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長編小説 デュオの仮面騎士

文:カメ仙人



◆第一章 第二十一話  父よ! 母よ!◆



さて、どうやって王宮に忍び込んだものか。フェリオたち四人は、王宮を取り囲む城壁の前で、高く巡らされた石壁を見上げていた。乗り越えることは不可能ではない。だが、間断なく巡回してくる、兵の目をどうごまかすかが問題であった。

 「ユキに任せましょう」
 「えっ? この猫に?」
 二人のデスペラード人ははたと、純白の猫に目を向けた。確かに、ユキは色々な不思議な力を持っている。だが、果たして巡回の兵の目を誤魔化すなどということができるのだろうか? 

 「そうか! ユキならやってくれるよ!」
 フェリオがニヤリといたずらっ子のような目になる。銀河パトロール特級航宙士、キヨネ山本にもらったロボット猫、ユキならばきっとやってくれると信じて疑わない。

 「じゃあ、ユキ行って!」
 「ミャーッ!」
 ユキは一声鳴くと、軽々と壁を上って行った。何をする気だろうと、残された三人は興味深々で見つめる。アッと言う間に、城壁を上り切ったユキはスタスタと巡視兵に近づいて行く。

 「ミャーッ!」
 「はん?」
 不意に足下に獣の気配を感じ、兵士が足下を見た。と、雪の固まりのような小さな動物が彼を見上げていた。

 「なんだお前? 何処から紛れ込んできたんだ? ここは、お前のようなちっこい奴がウロチョロするようなところじゃないぞ。ほれっ、あっちへ行け!」

 口調は厳しいが、顔には笑みが浮かんでいる。こんな時のユキの甘えるような仕草は、どうしようもなく可愛い。どんな屈強な兵士であろうと、つい油断をしてしまうのだ。猫は、頭を足にすり寄せ、ゴロゴロと喉を鳴らす。兵士はしかたがないなあという表情で座り込み、頭を撫でてやった。すっかり油断し切っている。刹那、ユキの身体が飛んだ。フワリと兵士の膝に乗り、短剣の柄を咥える。同時に城壁の上を走り出した。慌てたのは巡視兵である。自分の短剣を猫に持ち逃げされたのだ。取り戻さなくては。急いで立ち上がり、後を追って駆けだす。

 「おいっ、こらっ! オレの短剣だぞ、返せ!」
 大声で怒鳴りながら後を追いかける。猫はちょっと走っては振り返り、相手が近づいてくるのを待ちかまえ、もう少しというところで、サッと身を翻して逃げる。それを何度も繰り返し、兵士は滑稽なピエロと成り下がっていた。仲間の兵たちも、助けるどころか、ゲラゲラと腹を抱えて笑うばかりだった。

 「よーしっ、誰か賭をしねえか? 猫が逃げ切るか、あのヤローが短剣を取り戻せるか?」
 やいのやいのと野次が飛ぶ。兵士は仲間に馬鹿にされ、顔を真っ赤にしてユキを追いかけ回す。しかし、猫の方が一枚上手だった。ヒラリヒラリと逃げ回り、決して兵士の手には捕まらない。そんな鬼ごっこが暫く続いた。兵士は疲弊士恨めしげにユキをにらんでいた。

「この悪戯猫め。」
 悔しさと恥ずかしさで、兵士は思い切り顔を顰める。そして、相手の隙を狙う。猫は短剣を口に咥えたまま、ジッと見上げていた。顔だけ見ていれば、実に愛らしい姿だ。しかし、戦士として最も大切な剣を奪った憎い奴。巡視兵は逃がさないように身構えながら近づいて行った。

 「ミャーッ!」
 と、猫は短剣をポロリと下に落とした。一瞬、唖然と兵は短剣と猫を交互に見つめる。どういうことだ? 何を企んでいる? また、何かを狙っているのだろうか? だが、兵士の戸惑いをよそに、猫は短剣をそこに置いたまま、チョロリと足下にまとわりつき、人なつっこく足に頭をこすりつけてきた。

 「がっはっはっはっはっはー! こいつは傑作だぜ! 猫の奴、遊んでくれてありがとうって言ってるぜ!」
 見ていた仲間の一人が腹を抱えて笑い出した。他の兵たちもつられて笑う。

 「チェッ、こいつオレをからかいやがって!」
 自分の短剣を鞘に戻しながら、巡視兵が苦笑する。大の男が猫に手玉に取られて遊ばれるなど最悪だ。しかし、愛らしい白猫に本気で怒るのも大人げない。ため息をつくと、巡邏に戻って行った。



 ユキが巡視の気を外している間、フェリオたちは城壁を越えていた。巡視兵も、他の兵もユキの方に注意を集中していて、全く気づきもしない。まるで無人の野を歩くほど簡単な作業だった。塀を越えた四人は素早く内側の木立の蔭に隠れた。中に入り込んでしまえば、こちらのもの。王宮内はカリムの庭だ。どのようにすれば兵に気づかれずに国王の居室に近づくことができるか熟知している。一行はカリムに先導され、奥宮へと進入して行った。

 「ミャーッ!」
 建物の蔭から蔭へと、身を隠しながら、進んでいたフェリオの足下で猫の鳴き声がした。そこには真っ白な雪の塊のような猫が座っている。ユキだ。猫は、さも誉めてくれとでも言いたげに髭をピンと張って、見上げている。

 「よくやった、ユキ。本当に賢い奴だ」
 フェリオに誉められると、ユキは満足そうに前足で顔を洗い、スルスルと肩に登って行った。

 「よしっ、あそこを入れば奥宮だ。国王の居室も直ぐだ」
 注意深く、周囲の気配を探っていたカリムが小声で囁く。全員が緊張した面もちでうなずいた。

 「ミャーッ!」
 「あらっ?」
 不意にユキの耳がピンと立った。ダイアナの瞳にも緊張が走る。

 「王子殿下?」
 「うむ、どうやら東門の方だな」
 騎士バランとカリムも鋭い目つきで東の方角をにらんでいた。遅れてフェリオも注意深くそちらを見る。何やら騒ぎが起こったらしい。何人もの兵士たちが血相を変えて走っていた。四人は顔を見合わせる。一体、何が起こったのだろう? もしや、獣神ゴーラを称するゲリオール・ウッズマンの手下が帰ってきたのかも知れない。だとすれば、グズグズできない。

 「行くわよ! 皆の注意が門に注がれている間に、国王を説得するのよ」
 「よしっ、こちらだ!」
 あの化け物が戻ってきたのなら、一刻の猶予もない。全員がカリムの後を追って駈けだした。



 東門では突然現れた騎竜の一団に仰天し、恐慌状態に陥っていた。騎竜を率いるのは、元竜騎将軍エルドラン。大空に燦然とはためく黒地に黄金の竜の紋章こそは、デスペラード最強の騎竜隊の旗印であった。門を守護する衛視たちの動揺は計り知れないものがある。王に反逆したとされる王子を庇護して、国を出奔したと噂される将軍と竜騎隊が、何故再び姿を現したのだ。兵たちは門前に集結し、エルドランの侵入を阻止しようとした。だが、そのようなことで前進を押しとどめることはできない。巨大なエルフォンの足に踏み潰されないように逃げるのが精一杯であった。誰もが将軍の率いる竜騎を恐れ、剣を向けることができない。

 「兵たち、吾に道を開けよ! 吾らはデスペラードに弓引く者ではない。竜騎将軍の名において、国王陛下に諌言申し上げに参上した!」
 将軍の大音声が門前に鳴り響く。竦み上がった兵たちは、一歩後退した。老いたりとはいえ、エルドランは歴戦の勇士、一介の兵士には雲の上の存在に見える。例え、反逆者の汚名を着せられてはいても、畏敬の人物であった。

 「将軍、待たれよ! おめおめと反逆者の侵入を許したとあっては、我ら門前守護隊の失態。国王陛下に会わせる顔がございませぬ! どうか、陛下のご指示を仰いでからにしてくださいませ!」
 門前守護隊長が、顔面を痙攣させつつ将軍に言上する。逃げたいのは山々であろうが、責任感が細い糸一本で彼をそこに押しとどめていた。見るからに及び腰であることは誰の目にも明らかである。

 「門前守護の役目ご苦労。だが、吾はもったいなくも、国王陛下直々に将軍を拝命した竜騎将軍である。何故、ご門を通り抜けるのに、陛下の許可を必要とする?」
 「そっ……それは……」

 これは、エルドランの全くの詭弁であった。国王デスロ三世から拝命した将軍位剥奪の詔はまだ出されてはいない。だから、エルドランはまだ将軍のままだと主張しているのである。本筋から言えば、反逆者、カリム王子に与した時点で将軍位は失ったも同然だ。だから、先ずは国王の許しを得てからという、守護隊長の言い分は尤もなものである。が、それをやって許可が下りるとも思えない。だから、将軍は詭弁を弄して門を押し入ろうというのであった。隊長にもそれは判っている。そして、それを看破して逆らったとして、門前守護隊に勝ち目はない。何しろ、相手はデスペラード最強を謳われる竜騎隊。それも、伝説の英雄エルドラン将軍の率いる隊だ。どう足掻こうと無駄に死人を増やすだけだ。

 「しょっ、将軍閣下、失礼をいたしました。どうぞお通りを!」

 愚か者との汚名を着ても、命を長らえた方が得策と判断した守護隊長が、ついに膝を屈した。どう頑張ったところで、勇猛果敢な竜騎隊に勝てるはずがない。それならば、エルドランの詭弁に乗る方がましだと判断したのである。それは兵たちも同じであった。あの化け物が恐ろしくて、唯々諾々と従っていたのだが、英雄エルドランならばなんとかしてくれるかも知れない。悪神ドードの下僕になど従いたくはないと言う思いも、彼らの中にはあったのかも知れない。エルドラン率いる竜騎隊は堂々と門をくぐり、王宮内へと歩を踏み出そうとした。だが、その行進は、わずか数歩で停止させられてしまう。

 「エルドラン将軍! いや、反逆者エルドラン、この先に行かせることはできぬ! 我ら、近衛隊の名において、貴様を討伐する!」
 「バルドー……」

 無駄な争いを避け、国王に意見できるかも知れないと思いかけていた、エルドランの顔が失望に変わった。騎竜に乗って現れたのは、近衛将軍バルドー。国王に盲従するだけの奸物であった。この男を説得するのは無理だ。国王陛下の命令ならば、どんなことでも平気でやるのが近衛将軍バルドーという人間だ。例え、デスロ三世が悪魔に魂を売ったと知っても、やはり何の躊躇いもなく従うであろう。実際、この男は何人もの己の部下を殺した獣神ゴーラに、国王が帰依したと知った途端、直ぐさま、後に続くことを躊躇いもしなかった。そして、日嗣ぎの王子を反逆者と断じた国王を諌めようともせず、殺そうとした男だ。

 「バルドー、貴様は悪神ドードに魂を売っても平気なのか? 貴様はデスペラードの騎士としての誇りはないのか?」
 竜上から相手の目を直視しながらエルドランは問う。本当にこれで良いのかと。

 「聞け! 吾ら、デスペラード人は戦神に祝福を受けた民だ! デスペラードに生まれたということは、生まれながらに戦士を血を受け継いでいるということなのだ。戦神は、正義の戦いで死んだ戦士の魂を尤も愛される。だが、悪神に魂を売った者の魂は決して許されない。その者の魂は永遠に地獄の業火に焼かれるのだ!」

