子供の頃は山を駆けずり回り蝶の採取に熱中、中学1年で日本の蝶180種を集め
る。特にギフチョウの研究に没頭、新聞には何度も取り上げられ末は博士か?と期
待されるが中学3年で受験の為蝶は断念。高校時代は札付きの悪として過ごす。
大学時代は4年では終わらずウロウロ、・・・・・その後、成人して夜にも
蝶がネオン街
飛び回る研究をしてみたが、すべて
であることを発見、研究は取りやめ・・・・ヘラブナ
釣り没頭、やがて渓流釣りへ、山を歩くことが多くなり野草と親しむようになる。

その間、両親がインド仏蹟巡りを始める。父親が亡くなる1ケ月前まで8年間に7度インド、
スリランカ、パキスタン、アフガニスタン、ネパール等を旅行。
何故そんなにインド方面に惹かれるのか判らなかった。父親の死後それを確かめたくて
自分もインド旅行へ・・・・
やはり私もはまってしまった。何故か?・・・・・・以後数回の旅行をする。
両親の旅行はいつも元日印教育協会総裁の農学博士前田行貴博士と一緒だった。その後私
も博士との旅行だった。博士よりは釈迦の教えと植物を学び子供の頃学んだ自然に目覚め
今日に至る。
今は園芸や野草を育てながら2600年前に釈迦が説かれた教えを勉強中。

2000年何の自覚症状もない状態で何の気なしに受けた検診で突然癌宣告を受け、手術、
入院中に過去の自分の生き方を反省し、その時を機会に自分がどう生きるかを考え実行
今日、生かされていること、当たり前の事に感謝する日々を送る。

趣味・・・・・
多趣味ではあるが、今は園芸、野草観察に絞っている。
      


特技・・・・・
如何なる身分、地位の人に臆することなく話が出来る


人生で得たもの・・・
昭和10年日本で17番目に設立された名門「岐阜ロータリークラブ」

       へ33才で入れていただき多くの方々から人生を学ばせていただいた。
       しかし、一つの型の中に納まるのが嫌いで自然の中に身を置く自分には
       合わず26年在籍させていただいたが我侭から退会させていただいた。
       しかし学ぶものは多かった。

もっとも好きなこと・・・
・大勢の前で思いつくまま話をすること。(ロータリー時代に得たもの)

好きな言葉・・・・・
幕末の黒住宗忠の言葉「立ち向かう人の姿は鏡なり己が姿をうつしてや見ん」

今の生き方・・・・
他人の悪口は絶対口にしない。人のいい所だけ見るように心がける。、いつも笑顔
           でどんな時にも、常に感謝の気持ちを忘れず口にする言葉は「ありがとう」


常にこんな人間でありたい・・・・・・
「いいことを考え、いい言葉を使い、いい表情でいたい」

特に注意すること・・・・・・
人のなしたる行為を裁いても人を裁かず     

もっとも尊敬する人・・・・
元日印教育協会総裁 前田行貴博士
               比叡山延暦寺 律院 叡南俊照阿闍梨  飯室不動堂 酒井雄哉阿闍梨 

生前戒名・・・・・・・・  2011年 酒井雄哉阿闍梨様より授与される    「壽量院義倹恕哉居士」


未だ判らないこと・・・「心」、心とは何か?毎日、観世音菩薩と対峙、ようやく悟りらしきものを得る。
               
「心こそ心惑わす心なり、心に心、心許すな」

嫌いな人間・・・・
肩書きでものをしゃべる人、言い訳を言う人間,自分の考えを押し付ける人


好きな人・・・・・・・・私にとってこの世の中で我が
に勝る人はなし


好きな食べ物・・・・・・一つ挙げろといわれれば琵琶湖のフナ寿司

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本名 山崎喜雅

名古屋市生まれ,3歳より岐阜市、65歳から岐阜県海津市在住