トップページ>みんなの広場>長編小説 目次>建白書(犬地蔵由来 続編)
建白書(犬地蔵由来 続編) 文:蛍火
建白書(犬地蔵由来 続編)・目次
|
第八章 希望 [NEW!] |
|
一途に思いつめるのは、若者の常である。 そのたぎる思いと情熱が、人々の共感を呼び 社会の変革と進歩をもたらす。 社会を支配している老人達には、それを動かす力はあっても、 変化を受け入れる柔軟さはない。 だから、望みの実現に性急な若者達は、 時として暴走し、あたら、命さえも失ってしまう。 何時の世でも、そんな激しく短い人生を好む若者は多いが、 その苦渋と無念さを、誰かが汲み取ってやらなければ、 彼等の死は、忘れ去られ、無駄となる。
それは、国の凋落に繋がるのではなかろうか。
前編 まえがき ---了---
|
|
「おう、来たか。・・・もっと近こうよれ。この膳の前じゃ。・・・よいよい、かまわぬ。・・・」 「殿には、麗しくご尊顔を拝し奉り・・・」 「よせよせ。そんな堅苦しい挨拶は、もうよい。ここは、城中ではないのだ。もっとくつろげ。楽にせい。他の者は、下がってよい。呼ぶまでは、来てはならぬ。よいな。・・・」 ここは、「竜ヶ丘の館(たつがおかのやかた)」と呼ばれる、藩主の別邸である。城下の南にある広川村の外れの、小高い丘の上にあった。橋本屋新左衛門が、密かに、主君(との)のお呼び出しを受けて、今宵出向いた所であった。
「久しぶりじゃのぉー。・・・もう何年になるかのぉー。・・・」
「はっ、恐れ入りまする。しかしながら、町人には町人の苦労がございまして、そとめには分からぬ思いのほかの気苦労があるものでございます。」 「無論、この前の一件で見せた、そちの腕前を頼りにしての事だが、多少の不安がなくもない。この前は、そちも若かったし、勢いもあった。だが、このたびの事は、いささか事情が複雑なのじゃ。その上、決して表に出してはならぬという制約もある。分かるな。前もって断って置くが、今宵、そちがここに来た事は、すでに、何者かに知られていよう。余のまわりにも、その手先が居るらしいのじゃ。それでの。余の無聊(むりょう)を慰めるために、そちを呼んで昔話をして居る事になっとる。それからもう一つ、そちは、後日、江戸へ行って、奥と会わねばならぬ。表向きは、物見遊山とでも言って、そのついでという口実で、江戸屋敷にまいれ。」 「奥が、何やら、今度の連絡方法を、考え付いたらしい。この前とは、違えた方がいいと申してな。では、厄介事のあらましを話す。先般、城中で、刃傷沙汰があったのは、知って居ろうな。若侍が、上司を殺傷したのだが、表向きは、乱心という事で、片付けられてしまった。が、しかし、後で、これには裏があったと判明した。その若者に、密かに言い交わした女子(おなご)が居って、江戸屋敷に奉公 して居る姉を通じて、奥の耳に届いた話があったのじゃ。その話では、その若者は、何か重要な書面を、提出して居ったらしい。『建白書』と称するものだったようじゃ。」 「その内容までは分からぬが、『誰かが、それを握りつぶした』という事までは分かって居る。若者は、握りつぶしたのが、直接の上司だと思い込んでしまって、殺傷に及んだという訳だが、そういう事件を起こせば、すべてが明るみに出るに違いないと、考えた末の事だったのかも知れぬ。だが、そうはならなかった。これからは、余の憶測じゃが、おおよその所は、間違いないと思う。握りつぶされた書面が、どのようなものであれ、それが明るみに出ては困る者が居り、その者の意向で、一切が閉ざされてしまった。闇から闇という訳じゃな。ただそれだけなら、そちの出番はないが、そちに捜して貰わねばならぬ物があるのじゃ。」 「実は、握りつぶされた書面の控えが、どこかにあると言うのだ。それを捜し出せ。それと共に、それを伝えたいがために、若者のいいなずけは、かなりの危険を冒して、奥の耳に届けたので、その女子も守ってやらねばならぬ。だが、敵も、その控えの事は、薄々は承知して居るじゃろうし、女子の身辺にも居るじゃろう。かなり難しい事だが、やって貰わねばならぬ。しかもじゃ。この出来事の元凶を突き止める必要がある。近頃、藩内に、何やら不穏な気配があるのは、分かっては居るが、さて、それが何であるかは、特定出来ぬ。或いは、余の周囲の、すべての小さな争い事が、関連して居るとも言える。」 「突き詰めて言えば、余も老いて、眼力も鈍って来たという証拠かも知れぬ。ただ、釈明すれば、余には、今、家臣を見る余裕などないのじゃ。幕府のご老中方との折衝が、難渋して居る。ありていに申せば、少しやりすぎて、にらまれて居るという事じゃ。そんな折じゃから、余は、迂闊には動けん。話した厄介事も、表立って裁くわけには行かんのじゃ。すべてを、新左に頼めと奥が申した。余もそう思う。だが、そち一人では、心もとなかろう。頼りになる者を、奥が、すでに、差し向けたと言って居る。奥のさとに、心効いた者が居ったらしい。手足として使え。それから、これは、前々から思案して居った事じゃが、この件に関係なく二・三の者を、そちに推薦して貰いたい。余のためではなく、次の藩主のためにじゃ。そちの倅でも良いぞ。考えて置いてくれい。これだけじゃ。後は、ゆっくり昔話でも致そうか。そちの、町人としての、面白い話はないか?・・・」
大変な密命であった。新左衛門には、藩主の苦渋が推察出来たが、それよりも何よりも、家臣は、未来永劫に家臣であり、藩主の命には、絶対に、従わなければならないという事の方が、気を重くしていた。それに又、使命を果たせるかどうかの心配よりも、自分自身に、そんな事に立ち向かうだけの気力が、残っているかどうかが、問題だった。
第一章 密命 ---了---
|
|
その夜は、村の知り合いの家に泊まり、翌日、自宅に帰って、妻の由貴に相談すると、由貴は、即座にこう言った。 「いいじゃありませんか。旦那様は、近頃、少し怠けてお出でになります。何もする事がないという事は、人を堕落させます。気を張り詰めて暮らすという事が、一番いい事だと思って、何かして頂く事はないものかと、思案していた所でした。お殿様のお言いつけともなれば、お受けする以外にはないのでしょう?それならば、ご自分から進んでおやりになったら?その方が、きっと良い結果になると思いますけど?・・・」 新左衛門には、返す言葉もなかった。両刀を棄てて町人になり、由貴の「入り婿」になっても、後悔はなかった。むしろ、それを楽しんでたが、安易な日々のために、いつの間にか怠惰な人間になり下がっていたのだ。今それを妻に指摘され、そうした自分の姿に気付かなかった事を、恥じる気持ちが強く湧いて来た。その日から、新左衛門は、足腰の鍛錬のため、わざわざ山奥の渓流に、釣りに出かけた。目的が違うのだから、当然、獲物は少なくてもいいのだが、釣り人の殆ど行かない山奥の魚は、何もしなくても、面白いように釣れた。毎日、由貴が呆れるほどの土産があった。 始めてから五日目の夕暮れ、新左衛門は、魚篭(びく)一杯の獲物に満足しながら、帰りを急いでいた。何処からか、商人風の男が現れ、近づいて来て、声を掛けた。 「えー、もし、ご隠居さん。大層魚篭が重そうでござんすね。もしよろしかったら、あっしに、少し、その魚を別けてやっておくんなさせぇまし。いえなに、あっしは大の魚好きなんですが、カカアが当分留守なもんで、ここんとこ、うめえ魚にありつけねぇんで、・・・へい。で、どうでしょうかねぇ、お金なんて物じゃ失礼でしょうから、あっしの商売物のこんな物で、いかがでしょうかねぇ?・・・」 ベラベラと良く喋る得体の知れないこの男に、新左衛門は用心しながら、うわべは、にこやかな笑顔で、黙って話を聞いていた。足を止める事もなく、ゆっくりと、その男の差し出した物を見た瞬間、眼を光らせたが、すぐに元の顔つきに戻ると、何気ない口調で返事した。
