女神 (めがみ) 文:蛍火
女神(めがみ)・目次
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人間は不思議な動物である。 ある人は「心を持った動物」と言ったが、 その心の持ち方一つで、その人の生涯が決まる。 萎(な)えた心では、病(やまい)も治らないし、 強いばかりでは、人の世は成り立たない。 竹のような、しなやかな強さ、 梅のような、しとやかな優(やさ)しさ。 そんな心をもった女(ひと)こそ、 現代の女神である。
前編 まえがき ---了---
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「久作、でえじょうぶか?おめえ、そんな事してぇ?後で分かったら、てえへんな騒ぎになるだどぉ?」 「でえじょうぶだ。おらあ上手くやるだで!」 「あんちゃん、しっかりやってくるだよ!おらたちは、ちゃーんとやるから、しんぺえしねえでやってこぉ。乗りかかった舟だ。やるしかなかんべぇ。なあぁおめえさま。・・・」 大きなお屋敷の片隅に建てられた物置小屋で、三人の男女がひそひそと囁いていた。外では、銀色の月の光が、あたり一面に輝き、冬の到来を告げていた。こんな真夜中なのに、この屋敷の母屋には、多くの明かりが灯され、何か騒々しかった。それは、表面上は良い出来事であったが、隠された重苦しいものも、そこにはあった。 若奥様が女の子を産んだという良い知らせは、すぐに村中を駆け巡ったが、それが双子であり、しかも、一人の子には、赤い大きなアザがあったという事は、秘密にされていたからである。 大正時代とは言え、村々には、古くからの言い伝えや、迷信が根強く残って居り、又、それらの因習によって村人を律する事が、村の平穏を保って行く唯一の手段だと、長老達が考えていた時代であった。だから、産まれた孫が双子と聞いた時、この庄屋磯田家の当主 徳右衛門が真っ先に考えたのは、「双子は畜生腹に産まれた子である。どちらか片方を間引きせねばならぬ。」という伝承であった。 村の戸数や人の数は、ずぅーっと昔から決まっていた。一定数以上に増えても、それを養うだけの食料はなく、又、減っても農作業に支障を来たすのである。獣も鳥も、すべて、その地域に住む生き物は、そこにある食べ物に見合った数しか生息出来ないのだ。それ故、村人達の家では、三人以上の子供が産まれると、間引きと称してその赤ん坊を殺したのである。これは残酷のようだが、自然界の掟なのだ。 勿論、磯田家は庄屋だから、小作人達水飲み百姓とは違って、何人子供が出来ようが困らないだけの財力はあるが、だからと言って、人の忌み嫌う双子を、大手を振って育ててもいいという事にはならない。片方を里子に出すとか、色々便法はあるが、大きなアザのある女の子では、そうする気持ちにもなれない。第一、世間で「何かのタタリだ」などと噂されても困るし、ましてや、顔にそんなアザがあっては、行く末、幸せになれるとは、到底、考えられなかった。醜く産まれた女の子は、ただそれだけで、幸福の大部分を失ったも同然なのである。 決心した徳右衛門は、妻と女中頭のカネを呼んで、出産を手伝った者達に、厳重に口止めするよう言いつけ、久作を居間に呼んだ。 久作は、嫁の澄子がこの家に嫁入りした時、ついてきた下僕(げぼく)である。親代々から仕えている下男達よりは、こういう仕事をさせるには都合が良かった。後で何か問題が起きた時、すべての責任を久作に被せて、処理する事が出来るからである。古くからいる者では、そう簡単には行かない。 「旦那様!それだけは勘弁してくんろ!おらそんな恐ろしい事、とても出来ましぇん。お願えでごぜぇます!どうかご勘弁を!」 「馬鹿だな。赤ん坊は、この世で息をしなかったんだよ。そんな死んで生まれたものを、埋めるくらいの事は、犬や猫の死骸を埋めるのと同じなんだよ。ただ、何処へでもという訳には行かないので、屋敷の庭の北側の隅にでも埋めてくれって言ってるんだよ。それともなにかい?お前は主人のわしの言い付けが、聞けないとでも言うのかい?ええっ?どうなんだい?・・・・・・」 徳右衛門は終いには、少し声を荒げた。久作の態度が、あまりにも強情に見えたからである。 日頃から、久作とはあまり接触のない彼には、久作の心情が読み取れなかった。又、何故そんなに怯(おび)えるのか、尋ねるだけの心の余裕もなかった。 「そ、そんなぁ!とんでもねえこっです!大旦那様のお言い付けに背くなんて、・・・・・・決してそんな事ございません!」 「じゃあ、やってくれるな。頼んだよ。ただし、誰にも見つからないようにな。場所はお前にまかす。なるべく深く掘ってくれ。穴が掘れたら、もう一度、この居間の前の庭先に来い。その時、渡す。分かったな。いいな。」 久作には、もはやどうする事も出来なかった。今にも泣き出しそうな顔をして、立ち去って行った。 再び、徳右衛門の居間の庭先に現れた久作は、顔も身体も土だらけになっていた。無言のまま渡された木箱を、恐る恐る両手で抱え、一礼して、木立の中に消えた久作を見送って、徳右衛門は、ホッとため息をつき、両手を合わせて、拝んだ。苦い罪の意識は、当分消えないだろうなと思いながら、念仏を唱えていた。 久作はガチガチ震えながら、しかも、さほど重くない木箱だったが、強く抱きしめて歩いていたので、さして遠くもない掘った穴の所まで行き着かない内に、一休みしなければ居られないほど疲れて、立ち止まった。流れ落ちる汗を拭こうと、木箱を、そーっと楓(かえで)の根元に置き、腰の手拭いを取り、顔を覆った時、かすかに、赤子の泣き声が聞こえた。 久作は飛び上がった。一瞬、それを亡霊の声と思った。 もう一度、その弱々しい泣き声を聞いた時、久作は、無我夢中で木箱を抱き上げ、走り出した。行く先は、物置小屋であった。そこには、夕暮れ近くに炭を運んできた、吾平夫婦が寝ていた。吾平の妻カヨは、久作の妹だった。その上、都合のいい事に、半年前、子供を産んだばかりである。母乳は、たっぷりあった。 物置小屋で開けた木箱の中で、まだ生きていた赤子は、カヨの乳を貰い月明かりの中で、慣れた手つきのカヨの手当てを受けると、たちまち元気になった。誰も知らなかったが、以前、久作の妻は、この赤子と同じようなアザを持った女の子を産んだ事があった。その時、カヨが反対したにもかかわらず、久作は、村人達にタタリがあったのだと言われるのを恐れて、その子を間引いたのである。 久作もその当時は若かった。そうする事が当然だと思っていたが、その後、出来た子は死産で、おまけに難産だったため、妻も死んでしまった。こうなって見ると、久作は、次第に、間引いた赤子に対する自責の念が強くなり、以来、妻帯もせず、仕えていた澄子お嬢様が磯田家に嫁入りする時、自ら望んで、ついて来たのであった。アザのある赤子を始末するよう命じられた時、ことさら怯えたのは、そういう経緯(いきさつ)があったからである。しかも、その子がまだ生きていたのだ。久作が助ける方向に動いたのも、当然の事であった。そして又、カヨも吾平も、久作の気持ちがすぐに分かり、預かる事にしたのも、又、当然の成り行きであった。
第一章 間引き(まびき) ---了---
