濃い霧の中に浮かび上がる巨大な山のように聳え立つ黒く長い壁。竜戦士マリオスに導かれたキラたち三人は、呆然とその万里の長城を見上げていた。
 「お主ら、何をボーッとしておる?竜王様の御前であるぞ。挨拶をせぬか」

 戸惑う三人を皮肉な笑みで赤竜隊長は見つめていた。

「でも……竜王様はどこに……?」 キラが困ったように竜戦士を見た。たしかに、何かがいる気配はするのだが、姿が見えないのだ。

 「ふふふふふ、小僧、わしは目の前におるぞ!」

 不意に頭上から雷鳴のような声が鳴り響く。驚いて見上げた霧の中に、何か巨大な金色の光る玉が、二つ浮かんで見えた。

 「うわっ!火の玉だ!」

 思わずゴールズにしがみつくキラ。ナナも短剣の柄をギュッと握り締めた。金色の玉は、輝きを増しながら近づいてくる。やがて現れてくるのは、巨大な漆黒竜の顔。火の玉に見えたのは、巨大な竜の目玉であった。これが竜王ガーリオン……。キラは目を大きく見開き、巨大な顔を見つめた。爛々と輝く金色の眼、頭部には大きな捩じれた二本の角、額の上からは金毛が首筋から背中へ向かって長く伸びている。大きく裂けた口からは、鋭い牙が覗き、真っ赤な舌がチロチロと見え隠れしていた。

 「はっ、初めまして竜王様。ぼく、魔天使キラです」

 ハッと我に返ったキラがおずおずと言った。

 「あたいはキラの姉のナナだよ」
 「オレはゴールズ」

 竜の王は何も言わずジッと黄金の瞳で三人を見つめている。キラたちはどうしたものか、互いの顔を見合わせた。怒っているのか?それとも、三人を値踏みしているのか?長い沈黙が流れた。

 「竜王様」
 「ん?」

 不意にキラが口を開く。竜王ガーリオンはピクリと髭を動かした。途端、少年はニッコリと微笑む。意表をつかれたガーリオンは目を大きく見開いた。

 「お願いがあるの。エリオスのパパを探してください」
 「はん?エリオスのパパだと?」

 竜王は驚いて目をしばたたかせる。だが、少年は臆することなく彼を見上げていた。なんという恐れを知らぬ純真な瞳であろうか?ジッと向けられる汚れ無き視線は竜王さえたじろがせる。巨大な竜にとって、鼻息一つで吹っ飛んでしまいそうな小さな少年なのだが、あまりにも無垢な子供の視線にさらされて、さすがの竜王も戸惑わずにはおられなかった。

 「エリオスのママは地獄狼に殺されてしまったんだ。その時、ぼくはママから卵を預かったの。その卵から生まれたのがエリオスなんだ。竜の王様なら、エリオスのパパを見つけられるでしょう?お願いします、エリオスのパパを見つけてください」
 「うむ……」

 ガーリオンは目をスッとすぼめ、少年を見つめる。全く不思議な子供だ。地獄一畏れられる竜王を前に、このように臆せず物を言うとは、ただの愚か者か、またわ……

 「ミュー!」

 不意に幼竜がキラの懐に飛び込んできた。一体どうしたと言うのだろうか?驚いて顔を見つめる。だが、頭をグイグイと胸に押しつけてくるばかりであった。

 「エリオス、どうしたの?何を恐がっているの?竜王様は、エリオスの仲間の王様だから、恐がることはないよ。ほら、しっかり……」

 懸命になだめるが、幼竜は少年にしがみつき、嫌々をするように頭を左右に振る。キラはどうしたものかと、ナナを見たが、首を捻るばかりであった。

 「くっくっく、その幼竜はお前に捨てられると思って怯えておるのだ。父親が見つかれば、お前と別れなくてはならぬ。だから、駄々をこねているのだ」
 「えっ?エリオスと別れる……?」