「そんな物は、しまって置きなさい。わしは、釣れすぎて困っているのじゃ。幾らでも好きなだけ持って行きなさい。なんなら、この魚篭ごと持って行ってもいいよ。」
男が見せた品物は、新左衛門が、まだ江戸藩邸に奥用人として勤めていた頃、何度も見た事のある物であった。それは、奥方様のお手元にあった、ご愛用の文鎮で、おさとの家紋が、刻んであるので、一目で分かった。見間違う筈はなかった。新左衛門が帰宅して間もなく、その男はやって来た。彦次と名乗ったが、本名かどうかは、分からなかったが、それは、どうでもいい事だった。素性は一切聞かない、話さないという暗黙の了解があったからである。それに、奥方様がわざわざ差し向けた男なのだ。詮索する必要はなかった。それでなくても、言葉のはしばしから、信頼出来ると判断出来たのである。 先ず、妻の由貴である。協力者全員のまとめ役としての彼女の才能は、抜群であった。次に嘉平である。この忠実な下僕は、肝も据わって居り、所作は鈍くとも、確実であった。嘉平の姪で、由貴に心酔してしまったハツは、まだ嫁入りもせず、橋本屋の女隠居・由貴の家に、腰を据えてしまっていた。だが、生来の好奇心は相変わらずで、事件が持ち込まれたと知ると、張り切りすぎて、由貴に窘められたくらいであった。
そのハツの弟で、幸助(こうすけ)という若者は、由貴が新左衛門と一緒に暮らすために、少し大きめの家に引っ越した際、新たに雇い入れた者だったが、丁度、所帯を持ったばかりで、夫婦して懸命に働いてくれていた。当初、この若夫婦を、今度の事件に巻き込む事に、新左衛門は反対したのだが、ハツと同じ血を引く幸助の方が乗り気で、夫婦ともども、懇願したので、やむなく、仲間に入れたのであった。こうした人達の心からの協力が、新左衛門を支えていてくれたのである。 或る晴れた日の朝、新左衛門と由貴の二人は、お供に幸助夫婦を連れて、江戸に向けて出立した。幸助の妻お芳(よし)は、ご城下を出るまでは慎ましくしていたが、本街道に出ると、途端に、はしゃぎ始めた。無理はなかった。義姉(あね)のハツが、やっかみ半分でイジワルするのを、逆らう事もなく受け流していたが、江戸に行ける嬉しさを隠すのに、大分苦労していたらしかった。 お芳は、元々、橋本屋の女中だった。そこに働く古参の者達は、由貴が、どれほど苦労して、潰れかかった橋本屋を、今の隆盛に導いたかを知っていて、『大奥様のためなら、命も棄てる』と明言してはばからないのを、お芳は見聞きしていた。彼女が幸助と一緒になったのも、一つには、それがやがては、大奥様の元に直接ご奉公出来る事になると、知っていたからであった。一体に、橋本屋の奉公人達は、由貴に心酔していて、『大奥様の好きになった人』という風な眼でしか、新左衛門を見ていなかった。 しかし新左衛門本人は、それでいいと思っていた。なまじ妙な気遣いをされるのは、かえって、気詰まりだったからであった。特に、ハツは遠慮がなかった。馴れ染めの初めから、知っていたからだ。だから、今度の江戸行きに、連れてって貰えないと知ると、大いに不満を新左衛門にぶっつけて、てこずらせた。だが、残っている者の方が、遥かに大変な任務を任されているのだという事を、こんこんと説得され、渋々ながら納得したのであった。 その憤懣のための八つ当たりが、お芳に向けられてしまった事を、お芳自身が重々承知していたので、黙って耐えていたという訳だった。だが、旅は、人の心を開放させる。一行は、はしゃぐお芳を笑顔で見ながら、それぞれ、明るい気分で歩いていた。足の疲れさえ除けば、旅は、女達の天下だった。宿に着けば、上げ膳、据え膳で食事が出来、男達は親切で、言うがままに足腰を揉んでくれた。お芳は、思わず、『ごくらく、極楽』と呟いていた。だが由貴は、ずぅーっと昔の、悲しい流浪の旅を思い出していて、手放しでは喜べなかった。それにしても、今の幸せを、神様仏様以外に、誰に感謝していいのか分からないままに、夫・新左衛門に、そっと、すがるのであった。 旅は又、思いもかけぬ効果をもたらした。新左衛門は、次第に、気力が充実してくるのを感じていた。それは、連れの者達への責任感からくる気力であった。そして又、街道とは言え、山野を歩くのと同じような旅の道中は、肉体的にも、血を若返らせたのである。明日は江戸に着くという夜、新左衛門は、久しぶりに由貴を抱いた。由貴の身体もそれを求めていたのか、周囲に気遣いながらも、素直に応じた。そして驚くべく事に、由貴は、その時初めて、女の喜びを知ったのである。 自宅では、どんな時でも、橋本屋の女主人という心構えは、抜けなかった。何もかも忘れて、愛しい人の胸に抱かれているつもりでも、心の片隅には、いつも、一家を支えている大黒柱の気概があったのである。旅は、それを棄てさせた。それに、男の頼もしさを見せ付けられた日々でもあった。由貴は、益々、新左衛門に惚れ込んで行った。
だが、江戸に着けば、そんな甘い事ばかり言ってはいられない。由貴には、橋本屋江戸分店の、経営全般を見直すという役目が待っていた。付随するこまごまとした事も、一つ一つ手際よく、片付けなければならなかった。それが、はるばる江戸まで出て来た、表向きの目的でもあったのだ。一方、新左衛門も又、忙しかった。江戸入りしてから三日目には、もう、藩主の奥方様に、下屋敷でのお目通りが、許されたのである。
第二章 仲間 ---了---
|
|
長年、奥用人として勤めていたとは言え、武士から町人に、身を落とした新左衛門に、奥方様がどのような扱いをしてくれるのか、身分違いの厳然たる扱いの差を、熟知しているだけに、かなりの不安があった。だがそれは、杞憂にすぎなかった。奥方様は、以前と全く変わらぬ態度で、迎えてくれたのである。新左衛門が、ぎこちない町人言葉で挨拶をすると、黙って微笑を浮かべながら聞いていた奥方様は、静かな口調で話し始めた。 「良く来てくれましたね。そなたには、もう会えぬと思うて居りましたのに、こうして、元気なそなたの顔を見る事が出来て、世津(せつ)も嬉しく思います。変わりありませぬか?・・・・・・少し肥えたようですね。でも、健やかそうで何よりです。このたびは又、厄介な事を押し付けて、すまなく思うて居りますが、他に思い当たる者もなく、やはりこれもそなたに、・・・という事になりました。平常の事をしてくれる者は、沢山居りますが、残念ながら、いざという時に、頼りになる者は、あまり居りません。だからと言うて、そなたばかりを頼りにするのも、あまり良くないとは思うのですが、これは、世津の悪い癖と、諦めて下さい。」 「でも、そなたの今までの功績は、この世津が一番良く承知しています。ご苦労のほどもね。あそこに控えている者は、紀野(きの)と申す者で、かの者が世津に話してくれた話が、事の発端です。詳しい話は、紀野から聞きなさい。私は所用があって、出かけなくてはなりませんが、すぐに戻りますから、そなたは待っていなさい。帰ってはいけませぬ。そなたの町での暮らしぶりを聞きたいし、持たせる物もあります。紀野も、新左衛門を帰してはなりませぬ。しかと、申し付けましたよ。・・・」 奥方様の話は、相変わらず単刀直入だった。