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長編小説 デュオの仮面騎士

文:カメ仙人



◆第一章 第二十六話  二人の将軍!◆



 ダンからの書状を読み終えた後、エルドラン将軍は静かに二十年前に現れた天人フィルの話を語った。デュオ革命の時、力を貸してくれた二人、ドルベ爺とダンはデスペラードの重臣であったという事実は、フェリオに少なくない衝撃を与えた。だが、将軍の次の言葉は、少年を完全に打ちのめしてしまった。

 「ダンの書状によれば、アルディオンの神子、ライヤはミリー王女の忘れ形見に間違いないだろうと書かれておった」
 「えっ?」
 ライヤがデスペラードのお姫様? そんな馬鹿な! どうして、そんなことになる? ライヤはフェリオの幼なじみだ。本当に赤ん坊の時から知っている、普通の少女。泣きもすれば、笑いもする。そんな彼女がお姫様? 信じられない。

 「フェリオ、驚いているようだな」
 エルドランは、口元に静かな笑みを浮かべて少年を見つめる。あまりにも信じられないような事実を突きつけられた衝撃が収まるのを待って、再び口を開いた。

 「書状には、君のことも書いてあったよ。ドルベは最初、君をミリー様の忘れ形見だと思い込んでいたらしい。君のそのエメラルド色の瞳のせいだ。だが、ドルベの死後、ライヤ様と謁見したダンは、彼女があまりにもミリー様に似ていることに驚愕し、彼女の身元を密かに調査した。そして、間違いなくミリー様の忘れ形見だと確信したらしい。どうやら、ライヤ様とカリム様はうり二つのようだ。それに、ライヤ様と、君は深い縁(えにし)で結ばれているようだ」

  「はあ……?」
 一体、何を言っているのだろう? 深い縁? どういう意味だ? 確かに、ライヤは幼なじみだし、ずっと好きな女の子だった。でも、それだけだ……と思う。

 「とにかく、我が世界は未曾有の危機を迎えていることは理解した。強大な敵を倒すため、デュオが一致団結しなければならないことも判る。だが、我がデスペラードは強大な軍を持つ大国だ。他の国の力など必要とはしない。敵の正体が判った以上、獣神といえど恐るるには及ばぬ。獣神は我らが倒す。そして、デュオも吾らが守る。そうでございますな、カリム王子。いえ、国王陛下が退位を表明なされた今、カリム様が国王でございました。国王陛下、ご決断を」

 真っ直ぐに見つめる将軍の目を、カリムは力強い目線で見返す。これが国王としての初めての仕事、この答えをどう出すかで王としての器量が知れる。エルドランも、他の将軍たちも、新王の瞳をジッと見つめていた。

 「エルドランの言う通りだ。我がデスペラードはデュオ最強の軍を持っている」
 「でっ、でも、地球人は……」
 井の中の蛙だ。いくらデスペラード軍が強いと言っても、それは同じデュオ人同士での話だ。科学力のはるかに勝る地球人相手では、まるで問題にならない。たった一人、獣神と称していた、あの男にも苦戦している。いや、苦戦どころか、ダイアナの力を借りなくては、その眷属にすらかなわなかったではないか。今は勝利することができたが、獣神が戻ってきたら、どうなるか……。

 「慌てるな、フェリオ。私の言葉はまだ終わってはいない」
 「……」
 まだ何か言い募ろうとする少年を制し、新国王は言葉を続ける。目には小さな笑いさえ浮かべていた。何を言うつもりなのだろう? フェリオは不安な視線を若き国王に向ける。

 「だが、敵は我々の想像以上の力を持っている。デスペラード軍の総力で立ち向かえば、獣神は倒せるに違いない。しかし、敵は奴だけではない。そうだな、フェリオ」
 「はっ、はい! そうだと思います」
 勢いよく返事をしたフェリオであったが、確かなことは判らない。不安な視線を金髪の美女に向けた。

 「ハッキリ言って、グレン・バズトール、獣神ゴーラと名乗っている男は、強敵です。でも、彼の所属する木星麻薬シンジケートの中で最強というわけではありません。もっと強い者もいます。それに、彼程度の者を数十人、いえ数百人揃えた軍隊も存在していると考えられます」
 「なっ……獣神と同等の者が数百人……」
 デュオ人たちの顔色が一斉に蒼ざめた。たった一人でも、あれほどの屍を出しても倒せなかったというのに、それが数百人……。勝てるはずがない。絶望の空気が一同を息苦しくさせていた。

 「でも、心配はいらないわ。そんな大軍をデュオに潜入はさせない。銀河パトロールと星間警察が誇りをかけて阻止します。でも、一人、二人の工作員の潜入は、もしかしたら見逃してしまうかも知れない」
 ダイアナが残念そうに唇を噛んだ。それでも、デュオ人たちには希望が生まれた。銀河パトロールや星間警察がどのようなものかは判らぬが、大軍の侵入は阻止してくれると言う。それならば、デュオ人にも生き延びる機会はある。戦いに備えることも不可能ではない。

 「月神シャラ、我らに獣神を倒すことはできるだろうか?」
 不意に、心細げな少年の顔に戻ったカリムが問う。国王という重責を背負うことになって、虚勢を張っていたのだが、やはり不死身の獣神に対する恐怖心は抗い難い。できるものならば、犠牲者を出さずに、倒したいと願っているのである。

 「獣神ゴーラ、いえグレン・バズトールは決して不死身の化け物ではないわ。デュオ人の武器では傷つけることさえできなかったかも知れないけれど、地球の武器ならば傷つけることも、倒すこともできます」
 「おーっ!」
 確信を込めた、ダイアナの言葉に、デスペラード人たちの顔が輝いた。

 「フェリオ、ソードを見せて上げて」
 言われて、フェリオが懐からレーザー・ソードを取り出す。同時に柄のボタンを押した。途端、輝くレーザーの刃が飛び出した。驚愕に目を見開くデスペラード騎士たちの目の前で、フェリオはそこにあった尤も堅い物質であろう、大理石のテーブルに向かって剣を振り下ろす。光の刃は音も立てず、スルリと堅い石のテーブルに食い込んで行く。次の瞬間には、テーブルは真っ二つに割れて左右に離れて行った。

 「そのソードは如何なる物でも切り裂くことができます。例え、あなたがた獣神と呼ぶ、あの化け物も、この剣を使えば倒せるでしょう」
 月神シャラのような美しい笑みを浮かべたダイアナが、呆然と立ちつくしている騎士たちを見つめた。誰もが驚愕のために口も利けない。

 「あれさえあれば、獣神を倒せるぞ!」
 沈黙を破り、どよめきが起こる。決して倒せないと思っていた獣神に対抗できる武器がある。それはどのような励ましの言葉よりも頼もしい味方の出現であった。

 「光の剣ならば、我がデスペラードにも存在する!」
 エルドラン将軍も、驚きに目を見開いた。フェリオがグリズドーを倒したところは見ていたのだが、どのような剣であったか、ハッキリとは見てはいなかったのだ。それが光の剣であったとは、今の今まで全く気づかずにいたのだった。

 「月神、これを見てください!」
 立ち上がった老将軍が懐に手を突っ込み、棒切れのような物を差し出す。と、同じような光の刃が出現した。

 「まあ!」
 ダイアナの顔が驚愕で紅潮する。デスペラードにレーザー・ソードが存在した。それは予期しない驚きであった。

 「天人フィルが先国王カルロ二世に献上した剣です。獣神が現れたと聞いた時、これならばと思い、宝物殿から持ち出したのだが……残念ながら使う機会がなかった……もしかしたら、その少年の持っている剣と同じではないかと?」
 「同じ物です。それはレーザー・ソード、どのような堅い物質でも貫くことのできる光の剣です」
 「獣神を倒すことのできる剣が我がデスペラードに!」
 「勝てる! 我らは獣神を倒すことができるぞ!」
 デスペラード軍が誇りと自信を取り戻した。決して傷つけることもできないと思っていた化け物を自分たちの手で倒すことができるかも知れない。これほど嬉しい言葉はなかった。

 「デスペラードに光の剣があると判った以上、他国と同盟を求める必要はなくなった。頼りない弱国と同盟を結び、足を取られるぐらいならば、我が国一国で敵に立ち向かった方が勝算が高くなるのではありませぬか、陛下」
 ジッとことの成り行きを見つめていた近衛将軍バルドーがさも当然と進言した。他の将たちも、なるほどとうなずいている。

 「強国デスペラードが他国を当てにするなど、誇りが許さぬ。どのような敵であろうと、自分たちの敵は、自分たちで倒す。それが戦神ディーンの末裔と言われる、デスペラード騎士の誇りだ。そうであろう、皆の者!」
 近衛将軍の言葉は、並み居る将軍たちのプライドをくすぐった。デュオ最強の軍に手助けなど必要はない。外敵を打ち倒すのに他国の力など要るものか。