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久作の主人、磯田家の若奥様澄子は、産後の肥立ちが悪く、寝たり起きたりの日々が続いていた。もともと弱い身体であったが、むしろ心にわだかまるものがあったからである。澄子は生まれた子が双子であった事は、お腹の中にある内から、分かっていた。だから、愛の薄い夫から、その一人が死んだと聞かされた時、その話し振りの底に、嘘が隠されている事を直感していた。諦めと共に、言いようもない怒りが、こみ上げて来た。 たとえ、どんな理由を並べようとも、母親にとっては、乳飲み子を手元から引き離された恨みは、決して消えるものではないのだ。ことに、澄子は心優しい女であった。望まれて嫁入りしたが、本当は好きな人が居たのである。だが、彼女も彼も、おとなしい性格で、親の言い付けに背くなどという事は、思いもよらぬ事であった。 「初恋は、はかなく消えるもの」として、二人は清い仲のまま別れた。それやこれや、重い錘(おもり)を飲み込んだような澄子の心は、次第に固く閉ざされ、日に日に肉体も衰弱して行ったのである。 ある日、久作は澄子に呼ばれた。病室には、誰も看護する者すらも居らず、ただ痩せ細った顔で、少し微笑んだ澄子だけが、布団の中に横たわっていた。久作は思わず、泣き伏した。 「いいのよ、いいのよ。もう泣かないで、作じいぃ。私、そんなに悲しくないのよ。これが運命(さだめ)だと、思っているのよ。だから、もう泣かないで。ね、もういいのよ。本当に。ただ、お前には、小さい頃から、ずい分と世話になったわね。ありがとう、ありがとうね。これを言って置きたくて、来て貰ったの。本当に、すまなかったわね。ありがとう。」 「もっ、もってぇねぇ事を、・・・そんなおよえぇ事をおっしゃらずに、もっと元気を出しておくんなせぇまし。もっと、このじいに、わがままをおっしゃって下せぇまし。」 「ええ、ありがとう。そう言ってくれるのは、じいだけね。でもね、もういいの。私、思い残す事も、ないわ。いいのよ。ただねぇー、・・・」 「ただ?・・・なんでごぜぇますか?」 「作じいに話しても、仕方のない事だけど、・・・一つだけ、心残りがあるの。誰にも、話せない事だけど、・・・じいだけには、話してもいいわね。私の、愚痴だと思って、聞いてくれる?」 「どうぞ、何でもおっしゃって下せぇまし。じいには、それが嬉しいんで、・・・・・・」 「あのね、私ね、初音(はつね)を産んだ時、確かに、双子だったのよ。初音は、元気でいるけど、もう一人の子が、どうなったのか、生きてるのか、死んでるのか、本当の事、知りたいと、近頃、思うのよ。私、もうすぐ、あの世に行くわ。あの世で、会えるかしらなんて、思ったりしてね。」 久作は言葉につまった。あの夜の赤子は、吾平夫婦の子として、すくすくと育っている事を言うべきかどうか迷った。決して、口外してはならない重大な秘密なのだ。だが、小さい頃から仕えてきたお嬢様が、死を前にして自分だけに打ち明けた、その胸の内を思うと、 どうしても言わずにはいられなかった。幸い、ここには、他に誰も居なかった。 「お嬢様、ご安心下せぇまし。内緒でごぜぇますが、そのお子様は、このじいが、カヨに預けてありますだ。とても元気にしているそうですだ。だから、お嬢様も元気出して、早よう良くなって下せぇまし。お願えしますだ!お嬢様!」 「えぇーっ!そうなの!そうだったの!良かった!よかった。ありがとう、作じい!・・・・・・これで、私も、安心して、あの世に、行けるわ。なんという名前?そう、キヨって言うのね。いい名前だわ。キヨね。キヨが大きくなったら、きっと私の事、話してくれるわね。こんな意気地のない、母親だけど、あの世から、いつも、見守ってるって、言ってね。キヨの事、頼むわよ。お願いね。・・・」 病人は、か細い手を布団から出して、久作の手を握ろうとした。久作は思わず近寄って、両手でその手をしっかり握り締め、涙のしたたり落ちる顔で、何度もなんども頷(うなず)いて見せた。 数日後、澄子は息を引き取った。その顔は誰の眼にも、安らかに微笑んでいるように見えた。人々は、磯田家の看護が行き届いていたからだと、囁きあったが、久作だけがその真相を知っていたのである。四十九日の法要もすんだ或る日、久作は思い切って、いとまごいを願い出た。澄子の家からついて来た下僕としては、当然の事のように見えたが、徳右衛門はこれを許さなかった。密かに始末した赤子の事を、久作に、よそで喋られては、困ると思ったからである。奉公人は、主人の許可なしでは死ぬまで、決して、その奉公先を離れる事が出来なかった時代だった。主人が駄目と言えば、いくら嫌でも生涯その家で働くしかなかった。 失踪、逃亡、などという非常手段は、成功の確率はとても低かった。庄屋たち支配階級の手から、逃れる手段は、なかったのである。久作は次第に食べ物を口にしなくなり、見る見るうちに、痩せ衰えて行った。磯田家の誰もが、澄子の死で生きる張り合いを失ったのだと思った。そしてついに、澄子の実家まで久作の病状が知れ、哀れに思った澄子の父親から、帰して欲しいとの申し出があった。もうあと幾日も生きられぬと、久作の病状を判断した徳右衛門は、葬式を出す手間が省けると思い、ついに、暇を出す事を承知した。迎えには、吾平夫婦が炭を運ぶ荷車を引いて、やって来た。夕陽の沈む頃、死人のように、コモで、布団と一緒に包まれた久作は、荷車に縛り付けられて、磯田家の裏門をくぐって行った。
第二章 病気 ---了---
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山奥の炭焼き小屋で、久作は、めきめき体力を回復していた。カヨの子供は、十二歳の一平、十歳の仁平、二歳のチヨ、一歳のキヨの四人で、毎日、山の中を駆け回っていた。子供達の子守りをしながら、久作は、平穏な日々を過ごしていたが、そんなひと時の幸せに酔っては居られなかった。なんとかこの土地を離れて、遠い都会の片隅で、キヨを一人前に育てなければならないと、固く決心していた。 キヨが学校へ行くようになれば、必ず人目につき、やがては、磯田家に知れてしまう恐れが多分にあった。この辺の土地には、キヨは置けないと考えたのである。大体、久作は、その老けた容貌から、若い頃から「作じい、作じい」と呼ばれていたが、本当は、それ程の老人ではなかった。五十を僅かに出たばかりの久作は、まだまだ充分働けるだけの体力はあった。 翌年の春の或る朝、まだ雪の残っている山道を、背中にキヨを背負った久作が、一歩一歩踏みしめながら下って行った。故郷を棄てた久作には、その一歩一歩が、果てしなく遠い苦難への道のりに思えた。 ずぅーっと昔の知り合いの植木職人を頼って、都会に出た久作がやっとの思いで捜し当てたその人は、三上幹也(みかみ・みきや)と言い、独り立ちの植木屋になっていた。丁度、ブームになりつつあった庭造りに忙しかった幹也は、長い経験のある久作を、喜んで迎えてくれた。キヨは当初、母親の居ない淋しさに多少ぐずりはしたが、幹也の家にも同じような孫達が居て、住み込みで働く久作の孫として、暖かく扱われ、顔のアザなど少しも気にせずに過ごす事が出来た。 キヨも又、天性の順応性を持っていたのだ。その年の暮れ、久作は、吾平夫婦の元に、帰ろうかどうしようかと迷っていた。三上造園という看板を掲げて、庭造りに本腰を入れ出した幹也は或る夜、久作を呼んで話をし始めた。 「久作さん、俺はあんたが来てくれて、本当に良かったと思っている。俺だけじゃねえ、みんながそう思っているんだ。それは分かってるだろう?それでだ。この際、言いてえ事をまとめて言わして貰うが、これは俺一人の考えじゃぁねえ。この家のみんなの意見だと思って聞いて貰いてえぇ。」 「まずキヨちゃんの事だが、いまさらこんな事言っては何だが、いくらあんな顔の子だからって、あの子一人をここに連れて来たのは良くねえ事だったと俺は思う。そりゃぁ俺んちじゃ、みんな仲良く別け隔てなくやってるが、だからと言って本当の親兄弟がいるのに一人別の所で暮らすってのは良くねえ。たとえどんな理由(わけ)があってもだ。」 「俺なんざあ、いまじゃぁ兄弟の顔さえ忘れちまっているくれえだが、それでも昔、兄弟仲良く遊んだ事だけは忘れちゃぁいねえ。しっかり、この胸の中に刻(きざ)み込まれているんだ。いい思い出としてね。だからな、何かの事情で天涯孤独になっちまった奴は別だが、 そうでない限りは子供の内は、出来るだけ親兄弟と一緒に居るべきだ。それが家族ってもんじゃねえのかい?」 「な?そうだろう?・・・それがまっとうな人間のありようってもんだ。そこでだ。なんだかんだ言ってもキヨちゃんは、田舎に置けねえ事情があるんだろう?だからこそ、ここに連れて来たんだろう?それは聞きてえとは思わねえ。そんなこたぁどうでもいいんだ。俺達ぁ、なんとも思っちゃいねえ。それよりもだ。俺達ぁこう考えた。」 「キヨちゃんをこのままここに置いといて、親兄弟と一緒に暮らさせる方法はただ一つしかねえ。親兄弟の方を、こっちに呼び寄せる事だってね。幸いと言っちゃぁなんだが、俺んちも来年はもっとずぅーっと忙しくなる。もう、断りきれねえほど注文が入ってるんだ。人手も要る。だが、誰でもいいっていう訳にはいかねえ。あんたのような、真面目で、骨惜しみせず、黙ってコツコツ働く人が欲しいんだ。