温かみがあって、しかも、これと決めたら、てこでも動かぬ頑固さもあって、怜悧な頭脳の素早い回転も、全く衰えていなかった。ただ、大身のお家柄のお姫様としてのお育ちは、随所に見えて、そのわがままな所は、直しようもない。新左衛門が紀野から聞いた話は、こうであった。 事件を起こした若者は、谷田広之進(やだひろのしん)と言い、徒歩目付(かちめつけ)だった。上司(殺害した相手)の命によって、油屋久右衛門(あぶらや・きゅうえもん)の行動を、見張っていたらしい。或る夜、久右衛門が藩のご重役の一人と密談している所を、密かに盗み聞きした広之進は、それまでに調べ上げていた事と照合して、一つの推論を組み立てた。彼の不幸は、それを建白書として、正式に、上司に提出した事から始まった。 若者特有の正義感から出た行為だったが、世慣れた上司の者は、事を荒立てるのを好まず、その書面を手元に留めて置いて、何処にも渡してはくれなかった。しかし、そのあまりの反応のなさに気付いた広之進が、強く上司に迫ったので、困惑したその上司は、自分の属している奉行にではなく、日頃、何かと取り入っていたご重役の所に、持ち込んでしまった。(それによる、立身出世を夢見て、) 正式な順序ではないその方法が、又、不幸を呼んだ。その上司は、言い含められていたらしく、何のかんのと言い逃れをしていて、一向に、広之進の期待には、答えようとはしなかった。そこで遂に、若者の怒りが爆発したという訳であった。これを伝えるための苦心は、どのようなものであったかは分からぬが、広之進の若い許嫁としては、上出来の結果をもたらした。ともかくも、新左衛門を引っ張り出す事に成功したのだから、・・・ ただ、分からない事が多すぎた。書面の控えの在り場所も、その内容も分からず、その上、それを握りつぶした者の氏名も、或いは、それに繋がる黒幕も、全然分かっていなかった。しかし、油屋久右衛門の名は分かった。そして、この男がすべての事の始まりである事も、新左衛門は知ったのである。それだけでも、江戸に出て来た甲斐があったと思った。 やがて、奥方様が戻って来られた。四方山話の末に、手渡された一通の書状があった。藩主の信任状である。それは又、この件に関しての全権委任の書状でもあった。いざという時には、これを見せて、内々に事を処理出来るようになっていた。分かりやすく言えば、確たる証拠があって、問い詰める段階になれば、裁きに掛ける事もなく、切腹するように命ずる権限が、与えられたのである。
これは、心強かった。「これさえあれば、・・・」という勇気が湧いてくるのを、新左衛門は感じた。それから、連絡の方法が、予想外であった。彦次の妻として一緒に暮らしているサキは、本当は、実の妹で、その夫が無類の早足の持ち主で、すでに、江戸の飛脚問屋に潜り込んでいた。その男が、橋本屋本店と江戸分店との間を、定期的に往復する手筈になって居ると言う。商売上の書面の他に、新左衛門の報告書を、肌身につけて運ぶのだ。これなら、絶対に、誰にも見つかる筈はないと、奥方様は自慢げであった。新左衛門は、自分がすでに眼をつけられて居る事を告げ、なおも慎重を期して、その飛脚に手渡すのは、サキを通じてという風に改めた。かくて、準備は整った。
歩きながら景色を眺め、会話し、笑い、ふざけ、それらの一つ一つが、もう二度とない楽しい経験である事も、お互いに、良く分かっていた。幸助夫婦のような若い者達とは、又違った思いがあった。新左衛門に残された歳月は、もうそれほど長くはないのだ。その事を、暗黙のうちに了解し合っていればこそ、この道中を、心から楽しんでいたのである。ただ由貴は、若夫婦に負けないほど、毎夜のように新左衛門を求めた。そして、女としての喜びを、充分、堪能したのであった。
第三章 糸口 ---了---
|
|
明日はご城下につくという前の日、何処からともなく彦次が現れて、一行に加わった。 「えぇー、ご隠居さん。お久しぶりで、・・・どちらにお出かけですか?・・・へーえぇ!そうですか!・・・お江戸からの帰りねぇ!結構なご身分ですなぁ!あっしも、あやかりてぇもんで、・・・」 「彦さんは、何処へ?やはり、このあたりでの商いかね?」 「へえ、この先の村まで行って来たんですがね。あんまりいい商いにはならなかったんで、くさくさしているんで、・・・どうでしょう?明日あたり、お江戸の土産話を聞きに、お邪魔してもようござんすか?えっ?そうですか、よろしいんで?・・・ありがてぇ、これで少しは厄払いが出来るってもんで、・・・いえ、大丈夫です。あっしの事なんざぁ、ご心配なく、・・・」 べらべらと際限なく喋っているようでも、彦次が言外に、もう警戒は解けたと言っているのが、新左衛門には良く分かった。自宅に戻った翌日の昼下がり、彦次は約束通りやって来た。そして、幾つかの留守中の報告をした。そのうちの一つに、気になる事があった。それは、こういう話だった。 新左衛門を見張っていた者を見つけて尾行した所、その男は、天野光英(あまの・みつひで)という家老の屋敷に入って行ったと言うのである。その屋敷の主に、雇われている事は間違いないと、彦次は言い切った。新左衛門の知る限りでは、天野家老は、目立たないが清廉潔白な人で、とても、今度の事件に関係があるとは思えなかった。 それにもう一つ、気になる事があった。切腹した広之進の許嫁であった美佐を、未だに監視しているのは、町奉行の手の者で、美佐に圧力を掛けて、何も出来なくさせているという意図が、露骨に見えると言う。町奉行の神野峰五郎(じんの・みねごろう)が、美佐を監視させているのは、一つには、彼女の身の安全を保障するためという表向きの理由はあるにしても、これ見よがしに大袈裟にしているのは、何のためなのか、判断に迷う所だった。新左衛門は、当初から、この事件の裏には、政事(まつりごと)の権力に関する派閥争い、主導権争いが絡んでいると睨んでいたが、二つの大きな勢力の争いだけではなくて、どうやら、何かもっと大きな陰謀が隠されているのではないかと、思えて来た。 しかし、何よりも分からないのは、天野家老の意図である。どの派閥にも属さない孤高の人が、何故、藩主に呼ばれて密談した新左衛門に興味を持ったのか、いや、もっと遡れば、どんな理由があって、藩主の行動を監視する手先を、藩主の周辺に配置しているのか、その事は、重要な疑念であった。知りたいと思う事は沢山あった。だが、慎重に、用心深くやらなければならない。 先ず彦次には、油屋久右衛門を見張って、彼に接触する人物を洗い出すように頼んだ。次に、幸助夫婦に、何とかして、美佐と連絡をつける方法を見つけるように、言いつけた。ハツには、天野家老の屋敷の女中や下僕達と、懇意になるようにと言った。その者達の口から、屋敷の内部の様子を聞き出したいという理由も、はっきり教えた。由貴には、もっと大きな事を頼んだ。店に戻って、もう一度橋本屋の女主人になって、商いの先頭に立ち、藩士達の、特に上級藩士達の動向を探ると共に、商人同士の会合に積極的に出て、その雑談の中から、何かを掴んでくるようにしてくれと頼んだ。