 「バルドー、よくもぬけぬけと、そのようなことを言えたな。獣神に国を乗っ取られた途端、当時、王子であった国王陛下に平然と剣を向けておきながら、今度は追従か? 全く、誇り高いことだな」
 「何?!」
 痛烈な皮肉をこめたエルドランの一言であった。近衛将軍の顔面が怒りのために蒼ざめた。キッとにらみあう二将軍。どちらも、王子を巡る命がけの攻防を忘れてはいない。反逆者としてカリムを屠ろうとしたバルドー。それを冤罪だと信じ、守ろうとしたエルドラン。どちらの行動もデスペラードの将軍として間違っていたとは言えぬ行動であった。だが、結果的には、エルドランの判断が正しかったと言える。それをエルドランは皮肉ったのだ。二人の将軍の間に殺気が満ちる。双方共、相手を許す気は全くなかった。


第一章 第二十六話  二人の将軍! ---了---



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◆第一章 第二十七話  王の試練!◆



 近衛将軍と竜騎将軍、デスペラードを支える二将軍は互いの剣を抜き放ち、凄まじい気迫でにらみ合っていた。

「止めぬか!二人とも、お客人の目の前で、みっともない真似をするな!」
 不意に、大音声が轟く。剣を構え、にらみ会っていた二人がハッと振り向いた。

「今がどのような時か判っておるのか?この愚か者共!今は、獣神との決戦を目前にひかえておるのだ。味方同士で争っていてどうする!」
「カリム様……」
「国王陛下……」

 怒りに目をつり上げた新国王の平手が二人の将軍の頬を襲う。ピシャッという音は、シーンと静まり返った室内に鳴り響いた。呆然と立ちつくす二人を残し、カリムは己の玉座へと戻って行く。

「過去の怨念は忘れるのだ。私も、忘れる」
「陛下……」

 思わず叫んだのは、バルドーであった。前国王の命令であったとはいえ、命を狙った張本人をどう処分するのだろうと、心中穏やかではなかったバルドーだ。まさか、今の言葉は、自分を許すという意味で発せられたのか?だが、そのようなこと考えるのは甘すぎる期待だ。きっと、一件が決着すれば、新国王は自分を処分するに違いない。

「陛下、今の言葉は如何なる意味でございます?まさか、陛下の命を狙った、この者を許すとでも言われるのか?!」
 エルドランが、怒りのこもった瞳で国王と近衛将軍を交互ににらむ。いくら前国王が命じたこととはいえ、王子と自分の命を取ろうとした男を許せるはずがない。それが普通の人間の反応ではないか。自分は絶対にバルドーを許すつもりはない。エルドランの瞳はそう語っていた。

「その通りだ。近衛将軍バルドーは、父祖の時代からの忠義の者だ。私の命を狙ったのも、前国王、我が父の命じたことだ。バルドーに罪はない。罪があるとすれば、父に不信感を持たせてしまった私だ。どうする、私を裁くか?」
「陛下……。判りました。私が心得違いをしておりました。この先、私は近衛将軍と共に、陛下に忠誠を誓うでありましょう」
「わっ……私も、竜騎将軍と共に、我が剣を陛下に捧げます」
 将軍二人は、膝を突き、新国王に向かって臣下の礼を取った。

「私も、陛下に忠誠の剣を捧げます」
「私も!」
「私も!」
 次々に将軍たちが忠誠の誓いを立てる。部下の騎士たちも、将軍を見習って、それぞれの剣を国王に奉じた。

「皆の者、全員が私に忠誠を誓うと申すのだな?」
「はっ!」
 全員が一斉に頭を垂れた。如何なる命令も、喜んで受ける。その表明であった。カリムは、静かに頭を下げ続ける家臣を見回す。

「では、国王としての最初の命令を伝える」
 国王、カリム一世は大きく息を吸い込み、口を開く。

「我がデスペラードは、恐るべき異星の敵から惑星デュオを守るため、デュオのあらゆる国と同盟を結ぶ」
「なっ……」
 何か言おうとしたエルドランであったが、今、己が王に対しての絶対の服従を誓ったばかりであったことを思い出したのか、慌てて口をつぐんだ。カリムは、その様子に満足したように唇に笑みを浮かべ、他の将軍たちを睨みつけた。誰も異を唱える者がいないと悟ると、ダイアナとフェリオに向き直った。

「月神シャラ、そしてデュオの青い虹、これからもご協力をお願いします」
「こっ、こちらこそ」
「ありがとう、国王陛下。私たちは喜んでお力になりましょう」
 ダイアナの光輝くような笑みが、荒廃しようとしていた騎士たちの心を満たす。この人といれば、必ず戦いに勝てる。目の前に立つ、絶世の美女こそが、勝利の女神、月神シャラその人だと、誰もが信じて疑わなかった。



 兵たちは、迫りくる獣神との戦いに備え、それぞれの宿舎へと戻って行った。先ずはあの化け物を倒さなくてはならない。それが、新デスペラードへの第一歩だ。そして、それは決して負けることの許されない戦だ。だが、彼らには希望がある。天人フィルから授かったと言われる光の剣。それに、勝利の女神と、青い虹が味方してくれる。そして、新国王。前国王とは異なる、器量の大きな少年だ。己の命を狙った近衛将軍でさえ、大きな心で許した。あのような人物の下で戦えるのならば、命は惜しくない。兵たちの心は、完全に新国王に心酔していた。

「カリム、あなたは良い臣をお持ちですわね」
 兵たちがほとんどいなくなった大会議室で、ダイアナがニッコリと微笑んだ。カリムも、大きな試練を一つ乗り越えた疲れが出たのか、玉座に座りこんでいたのだが、ダイアナの言葉に反応して顔を上げた。

「はい、私にはもったいないほどの、頼もしい兵たちです。彼らは一騎当千の猛者ばかり。獣神との戦いが本当に楽しみです」
 ニッコリと少年らしい笑みを浮かべ、カリムがうなずく。

「違うわよ。私の言ったのは、エルドラン将軍のこと」
「はい、エルドランは尤も信頼できる将軍です。私の剣の師であり、騎竜の手本であり、軍師です。今日も彼がいなければ、私は兵たちの心を掴むことができなかったでしょう」
 カリムは目を細め、静かに微笑んだ。フェリオは何を言っているのかが理解できず、ポカンと口を開けて見ている。

「うふふ、それが判っているのなら、あなたは立派な国王陛下ですわ」
「いや、私はまだまだですよ」
 謎めいた会話だ。フェリオは益々理解できずに二人の顔を交互に見る。

「ねえ、何がどうだって言うんだよ?オレにはサッパリわかんないよ」
 堪りかねて少年は叫ぶ。二人だけ判った顔をしているのはズルイ。どうしても、会話の意味が知りたかった。

「フェリオ、どうして、兵たちはああも簡単にカリムの下した命令に逆らわなかったと思う?」
「えっ?だって、カリムは王様になったから……。だから、言うことを聞いたんじゃないのか?」
「そう、王様は確かに偉い存在だわ。でも、カリムはまだ少年。フェリオと三才と違わない男の子なのよ。そんな若い国王の命令に不安もなく従うなんて、普通ではできない話だわ。分かり易く身近な例を上げれば、ライヤはアルディオンの神子と、アルカディアでは崇められているでしょう?でも、皆はだからと言って、彼女の言うことを全て聞いてくれる?そう、例えば、どうやってアルカディアを地球人から守るかってことを、ライヤに尋ね、実行する?」

「えっ、だって、ライヤは女の子だよ。戦争のことなんて判るはずないよ」
「じゃあ、フェリオの言うことは聞いてくれる?フェリオは青い虹だったんでしょう?」
「……だめだよ。だって、オレ、まだ子供だし、戦いのことなんて何も知らないし……」
「カリムだって同じようなものよ。まだ17か8の少年なのよ。例え、王家の血を継ぐ存在だとしても、歴戦の将から見れば、まだまだ頼りないと思うはず。だから、エルドランは一計を案じて一芝居うったってわけ」

「芝居?それって、もしかして近衛将軍に喧嘩を売ったこと? でも、どうして?」
「私たちが最初にカリムに出会った時デスペラード竜騎に追われていたのを覚えている?あの竜騎を指揮していたのが近衛将軍バルドーだった。だから、前王が退位し、カリムに玉座を譲ると宣言した時、近衛将軍は蒼ざめたと思う」
「知ってるよ。あの時、騎士バランがそう言ってた。でも、それは前の王様、カリムのお父さんが命令したからしかたがなかったんだろう?」
「そう、でも、近衛将軍は不安だったと思う。自分の命を狙おうとした相手を憎んでいるに違いない。きっと、いつか罪を追求され、処罰されるに違いないと」
 チラッとカリムを見ると、黙ってうなずくのが見えた。彼もまた同じことを考えていたのだ。