 竜騎将軍は言葉を切り、目の前で前進を阻む、近衛将軍をにらみつけ、ユックリとその配下の竜騎士たちを睨みつけた。戦神信仰は何千年もの間、デスペラード人たちの魂に刷り込まれている。わずか数十日の獣神の恐怖信仰とは比べものにならないほどに根深く染み込んでいるはずであるとエルドランは信じている。力強い眼光でにらまれた騎士たちの表情に動揺が沸き上がってきた。だが、進んで動こうと言う者はいない。伏せた目をチラチラと同僚たちに向け、どうしたら良いのだろうと思案している様子だ。これならば、まだデスペラードは救われるかも知れぬ。老騎士の胸に少なくない希望が生まれつつあった。

 「死して後の救いなど、何ほどの価値がある?! 人は生きてこそ、子を産み、育て、そして国を創造することができるのだ! 獣神に帰依して何が悪い?! ゴーラは、我が国王に、世界の王の座を約束してくれた。我らは、世界を手に入れるのだ! 臆病者の戯言に貸す耳など持たぬ! 近衛隊、反逆者共を皆殺しにして、獣神に捧げるのだ!」

 「バルドー……」
 この男には道理は通じないのか……。かすかな落胆がエルドランを嘆息させた。

 「ではしかたがない。強行突破させてもらうぞ!」」

 言うなり、竜騎隊が動いた。猛将の率いる騎竜は一糸乱れぬ動きで門前を駆け抜ける。阻もうと近衛対が切り込んでくるのだが、全く歯が立たなかった。恐らくは悪神ドードの下僕の言いなりになるのを恐れる心が、切っ先に戸惑いを生じさせているのであろう。だが、竜騎隊には正義を行っているという自信と誇りがあり、剣にも、槍にも躊躇いはない。生まれながらに染みついているディーン信仰は、彼らの力を倍増させているようだった。これこそが、エルドランの心理作戦であった。敵の気分を萎えさせ、味方の志気をたかめる。そうすれば、最小の犠牲者だけで済ませることができる。今は敵対していようと、相手は同国人であり、かつては共に戦った戦友たちで あった。ここで勝利しようと、多くの犠牲者を出したのでは何もならない。結果はエルドランのもくろみ通りであった。内心の動揺を隠しきれない近衛隊は、揺るぎない信念に突き動かされている竜騎隊の敵ではなかった。ことごとく蹴散らされ、進入を許してしまった。



 何やら外が騒がしい。玉座の隣の居室でくつろいでいたデスロ三世は何気に外を見た。だが、東門から遠く離れた奥宮から門前の喧噪の様子が判る訳もなく、国王は首を竦め、不安に頭を抱えていた。もしかしたら、あの化け物が戻ってきたのかも知れない。世にも恐ろしい獣神。何物も殺すことも、傷つけることさえもできない不死身の悪魔。世界の王にしてやると言われたが、何処まで信じることができるであろう。いや、今はその気でも、いつ心変わりするか判らない。あの化け物は血に飢えた獣だ。わずかな理由で、その爪を自分に向けてはこないだろうか。恐怖が、いつも己の周囲にまとわりついているように感じる。遠く離れた隣国へ出兵して行った時は、どんな にか胸を撫で下ろしたか。あの化け物が傍にいるだけで寿命が縮む。もしかしたら、戻ってきたのかも知れない。そう思うと戦慄が走った。

 「陛下」
 「なっなんだ?」
 不意に背後から声をかけられ、飛び上がるほど驚いて振り返ると、王后が呆れたような表情で椅子に座っているのが目に入った。

 「私は、あなたがそのように臆病な人だとはちっとも知りませんでしたわ」
 后の皮肉のこもった笑みを、 真正面から受け止められず、デスロ三世は顔を背ける。だが、后の辛辣な言葉は更に続く。

 「血の繋がった我が子を、平然と殺せる人ですもの、獣神など恐れないのかと思っていましたわ」
 ほほっと高笑する王后を苦々しくにらむ。だが、彼女は意に介した様子はなく、更に辛辣な言葉を投げた。

 「我がデスペラードは戦神ディーンを奉ずる武勇の国でありましたのに、いつの間にやら悪神ドードの下僕の支配する国に落ちぶれて、なんて素敵なんでしょう!」
 「なっ……」
 口元は笑ってはいても、決して目は笑っていない后を見て、王は言葉を失う。彼女は腹を痛めた王子を傷つけ、反逆者に仕立てた夫を許してはいないのだ。

 「わっ、わしはデスペラード国王、デスロ三世だ! わしが決めたことに逆らうことは許さぬ! 例え、王子といえど、わしの王座を脅かす者は、反逆者だ!」
 「そうでしょうとも、あなたはカリムを恐れていた。あの子は生まれながらの戦士でした。兵たちは、あなたよりもカリムを慕っていました。常に戦場に赴き、先頭を切って剣を振るう。誰もがあの子を戦神ディーンの申し子と讃えていたわ。だから、あなたはカリムが怖かった。いつかあの子があなたの王座を奪うのではないかと」

 「后……」
 もはや王后は笑ってはいなかった。キッと鋭い眼差しで己の連れ合いを見つめている。臆病者の国王は、自分の息子を恐れていた。いつかは玉座を奪われるのではないかと常に心配していた。そして、獣神に襲われたのをきっかけに、王子を亡き者にしようとしていると、告発しているのだ。

 「それは……」
 「違うとでもおっしゃるの? では何故、カリムヲ背後から襲うようなことをなされましたの? あの子はただ、私を助けたい一心で、王である証の宝珠を求めただけだと聞きましたわ。それなのに、あなたは、卑怯にも背後から短剣をカリムの背に……」

 「だっ、黙れ! それ以上無礼を申すと、后と言えど許さぬ!」
 「許さぬのは私です。我が腹を痛めた王子を傷つけた恨み、死ぬまで決して忘れませぬ」
 「おのれ! 我が后だと思えばこそ、甘い顔をしておれば、言いたい放題!」
 カッと顔を朱に染めた国王の手が剣を引き抜く。そして、剣はそのまま后の胸に……

 「ぎゃっ!」
 恐ろしい悲鳴が室内に轟く。床の上にはポタポタと血が滴り落ちている。驚愕に見開かれる目。デスロ三世の手から血に染まった剣がカタンと音を立てて床の上に落ちた。次の瞬間、国王の腕に噛みついていた白い獣が、床の上にトンと降り立つ。雪のように白い猫、ユキであった。猫はペロリと口に付着した血を嘗めると、ヒラリと身軽に窓枠に飛び乗り、そこにいた人物の腕の中に飛び込んだ。

 「……カ……カリム……?」
 王后の唇から王子の名がこぼれ落ちる。怒りに満ちていた瞳に優しい光が蘇ってきた。実の父親に背後から刺され、もしかしたら死んだかも知れないと案じていた我が子が今、目の前にいる。室の窓を越え、長身を屈めて入ってきた王子を母は震える唇で呼んだ。もしかしたら、これは幻? 触れようとしたら消えてしまう幻影? 会いたい、会いたいと願う心が見せた蜃気楼かも知れない。

 「母上、お久しぶりでございます」
 デスロ三世が落とした剣を拾い上げ、母に向き直ったカリムが深々と頭を下げた。本物の王子? 母后は恐る恐る手を伸ばし、我が子の身体に触れる。まだ逞しいとは呼べぬ、少年の腕は確かに存在していた。

 「カリム……生きていたのですね?」
 「はい。竜騎将軍と騎士バランのお陰です。それに、月神シャラが私を導いてくれました」
 「エルドランが? そうですか、あのデスペラードの英雄が……」
 こぼれ落ちる涙を拭うこともできず、母后は我が子を抱く。いつの間にか、母よりも背が高くなっている。だが、そんなことは何も関係はない。母にとって、王子はいつでも愛しい幼子であった。

 「父上」
 優しく母に向けられていた目が父に向けられる。国王はドキリと一歩後ずさった。反逆者の汚名を着せて屠ろうとした王子カリムが戻ってきた。一体、何のために? 己を殺そうとした父を殺しに? きっとそうに違いない。卑怯にも、背後から短剣を突き刺した父、デスロ三世。そして、名誉ある戦神ディーンの祝福する国を、悪神ドードの下僕の支配する国にしてしまった王への復讐のために、王子カリムは帰ってきたのだ。

 「父上、お願いがあります」
 「ねっ……願い?」
 父の落とした剣を片手に、王子は真っ直ぐに視線を向ける。目には怒りも、憎悪もない。ただ、真摯な輝きが瞳の中に見えるだけであった。

 「退位してください。あなたには国を治める資格はありません。いくら獣神が恐ろしかったといえど、悪神の下僕に帰依するなど以ての外です。我ら、デスペラードは戦神ディーンに祝福された民。それなのに、悪魔の手先に成り下がるなど決して神は許されないでしょう」
 ついと足を一歩踏み出し、剣を父の喉元に突きつける。デスロ三世の顔が怒りと屈辱でどく黒く変色した。視線は喉元に押しつけられた剣から離すことができずにいる。

 「……父を殺せ。そして、王座を奪うがよい。そうすれば、そなたも、わしと同じ悪魔の手先じゃ。親殺しこそ、悪神ドードが最も喜ぶ最高の悪。きっと、喜んで迎えてくれようぞ!」
 カリムの表情にわずかな動揺が見えた。例え剣を突きつけてはいても、相手は実の父親。決して殺したいわけではない。ただ、素直に王座を譲ってくれさえすれば、命まで取ろうとは思ってもいない。そんな心の隙を父は突いてきた。殺されようと、王座を渡すつもりはないと突っぱねれば、王子は諦めるに違いないと計算したのである。臆病ではあっても、狡猾な男であった。

 「父上! あなたでは、今のデスペラードを獣神から解放することはできません。いや、私でも無理かもしれない。でも、命懸けで戦えばあるいは勝利することができるかもしれません。父上、あなたに命をおしまず戦うことができますか? それならば、私は喜んであなたに従い、戦いましょう」
 息子にジッと見つめられ、デスロ三世は言葉に窮した。なんと答えればいい? 王座を渡さぬと言えば、自ら獣神と戦わなくてはならない。戦いを避けようとすれば、王座を渡さなくてはならない。どちらの選択もできない相談だ。

 「何故、獣神の信者であってはならないのだ……」
 呻くような小声で国王は抵抗した。獣神に従うことはそんなに悪いことなのか? 悪魔に魂を売ろうと、生きていたいと思うことがそんなに罪なのか? 見苦しくてもいい。生きていたい。そして、王であることを止めたくもない。

 「父上、あなたと言う人は……」
 カリムの口から嘆息が漏れた。これほどまでに情けない人間だったのか。確かに、父、デスペラード国王は立派な王ではないと感じてはいた。だが、少なくともまともな人間だと信じていた。それなのに、何故獣神に従ってはいけないのかと逆に問うような人間であった。

 「父上には失望しました。あなたには永遠に善神の祝福は降りないでしょう」
 カリムは落胆し、剣を下ろした。この人には何を言っても通じない。欲と自己愛しかない人なのだ。例え、悪魔に魂を売ろうと、自分さえ助かれば良いのだ。自国の民も、部下も、己の家族のことさえ頭にはない。

 「母上、私には父を殺すことはできません。だからと言って、悪神ドードの下僕に従うこともできません」
 「カリム……」
 ハッと母后が顔を上げる。そして、息子の顔色を見て、自分自身も蒼ざめた。母親の直感で、息子が何を考えているのかを悟ったのである。

 「私は国を去ります。母上、お体を大切に……」
 やはり出て行くつもりなのだ。いくら説得しようとしても心を変えない父を見限り、野に下ろうとしていた。

 「陛下!」
 「なっ、何だ?」
 いつにない后の強い声音に、デスロ三世が顔を引きつらせた。何を言うつもりだ?

