長編小説のページ7
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ニュー・トキオ・宇宙ステーション、星山紀美子は火星からやってくる我が子の到着を待っていた。我が子とは言え、実の子ではない。火星に移民した兄の一人息子なのだ。八年前、生まれたばかりの翔(かける)と共に移民して行ってしまった兄夫婦であったが、先日起こった謎のコロニーの大虐殺に巻き込まれ、兄、兄嫁共に殺されてしまったのだ。 翔は、兄嫁の咄嗟の機転で 緊急用カプセルの中へ隠れていて難を逃れた、虐殺の唯一の生き残りである。両親を失い、孤児になってしまった甥は施設へと送られそうになった。そこへ、兄夫婦死亡の知らせを受けた紀美子が夫を説得して養子として引き取ることを申し出たのである。今日は児童福祉士に連れられ、翔が火星からやってくる日なのである。火星からの宇宙客船はもう一時間も前に到着しているはずなのだが、乗客が降りてくる様子がない。火星には危険な風土病があると聞く。もしかしたら、検疫に時間がかかっているのかも知れなかった。
「きたようだぜ」 「お帰りなさいーっ!」 「ただいま」 迎えにきた人たちと、帰ってくる人たちが次々と目的の相手を集団の中から見つけ堅い握手を交わしたり、抱き合ったりしていた。紀美子と、達也は群衆の中から小さな甥っ子を見つけ出そうと、フロアを探し回る。だが、それらしき姿は見えなかった。もしかして、何かあったのであろうか? もしかして、出発寸前に病気にでもなって、客船に乗り損ねたのではなかろうか? 一抹の不安が胸に浮かぶ。 と、その時、背の高い男に連れられたボストンバッグを持った小さな男の子が目に入る。あれだろうか? いや、それにしては、男の子が小さすぎる。あれはどう見ても、五、六才ぐらいだ。翔は確か、八才のはずだし、それに、男の子の髪の毛は燃えるような赤だった。翔は両親共、日本人を親に持つ少年だから、赤毛のはずはない。紀美子は、視線を反らし、くるべき甥っ子をさがす。だが、男は真っ直ぐに近づいてきた。
「星山さんで? 火星軍の武田です」 夫の達也が怪訝そうに答える。火星軍が何の用なのだろうか? 嫌な予感がする。もしかして、翔に何かあったのだろうか? そう言えば、翔はあの火星の大虐殺に巻き込まれたと言う。もしや、犯人が唯一の生き残りの甥っ子を狙って、危害を加えたのでは? 軍と聞くと、何か重大な事件が絡んでいるような印象がある。もしかして、翔はそんな重大な事件に巻き込まれているのだろうか? 嫌な考えばかりが脳裏に浮かぶ。
「星山紀美子さんの兄上、谷川守さんの遺児、翔君をお連れしました」
「星山さん、どうかされましたか?」 そうなのである。周囲の反対を押し切って移民して行った兄は、紀美子にだけでなく、家族、親戚の誰にも連絡を絶っていた。恐らく、反対されて火星に移住したからには、ある程度の成功を収めるまでは連絡を取ることを躊躇っていたのであろう。
「そうですか……。では、マーシャン・レッドと言うものをご存知でしょうか?」 達也と紀美子は沈黙した。火星の風土病の後遺症とは……。何か異質な物でも見るような目で翔を見つめる。恐ろしく痩せた手足、異常に見えるほど大きな瞳。その瞳さえ赤みがかって見えるのも、その後遺症なのだろうか? それに、今、話題になっているのが自分のことだと判っているはずだろうに、表情に何の変化も見えない。それが余計に不気味に思える。 果たして、この子を養子にして大丈夫だろうか? 風土病は、自分たちにも感染する危険はないのだろうか? それに、後遺症……髪の毛が変わってしまったと言うことだけなのだろうか? もしかして、精神の方への影響も何かあるのではなかろうか? 様々な疑惑が心の中へ浮かんでくるのを止められなかった。