「私は、バルドーを処分するつもりはなかった。あれも、忠実なデスペラードの将だ。ただ、考えが足りぬ。獣神などにデスペラードを支配されればどうなるのか、少し考えれば判るはずだ。しかし、彼の忠誠心はデスペラード国王にあった。国王が断じたことを何の疑問も持たず、盲従してしまう。それが真の忠誠心だと思い込んでいる。それを悪だと決めつけることはできぬ。彼はそうゆう風に育てられた騎士なのだから」
「オレには判らないよ。だって、王様が悪いことをしようとしているのに、何も言わないなんて、変だ」
「そうだな……」

 思わず口走ったフェリオに、カリムは苦笑した。もしも、エルドランに師事していなければ、カリムもバルドーと同じように考えていたはずだ。だが、教育係として選ばれたエルドランの真っ先に教えたのは、自分の頭で考えることだった。自分の頭で善悪を判断する。それは簡単に見えて、難しいことだった。剣の練習が辛くて、休みたいと言った時にも、エルドランは自由にすればいいと言った。だが、もしも剣の鍛錬を怠り、まともに使いこなせない大人となった時、どうやって自分の身を守るつもりかと問われた。

「大丈夫だよ、エルドランが守ってくれるもの。そうだろう?」
 胸を張って答えた幼いカリムに、エルドランは苦笑した。

「もしも、私がお傍におれば、エルドラン、一命をかけて王子様をお助けいたします。しかし、エルドランは若くはございませぬ。必ず、王子様よりも先に死にます。その時は如何になさります?」
「エルドランが先に死ぬ……?」
「はい、人間はいつか死ぬものでございます。そして、エルドランはもう年です。王子様をいつまでお守りできるか……」
 優しい笑みだった。死ぬと言うことを十分に身に染みている軍人の達観した言葉は、幼い王子に耐えきれないほどの恐怖を与えた。いつまでもエルドランには頼れない。いつかは、己の身は己で守らなくてはならない時がくる。

「判った」
 剣の鍛錬は他人のためではない。己が己の身を守るための鍛錬だった。嫌でも、辛くても、やらなくてはならない試練なのだ。それが、王子として、生き延びるための手段。長生きしたくなければ、怠けるがいい。エルドランの目は、雄弁に語っていた。

「近衛将軍ならば、それでよい。だが、国王はそうはいかぬ。王の言動一つで、国の運命が変わる。私の父のやったことが、尤もよい例だ。目の前の危険を忌避するために、獣神に帰依してしまった。それは、明らかな誤りだっ。人間ならば、死しても守らなくてはならない大儀がある。それは人は決して悪魔に魂を売ってはならないということだ。だが、父は、それをやってしまった。そして、それに気づいていたにも関わらず、バルドーは諌めもせず、盲従してしまった。それは、彼が心を持たぬ、根っからの軍人だったからだ。それを責めることはできぬ。ある意味、国王は、そんな家臣を重宝しているからだ。

 何も考えず、戦ってくれる兵ほど扱い易い存在はない。それが判っているから、そんな風にあるようにと兵を扱ってきた。それが、本来の軍人の姿であるかのように教育してきたとも言える。だから、彼は間違っていない」
「それじゃあ、ただの戦争人間じゃないか!」
「そうだ、だから、彼には責任がないとも言える。しかし、私が国王になった以上、戦う人形は必要ない。これからのデスペラードには正邪の判断ができる将のみを必要とする。判ったか、バルドー!」
「えっ?」
 不意に横を向いたカリムに、フェリオが驚いてそちらを見る。と、扉の向こうから近衛将軍の姿が現れた。

「私が何故、お前を許すと公言したのか聞きたくて、そこに隠れていたのだろう?今のが答えだ。父の時代の時は、今までの近衛将軍で良い。しかし、私の時代になったからには、変わってもらわなくてはならない。それだけだ!」
「国王陛下……」
 バルドーがガックリと肩を落とす。許されたのではない。ただ、次の機会を与えられただけなのだ。新国王に本当に認めてもらうには、これからしかない。そう悟ったのだ。

「判ったなら、行け!獣神との戦いは目の前だ。しっかりと戦功を上げよ!」
「はっ!」
 バルドーは顔を厳しいものに変え、敬礼すると、足早に去って行った。

「初めから気づいていたの?」
 近衛将軍の姿が見えなくなると、疑問を口にした。すると、カリムはニヤリと微笑んだ。

「ふふ、途中からだ。だから、不自然ではないように、話を変えた」
「オレ、ちっとも気づかなかった」
「フェリオは本当の軍人ではないからな」
 カリムは苦笑しながら、フェリオの肩を叩いた。本物の軍人ではないと言われたフェリオは内心面白くない。大好きな幼なじみを助けるためには、強くなくてはならない。強くなって、あらゆる敵から守ってやりたい。そう思っているのに、軍人ではないと言われたのだ。それは、お前は強くないと言われたのも同然だと感じたのだ。

「エルドランがバルドーの古傷を抉るようなことを言った時、私は戸惑った。竜騎将軍は、決して他人を誹謗中傷するような男ではないし、過去の過ちをいつまでもネチネチと持ち出していびるような陰険な人間でもない。だが、衆人環視の中で、それをやった。もちろん、バルドーは挑発され、抜刀寸前まで行った。何故、今このような時に問題を起こす?私は思わずエルドランを見た。が、その目は曇ってはいなかった。彼はやるべきことをやっている。そんな目をしていた。だから、考えた。エルドランがこのような行動を取るには、きっと何か理由があるに違いない。それは何か?今、二人が問題にしているのは、かつてバルドーが前王の命令で私を殺そうとしたこと。そして、バルドーの反応を見る限り、それをかなり気に病んでいるようだ。だから、つい何も考えることなく、私の言葉に対して追従を述べ立てたのだ。なんとか、あの事件から私の目を反らせたい。そう思っているところに、エルドランの痛烈な皮肉だ。きっとかなり焦ったに違いない。そして、激しく憎んだ。結局、エルドランの判断が正しかった。だから、これからはエルドランが王の側近として重用されるだろう。そうすれば、自分の立場はなくなると思ったはずだ」

 カリムがホーッとため息をつく。バルドーもエルドラんも大切なデスペラードの将軍だ。どちらを失っても、痛手は大きい。もちろん、どちらを選ぶと言われたら、答えは決まってはいる。しかし、バルドーとて、失うには惜しい将軍なのだ。それを失わないためにはあれしかなかった。

「そうか!近衛将軍はエルドランに嫉妬していたんだ!もう自分はデスペラードに必要ない人間だって。それに、カリムの復讐も怖かった。だから、内心ビクビクしてた。でも、カリムはバルドーとエルドランを公平に叱った。そして、過去の罪は問わないと公言した。もしも、カリムがエルドラン将軍を贔屓にしていたのならば、バルドーだけを叱り、エルドランを庇っていたはずだよ。でも、それをしなかった。きっと、バルドーは自分の嫉妬が理由のないものだって気づいたはず。そして、何よりも気に病んでいた、カリムの復讐は杞憂に過ぎなかったってことに気づく。そうなれば、バルドーは安心してカリムの下で仕えることができる。それに、バルドーが許されるの なら、彼に手を貸した将軍たちも許されるはずだ。だから全員が安心して剣を捧げたんだ。凄いよ、たったあれだけで、軍を掌握してしまった。でも、いつの間にエルドラン将軍と話し合ったんだよ?そんな暇はなかったと思うけど……?」

「エルドランとは何も話し合ってなどいない。私も又、エルドランに試されたのだ」
「えっ?」
 驚いて目を見張るフェリオに、静かに微笑み、カリムは窓から外を見上げた。本当に長い一日だった。獣人を倒し、不死化したグリズドーを撲滅し、そして、王位についた。だが、これで全てが終わったわけではない。本当の戦いはこれから。獣神を打倒し、宇宙(そら)から攻めてくる侵略者に対抗するため、デュオ中の国々と同盟を結ばなくてはならないのだ。


第一章 第二十七話  王の試練! ---了---



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◆第一章 第二十八話  獣神再臨!◆



 本当に目まぐるしい一日であった。出奔していたカリム王子と竜騎将軍の帰還。そして、デスペラード王宮を恐怖させていた獣神の下僕である獣人と不死のグリズドー退治。目まぐるしい動乱の最後は、デスロ三世の退位宣言であった。カリムを玉座に迎え、新デスペラードは動き出した。だが、そんな王家のいざこざなど無関係な門番兵士は、大禍時を迎え、小さなあくびをこらえていた。王が誰であろうと、下級兵士にはまるで関係がない。ただ、あの獣神ゴーラに従わなくてよくなったことだけは、喜ばしいことだと感じていた。

 「なあ、相棒!」
 「うん、何か言ったか?」
 「カリム様が国王様になられたのはめでたいこっちゃがよ、本当にあの化けもんを退治できんのかねえ? もしも、だめだったらよ、オレたちも巻き添えを喰っちまうんじゃねえか?」

 「ばっかだなあ、そん時は、逃げればいいんじゃねえか! 何もオレたち下級兵士が命かける必要はンねえんだ」
 「そっかーっ! そうだよなあ、オレたちゃあ下級兵士だもんなあ! 気楽なもんだ!」