 「私も、カリムと共に出て行きます。このような悪魔に支配された国など、何の未練がありましょうか」
 王后は、婉然と微笑み、国王を一瞥し、シャンと背筋を伸ばして息子の傍らへと歩いて行く。もかや、このように悪魔に支配された国にも、夫にも未練はない。例え、野ざらしの死骸になろうとも、神への道を選ぶ。それが、デスペラード王妃としての最後のプライドであった。



第一章 第二十一話  父よ! 母よ! ---了---



PAGETOP


◆第一章 第二十二話  一つ目の獣人!◆



 近衛将軍の騎竜は、エルドランの率いる竜騎隊の敵ではなかった。獣神の恐ろしさに嫌々従っていた騎士たちと、戦神を心より信頼し、正義を行っていると確信している騎士とでは、その覇気が異なっている。絶対に負けられぬ。己の愛する国を悪魔の手から取り戻すという信念が、竜騎隊に普通以上の力を与えていた。エルフォンにまたがり、向かってくる敵を打ち払う剣に迷いはない。怒濤のように駈ける竜の軍団は門前を突破し、奥宮へと侵攻して行く。

 「将軍、あれは……?」

 併走していた副将軍オルトリオが何かを目敏く捕らえ、将軍に耳打ちした。エルドランの騎士の目も、すでにそれを確認している。奥宮へと続く回路で何やら黒い物が蠢いているのだ。あの大きさはエルフォンの十倍はある。それに、何かグニャグニャした奇妙な感じがする。

 「グリズドーだ!」

 先頭を走っていた騎士が悲鳴のような叫び声を上げた。グリズドー、それはデュオに生息する不定形の巨大原生動物だ。だが、何故このようなところにいる? グリズドーは山奥深くの乾いた岩場に棲んでいるはずの生き物であるはず。それなのに、何故、こんなデスペラードの王宮内にいるのだ? 

 「火矢を仕え! グリズドーは火に弱い!」

 エルドランの指示は、直ちに隊の後方にいた弓士に伝わった。彼らは矢筒から矢を取り出すと、用意された松明の火を移す。

 「射よ!」

 号令一下、火矢が原生動物に向かって放たれる。炎を宿した矢は的に一直線に飛ぶ。竜騎隊の騎士は鍛え抜かれた者揃い、矢の腕も超一流である。狙いは違うことなくグリズドーの中心へ。だが、火矢が命中しようとする刹那、触手が動いた。ビュンと鞭のようにしなり、火矢を叩き落とす。無数に存在する原生動物の触手は、飛来する火矢を次々と払い落として行った。

 「馬鹿な……」

 驚愕に目を見開く一同。知恵のない原生動物に、事前回避能力があったとは聞いたことがない。奴らは、食本能だけの生き物で、事前に危機を感じて、回避行動を起こすことなどないはずである。奴らが動くのは、実際に火矢が身体に突き刺さり、熱を感じて初めて、逃げ出すなり、火を消そうとするものなのだ。それなのに、何故、火矢を叩き落とすことができたのだ? 

 「奴は普通のグリズドーではないかも知れぬ。油断するな!」

 エルドランが部下に注意を促す。騎士たちも愚かではない。すでに、目の前に蠢いている原生動物が普通ではないことに気づいていた。だが、どう戦えばよい? グリズドーは剣で突いても、槍で刺しても倒すことのできない相手だ。唯一の弱点である火を触手で叩き落とされては手だてがないように思える。

 「油を持ってこい!」
 「はっ? しかし、それでは王宮に火が……」
 「それは後で考える。先ずは奴を倒すのだ!」

 エルドランは決然と命じた。王宮内の狭い回路で火を放てば、王宮の建物に延焼する危険が高い。しかし、それを恐れていては目の前の化け物を倒すことはできない。一か八かやるしかない。

 「持って参りました」

 数人の騎士が油壷を持って走ってきた。エルドランは、黙ってうなずくと、油を原生動物に振りかけるように命じた。騎士たちは、四方に散り、油壷を原生動物に向かって放る。火ではなく、油に対しては、警戒をしていないのか、グリズドーの触手は積極的には動かない。次々と降りかかってくる油に、全身を光らせ、グニグニと身体を身悶えさせている。もしかしたら、油を食物の一つとして、身体に取り込もうとしているのかも知れなかった。

 「よし、松明を投げろ!」

 将軍の命令に、次々と松明が投げられた。今回も、触手が払い落とそうと延びてくる。だが、触手の先にまで振りかけられている油に火の粉が降り注ぎ、パッと火の花が咲いた。次々と燃え上がっていく油。肉の焦げる嫌な臭いが周囲に充満する。声にならない悲鳴が原生動物から発せられた。身悶えし、炎の中でグリズドーが転げ回る。

 「よしっ、奴は、もう我らなど眼中にない。行け!」

 竜の一団は燃えさかる原生動物を避けるようにして、奥宮へと突き進んで行こうとした。先頭集団が脇を通り抜け、通り過ぎようとした時、炎の鞭が飛来した。驚いた騎士が剣で打ち払う。だが、鞭はスルリと切っ先を避け、腕にからみつく。

 「うわーっ!」

 騎士の悲鳴に、隊が凍りつく。炎で焼き殺したはずのグリズドーから触手が伸び、騎士を竜上から引きずり下ろしたのだ。まさか、そのようなことが? 火で焼いても死なないグリズドーが存在するとは信じられない。あまりの出来事に、全員の頭が恐慌状態に陥ってしまっていた。唯一の弱点である火でも倒せない化け物。そんな化け物が存在するとは信じられない。

 「将軍、もしや獣神ゴーラの呪いで……」
 「ゴーラの呪い?」

 オルトリオが思わず口走った言葉に、さしもの竜騎隊にも動揺が走った。あの不死身の化け物、獣神の強さが脳裏に蘇る。剣も、槍も、炎ですら倒すことのできない不死身の化け物。あの獣神の強さを目の前の原生動物が受け継いでいる。もしそうであるなら、到底勝ち目はない。唖然と見つめている騎士たちの目の前で、仲間の騎士はグリズドーの体内へと吸収されて行く。

 助けようとした仲間も、別の触手に捕らわれ、引きずり込まれて行った。焼けた原生動物の表面がボロボロと崩れて行き、半透明の腹部が現れ、引きずり込まれた騎士たちの死骸が無言の死の踊りを踊っているのが見える。強力な消化液は、犠牲者の皮膚を溶かし、筋肉をあらわにし、やがては骨に変えて行った。これが獣神の呪いか? 青ざめた騎士たちの目は、恐怖の見せ物から離れることができずにいた。

 「将軍、あちらにも!」

 ふと視線を外した騎士の目が別の原生動物の蠢く姿を捕らえた。ギョッと一同の目がそちらを見る。その目が数匹の世にもおぞましい姿を見た途端、彼らの緊張の糸が切れた。

 「引き上げろ! あの化け物を突破することは不可能だ! この場は一旦引き上げだ!」

 たった一匹でも、難儀しているのに、何匹ものグリズドーに出てこられては、これ以上の前進は無理だ。エルドランの判断は素早かった。竜首を巡らせ、騎竜の一団は後退を始めた。



 もはや、こんな男と共に生きることはできない。デスペラード王后は、一粒種の王子と共に国を捨てる覚悟であった。決然と別れを告げ、去り行く后をデスロ三世は呆然と見送る。王子が去り、后が去って行く。国王の威信など、いかほどにも感じていない母子。一体誰のために国を守ってきたのだ? 妻を守り、子を育ててきたのは、王である自分の威光があればこそ、安穏とした日々を過ごせたのではないのか? 臆病な王だと家臣に見くびられながらも、王という職務を行ってきたのは、皆、お前たちに贅沢させるためだったのではないのか? それを、勝手な言い草で罵り、去って行こうとする。ガックリとうなだれていた国王の目に怒りの炎が燃え上がった。

 「行かせぬぞ、アンナルシア!」

 不意に、顔を上げたデスロ三世が怒りの炎を上げた。王后は足を止め、ユックリと振り返る。

 「アンナルシア……、懐かしい呼び方……。あなたが私をそう呼ばなくなって何年になるかしら?」

 后の顔に笑みが浮かぶ。別れを目の前にして、懐かしい日々が思い出されてきた。若き日、親に命ぜられて王宮に上がった日。顔も見たことのない日嗣ぎの王子に嫁いだ日。戦神の末裔と言われるデスペラード王家の王子。きっと、山のように大きくて、熊のように恐ろしい男だろうと想像していた。だが、実際に会ってみると、おとなしい、優しそうな少年だった。この人とならやって行ける。そう思って安心したことが懐かしい。

でも、大人しそうと見えたのは、ただの陰気な性格で、優しそうに見えたのは、小心で臆病なだけだと悟るのに、そう時間はかからなかった。だが、それでも一緒にいようと思った。この人を支えられるのは自分だけだと思ったから。でも、もうそれもおしまい。血を分けた我が子を自己保身のために殺そうとする男を愛することはできない。

 「行くな! 命令だ、アンナルシア、国を出ることは許さぬ!」

 こんな男でも、自分を愛していてくれるのだろうか? 我が子は見捨てても、后である自分は大切に思っていてくれる? ふと、后の心が微妙に揺れ動いた。

 「お前は人質だ! カリムはきっとわしを殺しにくる。その時のための人質だ。行かせはせぬぞ!」
 「あなたという人は……」

 なんという情けない男なのだろうか。アンナルシアの胸中に北風が吹き抜ける。少しでも愛されていると思ったのは幻だった。この人の心には、己のことしかない。子も、妻も心配の外なのだ。何故、カリムが父を殺せなかったのか理解できないのか? 殺そうと思えば、殺せたのに、何故諦めた。そんなことも分かろうとしない男。

 「あなたには心から失望しました。行かせぬと言われるのならば、私を殺しなさい。愛する息子の足枷になるくらいなら、死を選びます」
 「母上!」  「カリム、私のことは心配しないで。行きなさい」
 「しかし……」

 戸惑う王子に背を向け、夫に向き直る。アンナルシアの瞳は、ハッキリと意志を伝えていた。人質になるくらいなら、死を選ぶ。婉然と微笑む后をデスロ三世は憎しみのこもった目でにらみ返した。

 「そんなに死にたいのならば死ね!」

 憎悪に歪んだ口から呪いの言葉が発せられた。同時にデスロ三世は壁に向かって走り出す。逃げる? だが、そちらに出口はない。では何を? ハッと警戒する目の前で、国王が壁の鎖を引いた。

 「何を?」

 唖然と見つめるカリム。次の瞬間、目の前の壁が大きく開いた。いつの間に、こんな仕掛けを? 驚愕で痺れた瞳に、壁の中から出てくる物体が写る。あれは一体何だ? 化け物か? 全身黒い獣毛に覆われた巨人。身の丈は三メートルはあるだろうか、顔の中央に一つだけ開いた黄色い目が不気味に光っている。

 「あれが、獣神?」

 いつの間に室内に忍び込んでいたのか、プラチナブロンドの美女がカリムに問う。だが、王子は首を横に振った。

 「あれは私の知っている獣神ではありません。獣神ゴーラも巨人ではありましたが、一つ目ではありません。人間と同じ二つの目を持っていました。それに、毛深いとはいえ、あのような本物の獣のようではありませんでした」

 カリムは用心深く新来の化け物を観察しながら、ダイアナに答える。

 「うわっはっはっはっはっは! これは獣神ゴーラが万一の時のために残しておいてくれた、獣人だ!」
 「獣人?」
 「そうだ、ゴーラの魔力によって動く、不死身の化け物だ! 行け、獣人! デスペラード王に反逆する愚か者共を殺してしまえ!」

 デスロ三世の命令に、獣人がのっそりと動き出した。丸太のように太い腕が王子に向かって伸びてくる。動きは鈍重で、首を捕らえられる前に、後方に逃れた。これなら倒せる。カリムは腰の剣を抜き、獣人に斬りつけた。狙うのは、首筋、いくら化け物でも、首を切り落とされてしまえば死ぬに違いない。だが、刃が触れた途端、カチンという金属音と共に跳ね返されてしまった。なんという堅い首だ。驚愕に目を見開きながらも、第二の刃を腹に突き刺そうとした。しかし、結果は同じだった。堅い金属音と共に剣は跳ね返されてしまう。

 「こいつは、あの獣神と同じ不死身の化け物だ!」

 カリムが口惜しそうに獣人をにらむ。これではどうしようもない。こんな剣の効かない相手をどうやって倒したらいいのだ? 