幸いと言っては語弊があるが、江戸の分店に直すべき箇所が見つかった。それを口実にして、世間体を取り繕う事にした。そして新左衛門は、危惧する由貴を説得して、店を任されていた先妻の息子義兵衛(ぎへえ)と、大番頭の徳造(とくぞう)、中番頭の安之助(やすのすけ)の三人に、事情を説明する事にしたのである。 「お前達に来て貰ったのは、大事な話を聞いて貰うためだ。始めに断って置くが、これから話す事は、わし達だけではなく、或いは、みんなの命に関わる事でもある。これは、決して、脅しで言っているのではない。本当の話なのだ。しかも、絶対に、漏らしてはならぬ秘密なのだ。だから、主人と使用人という垣根を越えて、男と男の約束として、誓って貰いたい。これから聞く事のすべてを、口が裂けても喋らぬとな。分かったな、誓うな。よし!・・・それでは、順を追って話そう。」 「この間、わしは主君に呼び出されてお目通りした時、大変な役目を言いつけられた。わしは、刀を棄てて町人になったとは言え、家臣としての忠誠心まで棄て去った訳ではない。又、お前達も、このご城下で暮らしている以上は、お殿様のご命令には、背けない筈だ。だから、言いつけられた役目は、最後までやり通さねばならぬ。何をやるのかと言うと、先頃、城内で刃傷沙汰があったのは、知っているだろう。あの事件の真相解明だ。」 「表向きは、突然の発狂という事で片付けられてしまったが、これには、奥深い裏の事情があって、一筋縄では行かぬ。江戸への旅も、本当は、その事のためにわざわざ行ったのだ。詳しい話は出来ぬが、この件に関わっている者は、わし等夫婦と、嘉平、ハツ、幸助夫婦の六人だけだが、ただこの件のためにだけ、由貴に又、店に戻って貰う事にした。表向きは、江戸の分店の再調査と監督のために、義兵衛を江戸にやるため、その留守を、由貴が預かるという事にする。なに、そう長い間ではない。せいぜい一年ぐらいだ。一人で行くのだから、大いに羽を伸ばして来い。」 「何事も、経験に優る宝はない。他所の水を飲むのも、必ず、お前の将来のためになるじゃろう。甘い水も、苦い水も、たっぷり飲んで来い。但し、嫁にも本当の事は言ってはならぬ。江戸の不始末の責任を取らされたとでも言って置け。あまり、嬉しそうな顔をするな。妻を騙すのも、商人(あきんど)の修行の内と思え。しっかりやれ。そういう訳で、明日より由貴が店に戻る。何やら、徳造は嬉しそうだな。いや、分かるよ。お前は由貴と長い間、苦労を共にして来た仲だからな。店がこれまでになれたのも、お前のような「白鼠」のお陰だと聞いて居る。」 「由貴が、お前には感謝していると、しみじみ話していた。この際だから言って置く。義兵衛も早く、徳造のような白鼠を育てる事だ。それには先ず、お前が立派な商人にならなくてはならぬ。そして常に、自分を補佐してくれる人を育てるという心構えを、忘れてはならぬ。分かるな。これからしばらくの間、皆にも苦労をかけるが、よろしく頼む。・・・」 新左衛門は、三人に頭を下げた。主人と奉公人との間の、歴然たる身分の差があったこの時代に、このような扱いを受けた事のない三人は、慌てて平伏した。そして、間もなく上げた顔には、真摯な気持ちが漲っていた。みんなの心が、一つになったのである。
翌日から、由貴は店に通い始めた。往復には、ハツが付き添って行ったが、店では、ハツのやるべき仕事はなかった。店の商いには、一切、手を出さないのに、手代や丁稚をあごで使った。古手の「いかず後家」は、何処でも嫌われ者だが、しいて、逆らう者もいなかった。こうして、橋本屋の新しい日々が、始まって行った。
第四章 商人(あきんど) ---了---
|
|
最初の朗報は、幸助がもたらした。美佐には、年老いた祖母が居て、どうやら、その人だけが、美佐の唯一の味方らしい。元気な頑固者のそのバアサンは、怖い物知らずで、幼馴染のバアサンの居る家に、良く遊びに行くという事が分かった。しかも、都合のいい事に、その幼馴染のバアサンの家には、お芳の友達が奉公していた。 数日後、新左衛門は、その家で、美佐の祖母と対面していた。 「わしはのうー、今は、自分の眼しか信じないようにして居る。この歳になると、もう、欲というものがなくなっとるから、人を見る眼は確かじゃ。書いたものなどは、一切、信用せん。ましてや、お殿様の書いた物なぞ、今までに見た事もねえのに、それが本物だかどうか、わしに分かる訳はねえ。だから、そんな物は早くしまいなされ。わしには用はねえ。」 「だが、お前さんの言う事は、信ずるよ。嘘つく男かどうか分かるからな。美佐は可哀想な子でな。惚れた男に死なれてしもうてな。死なせた奴に仕返しをするためには、自分が死んでもええと思いつめて居る。だが、情けねえ事に、わし等には何も出来ん。だから、代わりにやってくれる人を、わし等は、ずぅーっと待って居ったんじゃ。お前さんなら、やってくれそうじゃ。だから、わしが美佐から聞いた話を、残らず話してやろう。それが、あの子のたった一つの望みなんじゃからな。・・・」 バアサンは、噂通りの頑固者であった。だが、一目で新左衛門を信じてくれたのには、驚いた。年寄りの長い経験から来る直感の鋭さに、改めて、眼を見張る思いがした。内心待ち望んでいた人に、ようやく出会えたという思いが、バアサンの口を軽くしたのか、よく喋ってくれた。 その話によると、建白書の控えは、寺にあった。正確には、そのバアサンが寺に寄進した仏像の体内に、入れられていたのである。こうして、問題の書面を、無事手にする事が出来た新左衛門が、早速読んでみたが、その内容は、さっぱり要領を得なかった。若者にありがちな過激な言葉で綴られていたが、筋道がはっきりせず、悲憤慷慨している気持ちは分かるが、肝心な部分は、書いてはなかったのである。恐らく、陰謀の黒幕の氏名や証拠は、自分の口から直接言いたいがために、わざとぼかして書いたのではないかと推測出来たが、本人がこの世に居ない以上、それを究明するのは、大変な仕事であった。 ここに至って、新左衛門は、己の考えの甘さに愕然とした。建白書さえ見つかれば、陰謀のあらましは分かる筈だと、安易に考えていた事を、恥ずかしく思った。すべてを振り出しに戻して、冷静に考えてみた。上司を殺傷して捕らえられた広之進は、彼の取調べに当たった者に、知っている事の全部を供述したに違いない。 だが、それを聞いた取調べの者も又、黒幕に繋がる者だったので、彼の言葉を取り上げるどころか、逆に、ほかに漏れる事を恐れて、無理やり切腹させたのだ。これは、乱心者として処理されてしまった背景には、それほどまでに、大きな力が働いていたという証拠であると考えなければならぬ。主君は、その事に薄々気付いていたからこそ、新左衛門の手腕を見込んで、特命したのだ。とぼけてはいたが、それを感ずるほどの異常さが、どこかにあったのだろう。これからは、よほど気を引き締めて掛からねば、・・・と、新左衛門は、決意を新たにした。 ともあれ、それでも、分かった事は、幾つかあった。油屋久右衛門は、藩の重臣の誰かに、多額の賄賂(わいろ)を贈っている事、そし てその目的が、途方もない陰謀である事、などである。新左衛門は、熟慮の末、ひとまず発見した建白書の控えは、主君の元に送る事にした。添え書きとして、これまでの調査の結果を報告すると共に、「危険があると思われますので、いつにも増して、ご用心下さいますう。」という趣旨の文面を書いた。
「酒色に溺れたふりをなされて、御聡明さを隠し、愚者になりすませば、或いは、画策する者の影くらいは、見えてくるやも知れずと、思い居り候」とも、・・・・・・これを書きながら新左衛門は、自分もそういう工作をしなければ、・・・と思っていた。 「今日の夕暮れ頃、わしがお前の店の前まで行くから、それまで居てくれ。釣りの帰りだから、その時刻を見計らって、外に出てくるのだ。いやなに、大勢の人の見ている前で、わしがボケが来たような芝居をするから、それに合わせて、お前も芝居をしてくれればいいのだ。分かったな。・・・」