「類(るい)は友を呼ぶ」って言うだろう?俺にも家の者にも、あんたやキヨちゃんを見ていれば、良く分かるんだ。」 「キヨちゃんの親達も、きっとあんたと同じように真面目で無口で、なんでも一生懸命働く人達だろうなあってな。男の子もいるって言うじゃねえか。丁度いい。俺がいい職人に仕込んでやろうじゃねえか。どうでえ、この話は。一石二鳥も三鳥もの話だと思うがな。勿論、一家が、充分暮らして行けるだけの金も出す。家も用意する。どうだろう?」 「ぶちまけて言えば、こいつぁうちのやつの言い出した話だがね。でも、この話は俺達にとっても、あんた達にとってもとってもいい話だと思うよ。吾平さんと言ったけ?このご時世に、いつまで田舎で炭焼きしてたって、ウダツは上がらねえんじゃねえのかい?子供達だって、そういつまでも、山に置いとけるもんでもねえだろう?」 「どうせ学校を出ちまえば、どこかに奉公に出さなきゃならねえんだ。なら、俺んとこで預かろうじゃぁねえか。悪いようにゃしねえ。俺に任せてくれねえか?腕のいい職人になれば、どんな世の中になろうと、絶対、食いっぱぐれはねえ。キヨちゃんのためにも、いや、他の子供達のためにも、吾平さんを説得して、こっちにくるようにしたら?どうだい?久作さん?・・・・・・」 都会の下町には、古い因習に縛られた農村にはない暖かい人情が溢れていた。その上、幹也の飾り気のない職人気質が、とてもありがたかった。 久作は、山に執着する吾平を、二日がかりで口説き、ようやく納得させた。 三ヵ月後、先に来ていた子供達の元に吾平夫婦が合流して、新しい生活が始まった。こうして、家族全員が三上造園で働くようになってから半年が過ぎた。 或る日、久作は仕事先の紙問屋の庭で澄子の昔の恋人、山崎浩之(ひろゆき)と行き会った。浩之の方は「どこかで見たような顔だが、」と思ったようだったが、久作にはすぐに分かった。だが、そのまま知らん顔をしていた。紙問屋の仕事は、約一ヶ月続いた。その間に、久作の耳には、浩之の現状のあらましが入っていた。 結婚はしたが子はなく、五年前、離婚して一人住まいである事、おとなしくて目立たない彼の性格は事務員としては使いやすかったが、紙問屋としての商売には向いて居ない事など、知りたい事は殆ど分かった。それこそ、所謂「影の薄い存在」だったのである。それでも、久作が慎重に構えていたのは、キヨの秘密を打ち明けた時、浩之の身辺に及ぼす影響を考えると共に、彼がどう行動するか、計りかねていたからであった。しかし、一方では、この出会いには澄子の意志が働いていると思わざるを得なかった。久作は、迷いに迷った末、妹のカヨに相談した。 「なあ、カヨ。おらぁ澄子お嬢様から頼まれているだ。だから、おら一人でキヨを立派に育ててやりてぇんだ。なにも、おめぇ達の厄介になりたくねぇって言ってるんじゃねえ。このままずぅーっと、おめえの子供達と一緒に育てて貰っていていいって思ってるんだ。だがなあ、よくよく考えぇてみると、あの子は普通の顔じゃぁねえ。チヨと同じにゃ行かねえんだ。」 「もう大丈夫だって誰の眼にも思えるまで、見守ってやらなくちゃなんねえ。でも、おらはそんなに長くは生きしていられねえ。いや、たとえ長生き出来たとしても、そんなに役には立たねえ。むしろ、足手まといになるだけだ。だから、本当に親身になってキヨの将来まで責任持って見守ってくれる人が欲しい。その役目を、浩之さんにして貰ってくれって、お嬢様が言ってるような気がするんだ。どうだろうなあ?・・・・・・」 「私には難しい事は分かんねえけど、その浩之さんてぇ人に出会ったってぇ事は、確かにお嬢様のお気持ちがあったんだって思うよ。いいじゃぁない。はっきりその人に、あんちゃんの気持ちを言ってみたら?それで駄目だったら、その時、又、考えればいいのよ。ここで何時までも、ウジウジしてたってしかたなかんべぇ。何でもやってみる事だって、あんちゃん、おめえがおら達をここに連れて来る時、言ったじゃねえか。忘れちまったのかい?」 「そうだったな。そう言ゃぁ、そんな事言ったっけ。覚えているよ。よぉし!きめた!とにかく話してみるべえぇ。」
第三章 都会 ---了---
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その頃、浩之は絶望のどん底に居た。外見には誰にも分からなかったが、彼の心は日に日に重く沈んで行った。一つには、彼自身のこれまでの人生にあった。地主の三男に生まれた浩之は、旧制中学を卒業後、しばらく村役場に勤めていた。澄子と知り合ったのは、その頃の事であった。澄子との恋に破れた彼は、友人に誘われるままに、村を出て都会で商売を始めた。だが、すぐに失敗して借財を作り、親に「遺産の分だ」と言われて、その借金は支払って貰ったが、妻にも逃げられ親にも見離された者の行く末は、どれも決まっていた。 もう一つは、世の中の情勢である。時代の変化のテンポは、急速であった。特に都会では、すべてが日に日に変わって行き、気のいい田舎者には、その流れは速すぎた。どんどん取り残されて行くのである。その上、世界中が戦争の狂気に取り付かれていた。戦争は、どんな理由があろうとも、所詮、人殺しである。人と人とが殺しあう戦争を、賛美するような時代の風潮に、心優しい浩之には、ついて行けなかった。自分自身の先行きも、世の中の先行きも、共に暗く思えたのである。 久作に声を掛けられて、澄子の事で話したいと言われた時、そんな話をいまさら聞いてもとは思ったが、久作の真剣な顔を見ては、無下に断る訳にも行かず、渋々ながら、久作の家を尋ねる事を承諾した。 次の休みの日は、折りよく雨が降っていた。折りよくと言うのは、久作の休日は雨の日だけだから、浩之の休みの日で雨の降った日という指定があったのである。それに、浩之の住んでるアパートから久作の家まではかなりの距離があった。夜分にちょっと尋ねるという訳には行かなかった。朝飯のような昼飯をすませて、出かけた浩之が久作の家に着いた時、久作は三上造園の方に行っていて留守だった。 カヨがすぐ呼びに行ったが、出されたお茶をすすりながら、何気なくあたりを見回していると、二人の女の子が、障子の影からのぞいた。チヨとキヨである。浩之は、キヨの顔を見た時、一瞬、電気が全身を貫いたような思いがした。澄子に良く似た片面と、赤アザのある片面と、その両方が彼の心を打ったのである。まもなく、久作が戻ってきて挨拶をしても、彼は、しどろもどろの受け答えしか出来なかった。衝撃は、それほど強かったのである。やがて、久作がこれまでの経緯(いきさつ)を話し始めると、浩之は二重三重の驚きに包まれた。 「分かりました。久作さん。貴方のこれまでの苦労が並大抵のものではない事も、良く分かりました。色々な行き掛かり上の事とはいえ、これほどまでに、澄子さんに貴方の一生を捧げているとはねえぇ、・・・・・・いやぁ、まったく、頭が下がります。僕からもお礼を言います。この通りです。」 浩之は両手をつき、深々と頭を下げた。 「とんでもねえこっです。おらぁなにも浩之様に礼を言って貰えたくて、お呼びしたんではねえです。今までの事なんぞ、てえしたこっちゃねえです。これからが、あの子には大変なんです。どうかお願えです。力を貸してやっておくんなせぇまし。お願えします。」 久作は、殆ど泣かんばかりになって、浩之の顔を見つめていた。 「貴方の言う事は、良く分かります。僕も力になりたい。澄子さんのためにも、いや、僕自身のためにも、お力添えしたい。でも、僕には自信がないのです。ここ何年か、もう何もする気がなくて、怠けてばかりでしたからね。しかし、何とかしたい!本当に何とかしたい!あの世の澄子さんが、僕をここに呼んだんですから、・・・・・・」 「浩之様に、そのお気持ちがあるのなら、おらに任(まか)せて下せえまし。あのーぉ、どうでしょう?いっその事、この家に来ては貰えましぇんでしょうか?この前、ここの三上社長に、それとなく聞いて見たら会社で事務員が要るそうで、おらが頼めば雇ってくれると思うんです。この家に一緒に住んで、一緒に働いておくんなせえ。そうすれば、おら達も、安心して暮らせるってもんです。どうでしょう?」 「僕は独り者だし、今の会社も何の義理もないから、何時でも辞められます。」 「是非そうして下せえ。助かります。」 「いやいや、僕の方こそ、生きる張り合いが出来た。ありがとう!」 こうして浩之は、吾平一家の一員になった。彼は、以前の怠惰な生活を一新して、快活な明るい日々を過ごし始めた。心に張りが出来たという事が、彼を変えたのだ。子供達は正直に反応する。久作の一途な気持ちに打たれた浩之が、澄子への慕情を心に秘めて、優しく子供達に接したので、たちまち、なついてしまった。三上家の子供達も含めて、家庭教師の役目も引き受けた浩之が、思い悩んだのは、キヨの将来についてであった。 普通の顔ではないあの子を、どうしたら周囲の眼にも負けず、素直な優しい心を持った女の子に育てられるか、それが大問題だった。色々考えている時、近所に、キリスト教の教会がある事を知った。キヨの精神的支えには、キリスト教が最適なのだと考えた浩之は、子供達全員を教会の日曜学校に通わせた。そして、彼自身もキリスト教を勉強するため、進んで洗礼を受けたのである。こうして浩之は、吾平一家に、益々溶け込んで行った。