 門番兵士たちは、互いの顔を見て、ヘラヘラと笑った。王や将軍、騎士となると、誇りがどうのというしがらみで縛られている。だが、下級兵士にはそんなものは存在しない。ただ、給金にみあった働きをすればいいだけなのだ。なんと気楽なことだ。

 「うん、あれは何だ?」
 不意に、一人が薄闇に動く物を見て、相棒を見た。相棒も、何だろうと目を凝らす。と、闇の中から黒い巨大な物が現れた。ギョっと門番は硬直した。とてつもなく巨大な体躯の人間だ。その巨大な肩の上に乗っているのは、ゴリラのような獣面だった。

 「うわーっ! 獣神だ!」
 「何? 獣神ゴーラ?」
 相棒の絶叫に振り向いた兵士が見たのはポッカリとブラックホールのように大きく開かれた獣神の口であった。次の瞬間には、飛び出した銀色の蜂に二人とも首筋を刺され、昏倒していた。

 「立て、我が操り人形共! そして、我が軍団を奥宮へと導け!」
 ゴーラの背後に、うっそりと騎竜の軍団が音もなく現れた。倒れた門番は、獣神の命に応じて、ユックリと愚鈍な動きで立ち上がり、奥へと歩き出す。それは一見異様な軍団であった。誰も声を発する者はなく、エルフォンですら死んだ魚のような虚ろな目をしているし、まるで息などしていないかのようであった。彼らの足取りは重く、まるで泥田の中を歩いてでもいるような重さがあった。それでも、不思議なことに全くと言っていいほど音はしない。獣神に従う騎竜の群は幽鬼のように闇に隠れて行く。やがて、幽鬼の群は奥宮へ続く回路へと近づいた。

 「何者だ?」
 王宮内を巡回していた兵士の一団が夢遊病者のような竜騎の群に気づき、叱責を浴びせようとした。が、一番手前にいる巨大な人物に視線が行った時、彼らの思考の箍が吹っ飛んでしまった。それは忘れようとしても忘れられない。忌まわしい姿。デスペラードを恐怖のどん底にたたき込んだ悪鬼、獣神ゴーラその者であったからだ。夜気を引き裂くような絶叫が兵士たちの口から迸り出る。わずか数時間で、数百もの兵士と騎士が犠牲になったのは、それほど昔のことではない。

訓練された騎士ではなく、ろくに剣の鍛錬もなされていない下級兵士では、目の前に現れた恐るべき悪魔に腰を抜かし、逃げまどうような醜態を曝したとしてもしかたのないことであろう。しかし、無駄な戦いを挑まず、直ちに逃げ出した者は、賢明であった。彼らは、己の上官である騎士、将軍に直ちに注進に走った。その報告は、数分を待たず、新国王にも伝えられた。やっと、気の重い、将軍たちとの会議を終えて、くつろごうとしていたカリムの表情が一気に引き締まる。

 「早い、我々がデスペラードに帰還して半日も経たないというのに、もう引き返してきたとは……」
 「フェリオ、ソードを用意して!」
 「うん!」
 ダイアナが素早く立ち上がり、フェリオを急かす。フェリオも慌てて立ち上がったが、その時はもう彼女の後ろ姿が扉の向こう側に消えるところだった。白猫のユキもピンと耳を立て、床を蹴っていた。

 獣神に率いられた竜騎の群を阻もうとデスペラード精鋭の近衛隊とエルドラン率いる竜騎隊が直ちに前後から押し寄せてきた。どちらも、一、二を争う生え抜きの猛者揃いの騎士ばかりである、圧倒的な剣捌きで敵を薙ぎ払おうとした。敵の動きは愚鈍で、まるで手応えがない。剣で払い、突き、切り倒す。だが、暫く戦う間に、奇妙なことに気づいた。いくら敵を傷つけても、相手は倒れることがないのだ。兜を割り、頭蓋を失っても、敵は向かってくる。鎧を貫き、心臓串刺しにしても、まだ剣が襲ってくる。

それは彼らが騎乗しているエルフォンでも同じであった。騎士がだめならば、その竜を討つ。そうして、矢で巨大な竜の足を射ても、何も感じないかのごとく、突き進んでくるのだ。幾本もの矢を全身にうけ、槍で心臓を貫かれているはずであるにも関わらず、ズンズンと前進してくる敵竜騎の群。デスペラードの竜騎士たちの胸に不安が沸き出してきた。もしかしたら、あの不死身と化したグリズドーと同じように、彼らも獣神の魔法によって不死身になっているのではないかと。

 「火矢だ! 火矢で焼き払え!」
 エルドランが弓士に向かって指示を飛ばす。直ちに、弓士が篝火から火を移した火矢を敵に向かって放った。しかし、火だるまになった竜騎の動きは止まらない。炎をまとったまま、前進してきた。

 「なんて奴らだ!」  口惜しげにエルドランが唇を噛む。獣神だけでも手強い敵なのにこの竜騎士たちの不気味さはどうだ。斬っても、突いても、全く倒れない。首を切り落としてさえ、動きを止めることができないのだ。

 「エルドラン、足だ! 足を切り落としてしまえば、いくら奴らが不死身であろうと動けぬはずだ!」
 「バルドー……」
 反対側から大音声が鳴り響いた。数人の近衛対が敵の足を切り払い、動けなくしている姿が目に入った。先ずはエルフォンの足を奪い、落ちてきた騎士の足を同じように切り払っていた。いくら不死身とはいえ、足を奪われては動くこともできない。

 「よしっ、竜騎隊、奴らの足を狙え! 突き刺すだけではだめだ! 切り払うのだ!」
 「おーっ!」
 竜騎将軍の命令が竜騎士の萎えかけていた精神に活力を与えた。足を切り払い、動きを止めれば、奴らの進行を止めることができる。それが判れば、勇気百倍であった。騎士たちは敵エルフォンの足を狙い、切り払う、そして落ちた騎士の足を切り取った。相手の動きは愚鈍で、その作業はそれほど困難ではなかった。しかし、気持ちの良いものではない。それに、直ぐに気づいたのだが、相手の傷口から出てくるのは鮮血ではなく、どす黒く腐臭を漂わせる汚れた血であった。それは、相手が生きた人間ではなく、死人であったことを示している。

獣神は、死人を操り、動かしていたのだ。騎士たちの顔に、明らかな嫌悪が浮かぶ。だが、敵の正体を知ると、益々、嫌悪感が深まった。敵の全てが獣神に率いられてカナンへ出兵していった騎士たちであったのだ。それは予想すべきことであった。だが、それを目の当たりにすると、さすがに吐き気をもよおした。仲間が殺され、死の操り人形になっている。死の安楽を奪われた、死人騎士。それは未来永劫に救われぬ地獄の魂なのだ。

 「許せぬ! 我が同胞を地獄の亡者に貶める獣神!」
 老将エルドランの目に怒りの炎が燃え上がった。あの化け物だけは絶対に許すことはできぬ。サッと鋭い視線を左右に向ける。しかし、あの化け物の姿は何処にも見えない。何処へ? ふっと将軍の脳裏に嫌な予感がした。もしかして、死人騎士は陽動作戦だったのではないか? エルドランたちの目をここに引きつけておいて、獣神は目的の場所に向かった? まさか、目的の場所とは新国王のいる王の間。

 「しまった! 国王陛下が危ない! オルトリオ、後は任せた! バラン、ガント、わしに続け!」
 やっと正常に動きだした新体制なのに、もしも、カリムに何かあれば、それはいとも容易く崩壊してしまう。なんとしてもカリムを守らなくてはならない。この老人の命をかけても、新国王だけは守り通す。エルドランはエルフォンに鞭打ち、奥宮へと駆けた。



 一瞬遅れて室を出ようとしたフェリオは、ハッと何かの気配を感じ、振り向いた。フワリと窓のカーテンが動く。風か? 目を瞬かせ、首をひねる。だが、ザワザワとした悪寒が背筋を這い上る感覚が少年を緊張させた。

 「フェリオ、気をつけろ! 何かがいる!」  同じように殺気を感じたカリムが叫んだ。侵入者は何処だ? ソードを掴む手がジットリと汗ばんできた。ゆっくりと警戒しながらカリムの方へと近づいて行く。敵の目標は新国王に違いない。守らなくてはならないと感じたフェリオだった。

 「フェリオ、動くな! 敵はそこだ!」
 カリムの叫びと共に、剣が一閃した。エッと立ちつくす少年の目の前のカーテンが、鋭い切っ先で引き裂かれた。同時に飛び出す人影。

 「獣神ゴーラ!」
 「あいつが獣神……」
 鋭いカリムの叫び。フェリオの驚愕に見開かれた瞳。この世の者とは思えぬ異様な姿がそこにあった。二メートルを越す巨体の上には、ゴリラのような獣面が乗っかっている。それは正に、獣神と呼ぶにふさわしい禍々しい存在であった。