「面白そうですこと!」 「おい!・・・お前!由貴ではないか!・・・何をして居る?」 「あらっ!これは、これは、旦那様。何って、ここは私の店でございます。」 「なにぃー?私の店?なんじゃそれは?・・・そなたは拙者の妻ではないのか?・・・そうじゃろう!わしの妻じゃな。間違いないな!・・・それにしても、その格好はなんじゃ?まるで町人の格好ではないか!けしからん!お前は家で拙者の身の回りの事をして居れば良いのじゃ!さっ、参れ!家に戻るのだ!戻って武士の妻らしい物に着替えろ!愚か者め!・・・・・・」 新左衛門は、カンカンに怒っていた。由貴は仕方なく、心配げに見守っていた店の者達に目配せして、夫の後に従った。何事が起きたのかと、事の成り行きを眺めていた往来の人々は、新左衛門が、老人特有のボケの始まりの兆候を見せたのだと言って、口々に由貴に同情していた。それほど、橋本屋の大奥様の評判は、良かったのである。 家に戻ると、出迎えたお芳は、けげんな顔つきをしていた。新左衛門が戻るのは、時刻としては当たり前なのだが、由貴の戻る時刻には、少し早すぎた。それに、二人とも、妙に苦虫を噛み潰したような顔をしていたし、一言も口を聞かなかった。自分達の部屋に入ると、由貴は、夫の着替えを手伝おうともせずに、畳の上にうつ伏して、肩を震わせていた。 「おい、どうした?・・・具合でも悪いのか?」 新左衛門が心配して、声を掛けた。由貴は返事もしないで、笑い転げていた。
「なんだ、笑ってるのか。・・・何がそんなにおかしいのだ?」 「あんまり、生真面目なお顔を、してらっしゃるんですもの。・・・おかしくて、おかしくて、・・・・・・私、初めて拝見しましたのよ。あんなお顔。・・・おかしくって、・・・・・・・・・笑いを堪えるって、こんなに苦しいものだとは知りませんでしたわ。あーあぁ、苦しかった。・・・・・・」
「笑いすぎじゃ。・・・大体、お前は近頃少し変ですよ。・・・明るくなったのはいいが、わしと一緒の時には、若い娘のように、良く笑うようになった。それに少し太ったのではないか?・・・」 「そうだなあ、考えてみれば、江戸から帰って来てからではないのか?旅の間じゅう、お前は随分と甘えて居ったからな。」 「あら!あれは、旦那様が、あんまり、お優しくして下さったからじゃぁありませんか!私のせいでは、ございません!」 「さあぁどうかな?・・・どうもお前は、張り詰めていた糸が切れてしまったらしい。切ったのは、このわしか、お前自身かは分からんがな。・・・それにしても、お前は福々しくなった。それでは、店の者達には、しめしがつくまい。」 「まあ!変なおっしゃりかた!褒められているのか、けなされているのか、分からないじゃありませんか!ご心配頂かなくても、こう見えても私、お店では、もっと厳しい顔をしています。それに、『昔取った杵柄(きねづか)』で、同業の仲間の人達も、一目置いてくれてますので、それなりに、上手くやってますのよ。私がこんな風になるのは、旦那様と二人っきりになるときだけですの。・・・」
「あのぉー、・・・」
「おう!なんだ?・・・ほら見なさい。お芳が困ってるぞ。」 その時はそれで、由貴の変調の話は終わったが、これが、後でハツ達に、からかわれる種になろうとは、当人達は、一向に気付いていなかったのだから、世の中は、何が起こるか分からないと言える。 やがて、彦次が来て、要領よく、これまでの報告をした。彦次は、いつも何気なく話しているが、大変な苦労をしているらしいのは、新左衛門には、良く分かっていたが、口に出してねぎらう訳にも行かなかった。彼は頼もしい味方ではあったが、新左衛門の使用人ではなかったからである。その報告で、又、一歩の前進があった。 油屋久右衛門は、広之進の一件があってからは、非常に用心深くなり、自分の周囲を警戒させるための人数を、大幅に増やした。だが、それにもかかわらず、厳重な警戒網をくぐって、久右衛門の身辺を探っている者達が居ると分かった。彦次は、先ずその方から調べたのだが、意外な事が分かった。一人は予想通り、大目付の配下の者であった。これは、広之進の最後の取調べをしたのが彼等なのだから、当然と言えば当然だった。 もう一人は、町奉行配下の密偵だった。この男は、奇妙な行動をしていて、どうも、町奉行ではない他のだれかの命を受けているらしく、まったく別の人間に接触している事が分かった。糸が複雑に絡み合っていて、何処から手をつけたらいいのか、彦次には、分からないと言う。人手の少ないこちらとしては、一点に狙いを絞って調べる以外に、方法はなかった。しばらく考えていた新左衛門は、大目付の方を監視するように彦次に頼んだ。そして言った。 「これは、わしの勘だ。理由はない。今までに知り得た事を繋ぎ合わせると、これはどう見ても、藩全体を揺るがす大事件の兆候だ。この事件の黒幕は、かなりの大物と見なくてはならぬ。町奉行よりも上の、大目付を操れるだけの力を持った人物、そいつが黒幕だ。だが、何を企んでいるのかが、まだ分からんが、いずれにしても、大目付に繋がる者と、町奉行に繋がるものとが争い、そこに、天野家老の線が絡んでいるのだと思う。天野が、どっちの味方なのか、或いは、両方の敵なのか、それは今の所分からんが、この方は、しばらくそっとして置こう。」 「そのうちに、何かの動きを見せるじゃろう。それからでも、調べるのは遅くはあるまい。こちらの手が足りぬ以上は、どれかを手抜きする以外にはない。だが、わしは、この考えに固執するつもりはないから、彦さんも、他の考えがあるのなら、遠慮なく言ってくれ。さっきも言った通り、確たる証拠があって、こう考えた訳ではないからな。」
だが、彦次も新左衛門の意見に賛成した。彼の調べた範囲でも、一番狡猾に動いているのは、大目付の手の者だったのである。かくて標的は決まった。後は、じりじりと網を絞って行くばかりだった。 江戸から帰ってから、すでに三ヶ月が経っていた。その間、あまり進展はなかったが、こういう事は、気長に慎重にやらなければならない事を、新左衛門は、良く知っていた。彼は考えていた。一体に、お家騒動は、どこの藩でも、大なり小なり常にあるものである。特に、中途半端な大きさの藩は、いつもごたごたしているものなのだ。政権の交代があれば、今まで甘い汁を吸っていた者達は、その味が忘れられず、巻き返して、再び、同じ夢を見ようとする。新たに政権を握った者達は、その特権を手放すまいとして、様々な画策をする。そういう争いの繰り返しなのだ。 我が藩では、その腐れ切った確執の根元を断ち切るために、聡明な若き藩主が、新左衛門を使って、調べ上げた事を元に、悪の一掃を断行したのであった。しかし、大手術は、往々にして、あまり悪くない部分まで切り取ってしまう。旧来の慣習は、何もかもすべてが悪いという事ではない。爽快感のあった大変革は、その当座は歓迎されるが、やがて、次第にあっちこっちに摩擦が起きて、不満も高まって行く。切れる刃物は、手術の時は必要だが、終われば要らなくなり、むしろ、邪魔にさえなってしまう。頭の切れる上司を持った部下は、仕事がやりにくいものなのだ。 しかも、若さは、性急に結果を望み、時として、暴挙に走る事だってある。長い年月をかけて悪くなったものを直すのには、やはり、長い歳月が必要なのである。一挙に早急に行った先頃の改革は、何処かに無理があって、歪が来ているのだと認めざるを得なかった。だが、その事が、今度の事件に関わりがあるのであれば、発生源は、自ずと突き止められる。あの政変で、最も大きな痛手を蒙った者達、つまり、失脚した加藤・能勢の両派閥に繋がっている者達を洗えば良いのである。 新左衛門は、そもそもの初めから、考え直してみた。かなり昔の、帰国した当初の頃の事から、一つ一つ手繰(たぐ)って行くのだ。何か見落とした事はないかと、注意深く振り返ってみるのは、とても根気の要る仕事であった。無論、新左衛門の手元には、以前の時の調査の控えなどはなかった。そんなものは、最初からなかったのである。藩主か奥方様のお手元には、提出した書類は残っていようが、必要最小限の事しか書かなかったので、その書類では、何の役にも立たない事が分かっていた。ただただ、新左衛門は、自分の記憶を辿る以外にはなかったのである。