第四章 生き甲斐 ---了---
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一年、二年と無事平穏な日々が過ぎ去って行った。しかし、時代の激しい嵐は、そんなささやかな庶民の幸せを、容赦なく呑み込んで行く。次第に高まる軍靴の足音が、日本中を、狂乱の渦に巻き込んでしまうのである。 一平が兵隊検査で甲種合格になると、すぐに陸軍に入隊させられ、続いて、仁平も志願して海軍に入った。若い男の殆どが軍人に憧れ、軍人を賛美する時代だった。日清、日露の戦勝に国民を酔わせ、戦争の正義を教育し、その一方で、思想の弾圧を次第に強めて行った結果が、こういう時代を作ったのだ。 東京に起こった大震災は、その丁度良い機会だった。その時の、流言飛語を取り締まる事を口実に、特別高等警察(所謂トッコウ)が強化され、軍の憲兵と共に、反戦思想の芽を摘み取るため、あらゆる宗教に介入し、戦争への協力を徹底させた。こうして、戦争を批判する事は勿論、軍の意向に協力しないとみなされれば、容赦なく罰した。 「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出せ」とか、「汝の敵を愛せよ」などという教訓のあるキリスト教の信者は、特に厳しく監視された。再三、警察に連行されたり、留置所に入れられたり、挙句の果てに、拷問を受けるようになると、浩之は大いに悩んだ。見るに見かねて、久作が言った。 「浩之さん、こりゃああんた一人の問題ではねえです。そりゃあ、あんたは筋を通してえでしょう。それがあんたの生き方だと言われりゃぁそれまでですが、考えてもごらんなせえ。あんたがわしらと一緒に暮らすようになった、そもそもの事の起こりは、キヨの行く末を、わしが頼んだからではねえですか?あんたが、そうして何時までも、それにこだわっていては、キヨのためにはなんねえ。 どうかお願えだ。最初の気持ちに帰っておくんねえ。おら、難しい事ぁ分かんねえが、やめろとは言わねえ。ただ、それを胸の奥深くにしめえこんで下せえまし。誰にも、胸の中までは分からんでしょう?そうして、時期がくるまで、じぃーと辛抱するこってす。おら達は、みんな、そうして来ただ。おらが、庄屋様のとこから暇貰ったときの事、話したでしょう? 覚えていなさるか?わしは、死にものぐるいだった。あん時ゃぁそうするほかなかったんだが、じぃーっと辛抱していれば、ちゃぁんと思い通りになるんです。思い出しておくんなせえ。おらの話を、澄子お嬢様の事を、・・・・・・ あんたのお陰で、キヨもあの通り、元気で学校に行ってます。でも、まだまだこの先は長いんです。わしはもう、そんなに何時までも、生きている訳には行かねえんです。お願えだ。おらの言うとおりにして下せえ。」 浩之には、久作の真心が、痛いほど良く分かった。彼はキリスト教を棄てた事を、正式に宣言すると共に、無口な目立たない存在になり きろうと努力した。久作は、口では、もう長くは生きられないなどと言っていたが、彼の身体は頑健そのものであった。 昔、澄子の死後、食事を絶って痩せ細った時、何度も死線をさまよった。このまま死んで楽になりたいと思ったり、いやいや死んでたまるかと思ったり、毎日、毎晩がその連続であった。そして意識が朦朧とした中で、澄子の声を聞き、ようやく心が決まったのである。それと共に、「気持ちの持ち方一つで、肉体はどうにでもなる」という事を悟った。「病(やまい)は気から」と言われている真の意味を、知ったのである。 キヨは学校へ行くようになってから、益々明るく、しっかりした子になった。キヨを初めて見た人は、担任の先生すらも、驚きと好奇心の眼(まなこ)を見せた。先生は、なるべくキヨを見ないようにした。だが、キヨは利発で、ハキハキと何でも良く答え、クラス中で一番の、ずば抜けた成績を見せた。その上、出しゃばりもせず、他人の嫌がる事も、率先してやった。勿論、いじめっ子は何処にでもいた。彼らは一番先に眼をつけ、からかったり、いじめたりした。それをことごとく、風に柳と受け流していたのである。 からかっても、いじめても、決して怒らず、泣かず、ただニコニコしているだけでは、拍子抜けして、からかう気がしなくなる。しかも、チヨという男勝りの、腕力の強い姉がいたのだ。すぐに、いじめはなくなり、キヨは、クラスの隠れた指導者になった。 キヨは何でも良く分かり、良く知っても居た。教わりに来る子には、誰にでも、親切丁寧に教えた。先生よりも、教え方が上手いと言われるくらい、良く分かるまで面倒を見た。家庭教師役の浩之の教え方が良かったと言うよりは、むしろ、キヨの天性によるものであった。勿論、浩之の判断は正しかった。彼が精神的支えとして選んだ、キリスト教会の牧師は、熱心にキヨに教えた。 顔が他人より劣っている事よりも、心が貧しい事の方が、はるかに恥ずかしい事であるとか、人には、それぞれ持って生まれた運命があり、「神の御心のままに」という素直な気持ちを持たねばならぬ事など、それこそ、全身全霊を注ぎ込んでくれた。その牧師は知っていた。一粒の種を蒔く事が、自分の使命である事を。 キヨは、まさに「一粒の種」であった。聖書に「一粒の種、もし死なずば、」という言葉があるが、九十九匹の羊をほっといても、一匹の迷える子羊を救う事がキリストの教えである以上、迷える子羊に見えたキヨは、牧師の眼には、価値ある一粒であったのだ。その上、当時、ヘレンケラーという三重苦の聖女の話が、世界中に広がっていた。その話を聞かせたり、孤児院を訪問したり、障害者の施設に行ったり、教材はいくらでもあった。 利発で明るい天性に加えられたキリスト教の精神は、キヨに竹のような強靭さと、梅のような優しさを、身につけさせたのである。かくしてキヨは、幼い頃から、決してアザを隠そうとしないで、自然に振舞った。 「隠さば現れる」とは良く言ったものだ。隠そうとしないものは、決して目立たないのである。周囲の誰もが、キヨの赤アザを、気にも留めなかったのも当然であった。
第五章 転向(てんこう) ---了---