 「王子、オレに任せて!」
 「なっ?」

 不意に少年の声がして、何者かが窓から飛び込んできた。手に握られているのは小さな円筒形の筒。

 「フェリオ、無理だ! あいつには歯が立たない」

 無謀にも突進して行く、年下の少年にカリムが叫ぶ。だが、フェリオには届かない。大きく両手を振りかぶり、獣人に躍りかかった。

 「フェリオったら、無理しちゃって」

 ダイアナがおかしそうに小さく微笑んだ。噂には聞いていたが、無鉄砲な少年だ。勝てないかも知れない獣人にも恐れずかかって行く。

 「フェリオ、無理だ! そいつには剣も利かない!」

 カリムが加勢しようと身構える。実際に剣を振るって判った。あいつは獣神と同じ、不死身の化け物だ。それを素手で立ち向かうなんて、無謀を通り越して、馬鹿だ。

 「食らえ! レーザーソードだ!」

 獣人に体当たりする寸前、フェリオは筒のボタンを強く押した。途端、眩しい光芒とと共に光り輝く剣が出現した。レーザーソードだ。光の剣は真っ直ぐに獣人の胸を貫く。

 「そっ……そんな馬鹿な……。獣人を傷つけることのできる剣が存在するとは……」

 ポッと獣人の胸に開いた穴をデスロ三世が呆然と見つめた。剣も槍も通さぬ堅い獣人を傷つけることができる剣が存在するはずがないのだ。

 「ウガガガガーッ!」

 胸から真っ黒な血を流しながら、獣人が吠えた。額の中有に開く眼が金色に輝き始める。

 「フェリオ、気をつけて! 何かする気よ!」

 獣人の異変に気づいたダイアナが叫ぶ。同時に一つ眼から光線が迸った。フェリオが直撃を避けて、床の上に転がる。同時に、今までいた床が溶岩のようにドロリと溶けた。凄まじい威力を持つ熱戦だ。獣人の首がぎこちない動きで少年を追う。だが、素早く立ち上がった標的は、一つ眼から巧みに逃れ、再びソードで斬りかかった。光の刃が化け物の首を薙ぐ。ジュッと言う獣毛の焦げる臭いと同時に、獣人の首の半分が吹っ飛んだ。さすがの光の剣も、頑丈な獣人の首を両断することはできなかったようだ。だが、それでも重量のある頭部を支えることはできないらしく、ブランと胸の辺りにブラ下がるように落ちた。

 「やったな!」

 カリムがニヤリと笑みを浮かべて、獣人に近づこうとした。

 「だめ! まだ奴は死んではいないわ!」
 「えっ?」

 ハッと立ち止まったカリムの足下に、一つ眼から放たれた熱戦が突き刺さった。ドロリと溶けた床から慌てて飛び下がる。首を半分絶たれても、生き続けるとは、なんたる化け物。

 「フェリオ、奴の急所は腹よ! 腹の中心をソードで貫くのよ!」

 ダイアナの言葉が終わらぬ間に、フェリオの剣は敵の腹を狙って突き出される。筒のボタンに手をかけ、力一杯突き出す。白銀の光が刃と化し、獣人の臍を貫いた。途端、獣人の動きが止まる。

 「伏せて! 爆発するわ!」

 ダイアナが跳躍し、フェリオを抱きかかえて床に伏せる。カリムも母を抱き、床の上に倒れ込んだ。何が何だか理解していないデスロ三世も、慌てて床に伏せた。


第一章 第二十二話  一つ目の獣人! ---了---



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◆第一章 第二十三話  再会! ◆



 フェリオのレーザーソードが獣人の腹部を貫いた途端、閃光が走り、激しい爆風が室内を突き抜けた。天井に下がった見事なシャンデリアは吹っ飛び、 バラバラに雨と降りそそいだ。壁際に飾られていた甲冑は四散し、大理石の代々の王の胸像は跡形もなく粉砕されてしまった。

 「なっ……なんてことだ……」

 爆風の収まった室内を見て、デスロ三世は慨嘆の声を上げた。だが、カリムたち、侵入者には何の感慨もない。ただ、獣神の残して行った獣人を倒せることができたという事実だけが彼らに勇気を与えていた。あの強固な皮膚を持つ獣人を倒すことができたのだ、

 「フェリオ、よくやったわ!」

 ユックリと起き上がったプラチナブロンドの美女が少年の頭を撫でた。フェリオはもう子供ではないとでも言いたげに、渋面を造る。だが、ダイアナは気にするでもなく、婉然と微笑んだ。

 「さすが、デュオの青い虹、フェリオね」
 「デュオの青い虹?」

 ダイアナの言葉に、デスペラード人たちが一斉に視線を集中させる。デュオの青い虹とは、デュオに伝わる伝説の英雄だ。アルディオンの神子を守護し、デュオを解放すると言われる勇者の名前だった。その名を何故、このような未熟な少年に……?

 いや、だがしかし、目の前で起こった事実は何だ? カリムの剣を全く受けつけなかった獣人を、いともアッサリと倒してしまっている。もしかしたら、この少年は獣神でさえ倒してしまうかも知れない。ふと人々の心にそんな希望の炎が見えた。

 「獣神ゴーラは、こんな鈍重な獣人とは違う! そんな子供に倒せる相手ではない! いくらデュオの青い虹とはいえ、倒せるものか!」

 だが、デスペラード王の心にに巣くった獣神への恐怖は、そんなささやかな希望の炎を吹き消してしまった。あんな化け物にかなう人間など存在するはずがない。まして、こんな少年に倒せるなどとはとても信じられなかった。

 「母上、我らには、英雄デュオの青い虹が味方してくれています。それに、月神シャラも我らの傍らに……」
 「月神シャラ?」

 驚いて息子の顔を見る母親に、カリムは微笑んでダイアナを目線で示す。王后、アンナルシアは今初めて気づいたかのようにプラチナブロンドの美女を見た。なんと美しい姿をした女性なのだろうか。月の光がそのまま具現化したように美しく輝くプラチナブロンドの長い髪、そして抜けるような白皙の美貌、深い湖を思わせるようなエメラルド色の瞳、正に美の女神そのものであった。

 「なんてきれいな女性……」

 女の、アンナルシアでさえため息の出るような美しき女神がそこにいた。デュオの伝説の英雄と幸運の女神が自分たちに味方してくれている。なんと頼もしい援軍なのだろう。そして、傷つき、倒れ、行方不明になっていた息子がここにいる。

 「これも全て戦神ディーンのお導き……。もはや私には何の憂いもありません。全てあなた方に任せます」

 王后は微笑み、息子の身体を抱きしめた。

 「月神シャラに、デュオの青い虹だと?! 馬鹿馬鹿しい! そんな物が存在しているはずがあるか!」

 デスロ三世が吐き捨てるように叫んだ。だが、そんな非難は、母子には何の感銘も与えなかった。ただ、不死身とも思える獣人を倒した英雄と、月のように美しい女神が目の前にいるだけであった。

 「ミャーッ!」

 不意に、ダイアナの足下でユキが耳をピンと立てた。同時にフェリオが弾かれたように窓に走る。窓外では、騎士バランが惚けたように一点を見つめていた。空が真っ赤に燃えている。いや、そうではなく、奥宮に続く回廊で何かが燃えていた。その周囲には数十の騎竜が見える。そして、手前には、モゾモゾと蠢く巨大原生動物の姿があった。

 「ゴーラの呪いで、不死と化したグリズドーだ」

 背後で陰気な声がした。ハッと振り向くと、デスロ三世が嘲弄の笑みを浮かべている。獣神がデスペラードを出国して行く時、残して行った化け物だ。グリズドーはただでさえ始末に困る生き物だ。それが、ゴーラの呪いによって、不死にされている。あれは、自分の留守に敵が攻めてきた時のための防衛と、デスロ三世が裏切らないための縛めなのだ。もしも、獣神を裏切ったと判明したら、あの化け物は守りではなく、攻撃してくるであろう。例え、獣人を倒したからといっても、あのような不死の生き物を倒すことなど誰にもできない。

 「だから言ったのだ。獣神には決して逆らえないと……」

 どす黒い顔色の国王は自嘲の笑みを浮かべた。例え月神が味方しようと、青い虹が出ようと、この国は獣神の支配から逃れることはできない。どんなに努力しても、どうしようもないことはあるのだ。父の目に、そんな諦めの色を見て取って、カリムは愕然となった。

 「カリム王子! あの旗印は竜騎隊のものです!」  「では、あそこで戦っているのはエルドランの騎竜か?」

 カリムの表情が瞬時に蒼ざめた。エルドランは、唯一カリムを信じ、守ってくれた将軍だ。重傷のカリムを庇い、追っ手にたった一人で立ち向かい、死んだと思っていた。だが、彼の部隊がグリズドーと戦っている? まさか、エルドランは生きていた? 

 「王子、エルドラン将軍です! あそこに見えるのは、間違いなくエルドラン将軍です!」

 バランの瞳がキラリと光って見えた。自分たちを助けるために死んだと思っていた将軍が生きていた。そのうれしさのため、目が潤んでしまっていた。

 「エルドランが生きていた!」

 カリムの顔にも喜色が浮かぶ。

 「でも、苦戦してるみたいよ。助けに行かなくちゃ!」

 素早く状況を判断したダイアナが外に飛び出す。カリムとフェリオもその後に続いた。残されたのは国王と后のみ。

 「私はカリムを誇りに思います。例え、化け物に殺されることがあるとしても、勇敢に戦った王子を誉めてやりたい」
 「……」

 后の言葉は、王に届いたのか、何の反応もない。しかし、アンナルシアはそんなことに頓着せず、真っ直ぐに戦いの場に駆けて行く我が子の後ろ姿を見つめていた。

 「……もしも……」
 「何かおっしゃいました?」
 「うむ……。もしも、カリムがグリズドーを倒すことができたなら……」

 途切れ途切れに現デスペラード国王は言葉を紡ぐ。后は黙って続きを待つ。二人の間には冷たく転がる獣人の首が転がっていた。

 「わしは玉座をカリムに……」
 「何ておっしゃいました?」
 「わしは退位する。王冠をカリムに譲ると言ったのだ」
 「そう……」

 アンナルシアは何も言わず、黙って夫を見つめる。あれほど王座に執着した男だったのに、何がその心に起こったのだろうか? こうなることを予想していたのか、后は驚いた風もなく黙って微笑んでいる。

 「わしは疲れた。王であるために、いつも虚勢を張っていなくてはならなかった。前国王と比べ、わしは何の取り柄もない王であったから、虚勢を張らねば耐えられなかったのだ、遅いかも知れぬが、今、やっと悟ったよ……」