ここへ来て初めて、新左衛門は、己の記憶の不確かさに気付いた。肉体の老いと共に、頭脳にも、老いがやって来ていたのだ。だが、嘆いてばかりは、いられないのだ。何としてでも、その記憶から、何かを掴み取らなければならない。新左衛門の苦渋は、始まった。
第五章 駆引き ---了---
|
|
新左衛門が、日夜苦しんでいた時、由貴の身に、大変な事が起きた。身篭ったという事が分かったのである。喜ぶべき事ではあったが、由貴はもう、四十才になっていた。本来なら、妊娠する筈のない年齢だった。近年では、高齢出産はさほど珍しい事ではないが、十四・五才で嫁入りするのが当たり前の時代である。三十過ぎれば、もう子供は産まないのが常識なのだ。三十過ぎてから産んだ子が一人前になる頃には、親達は、五十を過ぎ、すでに亡くなっている年代なのである。六十才以上も生きる人は、ごく稀な時代だったのだ。(だから、古希「こき」という言葉があるのだ。) 由貴の場合、高齢の上に初産(ういざん)なのだ。何よりも、母親の身体の方が心配になった。その上、次第に大きくなるお腹を抱えては、店に出られる筈はなかった。急遽、義兵衛が江戸から呼び戻された。それと共に、由貴の身を案じて、誰もが、店から離れて元の隠居に戻るように勧めたが、由貴本人が、もうしばらく、好きにさせて欲しいと言い張って店通いをやめなかった。苦悩している旦那様のお役に立つ何かを、自分の手で掴みたかったのだ。 しかし一方では、新左衛門は、ハツやお芳に、さんざんからかわれていた。由貴の変調に気付いていながら、それを、妊娠に結び付けられなかった迂闊さと、この歳で、子をなすような事に励んだ(これは、ハツの言い草である)、夫婦の(とりわけ男の)情の濃さを取り上げて、「あやかりたい、教えて貰いたい」などと、言いたい放題な事を言われ、からかわれた。さすがの新左衛門も、この時ばかりは、苦笑して頭をかいているばかりだった。 ひとしきりの騒ぎの後で、新左衛門は、「はて?こんな話をどこかで聞いたような、・・・」と思い出していた。それが、いつどこでなのか、はっきり思い出せないもどかしさに、一人で居間で焦(じ)れながら考え込んでいた時、由貴が帰って来た。近頃では、なるべく早く帰るように、本人も、まわりの者も気遣っていた。
「ただいま戻りました。あのぉー、・・・少しお話してもよろしゅうございましょうか?・・・」 「『倅の出世は、まだまだこんなものじゃない。もっともっと続く。何しろ、次席家老の柘植様のお引き立てがあるのだから、・・・』って。それから、『その後ろ盾の、ご分家の登美沼南(とみしょうなん)様とも、ご懇意にさせて頂いている。・・・』とも、喋ったそうです。もっとも、後で、その場に居合わせた人々に、固く口止めはなされたそうですけれど、誰でも、話すなと言われた事は、話したくなるものですね。私に話して下さった方は、普段は、大層お口の固い方ですけれども、私には話して下さいましたのよ。この話、お役に立ちますでしょうか?・・・」 「いやいや良くやった!役に立つ所か、大変な手柄だぞ!・・・良くやってくれた!さすがは、我が女房殿!礼を申す!・・・ふーむ、そうだったのか!これですべてが分かった!わしが、さっきから思い出そうとして思い出せなかったのは、この事だったのだ!かたじけない!・・・これこそ、天与の一滴(てんよのいってき)じゃ!」 新左衛門は、喜びのあまり、思わず武家言葉になってしまったのも気付かず、由貴の手を取って握りしめた。
「それは、よろしゅうございました。お役に立てて、由貴も嬉しゅうございます。これで肩の荷が降りました。明日からは、大威張りで店を休めます。何かお役に立っていないと、後で、情けない思いを致しますから、・・・」 由貴は、それ以上は何も言わず、だが、心から嬉しそうに笑って、立ち去って行った。新左衛門が思い出した事とは、ご分家の登美屋敷に関する出来事であった。そもそも、このご分家は、先代の弟君が起こした家で、今では、藩の厄介者になっていた。それはまだ、政変の起こる少し前の事だった。或る夜、その頃はまだ末席の家老だった柘植が、密かに、登美屋敷を訪れていた。同席した商人が居た筈だが、それが誰だったのか分からなかったが、ともあれ、かなり長い時刻をかけた談合が行われていたらしい。 その三日前に、久しく恵まれなかった嫡男が、ようやく誕生していたので、その祝いのために集まったのだと判断して、新左衛門は、安易に見過ごしていたのだが、実は、それだけではなかったのだ。いやむしろ、祝いの席は、隠れ蓑だったのだ。登美家の当主・沼南(しょうなん)の担ぎ出しを画策していたのが、突然の政変で、すべてが水泡に帰してしまった。
しかし、その余燼(よじん)は、その後も、くすぶり続け、次第に、炎にならんとして居たのだ。どちらがどう働きかけたかは定かではないが、登美沼南と柘植家老が結びつき、それに大目付の新津敏正(にいつ・としまさ)が追従し、何かの代償を餌に、油屋久右衛門を誘い込み、着々と計画は進んでいたのだ。これに対抗して、町奉行を使って動いているのが、筆頭家老の市村玄正(いちむら・のぶまさ)で、これらのすべての動きを察知して、この争いを阻止しようとしているのが、天野家老だったのだ。こうした一連の筋道を、はっきりと掌握した時、新左衛門は、初めて、勝利を確信したのである。
第六章 道筋 ---了---
|
|
狙うべき標的は決まったが、禍根を残さず、しかも内密に、この火種を取り除くには、どうすればいいのか、さすがの新左衛門にも、予測しかねた。第一、事態があまりにも大きくなりすぎていた。しかし、躊躇は、していられない。もし万一、このような騒動が幕府に知れれば、主君(との)が幕府のご重役方に眼をつけられている昨今では、藩のお取りつぶしという憂き目に会う危険が、大いにあるのだ。そういう大所高所からの観点が、騒動の張本人達に欠けているのだから、誠に、始末が悪いのである。いずれにしても、こうした新たな結論に沿った情報を、早急に、集めなくてはならない。 山の高さを測るのには、二点又は三点からの観測が必要なのと同じように、物事は、一方方向からだけではなく、二方・三方からの視観がなければ、正しい判断は出来ないものなのだ。様々な方向からの情報が、正しい判断を生み、的確な対処の方法を教えてくれる事を、新左衛門は熟知していたのである。よくよく考えた末に、彼は、天野家老に会う決心をした。 だが、それには、誰にも知られてはならないという制約がある上に天野が新左衛門を信頼してくれなければ、何にもならないという決定的条件もあったのである。相手にどう信用させるかが、問題であった。ハツにその段取りを任せたが、嘉平の協力を得て、ハツは見事に成し遂げたのであった。或る夜、ハツが手配してくれた通りに、新左衛門は、天野家老の屋敷の、庭先から居間に入り込み、二人っきりの会談を成功させていた。 