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長編小説 デュオの仮面騎士

文:カメ仙人



◆第一章 第五話  王家に生まれし者の掟!◆


エルフォンに騎乗した男たちに囲まれ、仮面の男、フォレストと従者ダストルは騎竜の民の国へと同行した。先頭を行くのは、ボルクスという巨漢で、その横に、彼らをこんな災厄に招いた一見少年に見えるような出で立ちの少女、サリヤが並走している。フォレストは何を考えているのか、沈黙したままつき随っていた。カエル面の従者は、足早に行く竜に遅れまいと懸命に走り続けている。胸の内では、やはりついて来るのではなかったと、後悔の思いが充満していた。

騎竜に乗ったデュオ人の一行は、ボルクスと呼ばれる巨漢をリーダーに、少し小柄だが、敏捷そうな若者、ヒョロッと背の高い男、ガッチリとした体躯で、顔も厳つい男、そして妙に浮かれた感じのする男の五人だ。どうやら、サリヤという娘は、彼らの主人にあたるらしい。どういういきさつかは判らないが、皆の反対を押し切って自らの成人を証明するために、単身砂漠に出て、エルフォンを捕らえに来たらしい。

 「フォレスト殿、本当にサリヤ様がたったお一人で、かのエルフォンを乗りこなしたのでありましょうか?」
 「うむ、何度も言うようだが、私はこの目で、あの少女がエルフォンを乗りこなそうと格闘しているところをハッキリと見た」
 「そうですか……」
ボルクスは明らかに失望のため息をついた。

 「あの娘が竜を乗りこなすと、何かまずいことでもあるのか?」
 何気に尋ねる主を、カエル男は舌打ちしたい気分で見つめていた。こんな蛮族の娘など放っておけばよいものを、何故に首を突っ込む? 喉元まで出かかっていた叱責を飲み込み、渋面を向ける。だが、仮面の男は、そんな部下の当惑など歯牙にもかけぬ様子で、堂々と竜を歩かせていた。

 「他所の方には関りのないことです」
 巨漢は慇懃に答えた。何者かも判らぬ人間に自分たちの内情を話す義理はないと判断したのであろう。ダストルはあからさまにホッとした表情になる。下手に関り、トラブルに巻き込まれるのは堪らない。

 「ボルクス、関係は大有りじゃないの! フォレスト様が証人(あかしびと)になってくれなければ、私の運命はとんでもないことになっていたのよ!」
 「サリヤ様……」
 横を振り向き、少女が叫んだ。巨漢は太い首を縮め、少女を上目づかいに見る。

 「わたくしの国、カナンと隣国デスペラードとは、もう百年にも渡って戦い続けています。両国共、絶え間ない戦いにほとほと嫌気がさしていました。そこに、デスペラードの王より、和平の使者がやってきたのです。そして、二国の永久なる平和の証として、……」
 サリヤはグッと口惜しそうに唇を噛んだ。

 「隣国の王が双方の国の王子と王女を娶(めと)わせようとしたのだな?」
 「なっ、何故それを……?」
 「そのようなこと、少しでも外交を司った者なら常識であろう。二つの国を血縁で結ぶぐらい確かな契約はない。それに、王族の嫁を迎えるということは、最も有効な人質を得たことと同意語だ」
 「……」

 平然と答える仮面の男を、デュオ人たちは脅威の眼差しで見つめていた。だが、当の本人は何も意に介さぬように黙々と竜を歩かせている。一体、この男は何者なのであろう? 普通のデュオ人とは何処か異なる風貌。黄金に輝く美しい髪。仮面の下から覗くエメラルド色の瞳。雪よりも白く見える肌。均整のとれた肢体。まるで伝説の美神ナリスのようだ。だが、いくら麗しい姿をしていても、決して油断はできない。言葉の端々に出てくる豊かな知識と教養、そして見事に竜の王を従える技量、どれ一つをとってもただ者ではない。

 「私は政略結婚など死んでもするものか! だから、父上に申し上げた。この婚姻、あくまで不承知だと。しかし、隣国の申し出を無下に断れば、争いになるのは火を見るよりも明らか。断るには、それなりの大義名分が必要になる。カナンには、日嗣(ひつぎ)の王子の条件として、竜覇の試練がある。野生のエルフォンを単身で従えること。それを成し遂げることができたならば、次代カナン王の候補。さすれば、破談も已む無し。だから、私はただ一人、野生のエルフォンを捕らえにきた」
 「そして、その証人が私だということか」
 フォレストは口元に薄っすらと笑みを浮かべた。如何にも可笑しそうに目を細めている。これといった目的もなしに出かけた探検旅行であったが、面白いことになりそうな雰囲気だ。

 「だが、次期王候補は姫様だけなのかな?」
 「……」
 デュオ人たちは思わずハッと顔を見合わせた。サリヤの表情も暗いものに変わっている。フォレストはやはりというに苦笑していた。

 「私には、ニーノという弟がいる。その子が次代王だ」
 「だが、姫様が後継ぎ候補に上ることになれば、内紛は免れぬこととなるな。まあ、私には関りのないことだが」

 全く感情のこもらない仮面の男の言葉が、周囲の人間の耳には鋭い矢のように突き刺さった。ボルクスを始めとしたサリヤの部下たちの最も恐れている危惧が正にそれだったからである。それでなくとも、サリヤは正室の一粒種であり、男子とはいえ、ニーノは側室、それも、身分の低い女の産んだ子であったからだ。それ故、唯一の男子であるニーノを王位継承者とは認めず、サリヤを次期女王として担ぎ上げようとする一派も少なくないのであった。そして、今回のサリヤの行動は、彼女を神輿と担ごうと企む者たちにとって、絶好の口実を与える機会でもあった。

 「無礼な!」
 あまりにも明け透けな言い草に、男装の少女がカッと振り返った。ダストルは飛び上がり、逃げ出そうと身構える。しかし、主のフォレストは一向に怯えた様子は見せなかった。というよりは、怒りに満ちた少女の瞳を真正面から受け止めている。あの人は、想像以上の大物か、もしくはとんでもない愚か者に違いない。

 「怒ったのか? ならば、私を殺せばいい。そうすれば、すべては丸く収まる。姫の試練の証人はいなくなり、めでたく王位継承者に名を連ねることもなくなる。さすれば、内紛も起こらず、無事隣国へ嫁がれ、二国間に争いの種もなくなる。正に、今できる最善の策だといえよう」
 「くっ……」

 腰の剣に手をかけたまま、仮面を睨み付ける。ボルクスたちデュオ人とダストルが思わず緊張した。だが、仮面の下のエメラルド色の瞳には、少しの揺らぎもない。王族の者とはいえ、女の剣など恐るるに足りぬとでも言いたいのか? それとも、自分自身の剣の腕前に相当の自身があるのか? それにしても豪胆な態度であった。

 「お前のような男は始めてだ。カナン国を侮っておるのか? それとも、王女たる私を軽んじておるのか?」
 サリヤの瞳は強い光を発し、何者とも知れぬ仮面の男を睨み付ける。甘やかされて育てられた覚えはないが、これほど真正面から侮辱されたことは初めてであった。

 「私はカナンという国も、デスペラードという国のことも知らぬ、よそ者だ。だから、姫様の国を侮るだけの知識がない。それに、竜を見事に乗りこなす姫に対し、敬服することはあっても、軽んじるつもりはない。ただ、私は自分自身の少ない経験から苦言を申し上げただけだ。もしも気分を害されたのなら謝ろう」
 「……」

 謝ると言いつつ、少しも悪びれたところを見せぬ男をサリヤはマジマジと見つめた。先ほどはエルフォンを従えることに夢中になっていて、相手がどのような男なのか観察する暇がなかったが、こうやってじっくりと観察すると、なんとも異様な風体をしていた。ピッタリと顔に吸い着くようにかぶった黄金の仮面。そして太陽の光がそのまま細い糸となったような黄金の髪。深い湖を思わせるエメラルド色の瞳。そして、雪よりも白く見える肌。細身だが、決して華奢ではない肢体。まるで伝説の美神ナリスその人のようであった。