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良い事ばかりが、長く続く事はない。キヨが十歳の時、ふとした風邪がもとで、身体に自信があった吾平が、無理をして病気をこじらせ、あっという間に亡くなった。戦争はだんだんと激しくなるばかりであった。暗く果てしない、出口のないトンネルに、日本という国が入ってしまったのである。吾平の死後、世間体も考えて、カヨは浩之と結婚した。 その方が何かと都合が良かったし、二人とも、お互いに気心の知れた仲でもあった。子供達も、ごく自然にお父さんと呼び、少しも違和感はなかった。久作は、これを見届けると、まもなく、ひっそりと安らかに、息を引き取って行った。チヨは看護婦になりたいと言って、小学校を卒業すると、自分で話をつけた医院に住み込みで入り、そこから、夜間の学校に通った。 翌年キヨは、婦人服の縫製をやりたいと言って、これも又、自分で見つけた横浜の店に、自ら望んで、住み込み奉公に入った。親達は、チヨの時も、キヨの時も、決して口を挟まなかった。自分自身の事は、自分で決めるという方針を早くから貫き、幼い頃から、そうさせてきたのであった。 「自分の事は自分でする。自分の人生は、自分自身で切り開け」というのが、浩之の口癖であった。彼も又、数々の体験から、それを痛感したのである。二人っきりになった浩之とカヨは、それでも休む事なく働き続けた。二人の娘の結婚資金を、貯めて置きたかったのだ。 十年が経(た)った。チヨは、立派な看護婦になり、大病院に勤めていた。キヨも又、一人前の婦人服のお針子になり、親達と一緒に暮らしながら、デパートの下請けの仕事をしていた。彼女の腕は、あちこちで認められ、良い稼ぎをしていた。思慮深いキヨが選んだ道は、親達と一緒に居て親孝行しながら、しかも、アザのある顔をなるべく他人に見せないで、お金が貰える方法であった。当然の事ながら、親達は、特にカヨは、キヨを育てて良かったと、しみじみ思っていた。 或る朝、唐突に、チヨが一人の青年を連れて来た。結婚したいと言うのである。キヨは、手紙のやりとりで知っていたらしいが、親達は驚いた。だが、一見して誠実そうなその男に好感を持ち、反対はしなかった。しかし、いつ召集令状が来るのか分からないこのご時世では、そうと決まったら、早い方がいいという事になった。 慌しく、簡素な結婚式の日取りを決めたが、その夜、浩之とカヨは、チヨとキヨを呼んで、キヨの誕生のいきさつを話した。久作じいさんの、強い一途な気持ちが、キヨの生命を育んだ事に、聞く二人も、話す二人も、共に涙するばかりであった。久作と澄子の位牌に、改めて、四人が手を合わせて、長い間、祈った。 少し落ち着いた時、浩之は、ふと気がついた。娘達に、あまり驚いた様子がなかった事を、不思議に思った。その事を尋ねると、二人は互いに顔を見合わせて、くすりと笑い、こう言った。 「お父さん。私達、ずぅーっと前から知ってたわよ。二人が本当の姉妹じゃないって事をね。作じいちゃんの一途な思いまでは知らなかったけど、私達の顔が、あんまり似てなさ過ぎて、変だなって思ったのが始まりね。或る時、一平兄さんに聞いた事があったの。その時、兄さんはこう言ったわ。私、今でもはっきり覚えている。 「お前が生まれて半年ぐらい経った頃、突然、母さんが、又、赤ん坊が生まれたって言って、キヨを抱いて帰って来たんだ。俺もその頃は、もう十歳になってたからな。おかしいなって思ったんだ。チヨの時は母さんのお腹がだんだん大きくなって、それから生まれたのに、或る日突然生まれるなんて事、ありっこねえって分かってはいたさ。でもな、母さんがお前と同じように、オッパイをやるのを見て、拾った子でも、貰った子でもいいや、母さんがチヨと同じにするなら、俺も、同じ妹だと思ってやろうって考えたんだ。 もっとも、俺はお前の子守りで、キヨは仁平の役目だった。それでもな、おしめの取替えは俺の役目でな。お前達のあそこは、よくよく見せて貰ったよ。アッハッハッハ・・・俺達はみんな、同じ飯食って、同じ布団で寝て、一緒に風呂入って、年中、いつも一緒に居て、泣いたり笑ったり、喧嘩したりして、それこそ裸でぶっつかり合った仲じゃねえか。それが兄弟ってもんだ。 血の繋がりなんて、あったってなくたって、そんなもの、どうだっていいじゃあねえか。兄弟として育ったから兄弟なんだ。俺が、お前とキヨと、別け隔てして、遊んだ事あるか?そんな事ぁ、これっぽちもねえだろう?な、それだから、そんなつまんねえ事は、みんな忘れっちまいな。母さんが話さねえ事は、しいて聞くな。時期がくれば話してくれるだろうさ。永久に話してくれなくても、そんな事、どっちでもいいじゃねえか。くどいようだが、もう一度言っておくぞ。キヨがあんな顔で、俺たちがそうじゃねえからって、別扱いするなよ。そうされる事が、あいつには一番辛い事なんだからな。」ってね。 その時はそれで納得してたけど、私って、しつっこい性格でしょう?どうしても、本当の事が知りたかったのよ。私が看護婦になりたかった理由の一つには、血液検査や何かで、その事を調べて見たいって考えたからよ。小学校を卒業した時、私の考えている事を、正直に、キーちゃんに話したの。勿論、兄さん達の気持ちも、一緒に話したわ。キーちゃんも薄々は分かっていたらしいのよ。私達とは違うってね。兄弟じゃないんじゃないかってね。 でも、この子は黙ってた。誰も教えてくれないし、それに、聞くのが怖かったそうよ。ね、そうだったわね。勿論、父さんが私達の本当の父親じゃぁないって事は、誰でも知っているけど、母さんの本当の子供は、私と兄さん達だけだって事、分かったのよ。はっきり科学的に証明出来たんだけど、その時、キーちゃんが言ったのよ。 「前々から、そう思っていたけど、私に母さん達の面倒を、生涯、見させて欲しい。」ってね。本当は私が、そうしなくちゃいけない事なんだろうけど、キーちゃんの気持ちも良くわかるし、私これでも、うーんと悩んだのよ。で、結局、その役はキーちゃんに譲る事にしたって訳。ね、キーちゃん。」 子供達は、いくら幼くても、親が思うほど馬鹿ではない。理由は分からなくても、肌身に感ずるものさえあれば、それで判断出来るのである。何時の世でも、子供の直感的思考は、大人の判断力をはるかに超えて、物事の本質を的確に掴んでいるものなのだ。浩之夫婦は、顔を見合わせて、ただ苦笑いするばかりだった。
第六章 秘密 ---了--- 前編完
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真夜中に、 悪魔がやって来る。 私の心をなぶりにやって来る。 なぶられて、だんだん膨らんで、 パチンとはじける。 真夜中に、悪魔がやって来る。 バンドラの箱を開けに、やって来る。
中篇 まえがき ---了---
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千代が結婚してから、六年が経った。戦争は益々拡大して行き、千代の夫も招集され、男の子一人と千代を残して、戦地へ行ってしまった。喜代の仕事は心配したほどには減らず、いつも忙しかった。近頃では、母親の加代も手伝わされ、浩之は、もっぱら外回りを担当した。 主に、百貨店への往復である。出来上がった品物を持って行き、縫製する品物を持って帰る役目だった。自転車に荷物をつけて街中を走るのは、自動車の少なかったこの時代では、そう難しい事ではなかったが、次第に年老いて行く浩之には、体力がないだけに、辛い仕事であった。 或る日の夕方、浩之が一人の青年に付き添われて、帰って来た。転んで怪我をして困っていた所へ、その青年が通りかかり、助けられて送って来て貰ったという話だった。彼は、親切に面倒を見てくれたにもかかわらず、木村昭夫と名乗っただけで、玄関先で、早々に帰って行ってしまった。大した怪我でもなかった浩之は、翌日から、暇を見ては、その青年を捜し始めた。 もう一度ゆっくりお礼を言いたい、というのが口実だったが、彼には閃くものがあった。喜代は、もう二十八歳にもなっていた。このまま独身で一生を終わらさせるのは、何としても可哀相過ぎると、親達は思っていた。それに近頃では、戦争のお陰で、青年は、めっきり少なくなっていた。優しい心を持った穏やかな性格は、直ぐに分かったので、この人なら、きっと喜代を幸せにしてくれるという閃きがあったのである。 だが、行きずりの人を探すのは、容易な事ではなかった。もう見つからないかもしれないと、半ば諦めかけた時、思いもかけない所で、出会う事が出来た。浩之は、内心、神に感謝の祈りを捧げたくらいであった。或る日、浩之は、上得意の顧客の依頼で、出来上がったばかりの婦人服を、指定された写真館に届けに行った。顧客はそこに居て、品物は無事手渡したが、物珍しさに、しばらくあたりを見回していた時に、ばったり出会ったのが、昭夫だった。 彼は、その写真館の若旦那で、撮影技師だったのである。いつも家の中でばかり仕事をしている彼は、外に出る事は滅多になかった。浩之を助けた日は、たまたま親戚に用事があって、その帰りに散歩がてら、わざわざ知らない道を歩いていて、浩之の事故に出会ったのである。浩之は、尻込みする昭夫を、無理やり家に連れて来た。 そして、アザの事は何も言わずに、直接、喜代に会わせた。さすがに昭夫も、一瞬、ドキッとしたようであった。だが喜代は、アザの事を少しも隠そうとはせず、いつも通りに、ごく自然に振舞っていた。それが又、彼に、何とも言えない新鮮な衝撃を与えた。