 「吾に気づかねば、アッサリと地獄に行けたものを! まあいい、ユックリと恐怖を味わうがいい!」
 不気味な笑みを浮かべた獣神が爪を光らせて近づいてくる。フェリオとカリムは、互いを庇うように身構えた。

 「カリム、逃げて! ここはオレが防ぐ!」
 柄のボタンを力一杯押し、フェリオが飛び出す。柄から白銀の光の剣が延び、獣の顔面を襲った。

 「なっ? レーザーソードか?」  相手の持っているのは普通の剣ではない。咄嗟にグレン・バズトールは剣の直撃を避けた。しかし、十分ではなかった。サッとソードの先が当たった顔面が裂ける。レーザーの傷口は普通の刃物の切り口とは異なり、出血は少ない。が、それにしても、全く出血しないということはない……はずであった。だが、獣神の顔面の傷口からは一滴の血も流れてはこない。

 「こいつ、やっぱり化け物だ!」
 フェリオの顔が嫌悪に歪む。だが、動きには躊躇いはなかった。第二撃が敵の胴を払った。しかし、思った以上に動きは早い。逆様にトンボを切った獣神は二転、三転して室の端まで飛び下がる。

 「レーザー・ソードにエメラルド色の瞳。そうか、貴様がデュオの青い虹、フェリオだな?」
 獣神の目がギラリと光る。彼がこの星に派遣された目的の一つ、デュオの青い虹が目の前にいた。主の子息を殺した仇だ。決して生かしておいてはならぬという命令を受けていた。デスペラードの新国王などいつでも殺せる。グレンの標的はフェリオに定められた。ギラリと光る爪が長く延び、少年の首筋を狙う。獣の俊敏さで跳躍したグレンの爪は狙いを違うことなく振り下ろされた。少年の顔が恐怖に引きつるのを確かめ、獣の殺戮本能が快楽の叫びを上げる。白い肌を切り裂き、飛び散る鮮血を想像すると、ゾクゾクと背筋を這い上がるものがあった。

 「そうはさせるか!」
 咄嗟にカリムが獣神に体当たりする。その衝撃で鋼鉄の爪がわずかに外れた。同時に、フェリオのソードが下から突き上げる。

 「ギャッ!」
 「うわっ!」
 獣神とフェリオの悲鳴が室にこだまする。少年の首筋から肩にかけてザックリとした傷口が現れ、鮮血が吹き出していた。

 「フェリオ、大丈夫か?」
 思わず駆け寄るカリム。だが、その足が何かに躓き、ギョッと立ち止まった。腕だ。血に染まった獣神の右腕が転がっていたのだ。ハッと顔を向けると、右腕を失った獣神が見えた。だが、獣神の方も肩口から下を失い、鮮血とも異なる、どす黒い液体を流している。カリムのお陰で、相討ちになっていたのである。

 「チッ、あいつに切られた腕をまたやられちまったか……」
 一応くっついてはいたのだが、まだ完全には修復されていない右腕であった。そこをソードで再び断ち切られてしまった。国王であるカリムが、あのような無謀な体当たりをしてくるとは予想もしていなかったのだ。油断していたとは言え、あのような子供にしてやられるとは、己自信でも腹立たしい。

 「貴様ら、二人共、地獄へ行け!」
 獣神の唇が怒りのため、めくれ上がる。黄色の眼が異様な光を発し始めた。何かが起こる。咄嗟にフェリオの身体がカリムを押し倒した。

 「フェリオ、何を……」
 驚愕に、何か抗議しようとしたカリムの言葉が途切れる。同時に、獣神の両眼から眩しい光芒が迸った。次の瞬間、今までカリムの立っていた床の大理石がドロリと溶解する。ブラスター・ビームだ。だが、科学力の遅れたデュオ人の少年二人には、それが判らない。ただ、悪魔の魔法としか見えなかった。

 「逃がすか!」
 クルリと顔面を回し、床に転がっている少年たちをにらむ。再び、眼に光が集まり始めた。バッと閃光が走る。同時に左右に飛び退く二人。ドロリと溶けた大理石の床から激しい瘴気が立ち上っていた。

 「クッ、ちょこまかと逃げ回りよって! ならば、動けぬようにしてやる!」
 ギラリと獣神の眼が陰惨に輝く。その瞬間、切り落とされた右手がフワリと宙に浮いた。ギョッと立ちつくすフェリオに向かって鋭い爪が襲う。やられると感じると同時に、反射的に右手のソードを突きだしていた。バチッという衝撃と共に、火花が飛んだ。発せられた閃光のあまりの眩しさに、思わず顔を背ける。ボトッと言う物の落ちる音がして、恐る恐る視線を床に落とした。そこには、切り離された右腕と手首から離れた手が転がっていた。あの瞬間、ソードが手首を切り落としていたのだ。しかし、ホッとしている時間はなかった。腕から切り離された手がピョンと飛び跳ねたと思うと、再び襲ってきたのだ。

 「フェリオ!」
 カリムの絶叫が室内にこだまする。鋭い爪が少年の首筋を切り裂く刹那、白い物が弾丸のように飛び込んできた。そして、そのまま手と共に落下する。

 「ユキ!」
 「フニャ!」
 白猫が手を口にくわえたまま返事した。ダイアナと一緒に飛び出して行ったユキが戻ってきたのだ。ピクピクと動く手を逃さぬように牙でガッチリと加え、前足が指を押さえ込んでいた。やがてガキッと砕ける音がして、手が粉砕された。

 「おのれ! 猫ロボットめ!」
 己の手を牙で砕かれ、獣神が吠えた。原形をとどめていれば再生は可能だ。しかし、あのように粉砕されてしまえば、復元は不可能だ。新しい腕を手に入れなくてはならなくなった。その怒りが、熟練の工作員であるグレン・バズトールの判断を曇らせてしまった。残された左腕を猫に振り下ろす。しかし、ユキの動きは俊敏で、鋼鉄の爪が大理石の床を削っただけであった。

 「ミャー!」
 ユキがヒラリとフェリオの目の前に降り立つと、褒めてくれと言うかのように、見上げた。

 「ユキ、ありがとう。助かったよ」
 フェリオが言うと、満足げに舌なめずりをする。そして、敵サイボーグに向かって全身の毛を逆立てて威嚇の姿勢を取った。


第一章 第二十八話  獣神再臨! ---了---



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◆第一章 第二十九話  獣神撃退!◆



 己の右腕を使い物にならなくしてしまった猫型ロボットに対するグレン・バズトールの怒りは凄まじいものであった。決して許さぬ。原形をとどめぬほどバラバラにしてやらなくては気が収まらない。左手の爪が剣のように長く延び、ユキの頭部を襲う。しかし、小さな身体を生かし、右へ左へ、上へ下へと逃げ回り、相手の隙を見つけては、巧妙に攻撃を仕掛ける。最初はユキの出現に眼を丸くしていた少年二人も、猫型ロボットの活躍に勇気を覚え、改めて攻撃に加わった。獣神の手がユキを狙って振り下ろされると、フェリオがソードで背後を狙う。振り返り、爪を振り上げると、カリムが右肩の傷口に剣を叩き込もうとした。頑丈にコーティングされた表皮とは異なり、剥き出しの機械が覗く傷口はもろい。振り上げた爪で剣を受け、跳ね返した。だが、その隙をついてユキが足に牙を立てる。

 「おのれーっ!」
 怒号を発し、グレンが足に噛みついているネコを蹴り飛ばした。ユキはクルクルと回転しながら室の端まで転がって行く。三対一では不利だ。だが、決して負けるつもりはなかった。敵のうち二人は子供であるし、たかだか猫型ロボットにやられるつもりもない。一人ずつ倒して行けばいいだけの話だ。

 「先ずは、貴様からだ! デュオの青い虹!」
 三人に振り回される愚を悟り、目標をフェリオに定めた獣神が、エメラルド色の瞳を持つ少年に爪を振るった。ザッと落ちてくる爪をソードで防ぐ。だが、頼りのレーザーは爪を軽く焦がしただけで、進入を許してしまった。咄嗟に避けるが、幾筋もの傷が引き裂かれた服の下に出現する。痛みに顔を顰める暇も与えられず、第二の爪が襲ってきた。レーザーはただの光線で、剣と異なり、攻撃を跳ね返せないと悟ったフェリオは、懸命に鋼鉄の爪を避け続けるしかない。ユキとカリムも、攻撃の隙を狙うのだが、二人の動きはあまりにも早く、つけ入る隙を与えてくれなかった。

 「フェリオ、頭を下げて!」
 突然、女の叫びが扉の向こう側から轟いた。フェリオは考える間もなく、頭を下げる。同時に鋼鉄の扉が獣神の顔面を襲った。バーンという轟音が室の空気を震撼させ、扉ごと獣神の身体が吹っ飛んで行った。

