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長編小説 デュオの仮面騎士
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文:カメ仙人 |
デュオの仮面騎士 目次
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第二十七話 王の試練! [NEW!] |
デュオの仮面騎士・主要登場人物
| フェリオ | デュオ人の少年。地球人に誘拐された幼馴染みのライヤを助けようと戦っている間に、己の出生の秘密を知り苦悩するが、やがてドルベやダンの助けを借りて、ついに革命を起こし、デュオに真を真の独立に導いた。人々は彼を「デュオの虹」と呼ぶ |
| ライヤ | 地球人に誘拐され、デュオ総督アスラン・ウッズマンに利用され、「アルディオンの神子」になりすまし、デュオを独立させた。だが、それはウッズマンの陰謀だった。それに気づきながらも、黄金の髪を持つ、地球の美しき総督にひかれ、意のままに操られてしまっていたのだが、革命で助け出された。現在はデュオ女王としてのつとめを果たしている |
| キヨネ山本 | 銀河パトロール特急航宙士。尊敬していた先輩をウッズマンに殺されたと信じ、悪行を暴こうと、フェリオに協力した、黒髪の美しい美人 |
| ダイアナ・シュガー | キヨネの親友で、SAP(特殊武装警察)の諜報員。輝くプラチナブロンドの超絶美女。デュオに潜入したゲリオールの部下を追ってデュオに降りてきた。デュオ人たちは、彼女の美しさをたたえ、月神シャラと呼ぶ |
| ダン | アルカディアの将軍。フェリオたち少年たちをアルディオン親衛隊として鍛える |
| ユキ | キヨネにプレゼントされたキャトロイド(猫型ロボット)。地球の変態的天才科学者DR.真紀作 |
| アスラン・ウッズマン | 美貌の元デュオ駐在大使。デュオ革命の時に隠し持っていた毒を飲み、自殺した |
| DR.シラコ | デュオ辺境に住むマッドサイエンティスト |
| ゲリオール・ウッズマン | アスランの父親。銀河連邦議長であるが、木星麻薬シンジケートの大幹部であるという裏の顔を持つ |
| レオナルド・フォレスト | DR.シラコによって蘇った謎の人物。黄金の仮面をかぶり、正体を隠している |
| ダストル | デュオ革命の時に死んだはずのカメレオン男。嫌だ嫌だと言いながら、フォレストに従っている |
| グレン・バズトール | ゲリオールの腹心の部下。暗殺専門のサイボーグ。ゴリラ面のため、デュオ人たちは獣神ゴーラと恐れている |
| サリヤ | 一見少年に見える姿でフォレストの前に現れるが、実はカナンの王女 |
| ボルクス | サリヤの教育係。竜騎士隊の隊長 |
| ニーノ | サリヤの弟王子。棺の王子であるが、卑しい身分の母を持つため、色々な面で侮られ、引っ込み思案になってしまっている |
| カリム王子 | デスペラードの王位継承者。サリヤと婚姻するはずであった |
| デスペラード王 | デスロ三世 軍国主義社の王。カナンを征服し、自国に取り込もうと陰謀していた |
| アンナルシア | デスペラード王后。デスロ三世の退位後は |
| エルドラン将軍 | かつてダンと親友だったデスペラードの将軍。ギズマの上司。ダンに劣らぬ勇者であるが、デスペラード王に疎まれている。竜騎士部隊を指揮する将軍 |
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機械に囲まれた部屋の中央、透明なカプセルの中に一人の男の身体が浮かんでいる。生きているのか、死んでいるのか、ピクリとも動かない。ただ、雪のように白い肌、形のよい顔を取り囲む黄金の頭髪が獅子の鬣のように猛々しく広がっているだけである。かつては、その美貌故に、多くの婦女子の胸をときめかせたであろう唇も、今は閉ざされたままだ。 「全く、このお人には手を焼かされるわ。あの薬を使用すれば、一時的に仮死状態になるとはいえ、長時間も放置しておれば、死に至る場合もあるというのに、あの場面で使用するとは……。無事に目覚めてくれればよいんだが……」 傍らに立つ、白衣の老人、ドクター・シラコがブツブツと口の中で呟きながら、コンソールを操作する。と、いくつかのチューブから数種類の液体がカプセル内に流れ込んで行った。暫くは何の変化も見られなかった。だが、真っ青だった頬が紅を取り戻し、唇にも生気が蘇る。長いまつげに縁取られた瞼が開き始めると共に、エメラルド色の瞳が現れた。 「若君、お目覚めで? 何処かに異常はございませんか?」 白衣の老人が慇懃に尋ねる。目覚めた青年は、流れ落ちる黄金の滝のような金髪をうるさげに跳ね上げ、うっすらと笑みをこぼした。 「ドクター、私は死んだのだな?」 「はっ、お亡くなりになりました」 「これで、私はあの男から解放されたのだ。ここにいるのは、私ではない。新しい私なのだ……」 青年は、うつむき、肩を揺らす。 「若君?」 「もう、その呼び方は止めろ。私はもはや若君と呼ばれる人間ではない。今から私はレオナルド・フォレストだ。かつて、準備していた通りに……」 「はい」 恭しく礼をすると、老人はコンソールの脇に置いてあった物を指で指し示す。着替えと、黄金に輝く…… 「これが新しい私の顔か……」 顔に当てると、まるで吸い付くようにピッタリと収まる。豪奢な黄金の髪の毛と一体となった黄金の仮面。用意されていた衣装を身にまとう。左の腰には細身の長剣、右にはブラスターガン。胴と手足には仮面と同じ黄金の防具、黒い革のマントを身にまとうと、ハッとするほど凛々しい騎士の姿ができあがった。 「実に……仮面で顔を覆っておられているにも関らず……」 思わず老科学者がため息をつく。 「何か言ったか? ドクター?」 「いえ、別に……。それよりも、これからどうなさるおつもりで?」 「取り合えずは……デュオを散歩でもするかな」 「はあ? 散歩でございまするか?」 「そうだ、惑星デュオ全土を見てまわろうと思う」 「しかし、危険ではございませんか? なにしろ、若君は……」 「心配はいらぬ。私は死者だ」 「しかし、デュオの民は地球人を憎んでおります。肌の色は誤魔化せたとしても、髪の色、目の色が……」 「そのような心配は無用だ。デュオは広い。我ら地球人が把握していたのはデュオのほんの一部に過ぎぬ。もっと奥地に行けば、地球など聞いたこともない連中ばかりのはずだ」 「そんな……危険でございます。そのような奥地に行かれては、どんな危険が待ち受けているか……」 「だから、武器を用意してもらったのだ。ドクター・シラコの知識の全てを凝集した武器を」 「しかし、若君のご要望通りの物ができたかどうか……。身に付けられた衣装は数分の間ならば、火にも、強力な酸やアルカリにも絶えうる新素材で織り上げられておりますし、仮面と手足と胴の防具には薄くて軽く、丈夫な超合金でできております。それに、長剣も細身ではございますが、どのような鋼でできた剣よりも堅く、しなやかなものです。そして、マントは一見革に見えますが、強力な防護シールドを発生し、大抵のものから身を守ってくれます」 「ほう、なかなかのものではないか」 黄金の仮面がキラリと光る。細く開いた目の部分から見えるエメラルド色の瞳が細められたのが判った。半月状につり上がる口から、偲び笑いが漏れてくる。心配性の老科学者を嘲笑しているのだ。 「ですが若君、デュオは未開の星でございますぞ。どのような蛮族が襲ってくるか……」 「蛮族か……。満足な科学力は持たないが、地味に平穏に暮らしている種族と、優れたか科学力を持つが、常に敵を求めて戦いを繰り返し、ついには自らの星を滅ぼしてしまい、それに悔いることなく宇宙を戦いの場に押し広げていく種族と、どちらが本当に野蛮と呼ぶにふさわしいと思う?」 