昭夫は感動のあまり、とめどなく喋り始めた。 彼自身「俺こんなにお喋りだったっけ?」と思うほど、熱心に話していた。人は誰でも、何故そんな事をするのか、理由の分からぬままに、行動する事がある。そうせずにはいられない衝動が、それをさせるのである。昭夫の場合、自分の事を喜代に知って貰いたいという気持ちが、彼を多弁にさせたのだった。それは正に、恋の第一歩であった。 「僕、健康そうに見えるのに、兵隊に行かないのを、みんな不思議がっていますが、実は、僕は障害者なんです。ほら!ここ!この胸のこの骨が、こんなに中の方へ、へっこんでいるでしょう?子供の頃、崖から転げ落ちて、こうなってしまったんです。だから、僕の肺活量は、普通の人の半分くらいしかありません。水泳も、かけっこも、運動は全部駄目なんです。幸い、ほかに何処も悪い所がないので、健康は健康ですけどね。いやまてよ。・・・悪い所がありました。ここと、ここです!」 昭夫は、頭と口を指さして、笑って見せた。喜代も、釣り込まれて、思わず、声を出して笑った。 「あっ!お仕事忙しいんでしょう?ここへ来る道々、お父さんからお話を伺いました。どうでしょう?僕に、お仕事をしている所を見せて頂けませんか?お仕事しながら僕の話を聞いて下さい。いいでしょう?さあ、お仕事の部屋に行きましょう。いえ、僕なら大丈夫です。僕の仕事は、今、暇なんです。貴女のお仕事している所を、是非見せて下さい。いえいえ、汚れているなんて事は、一向に構わないんです。僕の仕事場なんて、足の踏み場もないくらいで、水やら、紙やら、薬品やら、そりゃぁもうー、ひどいもんです。それに較べれば、喜代さんのお仕事は、綺麗な布を扱うんだから、散らかっていても、それだって綺麗じゃないかなと思うんです。ねっ、いいでしょう?・・・・・・」 昭夫は、かなりずうずうしく、喜代の仕事場に押しかけて行った。喜代もまた、それ程嫌がる様子も見せなかった。つまり二人は、お互いに、いわゆる「ウマがあった」のである。 「なるほど、こうして作るんですね。初めて見ました。いゃぁ、面白いものですね。僕の写真という仕事も、やればやるほど面白くなって来るんですよ。写真と絵の違いをご存知ですか?そうです、そうです。まるで同じように見えるでしょう?ただ、色がついているのと、いないのとの違いと思われがちですが、そうではないんですね、これが。根本的には、写真は表面を写し、絵は内面を写すって言われていますが、僕は、こう思うんです。 写真はレンズを通して見えたものを見せ、絵は、人の眼に見えたままに見せる、とね。だけど、レンズは人の眼よりも数倍も良くて、しかも、レンズに写る物はすべて、こまかい所まで、そのまま写してしまうんです。例えば、人の顔を写すとします。顔だけを写すと、髪の毛とか眉毛(まゆげ)の一本一本を、克明に写してしまう。あるがまま、見えるがままというのではなく、余分な物まで写してしまうんです。だから、修正しなければ、そのままでは、その人の美しさは出て来ない。写真をとる人は誰でも、美しく撮って貰いたいと思っています。その気持ちにこたえるのが、写真屋の商売です。だから、最初から、修正しやすいように、考えて写すんです。 しかし、絵描きさんは、そうじゃない。人を描く時は、その人の骨格から描いて行って、だんだんと肉をつけ、着物を描いて行くんです。絵の具を塗ってしまえば、手とか足とか少ししか見えない所でも、骨から描いてあるって事が重要なんです。しかし、必要のない所は出来るだけ省く。最初から描かないんです。あっ!そうそう。喜代さんのお仕事もそうですね。洋服のデッサンには、顔とか手足は、ほとんど省略してありますね。でも、ちゃぁんと、その洋服を着たら、どう見えるかは描いてある。つまり、余分な所を省くのが絵画で、余分な所まで写してしまうのが写真とでも言いましょうか。 少し難しくて、つまりませんか?・・・・・・えっ?面白い?そりゃぁよかった。まだもう少し、喋ってもいいですか?僕、今日はどうかしてるんです。いつもは、こんなには喋らないんですがね。今日は何だか嬉しいんです。なぜでしょうね?まあいいや、とにかくもう少しだけ、お話させて下さい。お仕事しながら、聞き流して居て下さい。 えぇーと、そうだ。レンズの話をしましょう。人間の眼って、実にいい加減なものなんです。僕が、これは良く撮れたと思っても、現像して写真にして見ると、これが全然良くない。そういう事が、ちょいちょいあるんです。人物写真でも、風景写真でも。よくよく考えてみると、こういう事だと思うんです。映画の女優さんは、とても綺麗ですよね。でもあれは、綺麗に写るように、お化粧したり、写し方を考えたりしているからこそ綺麗なんで、本当の素顔は、それほどでもないって聞いた事があります。 良く言うでしょう。「写真写りのいい人」って。あれですよ。レンズには、レンズの眼というものがあるんですよ。レンズに、どう写るかって事を非常に良く知っている人達が、映画を作っているんです。綺麗で当然なんです。だから、所詮レンズは、まやかしです。嘘の世界なんですよ。僕は、自分の眼を信じたい。今、僕の眼には、喜代さんやお母さんが、とても美しく見える。いえ、お世辞じゃなくて、本当にそう思っているんです。いけませんか?おかしいですか?・・・・・・ 何故、そう思うのか、言ってもいいですか?かまいませんか?正直に申し上げますから、怒らないで聞いて下さい。喜代さんを最初見た時、僕は、確かに驚きました。でも、今は違います。こうして面と向かって話しているのに、それが少しも気にならない。どうしてなのか、お喋りしながら、それをずぅーっと考えていました。僕はやっと気がついたんです。喜代さんも、お母さんも、その事を全然隠そうともしないで、ごく自然にしてらっしゃる。それが僕に、こだわりをなくさせているんだとね。 その上、そういうお気持ちが、お顔に現れている。こんな素晴らしい人達を、今まで見た事がないって思ってるんです。いえ、冗談を言ってるのではありません。本当に、心から、そう思っているんです。ごめんなさい。つい調子に乗りすぎて、自分勝手の思いを喋ってしまいました。お気を悪くしたのなら、勘弁して下さい。謝ります。でも、これからも、ちょいちょい寄せて貰って、いいでしょうか?ここでこうやってお喋りしていると、本当に気が休まります。もしお嫌でなかったら、どうか又、僕の話を聞いてやって下さい。お願いします。」
第七章 遅い恋 ---了---
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喜代が昭夫と知り合った頃、千代が実家に、男の子を連れて戻って来た。親達は喜んで迎え入れたが、千代の心境は複雑であった。ともすれば、孫に甘い祖父母に育てられて、男の子だけに、甘ったれの意気地なしになっては困ると考えていた。それに、喜代が結婚して、同居するような事にでもなれば、自分の身の置き所がなくなるとも、考えていたのである。だが、次第に忙しくなるばかりの看護婦という仕事は、そんな心配を押しのけさせた。 そもそも、千代の結婚には、多少の無理があった。後に、夫となる人の母親が入院した時、担当の看護婦だった千代を見込んで、母親が 推し進めた話であった。母一人子一人の家庭で、多少の財産はあったが、それでも、遊んで暮らしていける程の身分ではなかった。彼も勤めていたし、千代も看護婦を続ける事を条件に、結婚したのである。夫が出征しても、それほど生活に困る事はなかったが、今度は、義母が入院してしまった。病気が長引くのが、千代には分かっていたから、勤務先とは少し遠くなるが、子供の事もあるので、やむなく、実家に帰って来たのであった。 それやこれやで、喜代は昭夫と結婚した時、仕事場は今まで通り実家に置き、寝泊りだけ、近所の下宿屋の一室を借りて、みんなで仲良く暮らし始めた。しかし、そうなるまでが大変だったのである。喜代も昭夫も、初めて会った時から互いに好きになって、浩之の思惑通 り、たちまち恋に落ちたが、問題は昭夫の親達にあった。一つは、喜代の方が二つも年上だった事、それに何と言っても、喜代の顔のアザは気持ち悪がられた。 もう一つは、昭夫が、大事な跡取息子だった事である。写真の技術は、誰にでも直ぐに出来るというものではない。