「貴殿からの申し入れがあった時、わしが直ちに応じたのは、何故だか、分かるかな?」 新左衛門が、初対面の挨拶をして、深夜の、このような訪問の無礼を詫びた時、それまで黙って新左衛門を見つめていた家老が、おもむろに口を開いて、こう語りかけたのである。 「わしは、貴殿を待って居ったのじゃ。もうそろそろ、何か言って来る頃じゃとな。先頃、竜ヶ丘(たつがおか)のご別邸で、主君にご面談なされた貴殿を、陰ながら警護させたのは知って居ろう。ほうぅ、さようか。・・・探索の者と思うたか。・・・そうかも知れん。あの時点ではのうぅ。わしは当初から、主君のお身を案じて居る。かのご改革の時からじゃ。ああいう事があった折には、必ず不穏の輩が蠢動するものじゃ。改革が大きければ大きいほど、また、反動も大きい。いつの世でも、不平不満の輩は、何処にでも居るものじゃ。そいつ等が、いつ暴走するかは分からぬ。防ぎようがないのじゃ。用心するしかないのじゃよ。・・・」 「ところで、わしが貴殿の名を知ったのは、何処だと思う?吉野ヶ原新田の片隅に、地蔵が祭られていて、そこの台座に貴殿の姓名が刻まれている事を知ったからじゃ。その事は、貴殿も承知して居ろうな。いや、訳もない事じゃ。常に領民の事に気を配って居れば、自ずと耳に入って来る。それを知れば、かの政変の始まりから、この一件の全体に、貴殿が関わっていた事は、明々白々じゃ。その貴殿が、主君に呼ばれて、何事か命ぜられた。その内容までは分からぬにしても、わしが、日頃危惧していた事と、何らかの関連はあると推察出来た。従って、わしは貴殿の来訪を心待ちしていたという訳じゃ。分かったか。」 「ついでながら言うて置くと、わしの頭の中には、主君のお身の安全と、領民の安堵しかない。それで良いと思うて居る。残念ながら、わしには、知り得た事を生かして使う才覚がないからじゃ。それがあれば、もう少し何とかなったのではないかとも思うが、この歳になってみると、これが、わしが持って生まれた勤めじゃと分かって来た。天命とでも言うべきものじゃ。背伸びしても、碌な事はない。分相応と申すではないか。不相応な事は、最初から望まぬ方が良い。」 「ま、筆頭家老の市村なども、それほどの才覚がない事は自覚して居るから、下手な動きはせぬが、このたびの事には、座って居る筆頭職の座を追われるのではないかという恐怖心から、探りを入れているだけで、事の根源を見極めている訳ではない。それだけに、やっとる事が小さい。あれでは、事の解決にはならん。あの男は、あまり当てにするな。かえって邪魔になるだけだ。すこし喋りすぎたな。わしのような年寄りには、喋る事すら疲れる。これを持って行くが良い。これには、わしが今までに知り得た事のすべてが書いてある。遠慮せんでも良い。わしも、何時死ぬか分からんでのぉ。貴殿に渡すために、書き残して置いた物じゃ。そのくらいの用心は、せねばならぬ歳になってしもうたわい。アッハッハッハ・・・・・・」 新左衛門は、天野家老の人柄を、見間違っていた事を悟った。その自責の念と共に、感謝の気持ちに溢れて、手渡された覚書を、押し頂いた。家に戻って、早速、読んでみると、天野家老の調べた事は、予想以上に核心を突いていた。 「天は、自ら助くる者を助く」とは、こういう事なのかも知れないと、新左衛門は、思わず天を仰いだほどであった。それによれば、以前、新左衛門が大和屋伝兵衛に、吉野ヶ原の新田開拓をさせたと同じような事を、柘植家老は、油屋久右衛門にさせようとしていた。ただ、それは「砂上の楼閣」で、新左衛門の時のような、綿密な設計も、確たる見積書もなかったから、虚偽に等しかった。それを重々承知の上で、久右衛門を上手く誘い込んだのが、狡猾な柘植家老の、悪辣な所である。 彼は、久右衛門から金を引き出す口実になりさえすれば、何でも良かったのだ。そして又、久右衛門の方も、ただ金儲けになりさえすれば何でも良かった訳で、大和屋のような度量もなければ、名を残すとか、領民のためとかいう理想もなかったのである。こうした、キツネとタヌキの化かしあいのような結びつきが、良い結果を生む訳はなかった。あちらこちらで、ボロが出始めていた。 これらの情報を拾い集めた、天野家老の手の者の腕は確かだったが、残念な事に、本人が言っていたように、その雑多な情報を整理し、筋道を立てるという才能は、天野家老にはなかった。ただ単に、集めたというだけで、とどまっていたのである。これに、自分の知り得た事も加えて、一つの物にして行くのは、新左衛門の特技であった。かくして、詰問する材料も、条件も、揃った。後は、主君の決済を待つばかりだった。 しかし新左衛門は、意外に早く迎える結末の時期に、多少の戸惑いを感じていた。これでいいのだろうかという疑念が、どうしても拭えなかったのだ。だが由貴は、少し違っていた。やがては生まれてくる我が子に、何の影響も与えない早い時期に終結するのは、母親としては、「願ってもない事」と素直に喜んでいたのである。この事に係わり合いを持った、様々な人達の思惑を秘めて、主君の決断を仰ぐ重大な密書が、江戸に送られたのは、新左衛門が密命を受けてから、丁度、半年が経っていた。 間もなく、折り返して、裁定書が送られて来た。それによれば、今回の始末は、柘植武左衛門(つげ・ぶざえもん)の切腹のみにて終わらせ、大目付を始めとする一味の者達の処分は、後日、目立たぬように少しづつ行うとの事であった。幕府に知れる事を恐れての処置方法である事は、新左衛門にも推察出来た。密命を受けた当初に聞かされた主君の、幕府に対する微妙な立場からすれば、当然の事ではあったが、さてその実行方法が問題なのだ。
柘植は、現在も、次席家老の要職についている、大物なのである。しかも、最も狡猾な悪知恵の働く男なのだ。この男に、ごく内密に、表立った詰問もせずに、腹を切らせるのは、容易な事では出来ない。一筋縄には行かぬ狡猾な男には、奇想天外な狡猾な方法でしか対抗出来ぬと、新左衛門は考えていた。そして作り上げた計画は、正に、まったくの奇想であった。
第七章 決断 ---了---
|
|
或る日、唐突に、家老の天野光英が病に倒れ、病床で、ご重役方一同に、お会いしてお話したい事があるから、一人づつお出で下さるように、との連絡を、柘植武左衛門は受けた。すでに、筆頭家老の市村は、出向いていると言う。何か遺言らしきものがあるらしいが、詳しい事は不明との報告であった。 「あの老いぼれが、面倒な事を、・・・」とは思っても、藩政の中枢に同席していた仲間の言う事なのだ。どういう理由であれ、一応は、その遺言とやらを聞いてやる義務はあった。 渋々ながら、天野屋敷を訪れた柘植は、病間に案内されて、少し驚いた。普通、病間というものは、手狭な、薬草の匂いのこもった部屋である。それが、仕切りの襖を取り払った、二間続きの広い部屋の、一番奥に、病床はあった。これはおかしいとは思ったが、いまさら後戻りも出来ず、そのまま、枕元に進み寄って、声を掛けた。