「風土病は完全に治癒しております。あなた方への感染の心配はありません。もちろん もし、感染の危険があれば、地球の検疫を通過することはできません。それは、私が保証いたします。それに、今のところ、髪の毛が赤くなると言う以外に後遺症は報告されておりません。ご養子になさるための傷害は何もないと思われますが……」
「もしも、養子縁組を拒否されると言われるのであれば、私はこのまま翔君を火星に連れ戻し、施設に預けることになります。選択権はあなた方にあります。私共は、何よりも子供が幸せになれる環境を見つけてやる義務があります。もしも、お気に召さない子供を養子に迎えて、親子共々不幸に陥ることは避けなくてはなりませんから、どうぞ正直にご決断ください。養子縁組を望まれますか? それとも、拒否されますか?」 「おじさん、おばさん、ぼくは施設でも平気だよ。心配しないで」 不意に、今まで沈黙していた翔が口を開いた。ぎくりとして少年を見る。微笑んでいるが、目は暗くよどんでいるように見えた。両親が死んで、もう誰も自分を愛してくれる者はいないと悟っているような笑顔である。紀美子は胸を突かれ、何か言おうとした。
「施設に行くから、心配しないでだとーっ?! このクソガキ、何てかわいげのないガキなんだ!」 だが、彼女よりも早く、達也が反応した。激しい語気で翔に詰め寄る。
「そんなちょこざいな口が二度と聞けないように可愛がってやる。可愛がって、可愛がって、地球で一番愛されている子供だと言わせてみせる!」
「ふふ、これなら、翔君をお任せしても大丈夫のようですな」
「あっ、武田少佐」
「そうです、翔はここで、安全に暮らしますよ。もう、怖い思いなど一つもさせません」 翔を受け取った星山夫婦は、郊外にある家へ直行した。自然主義者とまでは行かないが、自然を愛する彼ら夫婦は、21世紀の科学を駆使して作られたシティを避け、郊外の20世紀末風の町に住居を構えていた。彼らはよそ道をすることを避け、真っ直ぐに自宅へと向かった。新しい兄がくると楽しみにしている一人娘の亜美が首を長くして待っているに違いないからだ。 一人っ子だった彼女は、兄ができると知って大喜びだった。今日も一緒に迎えに行くときかなかったのだが、バーチャル・スクールの月に一度の登校日だったため、しかたなく迎えに行くのを諦めたのだった。三人が家に戻る頃には、既に帰宅して待っているはずだ。ガレージに車を入れ三人は外へ出た。
「ウーッ、バウバウバウバウバウ!」
犬好きの達也が隣家の犬に向かって笑顔で話しかけると、一瞬、おとなしくなった。だが、翔を見るなり、再び狂ったように吠え立て始める。
「パパ、ママ、お帰りなさーいーっ!」
「亜美の奴、翔を年下だと思い込んでるよ。全く困った奴だ」 紀美子はクスリと笑った。今日出会ったばかりなのに、もうこんなに息子に入れ込んでいる。きっと、自分たちは翔の良い家族になれると思った。でも、あの子の目……。空港で始めて出会った時、翔にジッと見つめられ、思わず ドキリとした。きっと気のせいだと思うのだけれど、まるで心の中を見透かされているような恐怖を感じたのだ。火星の風土病に冒されたことがあると聞いた時、ふと不安を感じた。本当にこの子とうまくやって行けるのだろうかと。途端、
「おじさん、おばさん、ぼくは施設でも平気だよ。心配しないで」 亜美は新しくできた弟(?)が凄く気に入ったらしく、盛んに「可愛い」を連発していた。そして、どうしても一緒に眠るのだと言ってきかない。それで、紀美子はしかたなく、二人を同じベッドで眠らせた。翔は年下の亜美に弟呼ばわりされても 一向に嫌がる気配はなかったのが、その理由の一つでもあった。もしかしたら、彼自身、亜美を姉だと思っているのかも知れない。どうせ、子供同士のことだ。それで、お互いが納得しているのなら、それでも良いのかも知れないと思っていた。
真夜中、紀美子は盛んに吠える犬の鳴き声に目を覚ました。一頭だけではない、数十匹の犬が狂ったように鳴き声を上げているようである。こんなことは始めてであった。何かに怯えているような、切迫したような鳴き声なのだ。 しかたなく一人で起きあがると、足音を忍ばせてベランダへ向かう。カーテンをそっと開き、外の様子を見た。月明かりに照らし出された隣の庭で犬、ベスが星山い家に向かって盛んに吠えている。何がいるのだろう? 不信に思い、視線を自分の庭に向けた。だが、怪しい物の姿は見えない。