 「つまらぬことに腹を立ててしまった。確かに隣国に嫁ぎたくないというのは私の我侭です。私さえ我慢して、隣国の馬鹿王子に嫁げば全ては丸く収まるに違いない」
 「サリヤ様……」
 ボルクスが驚いたように姫を見る。他のデュオ人たちもハッと顔を上げた。サリヤは唇をギュッと噛み、ジッと前方を見つめている。

 「フォレスト殿、確かにあなたは正しい。たった一人、サリヤ様が犠牲になりさえすれば、我が国は安泰となろう。だが、そのようにして築いた平和に未来はあるのだろうか? 無垢な少女を犠牲にしたことに対し、人々は未来永劫に償い切れぬ重荷を背負うことになるのではないだろうか?」
 「一人の少女を救うために、数百の犠牲を出しても構わぬとお思いか? 果たしてそれで支配者が勤まるかな? 例え隣国デスペラードが、破談を理由に戦争を仕掛けてこないとしても、王位継承の内紛が起こり、国の屋台骨が揺らいでしまうだろう。そうなった時、私なら、攻撃を仕掛ける。真っ二つに割れた国など、赤子の手を捻るよりも容易く攻め落とすことができるだろう。いや、もしかしたら、そうなることを予想して、この縁談を持ちかけたのかも知れぬな。カナンの姫の気性ならば、必ず婚姻を断ってくる。その理由として、王位継承権を持つ姫を嫁がせるわけには行かない。例え、単なる言い分けに使った理由であったとしても、姫を慕い、王位に着けようと 渇望している者にとっては、またとない機会を与えられたのだ。王子が成人する前に姫様の立太子式を決めてしまえば、王子派にはどうしようもないだろう」
 「……」

 もはや口を利く者は誰もいなかった。正体不明の仮面の男が論じてみせたのは、正にカナンの現状であったからだ。

 「……それでは、私はこんな馬鹿な真似などせずに、隣国へ嫁ぐべきだと申すか?」
 沈痛な面持ちで、だが、真っ直ぐに背筋を伸ばし、サリヤは尋ねた。しかし、問わずとも答えは判っている。彼女自身、それが一番の道であることを。それを認めたくないのは、恋も知らず、他国に人質同然に嫁いで行かなくてはならないことに対する抵抗なのだ。確かに、風の噂に聞こえてくる、隣国の王子の行状は常道を逸していた。後宮の女官を理由もなしに切り殺したとか、逆らった部下に対し、残忍な拷問を与えた後、八つ裂きの刑に処したなどと言うものだ。だが、所詮は噂。実際に会えば、そのようなことは悪意による卑語に過ぎないということが判るに違いない。そう信じて嫁ぐしかない。

 「姫という身分を棄てればよい」
 「えっ?」
 「隣国の王が望んでいるのは、カナンの姫との縁談だ。姫様が王族であることを破棄し、還俗すれば全ては解決する。王族ではない女を嫁がせても、隣国の王は喜ぶまい。それに、平民に落ちた姫を担ぎ上げる者もいないだろう。どうしても人質として嫁ぐのを拒否したいのなら、それ以外に手はないだろう」
 「ぶっ、無礼者! サリヤ様に平民に落ちろと申すか?! 唯一高貴な血を継承する正当な王家の姫だ。どうやって生きて行けというのだ! ボロ布を纏い、化粧も身を飾る宝石も持たず、泥まみれになって大地を耕せとでも申すのか?! そのような惨めたらしい生活を高貴な姫に強いるのか?」
 怒りもあらわに、ボルクスが怒鳴った。何よりも大切な王家の姫。幼い時より我が子よりも大切に慈しみ、守ってきた宝珠。それをむざむざと野に放てとは言語道断であった。

 「親や国の犠牲になり、何の自由もない籠の鳥のような生活に、何の意味がある? ただきれいな衣装を纏い、美食に囲まれ何不自由のない、だが、何も自分の意志で行動できない生活を失いたくないというのなら、おとなしく隣国へ嫁がれるがよかろう。どうせ人間何かを犠牲にしなければ生きては行けぬのだ。自由を取るか、それとも豊かで贅沢な生活を選ぶか。決めるのは当人だけだ」

 主の語る言葉を聞いて、ダストルはハッと顔を上げた。今は黄金の仮面で素顔を隠して、浪々の生活を始めてはいるが、本来は銀河政府に強大な力を持つ父を持つ御曹司なのだ。そして、彼は親の七光りだけでなく、聡明な頭脳と力を持っていた。しかし、それを全て放棄し、デュオの奥地へと旅してきた。目的は判らない。本当に何を考えているか判らない人物である。そんな男に付随ってきたことを何度後悔したか判らない。だが、どうしても離れることができなかった。

 主は本当に何を求めて旅しているのだろう。何度も自問自答した。しかし、決してその答えは判らなかった。もしかしたら、今の言葉はサリヤに言った言葉ではなく、自分自身に言った言葉なのかも知れない。いくら実力で数々の功績を上げ、出世して行ったとしても、背後には常に彼の父親の影がつきまとっていた。初恋でさえ、相手が劣等種族の娘だという理由で排斥されてしまった。デュオにおいても、父親の方針を無視して政治を行うことは許されない。そのために、一度は命さえ失った。

 「そうか!」
 カエル男は思わずつぶやいていた。そしてハッと周囲を見回す。誰も珍妙な姿をした従者などに注意を向ける者などいない。ホッと小さくため息をつき、己の考えに戻って行く。あの死こそ、父親から解放されるための大芝居だったのかも知れない。どんな辺境に逃れようと、彼の父親の力を使えば、直ちに発見され、連れ戻されてしまうだろう。だが、死んだとなれば話は別だ。いくら暴君であろうと、死んだ人間を連れ戻すことはできない。そう考えれば全ては納得が行く。

 デュオの民の信仰の対象であるカルディア山を破壊したり、これ見よがしにライヤの幼なじみを誘拐し、鉱山で働かせている。それも、何かと怪しい行動を取っていた監視長ダンのいる鉱山へだ。更に、銀河パトロールの特級航宙士、キヨネ山本を不用意に何度も挑発し、自分を監視させた。仕上げは革命の日、衆人の目の前で毒をあおって見せた……。

 まさか、この人は父親の支配下から逃れるためだけに、それら全てを、あのラストシーンで演じたのであろうか。黄金の悪魔と呼ばれ、畏れられた男が、自由になりたいだけのために、己の死を演出した? まさか、そんな馬鹿なことがあるはずはない。この男はもっと怖い人間だ。もっと何か恐ろしいことを企んでいるに違いない。それが何かは分からないが、きっと恐ろしいことに違いない。そうでなければ、こんな辛い思いをしてつき従ってきた意味がない。
 「私は父も、国も棄てることはできない……」
 「サリヤ様!」
 寂しく微笑む王女をボルクスが振り返る。しかし、サリヤは無言で首を横に振るばかりであった。

 「だが、それは決して豊かで贅沢な生活を棄てるのが怖いというのではない。ただ父王や、ボルクスたち、私につき従ってくれる者たちを悲しませたくないからだ。私の成長を楽しみにしている人たちを失望させたくない。だから……」
 悲しみに顔を歪ませると、サリヤはエルフォンの首筋に顔を埋めた。肩が小刻みに震えてみえるのは、泣いているせい? そうやって見ていると、彼女がまだほんの幼い少女であったことを思い出させる。

 「で、私に何が望みだ? 最初の言葉通り、姫様ガエルフォンを見事に従わせたことを証言するだけでよいのか? それとも……」
 相変わらず声音は冷静そのものであった。例え、目の前で食人鬼たちが死骸を貪り食っていたとしても、彼の冷静さは変わらないであろうと思わせる冷たさだ。サリヤは思わずギクリと身を震わせた。