 「ダイアナさん……」
 「月神シャラ……」
 消えた扉の向こう側から現れたのは、月の光がそのまま具現したような輝くプラチナブロンドの美しい女性だった。いつまで経っても追いかけてこないフェリオに、不安なものを感じて戻ってきたのだ。

 「もう大丈夫。後は私に任せて」
 輝くような微笑みが、ダイアナの美しい顔を一層神秘的に見せた。カリムなどは、ほとんど崇拝に近い表情で勝利の女神を見つめている。

 「SAP(SPECIAL ARMED POLICE)のダイアナか……」
 くぐもった声音が鋼鉄の扉の下から漏れてくる。ハッと振り返った三人の目の前で、不死身の獣神が姿を現した。凄まじい勢いで飛んできた鋼鉄の扉に打たれた痛手はほとんど見られない。

 「あらっ、私のことを知っていてくれたの?」
 ダイアナがしれっとした表情で答えると、獣面の化け物は、ニヤリと陰惨な笑みを浮かべた。

 「ああっ、我が輩はあんたのファンなんだよ。銀河パトロールのキヨネ山本と二人で、散々シンジケートの邪魔をしてくれる絶世の美女だ。殺したいほど大好きさ」
 「まあ、嬉しいこと! こんな辺境の惑星でファンにお会いできるなんて、涙が出るほど嬉しくてよ。サインでも差し上げましょうか?」
 「是非、お願いしよう。我が輩の爪に、貴女の心臓の血でサインをもらうとしよう」
 言うと同時に、グレンが跳んだ。ダイアナも跳ぶ。二人の身体が空中で交差する。と、見えた時、獣神の身体が方向を変えた。空を切る拳。同時にダイアナの身体も別の方向に着地していた。次の攻撃に備えて身構えるダイアナ。だが、グレンの身体は次の跳躍を終えていた。

 「勝負は預けた! また会おうぞ、ダイアナ! 次は我が輩の爪で貴女の心臓をえぐり出してやる!」
 哄笑を残し、獣神は窓から飛び出して行く。フェリオが後を追おうとしたが、振り向いた黄色の眼からブラスター・ビームが飛び出した。咄嗟に避ける。熱線の瘴気が収まった時には、獣神の姿は窓の外に消えていた。

 「どうやら不利を悟って逃げたようね」
 窓の外を見回したダイアナが残念そうにつぶやく。フェリオとカリムも両脇から外を見たが、やはり獣神の姿は何処にも見えなかった。

 「それにしてもフェリオ、酷い姿ね。あっちこっち傷だらけじゃないの。ユキ、手当をして上げて」
 「ミャーッ」
 白猫は一声鳴き、フェリオの膝の上に飛び乗ると、柔らかい舌で少年の傷跡を丹念に舐め始めた。最初は舌が傷口に当たる痛みに顔を顰めていたが、やがてユキの唾液に含まれている消毒液と痛み止めが効いてきたのか、なされるがままになって行った。幸い傷口は皮膚だけで、深いものはない。牙に仕込まれた生体ボンドで傷口が閉じられると、出血はスッカリ止まっていた。



 「フェリオ、ご苦労、国王陛下を命がけで守ってくれたそうだな」
 遅れて駆けつけてきたエルドラン将軍の言葉に、フェリオは羞恥心で一杯になった。カリムを助けなければならなかったのに、結局守られていた。獣神が実際に殺そうとしたのはフェリオであった。それに、危うく殺されそうになった時、体当たりをして助けてくれたのはカリムだった。どうして、いつもこうなのだろう。一番しっかりしなくてはならないのに、助けられてばかりだ。これでは、ライヤを守るどころか、逆に足手まといだ。すっかり自信を失っていた。

 「ミャー」
 ションボリと座り込んでいるフェリオの膝の上にユキが上がってくる。どうしたと問いたげに見上げていた。この子にだって何度も助けられている。自分はこんなに小さい猫以下だ。本当に役立たずで、自分が情けない。

 「どうしたのよ、フェリオ! 何を落ち込んでいるのよ?」
 不意に背中をドンと叩かれ、思わず咳き込む。見上げると、プラチナ・ブロンドの美女が優しく微笑んでいた。

 「オレ……本当に役立たずで……」
 「えっ?」
 ボソリと言う少年を、ダイアナは驚いたように見つめた。キヨネは、フェリオは無鉄砲で元気で、どんな困難にも逞しく立ち向かう勇敢な少年だと聞いていた。しかし今、目の前にいる少年のなんと頼りないこと。

 「君ねえ、何か勘違いしていない?」
 「えっ?」
 腕組みをしてジッと自分を見下ろしている美女を眼をパチパチさせて見上げる。勘違い? いったい、何を勘違いしていると言うのだ? 

 「君は、カリムや私と比べて、うまく戦えないことを悩んでいるんでしょう? だったら、それは大きな間違いよ」
 「間違い? どうして? ダイアナさんは女なのに、本当に強いし、カリムだって、オレと二才しか違わないのに強い戦士だし、王様としても立派なのに……。オレは……」
 なんて情けない。戦士としても、人間としても、未熟で、何もできない。こんなことでは、ライヤに嫌われてしまうかも知れない。

 「私が強いのは、グレンと同じサイボーグだから。カリムが戦士としても、王としても立派なのは、そのように育てられたから。フェリオとは違って当たり前なのよ。それよりも、何の訓練も受けていなかったフェリオがここまで戦えたことの方が素敵なのよ。剣や政治のことは勉強すれば強くなれる。でも、フェリオの持っている優しさや、正義を貫こうとする気持ちは誰にも負けてはいないと思う。それに、ライヤを愛する気持ちもね」
 「ダッ、ダイアナさん……」
 ライヤの名が出た途端、少年の顔が真っ赤に染まった。本当に分かり易い男の子だ。この子の中には、いつだってライヤのことしかない。彼女のためならば、あの地獄のような砂漠を越えることも厭わないし、命がけで戦うこともできる。

 「私、ちょっとライヤが羨ましいな。だって、こんなに愛されているんですもの。私の好きな男の人は……」
 フッと辛そうな表情になる。だが、直ぐに笑顔に戻って、少年の頭を抱いた。こんなに一生懸命な男の子を守って上げたいと、本気で思い始めていた。

 「それに、今回のことは私のミスでもあるわ。相手は、あのヴレン・バズトールだってことをスッカリ忘れてしまっていた。レーザー・ソードは攻撃には最強の剣だけれど、守りにはむかない武器だった。私たちはレーザー・ソードを武器として使う時、必ず強力なシールドを使うのよ」
 「シールド?」
 「そう、敵の攻撃を防ぐ盾のこと。これがなければ、戦いは圧倒的に不利になるの。実際に戦ったフェリオなら判るでしょう? ソードで相手を切ることはできても、武器を防ぐことはできない。あのグレンの爪のように超合金でできた剣なんかは、一度で切断することはできないし、跳ね返すこともできない。普通の剣とは違う使い方をしなくてはならないのよ。それを知らなかったのだから、あんな負け方をしてもしかたがないわ。それよりも、よく戦ったと思う」
 ダイアナは慰めてくれている。本当に優しい女性だ。彼女のためにもしっかりしなくてはならない。

 「ダイアナさん、ソードで戦う方法を教えて! オレ、ライヤを守りたい。悪い地球人になんかに負けたくないんだ!」
 「いいわよ、私でよければ。それに、強力なシールドも準備しなくちゃね。ユキ、頼むわよ」
 「ミャア?」
 首を傾げて顔を上げる白猫の頭を撫でると、ダイアナは何事か耳打ちした。途端、ユキはシャンと耳を立てて、判ったとでも言うように一声鳴く。次の瞬間には、全力で窓から飛び出して行った。

 「ユキは何処に行ったの?」
 「宇宙艇に積んである私の武器とシールドを取りに行ったのよ。明日の朝には戻ってくるはず。さあ、ソードの訓練をやりましょうか?」  「今から教えてくれるの? やった!」
 パッと眼を輝かせ、ソードを取り出す。剣とは異なる、レーザー・ソードでの戦い方をおぼえる。そして、絶対にあの化け物を倒してやる。フェリオの眼は、真剣な光で満たされていた。



 デスペラード王宮まで半日というところで、仮面騎士、レオナルド・フォレストが率いるカナン竜騎士隊は小休止していた。あの獣神の軍がデスペラードに舞い戻れば、何事か騒ぎが起こるに違いないと踏んで、追撃してきたのであるが、予想に反し、王宮は静かな様子だ。彼らは知らなかったが、獣神こと、グレン・バズトールは己の部下を殺し、死骸を動かして日夜を問わず走らせたため、三日も前に王宮に戻り、すでに破れていた。そのため、彼らがここに到着した時には、全てが終了した後だったのだ。脳に食い込んだ機械によってコントロールされる騎士や竜は、不死身ではあっても、動きは鈍重で、洗練されたデスペラード騎士の敵ではなかった。瞬く間に殲滅されてしまったのだ。それに、グレンも、フェリオやダイアナたちの活躍で、とりあえずは撃退された。今は、新体制を整えるために、中は忙しく立ち動いていたが、傍目からは何事もなかったように見えていたのだ。