 キラが驚いてマリオスを見る。そう言われてみれば、そうなのだ。親が見つかれば、エリオスは父親と一緒に暮らすのが一番幸せなはず。だとしたら、父親が見つかってしまったら……お別れなのだった。そんなこと、ちっとも考えなかった。地獄へきてからずっと一緒に旅してきた幼竜。そんな友達と別れなくてはいけないのだ……。

 「……でも……パパやママと一緒に暮らせないのは本当に辛いんだよ……。ぼくとエリオスは友達だけれど、親子じゃないよ。エリオスだって本当はパパに会いたいはずだよ。それが判ってないだけだ。ぼくだって、エリオスと別れるなんて辛いけど……エリオスに本当のパパに会わせて上げたい。だって、親子が離ればなれだなんて……」
 「ミュー……?」

 ポタリと暖かい滴が落ちてきて、エリオスが驚いてキラを見上げる。途端、また顔に水滴が当たった。それはしょっぱい味がする。抱きしめている少年の目からこぼれ落ちる涙であった。

 「エリオス、パパに会わなくちゃだめだ!会えるんだったら、会わなくちゃ……」
 「ミュー……」

 抱きしめている手に力がこもる。親に会いたくても会えない自分だからこそ、強くそう思うのだ。一日でも、いや一時間、一分一秒でも早くパパやママに会いたいキラだからこそ、エリオスにパパを合わせてやりたかった。

 「エリオス、あたいたちは決して、あんたを捨てるんじゃあないんだよ。あんたが大好きだから、パパに合わせて上げたいんだ。その後、どうするかは、あんたが決めればいい。パパと一緒に暮らしたかったら、一緒に暮らせばいいし、一緒にきたければくればいい。決めるのはあんただよ。」
 「ミュー」
 「そうだ、誰もお前を縛りはしない。自由にするがいい。ただ、父親には会え」
 「ミュー……」

 ナナとゴールズに説得され、不満げにキラを見上げる幼竜であった。卵から孵った時に初めて見た者を自分の親だとインプリントされてしまった幼竜にはキラだけが親だと信じ込んでいた。それなのに、今さらパパに会えとは……

 「ミューミューミューミュー!」

 悲しげに少年の顔を見つめる。助けて欲しい。今になって親のもとへ帰れなんて言って欲しくないとでも言いたげに切ない視線であった。

 「エリオス、大好きだよ。だから悲しまないで。ぼくたちはいつまでも友達だよ。例え離れ離れになっても、大切な友達だ」
 「ミュー」

 キラとエリオスは互いにしっかりと抱き合う。強い絆で繋がれた友情を確かめ合うように……。

 「エリオスの父親は死んでいる。だから、お前たちは分かれる必要はない。もしも、エリオスが同じ竜族同士、ここに棲みたいと望むのであれば、ここに棲んでもよいが、そうでないのならば、一緒に旅を続ければよい」
 「えっ?」
 「ミュー!」

 静かなマリオスの声。キラとエリオスは驚いて顔を上げた。その時、竜王の片目がピクンとつり上がったことには、誰も気づいてはいない。

 「本当にエリオスのパパは死んじゃったの?」
 「ミュー?」
 「ああ、そいつを引き取りたいと思う父親は死んだ。だから、そいつには親はいない」
 「そんな……かわいそうなエリオス……」
 「ミュー!」

 思わず幼竜の身体を抱きしめていた。エリオスもギュッとキラにしがみつく。

 「どうやらわしへの頼み事は、もういらなくなったようだな」

 竜王はクックッと笑った。

 「はい、竜王様」
 「それでは、これからどうする?」
 「パパのいる闇牢獄へ。重態のママを助けるためには、ぼくとナナとパパの三人の血が必要なんです。だから……」
 「闇牢獄……?すると、お前たちの父とはアモンのことか?」
 「竜王様、パパを知っているんですか?!」
 「……そうか……闇牢獄に落とされたアモンの罪とは、『光と闇を纏いし者』を生んだ罪であったのか……」