 「私をこのまま何処かへ連れ去ってくれるか」
 「サッ……サリヤ様?!」
 思わずデュオ人たちがどよめく。ダストルさえも、ギョロリとした目を飛び出すほど大きく見開いていた。

 「フォレスト様、それだけはいけませんぜ! そんなことをしたら、あっしらは……」
 「そっ、その通りです! サリヤ様が行方をくらませたと知れれば、王様が悲しまれます。それに、隣国だって、これを口実に再び攻めてくるに違いありません!」
 双方の従者は同時に叫んでいた。一国の王女が家出する? そのようなことが許されるはずがない。ただの娘が家出するというのではないのだ。そんなことになれば、ただで済むわけはない。直ちに追っ手がかかり、姫は連れ戻され、それを手引きしたフォレストとダストルは……。それ以上は考えたくもない。カエル男は頭を抱え込んでしまった。




第一章 第五話  王家に生まれし者の掟!  ---了---

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◆第一章 第六話  砂漠の彼方の国!◆



 広大な宇宙空間にポツンと水滴のように漂う宇宙船があった。それは地球圏からデュオに向かう航路上の中心部に位置している。船腹には白銀の流星を象った識別マークが燦然と輝いていた。これこそが銀河パトロールの巡洋艦、クレヲパトラ号である。指揮しているのは特級航宙士キヨネ山本だ。息子の仇討ちを名目にデュオの侵略を進めようとする銀河議会議長、ゲリオール・ウッズマンの陰謀を阻止せんと、デュオに向かう宇宙船を監視しているのである。

この航路を迂回してデュオに侵入することは極めて困難だ。無数に思われる宇宙航路も、安全性と日数を考えれば、このメディウス・トンネルと呼ばれるウァーム・ホールを航行する以外にはあり得ない。通常一年以上をを要する地球―デュオ間が数日で航行可能なのだ。その入り口がこの宙域に存在していた。ウッズマン議長が何を仕掛けてくるにしても、ここを通らねばならないはずであった。

 「山本特級航宙士、何か接近してきます」
 今まで静かだったブリッジが不意に騒然となった。一同の目が前方のモニタに集中する。星のきらめきとは異なる光点が高速で接近していた。数はおよそ七つ。

 「あの大きさだと、巡洋艦ではないわね。もっと小型の……快速艇かしら」
 「間違いありません。識別信号なし。所属不明の快速艇が七機が真っ直ぐにメディウス・ホールに向かっています」
 「警告して」
 「すでにやってますが、返答はありません。迎撃しますか?」
 「先ずは相手の出方を……」
 「特級航宙士、撃ってきました! ハイパーミサイルです!」

 ブリッジに二等航宙士の悲鳴が轟く。七つの光点から赤い矢のような筋が延びてくる。この距離ならば回避は可能だ。咄嗟に転舵の命令を出す。同時に、攻撃命令を発していた。主砲にタキオン粒子が押し込められて行く。エネルギーゲージがクルクルと上昇し、攻撃可能ラインに近づいて行った。次いでコンソールに次々とLEDが灯って行く。攻撃態勢が整って行くに従い、全員の神経がピリピリと緊張する。砲手は握ったトリガーにかかった指に全身系を集中させている。防御班は、攻撃終了と同時に、敵の反撃を予想してシールドの準備に忙しく立ち働いていた。

 「迎撃!」
 号令一下、主砲からタキオン粒子砲が炸裂した。同時に荷電粒子ミサイルが連続発射される。主砲に敵の先頭艦が粉砕された。次いで後続艦に命中した荷電ミサイルが強烈な電磁波を発生し、仲間の快速艇を巻き添えに大破して行く。

 「続いて攻撃するのよ! まだ敵は残っているわ!」
 瞬時にして五隻の快速艇を撃破したクレオパトラ号は、間髪を入れず、第二波を敵に叩き込む。主砲が火を吐き、快速艇の船腹を抉る。一瞬、船腹に開いた空洞が幻のように現れたと思った刹那、内部から炎を噴出し、四方に霧散した。残るはただ一隻。大宇宙に優雅に浮かぶ絶世の美女は船首を敵に向け、主砲を動かす。だが、追い詰められた敵は闇雲にハイパーミサイルを射出してきた。同時に主砲からもレーザービームが向かってくる。

 「対光線シールドを張りつつ下方へ回避!」
 バチバチとレーザーがシールドにぶっつかり、火花を散らす。だが、送れて到着したミサイルの大群は、回避したクレオパトラの船腹に向かって進路を変えた。追尾センサーを装備したホーミングミサイルだ。それを察知したレーザー砲手が迎撃の態勢に入り、素早くトリガーを引く。次々と迎撃するが、いくつかは着弾し、船体を傷つける。

 「この程度の攻撃ではクレオパトラを口説くことはできないわよ! 主砲はっ……」
 攻撃命令を発しようとしたキヨネの目が大きく見開かれる。なんといつの間にか目の前に敵快速艇が迫っていたのだ。

 「突っ込んできます!」
 悲鳴がブリッジにこだまする。レーザーとミサイルに気を取られている隙に、艇を巡洋艦に向けてきていたのだ。決死の特攻だった。この距離では回避は無理だ。

 「全員衝突に備えて!」
 キヨネの絶叫が艦内を駆け巡る。乗員全員が慌てて近くの柱にしがみついた。途端、激烈な衝撃がクレオパトラの船体を襲った。キヨネも指揮官席から投げ出され、コンソールパネルに向かって飛ぶ。衝突する! 思わず目を硬く閉じた。と、その手が何者かに捕まれ引き戻された。空中で反転した身体が強い力で抱きとめられ、そのまま床に押し付けられる。同時に、二度目の爆発で艦全体が激しく揺さぶられた。悲鳴と絶叫! 吹きつける爆風と荒れ狂う瓦礫! 再び静けさが訪れた時、ブリッジの中はまるで小さな嵐が駆け巡った後のような有様であった。

 「キヨネ、生きてる?」
 危機一髪でキヨネを抱きとめた人物が問う。目をソッと開くと輝くプラチナ・ブロンドが眼に飛び込んできた。心配そうに見下ろすエメラルドの瞳。整った美しい顔がそこにあった。

 「ありがとうダイアナ。お蔭で助かったわ」
 ダイアナに手を貸してもらいながら立ち上がり、キヨネは微笑んだ。今回の作戦の困難さを考え、大の親友であり、地球一美しい女戦士、インターポールのSAP(SPECIAL ARMED POLICE)ダイアナ・シュガーを特命派遣してもらっていたのだ。彼女とコンビを組むのは久しぶりであったが、やはり頼りになる美女であった。

 「被害状況を報告して!」
 軽く会釈を交わすと、直ぐに被害状況をチェックさせる。敵快速艇が突っ込んだのは、船底下部の倉庫にあたる部分であったため、比較的人員の被害は少なくて済んだようだ。しかし、その直ぐ脇にあったエンジン部分も少なからず破損していたため、直ちに基地に戻る必要が生じた。このままここで敵を監視することは不可能だ。

 「特級航宙士!」
 「どうしたの?」
 不意にレーダーを確認していた二等航宙士が絶叫した。キヨネとダイアナは咄嗟に振り返り、レーダーとモニタを交互に見つめる。と、小さな光点がメディウス・ホールに飛び込んで行くのが目に止まった。流れ星や彗星とは思えない。巡洋艦や今戦った快速艇とも違う。もっと小さな物だ。

 「単座式高速宇宙艇のようです! ああっ、ホールに飛び込んでしまいましたーっ!」
 「まだ生き残りがいたのね」
 「あの高速艇を行かせるために、クレオパトラを航行不能にしたのだわ」
 黒とブロンド、二人の美女は交互に叫んだ。七機もの快速艇は囮だったのだ。目をそちらに反らせ、単座式高速艇をデュオに侵入させる、それが敵の策略だった。

 「私が後を追うわ。キヨネはクレオパトラを基地に!」
 「ダイアナ! 頼んだわ!」
 輝くプラチナ・ブロンドの髪をなびかせ、走り去って行く親友の背にキヨネが叫ぶ。チラッと振り向いた薔薇色の唇には、頼もしい微笑が浮かんでいた。