「それは……」 くちごもってしまったシラコを残し、仮面騎士・レオナルド・フォレストは黄金の軌跡を残し、ドアの外に消えて行った。呆然と見送る老科学者は深いため息を漏らし、目を閉じる。 「若君、これから何をなさるおつもりなのですか? 復讐? それとも……」 つぶやきはコンソールから流れるハム音の中に消えて行った。 元デュオ総督府跡を利用した、アルディオンの塔の最上階にはデュオ女王、善神アルディオンの神子、ライヤが静かに中庭を見下ろしている。やっと革命の後始末も終わり、平穏な日々が戻ってきた。地球人の侵略から惑星を死守した英雄たちにも安息の時が来たように思われた。しかし、油断はできない。再び襲ってくるかも知れないのだ。そのためには自衛のための軍隊を持たなくてはならない。ダンの進言により、軍隊を組織することになり、勇敢な若者を募集した。 その結果、集まった数百人の若者をダンが鍛えているのである。そんな志願兵の中に、ライヤの幼馴染みのフェリオもいる。今は剣の稽古の時間であった。ダンは何処で剣を習ったものか、実に優秀な剣士であった。一度に五人の少年を相手に一歩も譲らない。いやそれどころか、少年たちを完全に嘲弄していた。五人が肩で息をしているにも関らず、ダンは呼吸一つ乱してはいない。恐るべき剣の達人と呼ぶべきであろう。 「ちくしょーっ!」 いきなり三人が一度に襲い掛かる。いかな剣の達人と言えど、避けられるはずがない。が、ダンの動きは少年たちの予想をはるかに上回っていた。左右から突き出してくる剣を紙一重で避け、正面から襲ってくる剣を必殺の気合で叩き落していた。正に神技と呼ぶべき手練である。その上、左右同時に突っ込んで来たため、見方同士で相打ちになるところを、二人の剣を叩き落とすことによって防いでさえいた。 「次は誰だ?」 睨み付ける大男に、少年たちがたじろぐ。 「どうしたガキ共、五人もいて、オレが怖いのか? それでもアルディオンの神子を護衛できると思っているのか?この腰抜け共!」 大剣をヒラヒラさせ、挑発する。血気盛んな少年にとって、これは屈辱意外のなにものでもなかった。 「ちくしょーっ! ライヤを守るのはオレだ!」 屈辱に眼を怒らせたフェリオが飛び出す。やや細身の長剣を上段に構え、一気に振り下ろす。だが、手練の動きは鋭く、あっさりと避けられてしまった。空を切る長剣。それを大剣が薙ぎ払う。宙を飛ぶ長剣。 「くそーっ!」 フェリオの身体が己の剣に向かって跳んだ。クルクルと回転しながら飛ぶ剣に向かって手を伸ばした。これは一歩間違えれば自らの手を傷つけてしまう。しかし、ライヤを守るのは自分だと心に決めている少年、フェリオに躊躇いはない。思いっきり手を伸ばし、柄を掴む。同時に身体を回転させ着地した。そこへ間髪を入れず、大剣が降ってくる。それを紙一重で避け、相手の胴に長剣を叩き込む。しかし、眼にも止まらぬ素早さで戻ってきた大剣に跳ね除けられてしまった。剣同士のぶつかり合った衝撃で腕が痺れる。だが、大男の剣士は平然と大剣を振り回し、フェリオの頭に振り下ろす。 「参った……」 頭皮を傷つける紙一重のところへ大剣をピタリとつけられ、フェリオは降参した。もう何ヶ月も修練しているにも関らず、相手に傷一つつけられない口惜しさで、唇を噛み、上目遣いに睨む。 「まだまだだな、フェリオ。もっと足腰と、腕の力をつけろ。今のお前は、剣に振り回され、剣を制御しきれていない。俊敏さと、闘志は認めてやる。オレに勝ちたかったら、剣を振り回すだけではなく、身体も鍛えろ」 ダンは大剣を鞘に戻すと、後ろも振り向かず、立ち去って行った。フェリオは今言われたことを頭の中で反芻する。身体を鍛える。足腰を鍛え、腕に力をつけなくては、ダンには勝てない。 「フェリオ、惜しかったな」 フェリオと同じ村の出身の少年、バードが肩を叩いた。 「惜しくなんかない! まるで歯が立たなかった……。こんなんでライヤを守る事なんて出来っこない。ダンの言う通りだ……」 深く嘆息し、長剣を鞘に戻すと、ガックリと肩を落として歩き出す。バードも後を追ってきた。二人は無言で志願兵にあてがわれた宿舎の前で足を止める。入り口のところに誰かいるのだ。 「フェリオ! バード! 待ってたんだ」 彼らよりも少し幼い少年が顔を見るなり走ってくる。善神アルディオンの神子、ライヤの弟、クルトであった。 「クルト、どうかしたのか? まさか、ライヤに何かあったんじゃあ?」 フェリオの顔が不安に曇る。しかし、クルトの表情は明るい。どうやら悪い知らせではないようだ。安心すると、口元が緩んだ。 「フェリオ、バード、姉さんが……あっ、そうか、姉さんって呼んじゃあいけないんだっけ。えーと、神子様が二人に用があるって」 「僕たちに用? って何の用なんだ?」 「知らないよ。たぶん、用ってのは口実で、本当はフェリオに会いたいだけじゃないの?」 「えっ?」 意味深に見つめられ、フェリオの顔が赤くなる。バードも、ニヤニヤと口元に笑みを浮かべていた。 「あ・の・なーっ!」 茹蛸のように顔を赤くして、フェリオが何か言い返そうとする。 「そう言う事なら、オレは邪魔者だから、遠慮するぜ」 「おっ、おいっ! バードまで……」 去って行こうとする幼馴染を、睨み付ける。しかし、バードは知らぬ顔で行こうとした。 「待って、神子様はバードも一緒に呼んで来るようにって言ったんだよ」 「へっ? オレも?」 怪訝そうにクルトとフェリオを交互に見るが、二人共、首を傾げるばかりであった。これはもしかしたら、何か重要な話があるのかも知れない。今まで穏やかだった少年たちの顔が緊張する。一体、何があるのだろうか? 地球と月の中間を周回する軌道上に浮かぶ、人工衛星都市、プロメテウス。中央に位置する銀河連邦議会にある上院議長の執務室で、ゲリオール・ウッズマンは険しい表情で、惑星デュオで起こった革命の詳しい報告を受けていた。十数年をかけて仕組んだ企てが全て水泡に帰してしまった。優秀な息子のアスランを総督に任命して赴任させ、支配下に置いたと確信していた。それを確かなものにするため、デュオを独立させ、銀河連邦政府の圧力を排除し、思うように動かすようにできたはずだった。 デュオの蛮族の娘を女王に仕立て、背後から連邦大使となったアスランが操縦する。計画は完璧だった。もはや邪魔をする者は何もないと信じていた。ところが、たかだか文明の遅れた野蛮人と侮っていたデュオ人が結集し、革命を起すとは……。思ってもみない誤算であった。代償は大きい。たった一人の跡取であるアスランを失い、長年準備した”花園”をもなくしてしまったのだ。 「おのれ、蛮族共め……」 歯をギリギリと噛み、拳を堅く握り締め、ゲリオールは唸った。息子を失った悲しみはない。どうせ、息子と言えど、手駒の一つでしかない。だが、計画を邪魔された恨みは、どうしようもない怒りを噴出させた。如何にして復讐してやろう? 充血した眼で、惑星デュオのあるであろう空間を見上げる。 「これは、銀河連邦に対する宣戦布告だ。直ちに軍団をデュオに送るように命令しろ!」 もはや、木星麻薬の栽培などどうでもよかった。ただ、己の顔に泥を塗った蛮族が許せない。星の形も変わるほどミサイルをぶち込んでやりたい。住民も、デュオに棲む如何なる生き物も生かしてはおかない。徹底的に破壊しつくしてやらなければ、気が治まらなかった。 「……ですが、閣下……」 報告を持ってきた事務官がオズオズと口を開く。ゲリオールはカッと充血した瞳で睨み付けた。何か文句でもあるのかと言う目つきだ。 「じつは、銀河パトロールと星間警察の共同の報告で、革命は虐げられていた惑星住民の起したものであり、攻撃されたのはデュオ政府に巣くう反逆者であったと。そして、アスラン様が亡くなられたのは、不幸な事故だったのだと……」 「不幸な事故だと? アスランは連邦の派遣した正規の大使だぞ。それが害されたのは、単なる不幸な事故だと?」 「はい。もしも、何か不信があるのならば、銀河パトロールと星間警察が総力を挙げて、徹底的に調査を行う覚悟があると……」 「うむー……」 ゲリオールは思わず歯噛みした。原因を徹底的に調査されて困るのは、彼自身である。デュオが辺境にあるのをよいことに、住民を奴隷のように使役し、希少金属を掘らせ、木星麻薬の栽培する花園を作らせていたことが明るみに出てしまっては、元も子もない。口惜しいが、公然とデュオを攻撃することはできなくなってしまった。いくら連邦議長といえど、銀河パトロールと星間警察を敵に回すのは荷が重すぎた。 「グレンを呼べ。あいつに、デュオを滅ぼさせろ!」 議長室にゲリオールの怒鳴り声が響いた。事務官は縮上がり、脱兎の如く室を飛び出して行った。