「ったく、堪らないわ。お隣さん、犬を何とかしてよね」 「ギャーッ!」 途端、絶叫が轟いた。驚いて振り返る目に飛び込んできたのは、無惨に切り刻まれた犬の姿であった。首は引きちぎれ、内臓が飛び散っている。振り向いたのはほんの一瞬だったはずなのに、こんな無惨な殺し方をするとは……? 一体どんな生き物なのか? 恐怖で身体が凍り付きそうであった。だが、紀美子の目を射たのは、点々と続く血の痕だ。それは、隣家の庭から垣根を越え、星山家の庭へと続いていたのだ。それは、赤い不吉な悪魔の足跡のように月明かりに光る。
「子供たちが危ない!」 廊下に出ると、足音を殺す。もし、犯人が子供部屋にまだいたら、無用な刺激は危険だ。足早に、しかし、部屋の前に到着する。ゴクリと唾を飲み込む。そして、ゆっくりとドアノブを回した。音を立ててはならない。息を殺しジワジワと力を加える。カチリとかすかな音がして、ドアが開く。そーっと押して、中の気配を探った。特に怪しい感じはしない。だが、まだ油断はできない。
「翔ちゃん、可愛い!」
フワリ! 窓のカーテンが大きく揺れた。ぎくりとして、そちらを振り向く。だが、何の姿も見えなかった。
「……ママ……どうかしたの?」
「翔君、我が家にきてくれてありがとうね」 ガサッ! 部屋の隅に置いてあるボストンバッグから物音がする。翔がニッコリとして振り返った。見ると、バッグの口からチョコンと小さな生き物が顔を出している。目が異常に大きい。それに、両方の耳が丸く大きかった。それは、まるでディズニー・アニメのネズミのキャラクターのようである。ただ、違っていたのは、額の中央に小さな角が生えていることであった。
「キューイ」 呼ぶと、角ネズミはチョロ利とバッグを抜けだし、膝の上に飛び乗った。翔は愛おしげにその頭を撫でる。ネズミは満足げに目を細めて丸くなった。
「あっ……亜美ちゃん……。起きてきたの……」 「キューッ!」 ネズミが悲鳴を上げる。だが、彼女は一向に気にもしない。頭を撫でたり、耳を引っ張ったり、尻尾を摘んだり弄んでいた。ネズミは最初抵抗していたが、やがて諦めたのか、おとなしくされるがままにしていた。
「可愛い、この子の名前は何っての?」
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翌朝、近所は大騒ぎだった。隣家の犬が惨殺されていたのである。夕べ見たあの足跡の主が犯人に違いない。そう思うと星山紀美子は身震いした。もしあの時、犯人が子供たちを襲っていたなら……。
「ママ、どうかしたの?」
「おっ、おはよう。早かったのね亜美。翔君もよく眠れた?」
「ふっ、二人ともお腹が空いたでしょう? 直ぐに朝ご飯の用意をするわね。テレビでも見ていてちょうだい」 「あらっ?」 テーブルの上を見て首を傾げる。確か、キャベツの固まりを置いていたはずなのに、それが何処にも見えないのだ。まさか お菓子ではないので、亜美が持って行ったはずはないのだが……? もちろん、翔が持っていく理由も考えつかない。何処かへ置き忘れたのかとあちこち探したが、やはり見つからない。しかたがないので、今朝はサラダを作るのを諦め、味噌汁を作ることにした。
子供たちはリビングに行くと見せかけ、自分たちの部屋へと駆けて行った。亜美の腕の中にはキャベツの固まりが抱えられている。紀美子が探していたキャベツである。
「キューイ、キューイ! 本当に可愛いわ! ねえ、翔君、この子、何処で見つけたの?」
不意に視線を落とす翔を訝り、亜美は顔を覗き込む。しかし、少年は何も応えず角ネズミを抱く。その表情があまりにも悲しげだったので、それ以上尋ねることができなかった。翔は火星で酷い経験をした子供だったことを亜美は思い出す。嫌なことを思い出させてしまった。優しくして上げなくては。自分が年上のくせに、自分より小さな少年を守って上げるんだ。亜美は小さな胸で、そう決心していた。