 蹲り、独白する夫をアンナルシアは静かに見下ろす。臆病で小心な男。普通の民草の家に生まれていれば、ごく平凡な一生を送ることができたであろう。それがこの男にとっては一番の幸せだったのかも知れない。しかし、男は王家に生まれてしまった。それも、嫡男として。王として生きることがどれほど重荷であったろう。そして、生まれた王子が自分にないものを持ち合わせていると知った時の屈辱。カリムは生まれながらにして、デスロ三世が望んでいた王としての資質を持っていた。民も、臣もカリムに全幅の信頼を向けている。親として、それが嬉しくないわけではなかった。

だが、それは同時に耐えられないほどの嫉妬と屈辱をもたらした。いつかは王子が自分を廃し、王座に着くのではないかという疑念を持つようになってしまっていた。凡庸な才能しか持ち合わせてはいない男であったが、人一倍の欲心だけはあった。王座に執着し、失うことに恐怖していた。そんな彼の前に現れたのが獣神ゴーラだった。ゴーラは世界の王にしてやると約束してくれた。何の才能もない王を心の底では軽蔑している家族や臣民を見返してやれると思った。悪魔の力を借り、権力を手に入れることを夢見たのだ。いや、それは自分に対する言い訳だ。

本当は圧倒的な力を持つ獣神が怖かっただけなのだ。恐ろしい爪に引き裂かれた兵たちの姿を見て、心が凍りついてしまった。助かりたい。ただ命が惜しくて、悪魔の言いなりになってしまったのだ。

 「では、私も離宮に移らなくてはなりませんね」  「お前もきてくれるのか?」

 意外そうな顔を向ける夫に、后はただ微笑んでいるだけであった。



 如何なる攻撃も受けつけない化け物に、一度は後退を決意したエルドラン将軍であったが、気づいた時、彼らはグリズドーに周囲を取り囲まれてしまっていた。脱出するにも逃げ道を塞がれてしまい、騎竜の群は立ち往生してしまっている。右往左往している間にも、原生動物の触手は得物を捕らえ、ブヨブヨとした半透明の腹に引きずり込んで行く。獣王、エルフォンの堅い鱗は無理としても、柔らかな人間の皮膚は瞬く間に消化されて行った。ジワジワと輪を縮めてくる人喰い原生動物に追いつめられ、竜騎隊は為す術もなかった。

 「エルドラン、何を怯えておる! そんなことでは竜騎将軍の名が泣くぞ!」

 不意に己の名を呼ばれ、将軍がハッと顔を上げた。今の声はまさか? 驚愕の目で近づいてくる若者の一団を見る。先頭を走るのは、輝くようなプラチナブロンドの美女だ。続くのは、騎士。

 「バラン……生きておったのか……」

 あの日、傷ついた王子を任せた若い騎士、バランであった。そして、その後ろには……、背の高い少年。間違いなくデスペラードの日嗣ぎの王子、カリムであった。生きていた。あの王子が。

 「おおっ、ありがたい! 戦神ディーン、感謝しますぞ!」

 己の窮地も忘れ、エルドランは空を見上げた。その瞬間、原生動物の触手が、将軍目がけて飛んでくる。慌てて避けようとしたが、ネバネバと粘液を滴らせた触手は老将軍の左腕にからみついた。油断だ。このままでは引きずり下ろされてしまう。エルドランは咄嗟に剣を触手に叩きつけた。ブツッという鈍い音を立て、長虫のような触手が切断される。しかし、次の瞬間、別の触手が剣にからみついた。エルドランは剣を奪われぬよう柄を力一杯引く。が、新たに出現した触手が再び左手にからみついた。左右から引かれる形になった将軍は動きを封じられてしまった。

 「エルドラン!」

 老将軍の危機を察したカリムが絶叫する。命がけで自分を助けてくれた竜騎将軍。なんとしても助けなくては。腰の長剣を抜き、足を早める。

 「ユキ、頼むわよ!」
 「ミャーッ!」

 傍らを走る純白の猫にダイアナが命じると、ユキは走るスピードを上げ、グリズドーの中へと突っ込んで行った。小さな獣は、原生動物の触手を巧みに避け、すっかり触手にからめ取られてしまった将軍に向かって跳躍した。

 「ユキ?」

 驚いたフェリオが息を呑む。白猫はエルドランを拘束している触手に牙を立てる。途端、閃光が走り、黒焦げになった触手がボロリと落ちた。ユキは直ちに身を翻し、別の触手へと噛みつく。同時に黒焦げの触手が落ちた。

 「凄い! ユキって本当に何でもできるんだ!」

 キヨネにプレゼントされた猫であったが、本当に毎回驚かされる。ただの愛玩用の猫ではないことだけは判っていたつもりであった。しかし、目からレーザーを発射したり、傷口を嘗めて消毒し、噛むことによって傷を縫合する。そして、今度は、牙でグリズドーの触手を一瞬にして黒焦げにしてしまった。

 「フェリオ、ユキのやることを見ていて!」
 「えっ? あっ、うん!」

 ポカンとしているフェリオにダイアナが注意を喚起する。フェリオは慌てて、ユキのやることを注意深く見つめた。白猫は、エルドランの縛めを噛みきると、身を翻して、原生動物の中心へと跳躍した。アッと驚く人間たちの目の前で、猫はグリズドーのブヨブヨの本体の中へと沈み込んで行く。半透明の組織を通し、ユキの姿が見え隠れする。そして、ほぼ中心にまで沈み込んだところで、ユキが行動を起こした。外からはよくは判らないが、何か黒い箱状の物を口にくわえたようだ。次の瞬間、閃光が走り、小さな爆発が起こった。やがて猫は、何事もなかったように原生動物の中から這い出てくる。

 「一体何を……?」

 唖然と見つめる少年に、ダイアナが微笑んで原生動物を指さした。ユキがヒラリと地上に降り、まるで判ったかとでも言いたげに、こちらを見る。

 「ミャーッ」

 一鳴きする。途端、竜騎にからみついていた触手がバサリと地上に落ちた。騎士たちは、何が起こったのか理解できず、ホカンとしている。

 「あれが、獣神の魔法のタネよ。ったく、Dr.シュタインって本当に迷惑なマッドサイエンティストなんだから……。Dr.真木といい勝負だわ……」
 「Dr.シュタイン? Dr.真木……?」
 「あっ、いえなんでもないのよ! おほほほほ!」

 不信げに見上げるフェリオに、ダイアナは乾いた笑いを返す。真木とシュタイン、この二人のマッド野郎のために、どれだけの人間が迷惑をかけられているか……。まあ、真木はSAP(SPECIAL ARMED POLICE)でしっかりと監視してるからよいけれど、シュタインは、木星麻薬シンジケートの研究所で日夜妙な発明をしているらしい。全く迷惑な科学者である。こんなことをデュオ人の少年に説明して、わざわざ地球の恥をさらすこともない。虚しく笑うことしかできなかったのだ。

 「そっ、そんなことより、見たでしょう? あれが奴らの弱点よ。あの魔法の箱を破壊すれば、グリズドーは簡単に倒すことができるわ!」  「そうか! 判ったよ! オレに任せて!」

 獣神の呪いによって不死になったグリズドーにも弱点があった。それさえ判れば、倒すことができる。フェリオは張り切って駈けだした。

 「フェリオ、油断しないで!」

 ダイアナが警告する。大丈夫と、返事をしようとした少年の頭上から触手が降ってきた。それを手に握っていたレーザーソードで薙ぎ払い、高く跳躍する。同時に、原生動物の中心にある魔法の箱を確認した。半透明の組織の中に、ボンヤリと霞んで見える四角い箱状の物。筒の切り替えボタンを強く押すと、光輝く刃がグンと長く延びた。

 「行けーっ!」

 気合いと共にソードを箱に叩きつけた。刹那、小さな爆発が起こり、今まで暴れていた触手がパタンと地面に落ちた。

 「なるほど、あれが奴の弱点か! 槍士、グリズドーの中央にある四角い箱を狙え! あれが化け物の弱点だ!」

 歴戦の勇士、エルドランは猫のとった行動と、見知らぬ少年の攻撃を見て、素早く指示を部下に飛ばした。やられるばかりで、なす術もなかった騎士たちが、にわかに活気づく。こんな下等な原生動物になど喰われてたまるか。竜の背から槍を繰り出し始めた。どんな強敵であろうと、攻略法さえ判明すれば、臆する竜騎隊ではない。次々と犠牲者は出すものの、確実に原生動物を倒して行った。


第一章 第二十三話   再会! ---了---



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◆第一章 第二十四話  黄金の対決!◆



 国境を越え、町村を蹂躙しながら、デスペラードの竜騎士の一団はカナンの岩城を目指して猛烈な勢いで進軍していた。彼らの通った後には、累々と死骸が散乱し、大地が血に染まった。出会ったが最後、男も女も、老若の区別なく刃で切り刻まれ、竜足に踏みにじられる。正に血に飢えた悪鬼の集団であった。先頭を行くのは、身の丈二メートル以上の巨人。ゴリラ面の悪魔、獣神ゴーラであった。どのような剣も槍も、獣神を傷つけることさえできない。カナンの兵も民も、ゴーラの長く強靱な爪に切り刻まれ、哀れな骸と化すしかない。

 そんなデスペラードの騎竜の群を、遥かな高見から、見つめる男がいた。太陽の光がそのまま糸となったような、輝く黄金の髪、均整 のとれた美しい姿態の若者だ。だが、異様なのは、その顔面を覆う、黄金の仮面。顔にピッタリと吸いつくように、はりついた仮面の下からは、深い湖を思わせるようなエメラルド色の瞳が輝いていた。

 「フォレスト殿、如何致しましょう?」

 背後に控えた騎士が怖々尋ねる。数日前から、デスペラードの竜騎士隊を密かに見張っているのだが、その圧倒的な強さは尋常ではなかった。特に恐ろしいのは、先頭を走る獣神。如何なる悪魔の呪いか、どのような武器も全く歯が立たない。あんな化け物、どうやって倒そうと言うのだろう。いや、もしかしたら、倒せないと諦め、見過ごすつもりかも知れない。

 「奴らの数は、約三百騎だな。それに引き替え我らは五十騎。普通の戦いでは、到底かなわない相手だ」
 「……」

 仮面の男の言葉を聞いて、騎士は黙り込んだ。彼が一番危惧しているのは、敵の数などではない。いや、数も不安材料の一つではあったが、何よりも恐ろしいのは、不死身の化け物だった。人間ならば、何か策を講じることによって倒すことができるかも知れない。しかし、あの化け物は、たった一人で数千ものデスペラード兵を相手に戦い、国を手中に収めてしまった。そんな悪魔を相手に、どう戦えと言うのだ。命令さえあれば、一刻も早く逃げ帰り、家族を連れて他国に逃亡したいとさえ考え初めている兵も少なくない。

 「この先に峡谷があったな?」
 「はあ?」

 不意に訊かれ、騎士は曖昧に答える。確かに、この先数キロのところに峡谷がある。両側を切り立った崖に囲まれたザンパ峡谷と呼ばれる難所だ。だが、それがどうしたと言うのだ? 