「如何かな?・・・それほど、お悪くは見えんが、・・・」 それは、主君の上意書であった。ただ一行、「柘植武左右衛門に、切腹を命ずる」とのみ、書かれてあった。驚いた柘植が言葉を発する前に、その手をしっかりと掴んだ天野は、腹の底まで響く低い声で、一喝した。 「うろたえるな!上意であるぞ!罪状は、これなる乾新左衛門が申し述べる。医師の格好はして居るが、先の奥用人じゃ。貴殿にも見覚えはござろう。」 新左衛門は、にじり寄り、罪状を克明に書き連ねた書状を見せながら、小さな声で読み上げ始めた。これらの一連の所作は、遠くに控えさせられた、柘植家の家臣達には何事が起きたのか、さっぱり分からなかった。病人との話し合いの一部としか、見えなかったのだから、動きようがなかった。新左衛門の、簡単な罪状説明が終わると同時に、天野が、追い討ちをかけた。柘植が言葉を発する間もなかった。 「本来なら、家名断絶となるべきところ、格別のお慈悲をもって、貴殿の切腹のみにて、後はお構いなしと、主君は仰せられて居る。もしそれでも、不服がおありなら、今ここで、拙者と刺し違えても良いぞ!由緒ある柘植の家名が、消失しても良いとお思いならば、勝手になさるがよかろう。如何じゃ!どうなさる!今ここで、腹を切れば、乱心致したとして、すべてが丸く収まるのじゃ!そう致せ!新左衛門、手伝うてやれ!・・・・・・」 家臣達に背を向けていた柘植の左側に、予め、にじり寄っていた新左衛門は、家臣達には分からぬようにして、いきなり、柘植の脇差を抜いて、彼の腹に突き刺した。思わず、その柄(つか)を握った柘植の手に、素早く新左衛門の手が重なり、なおも深く差し込まれてしまった。こうなってしまっては、どうしようもなかった。なおも暴れようとする柘植を、二人がかりで押さえつけ、絶命させてしまった。
柘植武左右衛門は、天野の病床の前で、とつぜん発狂して切腹したという事ですべては処理された。何よりも、主君の上意書を見せられては、何人たりとも、異議を唱える事は出来なかった。むしろ、その唐突さに、恐れおののいたのであった。肝心の首謀者が、居なくなってしまっては、陰謀も、もう、無意味である。後は、散り散りになるばかりで、ご分家の登美沼南も、大目付の新津敏正も、何事もなかったかのように振る舞い、そ知らぬ顔をしていた。内心の恐怖を、表に出さないだけの事ではあったが、・・・ しかも、「晩年になって授かった子は、特別に可愛い」と、良く世間では言われている。彼には、それが怖かった。親には、子供が世間に出ても恥ずかしくないように、ちゃんと躾ける義務があると、新左衛門は、常々思っていた。孫のような子に、果たして、厳しく躾ける事が出来るかどうか、それが心配だったのである。祖父母は孫の甘いと良く言われて居るが、責任のない立場にあるという事もあるが、それ以上に、残された日々の少なさを自覚していて、その残り少ない毎日を、せめて孫達ぐらいには、良く思われていたいという願望があるからである。 今の新左衛門には、張り詰めた気持ちで事件解決まで努力したお陰で、どうやら、人に負けないほどの気力はあるが、これから、子供を躾ける十年ほどの間、このままで居られるかどうか、自信がなかった。無論、この子を武士にするつもりはないが、商人になるにせよ、学者になるにせよ、ともかく、ごく普通の常識のある人間に育って欲しいと、新左衛門は心から願っていた。ともすれば甘くなりがちな、年老いた父親にだけは、なりたくないと思ってはいても、隠居してから、すでに二度の大役を成し遂げた自分が、激しく燃えたロウソクのように、燃え尽きてしまうのではないかと、危惧していたのである。 だが、出産間近の由貴には、さすがにこの事は、言いかねた。自分の胸にだけ収めて置いたが、やはりこれは、誰かに相談した方がいいと、思うようになった。迷った挙句、相談相手に選んだのは、義理の息子の義兵衛だった。義兵衛は、新左衛門の死後、由貴を守り、店を守り、橋本屋に関わるすべての人々を守る責任があった。その上に、新しく産まれて来る幼子の将来をも託そうと言うのだ。かなりの重荷である事は間違いないが、近頃の彼には、その責任を自覚した、何か貫禄らしきものさえも、見えるようになっていた。店の奥座敷で、新左衛門の話を注意深く聞いていた義兵衛は、しばらく考えてから、おもむろに口を開いた。 「先ず初めに、このお話を、真っ先に私にして下さった事を、感謝致します。少なくとも、私にお話下さったという事は、それだけ、私を認めて下さっているという証拠ですから。母は未だに、私を子ども扱いしていますからね。母親から見れば、子供は、いつまでたっても子供かも知れませんが、・・・ま、それはそれとして、私が近頃、考えている事があります。」 「先頃、江戸に出して頂いた折、私、江戸という町の、活気溢れた暮らしぶりに、本当に驚きました。まるで、雷様に打たれたような、強い衝撃を受けました。江戸にいる間には、分かりませんでしたが、ここに帰って来てみて、初めて気付きました。あそこには、夢も期待も、挫折も没落も、何でもあるって分かったんです。乱暴な言い方ですが、ここには何もないんです。何も出来ないんです。この藩のお武家様方は、この藩にしか暮らせる場所はありませんが、私共商人には、それほどの制約はございません。勝手に、何処ででも、という訳には参りませんが、筋さえ通せば、ある程度の融通は、つきます。」 「このご城下での商いは、もうこれ以上は大きくはなれません。商売の量が、限定されています。それだけしか、買って下さるお客様が居ないからです。それに較べると、江戸の人々の数は、桁違いに多い。お江戸にお城が出来てから、何百年になるのかは存じませんけれど、その間、ずぅーっと人は増え続けていて、今も増えているに違いありません。飢饉とか大火事とかで、一時的には減っても、全体としては、増え続けているのです。だから、最初に申し上げました通り、江戸には、商いが大きくなる夢と期待が、あるのです。無論、失敗すれば、たちまち没落するでしょう。そういう危険を潜めている事も、重々承知して居ります。」 「でも、成功すれば、いくらでも大きくなれます。それだけの期待の持てる場所です。幸い、私共には、江戸に分店がございます。これを軸にして、江戸の店を次第に大きくして、こちらの店の方が、分店になってしまうような風に、やってみたいのです。これは、まだ誰にも話してない私だけの夢なのですが、そのための努力は生涯続けるつもりです。でもこの夢は、私一人の力だけでは、到底、実現出来ません。何と言っても、人手が要ります。それも人の上に立って、奉公人を使いこなす人です。その上、私の夢の良き理解者でなくてはなりません。」 「この条件に当てはまる者は、身内の者だけです。しかし、私の子供達の中には、残念ながら、それほどの器量を持った者は居ません。私は、今度産まれて来る子に、それを期待したい。もし男の子であればという事ですが、・・・是非、そうさせて欲しい!私に預けて下さい。お願いします。・・・」 義兵衛の熱意溢れる言葉に、新左衛門は、大きく頷いていた。眼に涙さえ浮かべて、・・・新左衛門は思った。
「一人の若者の死が、結果として、一つの生命の誕生を生み、そしてまた、それを取り巻く人々の活力を生んだ。この世の仕組みの不思議さは、とても、人知の及ぶ所ではない」と。 「産まれて来る子は、切腹させられた広之進の生まれ代わりなのだから、絶対男の子なのだ」と。 赤子は、幸広と名づけられた。幸広は、皆に可愛がられ、誰にでも懐き、いつもニコニコ笑っていた。奇妙な事に、店の者には、あれほど厳しかった由貴が、幸広にだけは甘く、新左衛門の方が、むしろ厳しかった。親という立場は、誠に不思議なもので、父親の新左衛門が、あれほど、生まれる前から懸念していた事に、父親ではなく、母親がなってしまったのである。めろめろに甘くなってしまっている由貴を、横目で見ながら、新左衛門は、ため息まじりに、こう呟いていた。
「世の中は、すべて、ままならぬものだ。」と。
建白書(犬地蔵由来 続編) ---完---
|