朝食を食べさせると、紀美子は子供たちを連れてショッピングに出た。色々と食料を買い込まなくてはならないし、火星からきたばかりの翔に服や身の回りの物を買ってやらなくてはならなかったからである。可愛いコップやタオル、スリッパを亜美は嬉しそうに選んでいる。一人っ子だったので、新しい姉弟ができて楽しくてしかたがないのだ。子供同士うまく行かないのではないかと密かに心配していた彼女は、ホッとしていた。
「ねえ、ママ、あれも買ってよ」
「あらっ、ママって変よ。だって、女の子は男の子のように半ズボンもはくわ」
紀美子は渋々買うことを承知する。亜美は一人っ子で育ったせいか、一度言い出したらなかなか諦めない子なのだ。今日はまだまだ買い物がたくさんあって、ここで時間をつぶすわけには行かなかったのだ。それに、嬉しそうな娘の笑顔を見ていると、やっぱり買ってやってよかったと思う。
山のような買い物を済ませると、三人はファーストフードでハンバーガーを買い、ベンチで食べ始めた。亜美は大きく口を開いてパクパクと美味しそうに食べている。翔は少しうつむき加減で、恥ずかしそうに食べていた。まるで男の子と女の子が逆だと、紀美子はおかしかった。
「ねえ、翔君。どうしてアレを買ったか判る?」 不意に亜美が翔にささやきかけた。 翔が顔を上げてニッコリする。亜美も、片目をつぶり、微笑んだ。紀美子は二人が仲良く話しているのを見て微笑した。昨日会ったばかりだと言うのに、もう本当の姉弟のようにうちとけている。うまく行くだろうかと心配していたのは、どうやら取り越し苦労だったようだ。良い家族にならなくては。大切な兄の忘れ形見だから、優しいママを演じなくてはならない。
「あらっ、星山の奥さんじゃないの?」
「こんにちは、亜美ちゃんも一緒にお買い物。よかったわねえ、楽しかった? でも、そっちのぼくは、どなたなのかしら、初めて見るようだけど……?」
「待ってください! この子の髪が赤いのは染めているからではありません。病気なんです」 「まあ! 火星の風土病ですって? じゃあ、その子、火星人なの? そんな、地球人にしか見えないけれど……。あっ、そうか、移民の子なのよね。思い出した、あなたのお兄さま、火星へ移民したって言ってたわね。じゃあ、そのお兄さまの子なのね。でも、怖いわ! まさか、私にうつらないでしょうね?! 嫌だわ、そんな子が近所に住んでいるなんて、怖くて外にも出れないわ! どうしましょう、私、この子と同じ空気を吸ってしまったわ! 大丈夫かしら?」 婦人は二、三歩後ろへ下がると、不潔な物でも見るように、赤毛の少年を見る。
「奥様、何を中世の科学も何も発達していない時代の無知な人間のようなことをおっしゃってるの? もしも、そんな危険があるのでしたら、宇宙港の検疫に引っかかって、地球には上陸できませんわ。そんな、汚らわしい物でも見るような目は止めてください!」
「直っているの……? でもねえ……。亜美ちゃんに近づけたりして、大変なことにでもなったら、困るのはあなたですよ。私、亜美ちゃんが大好きだから、心配してあげているんじゃないの」
「翔君は、亜美の弟よ! 失礼なこと言わないで! おばちゃんなんか大嫌い! ベーッ!」
「亜美、そんな顔をしたら、せっかくの美人が台無しよ。止めなさい」 亜美に退散させられた町田夫人は、このことを誰かに話したくてうずうずしていた。火星の訳の分からない風土病に冒され、髪の毛が赤く変わってしまった少年。そして、その子を養子にしたと言う星山家。話したいことは山ほどある。火星の風土病とは一体どんなものか? まさか、伝染病では? それに、髪の毛の色が変わると言う以外にどんな後遺症があるのか? 憶測は膨大な宇宙のように広がって行く。これで、当分の間は井戸端会議の主役になれる。近所の人たちにあらゆるでたらめな解釈を話して聞かせ、面白がらせ、怖がらせてやれる。内心、婦人は興味本位の考えで一杯になっていた。