 そんな宇宙での攻防を知らぬデュオでも、ゲリオール・ウッズマンの攻撃に備え、フェリオたちは忙しく立ち動いていた。とは言え、彼らにできることはたかが知れていた。アルディオンの神子、ライヤの居住するアルディオンの塔を巡る防御壁を強化し、敵の侵入を困難にするため、神都の周囲に深い堀を掘る。工事はアルディオンを心から信仰するデュオ人たちが積極的に参加してくれた。彼らの思いはただ一つ。二度と地球人に支配されたくない。動ける男は幼い子供から、老人に至るまでが手に手に鍬や鋤を持って押しかける。掘り出された土砂を運ぶ人々の顔には、苦しみの影は全くなかった。

 むしろ、自分たちの手でアルディオンの神子を守る喜びに満ちていた。信仰の力は、時折不可能とも思えるような力を発揮する。自我を忘れ、ひたすら神に奉仕することだけが生きがいとなった人間は畏れを知らない。だから黙々と働き続けていた。

 「フェリオ」
 「えっ?」
 デュオ軍大将軍ダンと、アルディオンの塔の要塞化について討論していた少年が顔を上げると、幼なじみであり、現在のデュオの女王、そしてアルディオンの神子ライヤが不安そうな表情で立っていた。傍には、小さな侍女ミーシャがいる。

 「どうしたライヤ? 何かあったのか?」
 向こう側の椅子に座っていた星間警察の警部、モルグが近づいてくる。ダンも顔を上げ、少女を見た。

 「えっ……いえ、何もないのだけれど……ただ……」
 ライヤのルビー色の瞳が困惑したように揺れ動く。

 「ミャ」
 フェリオの足下に蹲っていた純白のネコが軽い動作でライヤの懐に飛び込んだ。

 「まあ、ユキったら……」
 思わずライヤの表情がほころんだ。純白の猫は甘えるように頭を胸に擦りつけてくる。そして、それに飽きると、大きな猫目を細めクルッと腕の中で丸くなった。ライヤはそっと柔らかな毛を撫でてみる。ユキは満足げに喉をゴロゴロと鳴らし始めた。

 「あの……何か私に手伝えることは……」
 暫くユキの頭を撫でた後、やっと用件を言い出した。自分はデュオ女王と崇められているにも関らず、何もしてはいない。それが心苦しくて堪らないのだ。女の身であっても何かできるのではないだろうか? 少しでもフェリオの役に立ちたい。何でもいい、アルディオンの神子と慕ってくれるデュオの人たちのために何かがしたかった。

 「女王様、デュオをお守りするのは男の仕事です。どうか何も心配しないでゆっくりしてください」
 「そうだ、ライヤ、何も心配はいらない。きっとオレたちがデュオを守ってやる」
 「そっ……そう……。判りました。どうかデュオを頼みます」

 ダンとフェリオに言われ、ライヤはガッカリした。何でもいい。デュオのため、フェリオのために役に立ちたかった。でも、女は引っ込んでいろと言う。みんな、女なんてただの足手まといだとしか考えていない。それはそうかも知れないけれど、それでも寂しかった。寂しげな視線を男たちに向けるが、もはや誰も彼女に注意を向ける者はいなかった。全員難しい顔をし、額をくっつけるようにして、あれこれと意見を戦わせている。塔をいかに堅固な要塞に変えるか、人々をどうやって守るか、集まってきた義勇軍をどのように鍛えるか……等々、彼らの解決しなくてはならない問題は数多くあるようだった。

 「じゃあ、私は帰ります」
 小さく会釈して、ライヤは室を出て行こうとした。

 「ライヤ」
 「えっ? 何、フェリオ?」
 呼び止められ、思わず振り向く。何か自分にもできる仕事があったのだろうか? 嬉しい気体に胸が熱くなった。

 「ユキをおいてって。そいつはたくさんの情報を持っているんだ」
 「あっ……、ごめんなさい……」
 ハッと気づき、腕の中の白ネコを床に下ろす。これはキヨネからフェリオにプレゼントされたロボットで、その中身は彼女たちには想像もできないほどの情報が詰まっている。それに、数知れない能力も持っているという。このネコの方が自分よりも遥かに役に立つ。そう思うと、益々悲しくなってきた。ライヤは唇をギュッと噛み締め背を向ける。そのままフェリオを見ていると涙がこぼれそうだった。

 「ライヤ」
 フェリオが呼んでいる。判っている。どうせ邪魔だから、早く消えろと言いたいのだろう。情けなくて、返事もしないでドアに向かって歩く。

 「ライヤ、大丈夫だから。そんなに心配そうな顔をしないで! オレたち、みんな、ライヤを守るから」
 「フェリオ……」
 寂しそうな顔をしたライヤを、敵を心配しているのだと勘違いしたフェリオが懸命に励まそうとしていた。そうだ。なんて自分は我侭だったんだろう。みんなは一生懸命にデュオを守ることに集中している。それなのに、自分はみんなから仲間外れにされたと僻んでいた。そんなことあるはずないのに。そんなこと最初から判っていたはずなのに。甘えていた。

 「ライヤ……」
 もう、恥ずかしくて、まともに顔を見ていられない。ライヤは思わず駆け出していた。

 「あーあ、神子様を泣かして、悪い奴だなあ!」
 「なっ、泣かしたって……そんなオレ……何も……」
 「あはは、いいっていいって! 判ってるぜ!」
 一体、何が判っているのか? ダンは大声で笑いながらテーブルへと戻って行く。フェリオは走り去った幼なじみを気にしながらも、ダンの後を追ってテーブルに戻った。

 「塔の守りは、今まで決めた通りで精一杯だと思う」
 「そうだな……」

 ダンの結論に一同がうなずく。地球人の総督府はそのものが要塞のように作られていた。周囲を高い塀で囲まれており、現在、アルディオンの塔と呼ばれている司令部は、更に高く堅固な塀に囲まれている。その塀をよじ登って侵入しようとしても、網の目のように張り巡らされたレーザーがそれを阻む。だから普通の者は容易には侵入することは困難だ。デュオ革命の時は、圧倒的な死を恐れない市民たちが押し寄せたために、総督府を陥落させることができた。だが、五分の戦いならば、そう容易く攻め込まれることはないだろう。だが、相手は圧倒的に科学力の進んだ地球人なのだ。そして、敵はこれを作った人間たちで、弱点も熟知している。

 恐らく、どんなに堅固に塔を固めたとしても、これで十分ではない。そのことは、ここに集まっている全員が判っていた。だから、彼らの表情は暗い。初めから負けると判っている戦(いくさ)だった。ただ一つの希望は、キヨネたちが宇宙で頑張っていてくれることだ。銀河法というものがあって、文明レベルの異なる惑星を科学レベルの高い兵器で攻撃してはならないことになっているらしい。だから、あまりおおっぴらには攻撃してはこないかも知れないということだ。しかし、ここは遠く地球から離れた惑星だ。銀河パトロールや星間警察の目を逃れて侵入してくる軍隊がいないとも限らない。

 「……もはや、私たちにできることは尽くしたと思う……」
 ヤコブ将軍が、前歯の二本欠けた口をヘの字に曲げて唸った。彼の渋面は、そこにいる一同の気持ちを代表している。皆、不安なのだ。次に地球人が攻めてきたら、アルディオンの塔どころか、自分たちの立てた女王、アルディオンの神子であるライヤを守れるかどうかも判らない。人々の心の支えである神子を失えば、またデュオは地球の奴隷国家に成り下がってしまうだろう。やっと手に入れた自由であるが、守って行くことは遠く険しい。