写真の専門学校に行ったり、実地の勉強をしたり、かなりの経験が必要なのである。おまけに、昭夫の父は婿養子だったので、家業を継ぐ事に関しては、母親に権限があった。その母親が喜代を毛嫌いしたのである。父親は、何度か喜代に会っているうちに、その人柄を知り、陰では昭夫を応 援してくれたが、それでも、母親は頑固に拒否し続けた。 結局、仲に立ってくれる人があって、こう決まったのである。家は妹に譲り、昭夫には、小さいながらも一軒の店を持たせて、分家の形をとり、開店の支度までは面倒を見るが、以後一切援助はしない。その代わり、昭夫は、すべての財産の相続権を放棄するという事で、ようやく、決着がついたのであった。喜代には、かなりの収入があったので、昭夫を婿に迎え入れても困るような事はないのだが、昭夫の母親は、あくまでも木村の姓に、こだわった。だから、分家という形をとったのである。 借り店ではあったが、昭夫の店は、場所が良かったのか、昭夫の腕がよかったのか、中々の繁盛ぶりを見せた。昭夫は店に通い、喜代も実家の仕事場に通うという日々が続いた。そんな或る日、千代が突然、昼間の勤務時間中に、家に帰って来た。そして、とんでもない事を、話し始めたのである。 「ねえぇお母さん、私ねぇ、以前、キーちゃんの生まれた家の事、調べた事あるの。勿論、お母さんや作じいさんの生まれた所もよ。私って、しつっこい性格でしょう?気になる事は、とことん調べる性質なの。それにね、ウッフッフッフッフッフ・・・・・・これは、うちの人と一緒になったばかりの頃、うちの人が、二度目の新婚旅行のような旅行を計画してね。お母さん達の故郷を見に行こうという事になったのよ。誰にも内緒でね。楽しかったわぁ、ほんとに、・・・・・・ あら!ごめん。こんなおのろけを言うために、帰って来たんじゃなかった。とにかく、みんな調べたのよ。お母さんの事は後回しにして、キーちゃんの家、つまり、磯田さんの家の話だけするわ。いえ、それを話しておかないと、後の事が分かりにくいのよ。いいから黙って聞いてて。 キーちゃんのお父さんは、澄子さん(キーちゃんのお母さん)が亡くなると、すぐに二度目の奥さんを貰ったの。そりゃぁ勿論、幼い子供を抱えて、男一人で育てるなんて訳には行かないし、庄屋さんですものね。どうしたって、お嫁さんは要るわ。そして当然の事だけど、その人に子供が生まれると、その人はそんなに悪い人じゃないけど、どうしても、本当の我が子の方が可愛いじゃない?少しづつ、初音さん(キーちゃんの双子の姉妹)は、粗末に扱われるようになったの。 お祖父さんの徳右衛門さんは、初音さんを大層可愛がってらっしたから、その人が生きているうちは何事もなかったけど、その人が亡くなってからは、大分苦労したらしいわ。でもね、結婚して平凡な奥さんになってたの。その初音さんがね、少し前から、うちの病院に入院しているのよ。どうぉ?驚いた? さっき話したでしょう?私、調べたって。だから、住所氏名を聞いただけで、直ぐに分かったのよ。でもね、知らん顔してたわ。あちらの人達にも、みんなにもね。しかし、色々検査した結果、少し手遅れだけど、手術すれば助かるって事が分かったんだけど、問題があるのよ。本人に、まるっきり、生きようっていう気力がないのよ。担当の医師が、私が日頃お世話になっている人でね。「どうにかしてくれ」って頼まれると、私、弱いのよ。どうにかして上げたいって思ったのよ。 それにね、初音さんと少し話したら、お祖父さんの徳右衛門さんが、死ぬ直前に、初音さんに話したそうよ。双子で生まれたのに、一人を間引いたってね。それをずぅーっと後悔していたそうよ。それやこれや、色々悩む事があって、生きる張り合いを、なくしてしまったのよ。それでね、キーちゃんの事、話してもいいかどうか、みんなに判断して貰おうと思ってね。こうして、わざわざ来たって訳。ねえぇ、どう思う?ああ、くたびれた。喋りすぎたわ。一時間ぐらいの間に、結論出してね。私、少し休ませて。・・・」 思いがけない話であった。誰も無言のまま、顔を見合わせているばかりだった。その気まずい空気を振り切るように、まず母親の加代が口を開いた。 「喜代ちゃん。母さんは、全部なにもかも話してやった方がいいと思う。もし話してやらなくて、そのまま、初音さんっていう人が死んじまったら、あんた、きっと後悔する。話してやっても、それでも助からんのなら、それはそれで諦めもつくってもんだよ。話す事で、少しでもその人のお役に立つのなら、話せばいいんだよ。今でもはっきり覚えているけど、あんたに初めてお乳をやった時、こんな事でこの子が助かるのなら、いくらでもやろうと思った。ただそれだけだった。人のためになるって、そういう自然な気持ちだけでいいんじゃないかしら?」 「そうだな。母さんの言う通りだよ。いくら、今まで一度も会った事のない人だからと言っても、お前の双子の姉妹である事は、まぎれもない事実だ。それを認めたからって、いまさら、お前が僕達の娘でなくなる訳でもなかろう。僕達は、自分に出来る事なら何でも、他人のためにして上げるという風に生きて来た。その気持ちがあれば、話してあげる事なんか、なんでもない事じゃないか。」浩之も言葉を添えた。 「ええ、私もそう思うわ。私、初音さんに会って見る。直接、私の口から話してあげるわ。何もかもね。それが一番いいと思うの。大丈夫、任せておいて。」こうして、家族の気持ちが、皆同じになった。早速、喜代は千代と一緒に出かけて行った。 約一ヵ月後、手術が成功した初音は、元気になって退院した。その間、何度か喜代は病院を訪れた。手術の時、輸血さえしてくれた喜代の事を、不思議に思った子供達が母親に尋ねたが、絶対口外しないという固い約束がある以上、喜代との関係を話す訳には行かなかった。それに、こんな複雑な関係は、そう簡単には、話せない事でもあった。 「神様みたいな人」と、ただそれだけ言って、笑ってごまかしたが、神様みたいな喜代の話は、一時、病院中の噂となって流れた。それも無理からぬ事であった。 喜代が最初、病院に行った時、初音は個室に移されていた。千代が、そうするように手配して置いたのである。喜代は二人っきりにして貰って、作じいさんがどんな苦労をして、喜代の生命を救ってくれたかを、淡々と話した。努めて冷静に、他人の事を話すように、話すよう喜代は心がけた。病人を、あまり興奮させないようにとの配慮と、自分の身のうえ話だけに、お涙頂戴式には、話したくなかったからである。それでも、じぃーっと聞いていた初音の眼からは、とめどなく、涙があふれ出ていた。 「それでね、作じいさんは、いつもこう言ってたわ。「人の身体は、心が治すものだ」ってね。そりゃぁ、お医者様の手助けや、薬の助けは必要だわ。でも結局は、自分の身体は自分で治すものじゃないかしら?少なくとも、作じいさんは、そう信じていたし、又、それだけの体験もしたと思うの。分かるでしょう?・・・・・・」 初音は喜代の話に、充分、心を動かされた。その後、今まで、明日にも駄目になりそうに見えた初音が、見る見るうちに、元気を取り戻して行った。担当医すらも、不思議がって千代に尋ねたが、勿論、真実は話せず、やはり適当に、ごまかすしかなかった。それに喜代は、人々から向けられた好奇の眼も、全然気にしないで、実に堂々と振舞った。それらが、相乗効果を生んで、憶測と、噂を呼んだのであった。
第八章 姉妹 ---了---