「あらっ?」 不意に何かの視線を感じ、振り返った。だが、周囲には誰もいない。気のせいだったのかと、視線を戻した。
彼が知っているどのような武器も、このような切り口で人を殺すことはできない。まるで、何か巨大な牙で噛み切られたような切り口であった。それに、裂かれた腹から引きずり出された内臓……。あまりにも猟奇的だった。とても正気の人間の仕業とは思えない。かと言って獣に襲われたと言うのも考え難い。何故なら、人の首を一撃のうちに噛み切ってしまうような肉食獣など、現在の地球上には全く存在しないからである。しかし、監察医の直感は、何かの獣を感じていた。とてつもなく巨大な獣。強大な牙を持ち、一撃で首を噛み切ってしまうような獰猛な魔獣……。 買い物を済ませた紀美子たちは自宅に戻っていた。子供たちは庭で仲良く遊んでいる。相変わらず遊びの主導権は亜美が握っていた。ままごとのお母さんになりきり、子供役の翔にあれこれと指図をしている。だが、翔は文句も言わずおとなしく従っていた。紀美子はダイニングの窓からそれを微笑みながら見つめている。
ピンポーン! 子供たちから視線を反らし、夕飯の支度にかかろうとした時、チャイムの音が耳に入った。一体だれだろうと 首を傾げながら玄関へと向かうと、お向かいの松本夫人であった。
「まあ! 本当、じゃあ、その直ぐ後に殺されたのね。怖いわねえ! 町田さん、殺されたのはショッピングセンターの直ぐ近くの公園らしいのよ。もしかしたら、殺されていたのは星山さんだったかも知れないのね」
「まあ……」 二人の婦人は口を押さえ互いの顔を見る。首を切られ、内臓を引きずり出された町田夫人の姿を想像してしまったのである。恨めしげな目でにらむ生首、腸を長く引きずり出された胴体……。
不意に子供たちが庭で遊んでいたのを思い出す。いけない! 子供たちが危ない! 紀美子は慌てて庭へ飛び出す。しかし、姿が見えない。サッと顔が青ざめる。子供たちは何処だ?
「きゃあーっ!」
「亜美ーっ! どうしたのーっ?!」
「蛇、蛇がいたのよーっ!」 |
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正体の判らない殺人鬼がこの町にいる。そう思うと、紀美子は恐ろしくて、子供たちを外で遊ばせることができなかった。二人に絶対に子供たちだけで外に出てはいけないと厳命すると、亜美は唇を尖らせて抗議した。しかし、今度ばかりは娘の我が儘を聞く訳には行かない。厳しく言い渡すと、家中の鍵を内側からしっかりとかけた。亜美はすっかりふてくされて、口をヘの字に曲げて翔と共に部屋に閉じこもってしまった。
「ふーっ、いつまでこんなことが続くのかしら……」 「そう言えば、テレビのニュース……」 ふと気づいて、テレビのスイッチを入れた。途端、ワイドショーのニュースが始まる。いきなり、画面に現れたのは、町田夫人のアップ写真だ。続いて、近所の公園の風景が映し出される。女性のリポーターが早口で殺人事件のあらましをまくし立てている。そして、地面にチョークで描かれた人影を示す。胴体と離れた処にある楕円……。気分が悪くなって消そうとした手がとまった。画面に見知った顔が現れたからである。
「武田少佐……?」 それは先日、翔を火星から連れてきてくれた火星軍の武田であった。あのまま火星へ戻ったのだと思っていたのに……。なのに何故、テレビに? それも、地球で起こった殺人事件のニュースに出ているとは……? 紀美子の視線はテレビの画面に釘付けされた。
「えっ?」 思わず紀美子は小さく悲鳴を上げた。火星の事件と同じ犯人かも知れない。それは、翔の両親を殺した犯人かも知れないと言うことだ。まさか……。犯人が火星から追いかけてきたのだろうか? 唯一の生き残りである少年。それを抹殺しようと火星から執拗に狙ってきたのか……?