 スッと竜王の目が遠くを見つめる。そして、昔を懐かしむように目を閉じた。キラはそれを首をかしげて見つめる。

 「ミュー」 不意にエリオスが竜戦士マリオスの足元に歩み寄った。そして、物言いたげに見上げる。戦士は黙って幼竜を抱き上げた。

 「お前も竜族ならば、主を死ぬまで守り抜くがよい」
 「ミュー」

 エリオスは小さくうなずくと、マリオスの手を離れ、キラの足元へと戻って行った。

 「行け!闇牢獄はこの山の向こう側だ。わしが裁かなくとも、闇が裁いてくれよう。お主たちが破壊者でないのならば、父に無事会えるであろう。しかし、破壊者であったなら、闇がお主たちを侵食し、二度とは出られぬ、覚悟して行くがよい」
 「竜王様、ありがとうございます」

 キラがニッコリと笑みを浮かべた。竜王も目を細めユックリと頭を持ち上げて行く。やがて霧が巨大な竜の姿を包み込んでしまう。

 「闇牢獄は竜王の座の真下に入り口がある。竜王様のお許しが出たからには、安心して行くがよい。」

 ガーリオンの姿が見えなくなると 、マリオスが重々しく告げる。そして、高々と手をかざした。すると、目の前の黒い壁のいちぶにポッカリと穴が開く。中には真の暗闇が蠢いていた。三人はジッと互いの顔を見合わせる。闇は見つめているだけで底知れぬ恐怖を呼び起こすようであった。いくつもの妖魔や魔物が跋扈し、咆哮を上げているような錯覚さえ感じさせる。いや、錯覚ではない。死霊の恨みと憎しみのこもった呻き声や妖魔の牙を噛み鳴らす不気味な音が囂々と響く風の音に混じって聞こえてきていた。

 「どうした、怖じ気づいたか?」

 マリオスが嘲笑を浮かべる。キラはグッと唇を噛みしめ竜戦士を見つめた。そして、フッと笑みを浮かべる。

 「パパが待っているんだもの、怖くなんかないよ。必ず無事に帰ってくるよ」
 「クックックッ、それでこそアモンの息子だ」
 「ナナ、おじちゃん、エリオス、行くよ!」

 キラが先頭に立って闇に飛び込む。続いてナナ、ゴールズ、最後に幼竜が闇の中へと消えて行った。


 そこは完全なる闇の世界であった。自分自身の手や足さえも見えない真の暗闇。重くベットリと肌に闇がマトワリついてくる。足を一歩動かすのにも、重圧がかかったかのように、力を込めなくてはならなかった。息をするのにも、金魚のように口をパクパクさせなくては酸素を肺に送り込むことが困難なのだ。生きた闇、怨念と憎悪が蠢く世界であった。

 「ナナ、何処?一緒に中へ入ったんだろう?何処にいるの?」

 何も見えない世界にたった一人で飛び込んでしまったような恐怖にかられ、キラは姉の名を叫ぶ。ほとんど同時に飛び込んだのだから、すぐ傍にいるはずだった。しかし、姉の返事は返ってはこない。少年の叫び声も、闇に吸い込まれたように虚しく消えて行くだけだ。闇の世界は果てしなく広がっているのか、反響さえもなかった。

 「ナナ!ナナ!ナナ!返事をして!無事なんだろう?!」

 再び叫ぶ。が、返答はなかった。シーンと静まり返った闇の世界。ネットリと精神を侵食してくるかのような、暗黒。

 「ゴールズ!おじちゃん!いないの?!エリオス!エリオス、何処?!」

 続いて魔戦士と幼竜を呼んだ。しかし、彼らの返答もなかった。まさか、闇に恐れをなして、彼らは飛び込まなかったのか?いや、そんなはずはない。エリオスは本当の親よりも自分を慕っていてくれたし、ゴールズはこんな暗闇など恐れるような臆病者ではないはずだ。だったら、どうして応えがないのであろう?もしかしたら、何物かに……。ふと嫌な考えが浮かんでくる。

 ガサッ!