第一章 第一話 蘇る黄金の獅子! ---了---
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老科学者シラコの研究室を出た謎の仮面の男、レオナルド・フォレストは思わず立ち尽くしていた。よく見知った男が待っていたからである。ギョロリと異様に大きな目、額のせまく、鼻のない、大きな口をした男。床に這いつくばっていると、まるでガマカエルそのもののように見える男だ。 「ダストル、貴様、生きていたのか……」 まるで、親しみとは縁のない冷たい声音が、仮面から漏れ出る。しかし、カエル男はまるで動じた様子も見せず、ヘラヘラと口元で笑っていた。 「グエッヘヘヘ! お蔭様で、このとおり、生きてまさあ。自爆したのは、あっしの分身アンドロイドでさあ」 下卑た笑みを浮かべるダストルを、仮面の中の瞳が冷たく見つめる。二度と顔を合わせたくない相手に出会ってしまった。そんな視線であった。だが、出会ったからにはしかたがない。 「そんなに怖い目をしないでくださいよ。あっしだって、あの方の下に戻れないんですから。もう、あっしとアス……いや、レオナルド・フォレスト様とは同じなんですからねえ」 「何が同じだ! 貴様のような化け物と一緒にするな! 不愉快だ」 フォレストが腰の剣に手をかける。ダストルは素早く飛び下がり、クックッと下卑た笑いを浮かべた。 「ホレスト様、あっしを殺したって剣が汚れるだけですぜ。そんな無駄なことは止して、あっしを使ってはどうです? 役に立ちますぜ。グエッヘヘヘヘヘ!」 「貴様は諸刃の剣だ。役には立つが、主をも傷つける。そんな奴を傍に置いておいては、後に遺恨を残すことになる。とっとと私の目の前から消えろ!」 仮面の騎士はカエル男を無視して立ち去ろうとした。だが、ダストルは執拗に追いすがる。 「あっしが、あの方のところへ戻れなくなった理由をお聞いてくださいな。あっしはしくじっちまったんでさあ! 殺せと命じられた赤子を殺しそこねた上、その赤子は人違いだったって間抜けな話」 「何の話だ?」 こんな男の話など、無視すべきだと精神の警告が鳴り響いていた。しかし、迂闊にも問い返してしまった。ダストルは得たりと、嫌らしい笑みを浮かべ、両手をすり合わせる。 「十五年前の話でさあ……」 ニヤニヤと下卑た笑いを貼り付けたまま、カエル男は話を続ける。始めは猜疑心で細められていた目が次第に大きく見開かれて行った。それをギョロリとしたカエルの目が確認すると、その舌は益々雄弁に回り始める。やがて、話が終わった時、仮面の下の瞼は堅く閉ざされたままピクリとも動かなかった。長い沈黙を破ったのは、カエル男の方であった。 「もしも、お供させていただけないのでしたら、あっしは、何処へ行けばよいのか……路頭に迷って、ついには、あの方に捕まり……」 「どうやら、貴様を生かしてはおけないようだな」 「へっ? 冗談でござんしょう? あっしはフォレスト様にお使えしたいと申し上げているのでございますよ。そんな人間を殺すとおっしゃるので? よござんす、殺しておくんなせえ。もしも、フォレスト様が、無抵抗な小鳥を殺せるような冷血漢だとおっしゃるなら、あっしは喜んで殺されまさあ! さあ、殺しておくんなせえ!」 いささか芝居がかったせりふを吐き、ダストルが地面の上にあぐらをかいて座り込んだ。フォレストは剣に手をかけたまま、ジッと珍妙な面をした男をにらんでいた。 やがて、フッと軽いため息をつくと、手を剣から離す。 「誰が小鳥だ?! 貴様はカエルではないか! 勝手にしろ! だが、貴様が裏切ったと判った時は、直ちに首を叩き斬ってやるから、覚悟しておけ!」 それだけ言うと、今度こそ振り返らず、歩き始めた。行く先はデュオの荒野。いまだ、どんな地球人も立ち入ったことのない、未踏の世界であった。その後ろをカエル顔の男がピョンピョンと跳ねるようについて行く。傍から見れば、実に奇妙な主従であった。 善神アルディオンの神子、デュオ女王であり、幼馴染みであるライヤに呼ばれ、フェリオは、アルディオンの塔の最上階にある、謁見室に向かっていた。隣には、やはり幼馴染みのバードもいる。しかし、何の前ぶれもなく呼び出された二人の心中は穏やかではなかった。一体何が起こったというのであろう? 不安な気持ちを抱えたまま、謁見室のドアを叩いた。 「入りたまえ」 思わずフェリオとバードは互いの顔を見合わせた。中から響いた声は女王ライヤのものではなかったからである。もちろん、彼女の侍女でもない。それは、男の声。それも、聞き知った声であった。 「失礼します」 二人は緊張した面持ちでドアを開いた。正面には玉座に座ったライヤの姿がある。左には侍女のミーシャが控えていた。そして、右には全身黒ずくめの地球人の男が立っている。何故、こんなところに地球人がいる? 二人の少年の顔つきが緊張した。 デュオ人にとって地球人は決して歓迎すべき相手ではない。いやそれどころか、かつてデュオ人を奴隷のように使役し、怪しげな薬で人々を苦しめ、女子供は奴隷として売り買いした、憎むべき相手であった。だが、男がこちらを振り向いた途端、フェリオの目が驚愕に大きく見開かれた。 「よう、フェリオ、元気だったか?」 男はフェリオを認めると、ニヤリと片目をつぶって見せた。 「おっ……おっさんは……」 「おいおい、おっさんはねえだろう?! オレはまだ独身なんだぜ」 苦笑する男。 「誰だっけ?」 「おっとーっ!」 思わずよろける男。 「あはは、冗談だよ。忘れるもんか、星間警察のモルグ警部殿」 「フェリオ、お前、性格悪くなったな! ライヤを金髪の悪魔から奪還しようと総督府に乗り込んだ時のお前は、もっと純情で可愛げがあったのに……」 ほとんど怒ったような渋面で、モルグがバンバンとフェリオの背中をどやしつける。フェリオも、痛みに顔を歪ませながらも、目は笑っていた。懐かしい地球人。ライヤの危機を聞いて、もう一人の地球人の女性、キヨネと共に総督府に乗り込んでくれた。そして、デュオ革命の日、彼らの活躍もあって、宿敵ウッズマンを倒せることが出来たのだ。デュオを利用することしか知らない地球人ばかりの中で数少ない信じれる男だ。 「モルグ警部、本当にお久しぶりです。キヨネさんはお元気ですか? デュオには遊びに来られたのですか?」 会心の笑みを浮かべ、フェリオが何気に問う。が、問われた途端、男の顔色が曇った。一体、何が? 嫌な予感にフェリオの顔が真剣なものに変化した。 「そのキヨネに頼まれて伝えにきた」 口重に言葉をつむぐ警部。フェリオも、傍らにいたバードも息を呑んで聞き入っていた。 「ウッズマンの父親、ゲリオール・ウッズマンが何か仕掛けてくるかも知れないから気をつけるようにと」 「ウッズマンの父親?」 「そうだ、ゲリオール・ウッズマンは銀河連邦議会の上院議長だ。奴の力は連邦内で膨大な権力を誇示している。そして、その権力の源が木星麻薬だ。お前たちの父親を廃人にした恐ろしい薬、それが木星麻薬だ。奴は息子をデュオに派遣し、麻薬の原料“ゴールデンポピー”の栽培場をデュオに作らせようとしていた。だが、革命で息子アスランが死んでしまったことによって、計画は水泡に帰してしまった。