ピンポーン!
「内山です。お隣の内山律子です」
「あの子は何処?」
内山夫人は逆上し、紀美子に掴みかかった。一体何を言っているのか理解できない。翔がベスを殺したって? 町田夫人も殺したって? 何故、そんな馬鹿な考えが浮かぶのだろう? だが、婦人は錯乱し、強い力で紀美子を押し退け、家の中へ押し込もうとする。
「奥さん!」 怒りの形相も恐ろしい内山夫人が紀美子の制止を振り切り、少年に躍りかかった。
「悪魔め、死ね! ベスちゃんを返せ! ベスちゃんを返せーっ!」
「うそ! この嘘つき! 庇う気? この悪魔を?!」
「だっ……大丈夫よ、亜美、翔くん。あの人は、可愛がっていたベスが殺されて少しおかしくなっているだけよ。だから、心配しないで」
玄関から無理矢理押し出された内山夫人は、いまだ憤然とドアをにらみつけていた。しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。やがて、唇をギュット噛みしめると、玄関から離れて行く。
「ベスちゃん……」
「ベスちゃん……。どうして、いなくなってしまったの? ママがこんなに愛しているのに……」
「ハアハアハアハア……」
「ベスちゃん、やっぱり生きていたのね……」
「お前は……」
子供たちは、しっかりと手を握り会ったまま 子供部屋で座り込んでいた。あの恐ろしい内山夫人の顔。憎しみに満ちた瞳を思い出すと、震えが止まらなくなっていた。
「あっ、そうだ! キューイ!」
「キューイ! キューイ! キューイ!」
「キューイ?!」
「キュー!」 キューイは小さな舌で翔の頬を嘗めて、甘える仕草をする。
「もう、そんな顔をしたってだめなんだから。今晩はご飯を上げないわよ」
「キューイ! 半ズボンはどうしたの? あの赤い可愛い半ズボンは?」
「キュー!」 ネズミはしょぼんと丸まってしまう。 仕事ですっかり遅くなってしまった達也は自宅の近くまできた時、足を止めた。何やら近所の様子が妙なのだ。赤い回転ランプを点灯させたパトカーが数台停まり、何人もの警官が慌ただしく動き回っているのだ。これは一体……? ロープが張られた道路で彼は立ちすくんでしまった。まさか、家族に何かあったのだろうか? 不吉な予感に身体が震えてきた。
「あのー、何かあったのでしょうか?」
「武田ですよ。火星軍の武田です。先日、翔君を火星から連れてきた。お忘れですか?」
「はあ?」 口を濁す武田を訝り、達也は顔を強ばらせる。何だろう、彼の逡巡は?
「それに?」 「ふーっ」 達也が家の中に入ったのを確認すると、武田は現場へと帰っていった。隣にいた若い刑事は深いため息をついた。全く手がかりを残さない犯人。一体どんな奴なのだろう? 早く見つけださないと、火星のように次々と犠牲者が出てしまう。そんなことをさせる訳には行かない。キッと眉を引き上げると、門の中へ入って行った。
「うん?」 靴が何かを踏んだ。怪訝に思い、どけて見る。何やら赤い物だ。犯人の残して行った物だろうか? 手袋をはめた手で摘み上げ、ジッと観察する。
「なんだ、着せ替え人形の半ズボンか……」 |