 「ナナ?」 不意に近くで物音がした。ナナだろうか?安堵のため息と共にそちらを向く。が、真の闇の中、何も見えはしなかった。

 「ナナ?ナナ?違うの?」 不安を打ち消すように大声で尋ねる。しかし、沈黙が返ってくるだけであった。

 ズルッ!ズルルルルーッ!

 「何?」 不意に何かを引きずるような音が聞こえた。キラはギクリと身体を硬直させる。何かがいる。しかし、それは彼が知っている、ナナやゴールズのような二本足の生物の立てる足音ではない。では、幼竜の足音?いや、それとも異なっていた。

 ズル!ズルズルズル!

 再び引きずるような音。今度は後方からだ。思わず振り返り、闇を凝視する。しかし、重い闇に阻まれ、何も見出すことはできなかった。ズンズンと迫ってくる圧迫感。全身から冷や汗が吹き出してくる。見えない物への恐怖が少年の足をすくませた。逃げ出したい。大声で叫び声を上げて、入ってきた穴から飛び出したい衝動にかられ、後ろを向いた。しかし、求める出口は何処にも見えない。たしかにそこから入ってきたはずなのに、小さな穴さえ見つけることができなかった。たった一人、真の暗闇に閉じこめられてしまった。恐ろしい恐怖の爪がキラの心臓をえぐり出そうとする。

 「ママ、怖いよーっ!」 思わず懐の母の羽を握りしめていた。暖かな波動が羽から伝わってくる。母に見守られている。母の羽が自分たちを包んでいてくれている。

 「負けるものか!暗闇なんか怖くない!」

 懐から羽を取り出し、高くかざした。途端、純白の羽から七色の光が迸り出た。闇が裂け、周囲が明らかになる。素早く見回すと、倒れている幼竜の姿が目に飛び込んできた。

 「エリオス!」 思わず駆け寄り、抱き上げる。

 「ミューッ!」

 弱々しく顔を上げるエリオス。よかった、何処にも怪我はしていないようだ。しかし、一体どうしたというのであろうか?同じように暗闇に飛び込んだはずなのに、どうしてエリオスだけが……?ふと気になり、地面に羽をかざした。すると、数本の何かを引きずったような痕がある。先ほどの音はこれだったのだ。何物かが物を引きずった痕だ。エリオスのところにもそれがある。何かが幼竜を気絶させ、引きずって行こうとした証だ。もしかすると、他の痕跡はナナとゴールズを引きずって行った痕跡なのかも知れない。エリオスも同じように連れて行かれそうになっていたのだが、白羽の発した光に驚いて放り出して行ったのだろう。

 「エリオス、しっかりして!お前を連れて行こうとしたのはどんな奴だったんだ?」
 「ミューッ!ミューッ!」

 幼竜は怯えたように少年の胸に頭を摩りつけた。よほど怖かったに違いない。ギュッと抱きしめてやると、少し落ち着いたのか震えが収まってきた。

 「エリオス、ぼくたちナナとゴールズおじちゃんを助けなくちゃ」
 「ミューッ!ミューミューミューッ!」

 幼竜は驚いたように首を横に振る。そして、キラの身体に強くしがみついた。

 「だめだよエリオス。ナナやおじちゃんを放っとけないよ。きっと、危ない目に遭っているんだ。だから……」
 「ミューッ!」

 懸命に説得しようとするが、怯えた幼竜は聞き分けがない。しっかりとキラの足に四肢を絡みつかせて引き留めようとしていた。竜は決死て臆病な生き物ではない。むしろ勇猛な戦士である。その竜の子がこれほど怯える相手とは一体どんな奴なのであろうか?キラは暫ししがみついているエリオスを呆然と見つめていた。

 

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