 「フォレスト、どうするつもりじゃ?」
 エルフォンの上で、腕組みをし、王宮をジッと見つめている仮面騎士に、サリヤが尋ねた。フォレストがそうし初めて、もう十数分になる。それなのに、一言も発しない。何を考えているのだろう? 仮面の下の素顔と同じように、この男の考えていることはまるで判らない。不死身の獣神と互角に戦ったと思うと、次はデスペラードと和平を結ぼうと言う。それなのに、ここまでくると、王宮を見つめたまま動こうとはしない。本当に何を考えているのか判らない。

 「まだ時がきてはおらぬのかも知れぬ」
 「はあ……?」
 ボソリとつぶやくのを、サリヤは訝るように見上げた。しかし、仮面の男は再び口を閉ざしたままだ。行くのか、引くのか、どちらを選択すべきか、フォレストは迷っていた。弱小国のカナンが強国デスペラードと対等に和平を結ぶには、敵が苦戦している時に、話を持ちかけるのが一番だ。あの化け物が血相を変えて国に戻ったということは、国で何かが起こったに違いない。そう思ったからこそ、ここまで乗り込んできたのである。しかし、遠くから見たところでは、何の変化も見られないようだ。

 「ダストル、いるな」
 何も見えない空間に向かって、小声で問う。と、風も吹かぬのに、竜首の銀鈴がチリンと鳴った。

 「王宮の様子を見てまいるのですな」
 次いで、耳元でささやく声が聞こえた。フォレストが静かにうなずくと、サワサワと雑草の揺れる音が遠ざかって行く。

 「小一時間ほど休憩しよう。竜も、騎士も、疲れているはずだ」
 「フォレスト! 何を悠長なことを言っておる? ここまできたら、敵陣に乗り込むだけではないか。堂々と、カナン王の代理として謁見を申し込むべきだ」
 サリヤがもどかしげに抗議する。しかし、仮面の下のエメラルド色の瞳は揺るぐことなく見つめ返してきた。深い湖を思わせるような美しい瞳に、カナンのおてんば姫もたじろぐ。何もかも見透かしたようなフォレストの目に見つめられると、サリヤは、自分がどうしようもない子供に思えてくる。それが口惜しくて、何か言い返そうとするのだが、何も言葉が出てこない。それが益々口惜しくて、プイッとそっぽを向いて、エルフォンから降りた。

 「おいっ、待てよ! ユキ、何処に行くつもりだよ!」
 不意に大声がして、藪の中から少年が飛び出してきた。どうやら、目の前を走っている白猫を追いかけてきたものらしい。だが、カナンの騎士たちはギョッと立ちつくした。王宮の傍に隣国の竜騎士隊が隠れ潜んでいるのを見られたら、どう勘違いされるか判らない。だが、相手はまだ子供だ。もしかしたら、自国の竜騎士だと思ってくれるかも知れない。

 「あっ、サリヤ姫!」
 だが、彼らに気づいた少年は、サリヤに気づいて叫び声を上げた。

 「気づかれた!」
 思わず剣を抜こうとした騎士をサリヤは目線で押しとどめる。カナンの竜騎士だと認識する前に、カナンの姫を認めるとはどういうことだ? もしかしたら、顔見知りかも知れないと思ったのだ。だが、敵国デスペラードにそうそう顔見知りがいるとは思えない。では何者? 

 「お姫様、忘れちゃった? ほら、カナン国で……」
 パッと顔を上げた少年のエメラルド色の瞳を見て、サリヤも思い出していた。カナンの町で出会った少年だ。怪しげな傭兵にからまれていたところを救ってやった。

 「あの時はありがとうございました。お蔭でオレたち助かりました」
 猫を抱き、ペコリと頭を下げる少年に、全く邪気は感じられない。どうしたものかと、仮面の男を見た。だが、フォレストの両眼は驚きに大きく見開かれているのが仮面の上からでも判る。

 「フォレスト、どうした?」
 訝るサリヤの視線につられ、フェリオも仮面の男を見る。太陽の光をそのまままとったような黄金の髪、そして光輝く黄金の仮面の下から覗くエメラルド色の瞳の男だ。均整のとれた身体は、それだけで十分に目を引く。地球人だと、咄嗟に理解した。だが何故、サリヤと一緒にいる? 

 「フェリオ、どうかしたのか?」
 続いてエルフォンに騎乗した少年が藪の中から現れた。そして、続いて同じように騎竜の女性が現れた。月の光をそのまままとったようなプラチナ・ブロンドの美しい女性だ。サリヤは、この二人を見て、はてと首をかしげる。何処かで見たような二人だ。しかし、何処? 

 「サリヤ姫……」
 竜上の少年が驚愕の表情になる。ジッと見つめるルビー色の瞳。やはりみたことがあるような気がする。そして、もう一人の女性を見て、ハッとした。二人共、姿は変わっているが、エメラルド色の少年と一緒にいた二人だった。女の方は、確かあの時はデュオ人特有の青い髪をしていたはず、それに、もう一人は女性だった……。

 「このようなところで命の恩人に会えるとは運命の悪戯ですな、サリヤ殿」
 ルビー色の少年が、口元に笑みを浮かべたまま慇懃に礼をした。

 「お主は……やはり、あの時の少女か?」
 「あはは……そう言われると……」
 カリムは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる。あのような姿、誰にも見られたくなかった。特に隣国の姫には。だが、こうなってはしかたがない。諦めて認めるしかない。

 「まあ、あの時も今も姫様も少年騎士姿なのですから、お互い様と言うことで……」
 「私は男勝りと言われようと一向にかまわぬ。どうせ、嫁になど行くつもりはないし、弟が成人するまではカナンを守らねばならぬ身だ」
 「はあ……」
 凛としたサリヤの答えに、カリムは戸惑っている。それに、こんな話をするためにわざわざ王宮を抜け出してきたわけではない。各街道に忍ばせた監視が、カナンの竜騎士隊がこちらに向かっていると知らせてきた。カナンの竜騎士の数はわずか五十騎、戦いを挑みにきたとは思えない。では何が目的なのだろうか? そして、その中に女性がいると聞いた時、サリヤだと直感したのだ。カナンで見たサリヤは決して話の分からない人間には見えない。まさか、デスペラードが再三にわたって申し込んでいた婚姻のためではないはずだ。実際、今の彼女の言葉はその推測をハッキリと否定している。では、残された可能性と言えば……

 「サリヤ殿、せっかくこちらまでこられたのです、どうか私の家までおいでになりませぬか?」
 丁重な申し出であった。彼はどういう家柄の少年なのであろう。毛色の変わった女と少年を連れているが、決して身分賤しい者とは思えない。恐らくはデスペラードの高官の子息か。それにしては、あの時の様子は平民姿であったのは何故であろうか?

 もしや、敵国カナンを探りにきた密偵か? いや、それにしてはメンバーが妙だ。眼の色の異なる女と少年。目立ち過ぎる。密偵ならば、できるだけ目立たぬ方が有利に動ける。様々な疑惑が脳裏を過ぎる。しかし、これといった答えが出ない。

 「フォレスト……」
 如何にするのがよいのだろう。サリヤは助言を求めるように仮面の男を見た。

 「ご招待に応じられるがよろしいでしょう。せっかくデスペラードの王子殿下自らがわざわざお迎えにこられたのだ」
 「なっ……」
 思わず仮面の男と、カリムを交互に見る。この少年がデスペラードの王子? 信じられぬ展開にサリヤは呆然と立ちつくしていた。

第一章 第二十九話  獣神撃退! ---了---



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◆第一章 最終話  取りあえずの終章!◆



 「なっ……」
 思わず仮面の男と、カリムを交互に見る。この少年がデスペラードの王子? 信じられぬ展開にサリヤは呆然と立ちつくしていた。噂で聞いた王子は粗野で乱暴者。人殺しを厭わぬ殺人鬼だと言われている。だが、どう見ても、そんな風には見えない。それに、王子がたった二人の供しか連れず王宮を出てくるだろうか? 

 「違いましたかな?獣神を追って貴国に進軍してきたが、一度も貴国の軍隊には出会うことなくここまでこれた。それは、私共が注意深く進んできたからだと思いたい。だが、それではあまりにも不自然だと感じていた。道筋には、貴国の民とも何度も遭遇した。自国の軍とは明らかに装備の異なる竜騎が通れば、誰かが王宮に知らせるはずだ。にも関わらず、何者も我々の進軍を妨げなかった。だとすれば、我々をこのまま王宮にたどり着くまで見逃すつもりではないか。では、何が目的だ? 罠か? そう考え、ここで様子を探っていた。そうすると、あなた方が現れた。誠にわざとらしい現れ方だ。更に、あなた方はカナンでサリヤ姫に助けられたことがあったと言う。その当時、デスペラードは国王が獣神に帰依し、王子を反逆者として捜索していた頃だ。そこまで考えれば、答えは一つしかないと思うが……?」

 サリヤはフォレストの示した見事な推理に舌を巻いていた。寡黙な仮面の舌で、このようなことを考えていたのか。ではやはり、この男はデスペラードの王子か? 