その報復のため、奴は何をするか判らない。だから、気をつけるようにと」 「あのウッズマンの父親が……」 ライヤの表情が曇った。騙されているとも知らず、ほのかな恋心を抱いた相手。輝くような黄金の髪、吸い込まれるような美しいエメラルド色の瞳、美の女神ナリスの愛情を全身に受けたような美しい青年大使であった。彼の一挙手一投足に魅入ってしまい、言われるがままにアルディオンの神子として動かされてしまった。今、彼を思い出しても、やはり心の何処かが疼く。あの日、革命の最期、ウッズマンに罵りの言葉を浴びせられても、彼を憎むことができなかった。ただ、彼のような美しい青年に勝手に愛されていると思い込んでいた自分がどうしようもなく愚かであるように感じて悲しかった。そんな心の傷が少女の心を悩ませていた。 「ライヤ、心配すんな。デュオは昔のデュオじゃない。アルディオンの神子を中心に一致団結している。たとえ、ウッズマンの父親が何を企もうと、決して負けない!」 表情を曇らせ、視線を落とした幼馴染みの手をしっかりと握り、フェリオが力強い瞳で見つめる。ライヤは、そんな彼の真摯な眼差しを受け、悔恨の情にさいなまれた。いつだって、頼りになる男の子。いつだって傍にいて、励ましてくれる幼馴染み。彼の忠誠はいつだってライヤに向けられている。だから、つい甘えてしまう。それなのに、いまだに金髪の麗人を忘れることができずにいる。それが、心の澱となって、少女の心を悲しく沈ませた。優しくされればされるほど、自分自身が汚く思えてくる。明るい笑顔を向けられると、己の陰が表に引き出されてしまうようで、辛い。 「ヨーヨー、お二人さん! 相変わらず熱いねえ! だが、見物人が大勢いるんだ、少しは遠慮ってものをして欲しいぜ!」 「あっ……」 「えっ……」 慌てて離れる二人。どちらも顔を夕日のように真っ赤に染めていた。 「モルグ警部、からかわないでください! オレはそんな……」 「ほう、オレときたか。以前は“ぼく”だったのに、随分と成長したな。これなら、ライヤを任せても大丈夫だな。頑張れよ、“デュオの青い虹”!」 モルグは上機嫌でフェリオの肩をポンポンとたたく。フェリオは苦笑いを浮かべて星間警察警部を見上げた。 「おっ、そうだ、うっかり忘れるところだった。キヨネからフェリオに贈り物があったんだ。ちょっと待ってろ」 モルグが足下に置いていた黒いケースをフェリオの目の前に置く。キヨネからの贈り物という言葉に、フェリオだけでなく、ライヤやバードも興味深げに視線を向けた。モルグは上部のボタンをポンと押す。途端、ケースは二つに分かれ、中身があらわになった。 「これがキヨネさんの贈り物?」 一瞬、気の抜けたようなフェリオの声。 「可愛い!」 続いて、ライヤの声。他のデュオ人たちは唖然とケースの中から現れた物を見つめていた。 「ミャーッ!」 室にいた全員の視線を感じたのか、ケースから現れたそれは一声泣いた。 「地球で最も危険な科学者、Dr.真木の傑作、キャトロイド(ネコ型万能ロボット)、ユキだ」 「キャトロイド?」 「キャトロイドって何?」 「ペットのことだろ?」 三人は口々に勝手なことを言う。モルグは科学知識の皆無なデュオ人たちに、頭を抱えた。地球と比べ、デュオは化学力では一千年以上の開きがある。ロボットと言っても、まるで理解していないようだ。 「手っ取り早く言えば、本物ではない、作り物のネコだと言うことだ」 「はあ……?」 デュオ人全員の目の中に“? ”が並んでいる。作り物のネコと言われても、何のことだか理解できないのだ。 「でも、こいつ動いているぜ。作り物なんて信じられねえ」 バードが理解不能という顔で、ネコに顔を近づける。 「ミャー!」 ユキの金色の目がキラリと光る。アッと、驚愕の表情で飛び上がったデュオ人たちの目の前に、一人の女性の姿が浮かび上がった。長く輝くような髪、白皙の美しい地球人の女性だった。その美女の黒曜石の瞳が真っ直ぐにフェリオを見つめる。 「きれいな女性(ひと)だなあ……」 バードがうっとりと見つめる。フェリオとライヤは、彼女の姿を見て、ハッと息を呑んだ。 「キヨネさん!」 二人は同時に彼女の名前を叫んでいた。それは、かつて地球人にライヤが誘拐された時、フェリオを助けてくれた銀河パトロールの特級航宙士であっる。たおやかで、美しいが、聡明で、強い地球人の女性、フェリオにとっても、ライヤにとっても大の恩人であった。 「二人共、元気だった? モルグ警部に聞いたと思うけれど、あのウッズマンの父親、ゲリオール・ウッズマンが何か仕掛けてきそうなのよ。私たちも十分警戒するけれど、あなたたちも気をつけていて欲しいの。それで、ささやかだけれど、秘密兵器を贈ります。今、目の前にいるユキがそう。この子には、出来ないということはほとんどないと言っていい。万能ロボットなのよ。……あっ、そうかロボットと言っても、きっと判らないわね。まあ、判りやすく言えば、科学という魔法で造った人工の動物ってこと。だから、ユキも色々な魔法が使えるのよ。今、私が君たちと話ができるのも、その魔法のお蔭なのよ。これは伝言機能と言って、誰かに伝えたいことがある時、ユキに向かって話し、目的の人のところに言って伝えるように命令すると、今のように伝言を伝えてくれるの。例えば、フェリオがライヤに愛の告白をしたい時、ユキに頼むとか……」 「えっ、ええええええっ……」 キヨネがニッコリとウィンクする。フェリオは真っ赤になって焦っていた。バードと、モルグはニンマリと口元を吊り上げている。 「それから、ユキの頭の中には、あらゆる知識が収められています。判らないことがある時、何でもユキに聞きなさい。それに、可愛い姿形をしているけれど、ユキの爪や牙はどんな物でも切り裂いてしまうほど強靭だし、動きだって、一瞬だけれど、人間の数十倍の早さで動くこともできるのよ。それに、フェリオ」 「はっ、はい!」 急に名前を呼ばれて、フェリオは緊張したように直立不動で返事をした。キヨネは微笑み、話を続ける。 「以前、私があげたレーザー・ソードをまだ持っている?」 「レーザー・ソード? あっ、あれは壊れてしまって……。でも、キヨネさんからもらった物だから、お守りと思っていつもここに……」 せっかくもらった物だったのに、壊してしまって、申し訳なさそうに、オズオズとベルトにあるホルダーから取り出して見せた。 「あれからもう一年近く経ったから、もう使えなくなっていると思うけれど、決して壊れたわけじゃないのよ。エネルギーがなくなっただけ。エネルギーを充填してやれば、また使えるようになるわ。ソードをユキに渡してごらんなさい」 「はあ……?」 言われるままに、ソードをユキの目の前にさしだす。すると、ネコはガブリとくわえてしまった。 「あっ、こいつ、ソードを……」 「慌てなくてもいいのよ。ユキはエネルギーをソードに充填しているだけなんだから」 慌てて、ソードを取り返そうとするフェリオをキヨネがやんわりと制止しする。それで、まだ気がかりそうな表情を残して、手を引っ込めた。待つほどもなく、ユキが顔を上げ、ソードを取るようにと催促をする。 「フェリオ、もうソードは使えるようになったわ。試してみて」 ユキからソードを受け取ったフェリオは、柄のボタンを押してみる。途端、輝くレーザーの刃が飛び出してきた。白銀に輝く光の剣。思えば、これを片手にライヤを助けようとアルディオンの塔へと乗り込んだのは1年前。あの時は本当に必死だった。金髪の悪魔、デュオ大使ウッズマンを倒し、愛しいライヤを救う。それだけを思って闘った。そして、悪魔を倒し、アルディオンの神子ライヤを取り戻したのだ。やっと惑星デュオに平和が戻ってきた。苦しい時代はもう終わった。そう思っていたのに、再び悪魔がやってくる。 「オレたちは絶対に負けない! ライヤを守り、デュオを守る!」 蘇ったソードをしっかりと握り締め、フェリオは堅く誓うのであった。
第一章 第二話 キャトロイド・ユキ! ---了---