 「実はオレに一つだけ妙案がある」
 口重にダンが語り始めた。妙案という言葉に、一同の視線が集中する。

 「皆はゲルディザードの北側に国があることを知っているだろうか?」
 「ゲルディザードの向こうの国? まさか、あの砂漠の向こうは死の国ではないのか?」
 反応したのは将軍ヤコブであった。だが、フェリオを始めとする他のデュオ人たちも気持ちは同じである。彼らは生まれてからずっと、砂漠の向こうは死の国だと教えられて育ってきた。だから、家族を葬る時、彼らは死者の頭を北に向ける。そうすれば、死者は迷うことなく死の国にたどり着けるからだ。それなのに、ダンは砂漠の向こうに国があると言う。とても信じられないことであった。



第一章 第六話  砂漠の彼方の国!  ---了---

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◆第一章 第七話  デスペラードとの遭遇!◆



 自分の運命から逃れられるはずはない。それはサリヤ自身が一番よく判っていた。だが、言ってみたかった。もしも、カナンの王女という身分を棄てさせてくれるかどうか。一切のしがらみを脱ぎ捨て、自由に生きる。それが許されたらどんなにいいだろう。父母や弟、そして家来や民のことを何も考えず行動できたらどんなに幸せだろう。己の心のままに生きる。ごく自然に愛した男と結ばれ、子供を産み育てる。そんな自由が許されるなら、何を失っても恐くない。だが……

 「連れて逃げて欲しいなら、連れて行ってやろう。だが、そのために、お主の国民が滅亡しても後悔せぬと誓えるならばな」
 サリヤは根っからの王女だった。自分が理由もなく蒸発してしまえば、敵に隙を突かれる。それが判っていて逃亡できるはずがない。だから……

 「あっ、あれは何だ?!」
 不意に、サリヤの思索を破るボルクスの大声。訝しげに視線を向ける。一体何があるというのだろう? 特に変わった物は見えないように思えた。が、何かが引っかかる。煙だ。遥か向こうに白い煙が立ち昇っていたのだ。誰かが焚き火でもしているのだろうか? いや、それにしては煙の量が多すぎる。と、すれば火事? ハッとボルクスと顔を見合わせる。

 「サリヤ様、もしや!」
 「国境の町、ラスコ! また、デスペラードが攻めてきたのに違いないわ!」
 言うが早いか、サリヤは竜首をそちらに向けて走らせていた。たった今手なずけたばかりだというのに、見事な手綱捌きで駆って行く。ボルクスや臣下たちも後を追って竜を走らせて行った。仮面の男、フォレストも、一瞬の逡巡の後、追尾して行く。
 「やれやれ、なんてこったい! 一難去って、また一難かよ……」
 カエル男、ダストルが情けなさそうな顔で天を仰ぐ。そして、何度目か判らない後悔をつぶやく。本当に何故、あの人に従っているのか……。もっと判りやすい、もっと得になる人間はたくさんいるだろうに、よりにもよって……! 

 「ええいっ、こうなればやけくそだ!」
 腹をククッタカエル男は、最期から竜尾を追って行った。



 近づくにつれ、煙だけでなく、人々の怒声や悲鳴も聞こえてきた。カシンカシンと剣を打ち合う音もする。そして、甲高い竜の雄叫びも耳に入ってくるようになった。やがて、視界が開け、惨状が飛び込んでくる。エルフォンに跨り、剣や槍を振り回した武装兵士の一団が逃げ惑う人々を追い立て、切り刻み、踏みつけていた。

 「なんということだ! 国境兵士は何をしているんだ?!」
 怒りに目をギラつかせたサリヤが怒鳴る。が、返事を待つまでもなく、答えは判った。数十人もの敵兵の何人かの手に、見方兵士の首が握られていたのだ。小さな町のこと、駐屯している兵士の数は数十人しかいない。そこへ、敵の奇襲を受け、一たまりもなく倒されてしまったに違いない。もしも敵が隊列を組んで襲撃してきたのならば、監視の目がそれを捕らえ、近隣の町の兵士たちを呼び集め、撃退していたであろう。しかし、敵は分散して近づき、周囲から一気に攻め込んできた。だから、加勢を呼びに行く暇もなかったのだ。

 「小賢しい真似を!」
 ボルクスが剣を抜き放ち敵の中へと突っ込んで行く。他の部下たちもそれに続いた。敵は新たな敵の出現に一瞬動きを止める。が、応援がたった五騎だと判ると、余裕の動きで竜首を巡らせた。

 「ふふん、たった五騎で我らデスペラードエルフォン隊に向かってくるとは命知らずな!」
 敵の隊長らしき男が嘲笑を浮かべる。しかし、迎え撃とうとした三人を大剣であっさりと斬り倒したボルクスの剣技に笑みが凍りついた。それはまるで稲妻のように煌いたと思った瞬間、三つの首級が空を飛んでいた。呆然となった敵を帰す剣が新たなる犠牲者を屠る。恐るべき死神であった。だが、卓越した剣を見せたのは彼だけではない。続く四人もまた、劣らずの勇者であった。彼らの進むところ首級が飛び、胴が切断される。血飛沫が花火のように空を彩り、断末魔の絶叫が大気を振るわせた。

 「見事なものだ」
 サリヤと並び、戦闘を見守っていたフォレストが感嘆の吐息を漏らした。

 「お前は戦わぬのか?」
 不意に咎めるようにサリヤが男を見た。だが、平然と見返す男の目には嘲笑が浮かんでいる。

 「私はただの旅人だ。姫様の民を助けなければならない義理はないし、助けて欲しいと頼まれた覚えもない」
 冷たく言い放つと、視線を戦いに戻す。それ以上は説明の必要もないということらしい。

 「おっ、見ろ! あれはカナンのサリヤ姫だ!」
 「何? サリヤ姫だと! これは丁度いい、我らがカリム王子様の后になられるお方だ。婚姻を待つまでもないわ! 今ここで連れ帰ろうではないか!」
 「おーっ、それは良い考えだ! 姫を捕らえよ!」
 少し離れたところで戦いを見送っていたサリヤを、発見したデスペラードの兵士たちがドッとどよめいた。敵の数は僅か五人。そして姫の周囲に兵士の姿は見えない。今こそがチャンスだ。五人を相手にしている以外の敵がサッとサリヤに刃を向ける。

 「サリヤ様、早く離れてください!」
 同時に三人の敵を相手にしながらボルクスが叫ぶ。途端、二人が斬りかかってきた。それを大剣の一閃で斬り倒す。残りの一人は及び腰になっていた。チラッとそちらを睨むと、主君の元へと走ろうとする。しかし、前方から五人の敵が迫ってくる。次々と襲ってくる刃を受け流し、剣で敵の胴を薙ぎ払い、首級を跳ね飛ばす。血飛沫が雨のように降り注ぎ、勇者の全身を真っ赤に染めた。早く姫様のところに行かなくては。焦る気持ちとは裏腹に、次々と襲いくる敵のため、全く動くことができない。

 「ヘッヘッヘ、カナンのお姫様、オレたちと一緒に一早く吾がデスペラードにおいでなさいませ。カリム王子様が首を長くしてお待ちですぜ」
 卑屈な笑みを浮かべた敵が迫ってくる。家臣たちは圧倒的な敵に囲まれ近づくことさえままならぬ状態だ。サリヤの表情にサッと緊張が走った。このような下劣な相手に捕らえられるなど誇りが許さない。例え、将来嫁ぐべき相手の家来であろうと、盗人のように引っ立てられることなど、絶対に我慢ができないことであった。

 「さあ、姫様、どうかこちらへ」
 言葉は慇懃であったが、彼らの態度は無礼千万である。無理矢理腕を掴み、竜の背から引き摺り下ろそうとしていた。敵兵の手が腕に触れようとした瞬間、サリヤは腰の剣を抜刀し、相手の手を切りつけていた。

 「うわっ! あにしやがる!」
 斬られた手の甲を慌てて引っ込め、敵兵が怒鳴る。傷は浅いが、流れ出す鮮血の量は多い。油断していたとはいえ、相手は歴戦の兵だ。例え見かけは少女であっても、彼女の剣技は女子供のものではなかった。たかが少女と油断していた敵の面が真剣なものに変化する。