 「よしっ、先回りするぞ!」

 フォレストはマントを翻し、自分のエルフォンに騎乗した。竜首を峡谷に向け、鞭を振るう。エルフォンは一目散に駈けだす。残された騎士たちは、慌てて竜に乗り込むと、後を追って駈け出した。



 デスペラード竜騎士隊は、遮る物のない平原から険しい山道へと侵攻を開始した。東にゴーラ山、西にズール山、どちらも噴煙を四方に吹き出す火の山だ。東西の噴火口から流れ出た溶岩で造られた峡谷は、世にも奇怪な容貌をしている。見渡す限りの奇岩の群。そして、落ちれば、慣れた土地の者でさえ迷い、二度と出ることのない洞窟への落とし穴が、そこここに存在している。

 「うわーっ」

 突如、隊の中から悲鳴が上がった。ハッと振り返ると、一騎の騎竜が花崗岩の穴に足を取られ、落ちて行く。

 「チッ、間抜けめ! ここは火山でできた谷だから、気をつけろと言っておいただろうが!」
 「獣神、助けなくては、あいつは……」
 「放っておけ! どうせ、あのような間抜け、足手まといなだけだ! よいか、者共! 獣神ゴーラの部下に、臆病者も、間抜けも要らぬ! 優秀な戦士だけが生き延びるのだ!」
 「……」

 冷たく言い放つ獣神を、竜騎士たちは凍りついた表情で見つめる。悪神ドードの下僕、獣神に、暖かな血は流れていない。悪魔と同じ、氷のような黒い血だけが存在するのだ。

 「出発だ!」

 チラッとも犠牲者を見もせず、ゴーラがエルフォンに鞭を加えた。前進あるのみ、振り返っている暇などない。直ちに竜騎の一隊は前進を続けた。出会った者に死を。死に神の群はひたひたと恐怖の行進を続けるのだ。竜騎士は沈黙し、何も語らない。だが、心に巣くった暗闇は、彼らから人間らしい感情を奪って行く。敵に対する憎しみも、味方に対する労りや同情も心の奥底に沈み、ただ獣神への絶対的な服従のみで動いていた。

 「獣神ゴーラ! あれを!」

 斥候を努めている若い騎士が前方を指さす。峡谷の出口に十騎ほどのカナン騎竜の姿があった。獣面の神の顔に笑みが浮かぶ。わずかな竜騎で立ち向かってくるとは小賢しい。いくらカナンが小国だと言え、無謀を通り越して、愚かとしか言いようがない。だが、例え少人数とは言え、殺せる相手に巡り会った。血の期待にゴーラの目は陰気に輝く。

 「たかが十騎、吾に任せろ!」

 獣神は、血の生け贄を他に譲るつもりはなかった。単騎、犠牲者に向かって竜を走らせる。たかだか十騎の敵、ものの十分もかけずに皆殺しにできると踏んでいた。

 「フォレスト殿、獣神が単騎で迫ってきます!」

 悲鳴のような声で、仮面の騎士の脇にいた騎士が叫ぶ。しかし、仮面の奥の瞳は何の感情も表さない。ただ、ジッと近づく敵をエメラルド色の光で見つめているだけであった。

 「獣神、第一目標に到達しました!」

 ジッと敵の動きを目算していた斥候が大音声で報告する。

 「よしっ、合図だ!」

 同時にホラ貝が鳴り響いた。重厚な貝の悲鳴が谷間にこだまする。

 「何?」

 一瞬、ゴーラの動きが止まる。今の音は何だ? 何かの合図か? だが、己の力を信じて疑わない化け物に恐怖はない。そのまま竜に鞭打ち、前進を続けようとした。が、刹那、大地が鳴動した。続いて起こる爆発。大地が避け、天が崩れ落ちる。両側に聳える崖が爆発し、無数の花崗岩が弾丸のように降り注いだ。罠だ。デスペラード竜騎士が狭い峡谷を抜けることを予想したカナン軍が爆弾を仕掛けたのだ。土砂と共に岩が転がり落ちてエルフォンを下敷きにした。ゴーラは竜を諦め、岩雪崩の中を駈ける。並の人間ならば、ひとたまりもない土石流であった。

 しかし、不死身の化け物である獣神ゴーラには通用しない。降り注いでくる岩石を片腕で払い除けながら突進する。目指すは、小癪な罠を仕掛けたカナンの愚か者。手足をバラバラにし、生きたまま首を捻り切ってやる! 残酷な期待で、獣面に笑みが浮かぶ。殺して、殺して、殺しつくしてやる。

 「なんて化け物だ!」

 カナン竜騎士の中から驚愕の声が上がる。降り注ぐ巨岩の雨の中を平然と近づいてくる化け物。あのような悪魔を相手に戦おうというのか。言い知れぬ恐怖が男たちを包んだ。

 「フォレスト殿……」

 如何にしたらよいのだろう? 不安な瞳を司令官である仮面の男に向ける。フォレストは静かに獣神を見つめたまま微動もしない。

 「動きは鈍くなさそうだ。それに、装甲も並ではない。さすがはDr.シュタインの造ったサイボーグだ」
 「はあ? 何のことで?」

 仮面の下でつぶやく声を聞きつけた騎士が問う。だが、何の反応も見せない。腕を組み、瞑目したままジッと思案している風である。

 「よしっ、試してみるか」

 やがて目を開くと、竜に飛び乗った。唖然と見つめる騎士たちを残し、獣神に向かって駈けだして行く。無謀だ。あんな化け物に、たった一人で立ち向かうなど、狂気の沙汰である。だが、そのまま見過ごしにはできない。獣神の目標はカナンの岩城。ここで奴を倒さなければ、国は滅んでしまう。やや遅れて、竜騎士隊も後に続いた。

 「ウォーッ! 生意気な奴! 捻り潰してやる!」

 単騎、全力で駈けてくる騎士を見つけ、獣神が吠えた。自ら殺されにくるとは、小賢しい。褒美に念入りにいたぶり殺してやる。ゴーラの目は残忍な期待に目を輝かせた。が、竜に騎乗する男の姿を見て、目を見開く。太陽の光のように輝く黄金の髪、そして顔を覆う金色の仮面。更に、深い湖を思わせるようなエメラルド色の瞳の男。あれはヂュオ人ではない。まさか、地球人か? 何故、地球人がカナンの兵を率いているのだ? このような未開の惑星の住人を応援して何になる? いや、もしかしたら、奴も自分と同じ目的でデュオに潜入してきたのかも知れない。科学力のはるかに進んだ地球人にとって、デュオ人は赤子のようなものだ。圧倒的な科学力を見せつけ、支配する。そうすれば、豊かなデュオの資源は思いのままだ。

 「だが、この惑星を手に入れるのは吾だ! 邪魔などさせるかーっ!」

 獣面が醜く歪む。主にデュオを支配するように命じられてきたのだ。おめおめと他の奴にデュオを渡してなるものか。

 「グレン、貴様にデュオは自由にさせぬ!」
 「なっ?」

 虚をつかれ、獣神が動揺した。何故、自分の本当の名を知っている? グレン・バズトール、銀河連邦議長、ゲリオール・ウッズマンの密命を帯びて、デュオに潜入したことは誰も知らないはず。それなのに、この男は自分のことを知っていた。まさか、銀河パトロールの捜査員か? だとしたら、余計に生かしてはおけない。

 「死ね!」

 鋭い爪がフォレストを襲う。それは今まで何千人もの命を奪った殺人平気だ。一閃しただけで、相手はバラバラに引き裂かれる。思わずカナン竜騎士から悲鳴が漏れた。が、左手のシールドがそれを防ぐ。鋼鉄をも紙のように引き裂く爪を、薄い盾が跳ね返したのだ。獣面に驚愕が走った。やはり、この男はただ者ではない。あの盾は超合金でできているのだろう。油断はできない。

 「たかが、サイボーグ工作員のお前が、獣神とは笑止! とっとと宇宙(そら)に帰るがいい!」

 仮面の下のエメラルドが嘲笑に揺れた。同時に、長剣が獣神を襲う。電光のようにきらめき、獣面をかすめる。サッと表皮が裂け、鮮血が溢れた。

 「見よ、カナンの騎士たち! こやつは獣神などではない! こうやって人間の造った剣を受ければ傷つく。奴は神などではない! 人間だ! 恐れることはない!」

 フォレストが大音声で叫ぶ。それに呼応して騎士たちも答えた。不死身だと信じていた獣神は、決して倒せぬ相手ではないと分かり、騎士たちの意気は上がる。謎の仮面騎士、フォレスト。彼さえいれば、戦える。カナン竜騎士は猛然と敵に向かって突進した。

 「グオーッ!」

この世に、自分を傷つける剣が存在した? 信じられぬ思いで、次々と繰り出される刃をかろうじて爪で受ける。だが、相手の腕は尋常ではなかった。グレンはデュオに降り立って初めて、焦りを感じた。まさか、負けるとは思わないが、このままではまずい。何物も殺すことはおろか、傷つけることさえできない、不死身の獣神という神話が崩れては、この先がやりにくくなる。

 「殺してやる!」

 咆哮し、全力で仮面の騎士に向かって跳躍した。例え、爪が利かなくても、武器は無限にある。手がだめなら、足もある。そして、槍も剣も通さぬ身体全体こそが最大の武器だ。どんな攻撃よりも、体当たりするだけで相手は再起不能になる。……はずであった。だが、全力で跳躍した身体がフォレストに激突した。と思った瞬間、黄金の髪がユラリと揺れる。それは光の滝が逆流したのではないかと錯覚させる動きであった。一瞬の輝きに目を奪われ、獣神は敵を見失う。目標を失った攻撃は虚しく空を切り、バランスを失って膝をつく。

 その首筋へと光る剣の切っ先が落ちてきた。咄嗟に身体をバネのように弾けさせる。だが、避け切れず、右肩に激痛が走った。一太刀 だけでなく、二太刀も受けてしまうとは、なんたる不覚。工作員として身体改造手術を受けて以来、初めての経験である。それも、ただの人間にやられるとは、屈辱以外の何ものでもなかった。

 「おのれ、許さぬ!」

 工作員、グレン・バズトールの真の正体が獣神の下から現れた。カッと見開かれた両眼が黄色く輝く。同時に眩しい光芒が一閃した。ハッとフォレストが飛び退いた足下がドロリと溶解する。ブラスタービームだ。こんな能力もあったのか。仮面の下のエメラルドが警戒の光を発した。どうやら恥も外聞もなく戦う気になったらしい。フォレストも剣を片手に持ち直す。次の瞬間、第二のブラスタービームが襲ってくる。サッと左手で身を庇うように構えた。同時にバッとシールドが開く。仮面と同じ黄金に輝く盾がビームを遮断し、跳ね返す。

 「グオーッ!」

 己の放ったビームに、足を射抜かれた獣神が怒りで咆哮する。剣も通さぬ頑丈な装甲も、ブラスタービームに射抜かれては無事では済まなかった。ドロリと表皮が溶け、内部の機械が露出している。

 「ふっ、手品の種が見えてるぞ、グレン・バズトールよ、無様なものだな」
 「くっ……」

 嘲笑う仮面の男を怒りの形相でにらみつける。もはや許してはおけない。優秀な工作員としてのプライドが彼の理性を奪ってしまった。殺す。この男だけは絶対に殺してやる。獣の鋭い爪が長く延び、黄金の仮面を襲う。ガキッと金属の触れあう音がして、火花が飛び散った。

 「そのような物で私の仮面を破壊することはできぬ!」
 「なっ……?」

 驚愕に見開かれる目。それに向かって剣が突き上げてきた。思わず庇って振り上げた右手が両断されて宙を飛ぶ。

 「おーっ! フォレスト殿が獣神を!」

 どよめきがカナン側から起こる。が、次の瞬間、それは凍り付いた。切断され、地面に落ちると思われた腕が一転、宙を跳ね、フォレストの腹に食い込んだのだ。鋭い爪が超合金の鎧を締めつける。だが、それが無駄と分かると、腕は無防備な首を狙ってきた。シュルリと爪が伸び、薄い皮膚を切り裂く。パッと血の花が空中に咲く。