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緑色のピッタリとしたタイツを着た、カエルのような珍妙な顔をした男をつれた、黄金の髪と仮面の男は神都アルカディアの北、旧神都のあったと言われるカルディア山とナリス山、ドード山に三方を囲まれたディーン峡谷を渡っていた。ここを抜ければ広大な砂漠、ゲルディザードだ。その向こう側は、デュオ人たちでさえ足を踏み入れたことのない禁断の地であった。デュオにやってきた地球の調査隊が何度か踏破しようと試みたことがあったのだが、何故か誰一人として戻ってきた者はいなかったという。それ故、デュオの奥地の様子は推し量ることが全くできない状態であった。そこに何があるのかデュオ人も、地球人も知る者は誰もいない。その地をたった二人で探検しようというのである。到底正気の沙汰とは思えない。カメレオン男、ダストルは呆れながらも仮面の男、レオナルド・フォレストにつき従っていた。 「ねえ、フォレスト様」 いよいよ峡谷も終わり、砂漠へと踏み出そうかという時になって、ついにダストルが悲鳴のような声を上げた。 「本当にゲルディザートを越えるつもりなんで?」 「そのつもりだ」 「でも……危険なところなんですぜ。なにしろ、今までゲルディザードを越えようとして、生きて帰った者は一人もいないって噂なんですぜ。そんなところに入り込もうなんざ、正気の沙汰とは思えねえって……」 「ならば、お主はこなくてもいい。私一人で十分」 フォレストは、カエル男など無視して、悠然と砂漠の中に足を踏み入れて行く。ザッザッと砂を踏みしめる後姿を、ため息混じりに見送っていたダストルであったが、やがて諦めたようにトボトボと後ろを歩き始めた。頭上からはデュオの太陽、ラーが容赦なく照り付けてくる。砂地は思ったよりも堅く、足が沈み込むことはなかった。しかし、ラーの灼熱の炎に焼かれ、まるで焼けた鉄板の上を歩いてでもいるかのような熱気を伝えてくる。全身から噴出してくる汗は、砂漠の熱風に、瞬時に乾燥した。 皮膚の表面に白い塩の粉が浮き、余計にうっとうしく感じさせる。何故、あんな男に付き従ってきたのだろう。思わずダストルは自分自身の判断に首をかしげた。確かに、彼の本当の上司、ゲリオール・ウッズマンは恐ろしい男であった。命令をしくじった部下を決して許さない。だから、ゲリオールの元には戻ることは死を意味している。他人を殺すことには決して厭わない。だが、自分の命を取られることは決して望まない。例え他人を犠牲にしてでも生き残る。それを恥ずかしいとは思わない。それなのに、何故、彼につき従っているのだろう? こんな危険な秘境を探検している自分が理解できなかった。 「ありゃ?」 真剣に考え込んでいたカエル男の目がギョロリと動く。いつの間にか、フォレストの姿がはるか遠くになっていたのである。まるっきり必要としていない従者など無視して砂漠をドンドンと歩いていた。ダストルはピョンピョンと跳ねるように後ろを追いかけて行く。やがて二人の姿は砂漠の地平線の向こう側に消えて行った。 珍妙な主従が砂漠に出て、三日が過ぎようとしていた。だが、目の前には延々と続く砂の大地が続くばかりである。そろそろ疲れが出て休みたい気分になってきた。しかし、主人の仮面の男は全くそんな気配を見せない。まるで機械でできた身体であるかのように、着実に歩を進めて行く。この人は汗をかかないのだろうか? 何処へでも忍び込めるようにとサイボーグ手術を受けているダストルでさえ、汗だくになって、ヘトヘトになっているというのに、平然としているとは……。 「はっ!」 不意に仮面の男が緊張して立ち止まった。一体、何だろう? カエル男は主人の視線の先に目をやる。だが、地平線の向こう側まで砂の海が続くばかりで、何もない。 「どうしたって言うんで? フォレスト様、何かいるんでやんすか?」 首を傾げ、足を一歩踏み出す。とその時、ザワッと砂が持上がった。驚いて飛び下がる。が、その足が砂の中から伸びてきた細長い物に絡まれた。 「なっ、なんだ?」 絡んだ物を、振り払おうと足をばたつかせる。しかし、しっかりと巻きついて、全く外れる気配はなかった。そうしている間に、第二、第三のそれが巻きついてくる。 両足に何本もの紐状の物が絡まり、ギリギリと締めつけてくる。 「動くな!」 ジタバタともがいているカエル男に、仮面から叱咤が飛ぶ。ハッと身体を硬直させて、顔を向けた。フォレストが抜刀し、襲いかかってきた。 「ひえーっ!」 思わず悲鳴を上げて、首を引っ込めた。途端、足を拘束していた物の抵抗がフッとなくなった。恐る恐る目を開くと、フォレストが剣を閃かせ、次々と襲撃してくる長虫のような触手を切り刻んでいるのが目に入った。 「フォレスト様……」 「グズグズするな! 早く走れ!」 言いざま、自分自身も触手から離れて行く。カエル男は主人を慌てて追いかける。 が、ザワッと前方から砂煙が上がって、思わず足を止めた。刹那、シュルルルッと、そこから無数の触手が伸びてくる。 「畜生! この化け物め!」 カエル面を歪め、ダストルが懐からナイフを取り出し、襲ってくる触手を薙ぎ払った。だが、長虫のような触手の攻撃は間断なく襲ってくる。 「ひえーっ、もうだめだー!」 アチコチを触手にからめ取られたダストルが情けない悲鳴を上げる。それでも、ナイフで懸命に触手を切ろうともがいていた。諦めたら、喰われてしまう。命がけで抵抗するしかなかったのである。 「なっ、何?」 不意にフォレストの驚愕の叫びが上がった。己のことで精一杯であったカエル男は、思わずその方を見る。なんと言うことだろう。そこには砂の中から突き出た巨大な牙を生やした口が聳え立っていたのだ。その口からはダラダラと滝のように唾液が流れ出ている。そして、唾液が触れた瞬間、砂漠の砂が溶解し、白煙を上げていた。何か強力な酸を含んでいるようだ。口の周囲には、彼らを襲った無数の触手が蠢いている。 ザワザワと触手を動かしながら化け物の全身が砂の中から現れた。それは、まるで無数の触手を持った口であった。だが、その大きさは軽く5メートルは越す巨大さである。ちっぽけな人間の十人は丸呑みにしてしまうことであろう。 「うわっ! こっちからも!」 フォレストの方に気を取られていたダストルが悲鳴を上げた。あちらだけではない。 彼を捕らえていた触手の本体も砂の中から姿を現わしたのである。いや、二匹だけではない。次から次へと口の化け物が姿を現わしてくる。 「ちっ、どうやらここは、化け物の巣だったらしいな」 仮面の男が舌打ちしながら、剣を左手に持ち直した。そして、右手で腰のブラスターを抜く。同時に目の前に迫っていた口に熱線を放つ。一瞬にして燃え上がる巨大な口。すかさず、カエル男を引きずり込もうとしている奴に狙いを定める。 「ダストル、頭を下げろ!」 「ひっ!」 慌てて首をすくめる。その頭上を熱線が通り過ぎた。一瞬、足を掴んでいる触手がギュッと強く収縮した。が次の瞬間、ダラリと力を失う。その隙をスカサズ、前方に転がった。 「グズグズするな! 走れ!」 「へっ?」 起き上がったダストルの目が、炎に包まれ、踊り狂っている化け物を捕らえた。燃え上がり、ゴロゴロとこちらに転がってくる。ボーッとしていたら、巻き込まれてしまう。ダストルはカエルのようにピョンピョンと跳ねながら逃げ出した。その後ろを無数の口が追いかけてくる。触手がザワザワと伸び、捉えようと蠢いていた。仮面の男は、次々とブラスターで打ち倒してはいたが、相手の数はあまりにも多い。打ち抜き、燃え上がらせても、後から後から追いかけてきた。これでは切りがない。舌打ちしたフォレストは、ザッと周囲を見回した。しかし、何もない砂漠のこと、隠れるところもない。 「くっそ! あいつの弱点はないのか?」 思わず恨み言を口走ってしまう。それでも諦めるわけには行かないのだ。こんな砂漠で死ぬわけには行かない。