 「多少傷つけてもかまわぬ! そのジャジャ馬娘を捕らえよ!」
 敵の隊長と思しき男が怒鳴る。油断なく周囲に気を張っていたサリヤがチラッとそちらを見た。途端、顔色が変わった。

 「そなた、ギヅマか?!」
 「なっ? ギヅマだと?」
 一瞬、ボルクスの動きが止まる。その隙を突いて、敵が剣を振り下ろした。それを大剣で打ち払い、ギヅマに向き直る。ハッと驚愕が面に走った。

 「貴様、生きていたのか?!」
 吐き棄てるように巨漢が叫んだ。ギヅマは、十重二十重に味方に守られているのをよいことに、挑発するように笑みを浮かべる。

 「生きていたとも! お前に復讐するために、オレは地獄から舞い戻ってきたのだ!」
 「ギヅマ……」
 相手の瞳の中に、怒りと憎しみの炎が燃え上がったのを見て、ボルクスが棒立ちになる。一体この二人の間に何があったというのだろう? フォレストは、仮面の下のエメラルド色の瞳を興味深そうに煌かせていた。どうやら、この国には、色々とありそうだ。カナンとデスペラード。サリヤとカリム王子。そして、ボルクスとギヅマ。面白そうだ。

 「おいっ、さっさと姫様を捕まえろ!」
 「ギヅマ! 何故、竜騎士だったお前が、私を裏切る?」
 サリヤの驚愕に見開かれた瞳が敵の隊長を見据える。

 「フフフ、姫様は何もご存知ないのか? そこにいるボルクスが昔何をしたか?」
 ギヅマの瞳が冷たく光る。だが、サリヤには何のことだかまるで理解できない。ただ呆然と敵の隊長と成り下がった男と、己の部下、ボルクスを交互に見つめるだけであった。

 「無駄な口論は無用だ! 早く姫様を捕らえよ!」
 隊長の命令を受け、敵兵がサリヤに殺到する。もはや、か弱い少女では捕らえられてしまうのは時間の問題に思えた。

 「サリヤ姫、お覚悟!」
 敵が少女の腕を掴もうと手を伸ばす。剣で懸命に振り払おうとした。だが、所詮は姫様のお遊びの剣技、死線をいくつも越えてきた兵士の敵ではない。本気でかかってきた剣に、あっさりと不覚を取ってしまった。剣を弾き飛ばされ、喉元に切っ先を突きつけられてしまう。こうなれば動きが取れない。少しでも動けば、剣が皮膚を切り裂き、骨までも断ち切ってしまうに違いない。

 「ヘッヘッヘッヘッへ、姫様、観念するんだな」
 兵士が嘲弄の笑みを浮かべる。サリヤの唇が口惜しさのため、堅く噛みしめられていた。このままでは、むざむざと捕虜にされてしまう。不本意な婚姻ではあったが、正式に迎えられた花嫁ならば、それなりに大切に扱ってもらえる希望はある。しかし、このように拉致され、隣国に連れ去られれば……単なる捕虜であり、どのように陵辱されても文句は言えない。いくらサリヤが幼い少女であろうと、王家の姫、敵国に捕らえられた捕虜がどのような目に遭わされるかぐらいは理解していた。

 「殺せ! 敵に囚われるような生き恥を曝すくらいなら、死んだ方がましです」
 キッと敵をにらみ、決然と言い放つ。王家に育った姫ならばこその高潔さであった。

 「よい覚悟だ。死しても王家の姫としての誇りは失わぬということだな」
 「何だ? お主は?」
 不意に脇から声がして、サリヤを捕らえていたデスペラードの兵士が視線を上げた途端、眩しいばかりに輝く黄金の仮面が目に飛び込んできた。なんという奇妙な風体をした男であろうか。顔全体を覆う黄金の仮面もそうであるが、デュオ人とは異なる、まるで太陽の光がそのまま細い糸になってしまったような輝く黄金の髪、そして深い湖を思わせるエメラルド色の瞳、更に異様なのは艶やかな白い肌。それは伝説の美神ナリスそのものであった。思わず見とれてしまった兵士であったが、相手は敵の連れであることを思い出し、表情を引き締める。

 「邪魔をするな! 動けばサリヤ姫の命はないぞ!」
 姫を捕らえている手に力を込め、喉元に突きつけている剣を大仰に動かして見せる。だが、異装の騎士は平然と近づいてきた。

 「ちっ、近づくな! 姫様がどうなってもいいのか?!」
 「かまわぬ! 私の命などどうなってもよい! この男を斬れ!」
 敵兵とサリヤが同時に叫ぶ。仮面の男は黙ってうなずき、近づいてくる。どうやら、敵の言葉を無視するようだ。動揺が一団を覆い尽くす。

 「まっ、待ってくれ! 姫を、サリヤ様を傷つけてはならぬ!」
 ハッと我に返ったボルクスが叫ぶ。だが、その時にはもうフォレストの剣は鞘走っていた。敵兵士が身構える隙など一部もない。気づいた時には、サリヤの喉元に突きつけられていた刃は弾き飛ばされ、宙を舞っていた。唖然と口を開けた兵士の首がその後を追う。正に電光石火の剣技であった。それにしても、なんという剣だろう。まるで豆腐でも斬るかのように首を跳ね飛ばしている。フォレストは心中で舌を巻いていた。

 「Dr.シラコ、さすがだ」
 初めて使う剣であったが、しっくりと手になじむ。おまけに、なんという軽さだ。まるで鳥の羽根のようだ。思わず己の剣に魅入っていた。が、背後から、敵が三人斬りかかってきた。

 「危ない!」
 サリヤの悲鳴。だが、その時には、三本の剣は振り下ろされた後であった。一つは右腕を、もう一つは左腕を、そして最期の剣は正面から顔面を打ち砕いていた。

 「ああっ……」
 サリヤがギュッと固く目を閉じた。さっき出会ったばかりであったが、一々気になる男であった。まるで他人との係わり合いを拒むような態度を取るかと思えば、危うく人質となったサリヤを命がけで助けてくれた。全く不可解な人物だった。もう少し話し合いたかった。彼の達観した物の考え方も興味がある。もしかしたら、話をすることによって、本当の悩みを解決することができるかも知れない。だが、もうそれは不可能になってしまったのだ。いくら、あの男でも、三方から切り刻まれたら、生きているはずがない。恐る恐る目を開く。
 「そっ……そんな……」
 チラッと横目でフォレストの骸を確認しようとした目が驚愕に見開かれた。気づくと、全員の目がそこに集中している。力任せに振り下ろされた剣が止まっていたのだ。腕当てと仮面に阻まれ、剣は微動さえしない。力を抜いているのではないことは、顔を真っ赤にしていることでも判る。それなのに、腕当てにも、仮面にも傷一つつけることができないでいた。

 「感謝するぞ、Dr.シラコ! お蔭で命拾いした」
 仮面の下のエメラルドが光る。次の瞬間、フォレストの剣が煌いた。正面の胴を横に切り払い、左を逆袈裟斬りに打ち上げ、戻す剣で右の首を打ち払う。その間、わずか0.03秒、目にも留まらぬ速さであった。目の前にいたサリヤでさえ、何が起こったのか判別できず呆然としている。

 「今だ、姫を守れ!」
 恐らく何が起こったのか正確に理解していたのは、ボルクスだけであろう。フォレストが敵を討ち倒したと同時に、己の周囲の敵を薙ぎ払い、サリヤの近くへと突進した。一瞬遅れた敵が阻もうと迫る。だが、勢いのついた猛戦士を止めることは不可能であった。近づいた途端、首級が飛び、胴が切り裂かれていた。部下の騎士たちも、ボルクスに負けじと敵を叩き伏せながらサリやの周囲に集まってきた。