 「仮面の騎士殿、残念であるが、私は王子ではない」
 カリムが静かな声で言う。サリヤは何故かホッと胸を撫で下ろした。やはり、この少年はデスペラードの王子ではなかった。高貴な身分ではあろうが、王族ではないのだ。では、もしも戦になった時、殺し合いをしなくてもすむ。

 「私はつい先日、父の後を継ぎ、デスペラードの玉座についた」
 「なっ……?」
 一瞬の間、沈黙が起こった。デスペラードの玉座についた? では、この少年はデスペラード国王? 信じられぬ。こんな少年が国王とは……。サリヤだけではなく、他の騎士たちの間にも動揺が走った。

 「国王陛下が正体を明かし、我らを招待なさるということは、我らを正式な賓客として招かれるということですな」
 「その通りだ。カナン国王第一王女、サリヤ殿をデスペラード国王、カリム二世が国賓として、デスペラード王宮にご招待申し上げる。ただし、私が信じられぬ、敵陣に乗り込む勇気がないと申されるのならば、無理にとは言わぬが……」
 「私に勇気がないと?」
 丁重ではあるが、毒を含んだ言葉にサリヤが激しく反応した。自分とほとんど年齢の違わぬ少年に舐められてなど堪るかという反発が、警戒する心を越えてしまった。

 「よかろう。招待に応じましょう。新デスペラード国王が、恩知らずでもなく、敵を油断させ、卑怯な手段で隣国の姫を抹殺するような人間ではないことを証明していただくために」
 「結構。それこそが私の目的です」
 憮然と毒を含んだ返事を返すサリヤに、カリムはニコヤカな笑みで返した。怒らせ、強引に返事を取り付けるのが目的の毒だったのだが、まんまと乗ってくれた。それが楽しくて、思わず出た笑みであった。



 デスペラード王宮内にある貴賓室に通されたサリヤは圧倒的な豪華さに眼を見張った。金糸銀糸をふんだんにつかった華やかなカーテンが四方を取り巻き、重厚な絨毯を敷き詰めてある。家具や調度も贅沢を尽くしてある。カナンでは貴重品とされ、祭事以外は、ほとんどたかれることのない伽羅香が、嫌みのない程度に香っているのも驚きであった。まるでカナンとは違う。国としての格の違いを思い知らされた。しかし、ここで怯んでなどいられない。いくらカナンが弱小国だとはいえ、立派な独立した国なのだ。臆してなどなるものか。サリヤは萎えそうな気持ちを奮い立たせようと頭を強く振った。

 「入ってもよろしいかしら?」
 不意に扉の向こうから女の声がして、ハッと振り返る。同時に、返事も待たずに女性が入ってきた。年齢は三十代後半から四十代前半の、いかにも上品そうな感じだ。手には何かドレスのような物を持っている。

 「息子がサリヤ姫は、旅先で、着替えなどお持ちになられてはいないのではと申すので、私のお古ではありますが持って参りましたの。どうか、袖を通してみませんか?」
 「はあ……?」
 突然、現れた女性はにこやかに微笑み、豪華なドレスを何の抵抗もなく、サリヤの肩にかけた。自分のお古だと言っていたが、どう見ても新品で、未だ一度も袖を通していないのは明白である。恐らくは、他国の姫に恥をかかせまいとの配慮なのであろうことは容易に想像できた。

 「よく似合うわ! やっぱり女の子はドレスが一番きれいに見えるわ!」
 女はニコニコと自己満足に浸っている。サリヤは突然の成り行きに戸惑い、呆然と立ちつくしていた。

 「あっ……あの……」
 「そうよねえ! 今着てる服は脱がなくちゃ! そんな男の子のような服はさっさと脱ぎましょうね」
 否も応もない。あれよと言う間に、サリヤは服を脱がされ、ドレスを着せられていた。抵抗しようとすればできなくもなかったのだが、あまりにも邪気のない相手にすっかり毒気を抜かれて、ただ言いなりにドレスを着せられてしまっていた。

 「あーっ、やっぱり可愛いわ! 思った通りの可愛いお姫様だこと!」
 見違えるように美しく着飾った姫を、女は満足そうに見つめる。
 「あっ、あなたは一体何なのです? いきなり私をこんな……」
 やっとの思いでサリヤは女に抗議した。

 「あらっ? 気にいらなかった? とっても似合っているのに……」
 「ち・が・うーっ! 私が問題にしているのはドレスのことじゃなくて、何故、私がこんなドレスを着なくてはならないかってことなの!」
 「どうしてって……あなたは女の子なんでしょう?」
 「そうですけど……」
 「じゃあ、ドレスを着るのは当たり前でしょう? 男の子がドレスを着たら変だけれど……」
 「それはそうですけど……」

 「じゃあ、何も問題はないではありませんか」
 「はい……じゃ、なくてあなたはどなたなのです? 何故、私にこのようなドレスを着せようとするのです?」
 「あら……」
 女は初めてサリヤの顔をまじまじと見つめた。そして、クスッと笑う。

 「私ったら、息子が可愛いお姫様を連れてきたって聞いたもので、スッカリ舞い上がってしまって……。おほほほ、ごめんなさいね、サリヤ姫。自己紹介もしないで」
 「あっ、いえ……」
 やはり調子が狂ってしまう。本当に何なのだろうか、この女性は? それに息子って誰のこと? 

 「私、カリムの母ですの」
 「はあ……? ……えっ? カリムって、まさか……?」
 「はい、デスペラード新国王カリム二世のことですわ」
 ニッコリと微笑む女性こそ、デスペラード国王の生母アンナルシアその人であった。



 本宮の広間には、デスペラード、カナン、両方の代表が集まっていた。それぞれ、正装した将軍たちがカナンの姫を待ちかまえている。これからデュオ始まって以来の出来事が起きるのだ。何百年もの間、戦い続けた二つの国が、怨念を忘れ、手を結ぶ。戦って勝利した国が相手を飲み込み、支配すると言うのでもなく、戦略結婚で一時の和平を取り繕うのでもない。互いの損得を無視して、同盟を結ぼうと言うのである。どちらの代表も緊張を隠せない。そんな緊張感漂う中、伝令がサリヤの到着を告げた。大きく開いた扉の向こうから中年の女性(実は先の王の后、アンナルシアである)に先導された姫が姿を現した。途端、ほーっとどちらからともなくため息が漏れた。美しく着飾ったサリヤは、男たちが想像していた以上に優雅で美しかった。いつも見慣れているはずのカナンの将軍たちでさえ。このようなサリヤを見たことがなかった。

 「本当に、あれがサリヤ姫か……?」
 そんなささやきが聞こえるようであった。しかし、当の姫はまるで気にした様子はない。ただ。普段から着慣れていないドレスの裾を踏まないようにするので精一杯だった。

 「息を呑んで見つめていたのは将軍たちだけではない。玉座で待ちかまえていたカリムもまた、目を見張っていた。魅力的な少女だとは思っていた。だが、これほどだとは想像もしていなかったのだ。

 「サリヤ姫、お手を」
 自ら玉座を降り、姫に手を差し出した。本来の姫なら、その手を払い除けていたであろう。だが偶然、サリヤはドレスの裾に足を取られてしまった。倒れそうになり、思わずその手を掴んでしまう。大きな手であった。一見華奢に見える少年王であったが。幼い頃からエルドラン将軍にきたえられた筋肉は、十分に少女の身体を支えてくれた。軽々とサリヤの身体を立ち直らせ、典雅に微笑んで見せた。

 「サリヤ殿、今のように、もしカナンが危機に遭遇したなら、我がデスペラードは直ちに救援の手を差し伸べるでしょう。そして、もしも我がデスペラードが危機に瀕した時は、サリヤ殿……」
 「我がカナンは迷わず全軍を私自ら指揮して駆けつけるでありましょう」
 「おおーっ!」
 二人の会話の意味を悟った両国の人間がどよめいた。もはや疑うべくもない。二人はハッキリと同盟を結ぶと宣言したのだ。長年に渡って戦い続けた二国の争いは集結した。人々はどっとどよめき、デスペラード国王と、カナンの姫の名を大声で歓呼する。デュオでの最初の同盟が成立したことは、これからやってくるだろう宇宙(そら)からの侵略者に対する防衛ラインの一つが出来上がったということだ。強力な軍隊を持つ二国が手を結べば、決して負けるはずがない。彼らはそう確信していた。

 「ライヤ、オレは任務を果たしたよ」
 同盟の成立に浮かれる人々と共に、フェリオも興奮していた。これでライヤに会える。そして、デュオも救われる。希望に満ちた笑顔が広間には満ち溢れていた。



第一章 最終話  取りあえずの終章!  デュオの仮面騎士  ---完---



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