そんなことは、彼のプライドが許さない。闘って死ぬのはいい。だが、こんなところで、正体も知れぬ化け物に食われて死ぬなど、真っ平ごめんだ。 「あいつの正体は何だ?」 「そんなこと、あっしに聞かれても……」 ダストルは絶望的に頭を振る。しかし、フォレストの視線はカエル男には向いてはいない。自問しているのだ。彼の頭脳はめまぐるしく回転し、記憶の皺の中を猛スピードで検索していた。触手に囲まれた巨大な口を持つ生物。デュオの生き物の資料の中になかったか? グリズドー(巨大原生動物」の変種だろうか? きっとそうに違いない。グリズドーは火には弱かった。だが、砂漠に棲むこいつらは、熱に対して耐性があるようだ。もちろん、ブラスターの直撃を受ければ、燃え上がり、倒すことは出来る。しかし、それに対する恐怖心はない。厄介な相手であった。 「熱がだめなら、これならどうだ!」 フォレストは、ブラスターのボリュームを逆方向に回し、0よりも低いマイナス方向へ動かす。そして、追ってくる化け物の群れに向かって放った。途端、白い冷気が砂漠の大気を凍りつかせた。冷気が一匹の化け物を包む。瞬間、触手が凍りつき、動きが停止した。ブラスターの熱線を、冷凍光線に変換しての攻撃であった。真っ白に霜が張り、倒れた仲間を乗り越えようとした化け物がビクッと身体を振るわせる。冷たい仲間に触れた途端、驚いたように、触手を引っ込めたのだ。 強烈な熱に慣れた化け物であっても、逆に凍りつくような冷たさを経験したことがなかったのだろう。いや、真昼は灼熱の砂漠も、夜は凍えるほど寒い。恐らく、奴らの単純な頭では、何故、灼熱の昼間に、こんな凍るように冷たい物があるのかが理解出来ず戸惑っているのだ。化け物は、どうしても凍りついた仲間に触れることが出来ず、立ち往生してしまっていた。フォレストは咄嗟に判断し、前方にいる化け物を狙い撃ちに凍りつかせる。思った通り、奴らは倒れた仲間が障壁となって、それ以上追ってはこなかった。 「ふえーっ、ひでえ目に遭ったぜ! ったく、このデュオって星はろくでもねえ惑星ですぜ。ねえ、若旦那」 カエル男が閉口したというように肩をすくめた。 「帰りたければ、帰ればいい。誰もお前についてこいと頼んだ覚えはない」 「そっ、そんな……」 素っ気なく答えると、仮面男は砂漠の北に向かって歩き始めた。ダストルは慌てて後を追って行く。こうなったらしかたがない。トコトンつきあうしかないのだ。地獄の果てまでつき合ってやる。腹をくくるしかない。 キヨネにもらった真っ白なネコ型ロボット、ユキを肩に乗せ、フェリオはアルディオン神殿の中を大会議室に向かって歩いていた。金髪の悪魔、ウッズマンの父親、ゲリオール・ウッズマンが息子の仇を討とうと、何か仕掛けてくるかも知れないとの情報を受け、その対策を話し合うためであった。若年とはいえ、フェリオは、デュオ独立の英雄であり、ライヤの幼なじみなので、誰もが彼の意見を重要視してくれていた。しかし、それはフェリオにとっては重荷でしかない。 今、デュオを守っているのは、デュオ軍大将軍のダン。そして宰相のネベル、アルディオンの神子、デュオ女王のライヤである。アルディオンの神子であるライヤはともかくとして、自分のような子供が惑星全体の未来を左右するような立場に置かれているのは、あまりにも理不尽なように感じる。そんな重責、本当に迷惑なだけで、ちっともありがたくなかった。 「遅いぞフェリオ! もう、全員集まっている、早く席に着け」 会議室に足を踏み入れた途端、ダンの怒鳴り声が炸裂した。ビクッと立ち止まり、室内にいる人々の顔を眺め回す。どれも、事態の重要性に顔を引き攣らせ、強張らせていた。軍大将軍のダンは不機嫌そうに口をヘの字に曲げているし、宰相のネベルは瞑目し、腕組みをしていた。そして、星間警察警部のモルグはタバコを苦々しくくゆらせている。ライヤの顔は蒼ざめ、ジッとすがるようにフェリオを見つめていた。この顔を見てしまうと、逃げ出したい気分だった己が恥ずかしくなった。同い年の少女が懸命に星を守ろうと戦っているというのに、男の自分が及び腰になっている。そんなことで、大好きな女の子を守ってやれるの? そんなキヨネの叱咤が聞こえてきそうであった。 「科学力では、我々デュオは到底地球人にはかなわないだろう」 大将軍のダンが重々しい口調で話始めた。全員が無言でうなずく。それは、誰よりも彼らが知っていることであった。何しろ、わずか数百人の地球人に、長い間支配されていたのも、そのためだったのだから。独立革命の時、地球人の数をはるかに上回るデュオ市民が手に手に武器を持ち、アルディオンの塔に攻め込み、やっと地球人から星を取り戻すことが出来た。今度、彼らが最新の武器を持ち、攻撃してきたら、到底勝ち目はないだろう。それは火を見るよりも明らかであった。 「まあ、真正面から攻撃してくることはないだろう。科学レベルのはるかに劣るデュオを最新の科学兵器を以って攻撃することは、銀河連邦法に明らかに違反した行為だ。そんなことをすれば、ウッズマン自身の身を滅ぼす結果になる。だが、彼とは全く関係のない……例えば、宇宙海賊を使って攻撃するというような手を使われれば……」 「宇宙海賊?」 「ああ、木星麻薬シンジケートには子飼いの海賊や、盗賊団、それに私設兵団も持っている。そいつらを使ってデュオを襲撃してくることは十分に考えられる」 「で、そいつらの戦力は?」 「はっきり言って、たった一個師団でさえ、簡単にデュオを滅ぼすことが出来る。いや、たった一発、原子爆弾や中性子爆弾といった強力なミサイルを打ち込むだけでも、アルカディア全体を滅ぼすことが可能だ」 「……」 あっさり言う星間警察警部の言葉に、一同は沈黙してしまった。あの惨劇が再び起ころうとしている。圧倒的な武器を持つ兵団と真正面からぶっつかれば、例え勝利したとしても、味方は多大な損害を受けるに違いない。それに、革命の時とは異なり、次の戦いは守りの戦いなのだ。女王ライヤを守り、デュオ全体を守らなくてはならない。敵は、何時何処に現れるか判らない。それを見つけ出し、倒さなくてはならない。それがどれほど困難なものか……。そんなことを考え、室内の雰囲気は重苦しく沈殿してしまっている。 「オレたちには全く勝ち目がないってことか?」 ややあって、ダンが口重に尋ねる。武器が圧倒的に不利だと聞かされ、軍の責任者として、口惜しい限りだと、その顔に書いてあった。剣や地球人から奪ったいくつかの銃器だけでは戦いにならないと知らされたのだ。 「真正面から闘えばな。だが……」 「だが?」 星間警部の顔が悪戯っぽく微笑んだ。デュオ人たちの顔が不思議そうに見つめる。これほどの不利な条件の中、何か戦いに勝てる方法があるというのか? 「だが、オレたち、星間警察とキヨネの所属する銀河パトロールが絶対にそんなことはさせない!」 「えっ?」 モルグは誇らしげに胸を張った。 「それはどういうことですの?」 ライヤが、他のデュオ人を代表して静かに問う。 「地球人の全てがウッズマンのような悪人ではないということだ。いや、むしろ、デュオの自然と平和を守りたいと願っている地球人の方が多いということだ。確かに、ウッズマン一族は、地球では、大きな力を持っている。奴らの悪事を判ってはいても、倒すことも出来ないほどの力だ。しかし、だからといって、放置しているわけではない。証拠をつかみ、法の裁きを受けさせてやりたい。それがオレたち多くの地球人の願いだ。今、オレが可能性を語ったのは、君たちを怖がらせるためじゃない。地球人のほとんどがウッズマンのような悪人ばかりではないということを理解して欲しくて、そのような話をしたんだ。そして、デュオを本当に守るのはデュオ人だということ。星間警察も、銀河パトロールも、ただ援助をしたいだけだということだ。決してウッズマンの攻撃から守ってやるから何かを求めることはしないということだ」 「信じ難いことだ」 モルグの口が閉ざされると、宰相がつぶやくように口を開く。他のデュオ人たちは沈黙したままであったが、思いは同じだった。彼らが知っている地球人とは、デュオを侵略し、甘い言葉で誘惑して男たちを鉱山で死ぬまで働かせる。それも、恐ろしい麻薬漬けにして、苦痛を忘れさせ、ついには廃人にしてしまう。ライヤをアルディオンの神子に仕立て上げ、彼らの信仰を利用して好き勝手に振舞う。そんな地球人であった。その地球人が、今になって信じて欲しいと言っても、そう簡単に信じられるものではない。確かに、キヨネとモルグは、革命の時、助けてくれた。恐らくその二人だけは信じてもよいと思っているデュオ人もいる。しかし…… 「信じるよ、オレ! キヨネさんの信じるモルグのオッサンの言うことだもの、本当のことに違いないと思う」 「……キヨネを信じるからって、オレを信じるのかよ……オレ本人を信じるんじゃなくて……」 ボソリと言うモルグを無視して、フェリオが一同を真剣な目で見つめる。他のデュオ人たちは、その真摯な眼差しに静かにうなずいていた。