 「くっ、引き上げだ!」
 敵隊長、ギヅマが部下に命令する。それを合図に敵がデスペラードに向かって疾走を始めた。

 「待ちなさい、ギヅマ! 話があります! 何故、デスペラードの兵などに……」
 去って行くギヅマに向かってサリヤが叫ぶ。何故、故国を棄て、敵国の兵に成り下がってしまったのか尋ねたかった。だが、チラッと視線を向けただけで、彼は走り去ってしまった。謎は、残されたまま少女の胸の中に沈み込んだ。




第一章 第七話  デスペラードとの遭遇!  ---了---

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◆第一章 第八話  凶星降りぬ!◆



 思わぬ隣国デスペラードの襲撃に出くわし、すっかり遅れてしまった一行であったが、ほどなくカナンの城に到着した。

 「これが国か……」
 さすがの仮面の男、フォレストも思わず呆然と目の前の物を見つめていた。切り立った岩壁をくり抜いた岩山の国であったのだ。標高五百メートルはあるだろうか、砂岩とおぼしき岩山全体が一国を形成していた。岩肌をくり抜き、住居を造っている。表面にジグザクに上がって行く坂道があり、そこを上って行くと各階に動き回る人々の姿があった。その岩国は最上部に作られた城の周囲を取り囲むように町が出来上がっている。どうやら、城と町が一体化した作りになっているようだ。

岩山の裾には粗末な小屋が軒を並べている。これは恐らく下級市民の住むものであろう。外敵に襲われれば、簡単に焼き尽くされてしまうに違いない。それにひきかえ、城に攻め込む道は一つしかない。ジグザグに登って行く坂道だけなのだ。その他の部分は切り立った高い崖になっている。十メートルはあるだろう、天然の城壁が三段。おのおのの城壁の上部の所々に四角く切った穴が開いており、そこからは警邏の姿が見えた。攻撃を受けた時、山裾に住む人間は、家を崩し、岩山に逃げ込む、もしくは敵の手の届かない所に逃げるのであろう。そうすれば、城壁から敵は丸見えになってしまう。そうすれば、弓でも、投げ槍ででも狙い討ちだ。これはかなり戦い慣れた人間の作った城塞都市に違いない。

 「では、城をご案内いたします。フォレスト殿、こちらへ!」
 「うむ」
 慇懃にボルクスが頭を下げた。フォレストは軽くうなずき、エルフォンの背から下りた。

 「おや? 貴殿の従者の姿が見えぬようだが?」
 ふと気づいたように仮面の男を見る。言われてみれば、カエル男、ダストルの姿が消えていた。
 「あの男のことなら心配はいらぬ。そのうち姿を現すだろう」
 「はあ……?」
 戸惑いの目をフォレストに向け、どうしたものかと主君の姫を見た。サリヤは何でもないと言うように、首を立てに振ってみせる。ボルクスは黙ってうなずくと、先に立って坂道を登り始めた。



フォレストたちを密かに離れたかえる男、ダストルは逃げ去ったデスペラードの兵士の後を追っていた。情報収集は彼の最も得意とする仕事の一つだ。周囲と同じ色に変身し、敵の隊長ギヅマを目標に尾行を続けた。敵兵は真っ直ぐに国境に向かって竜を駆る。どうやら、国境の村を襲い、隣国を挑発するだけのために侵攻してきたらしい。サリヤを狙ったのは、ただの行きがけの駄賃だったのだ。兵士たちは、国境を越えると、緊張が解けたのか、互いに軽口をきき始める。そんな彼らの会話から、ダストルが判断したのだ。

 「うぉーっ!」
 「何だ?」
 不意に隊列が乱れ、叫び声が上がった。何事? ダストルはハッと前方を見た。敵兵の一人が上空を指さして、喚いている。つられて見上げたカエル口から声が出そうになり、思わず口を押さえた。銀色に光る物体が真っ直ぐに落下してくる。

 「あれは……」
 紛れもない、地球の単座式ロケットだ。ダストルは己が姿を消しているということも忘れ、近くの岩陰に隠れた。同時にロケットは爆音と共に地上に激突した。爆風に吹き飛ばされた岩石が雨と降り注ぐ。デスペラードの兵士たちは悲鳴を上げながら逃げ惑う。獰猛を誇るエルフォンですら、予想もしなかった青天の霹靂に、度を失って暴れ狂っていた。騎乗する兵士は懸命に竜を落ち着かせようとするのだが、恐慌をきたしたエルフォンはまるで言うことを利かない。それどころか、騎手を振り落として逃げて行くものすらいた。

 「落ち着け! 落ち着くんだ!」
 必死で司令を飛ばすのだが、竜にしがみ付いているのがやっとだと言う兵士たちにはどうする事も出来ない。ただ、竜に聞いてくれと叫ぶのがやっとの有様だった。エルフォン隊の隊長、ギヅマは舌打ちをし、にらみつける。しかし、思わぬ事態に動転した部下たちは収拾がつかないほどにうろたえている。

 「うわーっ! 何だ! あれは?!」
 恐慌をキタシタ兵士の一人が叫び声を上げる。まだ何かあるのか? 渋面で指さす方向を見たギヅマも思わず息を呑んだ。空から落ちてきた銀色の物体の中から何者かが這い出てきたのである。燃え盛る炎を全身に纏い、ソレは現れた。ゆうに二メートルを越す巨漢だ。

 「奴は化け物か?」
 知らずギヅマはつぶやいていた。全身が炎に包まれても平然と歩いてくる。そのような人間がこの世に存在するとは信じられない。いるとすれば、化け物か魔物だけである。呆然と見つめるデスペラード人の目の前で、化け物が両腕を上げた。途端、ボロボロと落ちて行く炎の塊。やがて現れたのはゴリラのような恐ろしい面相をした巨漢であった。

 「獣神だ……」
 兵士たちの中からつぶやきが漏れる。その場にいた誰しもが同じ思いを共有していた。炎の下から現れた男の姿は、悪心ドードに使える獣神ゴーラそのものに思えた。

 「うわーっ!」
 堪り兼ねた兵士が大剣を振りかざして突っ込んで行った。エルフォンを駆り、上段から振り下ろされる剣。誰もが真っ二つに切断されたゴリラ男を想像した。だが、次の刹那、彼らは信じられない光景を目にする。獣神は大剣を腕で受け止めたのだ。エルフォンの首ですら一刀で切り落としてしまう大剣が、腕に当たっっても皮一枚傷つけることなく留まっているのだ。兵士が力を抜いているのではないことは、顔を真っ赤にして剣に力を込めている兵士の顔を見れば判る。

 「なっ、何なのだ? あの仮面の男といい、この化け物といい、なんで……」
 動揺が兵士の間を駆け抜けた。目の前にいる相手は、正に化け物だ。大剣も通じない。

 「矢だ! 弓で奴を狙え!」
 ハっと数人の兵士が弓を番える。同時に矢を放ったのは、歴戦の強者であったからに違いない。放たれた矢は、次々と獣面の男に向かって雨霰と降り注いだ。これだけの矢を受ければ、さしもの化け物も生きてはいまいと思われた。が矢の雨が収まった時、彼らが目にしたのは、平然と近づいてくる男の姿であった。

 「化け物だ!」
 「獣神ゴーラだ!」
 迷信深いデスペラードの兵士が浮き足立つ。そこへ、獣面の男が突っ込んできた。太い指が竜の背の兵士を鷲掴みにし、空中高く吊り上げる。そして、そのまま頭から地面に叩きつけた。
 グシャッという嫌な音がして、兵士の頭部が拉げる。割れた頭骸から灰色の脳髄が飛び出し、周囲に散乱した。なんという強力(ごうりき)。見ていた兵士たちの顔が蒼白になる。到底かなう相手ではない。この化け物こそ、悪神ドードの使いに違いない。

 「おのれ、怯むな! それでもデスペラードの兵か?! エルフォンで体当たりするのだ! いくら化け物でも、デュオの獣王、エルフォンにかなうはずがない!」
 ギヅマの怒声に、我に返った兵士が竜を駆り、ゴリラ男に突進した。巨木のような竜の足は間違いなく男を踏み潰すであろう。誰もがそう思った。が次の瞬間、彼らは信じられない光景を目にすることになる。落ちてきた竜の足をしっかり捕らえ、前進を両手で押し止めていたのだ。