 「くっ!」

 痛みに、エメラルドが一瞬の輝きを失う。しかし、次の瞬間、右手の剣が手の甲を貫く。ビクンと指先が震え、第二の攻撃を仕掛けようとしていた爪が力を失った。腕は剣に貫かれたまま動きを停止する。獣神と仮面騎士はにらみ合いながら、相手の隙を窺うように身構えていた。グレンは片足と腕を失い、フォレストは首に少なくない傷を負っている。しかし、どちらの気迫も衰えてはいない。互いに次の攻撃を警戒し、機会を狙っていた。

 「獣神ゴーラ! 大変です、国で、デスペラード王宮で反乱が起こったと伝令が……」

 二人の緊張を破ったのは、斥候を努めている若い騎士であった。騎士は落ち崩れた土石流の向こう側から懸命に叫んでいる。だが、常人の耳には何を叫んでいるのか判らないほど微かでしかない。だが、シンジケートのサイボーグであるグレンには、それだけで十分であった。ハッと注意が背後に逸れる。そんな隙を見逃すフォレストではなかった。鋭い突きがグレンの喉を襲う。が、気配を察し、咄嗟に避けた。しかし、完璧に避け切れず、肩口をわずかに切られてしまう。

 「チッ、せっかく楽しんでいたものを!」

 忌々しげに残った左腕を一閃し、剣を跳ね返す。同時に後ろに高く跳躍したと思うと、崩れ落ちた岩石の上に着地した。カッと見開いた両眼が剣に串刺しにされた右腕を一瞥する。同時に、腕が浮遊し持ち主へと飛んで行った。それを空中でつかみ、元の場所に当てた。途端、シュッと白いあぶくが出る。次の瞬間にはスッカリ元に戻っていた。驚愕に声もなくカナンの騎士たちは立ちつくしている。仮面の騎士は、あれは獣神などではないと言ったが、やはり本物の獣神かも知れぬという疑惑を打ち消すことができなくなっていた。

 「勝負は預けた! また会おうぞ!」

 獣面に嘲弄の笑みを浮かべた獣神が叫ぶ。そして、あの戦いにおいての痛手を全く感じさせない動きで、土石流の跡を軽々と飛び越え、デスペラード竜騎の元へと戻って行った。今回の遠征はここまで。国元の反乱を制圧することが先決だと判断したグレン・バズトールは一人の騎士のエルフォンを無理矢理奪うと、国へと取って返したのであった。


第一章 第二十四話  黄金の対決! ---了---



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◆第一章 第二十五話  天人伝説!◆



 せっかく手に入れた本拠地、デスペラードに反乱が起こった。なんと言うことだ。このような時のため、Dr.シュタインの発明したバイオコントローラーを仕込んだ原生動物を残し、獣人で国王を見張らせていた。それがことごとく破れたというのか? そんな馬鹿な!こんな科学力の遅れたデュオ人にあれを倒せる力があるとは信じられない。もしかしたら、何者かが惑星に潜入してきたのかも知れぬ。あの仮面の騎士といい、銀河パトロールは、本気でこんな辺境の星を守る気なのだろうか。だとすれば、放ってはおけない。一刻も早く戻り、敵を倒さなくては、使命を果たすことができないどころか、自分の命さえ危うくなってくる。

 「獣神、待ってください! そのように急がれては我ら、ついては行けませぬ」
 背後から追ってくる騎士が悲鳴を上げた。尋常ではない早さでデスペラードに戻ろうとする獣神について行けないのだ。このままでは自分たちは死んでしまう。そんな恐怖が騎士たちを包み初めていた。

 「貴様ら……」
 もどかしく振り返ると、疲弊した騎士たちの必死な形相が目に飛び込んでくる。これ以上は無理か。だが、一刻も早く王宮に戻る必要がある。グズグズしている間に、せっかく築いたデュオ侵略の前進基地を失ってしまう。そうなれば、計画は振り出しに戻る。それだけは阻止しなくてはならない。

 「貴様らにはやはり無理だったか。早くこうするべきだった」
 「なっ、何を……」
 グレンが大きく口を開く。驚いて立ちすくむ騎士たち。刹那、獣神の口から銀色に輝く霧のようなものが飛び出す。が、それは霧などではなかった。無数の小さな蜂の群だ。それは呆然と見つめている騎士たちに向かって飛んで行く。アッと叫ぶ間もなく、次々と飛ぶ蜂が騎士たちの首筋に噛みついて行った。逃げだそうとした騎士もいたが、蜂は獲物を狙う猛禽のように襲いかかって行く。騎士たちは刺された途端、意識を失い、竜上から落ちて行った。わずか数分の間に全てのデュオ一の勇猛を誇っていたデスペラード竜騎隊は全滅していた。

 「もはや、貴様らに疲れも死も関係ない。吾の言うことだけを聞く奴隷だ」
 残忍な高笑がグレンの口から吐き出される。しかし、それを咎める者は誰もいない。ただ無数に転がる騎士たちの骸が累々と転がっているだけであった。

 「さあ、立て! 今から貴様らは吾の忠実なる不死身の騎士だ」
 獣神が命じた途端、ノロノロと死んだはずの騎士たちが起き上がってくる。そして、命ぜられるままエルフォンに騎乗して行った。騎士たちは光を失った眼を主である獣神に向ける。それは全くの死人の目であった。



 獣神、いや、ゲリオール・ウッズマンの密偵、グレン・バズトールから受けた傷は、見た目は出血が酷いが、大した傷ではなかった。簡単な手当をするだけで血は止まり、痛みも収まってきた。

 「フォレスト殿、これからいかがされるつもりで?」
 仮面騎士に従い、デスペラードの侵略軍を倒せと命じられていた騎士長ビースが尊敬のこもった眼で見上げてくる。あの不死身の獣神と互角に戦った騎士を頼もしい味方だと認識したのであろう。それまでは、サリヤ姫に命じられてしかたなく行動を共にしていたという態度が見え見えな騎士たちであったが、あの戦いを境に、態度が変化していた。

 「デスペラードに進軍する」
 「なっ?」
 ザワッと騎士たちがざわめいた。たった一人の獣神を相手にするだけでも大変だったというのに、わずか五十騎の竜騎士隊でデスペラード本国を襲うというのか? それは、いくらなんでも無謀というものである。フォレストがいくら卓越した騎士であったとしても、総勢一千騎のデスペラード軍を相手にして勝てるはずがない。そんなことも判らない男なのか? いや、そんな軽はずみな人間ではないことは、先の戦いで判っている。圧倒的な数の差を縮めるため、戦いの場を狭い峡谷に定め、なおかつ、獣神と騎竜隊を引き離す目的で、谷を爆破させた。そのお陰で、フォレストと獣神は一騎打ちで戦うことができたのだ。そうでなければ、獣神に近づくこともできなかっ たかも知れない。そんな男が何の勝算もなく敵国に攻め入るはずがない。では、何を考えている? 

 「デスペラードに何かが起こっている」
 「はあ?」
 「君には判らなかったのか? 私と獣神との戦いは、決して私に有利ではなかった。一見、互角に戦っていたように見えても、奴はまだ本気ではなかったし、受けたダメージも見た目は派手でも、大したことはなかった。腕を切り落としても、逆にそれを武器に攻撃してきたし、逃げる時には回収し、元通りにくっつけてしまった。恐らく、足のダメージも今頃は完全に回復しているはずだ」

 「……」
 「そんな化け物が、アッサリと勝負を捨てて国に帰って行ったのだ。ただならぬ出来事が起こったと判断するのが当たり前であろう」  「何事かがデスペラードに起こっていると?」
 「うむ」

 確信のこもったエメラルド色の瞳で見返す仮面の騎士に見つめられ、カナン竜騎士たちはなんとも言えない表情になる。何故、そのように自信が持てるのだ? もしも、間違っていたら、わずか五十騎の竜騎士隊などひとたまりもない。あっと言う間に全滅だ。それが判っているのだろうか? 

 「君たちに一緒にこいとは言わぬ。だが、もしかしたら、獣神を倒し、隣国との和平を築く、これが最初で最後の機会かも知れぬのだ」
 「けっ……獣神を倒し、デスペラードと和平……?」
 驚愕の表情のまま騎士たちの顔が凍りつく。獣神を倒すことも至難の業だというのに、宿敵デスペラードと和平を結ぶとは正気の沙汰とは思えない。それを平然と言い放つこの仮面騎士は何を考えているのだろうか? 一旦、頼もしい味方だと認識した竜騎士隊であったが、再び疑念の渦に巻き込まれて行った。

 「面白いわ! あの宿敵デスペラードに恩を売って、有利に和平を進めようというのね」
 「なっ……?」
 いきなり脇から声がして、フォレストはギョッと振り向く。それは決してここにいてはいけない人物の声。彼がデスペラード軍を迎撃することを承知した時の唯一の条件だった少女。

 「サリヤ姫、何故ここにいる? 決して戦いには加わらぬという約束で、私はデスペラード迎撃を引き受けたのだぞ」
 スッと仮面の下の眼が不快げにすぼめられた。だが、当の少女は平然と微笑んでいる。白銀の鎧に包まれた姿は深層の姫君ではなく、凛々しい戦女神のようである。その少女がピンと背を伸ばし、真っ直ぐに黄金の仮面をにらみつける。

 「何を怒っておる? 私は約束を破ってはおらぬ。そなたが獣神と戦っている間も、決して手出しはしておらぬではないか。それに、デスペラード軍はそなたによって見事に迎撃されたではないか。私は約束を守ったぞ。そなたに文句を言われる筋合いはない」
 「……」
 平然と言い放つサリヤの眼を、フォレストはキッとにらみつける。しかし、相手はそよとも感じてはいない風である。むしろ、何か文句があるのなら、言ってみろという挑戦的な態度だ。

 「……ったく、困ったじゃじゃ馬姫だ。おまけに屁理屈やだ……。勝手にするがいい」
 プイと横を向く仮面騎士を見て、サリヤがニヤリと勝利の笑みを浮かべた。屁理屈だろうと、詭弁であろうと相手を納得させればいいのだ。

 「それに、和平交渉をするのならば、王家の姫が一緒の方が都合がよいであろう?」
 背後から覗き込むように見上げるサリヤをフォレストはにらみつける。しかし、カナンの姫はニッコリと笑って見返す。だめだ、この少女にはかなわない。深く嘆息する仮面騎士であった。



 多くの犠牲を出しはしたが、獣神の残して行った獣人と不死身のグリズドーを倒したカリムたちは、竜騎将軍、エルドランとの再会を楽しんでいた。騎士バランは、それはもう感涙にむせび、周囲を唖然とさせた。フェリオとダイアナは初対面であったが、直ぐに長年の友人のように打ち解けていた。共に、あの化け物を倒した戦友という仲間意識がそうさせているのであろう。それに、ダイアナの超絶的な美しさがデスペラードの老将の心を大いに和ませたことは間違いない。そして、カリムから、ダイアナは月神シャラではないかと耳打ちされ、益々、彼女に心酔してしまっていた。

 「エルドラン将軍」
 不意に真面目な顔でフェリオが老将軍の前に跪いた。突然の少年の態度にエルドランは戸惑いの表情を隠しきれない。チラッとカリム王子を見たが、同じように眼を丸くしている。

 「どうしたのだ少年?」
 「将軍、この書状をダンから預かってきました」
 フェリオは懐から取り出した書状を差し出す。エルドランは黙って受け取ると、表書きをしばらく見つめていた。

 「間違いない、ダンの手だ。あいつ生きていたのか……」
 感慨を込めた吐息を漏らすと、封を開く。そして、黙ったまま眼で文字を追って行った。初めは穏やかであった表情が読み進むに従い険しいものへと変化して行く。やがて、最後の一文を読むと、ハッとフェリオの顔を食い入るように見つめた。

 「フェリオ、君の幼なじみの少女はどのような女性なのかね?」
 「えっ?」
 不意に思いもよらない質問を受け、フェリオは当惑の表情になる。問われているのは、もちろんライヤのことだ。しかし、何故、今? 