第一章 第三話 熱砂の攻防! ---了---
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果てしなく続くゲルディザードの砂漠。時折現れる獣の襲撃と、日中の熱気と夜間の冷気に苛まれ、仮面の男と従者の疲労は限界に達しようとしていた。だが、いまだに砂の大地は終わりを見せようとはしない。もしかすると、ここが死場になるかも知れない。密かにカエル男は思い始めていた。こんなところで果てるのも、不細工な自分にはお似合いかも知れぬ。やや自嘲気味に、ダストルは、目の前を歩く仮面の男を睨み付けた。そして、幾度も繰り返した自問を口の中でつぶやく。 「なんで、あんな男につき従っているのだろう……?」 レオナルド・フォレスト、黄金の仮面に素顔を隠し、ひたすら北を目指す男。あの男の目的は何だ? 彼を追い落とした者への復讐か? それとも……? だが、それが何だとしても根っからの密偵であるダストルには関係のないことであった。いや、関係ないどころか、近づくべきではない男であった。だが、近づいてしまった。まるで歓迎されない主従。ホレストはダストルを必要とはしないし、ダストルも、彼を主人と崇める理由は何処にもなかった。それなのに、後を追っている。それが不思議でしかたがなかった。かつての主、ゲリオール・ウッズマンにどのような残酷な命令を受けても、冷酷にそれを実行した。女も子供も平気で殺した。それが悪いことなどと 一度も考えたこともない。利用できるものは何でも利用する。そして、何よりも大切なのは己の命だけ。それが生きる心情だったはずだ。それなのに、命の危険をかけて、こんな砂漠を旅している。 「少し休むか?」 不意に立ち止まったフォレストが言う。ダストルは黙って砂の上にへたり込んだ。もう口を利く気力さえ残っていない。ただ黙って荒い息を整えることに集中していた。フォレストは、疲れを知らないのか、まるで平然としている。奴は本当に人間なのだろうか? ふと、カエル男の脳裏に疑問が浮かんだ。 「うん?!」 不意に仮面の奥のエメラルド色の瞳が鋭い光を発した。サッと全身の筋肉が緊張する。ダストルも、疲れを忘れて身構えた。何か悲鳴のような声を聞いたように思う。しかし、それは何処から? 慌しく視線を左右に動かした。西、東、北……、南だ。何かが動いている。砂煙が上がり、猛然と駆けてくる。エルフォン(斑竜)だ。その直前を走る人影がある。まさか、こんな砂漠のど真ん中で、竜と鬼ごっこでもあるまい。 「どうやらエルフォンに襲われているみてえですな」 ダストルがギョロ目を剥きながら見上げた。フォレストは黙ったまま、歩き出している。まさか、助けようというのか? 「ちょっ、ちょっと待ってくだせえよ! あんなでっけえエルフォンに立ち向かうつもりなんで? そんな! 自殺行為ですぜ! 止めてくだせえよ!」 慌てて止めようとするが、全く聞き入れてもらえそうにない。それどころか、すでに駆け出していた。なんて無謀なことを。熱砂の砂漠を何日も彷徨い、疲れきっているというのに、獰猛な竜に向かって行こうだなんて、とても正気とは思えない。やはり、あんな主、見捨ててしまう方が賢明だ。あんな男に関りあっていたら、命がいくつあっても足りない。 「ええーい! 畜生めーっ!」 一旦は背を向けようとしたダストルであったが、舌打ちをして、後を追う。どうしてかは判らない。あんな冷血漢にどんな魅力があるというのだ? やけくそな気分で、腰のナイフを抜き放つ。 「エルフォンの急所は首の付け根の逆鱗ですぜ!」 追いつき、叫びながらナイフで斑竜の首筋を指し示す。フォレストは黙って頷き、腰の長剣を抜刀した。二人は無言で左右に分かれ、竜を挟む。 「殺さないで!」 凶器を片手に、エルフォンに迫ろうとする二人に、追われていた人物が叫んだ。えっと、二人は顔を向ける。デュオ人特有の青い髪、ルビーのような紅の瞳、そして日に焼けた小麦色の肌。小柄な、まだ少年と呼んでも良いような華奢な体躯が目に飛び込んでくる。 「あいつを生きたまま捕らえたい! 騎竜用に訓練して、私の騎竜にする!」 「騎竜? あれに乗るってのか?」 さすがに、冷徹な仮面男も驚愕の表情になる。あんな凶暴な竜に乗ろうとは……。それも、まだ子供だ。一体、何を考えているのか? 「自分の乗る竜は、自分で捕らえる。それが成人としての儀式だ! よいか、邪魔をするなよ! ただ、竜が逃げないようにしていてくれるだけでいい!」 まだ声変わりもしていない少年が、キッと二人の大人をにらみつけた。成人の儀式? 呆気に取られて、フォレストとダストルは互いの顔を見合わせた。なんという野蛮な儀式であろうか。凶暴に暴走するエルフォンを無傷で捕らえ、それに乗ろうとは……。 「で、私たちは、どうしたらいい? 黙って見てればいいのか?」 「そうだ! 絶対に手出しはするな! ただ、逃がさないように気をつけてくれればいい! そして、私がそれをやり遂げたところをしっかりと見届け、証明してくれればよいのだ!」 「判った。では、しっかりやれ」 フォレストは長剣を鞘に戻し、ジッと見つめた。ダストルも、それを見習い、ナイフを収めた。少年は軽くうなずくと、クルリと身を翻し、斑竜と対峙する。どうやら逃げているように見えたのは間違いであったようだ。一部始終を見届けてくれる者が現れるのを待っていたのだ。竜を刺激し、誰か証明してくれる者がいるところまで誘導していたらしいと、フォレストは察した。 「よしっ、こい!」 ニヤリと不適な笑みを浮かべ、少年が跳躍する。と、エルフォンの巨大な腕が少年に向かって振り下ろされた。鋭い爪が華奢な肩を引き裂く。思わず二人の地球人は腰の剣に手をかけた。が、少年は驚嘆すべき敏捷さで、上体をひねり、爪を避ける。それどころか、その巨大な腕に捕まり、スルスルと登り始めたのだ。 「あっ、あの小僧……」 「うむ……」 呆気にとられ、男たちは呆然とことの成り行きを見守る。竜は腕に止まった人間をうるさい蝿のように振り払おうと腕を振る。しかし、しぶとく捕まったままジリジリと肩に這い登って行く。エルフォンが不機嫌に唸り声を上げ、反対側の腕で引っ掻こうとする。しかし、下肢に比べ、極端に短い腕では、肩に近いところにいる少年には届かない。苛々と竜は首を振り、顔を背後に向けようとした。しかし、すでに肩から背に乗り移っていた相手には全く届かなかった。 「よーしっ、もうお前は私の物だ! おとなしくしろ!」 太い竜の首に両足を巻きつけた少年が勝利の叫びを上げた。だが、デュオの獣の王として君臨している斑竜は、それぐらいでは降参しない。怒気をはらんだ荒い息を両の鼻からシューシューと吐き、牙を剥いて威嚇していた。煩い蝿を振り払おうと、首をブンブンと振り回す。頭を大きく後ろに仰け反らせ、押し潰そうとする。しかし、少年の足は力強く竜の首に巻きつき、手は頭の角を握り締めていた。