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やがて喜代は、男の子を産み、続いて女の子にも恵まれた。昭夫は徴用されて、遠くの軍需工場に行き、千代も多忙のため、病院に寝泊りするようになった。千代の子の勇夫(いさお)と、喜代の二人の子、朝樹(あさき)、寿美(すみ)の、育ち盛りの三人の子供達と一緒に、浩之夫婦は、それなりの幸せの日々を過ごしていた。 だが、そんな平穏も、束の間でしかなかった。とうとうアメリカと戦争を始めた日本は、次第に泥沼の中に沈んで行く。それは、全ての庶民のささやかな幸せを、水の泡と消して行くのだ。 喜代が寿美を産んで間もない頃、千代の身に大事件が起きた。勤めていた病院で、医師と恋に落ちてしまったのである。それは以前、初音の病気を治療した担当医であった。彼とは、千代がその病院に勤務するようになってからの、古い付き合いであった。勿論、何年もの間、決して、医師と看護婦との関係を、越えるものは、なにもなかった。それが或る日、突然、もろくも崩れたのである。 医師横田富雄は、外科医でありながら、繊細な神経の持ち主であった。次第に悪化して行く戦局に、もはや、明日への希望はないと絶望していた。その投げやりな心が、一つのミスを生んだ。診断を誤り、患者を死なせてしまったのである。彼はそう思い込んでいたが、誰の眼にも、それが彼の責任だとは分からない程の、小さなミスであったが、すべてを悪い方に考えて、落ち込んでしまった。それを慰め励ましているうちに、尊敬と同情が、ないまぜになって、恋に落ちてしまったのだ。 一度、禁断の木の実を口にすると、それは、とめどなく続いて行く。千代にとっては、生涯で、たった一度の恋であった。何もかも忘れて、のめりこんでしまったのも、当然だったと言えよう。だが、男には男の生き方があった。女のように「恋のためなら、何もかも棄てる」というような事は出来ない。 横田医師は、不倫の罪悪感にさいなまれ、ついに、それを打開する方法として、単身、野戦病院に転任する道を選んだ。それは言うまでもなく、千代との決別を意味していた。千代も死ぬほど悩んだが、彼女は幼い頃から、しつっこい性格であった。良く言えば、初心を貫き通す強さがあった。どうしても思い切れない千代は、ついに、横田医師と共に転任する事を、院長に願い出たのである。お国のためという彼女の上手い口実には、誰も逆らえなかった。 だが、さすがに喜代だけには、真実を打ち明けた。 「喜代ちゃん、許して、・・・・・・」千代は、泣きながら、一切を告白した。 「私、どうしても駄目なのよ。どうしても諦めきれない。離れられないの。戦地に行ったきりの夫にも、勇夫を育ててくれている貴女や母さん達にも、本当にすまないと思ってるわ。何度も何度も、思い切ろう、忘れようとしたわ。でも駄目、だめなの。死ぬよりしか方法はないって思ったけど、死ぬ事も出来ない私を笑って頂戴。軽蔑して頂戴。ただ、これだけは分かって。死ぬより辛い思いをしているって事だけは、・・・」 「分かったわ。私、何も言わない。ただね、死んじゃ駄目よ。生きて居ればこそ、何でも出来るのよ。約束して。絶対死なないって。勇夫ちゃんのためにも、絶対生きて行くのよ。生きて居ればこそ、償いも出来るのよ。お願いだから、死ぬなんて事は絶対考えないで。ねっ!ねっ!」 喜代は、それ以外の事は言わなかった。千代が苦悩の末に決めた事を、とやかく言うつもりはなかったし、喜代のこれまでの生き方には、 「あるがままに、すべてを受け入れる」という心が、根本にあった。それは正に、キリスト教の、「神の御心のままに」という教えそのものであった。それに、千代が居なくても、生活には困らなかった。喜代の収入は、一家を支えるに充分なほどあった。しかし、これは、度重なる苦難の始まりだったのだ。それを、誰も知らなかっただけだったのである。 まもなく、一平の戦死の公報が入った。盛大な葬儀が終わった時、母親の加代の心に、ぽっかりと大きな穴が空いた。それが次第にまわりの人々に及び、時局の暗さに重なって、一家の大人達は、内面の重さに沈んで行った。やがて、その重さに耐え切れなくなって、浩之が病に倒れた。戦争は次第に敗色が濃厚になり、大都会はおろか、喜代達の小都会もすらも、容赦なく爆弾の雨が降った。 「荷物を疎開しなければ、」と言いながら、一日延ばしに延ばしていたため、浩之一家が空襲に会った夜は、命からがら逃げただけで、 翌朝、ただ一面の焼け野原に残っていたものは、喜代のミシンの頭部だけであった。呆然と立ちすくむ喜代を、励ましたのは、それまで、一番弱々しかった父親の浩之であった。彼は逃げ延びて、ホッと一息ついて、あたりを見回した時、暗い夜空に映えて燃え盛る炎の中に、突然、久作の顔が見え、死の直前に残した言葉が聞こえて来た。 「喜代様をお願えします。澄子様のお形見を、お願えします。」と。浩之は、その声に答えた。 「大丈夫だ。僕の命のある限り、守って見せるよ。」 彼は誰にも言わなかったが、自分の身体が、もうそれ程、長くは持たない事を知っていた。しかし、最後の力を振り絞って、喜代のために尽くそうとしていたのであった。 その日の午後、真っ先に駆けつけてくれたのは、初音夫婦であった。命の恩人のためにと、意気込む初音に引き立てられるように、近郷の農家の彼女の家に着いた時には、家族全員が無事であった事を、ただ喜んでいたが、一日、二日と経つ内に、そう喜んでばかりは居られなかった。日々の生活は、そんな甘いものではなかったのである。 初音の家は、あまり大きくはなかったので、近所の物置小屋を借りて、浩之一家の農村での暮らしが始まったのだが、蓄えは、次第に細って行った。第一、喜代の仕事がなかった。焼け残ったミシンを再生して、使えるようにはなったが、時節柄、農村では婦人服は、ほとんど誰も作らなかった。このまま、農村で埋もれたくないと思った喜代は、単身で都会に出る決心をした。 或る夜、三人の子供達の前で、喜代は、静かに話し始めた。 「良くお聞き。母さんは明日から、一人で町に行って働きます。お前達が、おじいちゃんやおばあちゃんの面倒を、しっかり見ていてくれれば、母さんは安心して働けます。勇夫、お前が一番年上なんだから、母さんの留守の間は、お前が、この家の大黒柱です。そのつもりで、みんなの面倒を見る事、いいですね。朝樹も、寿美も、お兄ちゃんの言う事を良く聞いて、三人で力を合わせて、この家を守って頂戴。母さんがいつも言ってる事を思い出しながら、頑張るんですよ。 念のため、ここで言って置きますよ。自分の事は自分でする。困っている人を見たら、出来るだけの事をして上げる。この二つです。分かるわね。忘れないでね。」 十歳になっていた勇夫には、すべてが良く分かっていた。自分が、この人の子供でもないのに、ほかの子供達と同じように、扱ってくれている事を肌身に感じていた。今では、実の母の千代は、どこか遠くの親戚のオバサンで、この喜代が本当の母親なんだと思うくらいであった。喜代の真剣な表情から、切羽詰った思いが、ひしひしと伝わり、見慣れているとは言え、アザのあるその顔からは、光のようなものすら見えたのである。 美しいと思った。いつか、どこかで見た絵本の、観音様のようだとも思った。幼くても、彼の脳裏(のうり)には、生涯忘れられない光景が残った。 老夫婦と三人の子供達だけの、侘しい暮らしが始まった。戦時下の当時としては、そんな家庭は沢山あったが、肩寄せ合って、細々と生きているこの一家に、まわりの人々は、暖かく見守ってくれていた。一方、喜代は腕がいいだけに、勤め先で優遇されていた。だが彼女は、それに甘える事なく、懸命に働いた。この都会の片隅に、小さくても自分の家を持ちたいと思っていたからだ。 しかし不幸は、何時でも、続いて押し寄せてくる。昭夫が徴用されていた、軍需工場のある都市が、地震によって壊滅してしまった。丁度、昼間の時間だったので、大勢の工員が死傷した。その中の一人が、昭夫だった。 簡素な昭夫の葬式をすませて、涙も乾かないうちに、今度は、千代の死が知らされた。広島の野戦病院に勤務していた千代は、新型爆弾で、都市もろとも一瞬のうちに、亡くなったのである。それを知らせてくれた人は、幸運にも、防空壕に入っていて助かったのだが、その瞬間は、ただ、天地を揺るがす轟音と共に、すべてが一瞬のうちに崩壊したと話していた。 遺髪すらない葬式を、又、続けて出した喜代達一家は、悲嘆のどん底に落ちた。そんな過酷な運命にもめげず、喜代は、再び都会に戻った。今度は、一家全員を連れて、都会の片隅に、一間だけの小屋を建てて、住んだのである。六畳の広さの中に、大人三人と子供三人が、重なるように寝て、暮らしていた。 だが、喜代は、決して挫けなかった。彼女には信念があった。心を強く持ってさえいれば、いつかは、きっと幸せが来ると。それは、顔の赤アザという大きなハンデを見事に克服した時から、喜代の身に付いたものであった。さらに、遡って考えれば、それは、久作の一途な気持ちが、喜代に植え付けた、どんな試練にも負けない、強い気持ちだったのである。
第九章 苦難 ---了--- 中篇 完
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