 「畜生ーっ! 行け! こんな奴、踏み殺してしまえ!」
 懸命にエルフォンを叱咤する兵士。だが、竜は足をジタバタと動かすだけで、前進することができなかった。惑星デュオで最も凶悪と言われるエルフォンが全く歯が立たない。それはデュオ人にとって悪夢そのものであった。エルフォン以上の力を持つ人間。それは存在してはならない存在である。

 「ああーっ?!」
 呆然と獣王と巨漢の化け物との戦いを見つめていた兵士の悲鳴が上がる。ガッシリと竜の足を掴んでいた男の爪が堅固な竜の鱗を突き破ったのだ。ズブリとまるで粘土細工のように竜の足が押し潰され、捻じ曲げられた。なんという怪力だ。デスペラードの兵士から言葉が消えた。もはや地獄としか言いようがない。このような悪趣味な光景など、誰も想像すらしたことがない。

 「グエエエーッ!」
 断末魔の絶叫が竜の口から迸る。男はニヤリと口元だけに笑みを浮かべ、グイッと竜の足を膝の部分から捻じ切ってしまった。噴水のように吹き上がる鮮血を浴びて、男は益々凶悪な姿に変身する。

 「殺せ! 誰でもいい、奴を殺せ!」
 ギヅマが甲高い声で絶叫する。しかし、誰が素手でエルフォンの足を捻じ切るような化け物と戦いたいと願うであろう。ギヅマは兵団の長で、それなりに畏れられた存在である。しかし、目の前に現れた化け物は、心底歴戦の勇者を怯えさせた。いくら矢の雨を降らせようと、大剣で切り刻もうとしても、まるで歯が立たない。おまけに、エルフォンの足を素手で平然と捻じ切ってしまうほどの強力(ごうりき)だ。ただの人間に如何なる手立てがあるというのだ。誰しもが怯え、逃げ出そうとしていた。

 「貴様らは何処の兵士だ? アルディオンの神子は何処だ?」
 「なっ……?」
 不意に、血まみれの化け物が口を開いた。一瞬、凍りつくデスペラード兵。

 「おいっ、聞こえているのか?」
 ギラリとゴリラ男の目が光る。それは残忍この上ない肉食獣の眼であった。何か答えないと命が危うい。だが、何をどう答えてよいのかが判らない。アルディオンの神子? 一帯、誰のことなのだ? 善神アルディオンは彼らが崇拝する神ではない。彼らが何よりも恐れ、崇めているのは戦神、ディーンである。かつて美神ナリスをめぐって善神アルディオンと悪神ドードが戦った時、ディーンはアルディオンに加勢し、ドードを倒したという。地上最強の戦神である。故に、アルディオンの神子は彼らの信仰の対象ではないのだ。

 「知らぬ! アルディオンの神子など、我らの知ったことではない!」
 「知らぬと?」
 ギラリと男の目が残忍に光った。同時に答えた兵士の首が宙に舞う。

 「オレは二度とは言わぬ。素直に答えろ。さもなくば、死ね!」
 同僚をいともあっさりと殺され、頭に血の上った兵士二人が同時に大剣を突っ込んだ。が、刃は男の皮膚一枚切り裂くことはできなかった。

 「ええいっ! 小うるさい蝿共が!」
 煩げに振るった男の爪が兵士の腹を破り、腸を引きずり出す。次いで背後から襲ってきた大剣を跳ね返し、その頭を突き破った兵士の腹にぶち込んだ。

 「ゴーラだ! 悪神ドードの下僕、獣神ゴーラだ!」
 容赦のない残酷な相手に、すっかり戦意をなくしてしまった兵士たちの中から悲鳴が上がる。このままでは皆殺しだ。逃げなくては! 列を乱して逃走を始めた。だが、混乱を極めた竜は仲間同士で互いに進路を塞いでしまい、ぶっつかり合って倒れてしまうものが続出した。倒れた竜は、その乗り手と共に別の竜に踏み潰され、肉の塊と化して行く。乗り手である人間は、更に悲惨で、骨も砕け、形も判らぬ程だ。

 「落ち着け! 落ち着け! それでも栄光のデスペラードの兵士か?!」
 隊長ギヅマが必死で叫ぶ。しかし、どの兵士の耳にも届かない。ただただ、悪魔の下僕から逃げることしか頭にはなかった。

 「どうやら貴様がこいつらの頭らしいな?!」
 「ひっ?!」
 不意に、冷たい言葉が背後からした。同時に、血に染まった爪が喉に押し当てられている。何時の間に背後に回ったのか、獣男がギヅマの襟首を掴んでいた。

 「たっ……助けてくれ……」
 グイッと喉を絞められ、切れ切れに命乞いをする。もはや、部下を叱咤していた顔色はない。今にも失禁しそうに怯え切っていた。

 「アルディオンの神子は何処だ?」
 「しっ……知らぬ……。我らは戦神ディーンを祭る、デスペラードの者だ! アルディオンなど軟弱な神を奉じる蛮族ではない!」
 「ほう……」
 ゴリラ面の男の目が興味深げに光る。惑星デュオは善神アルディオンだけを崇拝する人間たちばかりだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしいと判ってきたのだ。これは面白くなりそうだ。

 「よしっ、それなら、オレ様を貴様の国に連れて行け! 貴様の支配者に話がある」
 「なっ……何を馬鹿な……。お前のような何処の何物とも知れぬ化け物に国王謁見が許されるものか!」
 「会う、会わぬを決めるのはオレだ。蛮族の王に、決定権などあるものか! 会いたくなれば、オレは勝手に合いに行く。止められる者などこの世に存在するものか!」
 「失敬な! 吾がデスペラードを蛮族だと……」
 自国を誹謗され、思わず相手をにらんだギヅマであったが、続きの言葉はゴリラ男の指先が喉に食い込んで発することができなかった。

 「誰がしゃべってもいいと許可した? 情報は、貴様の脳を取り出して直接仕入れてもよいのだぞ!」
 「ひっ!」
 鋭い爪がサッとギヅマの額を十文字に切り裂く。滲み出る血が顔面を赤く染めて行った。同時に底知れぬ恐怖が全身を包んだ。こいつは本物の化け物だ! エルフォンを素手で捻り殺し、大剣も矢も傷つけることはできない。そして、王宮の奥深く守られた国王ですら命は手中にある。

 「獣神ゴーラ……」
 絶望的なつぶやきが、隊長の口から漏れる。こんな化け物に魅入られたデスペラードに明日はない。すっかり闇の下僕に対する反抗心は失せてしまったギヅマは、黙ったまま北を指差した。その方向にはデスペラードの王宮都市、デスラムがある。

 「よしっ、では竜をそちらに向けろ!」
 ギヅマは言われた通り部下に命令し、エルフォンを王宮へと走らせる。誰も不服を訴える者はいない。ただ、獣面の化け物を上目づかいにチラチラと眺めているだけであった。兵士たちにしても、圧倒的な強さと、悪魔のような残忍さを持った化け物に逆らう気力は持ち合わせていなかったのである。

 やがて、デスペラード兵の姿が見えなくなると、岩陰から一人の男の姿が浮かび上がった。緑色のピッタリとしたタイツを着たカエル面の男、ダストルである。

 カエル男の顔が恐怖に歪む。それほど恐ろしい相手であった。ダストルと同じ改造人間であるが、ダストルが情報収集活動に適したように改造されたのに比べ、グレンはひたすら暗殺と殺戮のために作られた殺人マシンなのだ。到底、ダストルなどに敵う相手ではなかった。

 「こうしてはいられない! 早くフォレスト様に、お知らせしなければ!」
 ダストルはチラッとデスペラード兵たちの去った方角を見、踵を返してカナンへと走り出した。




第一章 第八話  凶星降りぬ!  ---了---




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