首を振ろうにも、急所の角を握られ、思うように動かせず、デュオ一の獰猛さを誇るエルフォンも苛立ちを覚えたのか、後ろ足で地団太を踏んでいる。 「なかなかやるな、あの小僧」 仮面の下のエメラルド色の瞳が細められる。このまま行けば、少年が斑竜を従えるのも時間の問題のように見えた。 「ウオオオーン!」 「何?」 突如起こる地響きと獣の雄たけび。思わず振り向いた目が捕らえたのは、もうもうと立ち上がる砂煙の中から突進してくるエルフォンの姿であった。今、少年が乗りこなそうとしている物よりも一回りも大きい。頭部に伸びる角も比較にならない程、大きく立派だ。身体全体の雰囲気も、荒々しく、角張って見える。 「フォレスト様、どうやら牡のようですぜ。あの牝竜の連れ合いでやんしょう」 「牝を助けにきたということか……」 エメラルド色の瞳に怪しい光が点る。そして、フッと仮面の下の唇が笑みを作った。 「なっ、何をする気で?」 主が迫りくる牡竜に向かって身構えるのを見たダストルが不安げに尋ねた。嫌な予感がする。 「私も、あいつを自分の物にする!」 「そっ、そんな馬鹿な真似は……」 カエル男が悲鳴に似た絶叫を放った。だが、フォレストはすでにマントを翻し、竜に向かって駆け出している。なんて無謀な人だ。冗談ではない。色々な事情はあるが、主と決めた男が、こんな砂漠で死んでしまっては元も子もない。何のために、こんな熱砂の海を渡ってきたのか判らなくなってしまうではないか。何が何でも犬死させるわけには行かない。ダストルは腰のナイフを抜き、後を追う。主はすでに凶暴な竜の目の前に迫っていた。愛する牝を奪われた怒りで狂走していた牡にとって、行く手を遮ろうとする人間は敵でしかない。竜は勢いのままフォレストに迫る。巨大な後ろ足で踏み潰し、牝に取り付いている人間を叩き殺すだけだ。 「よしっ!」 エルフォンの足が頭上に落ちてこようとした刹那、フォレストの身体が跳躍した。爪を避け、前足に飛びつく。ゴツゴツとした硬い皮膚。両腕をからめ、素早く肩まで這い上がる。要領は先ほどの少年のやり方を見て判っていた。肩によじ登り、首に両足を巻きつける。次いで、太く捩れた角を掴んだ。激しく首を振る竜の力は凄まじく、全身の筋肉を限界まで収縮させて耐える。シュウシュウというエルフォンの鼻息は、まるで機関車のように大気を振るわせた。飛び跳ね、上体を前後左右に振り回し、うざったい虫を払いのけようと試みていた。 かつて何人もの人間が、この竜を征服しようと挑戦している。だが、この誇り高い竜の牡は退けてきた。跳ね飛ばし、払いのけ、踏み潰した。今度の人間も簡単に振り落とす。つもりだった……。しかし、今回の人間は予想に反し、しぶとかった。それほど強そうには見えない、どちらかと言えば、華奢な男である。前脚の一振りで木っ端微塵に叩き潰してやれると思っていた。それなのに、まんまと爪を避け、背に飛び乗られてしまった。なんという人間だ。怒りよりも驚嘆する。このような人間、そんじょそこらには存在しない。それならば、力の限り暴れ、振り落としてやる! 牡竜は雄叫びを上げ、猛然と砂漠を駆けた。もうもうと砂煙が立ち上り、風が吼える。 周囲の景色が流れる矢のように後方に飛び去って行く。しかし、いくら乱暴に走っても、肩の上に腰かけている男には通用しない。ガッチリ両の角をつかんだまま、懸命にしがみついている。それどころか、グイグイと首を締めつけ、動きを封じようとさえしていた。デュオの獣の王、エルフォン、その中でも一際巨大で強いと自負していた牡竜にとって、豆粒にも等しい人間などに組み敷かれているのは屈辱以外の何物でもなかった。一刻も早く、振り落とし、愛する雌を助けたい。一心にそれだけを思い、猛々しく吼え、猛り狂っていた。竜と人間の一騎討ちは果てしなく続くように思えた。 人間は懸命に全身の力を込めて振り落とされぬようしがみつき、竜はこ煩い人間を振り落とし、地面に叩きつけようとしていた。どちらの息も荒く激しくなり、心臓の鼓動も限界を超えた戦いに動きを早める。カエル面の男は、ひたすらナイフを握り締め、主人とエルフォンの戦いを見つめていた。 「シューッ!」 不意に戦いは終了した。獣の王、牡のエルフォンが負けを認め、前足を地面に着けたのだ。肩に乗る人間を主と認め、服従を誓った仕草であった。仮面の男は、ホーッとため息をつき、もう一頭のエルフォンを見る。あちらも、勝負が着いていた。牝の竜の肩に乗る少年は、意気揚揚と竜を乗りこなし、こちらに近づいてくる。 「見事だったな」 フォレストが少年に賞賛の言葉を向けた。 「あんたこそ、エルフォンの王を従えるとは凄いよ」 少年ははにかむような笑顔を向け、まじまじと一際巨大なエルフォンとその背に乗る男を見つめる。目には驚嘆と賞賛の光があった。より強大なエルフォンを従えることこそ、デュオの騎竜の民の誇りなのだ。 「サリヤ様ーっ!」 不意に、砂漠の向こうから大声が響く。少年はハッとそちらを向いた。フォレストとダストルもつられて振り向く。と、数人の騎竜の一団がこちらに駆けてくるのが見えた。大声で叫んでいるのは、先頭のエルフォンに騎乗した騎士であった。 「ボルクスか! 見ろ、私は私の竜を手に入れたぞ。これで私も立派な騎士だな?!」 「サリヤ様……なんということを……」 近づき、エルフォンに堂々と騎乗している少年を見つめ、絶句する男たち。 「カナン国の姫たるお方が何という無鉄砲な……」 「姫?」 ボルクスという騎士の言葉に二人の地球人は顔を見合わせた。細い手足、薄い胸、短く切った青い髪、それに、竜を乗りこなした技とスピード……てっきり少年だと思っていた。それが姫とは……? 「私はちゃんと自分だけの力で竜を従えたのだ。証人(あかしびと)もそこにいるぞ」 サリヤはどうだと言うように、二人の地球人を見た。ボルクスは今始めて気づいたとでもいうように、竜に乗った異形の男を見た。黄金の髪と仮面の男。エメラルド色に輝く瞳、雪よりも白く見える肌。そして何よりも彼らを畏怖させたのは、男が騎乗している竜であった。今まで見た竜の中でも一際巨大なエルフォン、この辺りの人間がグラド(黒竜王)と呼ぶ、恐るべき覇王であった。今まで幾人の男たちが挑戦し、敗れ去ったか。その存在は今や伝説ともなりつつあった竜なのだ。 「サリヤ様、あの男が本当にグラドを……?」 ボルクスの興味はすでに彼らの主の娘がエルフォンを獲得したことから、完全に竜王を支配下に置いた男に移っていた。あのように巨大で凶暴な竜を乗りこなす男を畏怖し、警戒していた。 「うん、私の乗っていた牝を助けようと追いかけてきたのを、その男が捕まえて支配下においた」 「グラドの牝? まさか……」 再び、目が大きく見開かれ、サリヤの騎乗している竜に移る。そして、交互にグラドと牝を見比べた。言われる通り、二頭の竜の間には並々ならぬ雰囲気がある。番(つがい)の竜を男と女が同時に手に入れるとは……。もしやこれは何かの予兆では? 彼らの国に代々伝承されている予言の訪れかも知れない。 “凶星より死の使者降りし時、竜の王と女王を従えた美神ナリスの化身現れ、聖なる乙女と共にそれを撃ち砕かん” だが、まだ凶星の死の使者が現れたという噂はない。では、ただの取り越し苦労か? 「ボルクス、何をぼんやりしている? 私の証人(あかしびと)と命の恩人でもある、仮面の人を吾が国にお迎えするのだ」 少女の威厳に満ちた命令に、騎竜の男たちはハッと我に返った。今、そのようなことを思案している場合ではなかったと悟ったのである。 「こりゃ偉いことになっちまったぜ……」 ダストルはギョロリと目玉を回転させ、内心うなっていた。騎竜の民との遭遇。予想外の展開だ。野蛮なデュオ人の国とは如何なるところか? 不安と後悔は益々深まるばかりであった。
第一章 第四話 竜に挑む者! ---了---
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