 「善神アルディオンの神子様なのだろう? 君の幼なじみは」
 「はっ、はい! ライヤは本当に優しい娘(こ)なんです。だから、デュオの人たちが困っているのを見捨てられなくて、でも、自分には力がないからみんなを助けられないって苦しんで、それでも、努力して……」  懸命にライヤのことを説明しようとするのだが、うまく表現できない。言葉をつむげばつむぐほど滅茶苦茶になってくる。顔を真っ赤にして語る少年を老将軍は眼を細めて見つめていた。

 「フェリオくんは本当にライヤが好きなんだね」
 「うん……あっ……いや……その……」
 不意打ちを食らった少年は思わず本音を口にする。が、直ぐに気づいて顔を真っ赤に染め、何か言い訳をしようとしたが、それは見事に失敗した。その姿を見て、ついに老将軍は大爆笑してしまった。カリムはソッポを向き、それでも肩が小刻みに震えている。ダイアナも、口に手を当て、笑いをこらえていた。

 「いや、若いってのは良いもんだ。わしも若い頃を思い出したよ」
 やっとの思いで笑いを止めたエルドランが目尻の涙を拭う。フェリオは少しムッとして将軍を見上げていた。

 「いや、すまない。フェリオ、わしの聞きたかったのは、ライヤの容姿だったのだ。どうだ、ライヤは王子殿下に似てはいないか?」
 「えっ? 何故、それを?」
 突然指摘され、フェリオは困惑した。王子を追っての眼から逃れるために女装させた時、カリムがあまりにもライヤに似ていたことを思い出したのだ。でも、どうして将軍がそんなことを知っているのだろう?

 「そうか……やはり似ているのだな……」
 少年の表情から真実を悟ったのだろう、エルドランが遠くを見るような眼になった。

 「どうしたエルドラン?」
 老将軍を訝り、カリムが問う。このような表情をするエルドランを初めて見た。一体、書状には何が書かれていたのだろうか? そんな王子に将軍は黙って書状を差し出す。

 「……そうか……」
 黙って書状を読み終わったカリムが小さくうなずいた。だが、フェリオには何が何だか理解できない。一体、書状には何が書かれていたのだろう。不安と疑惑が胸の中に沸き上がってきた。

 「この書状には、デュオ全体が危機に瀕していると書かれている。星の世界から降りてきた連中とは……全く信じられぬ話だ」
 「まっ、待ってください! それは本当の話なんです! 地球人はデュオを制服し、我が物にしようとしているのです! オレたちは、一旦は地球人を惑星から追い出しました。でも、そんなことで諦めるような奴らではありません。きっと又、やってきます。その時、奴らと対等に戦うためには、デュオが一つにならないといけないんです。同じ星に棲む者同士が戦っていては勝てない。アルカディアも、デスペラードも、カナンも共に手を取って戦わないと、滅ぼされてしまう! いや、滅ぼされるよりももっと恐ろしいことになってしまうんです。きっと、奴らはデュオ人を奴隷にし、麻薬で廃人にしてしまうんだ」

 フェリオは必死だった。デュオを一つにしなければ、デュオは地球人に滅ぼされてしまう。科学力のはるかに進んだ地球人の恐ろしさは身に染みていた。そんな奴らが本気でかかってくれば、デュオなんてひとたまりもない。それを阻止するには、なんとしても皆が力を合わせるしかないのだ。それをなんとしても理解してもらわなくてはならない。

 「慌てるな少年。わしは、何も信じないと言っておるのではない。ただ信じがたい事実だと言っておるのだ。実際に、あの化け物をわしらは見ておる。あんな化け物、デュオには存在しておらなかった。それが突然、宇宙(そら)から降りてきて、我がデスペラードを蹂躙したのだ。信じたくなくても、信じるしかないだろう」
 「それでは……」
 「うむ、この書状の内容は理解した。これを書いてきた人間、ダンは、わしの古い友人だ。信じぬわけには行かぬ」
 更に、とエルドランは口の中で小さくつぶやく。どうしても、アルディオンの神子には会わなくてはならない。そして、ことの真実を見極めなくてはならない。

 「あの……私にも一言言わせて欲しいのだけれど……」
 「月神シャラ?」
 黙って二人の会話を聞いていたダイアナが、おずおずと口を開いた。驚いて振り返る一同。やはり、彼女は眩しいほどに美しい美の女神、月神シャラ、その人のように輝いて見える。男たちの視線は世にも稀なる美女をうっとりと眺めた。

 「あなた方を苦しめているのは地球人。私は同じ地球人として本当に恥ずかしく思います。そして、心からお詫びしたい。でも、どうか忘れないで欲しい。地球人全てが悪い人間ではないと。いえ、それどころか地球人のほとんどは、あなた方、デュオ人と同じ人間。皆、自分の星を愛し、国を愛し、自分の家族を愛しているの。そして、デュオの人たちの幸せを本当に祈っているのよ。ただ一部の悪い人間だけが、デュオを侵略し、利用しようとしているの。私たちは決してそんな地球人を許しはしない。でも、私たちにも力の限界があります。だから、協力して欲しい。悪い地球人を倒すために」

 「月神シャラ……」
 深々と頭を下げる月の女神をデュオ人たちは唖然と見つめる。あの獣神と、目の前にいる月神が同じ地球人? なんということだろう。信じられぬ事実を突きつけられ、デュオ人たちは言葉を失っていた。

 「かつて、デスペラードにも宇宙(そら)から人が降りてきたことがあった。その男は、フィルと名乗り、我が国の人々に数々の奇跡を見せてくれた」
 「えっ?」
 不意に口重に、エルドラン将軍が語り始めた。



 かつて、デスペラードは貧しい国であった。多くの民はその日の食べる物にさえ不自由し、弱き物たちが死んで行った。それに、衛生面も不完全で、病のために、子供たちの半数が成人するまでに死んでいた。そんな国がわずか二十年足らずでこんな大国にのし上がることができたのは、あの天から降りてきた男、フィルのお陰だった。



 それを最初に見つけたのは、王宮近くに住む農民であった。不意に天から光り輝く星が降ってきたのだ。それは見る見る大きくなり、農民の目の前の湖に水しぶきを上げて飛び込んで行った。その衝撃で、湖の水は全て干上がってしまったという。驚いた農民は、それでも、恐る恐る湖の中を覗き込んだ。すると、中央に沈んだ金属の光を発見した。そして、その中から現れた天上人。デュオ人とは異なる異形の男だ。チョコレート色の神、薄茶色の瞳をした若者であった。彼は驚愕で腰を抜かした農民に優しく話しかけ、不思議な力を見せた。彼が手に持っていた、何か棒のような物を近くの岩に向けた途端、棒が光り、岩がドロリと溶けてしまったのだ。

 「この国の王様に会いたい」
 再び、腰を抜かしてしまった農民に、男は静かに話しかけた。だが、腰を抜かした男に、答えるだけの気力は残ってはいない。ただただ、口をパクパクと開いたり閉じたりするだけであった。

 宇宙(そら)から落ちてきた天人を農民は王宮へと連れて行った。と言っても、それは簡単なことではなかったのだが、とにかく、男はデスペラード王、カルロ二世(デスロ三世の父)の前に引き出された。

 「天人、そなたは何故、吾に会いたいと申したのじゃ?」
 王の御前でも、膝を屈することなく直立する男を咎めるでもなく、王は尋ねた。だが、答えは意外なものであった。

 「聞き及びますところ、王の大切な姫君が重い病とか。もしかしたら、私がなんとかできるかも知れません」
 「姫の病を治せると?」
 思わず腰を浮かせた王であった。天人は静かにうなずく。姫の病はかなりの重傷で、王宮医師たちは皆、快復は無理であろうと口を揃えていたのだ。それを治せるかも知れぬと男は言う。治せるものなら、治して欲しい。王は早速、姫の病室へと天人を連れて行った。

 「これは猩紅熱です。抗生剤を呑ませれば二、三日で直りますよ」
 男の言った通り、姫の病は三日目に快癒した。王も后も大喜びだった。姫の命の恩人はフィルと名乗った。王は彼を王宮の客人として迎え、大切に扱った。やがて、天人は、もっと多くの人民を救いたいと王に進言する。そして、それは直ちにかなえられた。フィルは城下の町屋を改造し、診療所を開いたのだった。

 フィルは医師として、多くのデスペラードの人民を救っていった。更に、彼の卓越した知識は、農業や工業にまで革命的な変化をもたらした。そのお陰で、デスペラードの国力は飛躍的に伸びて行くことができたのだ。今のデスペラードの発展があるのは、あのフィルと言う天人の力添えがこその結果であるといえよう。

 フィルの功績は、デスペラード王を特に喜ばせた。愛娘を助けてくれただけでなく、国全体を豊かにしてくれたのだ。王の彼への信頼は絶対的なものであった。だが、そんな蜜月は長くは続かなかった。命を助けられたことに深く感謝していたカルロ二世の娘、ミリーがフィルに恋してしまったのである。いくら恩ある天人とはいえ、素性の判らぬ男との恋を国王が許すはずもなく、二人は強引に引き離されてしまった。恋する男に会えなくなってしまった王女の嘆きは、側近の者たちをも深い悲しみの淵に沈み込ませた。もしかしたら、王女はこのまま悲しみのあまり死んでしまうのではないだろうかと、周囲の者が心配し始めた頃、カルロ二世はミリーを御前に呼び出した。

 「それほど、あの天人が恋しいか?」
 「あの方と一緒になれぬのならば、私の心は死んだも同然です。例え、肉の身は生きていても、心は冥界を彷徨い続けるでしょう」  娘の返答に、先王は深くため息をついた。誰が娘の不幸せを望むだろう。できるものならば、天人と結ばせてやりたい。しかし、娘には、生まれながらの許嫁がいた。現大将軍、エルドランである。それを無視し、他の男と結ばせたのでは、彼の名誉を著しく傷つけてしまうし、重臣である彼の親族の忠誠をも失うことになってしまう。それだけは避けなくてはならなかった。

 「そのような娘、もはや父でも子でもない。追放だ。あの天人フィルと共に、デスペラードから出て行くがいい!」
 「父上……。ありがとうございます」
 カルロ二世に選択の余地はなかった。家臣を納得させ、娘の希望をかなえてやる唯一の方法だった。無理矢理、天人と引き離すことは不可能ではない。しかし、それでは娘が納得しないだろう。おとなしい娘だが、一旦こうと心に決めたら、決して後には引かない強情さがある。意にそぐわぬ相手に嫁がされるのならば、自害してしまうに違いなかった。

 「父上、親不孝なミリーをお許しください」
 数日後、ミリーとフィルは人知れず国を出て行った。その時、大切な一人娘の身を案じた国王は、密かに二人の重臣を護衛につけた。それが、引退した老宰相ドルベと、黒鷹将軍ダンであった。彼らは南へと旅をし、広大なゲルディザードを越えて行った。そこで、彼らの消息は絶えてしまった。もはや、生きてはいないかも知れぬ。デスペラードの人々はそう思い始めていた。


第一章 第二十五話  天人伝説! ---了---



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